荒い息をついて、壁を背にして崩れ落ちる。何とか逃げ切った。
いや、最終的に合計500人は倒したので敵からすれば大被害かもしれないが、結局全貌が全くつかめないままなので真実は闇の中である。
しかし先ほどの相手は三大校の正規兵、いや一般精鋭兵を明確に上回る、少なくとも大隊規模の戦力を持っていることが明らかになった。もうすでに普通の学校なら武力で崩せる戦力だ。イレギュラー戦力評価で言えば、2.5ということになる。こんなのとポンとエンカウントするの、キヴォトスヤバくない?
場所は想定通りにトリニティかあるいはその近くだったらしく、たどり着いたのは普通に人通りのあるトリニティ校区の裏路地である。正義実現委員会やトリニティ自警団などの活動範囲のはずなので、たとえ追いつかれたとしてももう仕掛けては来ない…と思う。
…まあ相手にトリニティと正面からやりあっても普通に勝てるだけの戦力がある可能性もあるがな!あいつら実はキヴォトスの外から来た侵略者とかだったりしない?外からの侵略者に滅ぼされた平衡世界キヴォトスも普通に見たことあるし。
なんにせよ怪我の方を何とかしなければ。普通ならとっくに動けなくなっているだろう怪我…加えて致命傷に片足突っ込んでる*1。元風紀委員長だったから耐えられた、もし副委員長だったなら耐えられなかったかもしれない*2。
間違いなく相当な重症だが、命に別状はない。時間さえあれば治るだろう…そう、キヴォトス人ならね。情報収集、補給、拠点確保、やるべきことは山ほどある、早めに行動を再開したいところだが。
とはいえこの怪我では復帰まで時間をかけざるを得ないか…。
「大丈夫ですか!?」
一息ついて方針を考えていたところで、駆け寄ってきた人影があった。ほとんど話したことがないけど、一方的に知っている相手だ。
「アドラー…」
トリニティ総合学園救護騎士団所属の一年生…いや、もう二年生か?の鷲見セリナ。なぜ一方的に知っているかと言えば、秘密結社・地鎮祭として活動中、顔を隠した状態で何度か会っているからだ。トリニティでイレギュラー事件があればセリナもよく現場まで出てくるし。
話したことはそう多くないし、今の私はフル暗部ルックだ、しかもこっちは一年多く年を取っている状態だし、そうそうバレることはないはずである。
「じっとしていてください、今助けます!」
隣に腰を落としてすごい勢いで準備しだしたセリナをみて、このまま救護されるわけにもいかないことを思い出した。
「ちょっと待った!この怪我なら大丈夫、治療のあてもある。だから気にしないでくれ!」
「な、何を言っているんですか!こんな大けが、放っておけるわけありません!!」
そりゃそうだよな、血だらけどころか血肉団子みたいな見た目だもんな、救護騎士団ならそうするよな!相手が不良だろうがヘルメット団だろうが関係なく助ける見上げた集団だもんな…皮肉じゃなく、ガチで。
ただこのまま応急手当を受けるだけならまだしも、その後病院に搬送されたり、他の人を呼ばれるのはまずい!そして救護騎士団の人員ならそれをするだろうという信頼がある!
あまりやりたくはないが、その辺の不良くらいならそれだけで追い散らせる程度には威圧を放つ。
「誰かに知られても困る。もし、病院に搬送したり、他の人を呼ぼうというのなら。暴力であなたを気絶させてでも止める」
しかしセリナは一瞬だけビクッとしたものの、すぐに強い意志で私を見返した。
「分かりました。つまり、ほかの人に知られなければいいんですね」
そういってセリナはテキパキと応急処置を始めてしまう。
裏路地で倒れている血まみれの不審者という、どこからどう見ても厄ネタな相手に対してこれである。何がすごいって、セリナ一人だけが特別な訳じゃなくて救護騎士団全体が割とみんな白衣の天使なところ。
ある意味信頼していた通りのその姿を見て、小さくため息をついた。
「損するぞー?強がりとかじゃなくて、この怪我は本当になんとでもなる。いらんことして私を狙ったやつに目をつけられてセリナも狙われるかもしれないし、そもそも私に殴られて最悪監禁されるくらいのことはありえる…お互いそこそこ辛いぞ」
割と本気で言っているのだが、真面目に聞いているんだかいないんだか(聞いてるんだろうな、それより優先することがあるだけで)、セリナはその唇をきゅっと閉じたまま私の上着を脱がして応急処置を行っていく。脱いだら実際には肉が削げて血だらけべちょべちょでグロテスクなのを見て、深刻にとらえられてしまったらしい。
その後はしばらくお互いに黙ったまま、セリナが手当だけは続けていた。
「ふう…これで最低限の応急手当はできました」
「ん…ありがとう。あとはこっちでどうとでもするから」
「できたのはあくまで応急手当だけです。この怪我はもっと本格的な治療が必要です」
「…一応言っとくけど、私は本気で拉致することを検討してるから」
「ほかの人に言ったら、ですよね。誰にもバレなければいいんですよね?」
「……どうやって?私一人ならともかく、監視カメラにも人の目にも映らないのはかなり難しいぞ」
セリナがじっと考え込む。どうやら本気で誰にも知られずにどうにかする方法を模索しているらしい。
「同僚に頼んで、救急車を出してもらいます。布で覆ってしまえば、誰にも見えません」
「…向かう場所は?」
「治療ができて、誰も来ない場所に心当たりがあります。そこに行きましょう」
「同僚が上司に報告するんじゃないか?」
「近くまで来たら交代して私一人で運転します。それなら場所は分かりません」
「救急車の場所をたどられたら?」
「緊急性の高い事態ならあり得ますけど…それほど重要な事件は今はなかったはずです」
話しながら見ていたものの、セリナは本気で私の要望に沿った上で助けるつもりのようだ。
なんというか脱帽である、主に精神的な意味で。地鎮祭しかり、美食研究会しかり、やりたいことややるべきことが明確に定まっていて、それに全力投球なやつらは強いな。
「ところで、その…なんとお呼びすればいいでしょうか」
「あ、そっか、そうだな。裏月ヤチトって名乗ってる。よろしく」
偽名だけど、遠星操夜と似た感じのネーミングだ。
「救護騎士団所属の二年生、鷲見セリナです。よろしくお願いしますね、ヤチトさん」
その後もいくつか段取りを相談してから、私は救急車で搬送されていった。しかしこの時私はこの先あんなことが待っているなんて、思ってもみなかったのである。
セリナに曰く、"治療ができて、誰も来ない場所"へとたどり着いた私は、思わず聞いてしまった。
「ここ、どこ?」
「私の自室です」
「……マジ?」
まさか善意でひとを自分の家に誘拐する奴が私以外にもいたとは……。
読めなかった、このリハクの目をもってしても。
Tips
"アドラー"は地鎮祭が付けたセリナの暗号名。今後出てくることはほぼない。セリナの特殊能力の関係上地鎮祭に把握だけはされていた。
セリナは校区を跨いで跳んでくので、地鎮祭メンバーには顔見知りもいる。