ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第6話 火吹き島へ。

 

 

 

 

 ヒスイに飛んで以来、太陽に合わせて起きるのが習慣になった。

 

 なにせこちとら家が無い。

 木の下か岩陰に身を預けて眠るわけだから、朝日が昇ると眩しくて仕方ないのだ。

 反対に日が沈んでしまうとわざわざ火の番をしながら夜更かしするのも馬鹿らしいのでさっさと寝てしまう。おかげで早寝早起きが身についた。

 

 ところがこの日、俺は朝日以外のものに起こされた。エイパムが切羽詰まった様子で必死に揺さぶってきたのだ。

 

「起きろアシタバ。

 ここに居ちゃダメだ。逃げてくれ」

 

 いつもの間延びした喋り方じゃない。

 焦りと恐怖に塗れている。

 

「な、なんだよ、どうしたんだ」

 

 エイパムの返答は単純で、難解だった。

 

「姐さんが斬られた。虫の息だ」

 

「……は?」

 

 頭の中が真っ白になる。

 姐さんって、まさか、ブニャットのことか。

 斬られた? 誰に? 

 

「黒斧の野郎だ。あんにゃろ、なにが気に食わなかったのか姐さんを斬り捨てやがった」

 

「そ、それでなんで俺が逃げるんだよ?」

 

 エイパムはきゅっと唇を噛んだ。

 言わなければいけないことだけど、物凄く言いづらいことを口にする時、誰しもそうするように。

 

「……近くの木に、姐さんの血で、こいつはニンゲンに味方した裏切り者だって書いてあったんだと」

 

「…………!」

 

 顔から血の気が引いた。

 ニンゲン、人間。

 それに当てはまるのは、群青でただ1人。

 俺だけだ。

 

 エイパムが震える声で言う。

 

「オイラたちは思い違いをしてた。奴はオヤブンの座じゃなくてお前さんを狙ってたんだ」

 

 ────そんな。

 絶望に目の前が暗くなる。

 

 エイパムはルギアの入ったボールを俺の手に押し付けると、無理やり立ち上がらせた。

 

「怒り狂ったニャルマーたちがお前さんを八つ裂きにさせろと押しかけてきてる。

 ここに居たんじゃ死ぬだけだ。逃げろ」

 

「で、でも!」

 

 角笛を持ってきてくれて、一緒に飯を食っただけのブニャットが裏切り者というのなら、エイパムの罪はどれだけ重い? 

 

 ここで俺を逃がしたらますます……! 

 

「こんな時にオイラの心配する奴があるかよ」

 

 エイパムは苦笑し、尾の手で背中をやさしく叩いてきた。

 

「オイラは大丈夫さ。すばしっこいし目端も利く。

 あんな虫けら怖くねえや。それよりも今は逃げな。

 ミュウツー(カタリベ)の旦那が山の麓でニャルマーの連中を食い止めてるうちに」

 

「……ごめん!」

 

 よろめきながら、反対の麓めがけて走りだす。

 

 すぐに息が切れ、脇腹が痛くなったが、それ以上に心が痛かった。

 

 

 ○○○

 

 

 ────どれだけ走ったろう。

 

 鈍った躰に鞭打って、反吐が出ても走り続け。

 木の根に躓いて顔から転んだ。

 

「ぜ……っ…………、は………………っ!」

 

 息ができない。

 吸いたいし吐きたいのに、俎板(まないた)に載せられた魚のように震え跳ねることしかできなかった。

 

 ブニャット。

 わざわざ俺に角笛を届けてくれた。

 

 そんな彼女が斬られた。

 助かるだろうか。

 たまごさまの治癒は間にあっただろうか。

 

 もしも間に合わなかったら。

 彼女は────死ぬ。

 

「俺の…………せいで……っ」

 

 心臓が痛い。いっそ破裂してしまえと願った。

 なんで彼女が死ななきゃいけないんだ。

 俺を狙ってるのなら、俺を殺せばいいものを! 

 

 地に伏したまま、身を焦がすような怒りに呻いていると、場違いに甘い香りが漂ってきた。

 

 花と果実の匂い。

 そっと面を上げると、ドレディアとミュウツーがそこに居た。

 

 ミュウツーは膝をつき、俺の肩に手を添えてきた。

 

「……エイパムが逃げた方向を教えてくれたのだ。

 案ずるな。ブニャットは一命を取り留めたぞ」

 

「……そっか」

 

 地べたに座り直し、前髪をぐしゃりと握りしめた。

 

 微かな安堵と、それを遥かに上回る自己嫌悪に心が捩じ切れそうだった。

 

 助かってよかったなんて素直に喜べやしない。

 俺さえ居なけりゃそもそも斬られることもなかったんだから。

 

(いっそ俺が死ねば、もう誰も……)

 

 俺の思考を読み取ったミュウツーは、眉間に皺を寄せ、激しく揺すぶってきた。

 

「止めろアシタバ!

 バサギリが何を狙っていたかなど我々には知る由もなかった! どうしようもないことだったのだ!

 いたずらに自分を追い詰めるな!」

 

「……わたくしも同感です」

 

 ドレディアの柔らかい葉腕(ようわん)が、俺の頬を撫ぜた。

 

「己を責め苛むのはおやめなさい。

 起きたことは覆らないし、無かったことにも出来ませぬ。悔やみ憐れむだけならば、それは何もしていないのに等しい振る舞いではありませぬか」

 

「華姫……」

 

 2人とも、揺るぎない眼差しで俺を見つめていた。

 その目はなにがあっても俺の味方だと叫んでくれているようで、いまの荒んだ心にはなにより沁みた。

 

「……ありがとう。落ち着いたよ」

 

「本当か」

 

「うん。もう馬鹿なことは言わない。

 これからのことを考える。

 第一、俺が勝手に死んだらカブトプス(カブルー)たちに申し訳が立たねえもんな」

 

 ミュウツーたちは満足げに頷いた。

 

 

 ○○○

 

 

 木蔭に腰を下ろし、作戦会議を開く。

 

 俺とミュウツーはバサギリを倒しにいこうと息巻いていたが、意外にもドレディアは賛同しなかった。

 

「ブニャットさんが斬られたことで、群青中が動揺しています。いまあなた達が姿を現せば、黒斧に差し出し命乞いをしようとする輩が必ず現れるでしょう」

 

「だからって、俺たちが逃げてもあいつは暴れるだけなんじゃないか」

 

「わたくしが目を光らせまする」

 

 ドレディアははきと言い切った。

 

「たまごさまにもお許しを得ました。

 わたくしはこれから毎日群青を回り、皆の安寧を守ります。黒斧は見つけ次第斬る覚悟です。

 

 ──()()()()()()()として、もう好き勝手はさせませぬ」

 

 俺たちは瞠目した。

 それはすなわち、現オヤブンたる“浮輪のフローゼル”の跡を継ぐと宣言したに等しい。

 

 ミュウツーが控えめに口を開く。

 

「オヤブンの交代を受け入れぬ者も居るのでは?」

 

 エイパムは言っていた。

 新たにオヤブンを決めたくても、フローゼルを慕うあまりに拒否する層が多かったと。

 だがドレディアは、そうした意見も説き伏せていくつもりだという。

 

「事ここに至っては、最早悩んでいる暇はございませぬ。一刻も早く安寧を取り戻さねば、ここは黒斧の手に落ちます」

 

「……そうだな」

 

 彼女の言うとおりだ。

 支柱を失ってぐらついている城を放置すれば、遠くない未来に瓦解するは必定である。

 

 昨日はハピナス(たまごさま)の護衛にのみ心血を注ぐと語っていたが、余程バサギリの暴挙に腹が据えかねたのだろう。きりりと凛々しい瞳の奥には、不退転の炎が宿っていた。

 

 ドレディアはするりと立ち上がると、洋上に浮かぶ島を指した。

 

 おほしさま──ジラーチが住まう火吹き島である。

 

「おふたりはあの島へ渡られませ。

 おほしさまならばきっと、元いた世界に帰る方法をご存知でいらっしゃいましょう」

 

「そうしよう。

 ミュウツー(カタリベ)、あそこまでテレポートは出来るか?」

 

「やってみる」

 

「途中、いくつか小島もございます。

 飛び石のごとくお使いになれば届くかと」

 

「承った」

 

 立ち上がり、ドレディアと握手した。

 

「──元気でな、華姫さま。いろいろありがとう」

 

「ご武運を祈っておりまする」

 

 ミュウツーが俺の腰を抱く。

 しばしのあいだ、ミュウツーとドレディアが熱い眼差しを交わしあった。

 時間にして3秒ほどだが、万感の思いがこめられていた。

 

 結局ミュウツーは何も語らずテレポートを発動させ、一瞬後には、火吹き島にほど近い《帳岬》に着地していた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 読者諸君はテレポートを連続で使ったことがあるだろうか。

 

 すごいぞ。

 もういろいろ凄い。

 

 ビュンビュン切り替わる景色とか足元の感触が毎秒異なる経験はそう得られるもんじゃないからね。

 

 ただ困るのがさ。

 

「おぅえぇえええぇ」

 

 酔うんだわ。途轍もなく。

 

 2回目までは楽しめたんですよ。

 うおー早ぇーすげーなんてね、着地のたびにはしゃげたんです。

 

 けど、人間の知覚能力には限界つうものがございましてね。

 ほら、テレビもぱっぱぱっぱとチャンネル切り替えると画面酔いとかするじゃないですか。

 あれです。

 目から入ってくる情報量が多すぎて酔うんだな。

 

 あとね、テレポート特有の鳩尾から引っ張られる感覚。あれもよくない。途中から拷問かと思ったもん。

 

 火吹き島に着いた俺はもう耐えられなくて四つん這いでげーげー吐いた。

 連れてきてくれたミュウツーを労いたくても言葉にならない。

 

 胃の中身ぜんぶ出して、ついでに胃液も吐いてから必死こいて立ち上がった俺が見たのは、むんむんたる熱気に包まれた溶岩島だった。

 

 草木はなく、穴だらけの岩がそこかしこに屹立し、冷えた溶岩で形成された地面が続いている。

 

 冷や汗と脂汗に塗れた顔を拭った。

 

「あっつ……」

 

「大丈夫か、アシタバ」

 

「なんとかな……。ありがとな、カタリベ。

 お前さんは辛くないか?」

 

「なんともない。

 ……本当にこんなところにジラーチがいるのか?」

 

「そのはずだけど……」

 

 俺は左目を眇めた。

 ジラーチは伝承ばかりが先行し、その姿を見た者はほとんど居ない幻級のポケモンだ。

 

 詳しく知ってる訳じゃないけれど、炎タイプであると想起させるような物語は記憶にない。

 

 こんな灼熱の島に好んで住まうとは考えにくいが、エイパムもドレディアもここにおわすと話していたからには、きっと居るんだろう。

 

「ひとまず、島の中心まで行ってみよう」

 

 歩き出したその時。

 右斜め前方のマグマ溜りが、不吉な泡を立てた。

 

 ごぼ、ごぼぼぼぼ。

 

 そんな音を響かせながら、泡がいくつも弾けていく。マグマも間欠泉のよう噴き出すんだろうか。

 呑気に観察していた俺を押しのけ、ミュウツーが前に出た。

 

ごぼぼぼ。

 

ごぼぼぼぼぼ。

 

 音がどんどん大きくなっていく。

 それでようやく気づいた。

 

 自然現象じゃない。

 何かが、マグマの中にいる。

 

 

ごぼぼぼぼぼ!

 

 

 ひときわ音が大きくなった瞬間、身の毛もよだつような殺気に当てられ、反射的に叫んだ。

 

「光の壁!」

 

 ミュウツーがドーム状に光の壁を展開する。

 

 刹那を置いて、業火の渦が俺たちを取り巻いた。

 

「────っ!!」

 

 壁のおかげで炎が届くことは無いが、熱気は別だ。

 容赦なく内側に侵入してくる。

 咄嗟に口許を掌で覆っていなければ、気道を焼かれて地獄の苦しみを味わっていただろう。

 

 ミュウツーは顔を歪めながらテレポートを起動した。壁を展開しながらだと遠方には飛べないらしく、すぐそばの岩のてっぺんに着地する。

 

 炎の渦から逃れてひと息ついたのも束の間、マグマの底より現れたそいつを見て絶句した。

 

 溶岩で構築された肉体。

 所々に付着している鋼の鎧。

 紅に淀んだ瞳。

 

 周囲の温度が一気に上がる。

 顎から滴り落ちた汗は地面に落ちる前に蒸発した。

 

「嘘だろ……」

 

 漏れ出た声は、自分のものとは思えないほどかさついている。

 

 

「なんでここに……ヒードランが……!」

 

 

 火口ポケモン・ヒードランは、俺たちを睨めつけるとおぞましい形相で咆哮した。

 

 

 

 

 




というわけで6話。
アシタバくん群青にいられなくなったの巻。

当初のプロットだとブニャット姐さんお亡くなりになってたんですが、ポケモンを殺すのがあまりに辛くて予定変更しました。
ポケモンが死ぬのはどの媒体でも見たくない( ;꒳; )

ドレディアちゃんの口調は武士の妻とか娘をモデルにしてます。
時代小説好きなんすよね。あのお堅い喋り方すこ。

そしてヒードランとの対峙。
なにかとネタにされがちなポケモンですがめちゃくちゃ強い子なんですよ。耐性優秀だし技も強力だし。図鑑説明がアレなだけで。
次話でねちっとバトル書きたいなあ。

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