俺の目の前を女神達の舞が彩る。
穂乃果達の踊るそれはダンスとしては未熟なものだ。ちらほらとタイミングがズレるのが目に入ってくるし、体力不足なのか後半に行くにつれて動きが鈍くなってきている。それにダンスだけじゃない。ほら、今も一瞬声が裏返っていたぞ。まあ、まだまだ発展途上という感じだな。発足したばかりだしこんなものだろ。
しかし、どういうわけだろうか。俺は彼女達の──μ'sのステージに心を揺り動かされていた。感動していたのだ。彼女達のひたむきに踊るその姿に、俺は元気を与えられた。
何よりも彼女達から伝わってくる本気の情熱。これこそ俺が最も感銘を受けた要因だ。穂乃果が人に元気を分け与えるが如く、楽しそう踊る。ことりが観客を天国へと誘うが如く、その甘い歌声を響かせる。海未ちゃんが自らの存在を示すが如く、煌びやかに舞う。各人がそれぞれの魅力を存分に発揮して観客達に提供する。
ああ、本当に楽しそうだ。綺麗だ。純真だ。真剣だ。そして、羨ましい。
やはり本気でアイドルをやる奴というのは皆こういうものなんだろうな。
ツバサのような本当の強さ──誰かを励まし、勇気を与える力──彼女達はそれを持っている。
「──っ。……はぁ、はぁ……っ、ありがとうございました!」
そしてμ'sの演技が終わった。彼女達のステージを見学していた人々は皆、彼女達に温かい歓声と拍手を贈る。
「……はぁ……っで、どうですか……っ」
踊り終えて息も絶え絶えだというのに、穂乃果は俺の評価を求めてくる。
「……まだまだ未熟な点が多いな」
「そう……ですか」
「だから俺が鍛えてやる」
「「「えっ!?」」」
俺の返答が予想外だったのか、穂乃果だけでなく後ろのことりと海未ちゃんも目を丸くする。いや、よく見れば隣の一年組も同じような反応だ。
「い、いいんですか!?」
「いいも何も、寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。うん、お前ら最高だよ」
その言葉に三人とも頬を綻ばせ、目を輝かせる。その年相応の姿を見ていると自分までつられて微笑んでしまう。
彼女達のステージを見たのは今回の一回だけだが、それだけでも俺は確信できる。μ'sはきっとトップまで上り詰めるだろう。そして、ツバサ達──A-RISEの最大の障害として立ちはだかる。そんな予感が俺の中で渦巻いていた。
「じゃあ、改めて。葛木鉱芽だ。よろしくっ」
かくして、俺はμ'sの指導者として彼女達の輪の中へと入る事になった。彼女達がこれからどう輝いていくか、それを見届けるのが今から楽しみだ。ツバサ──悪いが今回の俺はこっち側だ。うかうかしてられんぞ?
──────────────
「──はいっ、終了!」
「──っはぁ!痛かったぁ……」
「穂乃果、このくらいで音をあげてどうするのです。ことりを見なさい」
「わ、私はもともと柔らかい方だから……」
現在、俺は彼女達の柔軟体操を見守っている。え、何故柔軟かって?
あの後、とりあえず普段の練習を見せてくれって穂乃果達に頼んだんだが、なんと準備体操もそこそこにステップの練習に移っていたのだ。ちょい待ち、って事で今柔軟運動からやり直させている。しかし、思った以上に固いヤツもいるなぁ。でも身体が硬いままだと下は石段だし、怪我したら危ないからな。あ、そういや俺も踊る前に十分に柔軟してなかったな。反省っと。
「大丈夫か? 真姫」
「だ、大丈夫よ。このくらい……っ」
「真姫ちゃんちょっと汗かいてるにゃー」
「うっ、うるさいわよ!」
「あはは……」
一年組もまあこんな調子だ。しかし柔軟に慣れてないと意外にへたるもんなんだな。ふ~む……。
そうだ、アレを少し踏んでみるか。
「はい注目」
「? 何ですか?」
「今からちょっとアイドルっぽく踏むから見といて」
そして俺は先程踊ったのとはまた違うテンポで舞い始める。今度はBGMはないが、これも踊り慣れた俺にとって対して問題ない。
「あ、これって……」
「A-RISEの……」
穂乃果と小泉は気付いたようだな。そう、これはツバサ達A-RISEの『Private Wars』のステップだ。
実は俺、中学くらいの頃ツバサと同じダンスレッスン受けてたんだよな。俺が踊り出したのもアイツと同時期だったりする。それも起因してか、俺はA-RISEの為にツバサと何度かこの曲を踏んで完成まで協力したこともがある。ある意味でこの曲の立役者の一人というわけだ俺は。だから俺にとってこの曲と舞は俺の一部とも言っていい。今更ステップを踏み外すことなんかありえない。
ただ……やっぱ女子が踊るものをこうも堂々と踊るのは……うん、恥ずかしい……。
「──っ。……とまあ、お前らが目指すべきものはこっちの方だな。さっきの熱いのじゃなく」
軽く一分近くA-RISEの曲を踏んだ俺は、彼女達の反応を見る。今ので少し気分は楽になったかな?
「……す──」
「スゴイです葛木さん!」
またしても穂乃果からか、と思っていた矢先、それを遮って飛び出してきた存在がいた。小泉だ。小泉は先程までのおとなしい印象から一変、鬼気迫る程の勢いで俺に迫ってくる。目は真剣で肩は上がり、拳に力を入れるなど、今まで見てきた小泉からは想像できない姿をしていた。
「こ、小泉……?」
「今のってA-RISEのPrivate Warsですよね!? それを完璧に、しかも曲も無しにあんなに踊れるなんて……っ! やっぱりスゴイです! 動きがまるで本物のA-RISEみたいでカッコよかったです!」
「あ、ありがとう」
そんなに熱を上げる程のことなのか……? と小泉を不思議に思っていると星空が説明してくれた。
「かよちんはアイドルが大好きなんです。だから今の葛木さんのダンスに興奮せずにはいられなかったんだと思うんです」
「へぇ~、アイドルが大好きね」
「はい! ……っあ、す、すみませんっ。思わず興奮しちゃって……」
殊の外すぐに小泉は冷静になったようだ。成程、普段はおとなしいキャラだけどアイドルの事になると熱中しちゃう娘か。なかなか可愛い性格してるじゃないの。っていうかみんな個性的すぎるな、μ'sは。
「まあいいか。それじゃあ次は基礎体力作りだ。お前らはステップより先に体力をつけろ」
俺の声と共に各人トレーニングへと移っていく。動きが早いな。やはり前々から体力向上の為のメニューは組んでいたようだな。これは……海未ちゃんか、流石だな。やはり穂乃果のようなカリスマ以外にも、海未ちゃんのようなしっかりしている存在がいるとチームがまとまりやすいよな。
そうしてみんなが身体を動かす間、自分もみんなと一緒に運動することにした。ただ、俺の場合は運動っていうか鍛錬に近いけどな、実践向けの。
俺は自身を鍛えながら皆のトレーニングを見守っていた。特にことりからは注意を逸らさずに……。
────────────
「──うん、その調子。はい、少しテンポ上げて」
何時しか練習内容はステップの踏み方へと移っていた。この点はずっと練習してきた初期メンバー三人には不要で、今は一年組のステップを指導していた。やはり俺はダンスと関わっている時が一番楽しいんだろう。今、とても清々しい気分だ。出来ることなら、今日は何事も起こってほしくなかった。
しかしこの世というのは無情だ。
『──ピピッ──ピピッ──』
「っ」
「「「?」」」
俺の端末から無慈悲な電子音が鳴り響く。
またクラックだ。ああ、こんな時にまでか。
不本意ながら、俺は自分の役目を思い出さざるを得なかった。
「ごめん。俺、今日はここら辺で抜けさせてもらうよ。お疲れ様」
自分で面倒を見ると言っておいて勝手に抜けるのだ。それは真剣にアイドル活動に取り組んでいる彼女達に失礼だろう。俺は申し訳ないという思いを込めて彼女達に頭を下げるしかなかった。
「「「ありがとうございました!」」」
「「「ありがとうございました!」」」
しかし彼女達はそう言って俺に頭を下げてくれた。ああ、そういうとこが健気で可愛いな。俺は片手を上げて彼女達に答え、境内を後にする。本当はことりから目を放したくないところなのだが、最悪“兵隊”が何とかしてくれるだろう。俺は俺のすべきことを優先するだけだ。
境内から去る最後の瞬間に見えたことりの表情は、やはり悲しそうなものだった。知っているからなのだろう。俺が今から何をするのかを。自らこの楽しい時間を終わらせることを。
若干後ろ髪をひかれる思いをしながらも、俺は現場へとサクラハリケーンを走らせた。
────────────
鉱芽が急に居なくなってから大体二時間。μ'sの練習も終わり、私こと西木野真姫は帰路についていた。確かにこの活動は私自身が望んで参加したもの。少し大変だけど後悔はしていない。だってそれが鉱芽との約束だから。それでも──
「……鉱芽のバカ」
──それでも今の私の心の内はいいものとは言えず、むしろ重いものだった。実は私がスクールアイドルに参加しようと思ったのは凛や花陽に誘われたからじゃない。元々興味があり、今回はたまたまそのきっかけがあっただけ。そもそも私が真剣にアイドルをやってみたいと思うようになったのは昨年で、今一番鉱芽に近いあの人──綺羅ツバサに少しでも近づきたかったからよ。彼女はかつて鉱芽の傍で共に踊り、戦い、傷つき、そんな中でも自分のやりたいことを果たしたスゴイ人。そして気が付けば、同じ鉱芽と関わった身であるにも関わらず、私と綺羅ツバサとでは結構な差がついてしまっていた。片や鉱芽の願いを聞き入れ自分の夢を果たした身、片や自分に素直になれずに今まで渋って何も出来なかった身。
このままじゃいけない。このままじゃ、鉱芽は私を見てくれない──っ!
そんな風に焦ってしまっていた。でも実際、現在の彼女と私とでは勝負にならない。だったら私もやればいい。綺羅ツバサと同じように自分のやりたいこと──スクールアイドルを。だからこそ、私は凛や花陽に誘われるような形でμ'sの一員となった。それで少しでもツバサに近づけるなら──鉱芽に近づけるなら──と。でも──。
「なんでことり先輩なのよ……どうして……」
なのに、鉱芽が見ていたのは私なんかじゃない。いや、正確に言えばμ's全体を均等に見ていたとは言えなかった。これは鉱芽をずっと注意深く見ていた私しか気が付かなかった事だけど、今日の鉱芽は何故かことり先輩を常に自分の視界に入れて行動していた。それはきっと、本当にじっくり見てないと気が付かないほどの些細な変化。でも私は気付いてしまった。彼のことり先輩を追う視線に。それを思い出すたびに胸の奥が絞まるようにギュッと苦しくなる。喉の奥がひどく渇いてしまう。泣きたくなる。そんな自分にも嫌気がさす。
こんな気持ちになんかなりたくなかった。きっと彼と出会う前の私ならこんな感情を抱くこともなかったのに。
それに、この気持ちは幸せ以外の劣情まで心の中で育んでしまう。
「ホント嫌よね……恋って」
きっと今私がツバサやことり先輩に抱いてるのは嫉妬と呼ばれる感情なんでしょうね。それは恋をした女の子が持つ当たり前の感情。男の人は嫉妬する女子を可愛いって言うけど、実際はどうなのかしらね。鉱芽は……どうなんだろう?もしかして嫌……なのかな……やだっ……鉱芽に嫌われたくない……っ。
ああもうっ、恋って本当に厄介。自分の感情一つにこんなに振り回されるなんて。でも、私は鉱芽にその感情を抱いたことは絶対に後悔しない。してたまるもんですか。例え苦い思い出になったとしても、それが私の全てなんだから。
募る想いを胸に抱きながら──鉱芽の事を想いながら歩いていた時だった。
ギュイィイィィィィィィィィン
「っ!?」
私の後方から聞こえてくるファスナーが開くような音……えっ、嘘……まさか……そんな──嫌っ!
その時、脳裏に浮かぶのは一人の女性の笑顔と──泣き叫び苦しむ、愛しい人の面影。
嘘だと言ってほしかった。もうあんな事は止めてほしい、私達を苦しめないで、と。しかし現実は残酷だ。私は振り返ると、そこに今も裂け目──クラックがどんどん開いていってるのを確認した。ここまでくれば、私は今起きている現実を受け止めるしかなかった。
「こ、鉱芽に電話しないと──」
「シュゥワァァァァァァ」
「──っきゃあぁっ!」
振るえる手先で鞄から端末を取り出そうとするけど、その行動を邪魔するようにクラックから森の怪物──インベスが私の前に降り立つ。私は連絡することも忘れ、その場で尻もちをつき、インベスから遠ざかろうとする。インベスは私を見つけるとこちらに迫ってくるが、すっかり腰の抜けた今の私は逃げることもできず、インベスとの距離は縮んでいくばかりだった。
そしてインベスは私の目の前まで迫り、その腕を振り上げる──。
「いやぁあ!!」
ダダダダダダダダ!!
「グジュゥオァァァァァァ!?」
思わず目を瞑ってしまう。しかしその手が振り下ろされることはなく、辺りに響き渡すのは何かが発砲される音と共に聞こえてくるインベスの悲鳴。何が起こったのかと目を開けると、そこには──。
「……っふぇ?」
巨大な緑の塊……いや、スイカだ。スイカを模した巨大な戦車が私の前に降り立っていた。一瞬、鉱芽が来たのかと考えたけどスイカの胸部には何も搭載されておらず、完全な無人と考えられる。でも、よかった。一応は助かったみたい……。
「ッガッウグアッ……グアァッ!」
スイカの戦車は腕のガトリングを用いてインベスにダメージを与えていく。インベスは勢いよく吹っ飛んでいくが、そこはインベスが抜けてきた門──クラックのすぐ傍であった。そして不幸にも、クラックから伸びている蔓、その先になっている果実を見つけてしまう。
「っ、果実を!?」
「グオォオォォォォォォオ!!」
インベスは当然のごとく自らの食料であるヘルヘイムの果実を摂取した。するとどうなるか。今にもインベスの身体は変貌していき、その原型を留めないどころかどんどん巨大化していく。
「オォオォォォォォォォォオン!!!」
ついに三階建ての建物と同じくらいの大きさまで成長したインベス。さ、最悪よ……。
そして巨大化したインベスはスイカの戦車の反撃を食らう前に軽く吹き飛ばす。そして戦車が飛び立つ前にその自慢の剛腕で戦車と叩き潰した。
「……ングォ」
「ひっ!」
戦車を潰したインベスは次の目標を私に定める。そしてゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「あっ……」
一歩一歩ゆっくり進む様は、さながら私の処刑までの執行猶予を表しているようにも感じた。
ああ、ダメよ、こんなところでだなんて。せっかくやりたいことも始められて、みんなや鉱芽と一緒になれて……。なのにここで終わりなんて、そんなの嫌よ。
これからなの……これからなのに──っ!
「グゥオォォォォォォオォオ!!」
そして私へと振りかぶられるその右腕。思わず目を瞑る。
──嫌っ。……助けて……誰か……こ──
「鉱、芽……っ」
「呼んだか?」
直後、私の前方で高く鳴り響く金属音。同時にその衝撃で悪態をつく聞き覚えのある声。
なによ……やっぱり来るんじゃない……っ。
私はゆっくりと目を開ける。
「……遅いわよ、バカ」
「ごめん、でもすぐに終わらせるから」
それは橙色の鎧武者。
私が強く待ち望んだ人。
私がこの上なく慕わしく想う人。
そして悲しいほどに優しすぎるバカ。
私のヒーロー、葛木鉱芽だった。
彼は得物である刀を振りかざし、目の前の巨大な敵をなぎ飛ばす。
「ここからは、俺のステージだ」
今回も長くなりすぎたので次回に。
そして今作品におけるアニメと大きく違う点が、真姫とツバサに面識があることです。
これが今後の展開にどう繋がっていくのか、こうご期待。
次回の更新は少し遅れそうです。
感想・評価の程、お待ちしております。
ではまた次回。