サーフゴーとサマヨールの攻勢は、なんというか、もう、凄かった。
溜めに溜めた鬱憤とかストレスとか恨みつらみ、今ここで晴らさでおくべきかと言わんばかりにひたすら攻撃しまくっている。
「シャドーボールっ!」
「シャドーパンチですぞっ!」
「ほイ、電磁波だよン」
「おっほ、麻痺は激アツ。ほな祟り目しちゃいましょうね〜」
……もはや技のバーゲンセールといった有様だ。
堪らず逃げようとしたギラティナだったが、サマヨールの金縛りに固められ、サーフゴーのゴールドラッシュで四方八方から滅多打ちにされた。
活力の源である魂のほとんどを外の身代わりに注ぎ込んでしまった冥王が、こんな暴力に抗える訳もなく。
「ぐ…………くそっ、くそぉ……っ」
と、心底悔しそうに涙しながら気絶した。
捕獲しておきたいところだがボールがない。こんなへんてこな世界じゃぼんぐりだって望めないし、諦めるしかないだろう。
「こんだけボコれば表でも動けなくなってるはずですし、そろそろお暇しましょうかね」
ぽんぽん、と両手を叩きながらサマヨールがにっこり笑う。俺は首を傾げた。
「そもそもお前さんたちどっから来たんだ?」
この“やぶれた世界”はギラティナを閉じこめるために作られた空間なのだ、普通のポケモンがひょいひょい出入りできる代物ではない。もしそんなことができるなら、ギラティナが何千年もじっとしているはずがないだろう。
するとサマヨールはサーフゴーと目を見交わし、なにやらボソボソ話しだした。
「……言っちゃいます? これ」
「言ってもいーんじゃナイ?」
「しばらくおねんねしててもらうという手もありますが」
「うーん。オススメしないかナァ。マスターなら言い触らしたりしないだろーシ、お外にいる……ウォロくんだっケ、あの子にバレなければ大丈夫デショ」
それが後押しになったらしい。サマヨールはくるりと俺に向き直るや、えへんとかしこまった咳をした。
「えー……思い返せばアシタバ殿と拙者の付き合いもそこそこ長くなりましたが、人もポケモンも表があれば裏があり、簡単には読み解けないからこそ面白いというのが共通しておりまして」
「なんだいきなり」
「えーと、その、まあ、なんですか、平たく言うなら隠しごとをしてましたって事なんですけれども」
「隠しごと?」
サマヨールが? 俺に?
一体何を秘密にしてたんだろう。
というかそれ、いま話さなきゃいけないことなのか?
ハテナが乱舞する俺に、サマヨールは「百聞は一見にしかずと云いますしねえ」と言いながら、顔の包帯に手をかけた。
しゅるしゅるしゅる、と解いていく下から思いもよらない面が現れ、俺はぱちっと口元を
「へ? は!?」
包帯を解く手は止まらない。そのまましゅるるーっと全身が剥き出しになると、
「……とまぁ、実は拙者、こういう者でして」
俺はわなわなしながら指を突きつけた。
「おっ、おっ、おまえっ、ダークライだったのか!?」
────そう。
灰色の包帯の下から現れたのは、悪夢を見せると恐れられるポケモン、ダークライだった。
サマヨール改めダークライが、照れくさそうに頬を掻く。
「いやぁ。いつか言おういつか言おうとズルズル先延ばしにしてたらこんなタイミングになってしまいました。先送りするもんじゃありませんなぁ」
「な、なんだってサマヨールの格好してたんだよ」
「…………寂しかったんですよ」
ダークライは、哀しい微笑みを浮かべながらぽつり呟いた。
「拙者、そばにいるだけで悪夢を見せてしまうんです。そんな輩と付き合いたいポケモンがいるわけもなく、ずーっとずーっと独りぼっちだったんですわ。
……けどねえ。そんな拙者を哀れんでくれたお方がおりまして。この布を巻いてサマヨールのふりをしろ、お前の悪夢はこの布が封じてくれるから、と《霊界の布》を与えてくれましてなぁ」
「霊界の布……」
特殊な繊維で編まれた布で、特定のポケモンに持たせると強いパワーが宿り、進化を促すという。
ダークライの場合、そのパワーが悪夢を抑える方向に働いたらしい。
ダークライは眦から涙を一粒転がして、布をぎゅうっと抱き締めた。
「本当に……これのお陰で拙者はアシタバ殿や皆さんと楽しく過ごせたのであります。足を向けて寝れません。ま、拙者足ないんですけど!」
涙もそのままにドゥフフフ! と爆笑する。
情緒大丈夫か。
気を取り直して、俺は周囲を見回した。
「……で、だ。お前さんの正体は分かったけどよ、結局ここからどうやって出るんだ?」
「こうします」
ダークライが手を翳す。
その先に、漆黒の穴が生まれた。
「ダークホール。この中に入ったものは無限に続く悪夢の世界に叩き落とされ、目覚めることはありません。が、しかし、拙者と一緒に入れば別の世界への入り口になるんですぞ」
「フーゴもそうやってここに来たんだヨ」
サーフゴーがぴょこんと跳ねた。
「それじゃ行くか」
「ではこの端っこをつまんでくだされ」
ダークライが霊界の布の片端を差し出してくる。みんなで掴んで、気分は電車ごっこだ。
「それじゃあシンオウ神殿まで、しゅっぱーつ?」
「「しんこーう」」
ひょい、と気軽にジャンプして、全員仲良くダークホールに飛びこんだ。
刹那、視界がぐんにゃりと歪みはじめる。
ダークホールというから中は真っ暗闇かと思いきや、あちらこちらに光が煌めいて、案外見応えがある。目をつぶったまま瞼をぎゅーっと押した時に見える閃光によく似ていた。
ほけーっと眺めていたせいか、全然気づかなかった。
いつのまにか目覚めたギラティナが、最後尾の端っこを咥えてついてきていたことに。
〇〇〇
パルキアの巨体が地響きを立てて大地に沈む。
トドメを刺したのは、オーガポンのウッドハンマーだった。
「ぽにぉおおおん!」
オーガポンがパルキアの身体によじ登り、棍棒を振り回して喝采を上げる。そのまま、不気味に沈黙するギラティナを険しく睨みつけた。
「はやくアシタバから出ていけ!
ボクのマスターだぞ!」
八重歯を剥き出して唸るオーガポンに、端で聞いていたヌメルゴンが舌打ちする。
その顔には、「いやアタシのだから」と大書されていた。
ギラティナは動かない。
両手をだらりと下げたまま、己の足元に目を落としている。
一見すると、酷く落ち込んでいるようだ。
駒として動かす筈だったディアルガとパルキアを落とされ、意気消沈しているのか。
(────有り得んな)
クチートは一瞬浮かびかけた考えを即座に否定した。
そんな可愛げのある相手なものか。
その証拠に、隙だらけに見えても、迂闊には近づけない禍々しいオーラが揺らめいている。
なにか企んでいる。
悍ましく、忌々しい何かを。
「げるるるるるるぁ!」
不意にルギアの悲鳴が聞こえ、クチートははっと振り仰いだ。
楽しそうにレジギガスをつついていたルギアが空中で藻掻いている。長い首を、ギラティナの鞭様の翼に締めつけられているからだ。
「貴様……っ!」
クチートは歯噛みしながら駆け出した。
「止めろ! こいつ、今度は
他のポケモンたちも弾かれたように距離を詰める。
ルギアの強さは誰もが知っていた。
ほんの少し羽ばたくだけでも木々が乱れるような暴風を巻き起こし、強力なサイコキネシスを操るうえ、神通力でどんな怪我でも治してしまう。その治癒速度は、ミュウツーの癒しの波動を遥かに上回るのだ。
そんなポケモンに乗り移られては、全員で立ち向かっても勝てやしない。
最も近くにいたカブトプスが、鞭を叩き斬らんと鍛えぬいた鎌を振りかぶった。
…………悪い偶然というものは、えてしてこういう時に起きる。
いましも刃が届きかけた瞬間、唐突にダークホールが開き、アシタバ達が飛び出してきたのである。そこは、まさに辻斬りの軌跡と重なる場所だった。
「「っ!?」」
アシタバとカブトプスの視線が交錯する。
いましもアシタバの首を斬りそうになったその時、カブトプスは敢えてストーンエッジを己に撃ち、無理やり吹き飛ぶことで最愛の主を斬る不運から免れた。
しかし、度重なる激戦で半分以上鎧が砕けていたカブトプスにとって、この選択はまさしく致命的だった。
「
アシタバが、石畳に叩きつけられたままぴくりとも動かないカブトプスに駆け寄る。
抱き起こそうと伸ばした手が虚しく通り抜けた。
この間、僅か五秒程度の出来事であったが、ギラティナにとっては充分すぎる時間であった。
ルギアに翼を突き刺し、ありったけの魂魄を注ぎ込む。活力を失ったアシタバの躰が、人形のように崩れ落ちた。
そしてやぶれた世界から逃げ遂せた“本体”が新たな器にぬるりと沈み、縦横無尽に暴れ始める。
幼き雛が、老獪な冥王に器と魂を蹂躙されて抗える筈もない。
純粋の象徴であった真白き羽毛はみるみる漆黒へと染まり、小さかった肉体が見上げるほどの巨体へと変貌する。
その大きさは、レジギガスすら凌ぐほどだった。
「げぅるるるぁ!」
にわかに空がかき曇り、痛いほどの勢いで雨が降り始めた。雨粒が大きすぎて、とても目を開けていられない。
《海の底から姿を現すと、嵐が四十日間吹き荒れる》
アシタバの脳裏にルギアの伝承が甦った。
これがその嵐だというのか。
もはや天変地異のような、凄まじい風雨である。やがて、無数の雷が神殿に降り注いだ。
ガチグマが咄嗟に大地の力でドームを形成し、皆で避難する。
逃げ遅れたテッカグヤ、ウネルミナモ、アマルルガ、そしてグレイシアが落雷を受け、気絶した。
「グレイスっ! ……っ、てめぇえええ!」
激昂したガブリアスが詰め寄るも、がら空きの背中をレジギガスに殴りつけられ、あえなく倒れる。
死力を尽くしてレジドラゴとレジエレキを突破したオヤブン夫妻に、再び立ち上がる力は残っていなかった。
「クハハハハ! 素晴らしい!
なんて清々しい気分だ!」
ルギアと化したギラティナが哄笑する。
アシタバは拳を握りしめようとして、はっと青ざめた。
指先が──透けている。
サーフゴーが声にならない悲鳴をあげた。
「まずいよマスター!
霊体のままいたら消えてなくなっチャウ!
早くもとの体に戻らなイト!」
「させると思うか?」
横薙ぎの突風がドームをおもちゃのように吹き散らし、アシタバ達を吹き飛ばした。
「ぽに゛っ!」
柱に叩きつけられたオーガポンが力なく横たわる。
風は威力を増して渦を巻き、竜巻に変じた。
まずマーシャドーが呑まれ、次いでヌメルゴンが、懸命に踏ん張ってもじわじわと竜巻に引っ張られていく。
「
アシタバの指示は、一歩遅かった。
かなりの重量を誇るヌメルゴンが天高く放り投げられ、ルギアの尾に打ち落とされた。
同じ目に遭ったマーシャドーも墜ちてくる。
「そんな……嘘だろ……」
アシタバは呆然と呟いた。
目の前にはレジギガスと、ほぼ無傷のギラティナ。
対してこちらは六体きりだ。
クチートとバサギリ、ガチグマにミュウツー。
そしてダークライとサーフゴーだけ。
しかも四体は満身創痍。
アシタバの透過は早くも肘あたりまで進んでいる。
(ちんたらしてたら俺が消える。
だけど焦って攻めたところで無駄死にだ。
どうする、どうすればいい…………?)
黒雲のごとき絶望感が、アシタバの胸を締めつけていた────
というわけで56話。
ギラティナ、ダークルギアで復☆活。
大嵐を巻き起こされて手も足も出ません。
そして始まるアシタバ消滅のカウントダウン。
大団円まであと数話!
良ければ感想高評価おなしゃす!