セリナは焦っていた。とある特殊な能力を持っており余人には知りえない情報を持っているセリナであるが、この時知覚した情報がセリナの冷静さにひびを入れていた。
(このままじゃ、ミネ団長が…!)
死んでしまう。背筋に怖気が走る。
その特殊な能力によって、窃盗の犯人を追った正義実現委員会のメンバーが重傷を負ったことを知ったセリナは、急いで救護車を走らせた。撤退成功して救援要請が出されるよりもずっと早くに動き出していたセリナは無事に撤退してきた分隊と合流、救護を開始した。
ここにいた正実メンバーは運がよかったというべきかどうか、呪いの影響をあまり受けていなかった。単純に弾丸の威力によって壊滅していたため、呪いが多く蓄積するほど攻撃を受けていなかったからだ。
しかし今までに見たこともない症状にセリナはすぐに異常事態を察した。
さらにミネの命が本気で危ういことにまで気づいたセリナは、死の淵に立たされているミネ本人よりもずっと強く死の恐怖に襲われていた。ミネとセリナでは同じ救護騎士団でも全く性格が異なるが、死にそうになっているのが自分であるか親しい誰かであるか、という差もまた大きかった。
震えそうになる手で懐から取り出したスマートフォンを握りしめ、逡巡した時間はごくわずかだった。救護騎士団として現場経験の豊富なセリナは、このような恐るべき非常事態にあっても無駄な時間を最小限にとどめた。
今も自宅にいるはずの相手に電話をかける。呼び出し音が鳴り響く間も、嫌な予感を振り切ることができない。
「もしもし」
「ヤチトさん!大変なんです、ミネ団長が!」
思わず上ずった声を出してしまったセリナが、何とか言葉を区切る。電話をする前に少しだけ離れたものの、撤退したばかりで重症者も近くにいる現状、大声を出すわけにはいかない。
こうやって冷静な判断ができるのも、セリナの豊富な現場経験があればこそだろう。一般人にはそうそうできないことだ。それを知るからこそ、星上もまたセリナが落ち着けるように声をかける。
「落ち着いて、セリナ。ちゃんと聞いているから」
その言葉は、驚くほどにセリナを落ち着かせた。まるで魔法の言葉の様に。あるいはこの人なら、本当に魔法の言葉を使っているのかもしれないと、セリナは本気でそう思った。
「は、はい。その、ミネ団長が、本当に死んでしまうかも…いえ。このままでは、ミネ団長が死んでしまいます」
断定しない言葉を使おうとして、改めた。心情によって希望的な言葉を使うよりも、正しい内容を話すべきだと思ったからだ。セリナという少女の強さが、そこかしこに現れていた。
「なるほど。ミネは今戦闘中?状況は?」
「一人で戦闘中です。援軍はすぐには付きません。先に戦っていた正実の分隊が壊滅して、その撤退のために一人で残ったんです」
「死にそうな理由…いや、原因は?どうやって生徒を死なせる?」
「見たことがない症状なんです。黒いあざのような、モヤモヤした何かが体に滞留していて、体をずっと傷つけています。量が少ないので、こちらはまだ命に別状はありませんけど…」
「なるほど、それで。場所を、地図上だとどのあたり?」
セリナはそうやって説明をしているだけで、どこか安心しだしている自分に気付いていた。
電話の相手が今いる場所を思えば、ヘリで飛ばしたって全く間に合わない距離がある。現実的に考えれば星上にできることなど何もないはずなのに、セリナはなんとかなるんじゃないかと思い始めていた。
そして地図上でのミネとセリナの位置関係を聞いた星上は、当然のように続けた。
「分かった。すぐに戦闘に入るから、セリナはできればその場で待機。近づいちゃダメだよ」
Side:星上
ブリーフィング。まずはこれから始めよう。
自分の状態は?一応戦闘可能だが、けがの治癒はまだまだだし戦力は半減。しかし祈禱は問題なし、装備も問題なし。
状況は?情報ゼロからのスタート。事前調査する時間なし。迂闊なことはできないし、派手なことも控えた方が良い。
目標は?蒼森ミネが生きてればとにかくそれでいい。それが最優先目標だし、重要度として他と一線を画す。人の生き死にが、このキヴォトスの生き死ににつながるのだから。敵を倒す必要はないし、黒幕を暴いたり周辺被害を抑えたりは余裕があったらでいい。
戦力想定は?蒼森ミネは大分かなり強い。それが死にそうなほどとなると…現状簡単にはいかないな。強化術を強くかけるのは前提として。どの程度手札をさらすか、どう戦うかは出たとこ勝負だな。
セリナの切羽詰まった声を聞いた瞬間から、会話しながらも準備は始めていた。
普段から秘匿している数多い手札の内の一枚を切る。
なぜ術を秘匿するかといえば私が持ち込んだ異物によって与えてしまう影響を大きなものにしないためだ。人の世を楽しむために来ておいて、人の世を壊してしまうのは馬鹿らしい。虫を手づかみで捕まえて、嬉々として分解しようとする幼子の様には可能な限りなりたくない。
しかしここで人が死ぬのを見過ごせば、ゆくゆくはやはり世界が壊れてしまうかもしれない。この塩梅を覚えることが、人の世を生きる上で重要になるのではないだろうか。
なんにせよセリナの言うことであれば十分に信用することができたし、命がかかっているとなれば手札を切ることに迷いはなかった。
使うのはウルスの祈禱の中でも重要な術の一つ、ある種の瞬間移動を可能とする"ライゼンデ"。
具体的には空間をつなぐポータルを作る秘術であり、これをくぐることで一瞬で遠方へと移動することができる。地鎮祭が遠い学区でもすぐに活動できる秘密の一端でもあり、その重要性から少なからず使用制限がかけられている。
より安価で晒してもいい瞬間移動術は他にもあるものの、今回の条件ではライゼンデを使うのがベター。
ポータルの開く先は、ミネが戦闘している場所の上空。重大な事故*1に繋がりかねない空間移動能力を安全に使うためでもあり、防諜の為でもあり、また奇襲のためでもある。
自分がいるセリナの部屋にはとっくに強力な結界を敷設しているが、突発的に飛ぶとなれば繋ぐ先に事前に防諜処理を施すことはできない。そのため、上空の雲の中という物理的に接近が難しく、目視で見えず、秘儀の解析が難しい場所を選ぶ。
真っ当に考えれば、今から使おうとしている術が調べられる可能性はかなり低い。ウルスの祈禱はそもそも極めて高い技術力で作られており、痕跡などほとんど残さないし、何なら目の前で開いていたとしても解析は極めて困難だろう。
それでもなおできる限りの対策をする。そういうところは地鎮祭でも徹底されている秘密主義の一端だ。
「
ライゼンデは普通の構成員なら詠唱や準備が必要だったり複数人での実行だったりするけど、私なら一発だ。それだけで極彩色のうっすらとした光の漏れ出る円が生まれる。円の内側にはすでに向こう側の雲が流れているのが見える、人の背丈ほどのその円に飛び込めばそれで移動は完了だ。空中で簡易的な結界を張りながらポータルを閉じて、そのまま迷うことなく落下を始める。
セリナとの電話を終えてから、諸々の処理を済ませるまで精々三十秒ほど。時間は大丈夫だろう…落ちながらも真下、戦場であるとされている場所に張られた、下の建物ごとすっぽりと覆いつくす巨大なドーム状の結界を確認する。
外界からの観測を遮断する結界だな。特に物理的な制限はなし。ゲマトリアじゃない……というかこの様式は……。
外からの観測で微妙な既視感を覚えるも、思考を戦闘の方に回す。
問題は外から中の観測を阻害されているためにミネと敵の位置が分からないこと。この程度の結界ならどうとでもなるけど…最低限の対策だけしてミネの救助を優先だな。
位置関係は…把握!天井を突き破ってがれきを浴びせたくないので敵との間、ミネから少し離れた場所に突っ込もう。
突入。事前に把握していた通りに結界をすり抜ける。中にあるのは同じくドーム状の巨大な体育館、あるいはスタジアムのような建物。
落下の勢いのまま天井をぶち破って突入、落下中のがれきをけって跳躍、三人の人影のうちの一人に銃撃を浴びせながらミネの元へ。
残りの二人は素早く柱の陰に身を隠したし、撃ち込まれた衝撃で倒れた一人は何でもないかのように立ち上がった。
相手、銃撃が効いた様子がないな。
一方のミネは行動不能、死亡まであと数時間から一日といった状態。並の生徒ならもう死んでいるかもしれない蓄積量だ。
建物内部の様子はかなり広く、天井も高く、等間隔で太い柱がそびえたっている。戦いやすい場所であり、敵はあえてこの場所を選んだのかもしれない。
まずは要救助者を安心させられるように言葉をかける。
「やあ、助けに来たよ。後は任せたまえ」
突き刺さった盾はそのままにミネを抱えて柱の陰に移動、すぐに対処する。
動けない人物が一人いることを想定してしっかりと用意してきた。おんぶする形でミネを背負い、専用のベルトでがっちりと姿勢を固定する。これでそこまで動きを阻害されずに人ひとり運べる。
どうも話すことすらできなさそうだけど、意識はあるらしい。ハッキリ死が見えるほどの重症…というか全身を到底言葉にできないような未知の激痛に襲われていると思うのだが、それで意識残してるの本当にすごいな。
「行くよ。めちゃ動くから覚悟してね」
主人公以外のオリキャラ(主に地鎮祭の)について、どのくらい詳細に描写するかのアンケートです。あまり前面にオリキャラを出しても…と思いつつ、物語を厚くするならある程度はするべきでもあり。
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全体的にガッツリ詳細まで記載
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しっかり
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そこそこ
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少なめ
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どれでもヨシ!