最高の気分だった。
ギラティナは湧き上がる愉悦を抑えられず、口元に笑みを浮かべた。
ルギアの肉体は実によく馴染んだ。
雛鳥とはいえ神に連なるポケモンである。秘めたる力は尋常ではない。
まして、ホウオウと共に魂の循環を司っていたのだ。ギラティナが数百年かけて溜め込んだ魂魄を、息をするように操れる。
(ああ────)
ギラティナは目を閉じ、束の間、酔いしれた。
長かった。
アルセウスに反旗を翻してから数千年。屈辱を枕に、憎悪を糧にしてこの時を待ったのだ。
周囲には豪雨と暴風が吹き荒れている。天は鈍色の雲に支配され、陽の光はほんの一筋も見当たらぬ。まさにこの世の終わりのような光景だ。しかしギラティナにとっては、新たな門出を
人間たちの間では、百里を行くものは九十里をもって半ばとす、という言葉があるという。
まさにここが九十里。
別の次元に隠れ潜むアルセウスを引きずり出し、骨すら残らず滅して、初めて百里となろう。
(その前に────)
邪魔者を、消さねばなるまい。
わずかな手勢に護られながら、こちらを睨みあげる不届き者。
つい先程まで、仮の器として利用していた男。
「せめてもの情けだ。一撃で楽にしてやる」
ギラティナの口腔に、破滅的なエネルギーが集まり始めた。
〇〇〇
最悪の気分だった。
仲間たちを次々倒され、ルギアまで乗っ取られて。
おまけに魂魄だけの自分は消えかけている。
ポジティブな要素など何も無い状況で、それでも俺は、戦意を失うわけにはいかなかった。
素早く視線を走らせる。
戦えそうなのはクチート、バサギリ、ガチグマ、ミュウツー。そしてサーフゴーの5体。
ダークライは無傷だが、こいつは根っからのバトル嫌いだ。俺はまず、ダークライに指示を飛ばした。
「
「あ、アイアイキャプテン!」
ギラティナの最も凶悪な点は、魂を注ぎ込んだ相手を操れるところにある。もしもディアルガやパルキアたちまで操られようものなら一巻の終わりだ。
ダークライが伸ばした霊界の布が、気絶したポケモンたちに次々巻きついていく。
そこへ、レジギガスが殴りかかった!
拳の先には、俺の肉体が横たわっている!
「させるかっ!」
クチートの大顎がレジギガスの拳を弾き飛ばす。ガチグマが大地の力で泥の手を生み出し、文字通りレジギガスを足止めした。
「ぉおおおおおっ!」
がら空きの胴へミュウツーの波動弾が直撃する。さらにバサギリが斬りつけた!
「レレジ……ッ」
さしものレジギガスもたたらを踏む。だが倒れるまでは至らない。追撃しようとするクチートへ、唾を飛ばして叫んだ。
「やめろ!
「遅い!」
ギラティナは嘲笑いながら技を発動させた。
周りの全ての風が逆巻き、凶悪な意思を宿して俺たちに襲いかかる。爆風が吹き荒れ、最も小柄なクチートが呆気なく攫われた。
(吹き飛ばし!? ちがう、もっと凶悪な何かだ……!)
空を舞うクチートを、レジギガスの巨大な手が掴む。間髪入れず、万力のような力が籠められた。
骨が砕けるおぞましい音が俺たちの耳に届く。
握り潰されたクチートの口から血泡が零れた。
「〜〜〜〜っ! その手を離セ!」
サーフゴーが涙を浮かべながらラスターカノンを発射した。レジギガスの指に命中する。ほんの僅かに怯んだ隙を見逃さず、ミュウツーがテレポートで脱出させた。
「か、は……っ」
クチートは、血の塊を吐き出すとがっくりと項垂れた。
「へ、ヘリオ殿ぉ!」
「……こいつも、頼む」
ダークライは半泣きでクチートを包むと、影の世界に落としこんだ。
────残る仲間は、四体きりだ。
絶望が胸を支配する。唇を噛み締めたその時、豪風を劈くほどの笑い声が真上から降り注いだ。
「がはははは! 何をしょげとる! ワシらが来たぞぉ!」
次いで、大地からストーンエッジが何本も隆起し、俺たちを囲う砦に成った。
「な……!?」
振り仰いだ空に、3体のポケモンが浮いている。俺は掠れた声をあげた。
「おっさん達……!」
ランドロス、トルネロス、そして、ボルトロスが、神々しさとふてぶてしさを備えてギラティナを睥睨していた。
増援はそれだけじゃなかった。
「ミーもいるでしゅよ!」
シェイミが、得意満面に、大勢のハピナスとラッキーと、そしてドレディアを従えて立っていた。
「神殿で大暴れしゅる不届き者がいるって聞いて、アシタバの仕業だと直感したでしゅ! やっぱりその通りでしゅね!」
「い、いや、俺が暴れたわけじゃ」
「問答無用!」
シェイミは俺の話をぶった切り、目をぱちくりさせているダークライに鼻先を向けた。
「しょこの黒いの! ミーたちを影の世界に連れていきなしゃい! 倒れている連中をみーんな叩き起してやるでしゅ!」
「ハピハピ!」「ラキラキ!」
ハピナスたちが呼応する。
よく見れば、全員の頭にグラシデアの花が揺れていた。
感謝の気持ちに反応して咲く花。
心の中に巣食っていた絶望が晴れていく。
そして、ボルトロスが横から渡してくれたものを見て、心のモヤは完璧に消え去った。
「俺の、身体……!」
「早く戻ってしまえ」
ふん、とそっぽを向くボルトロスに礼を言うのももどかしく、俺は肉体に滑り込んだ。
血管や神経の1本1本にいたるまで、意識を巡らせていく。
鉛のように重い瞼をこじ開け、俺は大地に手をついた。
赤子のように、おっかなびっくり立ち上がる。
久しぶりの自分の体は、泣きたくなるぐらいの実感を伴っていた。
乱暴に涙を拭い、空を見上げる。
苦々しげに顔を歪めるギラティナへ、人差し指を突きつけた。
「そこから引きずり下ろしてやる! 覚悟しろ! ギラティナ!」
〇〇〇
────面倒な。
2発目のエアロブラストを撃つためのエネルギーを
よもや雷神共が出張ってくるとは思いもよらなかった。アシタバの目を通してこのヒスイに居るのは知っていたけれども、なぜ人間に与するのか。
怒りのままに吼え叫ぶ。
「貴様らそれでも神か。なぜ人間を助ける!」
豊穣神ランドロスは腕組みを解くと、「はん」と鼻を鳴らした。
「勘違いするな。ワシらはアシタバを助けたんじゃない。話はもっと単純よ。ワシらはみぃんな──」
ランドロスはにっかり笑い、こう言った。
「貴様が大っ嫌いなだけじゃわ!」
「…………っ!!」
ギラティナは物も言わず、翼を振るった。暴風がランドロスに殺到する。
しかし大風は狙いすましたように軌道を変え、何も無い空間で荒れ狂い、ようやくランドロスに届く頃には微風に成り果てていた。
「トルネロス……っ!」
ギラティナが激しく睨みつけると、トルネロスはびくりと身を縮めた。
風神トルネロスによって暴風が無効化されたのだ。風見鶏で常に曖昧な立場にいたがるこの神は、風の操作に関してのみ天才的なセンスを発揮する。
恐らく、最大威力のエアロブラストも呆気なく掻き消されてしまうだろう。
「オレを忘れるな!」
ボルトロスが怒鳴りながら雷を落としてきた。ルギアの身体に憑依している以上、電撃は覿面に効いてしまう。咄嗟に光の壁を展開したものの、完璧に威力を殺すことはできず、全身に鋭い痛みが走った。
「ぐぅ……っ」
「いい加減年貢の納め時だ、冥王よ」
したり顔で諭され、頭に血が上った。
こめかみが痛いほど脈打つ。
年貢の納め時だと?
神気取りのアルセウスに何千年も閉じ込められた憤怒を、忘れろとでも言うつもりか。
秩序なき“やぶれた世界”でただ独り彷徨う虚しさを、お前たちなら楽しめるとでも?
ふざけるな。
ふざけるなふざけるなふざけるな!
「ふざけるなぁああアア!」
激昂したまま無作為に迸らせたサイコキネシスは、ギラティナ自身も予想だにしない結果を引き起こした。
〇〇〇
ハピナス軍団の活躍たるや目覚ましかった。
卵を無数に産み、滅多やたらにぶん投げていく。ギラティナやレジギガスには卵爆弾と化す一方で、俺たちに当たると体の痛みや傷がみるみる治っていった。
「花粉団子のタマゴバージョンか。こりゃいいや」
ハピナスたちのうち、何体かはダークライと一緒に影の世界に潜っている。この治癒力があれば、瀕死のクチートたちもすぐに戦線に復帰できるだろう。
いける──勝てる……!
おもわず笑みを浮かべかけた矢先、凄まじく邪悪な波動に押し倒された。
したたかにぶつけた頭のなかで、キーンと甲高い音が鳴る。なんとか身を起こそうとついた手が、何重にもブレて見えた。
「あ、ぇ?」
100キロを超える巨漢にのしかかられているような、とんでもない圧迫感。
脳みそをぐるぐる掻き混ぜられているような気色悪さに、たまらず嘔吐する。
自分の反吐に頬を擦りつけながら、それでも必死に瞼をこじ開けた俺は、言葉を失った。
ルギアの姿が、また大きく変わっていた。
漆黒の翼が六枚に増え、全身に金の鱗が生えている。
足が無くなり、ムカデのような胴体へと変貌していた。
そしてなにより、顔の半分がルギアに、もう半分がギラティナに変わっていたのだ。
「ゆ、融合……した……?」
その驚きが覚める前に。
ギラティナの頭上に、特大の、禍々しいシャドーボールが生まれ、無数の弾に分裂して降り注いだ────!
というわけで57話。
まるまる1ヶ月空けてすみません(フル土下座)
新年度ってイソガシイネ!!!!(瀕死)
もうあと少しで終わるって時にこのギラティナはもう。
完結まであとちょっとお付き合いください!
よければ感想高評価おなしゃす!