ウマ娘の百合とか、トレウマとか   作:椚木

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ここだけポッケが下剋上?②

 

 リハーサルを進行する2人である。

 と言っても握手会は段取り通り進む手筈だから、専らサプライズ・ショーの進行の最終確認を進める次第。

 共に本番で着用する勝負服に着替え、手品の段取りを確認していく。

 

 周囲は既にファンがちらほら集まって、2人の様子を息を呑んで見守っている。出待ちこそ禁止しているが、ステージに見立てた草むらの周囲にいる生徒たちを、排除する取り決めはなかった。

 

 ファンの姿に臆することなくリハーサルを進めるポッケだが、一方で心中ではあるモヤモヤに悩まされていた。

「あああ、何でだろうなっ。さっきの会話の内容がいやにチラついていやがるっつーの」

 

 というのも、ここ最近のサプライズ・ショー――すなわち手品において、手品の師匠のフジにちょっとした『悪戯』を仕掛けるのが、ポッケにとっての定番であった。

「自分もこれくらい腕が立つようになったんですよ」と。

 もちろん結果は常に敢え無い返り討ちなのであるが……。

 

 そこで見せつけられる器量の差と、先ほどの会話の内容「ファンの抱く『夢』――そこでの2人の関係性」がどうしても重なってしまい、モヤモヤさせられる。

 

「あー、やっぱり自分はフジさんの後塵を……、いやまぁそれ自体は文句ないんだけどな……」

 

 ポッケのもやもやをよそに、リハーサルは終わり際に。

 フジキセキが、ステージ中央に設置されたボックスの上で、台詞を述べる。

 

「残念だけど時間が来たようだね。私はもう行かなければならない。けれど覚えておいてね。君たちが道を照らし続ける限り、私はどこまでも駆け続けるよ!」

 

 終幕の口上を述べ、ボックスから降りるばかり。ふとそちらに視線をやったポッケは、地面に何気なく置いてあったものを認め、やにわに焦った。

 

「!!」

 

 それは誰が悪いというわけでもなく、こうした出入りの激しいステージにおいては準備を人力に頼る手前、ことイレギュラーが発生することもある。

 例えばそれは前日までの下見と当日とで、配置している設備の位置がずれているなど。

 

 今もフジキセキが登ったボックスのすぐ脇に、前日はステージ隅に配置されていたアンプが置かれているのだ。

 降りる時に跨いでくれるなら何も問題ないが、もし彼女が真下に足を下ろしたら、アンプに足を取られたちまちバランスを崩し、転んでしまうだろう。

 

 実際ポッケはライブにおいて、ヴォーカルが同じ様に転倒し、脳震盪を起こして搬送されるのを目撃したことがあった。

 

「危ない、フジさん!」

 咄嗟に手を伸ばし、駆け寄っていた。

 

 

 この後2人に起こったことについて、ポッケの心情に「魔が差した」などという要素は果たしてあったのだろうか。「今ならどうにかしてしまえる」

 故意ではないにせよ、直前抱いていたもやもやが、無意識にそうした事象を導いた?

 いやそんなことはまったくの世迷い言。すべては偶発的事象であったのか。

 

 いずれにせよ2人の身に起こったことはこうだ。

 

 慌てて駆け寄ったことで、自分が体勢を崩してしまうポッケ。

 それを見て、箱の上咄嗟に身構えるフジキセキ。

 ポッケは間に合えとばかりに、体勢を崩したままなおも無理に駆け寄って行く。

 フジキセキはこれはマズイと自分が受け止めるため地面に降りようとする。

 地上に降りないでくれと、フジキセキの動きを制そうとするポッケ。手を限界まで伸ばし、そこにあったものを咄嗟に強く掴む。彼女にしては珍しい短慮。

 ネクタイを強く掴まれては、流石に「うっ」となったフジキセキ。引っ張られ前のめりになってしまう。

 手に掴んだものを離さないまま横倒れるポッケにつられて、自分も倒れていくフジキセキ。幸い降りる向きが違ったことで、アンプで転ばずに済んだ。

 向かい合った状態でポッケが前のめりに倒れていったため、必然フジキセキを押し倒す形に。

 気がつけばふたりして、折り重なって草むらに倒れ伏していた。

 

 

「…………」

 

 我を失っていたのは、ごく短い時間であったようだ。

 

「いてててて。ってあぁ。フジさん!?」

 

 我に返ったポッケは、自分のしてしまったことを思い出す。

 先輩を助けるはずが、その先輩を下敷きに倒れてしまっているということを。

 

 とにかく身を起こさねば。咄嗟にそう考え動作するポッケだが、すっかり失念していた。

 自分が未だフジキセキのネクタイを強く掴んだままであることを。

 結び目のごく近くを持っていたものだから、ポッケが身を起こしたことでフジキセキの首が締め付けられてしまう。

 

「だ、大丈夫かい。ポッケ」

 それでも気丈にも、か細い声でそう紡ぐフジキセキ。

 青の瞳で眼前のポッケの顔を覗き込む。

 

「ああああ、フジさん。すまねっすっ」

 

 こんな時に不謹慎にも直ぐ目の前のフジキセキの真剣な顔つきに思わずドキッとしてしまい、目が離せなくなってしまう。

 本当なら手に持ったネクタイを今すぐにでも離すのが至善なのだが、とにかく慌てているものでそこに考えが至らない。

 

 重なり合ったまま動けなくなってしまう。それは時間にしたらごく数秒だが、永遠に近い時間。

 

 

 とここで視点は2人の外、周囲の者たちに及ぶ。

 

「あ、あの……。先輩方」

 

 2人に声を掛けるのは、先ほどフジキセキにチョコを渡したファンの子だ。

 そして口々に疑問の叫びをあげる観衆たち。

 

「え、フジ先輩?」

「一体これは……」

「お2人に何が起こっていますの」

 

 彼女たちから見れば、意識の埒外から突然ジャングルポケットが闖入。

 何が起きたのか気がつけば2人は草むらに倒れ伏し、しかもポッケがフジキセキを押し倒し、彼女のネクタイを掴む。そんな状態で、眼下のフジキセキを鋭い視線で睨めつけているようにしか見えないのだ。

 

 そう、ジャングルポケットがフジキセキに不埒な行為に及んだと。

 

「と、とにかく撮影を……」

 

 周囲の視線に気がついたポッケも、どうやら自分の行為が周囲に誤解を招いているということを察したようだ。さーっと背筋が冷え、罪悪感がこみ出てくる。

 若草色の瞳がグルグル回る。背筋は凍るように冷えているのと対称的に、頬が、額が熱くてたまらない。冷や汗もダラダラだ。

 

 なおもネクタイを手放すべきという考えには至らない。

 

 しどろもどろで叫ぶポッケ。

「あああぁぁぁ! お前らうるさい、うるさいってば。良いから黙れっつーの。えっとフジさん!」

 

 次いで顔を正面に戻しフジキセキに向かって、

「これは、その、非常に言いづらいんですけど、事故というか誤解というか……」

 

 ここに至って少しでも誤解を解くためにネクタイを手放すべきという考えに至らない。

 そんなポッケの情けない姿だが、「ファン」というものは往々にして窮地のときこそ対象(今回はポッケなのだが)を神格化しがちである。故にジャングルポケットの叫びも、この破廉恥な現場に相応しいように前後が改ざんされ、今回に至ってはその殆どが割愛され、こんな風にしか聞こえない。

 

 

「うるさい 黙れ フジ。」

 

 

 それは、自らが組み伏せた相手への恫喝。先輩への下剋上の宣言。主従逆転の瞬間。

 シャウトの前半部分は周囲を見渡して発せられたものなのだが、観衆たちにとっては一連の全ての言葉が、フジキセキに向けられたものと、そう認識されている。

 

「ジャングルポケットはこちらを見ることはなかった。彼女は終始眼下のフジキセキを鋭い視線で睨めつけていた」

 記憶というものはリアルタイムで捏造されていくものだから。

 

 

 ここに至って観衆たちの狂乱はピークに達した。

 

 ある者はその場で倒れ伏し、ある者は立ったまま放心。

 

 そして声の限り叫ぶ者。

 

「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 現場はたちまちパニックの様相を呈すのだった。

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