やっとこさ主人公の掘り下げ(微)回です。
それでは今回もどうぞ。
私達が所属するμ'sとは今日本中で話題になっているスクールアイドルという活動の、その中の小さな一組だ。そして日本のスクールアイドルの中でも跳びぬけて人気を誇るのが「A-RISE」。スクールアイドルを語る者でその名を知らない者はいない。そして今、私の目の前にいるのはそのA-RISEのリーダーで最強のセンター、綺羅ツバサだった。
「綺羅、ツバサ……」
「んもう。冷たいのね、真姫ちゃんは。前みたいに『ツバサ』って呼んでもいいのよ?」
「っ、それより──」
私は即座に席を立ち、ツバサの服の袖を掴んで店の外に連れ出した。だって考えても見なさいよ。今店の中にはμ'sメンバーが勢ぞろいしている。もしそんな状況の中でこの人の存在が発覚すれば面倒になるのは目に見えている。どう考えても、店の邪魔になるような喧噪が起こるに決まってるじゃない。本当ならスクールアイドル同士として話し合うのが定石なんでしょうけど、今この場でそれをするのは避けてもらいたい。
「結構強引ね」
「──で、何か用なの?」
「う~ん、特にないけど……強いて言うならコウガの顔を見に、ってところかな」
「アンタも結構ブレないわね……」
というより、彼女がここに来るとすれば十中八九鉱芽に会いにくるということになる。ホント、よくやると思うわ。
「それはどうも。それとね、実はこの間、改めてコウガに告白したの」
「っ」
私が呆れてぼうっとしている最中、彼女は軽くそんな衝撃な言葉を口にした。ツバサは鉱芽に告白した。それはつまり、アイツと縒りを戻そうとしている事だ。かつて好きなのにも関わらず敢えて自ら鉱芽を振った彼女。それなのにツバサは未だアイツの事を想い続けている……。女は過去の恋から冷めるのが早い、なんて言ったのは誰よ全く。ツバサも鉱芽もその話はそこで完結していたはずなのに。ツバサといいことり先輩といい、どうしてこうも強いのだろう。
誰が彼を好きになろうがその人の自由。それだけ彼を想ってくれるのはいい事だし、私もそのうちの一人だ。
だけど……。
「だからね──」
「よくも……」
「──真姫ちゃん……?」
だけど私は──いや、私達は知っているはずだ。
今の鉱芽が誰かを愛することはない。
愛することは出来ないという事を。
その時ふと私の脳裏に浮かんだのは、鉱芽ともう一人──とある女性の面影だった。
それと同時に、自分でも気が付かないうちに自然と内側から怒りがこみあげてきていた。
「……よく……そんな事が、言えたわね。鉱芽に一番近かったアナタが……。アナタは……鉱芽がどんな気持ちでいるか知ってるのに……っ」
私は奥歯を強く噛みしめながら目の前の女を睨みつけた。この女は知っているはずだ。鉱芽の味わった闇を、絶望を、決して癒えることのない傷を。だからこそ、ツバサは自ら鉱芽から手を引いたはずだった。それは素直に立派な英断だと思ったし尊敬すらした……していたのにこの女は、今再び鉱芽へと近づこうとしている! 彼に愛されたいと思っている! その態度がどうも都合よく見えて無性に腹立たしかった。どうして平気でいられるのよ。どうしてそんな涼しい顔していられるの。どうして彼から愛されると思ってるのよっ!?
「アイツ、まだ
葛木鉱芽という人物はある事件を境に、恋という感情が完全に欠落してしまっている。
あの日鉱芽が追った傷は、ドルーパーズの板東さんと、そしてツバサのお蔭で治ったと思っていた。けどそれは間違い。ほとんど立ち直れた彼だけど、唯一完全に治らなかった心の傷があった。その傷が今も彼を束縛し、苦しめている。今の鉱芽が誰かを愛せなくなったのも、戦いで非情になれるのも、全部その傷の所為。それは傷というより、もはや『呪い』のようだった。
だから私は彼を愛しても必要以上に近づこうとはしなかった。出来なかった。今までだって私を見てほしいだの、鉱芽は渡さないだの、何かと鉱芽を求めていた私だけど、実際には本気で鉱芽に愛される為に行動しているとは言えなかった。いつもどこか一歩引いたような場で好き勝手言ってるだけ。
きっと彼の胸には今も
「どうして鉱芽と……一緒に居られると思うの……っ」
だからこそ、ツバサの行為が理解できなかった。鉱芽の闇を知っていながら、今一度彼と共に歩もうとする彼女の心境が分からなかった。一体何がツバサのその小さな身体を突き動かすのか。どんな想いで彼に告白したのか。怒りに揉まれながらも私はそれが気になってしまった。
「多分それは……真姫ちゃんと同じかな?」
「え……?」
そしてツバサから飛んできたのは予想外の言葉だった。私と同じ……? その言葉に思わず怒りも治まってしまう。その時の私は、怒りも忘れてキョトンとした間抜けな顔になっていたことだろう。
「真姫ちゃんだって今もコウガが好きなんでしょ? それで彼と共に歩みたいと思ってる。違う?」
「……そうよ」
ツバサに指摘されて顔をしかめながらも答える。そして今一度冷静になって考えてみた。そう、あんな事言っておきながら鉱芽を諦められないのは私だって同じ。私は鉱芽が好きで、いつしかその隣に居られたらいいなと考えている。この気持ちはツバサもことり先輩も同じはずなのに……。そうよね、誰が恋する彼女達を責められようか。
だけどこの先、鉱芽は誰も愛すことはできないのかもしれない。ツバサも、ことり先輩も、そして私も……。
それでも私が鉱芽の傍に居たいと思ったのは──
「私達がコウガと共に歩みたいと思ったのは──」
「「──ずっと彼(アイツ)を隣で支えていきたかったから」」
「たとえアイツから愛されなかったとしても……ね」
「そうね。悲しいけど」
私とツバサの声が重なる。それはまるで最初から分かりきっていたかのような一体感だった。そう、私だけでなく、ツバサ自身も彼から愛されるとは思っていなかった。それでもよ。たとえ彼がこちらを向いてくれなくとも……ずっと
「でも、もし鉱芽が誰かを好きになれたなら……」
「もし私じゃない誰かなら、私は大人しく手を引くわ」
「……ハァ、考えたくないわ」
「じゃあ、自分でなりなさいな」
そこまで話してようやく私の顔から笑みがこぼれた。そうね、うだうだしてても始まらない。アイツが誰かを好きになれないなら、私が振り向かせればいいだけの話。アイツの闇を、傷を、絶望を払いのける程の輝かしい魅力を見せつけてやればいいだけじゃない。
──やってやろうじゃない。ツバサよりも、ことり先輩よりも先に。
「フフッ」
「どうしたの?」
「別に。柄にもなくポジティブな考えが浮かんだだけ。これもウチのリーダーの影響かしら」
「あら? そういえばアナタたちのリーダーってどんな人?」
「バカよ。一度決めた事は何処までも真っ直ぐ貫き通す。どんな困難もポジティブに考えて乗り切ってしまう困ったさんよ」
「へぇ、コウガが言ってた通り『面白い子』みたいね。今から話できないかな?」
「今日はやめて!」
──折角外に連れ出したんだから戻らないで!
結局、その後ツバサは穂乃果先輩と会うことなく帰っていった。でもいつかきっと彼女達は会うでしょうね。そんな予感がして堪らなかった。
ツバサは去り際に「会えてよかった」と言い残していったけど、むしろよかったのは私の方だ。今日ツバサと話ができて本当によかったと思う。これでようやく、私も前進することが出来た気がしたから。以前からそうだったけど、ことり先輩に挑発をかけておきながら私は鉱芽に対して自分からは積極的に仕掛けていけなかった。あの人を想い続ける鉱芽の傍に居ることに自信が無かったからだ。でもそれも今日でおしまい。ツバサのお蔭で今の自分の立場を、自分が何を望んでいるかを再認識することができた。鉱芽を好きでいてもいい、という自信が持てた。だから──
──鉱芽、もう私はアナタを諦めないんだから。
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辺りがすっかり暗くなり、帰宅中のサラリーマンとも多くすれ違うようになった頃、俺も他のμ'sのメンバーと同じく自宅へと足を進めていた。と言っても、もう今頃皆は家に着いている頃だろう。何故俺だけこんなに遅くなったのかというと、先程まで真姫を家まで送り届けていたからである。しかしその件で少し驚いたことがある。今日のように俺が真姫と帰る際は、いつも俺から提案して真姫がそれに了承するという流れになっていたが、今日はなんと真姫が自分から「一緒に帰らない?」と誘ってきたのだ。それも驚きなのだが、その後の帰路についている間、真姫が妙に落ち着いているというか、余裕を持っているというか、何というか……少し違って見えたのだ。もちろん、いい意味でだけどな。最近の真姫はどこか余裕がないように見えていた分、今日のような真姫は随分と久しぶりに感じた。
あんな遠慮の無い、それでいて自信のある真姫を見たのはいつ以来だろうか……あぁ──
「(あの時……か)」
一瞬その時の光景を思いだしそうになるが、思い切り首を横に振って無理矢理振り払おうとする。
その時だ。俺が思考を振り払うのを助けるかのように、俺の端末から着信音が聞こえてきたのは。俺は端末を取り出し、画面に映る名前を確認する。
「……ことり?」
着信相手はことりだった。何かあったのかと軽く不安になりながらも俺は通話ボタンをタッチして電話に出る。
「はい、もしもし。どうした?」
「あっ、鉱芽さん。えっと、ごめんなさい。お手数お掛けしますけど、今から私の家の前まで来ていただけますか?」
「? いいけど……」
「っ~!」パアァ
何の用か分からないが別に特に忙しいわけでもないので、とりあえずこれから彼女に家に寄ることにした。俺の了承の声に、端末の向こうからでもことりが明るい雰囲気を出すのが伝わってきた。って言うか「パアァ」って効果音聞こえたぞ、さっき。「パアァ」って。どうやらアイツの癒しオーラは液晶をも超えてくるらしいな。
「よかったぁ! ありがとうございます。じゃあ、お待ちしていますねっ」
「はーいよ。んじゃ、また後で」
「はい、また後でっ」
その言葉を区切りに通話を終え、端末をポケットにしまう。という訳で今から目的地をことりの家に変更するわけだが……はっきり言ってもうすぐそこなんだよな。ことりん
それから特に問題も起こったわけでもなく、5分程歩いてことりの家、南宅が見えてきた。ことりを呼び出すために端末を取り出そうとするが、それよりも早く南宅から誰かが出てくるのが見えた。言わずもがな、南ことりその人である。よく見ると両手で紙袋を抱えている。玄関から出てきたことりは周りをキョロキョロと見回し、俺を見つけた途端にその顔を輝かせて元気よくこちらへと走ってきた。
「来ていただいてありがとうございます、鉱芽さん。それとごめんなさい、こんな時間に」
「いやいや、いいよ別に。それより家から出てくるタイミングピッタリだったな。今電話で呼ぼうとしたんだけど……」
「えっと……な、なんとなくなんですけど、鉱芽さんが来るって予感がしたんですよ。えへへっ」
「ワーオ、ミラクルー」
そんな偶然もあるものだなと一人感心していると、ことりは急に紙袋を抱きしめてモジモジし始めた。恐らく、俺への用ってのはその紙袋のことなんだろうが……。
「ことり、それって……?」
「っ、はい。鉱芽さんはことりがμ'sの衣装担当やっているのは知っていますよね」
「うん」
「私、元々手先が器用で、それで自分で服とか作ってみたりするんですよ。それでなんですけど、ね……。実は私、前々から鉱芽さんに渡そうと思って作ってた服があるんです」
「マジかっ? で、その袋が……それ?」
「はいっ。ついさっきお店で仕上げが終わったんです」
ことりは恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにほほ笑む。そして紙袋を開けて中身を取り出そうとするが、緊張しているのかその動作がどこかおぼつかない。やはり俺が気にいるかどうかがとても心配なのだろう。しかし、ことりが俺へ自作の服をプレゼントしてくれる、と考えるだけでも俺としてはとても嬉しく感じる。今更服の出来がどうとかではなく、その気持ちだけでお腹一杯という気分だ。そしてことりはようやく服を取り出した。ことりの持つ服は全体的に青く、まるで鎧武のライドウェアのような色だった。
「鉱芽さん。今までありがとうございます。それと……これからもよろしくお願いしますっ!」
改めて伝える感謝、そしてこれからに向けての挨拶。それらの言葉と共に、ことりは手に持つ服──パーカーを俺に手渡した。俺は迷うこと無くそのパーカーを広げ、その全貌を確認する。そこには……。
「……これって──」
パーカーの前面は普通の青い無地の無難なパーカーといった感じだが、着眼点はそこでは無く、背中側にある。背面には大きく浮世絵風に描かれたイラストが施されていたのだ。背景には大きく輝く月、照らされて舞う夜桜や茂る竹藪、大空を舞う鳥(恐らく
「──鎧武?」
「はいっ」
俺がしっかり正解を言い当てられたのが嬉しかったのか、不安そうに見守っていたことりの顔が僅かに明るくなった。俺も予想の確信を得られたので、もう一度パーカーに描かれた鎧武者を確認する。
鎧武と同じ紺色の着物を纏い、オレンジ色の鎧を身に付けている。それだけでも十分なのだが、兜の方も伊達政宗よろしく三日月形の兜飾が備えられており、よく見れば頭部には
これは相当鎧武を覚えていないとできない所業だ。写真を取っても『改変』の件で消えてしまうため、ことりは記憶の中の鎧武でこれを作ったという事になる。
「プリントじゃなくて、全部縫ったんですよ」
「……すげぇ」
思わず声が出てしまう。そこに込められたのは感嘆、称賛、そして喜び。嬉しい。ただただ嬉しかった。ことりがこんなにも自分を見ていてくれたことに。自分を覚えてくれていたことに。それが堪らなく嬉しかった。
「っ、すげぇよことり! 完璧に鎧武だ! この兜も、鎧も、模様も全部っ! ハハッ、やっべぇ、ホンット嬉しい!」
だから思い切り叫んでしまった。いきなりだった為にことりを驚かせてしまったが、やがて彼女もその顔に満遍の笑みを浮かべてくれた。
「そんなに喜んでくれるなんて……ことりもとても嬉しいですっ。頑張って作った甲斐がありましたっ」
──鉱芽さんのお気に召して本当によかったです。最後にそう付け加えることり。これは後から聞いた話なのだが、実は最初は『鎧武』そのものをイラストしようとしたらしい。しかし『改変』の影響によって一日以上その絵が残ることはなかった。改変の効果は絵にまで及ぶからだ。それならばと、ことりは改良に改良を加え、『改変』の影響を受けないギリギリのラインでデザインし、このパーカーを仕上げたらしい。なるほど、完成に時間をかけたのはそのためだったのか。
「なあ、早速着ていいか?」
「はいっ、どうぞ」
よしキタっ、と俺はこの武将パーカーを羽織り、腕を通してファスナーを鳩尾部まで上げる。うん、やっぱりいいなコレ。素材のおかげか夏でもそう暑く感じないし、夜の冷え込みもある程度防げる。
「どう?」
「似合ってますよ、とても」
「ははっ、呉服屋の店員みたいだな。それ」
「えへへ……だって本当に似合ってるんだもん」
「そっか……ありがとな」
ことりは最後に小さく呟くが俺には全部聞こえている。いや、本当ことりには感謝だな。俺のためにこんな良い物まで作ってくれて。俺を見ていてくれて。俺を覚えていてくれて……。
それだけに、彼女に対して申し訳ない気持ちにもなる。ことりがこんなにも誠意を見せてくれているのに、俺はそれに答えるようなことが出来ない。勘違いで済んでくれればいいのだが、ことりが俺に見せてくる表情は、ツバサや真姫の浮かべるソレと同じだ。そしてそこに潜む感情。それは多分……恋。俺もかつて抱いたことのある想いだ。しかしことりは知らないのだろう。俺が誰かを愛せないことを……何故俺が恋という感情を抱けなくなったのかを……。
「えへへぇ~」
幸せそうにほほ笑むことりに少し罪悪感を抱きそうになる。ホント、いろんな感情は巡ってくるのに恋だけは巡ってきそうにない。そして、そのことに納得している自分を特に腹立たしいとも思わなかった。
「じゃあ、ことり──」
俺はそこで彼女と別れ、帰路につこうとした。しかし、その時だった。
『──ピピッ──ピピッ──』
「「!?」」
俺の端末から聞こえてくるクラック発生の信号。しばらく出ないと思っていたらこんなタイミングに来るか。
俺はすぐさまサクラハリケーンを召喚し、端末に示された場所を確認する。
そこは──
「……穂乃果……?」
「え?」
端末に示された場所。それは穂乃果の実家が経営している和菓子屋店、『穂むら』のすぐ近くだった。
今回ことりが鉱芽にプレゼントした武将パーカーですが、これは原作の鎧武で紘汰が来ていたパーカーそのまんまだと思ってくれていいです。
よく分からないという方は、『武将パーカー』で画像検索してみてください。すぐに出てきますから。
そしてことりでも真姫でもツバサでもない、新たな人物の影。その人物の詳細はもう少し先になります。
さて、1期6話編もそろそろ終わりが見えてきました。
次回もご期待ください。