今回登場のイレギュラーは今回だけのゲストくらいの気持ちで、後に出てくる予定は今のところありません。
吹雪の山をミネと共に過ごしてから幾ばくかの日数が経過したある日。私は地鎮祭の有する施設の野外、丘の上の芝生の上に座り込んでいた。一人手元のタブレットで確認しているのは最近あった事件の報告である。
それは地鎮祭に残されたとある学校が崩壊した戦いの記録。ラオシャンロンという生き物を中心に複数のイレギュラーが同時に出現しており、杜撰な防衛戦の見本として事件は瞬く間にキヴォトス中に知れ渡った。
また最終的に空を飛んだラオシャンロンの姿が一部クロノススクールの報道映像に移っており、たいそう話題が沸騰している。そして多少の事情を知る者達の間では地鎮祭の声望がさらに増すこととなった。
ラオシャンロンは巨大な四足歩行の恐竜のような見た目をした生物で、個体差はあれどその全長は百メートルを優に超す。山のようなと評されるように歩くだけで地響きがするような巨体で、相応に生命力が高く極めてタフだ。
本人には特に悪意や攻撃の意思があるわけではないものの、移動するだけで進路上にあるものが薙ぎ払われて倒壊するため、進路次第で被害がかなり大きくなる。
再生能力も高く傷を簡単に治してしまうからその巨体もあって討伐は困難。ただある程度ダメージを与えれば進路を変更するため、どの校区でも待ち構えて攻撃して被害の少ない進路に変更させたら後は放置という対応で安定している。
戦い始めるとさすがにその場は破壊されるものの、迎撃地点を選べば被害は抑えられる。人の少ないルートを歩いているだけなら大した被害を出さないし、まずいルートさえ回避すればそれほど問題にならない相手だ。
生物系のイレギュラーで悪意もないからみんな本気で討伐する気にもならず、今みたいな対応で済んでいる。
記録では大体以下の通り。なお対象の学校をアルファと呼称する。
事件当日から一月前:ラオシャンロン、アルファ校区内に侵入、アルファ本校を通るルートに。
十二日前、第一ラオシャンロン防衛線での戦闘開始。
十一日前、主に内輪もめを原因として撃退失敗、第一防衛線を放棄して撤退。
六日前、出撃準備の遅れにより第二防衛線を放棄。アルファ校区内でルークマイマイが出現。
三~五日前:ルークマイマイの被害範囲にいた企業が独自に戦闘を行い、敗走する。また一部の部活が独自かつ散発的に介入し、被害が拡大する。なぜかオリジムシの駆除などが同時に行われていた模様。指揮系統の混乱が深まる。ブラッドハンターの目撃情報あり。
二日前:混乱が収まらないまま最終防衛線での戦闘が開始、学校戦力が潰走する。
一日前。
6時、ラオシャンロンの移動により本校舎壊滅。
11時、ブラッドハンターが出現、アルファ生徒会の指揮力及び本部機能喪失。
15時、事態の収拾に乗り出した地元企業の社長がブラッドハンターに襲撃され本部機能を喪失。
17時、地鎮祭が介入を宣言。同時にポラリスツヴァイ現着。
17:01、広域探査開始。
17:03、ブラッドハンター補足、戦闘開始。
17:04、ブラッドハンター撃墜。
17:07、ルークマイマイ撃沈。一時的に指揮系統を作成してアルファ校区の統制開始。
18時、現場にて地鎮祭が事前にマークしていた企業・団体連合による奇襲を受けるも、これを返り討ちに。ポラリスがラオシャンロンを遠投し、着地点にあった対象企業本社が物理的に完全につぶれる。
こうして最終的に地鎮祭が後押しして再建を開始、と。なんで秘密結社がこんなことやっているんだという話だけど、今は連邦生徒会が絶賛機能停止中だからなぁ。ただ正常稼働していたとしても、連邦生徒会にどれだけのことができたかは疑問だけど。
一通りの報告を見終わった後、腕の内側からポラリスフィーア・カイリが入ってきた。座っているところに、わきの下に頭を突っ込んで膝上に移動する犬や猫の様な動きである。
「おとーさん。報告、見た?」
「ああ、うん。突っ込みどころ満載だったね。まず初手から第一次防衛戦が始まるのが遅すぎるし…油断してたのかな?」
進路変更は気の抜けた火力じゃ全然足りないけどやりようはいくらでもあって、ちゃんとまじめにやりさえすれば失敗することはない。ラオシャンロンは移動速度も遅いからミスっても複数チャンスがあるし、貴重な演習の相手としてボーナス扱いされたり、何なら探せばぬいぐるみが売ってる(地鎮祭でも出してる)くらい人気があるやつだ。
ラオシャンロンはちゃんとやれば問題なく撃退できる相手だし、知名度も高い。ただしだからと言って自分たちがちゃんとできるかはまた別問題だってことを、人々は往々にして忘れがちだ。
「えっとね……油断もあったみたい。それに内部と企業間の対立が深刻だったみたいで…防衛戦の最中に暴発して、指揮系統が崩壊したって」
バカみたいな理由で負けてるな。まあ世の中馬鹿みたいな理由で起こる問題が多すぎるっていう前提がまずあるんだけど。
それでも不運が重ならなければ軽口を叩く余裕があっただろう。本来であればそれだけラオシャンロンは有情な相手である。
「準備が遅れているまにカタツムリが出て、どっちを先に倒すかで揉めたみたい。そうこうしてる間に、被害区画の企業がうって出て、それに一部の部隊が釣られて…」
普段は口数の少ない(人が多いときは特に)カイリが頑張って言葉を紡いでいる。二人きりならほかの人の会話を邪魔することも、邪魔されることもない。だからいつもよりもっと言葉にして会話をしようと頑張っているのだ。
「絵に描いたようなグダグダの負け戦だなぁ」
兄上も意外と甘いようで*1…とか言って総指揮官が撃たれたりしたのだろうか。だったら負けても残当だけど。
カタツムリことルークマイマイはでかいカタツムリの移動要塞だと思えば大体あっている。戦力評価は一応2だが…普通の学校が戦力評価2を倒すのって相当大変なんだよな。負けても何らおかしくない…どころか、何なら勝ち目の方が薄いかもしれないレベル。
「地鎮祭にいるからだよね……なんで?…って思うの。地鎮祭なら絶対にこんなことないから」
カイリが若干面白くなさそうな様子でそういう。地鎮祭のメンバーからすれば確かにこんなミスはあり得ない。生まれた時から地鎮祭で、その中でも一等能力が高くて、そして群れを重んじるカイリからすれば、このありさまは理解不能の別生物にすら見えていることだろう。
そんな相手も理解不能と切って捨てず、そういうこともあると受け入れられるように育った。カイリはいい子だ。
能力もモラルも、極めて高い領域でまとまっているのが地鎮祭だ。少人数ならともかく、これだけの大規模組織でこのアベレージの高さは一言で言って異常だろう。他所に行けば幹部や重役をやれるような人員がここでは一メンバーをやっている。
別に地鎮祭は天才の集まりじゃないし、何なら落ちこぼれの方が多いかもしれない。かつて助けを求めていた相手が中心なんだから、世渡り下手でもおかしくない。そんな人間でも一流に育て上げて土台を作り、システムを作ってノウハウを与えてしまったのがかつての私ということになる。
まだ加減が足りなかった頃の私…認めたくないものだな、自分自身の、若さゆえの以下略。
「そうだね…地鎮祭ではありえない。でも普通の学校だと、意外と無いとは言い切れないのが怖いところだね」
うれしい気持ちになって、腕の中に納まっているカイリの頭をなでる。目をつむってすごく気持ちよさそうな様子で、こちらも気分がよくなる。
しっかりしていない学校も多いとはいえ、基本的にここまでダメなことは少ないんだけど…色んな事情があるからね。
飛行機事故みたいなもので、普通は安全なはずなことでも、複数の原因が合わさって問題が起こる可能性はある。厄災級の様な危険なイレギュラーが出ずとも、落ちるときは落ちるものだ。今回の場合は対応の遅れに内部分裂に指揮系統の崩壊、イレギュラーの同時発生に独断専行、企業との摩擦…。
まあ、そりゃダメだよね。
「連携…連帯?…言葉にすると難しいけど。まとまりがないと、ダメなんだね」
カイリの言う通り、大体その一言に集約されるなこれ。
で、ある意味とどめを刺したのはブラッドハンターか。人間みたいな姿のイレギュラーだな。
立場のある個人をロックオンしてそこに奇襲をかけてくる首切りマンで、少人数での戦いだとやたら強い。弱くても多数で囲めば割とあっさり倒せるのだが、攻撃タイミングや方法の関係でそれができない場合も多い。今回も前線が蹂躙されているところを狙いすましたように襲撃し、矢のように飛んできてそのまま目標を轢いてそのまま去っていくという、鮮やかな奇襲をして見せている。
その性質上被害規模や戦力とは別の理由で危険視されており、Pリスクにも反映されている。
そういえば夢の世界と類似点があるとかでドロシー博士がサンプル集めてたな。他の二種もそうだけど特に珍しくもないイレギュラーで、名前も情報も知れてる相手だ。
「多分ラオシャンロンじゃなくてもまずどっかで崩壊してただろうな…なんせ主原因が内部要因だし…ちょっと運が下振れして強めのイレギュラーが出たら、それなりの確率で崩壊するっていう」
「うん…。…このタイミングで…起こったのは…むしろ、運が良かったかも。被害も大したことないし」
実際、かなり運は良かったな。ちょうど地鎮祭も手空きで余裕のあるタイミングだったし。ここまで崩れると地鎮祭の影響力もあってむしろ再編が楽になる。
放置したらヤバい系とか、被害が被害を呼ぶタイプのイレギュラーが出てたら事態は遥かに深刻化してただろうし。
この機会に体制を変更。今まで争ってた勢力が軒並み弱体化。地鎮祭との繋がりもあるし、今が底だろうな。
暗黒コーポも本社だけじゃなくて他の建物も吹っ飛ばしたみたいだし、数年は立て直しに終始する予想と。地鎮祭と分かっていて襲撃かけてきた暗黒企業があったようだが、まああるあるだからね。
「地鎮祭にケンカ売る奴、いい感じに絶滅しないよな…何もしなくても湧いてくる。まだ爆発してないだけの地雷はこのタイミングで爆発させちゃった方が楽かもね」
地鎮祭ってその道だとかなり恐れられてるはずなんだけど、それでもね。理性と思慮を赤の他人に求めてはならない。
そしてカイリは少し考えてから言った。
「おとーさんがいない状態で…一年後の崩壊を知ってたら…やってた、と思う」
はい。
その後、いくらかしてカイリが予定していた訓練の時間がやってきた。犬を彷彿とさせるしぐさで、私にゆっくりと頭をこすりつけてくる。
「時間…演習、行くね」
名残惜し気にカイリが小走りで去っていく。私も報告を片手に、カイリの演習を見物だ。
ここのキヴォトスは普通に滅びる方がデフォなわけですが、原作キヴォトスも全然滅びておかしくないというか。アビドスの状態を考えると、原作キヴォトスでも学区崩壊くらいは普通に起こってるだろうなと思いました。
カイリはイレギュラー対策競技大会編でずっと出てる予定なので、最初に紹介を入れておくのが良いかなと。なので次話はカイリがメインです。参考画像も出す予定。