マリーの動きが止まると同時、相手の侵攻が完全にストップした。精神的につながってるから分かりやすいが、相手の戦意がなくなっていくのを感じる。
もしやこのまま引くか…?引いた!敵が撤退を開始したのを確認し、即座に防御にまわしていた意識を攻撃に切り替え、追撃を行う。戦果の半分は追撃によって生まれるといった人もいるように、ここの攻防によって得られる戦果が変わってくる。
相手は今までのねちっこい…というとイメージが異なるか。手間暇を厭わないような情熱的な攻めとは異なり、脱兎のごとく急激に引いていく。
ここからは攻め手だ、比較的前のめりに行こう。相手が引いたからと言って何も考えずに雑に追いかければ、待ち伏せをくらったり不利な対面で矢を射かけられたり引いたと見せかけて誘引されて包囲されたりする。引き方がうまい将軍は強いというが、逆にいえば撤退というのは誰でもうまくできるようなものではないということ。
干渉対象だったマリーもこの場に残されているし、干渉力の引き先はマリーを通して別の場所か…?マリーに後ろから刺される可能性もあるから油断はできない、今回の場合は兵の削り合いではなく如何に相手の情報を掴むかが肝要だ。
まずは本部に連絡して援軍をもらおう。すでに緊急事態の信号は発してあったので、通話はワンコールが終わる前に即座につながった。出たのは勝手知ったるオペレーター、メイドのセスナ。
「セスナ、即応可能なポラリスは?」
「ドライと玉雪が三人です」
「玉雪から二人送れ!結界・ビーコン設置完了、
「了承、到着まで6秒」
「精神戦追撃中だ、ついたらすぐ援護しろ!」
「了承、第二陣到着までは35秒」
これですぐに応援が来る、こちらは追撃を続行。
逃げ出したばかりの相手を追おうとしたら敵の殿軍が立ちはだかる。内容としては独立した自動攻撃ドローンの様な、本体と直接つながりが無いから切り捨てられるタイプの攻撃を繰り出してきた。
やっていることはその独立ユニットを使い捨ての殿にして、その間に逃げおおせるというシンプルな方法だがいや数が多すぎる。ぶっちゃけこれを攻めに使われてたらかなりきつかっただろうリソースを、使い捨てて逃げるためだけに伏せてたのかよ!それとも別の理由があったか!?
技術的な話じゃなく、単純に力と物量に押されて調査追撃ができない…!ただただ強さでごり押しされる!
「現着」「パパ上!」
わずかな空間振動と共に姉妹のように似た二人の少女が現れる。白い髪に狼耳の二人は地鎮祭のパワードスーツを着て緑色四枚羽の武装ユニットを展開し、一つの光のリングを浮かべた完全装備である。さらに言うと現着前にしこたまバフを積んできている、緊急時の対応マニュアル通りにしっかりと。
彼女たち"玉雪"は普通の人間とは異なり、ポラリスフィーア・"新雪のカイリ"がその能力によって新たに生み出した存在だ。カイリがコツコツと力を貯めて生み出す彼女たちの能力は上位陣に匹敵し、三人いれば私と互角の勝負ができるかもしれない程だ。なお故あってパパ呼ばわりされているが、私は父親ではない。
そんな二人はさっと周囲を一瞥しただけですぐに精神戦に介入する。
「そっちは敵を追え!」
こちらは妨害の相手で手一杯だが援軍に来た二人はうまく追えるはずだと指示を出す。しかしこちらに援軍が来たところで測ったかのように新手が現れた。
この時は把握している余裕がなかったものの、後から聞いたところ新手は数種類の魔物のようなイメージをした敵だったらしい。それも恐ろしい外見をしているというよりはポップで個性的なものだったそうだ。
精神戦におけるイメージというのは使用者のそれに依存するため、人によってそれぞれ形が全く異なる。例えば最初の敵は津波やアメーバの様な形をしていたし、私は城と兵隊でRTSをするような形式になっている…フェイズが変わるとこれも変わるが。
結局その後我々が殿を倒しきるころには敵には完全に逃げられてしまっていた。これだけのことするにはある程度消耗するだろうに、そんなに自分の情報を調べられたくなかったのだろうか。正直その辺の情報管理は地鎮祭以外みんなかなり甘いから、真っ当に正体を隠そうとしているのに少し感心してしまう。
最後に出てきた新手も含めて、独立したユニットからも術式の情報や燃料…つまりMP的な奴は調べられるわけだが、敵が使い捨てにしてきた以上そこまでクリティカルな情報は得られなさそうだ。
技術的なあれこれじゃなくて純粋に力で平押ししてきたようなものだから、そういう点でも得られるものは少ない。一方で、相手がこれだけのリソースを平然と使い捨てにできるという、それはそれで結構重要な情報は手に入っている。後は放置されたマリーからどれだけ情報が取れるか…あまり期待はできないが。
その後は他のメンバーに現場保持を任せ、一度瞬間移動で本部に戻ってシャワーと着替えを済ませて戻ってきた。マリーも必要だろうが、気絶から目覚めるまで待たざるを得ない。
さらに追加で跳んできた調査メンバーとその護衛がセットで現場検証を開始しているので情報共有を済ませ、マリーが気絶してそのまま起きていないことを確認し、隣室で椅子に座って一息つく。現場検証は専門の部隊にお任せだ。真っ当に現場検証を行う分には私がやる必要はなく、専門チームが十分な調査をしてくれる。
しかし今回の騒動はこれで終了になりそうだな。それほど特殊な何かがあったわけでもないし、どの程度有意な情報が得られるかは微妙なところ。
キヴォトスに帰ってきてからまだ二週間も経ってないのに反転生徒級(というか多分反転生徒だけど)の相手が出てくるとかイベント濃密だなと思う。このレベルの相手になると能力の内容次第ではキヴォトス滅亡しかねないから、さすがにある程度はまじめにやらざるを得ない。
とはいえやり取りを通して得られた感覚からすると、そこまで敵意を感じなかった。見たところ今回の相手はまだ本気を出していない…あるいは本領を発揮していないと言った方が正しいだろうか。本当は後衛のヒーラーなのに、大して得手でもない剣を使って前衛で戦っていたみたいな、そんな感じのにおいがする…それでもなお勝ち目がなかった。もし本気だったなら間違いなくフェイズツーに移行していた…その上で勝てるかどうか分からない、どうなるかは未知数と言ったところ。
例えそれほど敵意がなかったとして、精神系の干渉は非常に危険だ。だからガチでやり合った訳だが。単純に敵が強いから下手な調査・追跡をするのは危険。単純物理型ならいくら強くとも死を警戒する必要は少ないんだけど、今回の敵はそこの保証が効かない。拠点の精神攻撃対策も強化しておくべきだし、緊急事態のための待機部隊もガッツリ増強せざるを得ない。
外で襲われたときの対応も周知しておく必要がある。襲われたら自分以外のすべてを切り捨てることを基本戦術にせざるを得ない…どうせ守れないからな、事前に見捨てる覚悟をしておかないととっさに動くのは難しい。
精神防御で僅かでも時間を稼ぎ、拠点に瞬間移動すれば地の利と数の利でこちらが有利だ、相手が無理押ししてくるようなら勝てる…多分退くだろうけど。だからこそ低位のメンバーが稼げるだろう僅かな時間のうちに、友人や重要人物を見捨ててでも迷わず撤退できる覚悟が必要になるわけだ、まじめに徹底させておかないと…。
できるとやるにはきわめて大きな違いがある訳で、実際に敵がラインを超えるかどうかは分からない。できるだけでやらないのであれば別に対処の必要はないのだが…ポラリス基幹メンバーは全員そうだし。
その後はしばらくそのままタブレットで報告書をまとめていたのだが、すると検証班が一人寝室から出てきた。
「被害者?が目覚めました。まだボーっとしているようでしたし、シャワーにお連れしておきました」
「ああ、ありがとね。…何か異常はあった?」
「いいえ、現状干渉は認められません。玉雪様が監視されています」
「やっぱりか。分かった」
当然だが油断はない。重要案件でそれなりのメンバーを呼んだ以上、おそらくこれ以上は何もないだろうと思っているからと言って、油断するような粗忽者は混じっていないのが地鎮祭だ。メリハリが大事だよ。
そのあとまたしばらくして、シャワーと着替えを終えてしっとりしたマリーが出てきた。
まだどこかうわのそらな様子だったところ、私を見て焦点があったらそのまま泣き出してしまった。そうだよね、辛い目にあったばかりだ。記憶はあるのかとか実感はあるのかとか詳しいことは分からないが、少なくとも何が起こったかは分かっているのだろう。そこまで重い事態には発展せずに済んだとはいえ、何者かに操られてあんなことになったら誰だってつらい。
立ち上がって緩く抱きしめる。泣く子の対応をするのはそれほど珍しいことじゃない。
どの段階からどの程度干渉されていたのか分からないが…態々善意で積極的にボランティアに参加するような善良なシスターであろうことは今日だけでももう分かっている。しかも泣きながら出てくるのは恨み節ではなく、ひたすら「ごめんなさい」だった。だから余計かわいそうだ。
事情聴取や説明は後日に回した方が良いかとも思ったけど、危険度を考えればそういうわけにもいかない。しばらく慰めて、落ち着いたあたりで話を聞く。
「マリー。記憶はあるみたいだね。何が起こっていたのか、わかる限りのことを教えてほしいけど…」
「えっと…私…いつからかは分かりません…しばらく前から何となく違和感はあったのですけど…これまでは、少し違和感があるというだけし、それ以上のことはありませんでした。それが、操夜さんと一緒にいた時に…」
そこまで言って言葉が詰まる。分かっていたけどもう正体がばれている、仕方がない。
「落ち着いて、大丈夫だから。今は私をいくらでも支えにして良いんだからね」
「すみません。……ありがとうございます」
背中をさすって、震えが止まるのを待つ。それが良いことかどうかはともかくとして、人を落ち着かせたりすることには慣れている。
「私が、私じゃなくなってしまうみたいで…どうしようもなく、突き動かされていました」
よほど恐ろしかったのだろう、マリーの私の服をつかむ手に力がこもっていた。
その後マリーからは感覚的な言葉しか聞けなかったもののそれなりに参考にはなった。
行われた干渉は対象者本人に何らかの感情を抱かせたり、酩酊状態にも見られるような正常な判断力の喪失。しかし本人が後から冷静になって思い返せば、良く分からないままに自分が行動していた、という記憶が残っている。どうも私に対して行われていた効果とはまた違うものの様だった。
さらに今回の件でいえば、マリーは自分でも制御できないほど強い感情…欲求に突き動かされていたらしい。結果そのものはシンプルで明瞭。だからこそ敵の力量の高さと細かい不明点が目立つ。いつから?なぜあのタイミングで?何が目的なのか?マリーを選んだ理由は?
得られた情報は決して少なくはないが、分からないこともまた多い。
「大変な目に遭ったばかりですまない。これから地鎮祭の検査を受けてもらいたい。ある程度時間がかかるかもしれないが…」
「大丈夫です。その……お世話になります」
「ああ。君をくびきから解き放つことができるかは分からない。しかし、決して君に君の意思に反するような行いをさせはしない。」
その後、結局マリーがまだ全く助かっていないことを知ることになるのだった。
マリーかわいそう一回目終了。三回で終わる保証もないけど。
クジラの夢のイレギュラー図鑑は次回で公開します。
主人公以外のオリキャラ(主に地鎮祭の)について、どのくらい詳細に描写するかのアンケートです。あまり前面にオリキャラを出しても…と思いつつ、物語を厚くするならある程度はするべきでもあり。
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全体的にガッツリ詳細まで記載
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しっかり
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そこそこ
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少なめ
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どれでもヨシ!