原野の上に広がる蒼穹を飛んでいたボルトロスは、向こうからやってくる憎い顔を見つけて急停止した。
「よう、雷撃の」
そう言いながらニヤニヤとほくそ笑んだのはランドロスである。ボルトロスは痛烈に舌打ちした。
「なんでぇ、テメェかよ」
「ご挨拶だな」
ランドロスの豪快な笑い声が辺りに響き渡り、驚いたムクバードたちが慌てて逃げていった。
彼らはいずれも、この世界の元素を司るポケモンである。
ランドロスは地を、ボルトロスは雷を担い、恵みと災いとをもたらしている。
記憶も定かでない昔から、二人の仲は悪かった。
というよりも、ボルトロスが一方的に敵視しているというのが実情である。
対するランドロスはいつも飄々とボルトロスの憎悪を受け流している。
なんだか怒りっぽいやつだな、程度にしか思っていない。生来細かいことが気にならない性質なのだ。
「こんなところを飛んでいるたァ珍しい。お前の
「俺様がどこを飛ぼうがこっちの勝手だろうが」
「いやいや。好きに飛ばれちゃ困るんだよ。
秩序ってものが壊れちまうじゃないか。なあ?」
ランドロスが大仰に首を振る。
頑是無い子供に言い聞かせるような口ぶりに、ボルトロスのこめかみがひくついた。
(こいつはいつもこうだ……)
芝居がかった仕草をし、己が一段上の存在であるかのように振る舞う。
我ら四天王はあくまで対等だというのに!
物言い、態度、目つき顔つき。
とどのつまりランドロスの全てが気に食わなかった。
なにより癪に触るのが、ランドロスには自慢の雷撃が全く通じないことである。
属性における相性の有利不利は天地開闢以来の理とはいえ、なにゆえ
歯痒く、おぞましく、憤ろしい。
こういう風に我々を創りたもうた神を、何度罵ったことだろう。
……だが、そんな屈辱的な日々ももうすぐ終わる。
あの奴隷……もといアシタバはきっとランドロス打倒の役に立つ。立ってもらう。
それまでは精々、砂上の楼閣でふんぞり返っているがいい。
ボルトロスは物も言わず、激しい眼差しでランドロスを睨めつけてからその場を後にした。
「うむぅ。話の途中だのに」
ランドロスはやれやれと肩を竦めた。
〇〇〇
一方その頃。
俺は汗だくになりながら雑草をむしっていた。
「はひぇ……ひぇ……」
「こら! 怠けるなでしゅ! ミーの花畑にいる
四つん這いで呻く俺の尻を、シェイミがつるのムチでひっぱたいた。あまりの痛みに飛びあがる。
「いでぇええっ」
「痛いのが嫌ならさっさと終わらせるでしゅ!」
「うっ、うぐぅう」
涙を堪えて草を掴む。
粘つく汗が頬を滴り落ちた。
ボルトロスが去った後。
シェイミは、この枯れた花畑に生えた雑草を抜くよう命じてきた。
仕方なく作業を始めたのだが。
俺は舐めていた。
自然界に蔓延る雑草の力強さというやつを。
抜けない。
まあ抜けない。
めちゃくちゃ太くて長い根っこが大地にびっちり食いこんでおり、1本抜くだけでえらく大変なのだ。
そんなものが数え切れないぐらい生えている。
花畑の
そんな難敵を
このポケモンさまは。
(いっそ燃やしたほうがいろいろ早いんじゃねえの)
そう思うのもむべなるかな。
「……なにか不埒なことを考えてましゅね」
「ぎく」
再びつるのムチが炸裂し、俺は情けない悲鳴をあげた。
〇〇〇
夜になると、さすがに月明かりだけでは手元が見えなくなり、この拷問じみた労働から解放された。
「…………」
物を言う元気もなく大地に突っ伏す。
海沿いのエリアに比べると、この黒曜の原野はずいぶん暖かく、雨露さえ凌げれば外でも寝れそうだ。
しかし腹が減った。
そりゃもうとてつもなく減った。
ところが疲労が重すぎて指ひとつ動かせそうにない。腹の虫の音がうるさすぎて近くのコロボーシが逃げていった。
「…………はら……へったなぁ」
すると、どこからかオボンの実が転がってきた。視界の端、枯れた花畑に鮮やかな翠が映る。
シェイミがきのみを寄越してくれたらしかった。
「たべるでしゅ」
「……いいのか…………」
「悪かったらあげないでしゅ」
ぷは、と思わず笑みがこぼれた。
そりゃそうだな。
ありがたく頂こう。
鉛のように重たい手足を使ってなんとか身を起こし、オボンに齧り付いた。
驚くほど硬い皮の向こうにはジューシィな果肉が詰まっていて、まろやかな味わいだ。酸っぱくもなく辛くもない、実に食べやすい木の実である。
「うま」
「当然でしゅ。ミーが育てたんでしゅから」
ふんと鼻を鳴らすわりに、シェイミの声は弾んでいた。
全部食べ切ると結構力が湧いてきて、辺りを見回す余裕も生まれた。
ここは山と森に挟まれた盆地らしく、穏やかな風が吹いている。野生といえばコロボーシとムックルぐらいのもので、いずれも臆病なたちだから、襲われる心配はなさそうだ。
俺はここに来た時からの疑問を口にしてみた。
「なぁシェイミ。
なんでここは、こんなに荒れ果てちまったんだ?」
そこらの原っぱや森はいきいきとしているから、土だの水だのが悪い訳ではなさそうだ。
花を荒らす乱暴者が居るようにも思えない。
ここのオヤブンであるバサギリの仕業でもなかろう。あいつが暴れたのなら、こんな風に枯れるのではなく断ち切られているはずだ。
すると彼女は、枯れた花に額を当てた。
「…………見てろでしゅ」
目を閉じ、何事か唱えはじめる。
まるでそれは、もう一度咲いてくれと願っているようにも、祈っているようにも見えた。
茎も葉も花弁もすべて茶色く染まった痛々しい花が微かに神秘的な光を帯びる。
しかし────それっきりだった。
「…………」
シェイミの顔がくしゃりと歪み、歯を食いしばったのが分かった。
泣くのを、堪えているのだ。
「……この子達は、先代の頃までは元気に咲いていたんでしゅ」
シェイミは俺に背を向けたまま、ぽつぽつと語った。
彼女の一族は始祖からこちら、何代にも渡って花を慈しみ、守護する役目を負っていた。
彼女も次期当主として恥ずかしくないよう、研鑽を積んできたという。
とりわけここの花園はシェイミたちにとって特別な場所であり、絶対に枯らしてはならないと言い含められてきたそうだ。
ところが。
いよいよ彼女の代になった途端、花たちは萎み、見る影もなく衰えてしまったらしい。
一族に伝わる、いかなる草木も甦らせる秘術も、何故か効果がないのだそうだ。
「荒れた理由なんてミーの方が知りたいでしゅ……
どうして……どうして元気になってくれないんでしゅ……」
その震える声色で、察することが出来た。
きっとシェイミはさっきの秘術を、何十回何百回と繰り返してきたのだろう。
そしてそのたびに、打ちのめされてきたのだ。
「……笑うがいいでしゅよ」
シェイミは己を嘲笑うような声で言った。
「花ひとつ甦らせることができないミーは一族の恥さらしでしゅ。半端者でしゅ」
────ああ。
この拗ねた態度には覚えがある。
何度親友に挑んでも負かされていたときの俺にそっくりだ。
わかるよ。
あまりにも上手くいかないと、自分が惨めで無価値な存在に思えてくるよな。
だからそうやって、刺々しい言葉や態度を取るんだろう? 虚勢を張っていないと死にたくなるから。
俺は答えた。
「そんなことないよ」
シェイミがきっと振り向いた。
「オマエになにがわかるんでしゅか!」
「わからん。けど、わかる」
「は?」
訝るシェイミに、俺はどんと胸を叩いた。
「雑草は抜く。全部抜く。
他にもやることがあったら全力でやる。
だからお前さんも諦めないでくれ。
俺は絶対に、元の世界に帰りたいんだ。
そのためにはここの花が……お前さんの助けが必要なんだよ」
「助け……」
シェイミが項垂れる。
「ミーの力なんて……なんの助けにも……」
「なる」
俺は断言した。
「なるよ。きっとなる。絶対に。
俺、頑張るからさ。
お前さんももう一度、頑張ってみないか」
つぶらな瞳に膜が張る。
それが透明な雫となって零れるより早く、シェイミはぷいっとそっぽを向いた。
「し、しかたないでしゅね!
力を貸してやるでしゅ!」
「ありがとな、シェイミ」
俺はふへへと口元を緩めた。
というわけで8話。
不調のシェイミちゃん励ます回。
ボルトロスとランドロスの確執は拙作の捏造です。
でもあのコピペおっさんたち3人どうし嫌いあってそうなんだよな。
それを傍観するラブトロスって感じ。
お花を甦らせることはできるのか。
よければ感想高評価おなしゃす!