メサイアはあくまで真面目大胆攻めして欲しい(どんな攻め?
似た者同士相通じ合いここまでやって来たメサイアとトレーナー。
口さのないものからは「あれは将来おしどり夫婦よ」と好意的な(?)陰口までされるほどの2人だが、残念ながらひとつだけ似なかったところがある。
「お疲れ様です。本日の日報をお送りします。
『体調:38.8℃(発熱の兆候)、体の痛みなし
食事内容:3食+間食2回の資料を添付』
…………
…………
以上ご確認お願いします」
トレーナーはメサイアの発熱を知って、居ても立ってもいられず寮を訪れた。
予め来訪を告げていたので、「こんこん」とノックをすると、相手も来訪者が誰だが分かったと見えて、「どうぞ」と返事が返ってきた。
部屋に入る。彼女が寝泊まりする寮室の模様が、トレーナーの眼の前に露わになった。
同室の相手、ヴィブロスのスペースは、姉妹の思い出の品であったり旅行のお土産であったりといった品々でそれはもう華やかで目まぐるしいほどであるのに対して、メサイアのスペースは実にささやか。機能性が重視されたものだ。
ただ本人にとっての心の拠り所、そして自らの志を成し遂げるべく努力するその原動力でもあろう母上の現役時代の写真が、机の上に丁重に置かれていたのであった。
メサイアはちょうどベッドの上で足を伸ばして、漫画を読んでいるところだった。
ヴィブロスは「久しぶりにパパと長電話だよ~♪」と、寮の談話室にスマホを持って移動。
もちろん気を利かせて部屋を外した訳だが、あくまで真面目な2人は「父君との会話を心ゆくまま楽しんで欲しい」と思うばかり。
「トレーナーさん。寮までいらっしゃらなくても」
「許可は取ったから大丈夫だよ。それよりも身体の方に差し障りはないかな」
「はい、ただ熱が出ているので念の為安静にしております。ちょうどシャカールさんからお見舞いで今話題という少女漫画のセットをお借りしましたので。暇つぶしという訳ではないですが、興味深く読ませて頂いております」
「良かった……。早く良くなるのを祈ってるよ」
と容態の確認と挨拶だけして暇を告げようとしたトレーナー。椅子から立ち上がろうとした姿勢で動きを止める。
「えー! 用件だけ済まして立ち去ってしまうとか、酷薄過ぎますー!」
思い出すのは、後輩トレーナーの言葉。
いつも用件だけ伝えたらメサイアの気を煩わせぬよう、話を切り上げていると説明した時に彼女の口から迸ったのが、その弾劾だ。
「いや、それ以上留まっていてもしようがないだろうし……」
という弁解に
「あのですね……。自分が誰かの下に付いたとして、必要なことしか喋ってくれないような上司や先輩を尊敬できますか? そんなんじゃあ何時まで経っても相手も心を開いてくれませんよ!」
と、トレーナーの方をじっと見つめ、丁寧に説く。
その表情には「何故私が敵に塩を」と言いたげな、不本意なものも混じっている。
(ここでの『敵』とは、『争奪戦』におけるメサイアのことなのだが、朴訥なトレーナーは、自身が対象になった『それ』に気がつきもしなかった。)
ともかくトレーナーは後輩の説得を聞き入れ、「気をつけないとな」と心をあらためたのだった。
(話といっても何から切り出せば良いのか、いつも不安になってしまうわけだが……。ただこういうのは難しく考えてあれこれシミュレーションしても、却って会話がすれ違って、あたふたしてしまうだけだ。むしろごく自然に話せるような……。)
「そう言えばその漫画だけども……」
「これですか」
話は自然、メサイアが普段から興味を持っていて、今も手にした漫画の話題になる。
曰く、「普段少年漫画を愛好するメサイアが少女漫画を手にするとは珍しいな」と感じたこと。
それに対して「シャカールが『こいつはロジックが優れてらぁ』と感心して、全巻入手し、それをメサイアにも勧めてみせた」といった返答。
実際メサイアが読んでみて、どの辺りに感動したかなどなど。
「へー。それじゃあ元々メサイアに漫画を勧めたのも、シャカール君だった訳だね」
「はい、『フィクションってのもプログラムとおんなじだ。どんだけ話が荒唐無稽でも、その中で透徹したロジックは抽んでて精密だ。一分も隙がねぇ』それがシャカールさんの言われることでした。
それで漫画を注意深く読むようになって、その裏に隠された作者の努力が滲み出ているのを、意識できるようになったんです」
「そこまで作者に敬意をはらって漫画を読むなんて、メサイアはどんなときも真面目なんだね」
「いえ、そう言われてしまうと、少し恥ずかしいです……」
それからはまた、今読んでいる漫画の面白いと感じたところや、トレーナーも暇を見つけて読んでみて、お互い感想を交わしてみようといった約束などを話し合った。
会話というのは不思議なもので、他愛のない内容であってもこうやってやり取りを続けているうち、あっという間に時間が経っているものだ。
時刻を確認したトレーナー。
「おっといけない。もうこんな時間になってしまったね」
今度は本心で立ち去ろうとする。
立ち上がろうとするトレーナーの裾を掴むメサイア。
「どうしたんだい?」
優しく尋ねるトレーナーの顔に、メサイアは返事代わりに腕を伸ばした。
むぎゅ
トレーナーの頬に触れる。
触れると言っても、本人にとっても冒険心半分であったらしく、その仕草はおっかなびっくり。本当に鳩が啄むような、今にも握った手がトレーナーの顔から滑り落ちて(?)しまいそうなくらい、頼りない所作だった。
「包み込む」というよりは却ってひょうきんにつねっているようにも思えて、いじらしい。
それはこの眼鏡ウマ娘が最近覚えたスキンシップ。「ポケット先輩」の薫陶だ。
「熱……」
「?」
「こうして熱を受け渡すことで、少しでも解熱に近づけられるかと思いまして……トレーナーさんに対しては、一方的になって振る舞いになって申し訳ないのですが」
朴念仁なトレーナーだが、この期に及んで「トレーナーと生徒の関係でむやみに身体の接触に及ぶのは良くないよ」などと言って突き放したり、拒絶や咎める態度を示すことで「やはり度の過ぎた振る舞いだったのだ」とメサイアに罪悪感を抱かせてしまうような、軽慮な反応をするほど愚かではなかった。
コツン
その代わり、
「え?」
「解熱ならば、こうした方が良いだろうね」
そう語るトレーナーは、自らのおでこを勇気を示したウマ娘の秀でたおでこに、ピタリと付けていた。
2人の顔と顔が至近に迫る。
そうした第三種接近とは無関係に、
「トレーナーさんの頭、冷たいです」
「そうだろうね。元々ウマ娘と人には体温の差がある上に、発熱している訳だからね。ただおそらくここが、もっとも熱が交換しやすい箇所かなと思って」
「ええ。ひんやりして、気持ち良いです」
至極真面目に語り合う2人。
と、メサイアが何やら思案し己の額を剥がすものだから、「やはり不味かったかな」と思ったトレーナー。
しかし彼女はトレーナーの額に手を伸ばすと、おでこに張り付いた髪を撫で付けるのだ。
そうして前髪を掻き上げ秀でた額に、己の小さな白い額を差し出した。
「髪が邪魔でしたので」
「確かにそうだったね。それにしてもメサイアのおでこは、ツルツルだ」
「そういうこと言わないでください」
「いや、秀でた頬は叡智の結晶の証だよ」
「そもそもこれはかき上げて留めてるだけですから……」
より良い位置を求めておでこを動かしていたら、顔が近づきすぎて眼鏡がズレてしまった。
それがおかしくて「ふふふ」と笑いあう2人。
そんな戯れを繰り返しているうち、ふとトレーナーは、中学生の頃「そう言えば同級生にこんな感じにおでこが秀でた子がいたなと思い出した。
彼女と取り立て特別仲が良いわけでもなかったが、男女別け隔てなく交えたグループ同士で遊んでいた感じの。
メサイアのように髪を留めていたのかそれとも自然秀でてたのかは忘れたが、小柄で笑うと白い歯をむき出しにして屈託なく笑う女子だった。
興に乗ったとき、自分や他の誰かがふざけて彼女のおでこを狙ってデコピンやタッチを仕掛けたり、お返しに叩かれたりとかやってたな。
なんて他の者のことを考えていたのが伝わったのだろうか。
メサイアが眼鏡の奥咎めるような視線をするものだから、慌てて意識を戻すトレーナー。
離れかけていたおでこを優しく「コツン」とくっつけ、互いの熱の受け渡しを再開する。
それにしても「性格も、生き方も、佇まいまで似ているの」と揶揄された2人だが、思わぬところに相違点があった。
いや、おでこの外観の違いなんて初めから分かりきった話だが、こうして重ね合うまで意識しなかったというべきか。
「似た者同士だけど、そこだけは似なかったな」などと苦笑するトレーナーに、
「苦労して」
「ん?」
「いっぱい苦労してください。私が現役を続けている間も、引退して継承の道に進んだ後も、そこからまた別の道に進んだ後も……。
お互い年を取って、生え際も額がツルツルになるまで後退する。何れくるその時まで、共ににたゆまず努力を惜しまぬように。そしていつまでも、一緒に歩み続けてください」
覚束ない口調で紡がれるそれは、熱とトレーナーとの密接で浮ついた相方の、言葉のすさびだろう。
それでも彼女の気持ちを尊重するトレーナーは、返事の代わりに優しく肩を抱き、そのまま2人の空間を維持した。
身を任せどちらからともなく目を閉じると、湖の上浮かぶボートに乗っているよう。揺藍に身を任せ、ゆらゆら、ゆらゆらと幻惑される。
そんな中でも、2人寄せ合った額に確かに感じる冷たさ・暖かさが、2人の標となるのだった。
部屋の外では同居人が扉に背をつけ、
「あーあ、2人が話すならこのくらいの時間って目処を付けて切り上げてきたのに。こんなことならもっとパパと目一杯シュヴァちやみんなの話をするんだった」
などと、口を尖らせているのだった。