それではどうぞ。
「お願いします」
現在は放課後。バイトでもないのに笑顔でチラシを配り続ける私こと南ことり。周りを見れば同じことをしているμ'sの仲間たちの姿が見える。今、私たちは街中でμ'sの宣伝チラシを配っている最中だった。
「ありがとうございました~」
苦戦している人(主に真姫ちゃんやニコ先輩)もちらほら見かけるけど、私の方は接客業に務めていることもあって順調にビラ配りを進めていた。そして気付けばもう残り5枚をきっていた。
そもそも何故μ'sのみんなでこんな事をしているのかと言うと、時は少し遡る事になる。昨日鉱芽さん達と別れた穂乃果ちゃん達の会話の中でこんな話が出たみたい。『なんで穂乃果ちゃんがリーダーなのか?』って。私としては穂乃果ちゃんがリーダーのままでいいと思っているし、何より鉱芽さんだってそう思っていると以前話してくれたこともある。でも皆が皆そうって訳にもいかず、今日の部会でにこ先輩が『誰がμ'sのリーダーに相応しいか』という話を始めたのを発端に今に至る……というわけなの。
最初はカラオケで歌唱力を競った。歌はみんな上手だったけど、ここでは真姫ちゃんと海未ちゃんが特に上手かったなぁ。みんなと一緒にカラオケで歌えたのは楽しかったんだけど……でもやっぱり、真姫ちゃんに勝てなかったのはちょっと悔しいかな……ライバルとしては。
続いてやったのがダンス勝負。これは鉱芽さん得意そうだな。そして結果は皆の予想通り、運動神経のいい凛ちゃんが一番成績がよかった。凛ちゃんこの間も、鉱芽さんがやっていたような連続バック転決めていたもの。ちょっと羨ましいな。因みに今回は真姫ちゃんに僅差で勝った。持ち前の運動能力なら私が負けてるけど、ダンスなら私の方が少し経験者だからね。えへへっ。
そして現在、何故ビラ配りなのかと言うと『誰が一番人を惹きつけるオーラを持っているか』を調べる為みたい。
それはそれで楽しそうだったし、何より宣伝・接客は経験済みの私には少し分がある分野だった。でもこれは……オーラとか関係あるのかなぁ? 単に得意不得意の問題だと思うんだけど……。
「ありがとうございました」
考えを巡らせている時でも笑顔は忘れない。そうしているうちにチラシは残り一枚になっていた。
顔を上げて皆の四苦八苦する様子を見ていると少し笑みがこぼれる。それは決して嘲笑なんかじゃなくて、みんなで一生懸命に何かをしようと頑張っている姿が私に満足感と充実感を与えてくれたからだ。ただただ、みんなと一緒に居られる時間が好きだった。しかし、その幸せを見ていると同時に悪い方向へも考えてしまう。いつ幸せが壊れてしまうのかという不安からだ。
「(鉱芽さんは……)」
そして私は懐からあるモノを取り出す。鉱芽さんが持っていたものと同じソレ──キウイロックシードを握りながら一人思考の海に入り込む。
「(鉱芽さんはいつもこんな不安と戦っていたんだ……)」
唯ひとり力を持つが故に──幸せが唐突に崩れることを唯ひとり知っているが故に、彼には常に心構えが必要とされていた。そこに安息なんて無い。戦い、傷つき、次の戦いに備え、そしてまた戦って……きっとそんな日々の繰り返しだったんだ、と私は手元のロックシードを見ながら思う。
これを私に──いや、私たちに貸してくれたのは今日の朝のことだった。
いつものように朝練を続けていた時、ふと鉱芽さんが私と真姫ちゃんを呼び出したの。後の事を海未ちゃんに任せた鉱芽さんは、私達を連れて境内の中の人気の付かないところへ連れていく。するとそこには既に希先輩が待っていた。
『悪い、待たせた』
『いいよ別に。それで、話って何なん?』
『その前に、だ。あの二人、結局どうだった?』
どうやら何の用かについては希先輩も聞かされていなかったみたい。しかしその前に鉱芽さんは先に私たちに『昨日の件』について聞いてきた。実は今日の練習前、穂乃果ちゃんと凛ちゃんがロックシードの存在を覚えているのかどうかを私達がさりげなく聞いてみたの。もちろん鉱芽さんの指示でだけどね。そして結果は──。
『穂乃果ちゃんは……覚えてました』
『凛も同じ』
『やっぱそうか……』
途端に空気が重くなった。それはそうだよね。私だって辛いよ。穂乃果ちゃん達にまで危険が及ぶことになるなんて、今でも信じられないくらい。
『……仕方ない』
そう言って鉱芽さんは懐から
『ロックシードってのは何も変身するためだけの道具じゃない。使い道によれば強力な武器にもなる』
『武器?』
私と希先輩は鉱芽さんの言葉の意図が分からず首を傾げる。真姫ちゃんは分かっているのか、その表情を変えることは無い。昨日は偉そうなこと言っちゃったけど……やっぱりその差は悔しいかな。
『まあ見てな。少し驚くかも知れんが……なるべく声を出さないように』
そして次の鉱芽さんの行動……そして目の前で起きた現象には驚かざるを得なかった。
鉱芽さんはベルトを付けていないにも関わらず、ロックシードを解錠する。
するとどうなるか。
ギュィィィィィィィィン
『キシュァァァァァァア』
クラックが開き、その中からいつもの果実ではなく、インベスが飛び出してきたっ!
『ひっ!?』
『きゃっ!』
『……っ』
その光景に私と希先輩は思わず悲鳴を上げて尻もちをついてしまう。でも仕方ないよこれは。何せ今まで散々私たちの命を狙ってきた怪物が突如として目の前に現れたら、怖がるななんて言う方が無理だよ。何が起こるか分かっていたはずの真姫ちゃんでさえ苦虫を噛み潰したかのような嫌そうな表情を浮かべている。
しかし現れたはずのインベスはその場に佇むだけで、特に私たちを襲おうという気配は感じられなかった。
『……ゴメン。思ったより刺激が強かったかな。とりあえず説明だな。ロックシードはインベスを召喚して使役することができる。以上』
『以上ってアンタねぇ』
『追記。インベスはロックシードを施錠することで再び森に帰る』カシャ
ギュィィィィィィィン
真姫ちゃんの苦言を流しながらロックシードを施錠する鉱芽さん。すると先程閉じたクラックがもう一度開き、インベスはその中へと帰っていく。
鉱芽さんはそこで一つ深呼吸を落とし、長い事目をつぶって思考に入り浸っていた。まるで何かに悩んで必死で考えているようにも見えた。いや、見えたんじゃなくて本当に悩んでいた。本当に長い間、悩んで、悩んで、悩み抜いて、やがてもう一度大きく息を吐きだした時、目を開けた鉱芽さんはこんな事を言ったの。
『お前たちにこのロックシード託す』
「でも、インベスだって生き物なんだよね……」
手元のキウイロックシードを見ながらついそう零してしまう。結局私にはキウイ、希先輩にはドリアンのロックシードが手渡された。何でもこれらはドングリとはクラスの違うロックシードで、より強いインベスを呼び出せるみたいなの。頭が卵のように膨れたインベスとは違う、所謂『上級インベス』と呼ばれるものたちを。
鉱芽さんは万が一の事を見越して私たちにロックシードを授けた。それはつまり、鉱芽さんが動けない最悪の事態の中では自分の身を自分で守れという事。同時に、危険に陥った大事な友を守れという事だ。
──ただ、命ある生き物(インベス)を使って……だけど。それを分かっていたのか真姫ちゃんだけは受け取らなかった。鉱芽さんからの提案に対して──
『ごめん……私には無理……』
そう言って結局ロックシードを受け取る事は無かった。勿論私だって最初は迷った。だって鉱芽さんが言ってることは、インベス──命あるモノを戦わせるという事だから。でも、それが正しくないことだって鉱芽さん自体も分かっていた。ロックシードを手渡す時だって──
『出来るだけ使わないでほしい。使うにしても本当にもうダメだ、って感じた時だけにしてくれ』
どこか辛そうな表情でそう頼み込んできた。そこにはただ生き物を使役する以上の何かを感じたけど、それが何なのか今の私には何も分からなかった。それでも鉱芽さんは、私たちにロックシードを託す覚悟を決めてくれた。それも全部、私たちがより安全でいられるためだ。
「(でもこれがあれば鉱芽さんは……)」
同時に、こんな力を手にしてしまったからこそ思える事がある。今私が抱えている感情と同じもの。それが不安──鉱芽さんの抱えていた重荷だ。今なら鉱芽さんの苦しみの一部を一緒に感じることができ、共に背負うことが出来る。ことりが背負う事でそれが解消されていくなら、私はいくらだって背負っていける。それが──
「(──今の私ができることなんだよね)」
ぐっとロックシードを握る手に力がこもる。そこに不安はあれど恐怖はない。こんな私にもやれることがあるから──『待つ』以外に鉱芽さんを支えることのできる方法があるから、私はコレを受け入れることが出来た。きっと希先輩も同じだと思う。それに……コレを持っていることで鉱芽さんとの繋がりも感じられる。それが一番嬉しい。でもそんな理由で危険に踏み入るなんて──
「(やっぱり不純かなぁ……)──っ、お願いします」
そこで一旦思考を切り、ロックシードを懐に戻してから私はビラ配りの作業に戻る。しかしすぐに思考の海に潜ってしまう。そもそも、鉱芽さんは元々ガードマンのつもりでロックシードを渡しただけかもしれない。それに鉱芽さんが私達に「一緒に戦ってくれ」なんて言うはずがない。結局、鉱芽さんを支えるだなんて私の勝手な思い上がりなのかもしれない。それでも、私は──
「──はっ、ありがとうございましたぁ」
「ことりちゃんすごーい。全部配っちゃったの?」
「う、うん。なんか気付いてたら無くなってて……」
そんな事を考えているうちに手元からチラシの最後の一枚が無くなった。それに気付いた穂乃果ちゃん達が寄ってくるけど……ちょっと危なかったかな。うっかり最後に挨拶を忘れるところだった。でもこれで私が一番最初にチラシを配り終えたという事だ。真姫ちゃんには悪いけど、この勝負は私の勝ち……だね。
「……ん? ミュー……ズ? それってお前たちの事か?」
すると私が最後にチラシを渡した男性から質問の声が届いた。男性はまるで私たちを観察するかのように見つめているが、その端整で人当りの良さそうな顔つきに皆一瞬たじろいでしまう。
……真姫ちゃんだけが妙に眉を顰めていたのが気になるけど。
「はいっ。私たち、音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sです! どうか応援よろしくお願いします!」
その問いには穂乃果ちゃんが答えてくれた。いつどんな時でも笑顔を忘れない。それはアイドルでもメイドでも同じこと。しかし穂乃果ちゃんの説明を受けた男性はどこか納得のいった表情を浮かべながら「ほおほお」と何度も頷いていた。なんだろう、そんなに含みのある顔で一人納得されると物凄く気になってしまう。するとすぐにその男性から思いもよらぬワードが飛び出してきた。
「なる程な。お前等が鉱芽が指導してるって
「えっ?」
なんとこの人は鉱芽さんの知り合いだったみたい。男性は両手を腰に当てて笑顔を保ったまま自己紹介をしてくれた。
「俺は
「よ、よろしく」
「あの! どうして私達の事を?」
「そりゃあ、鉱芽伝手に決まってるだろ。アイツとはかれこれ一年近い付き合いだからな」
「へぇ~」
そうか、鉱芽さんと同じドルーパーズの人なんだ。となると、鉱芽さんがこの人にμ'sの事を教えていてもおかしくはない。あれ? でもドルーパーズで鉱芽さんと一年近く働いていたって事は、真姫ちゃんとかは顔見知りなんじゃないのかな?
「よっ、真姫。相変わらず鉱芽のケツ追っかけてんのか?」
「~っ! アンタねぇ!」
「ん? 何々~?」
「何でもない!」
……やっぱり顔見知りだったみたい。尾崎さんは真姫ちゃんの姿を見つけた途端にそんな大胆な話題を吹っかけてきた。いきなりそんな事聞くなんて……尾崎さん、女の子に対してデリカシーが無なさすぎじゃないかな。そしてその様子を見るに真姫ちゃんはわざと無視していたみたい。今も顔を真っ赤にしながらも真姫ちゃんは尾崎さんをじっと睨みつけている。けど、どうやらそこまで仲が悪いわけじゃないみたい。現に真姫ちゃんは「仕方ないわねぇ」とでも言わんばかりに溜息を吐いてすぐに元の表情に戻った。やっぱりこれって彼女達にとっての『いつもの光景』みたいなものなのかなぁ?
「まあ冗談はさておき、これからドルーパーズへ行くんだけどお前たちもどうだ?」
「行きます!」
「ちょっと穂乃果!?」
「何勝手に上がろうとしてんのよ!」
尾崎さんからの誘いに迷わず食いついた穂乃果ちゃん。一応ビラ配りの勝負の途中なんだけどね、私以外は。予想通り海未ちゃんとにこ先輩からお叱りを受けていた。でも、私だってドルーパーズに行きたいのは本心だし……どうしよう。
「もういいんじゃないかな? 私は全部終わったし、今の時点の残り枚数で後の人の順位を決めるのはどうかな?」
「確かに順位を決めるにはそれが妥当ですが……でもやると決めたからには──」
「……だめ?」
「──ぅっ……またその手ですか……」
海未ちゃんが退かなさそうなので、こちらも泣き落としで対抗することにした。実は前にも同じ手で落としたんだよね。えへへ。
「……はぁ。どうします? にこ先輩」
「……ま、まあ? どうしても上がりたいっていうならぁ? 別に終わりにしてあげなくもないけどぉ?」
「だそうです」
「じゃあ決まり! 皆で行こう、ドルーパーズ!」
穂乃果ちゃんの掛け声と共にみんな表情に喜びの色を見せる。結局今回も私が海未ちゃんにお願いして言う事を聞かせた感じで終わっちゃった。今度また海未ちゃんのお願いでも聞いてあげないとね。ただ、ビラ配りを途中終了した時のにこ先輩の安堵の表情が少し気になったけど……特に気にしちゃだめだよね、うん。皆との差が開く前に終われてよかったなんて考えてる訳ないよね。
何はともあれ、初めてみんなで行くドルーパーズ。楽しみだな。鉱芽さん、驚くかな?
そんな風に内心ウキウキしながら、私たちは尾崎さんの後に着いてドルーパーズへと歩いていった。
最後の最後まで迷ったロックシード配布イベント。お蔭で中々更新できませんでした。
次の更新が年内か年明け後かは分かりませんが、とりあえずこれだけ言っておきます。
皆さん、よいお年を!