とうとうギラティナを倒した俺たちは沸きに沸いた。
そばにいるポケモンと誰彼構わず抱擁しあい、肩を叩き、労った。犬猿の仲であるオーガポンとヌメルゴンですらそうしたのだから、喜びのほどが伝わると思う。
そんなバカ騒ぎも収まった頃。ダークライが「おや」となにかに気づいた声を上げた。
ダークライが握っている霊界の布が、ぴくぴく震えている。
「やぶれた世界のお二方が目を覚ましたようですな。ちょっくらお迎えに行ってきますぞ〜」
「お二方?」
まだ誰か残ってたっけ。俺が首を傾げるのと、空が割れるのはほぼ同時だった。
パギパギバキ! と音立ててひび割れていく空を見ながら、ダークライがのほほんと手を打つ。
「ああ、拙者が行かなくても出てこれますか。あの方々ならそりゃ朝飯前ですなあ」
開ききった穴から、ディアルガとパルキアがのっそりと姿を現した。
そうだそうだ。ギラティナと戦う前にこの2体と戦って、治療のためにやぶれた世界に送ったんだったわ。色々ありすぎてすっかり忘れていた。
同時に思い出す。俺を裏切ったフリをして、カブトプスたちを呼び寄せてくれたモモワロウの存在を。
ギラティナの逆鱗に触れ、屍すら残さず消滅してしまった瞬間が脳裏に甦り、胸が鋭く痛んだ。
遥かな高みから見下ろしてくるディアルガが、ゆるゆると口を開く。
「冥王を負かすとは、な」
パルキアが後に続く。
「賞賛に値する、な」
おそろしいくらいゆったりとした喋り方だった。悠久の時を過ごす神ならではの泰然とした態度に、俺は間怠っこしさよりも神秘を感じた。
「此処に、アルセウス様が顕現され、る。直々に御言葉を賜る、ぞ」
「平伏し、面を上げるな。直接見たら、その目、潰れる、ぞ」
俺たちは慌てて這いつくばった。平伏なんてしたことないからこれが正しい姿勢なのかは分からない。けれどディアルガたちは満足したようで、再び、空間を開く音が響き渡った。
周囲が光で満たされる。世界が白一色に塗りつぶされたみたいだ。とても目を開けていられなくて、地面に額を擦りつけたまま、力の限り目を閉じた。
これが、創造神アルセウスのオーラ。
さすがこの世の全てを創った存在だ。
格も、桁も、次元が違う。
ややあって、頭の中に声が響いた。
「人の子、アシタバ。そして、その仲間たち。よくぞ叛逆の徒ギラティナを成敗してくれた。礼を言う」
不思議な声色だった。
豊かな男の声にも聞こえ、透明な女の声にも聞こえる。若いとも思えるし、年寄りにも思える。まるで正体が掴めない。
「そなたらの働きに報いよう。受け取るがいい」
ぽん、と軽やかな音を立てて何かが現れる。数秒の間を置いて、それは小さく鳴いた。
「……モモワ?」
全身がかっと熱くなった。
この声。間違いない。あいつだ。
ギラティナ曰く、魂ごと消されたポケモンは冥府にも存在できなくなるそうだが、それを復活させるとは。
やはり並のポケモンではない。
「みな、健やかであれ」
アルセウスは最後にそう言うと、穴の奥へ帰っていった。途端に周りが暗くなる。
俺は勢いよく身を起こした。あたりを見回していたモモワロウが、怯えた顔でこっちを見つめる。
俺は鼻の奥がツンとするのを覚えながら、手を差し伸べた。
「おかえり、モモワロウ」
「モ…………モ?」
近寄っていいのかと、揺れる瞳が語っている。
俺は何度も頷いた。
「お前のおかげで、俺たちは勝てたんだよ。だからおいで、ほら」
後ろの仲間たちも手招いているのが気配でわかる。
ようやく安心できたらしいモモワロウは、泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
〇〇〇
落ち着くまでモモワロウを撫でてやっていると、ディアルガが嘆息した。
「神殿が壊れてしまった、な。直さね、ば」
一声短く吼える。すると、足元に落ちていた瓦礫がピョンと自立した。
見えない誰かがパズルでも組んでいるかのように、無数の瓦礫がカチャカチャと組み合わさって柱や床を形作っていく。粉々の石畳も吹き飛んだ祭壇も、あっという間に全て元通りになってしまった。
「すげぇ……!」
人の手で直したらきっと何年もかかるだろう工程を、この一瞬で。逆再生的光景と相まって、俺はひたすら感動し、心から拍手した。
どことなくディアルガが得意げに微笑んでいると、パルキアがずいっと前に出た。
「私は元の世界に送ってやる、ぞ」
「あ、と……」
俺はみんなを一瞥した。ヒスイのポケモンもいれば、現代のポケモンもいる。別れの挨拶は済ませておきたいし、叶うことなら、数日だけでもヒスイの地を見て回りたかった。
という理由でやんわり断ったら、パルキアは心なしかしょんぼりしてしまった。
ディアルガのように褒められたかったらしい。神様の意外なわかりやすさに、思わず噴き出してしまった。
「帰りたくなったら、またここに来ます。
「それで、いい。待っている、ぞ」
ディアルガとパルキアが穴の向こうへ帰っていく。穴が塞がるやいなや、俺はどうっと倒れてしまった。
オーガポンたちが血相変えて囲んでくる。
「あー、大丈夫。どっか怪我してるわけじゃねえんだ。……ただ」
「ただ?」
訊ねるミュウツーに俺は答えた。
「神様のプレッシャー、半端ねぇなって……」
みんなは一瞬呆気にとられ、次の瞬間爆笑した。
〇〇〇
そこからは目まぐるしく日々が過ぎた。
まずは、世話になったヒスイのポケモンたち──バサギリを筆頭に、シェイミやドレディア、ハピナスたちひとりひとりに挨拶をして回った。
ジラーチは俺の呪いが解けたのを我がことのように喜んでくれ、代わりに願いが何でも叶う力をくれようとしたので慌てて断った。
神様の寵愛がやばい結末を引き寄せるのは、充分骨身に染みていた。
テッポウオなんか、もう最初から最後まで号泣しっぱなしだった。
「アシタバの旦那との旅はほんとに楽しかったなぁ……! これでお別れなんてあんまり寂しいじゃねえですかいっ。もう泣けて泣けて……うっうっ」
どうやら一度泣き始めると中々止まらないタイプらしい。俺はその日つきっきりでテッポウオを慰める羽目になった。
「なんかーいろんなことがあったみたいだねぇ」
最終戦はボールに入りっぱなしだったタマザラシがコロコロ転がりながら笑う。成り行きで捕まえてしまった個体だが、きっと群れがあるだろう。帰れるように手筈をつけてくれと、オヤブンのグレイシアに頼んでおいた。
「何体か、あなたの仲間にしてあげてもいいんじゃない?」
と水を向けられたが、俺は黙って首を振った。
300年の月日は重い。やっぱり元の時代に帰りたいと言われてもはいそうですかと応えてやることができないのだ。半端な気持ちで誘うべきではないだろう。
ただ、ヒスイ中の空を飛んで分かったことがある。この時代にしか居ない種が複数存在することだ。俺のチームでいえば、ガチグマとヌメルゴンが該当した。
この2種が現代に居ない理由は判然としない。生物競走に負けたか、環境に適応できなくなったか…………
いずれにせよ、ヒスイのほうが生きやすいのは確かだ。
「この時代に残ってもいいんだぞ。ここなら仲間が沢山いるし」
と尋ねてみたところ、真逆の反応が返ってきた。
ヌメルゴンは烈火のごとく怒り狂い、二度と言うなと怒鳴ったのに対し、ガチグマは「……考えさせてくれ」と黙り込んだのだ。
たっぷり2日かけてガチグマが出した結論は、「ここに残る」というものだった。
俺は受け入れた。ヒスイの雄大で清々しい空気は、現代には無い。ガチグマのリラックスした顔つきを見れば、どちらの時代が最適かは一目瞭然だった。
「ほかに、残りたいやつはいるか?」
との質問に、手を挙げたのは4体いた。
マーシャドーとウネルミナモ、テッカグヤ、そして、ダークライだ。
それぞれ、「強いヤツと戦いたい」「広い野原を駆け回りたい」「静かなところで暮らしたい」「クレセリアに逢いたい」という理由だった。これにも俺は賛意を示した。
ダークライのいうクレセリアというのは、そばに居るだけで他人に悪夢を見せてしまう性質を鎮めてくれる、この世でただひとりのポケモンだという。
「現代ではどこを捜しても見つかりませんでしたが……朧げながらわかるんです。この地にいるってことが」
「そっか。会えるといいな」
「はい! 楽しみですなぁ、ドゥフフ」
笑うダークライは、ボロボロになった霊界の布をそっと握りしめた。
その布がギラティナとの戦いで破れていなければ、これまでどおり悪夢を封じこめておけたろう。だがこうなった以上、もう俺たちとは居られない。俺たちに悪夢を見せるくらいなら此処に留まる。そこまで覚悟を決めたダークライに、俺が言えることは何もなかった。
以来、ひとつひとつの食事や会話を大事にした。テッカグヤがことある事に涙ぐむので、貰い泣きしないよう我慢するのが大変だった。
オーガポンとガチグマは、ふたりきりで長いこと話し合っていた。
ふたりは俺と出会う前からの付き合いだ。積もる話もあるだろう。
そうして迎えた最終日。
俺のチームは、格段に数を減らしての出発となった。
現代に帰るのはカブトプス、ルギア、クチート、アマルルガ、サーフゴー、ヌメルゴン、オーガポン、モモワロウ、そしてミュウツーの9体だ。
ギラティナを捕まえたボールは祭壇に置いていくことにした。
「誰も手を出さんよう、責任もって見張っておく」
とガブリアスが請け負ってくれたので、一安心だ。
世話になったポケモンたちと、握手やハグを交わした。バサギリにだけは、どっちも拒絶されたけど。
「──お元気で」
「──そちらも」
ドレディアがミュウツーにそっとグラシデアの花を贈っているのが、微笑ましかった。
「向こうに帰ってもあんまムチャすんなよお」
エイパムに小突かれ、俺は「善処する」と肩を竦めた。無茶はもう俺の生き様みたいなものだ。とはいえ、ホウオウに浄化され、ギラティナの呪いも解けた今では、不老不死の肉体ではなくなっているので、なるべく慎ましい日々を送ろうと思う。
最後に言葉を交わしたのはウォロだった。
ウォロはちゃっかりミカルゲを捕獲していて、これからふたりで気ままに旅をするらしい。
「世界は広いんです。私以外の古代シンオウ人がどこかに居るかもしれません。のんびり捜しますよ」
「そっか」
俺はウォロの細い肩に手を置いた。
古代シンオウ人は長寿の一族だという。もしもこいつが俺の知る“あの人”なら、またどこかできっと会える。
「元気でな。お前さんならどこにでもいけるし、どこでもやってけるよ」
「……だと、いいですね」
ウォロは静かに微笑んだ。
────そんなこんなを経て。
俺たちは「せーの」でパルキアの開いてくれた門を潜った。
〇〇〇
門の中には光のトンネルが伸びていた。
ほの青い光で満たされた道(?)をおっかなびっくり進んでいく。雲を踏んでいるような甚だ心許ない感触のせいで、どうしたってへっぴり腰にならざるをえなかった。
「なんつうか、ミョーな場所だな」
誰にともなく話しかけたつもりだったが返事がない。ふと後ろを振り返ると、誰も着いてきていなかった。
「あれっ!? みんなはぐれた!? それとも俺がはぐれてる!?」
パニックになりかけた俺の手を誰かが掴んだ。人の手だ。こんなところに他人がいるはずない。すわホラー展開かと総毛立つ俺の耳に入ってきたのは、鈴を転がしたような少女の声だった。
「やっと逢えたね、パパ」
「…………ぱ、ぱ?」
そこには、悪戯っぽい笑みを浮かべた女の子が立っていた。
俺は自分の頭に手を当てた。待て、パパってなんだ。なんでこの子は俺を知ってる? いやそもそも、どうしてこんなところにいるんだ。
すると、どこからか緑色の小さなポケモンが飛んできて、少女を叱った。
「こら、悪趣味ですよ、ミュウ」
ミュウと呼ばれた少女は「やっぱり?」と肩を竦め、ぐにゃりと形を変えた。ピンク色のポケモンに変わる。
「面白い趣向だと思ったんだけどなー、やっぱりキミって真面目だよねーセレビィ」
セレビィと呼ばれた方がため息をついた。
「分岐世界のことなんて彼が知る訳ないんですから。いきなり混乱させてしまっては話がややこしくなるでしょう?」
分岐世界?
駄目だ、こいつらの話はなにも理解できない。
呆然と立ち尽くす俺に、ミュウがぐっと顔を近づけてきた。
「しょーがないなー。説明してあげるよアシタバくん。キミにはね、沢山の可能性があった。ルギアの幼体を拾ってあちこち旅をする人生だけじゃなくて、素敵な
セレビィが後を引き継ぐ。
「別の時間軸では貴方は大企業に入社し、ジムリーダーにもなって、社会的な地位も名誉も獲得しました。いわゆる“成功者”とよばれる存在です。誰もがあなたを羨み、尊敬しています」
「は、はぁ」
いきなりそんなこと言われましても。
まごつく俺を見て、セレビィが右手を閃かせた。
するとトンネルの行く手が二又に別れた。それぞれの道の先に2つのビジョンがぼんやり浮かんでいる。
ひとつは、暗い洞窟の風景。俺がヒスイにジャンプする直前まで居た、ハナダの洞窟だ。
もうひとつは、さきほどの少女を抱き上げる俺の姿が映っていた。歳の頃はおよそ30前後というところか。
「こちらが成功した世界の貴方です。便宜上、アシタバツーとでも呼びますか。アシタバツーは貴方と全く違う人生を歩んでいます。学生時代は教師の勧めに従ってカブトプス以外の手持ちを増やし、卒業と同時にジムリーダー試験に合格。ボール造りの才能も認められ、シルフカンパニーに入社。とんとん拍子に出世し、結婚し、娘を授かりました」
「……ん?」
俺は首を傾げた。アシタバツーの話のどこにもルギアが出てこない。セレビィが頷く。
「アシタバツーはルギアと出会いません。あなたが経験したルギア邂逅以降の冒険はすべて、向こうの彼にとっては夢の中の出来事となっています。反対に、アシタバツーの経験が、あなたの夢の中に出てきたはずです」
「夢……」
セレビィはつい、と右手をずらした。左右の壁に、俺とアシタバツーの映像が流れだす。
それはまさしく、走馬灯とでもいうべき光景だった。
右側は俺の歴史だ。
初めて甲羅の化石を掘り当てた日。
ひっかくしか覚えてないカブトと、どうやったら勝てるか試行錯誤した夕方。
爺ちゃんに教わったやり方でボールを完成させた夜。あれはたしか、夏だった。
反対側に目をやれば、アシタバツーの生き様が描かれている。
毎日コツコツ勉強している姿。
ジムリーダー試験を突破し、父さんに肩を抱かれて泣いている顔。
シルフカンパニーで開発した新商品─マスターボールとかいうらしい─が売れに売れて一気に出世した時のパーティー。
こうして比較してみると、なにもかも笑えるぐらい違った。向こうの俺は自信に満ち溢れていて、立ち振る舞いも堂々としている。例えるならそう、サカキ先生に似ていた。
「相談されたんだよー、セレビィから」
空中でくるりと回ってからミュウが言った。
「アシタバくんはすごーく頑張ってるから、なにかご褒美あげたいねって。そしたら、もっと上手く生きている世界線のアシタバくんと交換してあげようよ、って言ったの」
セレビィがにっこりする。
「貴方の人生も悪くありませんが、あまりに起伏が激しすぎます。もっと穏やかで、もっと豊かな世界線に飛びたいと思いませんか?」
もっと穏やかで豊かな人生、か。
俺は答えた。
「いや、いいかな。俺は」
「え?」
ミュウが瞬きをする。
「いいって、要らないってこと?」
「ああ。要らねえ」
「何故です?」
セレビィが眉根を寄せる。心底理解できないといった顔つきだ。
「あちらに行けば素敵な奥さんと可愛い娘さんと暮らせるんですよ。一生遊んで暮らせるだけの財産も、やりがいのある仕事も、およそ人の望むものは全て持っているんです」
「でも、そっちにあいつらは居ねえだろ?」
俺は静かに問うた。
アシタバツーはセレビィたちの言う通り成功者だ。それは断片的な映像からでもわかる。
だけど、アシタバツーの人生において、ポケモンが占める割合は驚くほど少ない。ほとんど全ての時間が、仕事か家族のために割かれている。
それが悪いとは言わない。
だが、俺の望む生き方では絶対になかった。
「俺は、さ」
自分の人生が映し出されているほうを一瞥し、肩を竦めた。
「マジで色々起きて死にかけまくったこの世界も、結構気に入ってんだよ」
「…………そうですか」
目を丸くして聞いていたセレビィはふっと肩の力を抜き、柔らかな笑みを浮かべた。
まるで、聞きたいことは全部聞けたと言わんばかりの笑みだった。
「ならばもう、引き止めはしません。どうぞこの道をお進み下さい」
アシタバツーに至る道がすっと消え、ハナダの洞窟に続く道が示される。
ミュウが「あーあ」と吐息した。
「欲がないんだねえ、アシタバくんは」
俺は思わず噴き出した。
欲がない? とんでもない。
「あいつらとの思い出をひとつたりとも手放したくねえだけだよ」
それだけ応えて、俺は一歩を踏み出した。
〇〇〇
「うーん、あんなに即断すると思わなかったねえ」
「少しくらい悩むかと思ったんですがねえ」
「ちぇ。せっかくご褒美あげようと思ったのにぃ」
「…………でも、貴女好みの回答だったでしょう?」
「まあね」
ミュウはアシタバが消えていった先を頼もしげに見つめた。
「ミュウの弟を育ててるんだ。あれくらいの気概がなくちゃ困る」
「面倒なひとだ」
「そういうセレビィも、あのクチートがわざわざ助けてくれって頼みにくる人間がどんなやつか観察したかっただけでしょ? ほんとは成功者への道なんて繋ぐ気なかったくせに」
「おや、心外ですね。繋げてあげましたよちゃんと」
「うそつきー」
ふたりはくすくす笑いながら、時の狭間にひょいと滑り込んだ。
〇〇〇
気がつけば、そこはハナダの洞窟だった。
カブトプスたちも俺も、ぽかーんと辺りを見回している。
俺たちが出てきたはずの門は影も形もない。無愛想な岩壁があるばかりだ。
「戻ってこれたんだ……よな」
「おそらくは」
クチートも流石に自信なさげだ。
とりあえず地上に出ようと、角を曲がった時だった。
マツバがひょっこり現れたのは。
「「えっ」」
お互いを認めた途端、同時に間抜けな声を出し。
次に動いたのは、マツバのほうが早かった。
むんずと俺の手を握るや、ネイティを繰り出し、即座にテレポートを命じたのである。
俺は「よう」の「よ」を言いさした口のまま、ホウエンはカナズミシティの総合病院に叩き込まれた。止める暇も話す余裕もなかった。
そこからはもう怒涛の展開だ。
検査に次ぐ検査。説明に次ぐ説明。何枚の書類にサインしたか知れやしない。
ようやく落ち着いたかと思ったら今度は知り合いからの連絡&お見舞いラッシュで、聞かされる話全てがトンデモ情報のオンパレードだった。
マツバいわく。
失踪した俺を探すために、ワタルさんが隊長を務める捜索隊が結成されたこと。
隊員はマツバ、ダイゴに続き、俺が会ったことのあるチャンピオンやジムリーダーらが続々と名乗りを上げてくれたらしいこと。
(ちなみにゴーストタイプのエキスパートであるマツバがなぜネイティを持っていたかというと、いつか俺と再会したときにこのカナズミ病院まで運ぶためらしい。テレポートに特化して育てたそうだ)
ダイゴいわく。
デボンコーポレーションが全面的に技術と資金を援助し、世界中いつでもどこでも俺の情報を取得共有できるネットワークが作られたこと。
(この子がそのデータ管理をやってくれてるんだよと鍛え抜かれたメタグロスを見せられて、ワァとしか言えなかった)
お見舞いに来てくれたワタルさん(四天王からチャンピオンに昇格していた。さすがワタル先輩だ)、アデクさん、マスタードさん、オモダカさんのチャンピオンズからはとことん質問攻めにされた。
いままでどこにいたのか、何をしていたのか、怪我はないか、云々。
モモワロウを探してる途中にロケット団に襲われて、ときっかけから語ったら、4人とも護衛のポケモンをつけてこようとしたのには笑った。ハクリューとウォーグルとウーラオスとクエスパトラもやる気満々といった面構えで、ボールに戻してもらうのが一苦労だった。
メールや電話はもう数えきれない。全てに返信するうちに目眩がしてきて、今日の面会は打ち切りとなった。
清潔な枕に頭を預け、口の中で呟く。
「10年……経ってたのか」
────そう。
どういうカラクリか、俺がヒスイで1年過ごすあいだに、こちらでは10年の時が流れていたのだ。
子供の頃に聞いた昔話を思い出す。海の底の宮殿に招かれ、面白おかしく過ごした男が陸に戻ったら、そこは数百年後の世界だった、というアレだ。
しばらくは、10年分の社会の変化を追うだけで日が暮れそうである。
どおりでマツバもダイゴも大人びてるなと思った。マツバはいまやエンジュの市長とジムリーダーの二足の草鞋を履き、ダイゴはホウエンのチャンピオンだというではないか。
2人とも目が回るような忙しさだろうに、10年間ずっと俺を捜してくれていた。他のみんなもだ。申し訳なさとありがたさに頭が下がる。このデカすぎる恩を、さてどうやって返そうか。
マツバが残していった新聞に目を落とす。
第一面にはデカデカと、《ロケット団崩壊》の見出しが綴られていた。
《シルフカンパニーを占拠したロケット団を1人のトレーナーが強襲。幹部全員の捕縛に成功。首領とみられるサカキ(現ヤマブキ学院院長)は行方不明……目下国際警察が足取りを追っている……》
サカキ先生がロケット団のボスだった。
本当なら目玉が飛び出るほどの衝撃的ニュースだ。だけど俺は今日1日驚きすぎて、すっかり心が麻痺してしまっていた。
窓の外に目をやる。茜色に彩られた筋雲が美しい。今夜はきっと星が綺麗だ。
頭を空っぽにして見ていると、ドアがノックされた。「どうぞ」と答えて身体を起こす。
てっきりドクターかナースが来ると思っていた俺は、扉の前に立つ人を認めてデカい声をあげた。
ジョウトのヒワダタウンに居るはずの、ガンテツじいちゃんだった。
「じ」
いちゃん、と続きを音にするより早く、じいちゃんの拳が飛んできた。
ボール職人のじいちゃんの手はすこぶる固い。目から火が出るような痛みに叫んだ。
「いってぇいきなり何すんだクソジジイ!」
「何すんだもクソもあるか! どんだけの人に心配かけとるんじゃバカ孫!」
好きで心配かけたわけじゃないわい! 口答えするな! との押し問答は、ブチ切れた師長に厳重注意されるまで続いた。
じいちゃんは無言で椅子を引き寄せると、どっかり腰を下ろした。俺の全身をじろじろと睨みつけている。
そして、長い長い沈黙のあと、ぼそりと呟いた。
「…………おかえり。無事でよかった」
じいちゃんが親指で目尻を拭う。拭っても拭っても、光るものが零れていた。
俺はぐっと唇を噛み締めた。
そうだ。じいちゃんは不器用なひとだった。
10年も孫がいなくなったんだ、大抵の人はもう死んだものと諦めるだろう。
でもじいちゃんは諦めなかった。ずっとずっと、俺の帰りを待っていてくれたんだ。
そのあいだ不安にならなかったわけがない。落ち込まなかったはずがない。
最初に殴ってきたのは、安堵の裏返しだったんだ。
俺はぐっと掛け布団を握りしめ、声が震えないよう何度も深呼吸してから言った。
「…………ただいま。心配かけて、ごめん」
「…………おう」
そのあとは、俺もじいちゃんもただ泣いた。
〇〇〇
みっちり1週間かけて全身の検査をされ、どこにも異常がないことを確かめられた俺は、ようやく退院の許可がおりた。
退院にはレホール先輩が付き添ってくれた。ホウエンでの化石掘りのついでだと言っていたが、服も爪も清潔そのもので、先輩は案外嘘が下手なことを知った俺はニヤニヤ笑いが止まらなかった。
「貴様、見舞いの品にからあげばかり指定したらしいな」
先輩に笑われ、俺は遠い目をした。
「ええ。
ルギアは現代に戻ってからこっち、寝ても覚めてもとにかくからあげを要求し続けた。そんなルギアを黙らせるには、とことんからあげを食わせるしかなかったのだ。
1日3食どころか5食も6食もからあげ三昧。後半は匂いを嗅ぐだけで胸焼けがした。よくもまあ飽きることなく山盛り食えるもんである。
「それで? まずはどこに行く?」
「アサギシティに行きます」
「アサギ……というとジョウト地方の灯台のある街か。たしかいまは、ジムリーダーが灯台守を兼ねているんだったな。実家じゃなくていいのか?」
「ええ。────あんまりグズグズしてると、意思が揺らいじゃいそうなんで」
「意思?」
訝る先輩に、俺は言った。
「今日で、レヴィとお別れするんです」
シンオウ神殿でギラティナを打ち破ったときから、ルギアをどうするかずっと考えていた。
ホウオウと対を成す存在。片割れが千年眠る間、もう一方が魂の輪廻を司る。
言うまでもなく、世界の根幹に関わる重要な仕事だ。
いまはホウオウの時代。ほんとうならルギアは体を休め、英気を養っていなければならない時期である。
なら、俺の手元に置いておくべきじゃない。何にも煩わされることのない深い眠りがルギアには必要なのだ。そしてそれはおそらく、アサギ湾の海底でしか得られない。
「なぜそこだと?」
飛行機のシートベルトをつけながら訊ねる先輩に、入院中に書いたメモを見せた。
「検査以外は暇なんで、ルギアに関する本を片っ端から取り寄せたんです。そしたら、ルギアの伝承がアサギシティから広まっていることがわかりまして」
ルギアが目覚めると40日間嵐が吹き荒れる──という有名な話は、アサギシティの民話がベースになっていた。きっと、アサギの海の底にルギアの
「…………野暮なことを聞くが、いいんだな?」
先輩の質問は短いが的確だ。
手放せばルギアは長い眠りにつく。もう二度とお目にかかれまい。それでも後悔しないか、という意味がこめられている。
後悔は……するだろう。
何年経っても、死ぬその時までルギアのことは忘れられそうにない。
だけど、魂の循環が滞ればどうなるか、まざまざと思い知らされた。
だったら、取るべき道はひとつだ。
「いいんです」
俺は微笑を返し、アサギ空港につくまでの間、ずっと目を閉じていた。
〇〇〇
アサギ湾は水平線まで濃い青が広がっている。風浪おだやかで、行き交う船も心地よさそうだ。
「絶好の帰宅日和だな、レヴィ」
「げるる」
ルギアの返事はそっけない。おおぶりのからあげを頬張るのに忙しいのだ。
それが最後のからあげになると、こいつは気づいているんだろうか。
アサギシティ郊外にある山の上である。幸いなことに、俺たち以外に人はいなかった。
手持ち全員をボールから呼び出す。ルギアと別れることを言い含めておいたから、みんな神妙な顔をしていた。普段通りなのは当のルギアだけだ。
「レヴィ」
からあげを食べ終わった瞬間を見計らい、膝を曲げ、視線を合わせた。ルギアが小首を傾げている。
「もう家に帰る時間だ。あっちの方に栖があるんだろ?」
沖合を指さす。ルギアは首を伸ばして指の先を見晴かし、「げるる!」と力強く鳴いた。
両手を使ってルギアを持ち上げる。ずっしりした重みに、涙腺が緩みかけた。
さっさと飛ばせばいいものを、土壇場になって気持ちがぐずついてきた。
その優柔不断さが、俺に余計な口をきかせる。
「……レヴィ」
「げる?」
「もし、もしさ。俺が生きてる間に目が覚めちまったら、いつでも来いよ。また美味いからあげ、たらふく食わせてやるから」
「げるるぁ!」
ルギアはパッと翼を広げた。からあげの単語に気を良くしたらしい。つくづく食い意地の張った鳥だ。
チャンスは今しかない。
俺はぐっと腰を落とし、力を溜めてから、ルギアを空高く放った。
羽ばたくルギアが俺を見る。
俺は声を限りに叫んだ。
「行け! 千年後の未来まで!」
言葉がどれだけ通じるのかは分からない。けれどそう言われた瞬間、ルギアは長く高い声で鳴きながら、沖に向かって飛んでいった。
白い翼がみるみる小さくなっていく。やがて雲に同化し、完全に見えなくなると、俺の我慢も限界を迎えた。
「…………っ、元気でなぁ……っ、元気で……っ」
顔を覆って嗚咽する俺を、カブトプスたちみんなが囲んでくる。
レホール先輩も、黙って俺の横に立ち、背中を撫でていてくれた。
達者で暮らせよ、レヴィアタン。
一緒にいてくれて、ありがとう。
〇〇〇
1ヶ月後。
ジョウトはキキョウにある名門キキョウアカデミーにて、興味深い論文が発表された。
<カネの塔に関する諸説の再考>と題されたそれは、現在まで謎に包まれていたカネの塔の建築時期と建立理由について、これまでと全く異なる見解を示す新説であった。
それによると、カネの塔は千年旅するルギアを休ませるための施設であるという。同論文はまた、嵐を巻き起こすポケモンとのみ目されていたルギアにも言及しており、ルギアとホウオウが二体一対となって現世の魂魄を循環させ、輪廻転生を司っているというのだ。
既存の説とはあまりに異なる論旨ゆえに、発表当初は批難の的であったが、共同著者である同アカデミーのウォロ教授が説の根拠たる文献を公開したことで、有力視する者が増え始めている。
主著のアシタバ氏はこの論文で博士号を取得。インタビューでは「ルギアの研究を推し進めたい」と語った。
(インタビュー記事は別紙参照)
なお、この論文を受けてエンジュ市長のマツバ氏がカネの塔の再建を発表。デボンコーポレーションの全面的な資金協力を得て、1日も早い完成を目指すという────
(記事・パンジー/写真・ビオラ/ミアレ出版)
以上で、「ルギア、拾っちゃいました。3」および同シリーズ完結です。
2023年7月に、ふとした拍子に書き始めた小説が、思いのほか長編となってしまいました。まさか完結まで3年、計266話もかかるとは。
元々は、「2000字程度なら毎日更新行ける気がする」「ルギアの雛とか拾ったら面白くね?」という思いつきで始めたお話でした。ほんとに行き当たりばったりだったので、4話くらいまで主人公の性別も名前も決まっていませんでした。
ここだけの話、実は最初の方アシタバくん女のつもりで書いてたんですよ。一人称俺っ娘。マツバとの恋愛模様とか書いてみてーなと思ってて。うっかり三人称で「彼」って書いちゃったせいで普通に男設定に変えましたが。
(マツバの友情がやけに湿度高くて重たいのはその名残です)
ロケット団だの、不老不死だの、ギラティナによる乗っ取りだの、全部書いてる途中で思いついたネタを好きな風に投入した結果です。まさに闇鍋状態。どんなお話に仕上がるのか書いてる作者自身も見当つきませんでした。
そのわりになんだかんだでいい感じに着地できたんじゃないかなー。
お気に入りのキャラは(みんな大好きですが強いてあげるなら)クチートのヘリオドールです。ちっちゃくて強い姉御肌大好き。
最後に。
ここまで追ってくださった皆様に、心からの感謝を。あなたがたの感想、高評価がなければ、完結させることは絶対に出来ませんでした。
本当に、厚く御礼申し上げます。
またなにかネタ思いついたら戻ってきます。
改めて、ありがとうございました!