会合からしばし時間が経過した。
オルフェと別れまた1人になったドリームジャーニーは、席につき書き物に取り込んでいた。先ほどの醜態などなかったかのように毅然とした態度で、委員会の執務を遂行しているのだ。
「ううーん」
一通り取り組んだところで、背筋を伸ばし一息。
ふと、部屋の脇の古ぼけたスチール棚に目をやる。理科室にどんと置かれているような、大きな棚。
円滑に業務が遂行できるよう、彼女の手によって整えられた部屋だ。
用のない場所に『敢えて』触れようなどと言うものはいない。故にその棚も、委員会に訪れる他の生徒達から、特に注意を払われることはなかった。
気まぐれでも起こしたのか、席から立ち上がった彼女は、悠然とした足取りで棚の方まで赴く。
棚の扉をスライドさせ開くと、今度はその中に大きなボックスが現れる。再度ボックスの扉をスライドさせた。
その中に置かれているのは、試験管立てだ。今も幾本もの試験管が、立てかけられている。
その試験管の下部。茶色だか、灰色だか、黒色だか。とにかくそんな色の毛を生やした生き物たちが、蠢いている。
戸が開かれジャーニーが姿を見せたことで、一層激しく動き出す生き物たち。
確かにその中にいるモノたちは生きていた。
ジャーニーは戸に手をあてたまま、それらを眼鏡の奥、青く光る瞳で睨めつける。目つきを一際険しくし、吐き捨てるように呟いた。
「相変わらず元気ですね。まぁ勝手に力尽き果ててしまわれても、それはそれで私が困りますので、中の快適さだけは保証していますが。ただこうも元気が有り余られておいでのようでしたら、こちらも斟酌せず『期限』の方も先延ばしさせて頂きますが」
オルフェーヴルがトゥインクル・シリーズの出走者として注目され光を浴びるようになると――いや、正確にはデビュー前からその才は名声赫赫であったが――、必然影も強くなる。
例えばそれは心無い言葉を投げかける者。手前勝手な物差しを持ち出して批評という名のハラスメントに及ぶ者。そもそも何の根拠もない虚偽の風説をバラ撒く者。
そいつ等には勝手に息巻いてもらって鬱憤を晴らしてもらえればそれで良いかも知れないが、可愛いオルにはこういった言説を浴びて、それを振り払うのにかかずらうようなことになって欲しくないものだ。
ジャーニーはそれらの言説の排除に腐心するようになる。
得てしてネットの書き込みなど膨大なように見えて、つまびらかに見ていけば、大抵は同じ顔ぶれ、個の集合に過ぎないと気づくものだ。
その配役も、単純なレパートリーで罵倒に及ぶ発声装置、それを増幅拡散するスピーカー役であったりといった具合。
アンチの流れを抑制するには、その手の『コア』となるコバエを丹念に取り除いていけば良いのだ。
もちろん本当にこの世から排除するわけにはいかないので、一時的に『隔離』するに留まるわけだが。
という訳で、彼女らコバエには、こうしてここで大人しくしてもらっている。
そして今日ジャーニーが見せた『醜態』。何故わざわざ「オルを人形にしたい」などと奇妙なことをおおっぴらに語ったのかと言えば、
「他人を人形にしたいなどと情けないことを言う者が、よもや本当に他者を拘禁せしめているなどと、誰も思うまい」
隠すべき事実から目を逸らすべく、敢えて衆人環視の場で弱者を演じ、戯けて見せたのだ。
「そんなことなどせずとも事案の痕跡は全て消してあるし、彼奴らには因果を含めた上で解放するから口止めもバッチリだしで、万事抜かりはないのだけども。迷彩は多いに越したことはないからねぇ」
事実ジェンティルなどは、醜態を晒した挙げ句自身が人形になったジャーニーを幻視してしまっているくらいだ。
あの【貴婦人】とて、会談の向こうにあったジャーニーの真意に気がつくことは、至難の業であろう。
「ああ、オル。お前は綺麗なままでいて良いんだからね。汚いものなんて目にしなくて良いんだからね。その走りは、時代を駆ける黄金であってくれ――」
戸を閉めそう語るゴールデンジャーニーの顔つきは、世相から浮き出た技巧抽んだ人形遣いのそれである。
思慮深き旅人は椅子に腰掛けペンをくねらせ、次に図る旅路に思索を巡らすのだった。
・試験管の中の『コバエ』たちは、心身問題なく快適に過ごしてますってば
・え? ジャーニーが如何なる力でコバエを閉じ込めたのかって? それは、謎