「あの時はありがとうございました。このご恩は、いずれ必ず」
礼儀正しく深く頭を下げたミネを見て、学区の違いを実感する今日この頃。ゲヘナでこんなに綺麗にお礼を言われることそうそうないよ。
「ああ。でもそんなに気にしなくてもいいよ。ミネは普段から人助けを続けているんだから…だから何かあった時は、誰かが助けてくれるものさ。それより、早く移動しよう。近くに入れる場所があるから」
ずぼずぼと一歩ごとに足が雪の中に沈んでいくのを楽しみながら、小さな洞窟…というかちょっとした窪みの中へと退避する。せり出した岩と木の根によって作られた崖の穴の様な空間
ちょっとした縁側程度の広さしかないけれど、雪が吹き込まないだけ大違いだ。縁のところの積もった雪を押し固めれば、狭いものの風の通らない空間が出来上がる。
今までと同じように食べ物と防寒具を取り出してから、術によって赤くしていた服の色を元に戻す。サンタクロースは店じまいだ。
「それで…怪我はもう大丈夫なのかい?こんな短期間で治る怪我じゃあなかったけど」
「大丈夫です。前線にはでれませんが、書類仕事をする分には問題ありませんから」
…やっぱりちゃんと治ってないのに出てきたんだな。救護モンスターだと聞いてるけど、自分のことは対象外…いや、それも救護のためってことかな?
じと~っと非難の視線を投げると、若干居心地が悪そうにしているが…一応自覚はあるらしい。言葉に嘘はないんだろうけどあまり褒められた行いではないからね。
ミネがいればそれだけできることも多かろう。だからと言って休息や個人の時間を犠牲にしていい理由にはならない。ミネの場合は望んでそうしているんだろうけど、そういう場合こそほかの人が指摘しないとね。
そのまま見ていたら次第にもじもじしだした。普段の堂々とした態度との対比でかわいらしい。
「ま、いいんだけどね。雑誌を持ってきたから、ページを千切って服の中に詰めると大分温かくなるよ。暇つぶしに読んでもいいけどね」
まずはお手本代わりに私がやる。積み上げた雑誌の内から、適当に興味を惹かれない写真集を選んで破り、服の中に突っ込んでいく。
これからはもう移動せずに待つだけだから動きづらくなっても問題ない。外は吹雪でほとんど視界が効かないし、外に出るべきじゃないからね。
ミネが真似してやり終わるのを待ってから、次は食料を出す。
「コンビニの食べ物買い占めてきたけど…さすがに数日分ずつ配ったから全部掃けたな」
「もしや、吹雪に飲まれた全員に配ってきたのですか…!?」
「そうだね。今回はみんな悪運が強い。偶然私がいたから誰も飢えずにすむよ。近くにあったのがコンビニじゃなくてスーパーならもっと豪華だったろうけど」
そういったらすごい驚愕の表情で見られた。ふつうは無理だろうけど、地鎮祭ならできるやつはできるよ。サーチャーは必須祈祷、神行踏破と異次元ポケットは汎用祈祷だから習得者は多い。
それにミネだって病院で寝てないの大分アレだから。
まだあれから一週間も経っていない…どころか儀式に時間がかかったはずだから、実際には四日か五日?しか休んでないはずだ。完治までは倍以上かかると思うし、あまり行動させるべきじゃないな。
「あえて建物から吹雪の中に飛び込んだのですか…この吹雪の中でも移動が可能で、しかも視界の効かない闇の中で人を見つけられるのですね。……感服するほかありません」
二人で座って多少身を寄せ合いながら、まだ暖かいコンビニ弁当をつつく。取り出したばかりだから暖かいけれど、早く食べなければ瞬く間に冷たくなってしまうだろう。冷たいどころか、凍り付くか。
「ん……ま、私のことはあまり気にしなくていいよ。それに代金代わりって訳じゃないけど、一つ馬鹿らしいことに付き合ってもらうよ?」
「あなたに助けられている身です、何なりと」
「私はここから脱出できないこともないし、風も避けられるし、温度も上げられるし、快適に過ごすこともできる。……でも何もしない。理由はもったいないから」
「もったいない?」
「そう。吹雪の山に遭遇するのは初めてだから正攻法で挑みたいのが一つ。…それに雪山遭難なんていうレアな体験を、しかも安全にできる機会をフイにするなんてもったいない。だから今回は、サンタしたあとは一般人にできないことはやらないことにしてる」
これも一つのキャンプ体験というか。態々無人島に行って数日生活してみたり、文明の利器なしで森でシェルターを作ったり、世の中いろいろな趣味があるものだ。
「だからこの体験も不意に見舞われた不運ではなく、幸運によって普段はできない体験をすることができたと考える方が良いってこと」
人とは物事をどのように受け止めるかが肝要であり、また人間万事塞翁が馬でもある。幸不幸何てのは主観によって決定される以上、あえて不幸を楽しみたいのでなければ幸にしておくのが吉だ。
「そういう考え方もあるのですね……」
そんな感じの話をチョットしたら、ミネは何やら感心した様子で考え込んでいる。救護に全力なミネからすれば、問題に対処できるのにあえてしないというのは価値観が異なるかもしれない。
世の中がもっと平和で暇するようなら、吹雪の山の再現シミュレーションを作っていつでも体験できるようにするのも有りだと思う。イレギュラーの活動は大量に起こってる上に元史の崩壊も控えてるからさすがに今やることじゃないけど。
「と、考え込んでしまって申し訳ありません。いずれにせよ助けてもらっている身です、ヤチトさんが望むのであれば、不肖の見ながらお付き合いさせていただきます」
そういってミネは姿勢を正して頭を下げた。
「いや、そこまでかしこまらなくても…一日か二日はここから動けないし、襲撃とかもないはずだから気を抜いている方が良いよ。実際、吹雪の山は凍えて動けない中で、如何に体温とメンタルを消耗させずに耐えられるかが最重要になる持久戦。楽なようにするのがいいからね」
よっぽどのことがない限りは吹雪の山で生徒が死ぬことはない。実際、死者が出た記録もない。
たかだか二~三日で指が欠けるような事態にもならないし、何ならスタート時点で水をかぶってたって辛い以上のことはない*1。すごい辛いだろうけど。
「この状況を楽しんでしまうのが最適解。だとすると、私は最初からメタ装備で挑んだことになるのか…」
仕方ないね。偶然相性が良くて有利になることもある、逆もまた然り。話しているうちに弁当も食べ終わって、すっかり冷え切った手を袖の中に引っ込める。
「あとは体温消費を抑えて待つだけだな」
「そうですね…横になっていた方が良いでしょうか?」
できるだけ表面積を少なくしたいから…すると二人並んで体育すわりしているのが最適解かな?でも一日中その格好のままは辛いし、現実的には横になるのが一番かな。
「そうだね。横になってようか。寝ちゃっても大丈夫だし」
狭い窪みの中を見まわしてちょうどいい場所を探す。木の根と岩、どちらが枕に適しているだろうか?…どこでも大きな違いはなさそうだけど、とりあえず雪はないな。
そう思っていると、適当な場所に移動したミネが両腕をこちらに開いて言った。
「ヤチトさん、どうぞ」
何がどうぞなのか分からない。
「密着しているべきでしょう。私が下になりますので、こちらへ」
「抱き合って居ようということかい?」
「ええ」
「…大胆だね」
さすがはガチ勢、躊躇がない。見ればタオルやキッチンペーパー、商品を入れていた袋などを駆使して寝床を整えている。
「あの時は、素肌であったと聞いていますよ」
「気絶してたよね?」
「後からセリナに聞きましたから。さあ、遠慮なくどうぞ」
ホントにさすがだな救護ガチ勢、全く戸惑いがない。なんとなく感心しつつも両手を広げたミネの中に、そのまま抱き合って横になる。
こちらが上から覆いかぶさる形だ。ある程度は斜めになって体重をかけすぎないようにしているけど、苦しくないといいのだが。
「…ミネ。怪我が痛まない?」
「大丈夫です。…お忘れですか。あなたに背負っていただいていた時は、ずっと死を実感し続けていました」
「あの時、良く意識保っていられたね。ふつうはとっくに気絶するし、その方がずっと楽だったよ?」
そういえば、だいぶ不思議だったのだ。一体どうしてあの時、意識を保っていられたのか。未知の苦痛と市の恐怖の中にあって、どうして意識を無くしてしまうことを拒絶したのか。
「意地でしたから。…ううん、今考えると私はどうしてあんなに意地を張っていたのでしょうか」
「私に聞かれても…というか、すごいびっくりしたからね?首元すりすりしてくるから」
あれは驚いた。普通気絶するところだったのに、指くらいしか動かせないだろうに、それでも戦うという意思。結局ミネの心の強さを感じて感動して、ミネを組み込んだ作戦で行ったんだよね。
「あれは…それしか出来なかったので…」
回していた手を動かして、あの時にされたようにミネの首元をさすってみる。小さく声を出して、背中に回された手に少し力が入った。
多分当時も私じゃなかったら態度に出てたと思う。私は本気で戦ってるときとか、戦闘中とかは不意打ちをくらっても動きに影響しないようにしている。実際に遭遇する頻度こそ少ないけど、意表を突くというのは有効な戦術だ。
あの手この手で油断を誘い、隙をついてくるような相手は厄介だ…そうそうそんな相手とは出会わないけど、だから経験を積めないし。
ちなみにそういう事態にやられても卑怯だとか絶対言っちゃだめだぞ。完全に的外れな上に戦士としての覚悟が足りない甘えたセリフだから。士道不覚悟!
まあ気を張るべき場面でなければ、そこまで気にすることもないけど。そういう時でなければ、私もギャグキャラみたいにびっくりしていたかもしれない…シェー!みたいな*2。その時の空気とかテンション次第だけどね。
その後、ミネが音を上げるまでしばらく撫で続けた。
この話を書くに当たってコンビニの商品を調べたんですけど、軍手とか売ってるんですよね。どういうシチュエーションだとコンビニで軍手買うんでしょう?好奇心。
ちなみに作中ではまだ寒い時期というか何なら冬なので、星上は手袋やマフラー何かもコンビニで仕入れてます。