「オルを人形にしてしまいたいのよ。貴女の力でどうにかできないかしら、ジェンティルドンナさん」
「やにわに奇異なことを申されて、どうしたのかしら? ドリームジャーニーさん」
突然の奇矯な発言に驚いて、飲んでいた紅茶が鼻に入ったりむせたりということはなかった。しかしジェンティルドンナの声音には、幾分酸っぱいものが混じっていた。
目尻を下げジャーニーが滔々と語る。
「言葉のとおりですよ。オルを物言わぬ人形にしてこの手中に収め。ずっと傍に置いておきたい。いつまでも余すことなく眺めていたい。ああ、お願い。どうにかならないの」
学園の食堂である。
ドリームジャーニーと言えば(表向き)優等生として扱われ、ナカヤマフェスタみたいな武闘派やゴールドシップみたいな奇人?とも懇意と、一口ではその全容を語れぬ『幅広い』社交性の持ち主。
一方で派閥に属さぬ単身ながら、実力主義者の剛毅なる【貴婦人】ジェンティルドンナ。
そんな2人が邂逅。そしてドリームジャーニーがジェンティルの真向かいの席に座り、顔を覗き込むようにして語りかけたというのだから、周囲はにわかに騒然となった。
かくなる経緯の上で、上記の発言である。
ドリームジャーニーはテーブルに肘をつき細い手指を組み合わせ、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせて語るのだ。
「ああ、この人形というのは、オルが原型のフィギュアを商品化して流通して欲しいとか、等身大のドールを作って欲しいといったものではなく、あくまでも実体の『オルを』人形にしてほしいのさ。その超常的な力で鉄球を圧縮する貴女の【能力】ならば、それが可能なのでしょう、ジェンティルドンナさん」
まずはフルネームで呼びかけるドリームジャーニー。
「ますます言っていることが分からないのですけども」
「おや、あなたのプライベート・ルームには、そうやって人形にされたウマ娘たちが、幾体も飾られていると聞き及んだのですが」
これにはジェンティルも顔をしかめ、
「……誰かしらそんな人聞きの悪い噂を流したのは」
「この話の作者ですわ。何でも『【貴婦人】はレースで屈服させた相手を蝋人形にして飾ってそう』とか」
(https://x.com/KaH6778/status/1762454290348790133)
「ああ、そう」
そう言うとジェンティルは無造作に手をふるって見せる。するとそれに合わせて、『こちら側』の画面に罅が走るのだった。そんな、スマホ買ったばっかなのに。
ジェンティルドンナは再度真顔になると、対面の相手を見やり話を戻す。
「戯れはこれまでにして、まず貴女がそう考えるに至った、その真意。そして、この『取引』によって得られる『メリット』を聞かなければ、何とも言えないわね。差し支えなければ聞かせて頂けるかしら。ドリームジャーニーさん」
「ええ、そうね。まずはこの『人形化』に際してのメリットを提示すれば良いかしら……。ジェンティルさん(ジャーニーは呼びかけるにあたって呼び方を愛称に切り替え、徐々に距離を詰め始めていた)はこの私が『遠征支援委員会』を務めているのはご存知ですか」
【貴婦人】は頷いた。単身なれど蛮勇ではなく、勝つための情報収集は決して怠らない身なのだ。
「ああ、あの委員会ね」
『遠征支援委員会』……名前の通り、国内国外を問わず、レースで遠征するウマ娘たちのサポートを目的とした委員会だ。旅券チケットやホテルの手配、旅程の提案、遠征にまつわる相談などその業務は多岐にわたる。
ジャーニーは怜悧な視線をきらめかせ、こう述べる。
「ご存知の通り遠征に際して個々のウマ娘にかかる負担は無視できないファクターですわ。期間中の食事、宿泊費。輸送の際だって皆が個人車両を手配されるといった訳でもなく、渋滞の高速道路を走行したり、一般旅客で市民と同乗したりするウマ娘だって少なくないのが実情。もちろんそれら一切のコストは学園が負担しているのですけども、心身面でのサポートも必要不可欠と言えるのではないでしょうか」
ジャーニーは息を継いで続ける。
「そこでジェンティルさん。貴女が力を行使して、対象ウマ娘『人形化』することで、身体の縮小化により、食料の摂取量を節約される。移動中は常に私の胸ポケットに入れて運搬すれば、輸送費も節約できますの。そのテストケースとして、オルを『人形化』して欲しいのですよ」
最後に「……と言うのはどうかしら」と呟きが聞こえたのは、多分気のせいだ。
ジェンティルは残念そうに首を振る。
「あらぁ、それは……。移動中身体を縮小化したとして、レース直前に一挙に身体を元に戻した際の負担を考慮していないのでは。それに最後の方ちゃっかり無賃乗車の提案をしていないかしら。……悪いけど、その提案には乗れないわね」
ジェンティルドンナはにべもなく断った。
「そうですか。ではこう言うのはどうでしょうか」
プレゼンにおいて「では」ないだろうと思うが、そうした疑義を洗い流してしまう流暢なジャーニーの話術。
「これは不慮のアクシデントや暴徒と化した観客などの外的要因からオルを守るための、いわば人身保護という観点から――」
「オルフェーヴルを守るのに、私の……貴女以外の力が必要で?」
次いで出した案も敢え無く却下。
(と言うかいつの間にかジェンティルがウマ娘を『人形』に出来ることが当然の前提で話が進められているが、彼女らある種の【領域】を超越したウマ娘にとっては、その様な疑義は些末なことに過ぎない)
その後もめくるめく話術で、ドリームジャーニー如何にオルフェーヴルを『人形』せしめる必要があるかプレゼンテーションするが、ジェンティルドンナは首を横に振り続けた。
いよいよ案に窮したドリームジャーニー。この期に及んでなおも言い募る。
「そりゃあね。ジェンティルさん。私だって理屈では分かっているのさ。オルだっていつまでも姉の庇護下に置いておくわけにはいかないって。いつかは姉離れしなくちゃいけないって。けどねぇ。こう、姉にだって執着心というものがあるでしょう。心配なんだ。オルが1人でやっていけるか。悪い奴らにイジメられないか。いや、オルは強いからそんな奴ら歯牙にもかけないっていうことはこの私が良く分かっているのだけども。けれどオルには悪いものを見せたくないよぅ。綺麗なままでいてもらいたい。だからオルは私が保護する。私のもとで人形でいてもらいたいんだ。そうだよ。これはエゴ。『私』のエゴなんだよ。お願いだよう……オルを……オルを……」
弁舌を振るううちにとうとう理性の仮面が剥がれ、そこから吐かれる言葉も、酒場で管を巻く酔客の放つそれの如き、取り留めないボヤキに変わるのだった。
「…………」
さしものジェンティルドンナも呆れ果て、いい加減この場を立ち去ろうかと思い始めた時。
ひょい、とばかりに演説を続けていたドリームジャーニーの身体がつと持ち上がった。
背後から何者かに腕を回され平たい胸を抱かれ、椅子から引き上げられる。
何者かの胸の高さの位置まで持ち上げられたジャーニー。
元々背丈の低さは知られたところであるが、どうしたことか、今はその背丈を輪にかけて縮んでいる。
何者かの胸の中に収まるジャーニーの肢体。手足もちんちくりんときた。
頭身も縮み、真ん丸眼鏡の奥の瞳は実につぶら。
ジェンティルドンナは見た。
その時のドリームジャーニーは……確かにオルフェーヴルの胸に抱かれる、『人形』だった。
「姉上、この様な場所で見苦しい真似を。さぁ行くぞ」
「ああ、オル~。まだ話の途中なんだ。離しておくれ」
そんな姉上の物言いを無視し、オルフェーヴルは己のライバルを見据え、
「姉上と何やら会合のようであったが。この通り中座させてもらう。詫びるぞ」
「あら、そちらがそう言われるならしょうがないわね」
詫びると言いながら、その実『詫び』の対象はあくまで中座の件のみ。
ジャーニーの見苦しい態度や、会合で時間を取らせたこと自体についてはこれっぽっちも頭を下げていない。そのそもその様な醜態『存在しない』ものとする。
その割り切り方は帝王学の賜物か姉の薫陶か。いずれにせよ傲岸不遜な態度は実に【覇王】である。【貴婦人】もそんな相手の気性はとうに承知だから、あの真意の測れぬ微笑みを浮かべるばかり。
これを以ってこのドリームジャーニーの奇矯な要求からなる一連の奇妙な会合は幕を閉じた。