それでは今回もどうぞ。
穂むらの近くでクラックが開いたということは、きっと穂乃果が関連しているはず。彼女もことりと同じ因子を持つ者、クラックを活性化させる存在だ。今に彼女の周辺でインベスが湧き上がることになるだろう。ともかく今現在、穂乃果に危険が迫っている事は確かだった。
「行ってくる」
「っ、待ってください!」
無駄な会話をせずに素早くサクラハリケーンに跨り、ヘルメットを装着しようとした時、ことりから声がかかった。どんな事情があるか分からないが、一刻を争う事態のためにそんなに時間を費やせない。しかし、その時俺が見たことりの表情は真剣みを帯びており、明らかに無視できないものだと感じざるを得なかった。
「私も連れていってください」
「……」
ことりの目は真剣だった。一点の曇りもないその眼差しから感じ取れる彼女の意志の強さに、俺自身一瞬口を閉ざしてしまう。穂乃果は海未ちゃんと並んでことりの一番の親友だ。そして今、その穂乃果が危機にさらされている。きっとことりはそんな状況に居ても立ってもいられないのだろう。今も危険に瀕している親友の元へ、今すぐに駆け付けたい。そう強く思っている。
「お願いしますっ!」
「危険に晒されるかもしれないんだぞ?」
「それでもっ……行かなきゃいけないんです! 私の大切なっ、穂乃果ちゃんのところに! だからっ──」
「……」
「──お願いしますっ!」
深く頭を下げまま一向に動かず、頑なに引こうとはしないことり。その芯の強さにはもはや敬意すら覚える程だ。ことりの友を強く想う心はこんなにも強いのか。内側から湧き上がってくるその深い愛情は、恐怖をも乗り超えるのか。
ならば四の五の言ってられない。どの道時間が無いため、迷ってなんかいられなかった。
「分かった、乗れ」
「は、はいっ! ありがとうございます! えっと……」
「早く!」
「はひぃ!?」
俺はことりの戦場への同伴を許したが、本来ならそれは許されない事なのかも知れない。護衛の術があるとはいえ、普通の少女を危険の地まで連れていくことになるのだから。しかしことりの穂乃果を想う熱い気持ちが強く俺の心にも響いた。何より、ここで彼女を連れていかなかったらきっと後悔するだろう。多分、俺という人間は人を愛する気持ちというものに弱いのだろうな。人ならば、な。
俺は怒号の混じった声でことりに俺の後ろに乗るように急かす。ことりは少し恥ずかしそうに、一瞬遠慮しそうになりながらもサクラハリケーンの後部に跨った。そして俺から受け取ったヘルメットを被り、そっと俺の腰回りに腕を回してくる。つまり今、俺とことりは密着状態にあるということだ。だからであろう。俺にしがんだ途端、ことりの脈拍が早くなったのは。だが今はそんな想いに浸っている場合じゃないことを思いだしたのか、すぐに元の速度に戻る。そして俺にはこの一連の動きが手にとるように感じてしまう。この状況で人の心臓の鼓動を聞くなんて凄く迷惑で難しい話だが、これも全部俺の異常な五感のお蔭だ。何せヘルメット越しでも彼女の息遣い、そして心臓の鼓動が聞こえてくる程だ。今もまた、確実にその命の躍動する音が聞こえている。それはやはり、いつ聞いても強く温かい音……。
……そんなものに気を取られてる場合じゃないよな。うん。
「手ぇ放すな。しっかり捕まってろ」
「はい」ギュ
「っ(キツイって)……曲がる時は俺に合わせて身体を傾けろ。逆らわずに俺と同じ向きにな」
「はいっ」
「よし。じゃ、行くぞ」
それを合図に俺はサクラハリケーンのエンジンを吹かす。そして二人を乗せたバイクは夜道を疾走していった。
「穂乃果ちゃん……っ」
同時に発せられたことりの穂乃果を想う呟きもまた、闇の中の虚空へと消えていった。
──────────────────
ドルーパーズで鉱芽さんに自分の悩みを聞いてもらった後、私はみんなに次のPVについての提案(みんなで歌う曲の話)を聞いてもらった。そしたらみんなの反応は意外に上々で、海未ちゃんと真姫ちゃんもそんな詩、曲を作ってくれるって言ってくれたの。それがとっても嬉しかったし、何より、私にみんなを動かす力があるって言う鉱芽さんの言葉を実感できたのが何より大きかった。本当、鉱芽さんには感謝してもしきれないかも。
もしあのまま誰にも相談できなかったら、きっと私は誰にも打ち明ける事なく自分を無理矢理納得させて、周りを見ずに突き進んで暴走して、そして自滅していたかもしれない。私の所為でグループ自体に亀裂を生じさせていたしれない。だから鉱芽さんに教えられて、私自身に余裕ができたのは大きな一歩だった。今なら私は自分を顧みることもできるし、余裕を持って周りを見る事もできる。多分だけどね。
それでも
「(だからかな)……なんか気持ちいいなぁ」
夜風に当たりながらふと口に漏らす。辺りはすっかり暗くなっており、その狭い道の真ん中で私は大きく身体を伸ばした。今の私は一人この狭い道を歩いているところだ。何故一人で歩いているのかというと、さっきまでお客さんの忘れ物を届けていたからだ。私の実家は「穂むら」っていう和菓子屋なんだけど、今日そこに訪れたお客さんの一人が小さい鞄をカウンターの下に忘れていってしまったの。だから店番を二つ下の妹に任せて、私は走ってその人の元まで追いついたというわけ。あと少し気付くのが遅れたら完全に見失っていたと思うから、本当に危なかったよ……。
何はともあれ、無事に送り届けられたんだから万事解決だよね。
私は明日から再び訪れるであろうアイ活の日々に胸躍らせながら、夜の道を穂むら目指して歩いていた。すると──
「──ん? なんだろ、アレ?」
まだ見えてはいないけれど家まであと50mと言うところで、何とも言えない奇妙な裂け目が私の目に留まった。思わず立ち止まり、その裂け目に近づいて観察する。空中に浮かんでいるソレは裂け目と言うよりはファスナーが開いたような感じの窓だった。しかし何よりその先にあるモノに私は驚かざるを得なかった。
「え、何……森?」
驚くことにその窓の向こう側には広大な森が広がっていた。森の中は見た事のない植物が鬱蒼と茂っていて、そこら中が深い霧で覆われている。その異常性故にそこが地球じゃないと理論抜きで理解してしまう。でも私にとってはそんな異常性に対する恐怖心よりも好奇心のほうが勝ってしまう。だって仕方ないよ、そういう性分なんだもん。私はその不思議な光景をまじまじと見つめ続け、やがて森の奥の方にまで興味が湧いてきた。
──この森の先には何があるんだろう。
そんな好奇心から、私は危険を承知でその窓の向こう側に行こうとする。だけどその前に森の中で何か動くモノを私は目にした。
「? ……生き物?」
木々の間を抜けて出てきたのは見た事のない生き物。パッと見ヒト型なんだけど、その頭部が卵にみたいに膨れ上がって、その手にある爪がその生物の獰猛さを物語っているようだった。そして私がその謎の生き物を観察していた時、遂にその生き物がこちらに気付いたの。
「ギギュ」
「っ!」
その生き物が私を見つめた瞬間、言いようのない恐怖心が私の身体全体を包んで怯臆してしまう。私の脳もこの身体に警報を鳴らし続けていた。逃げてっ、と。そして一歩一歩と私へと近づいてくる異形の生物。もちろん私はすぐさまその窓から離れた。だけどその生き物の足並みは止まる事は無い。ただ一心に、まるで一度見定めたもの以外には目もくれない、といった獣のような行動を続ける。やがてさっきまで私が覗いていた窓までやってくると、その生き物が窓を通って私の前に降り立った。
「ギシュワァァ」
「ひっ……(逃げなきゃ)……っ」
その生き物の光を宿さない眼差しが私を睨みつける。私はその余りの威圧感に思わず肩が跳ね上がり、悲鳴が漏れてしまった。きっとこれが動物が本能的に感じる恐怖というものなんだろう。テレビで間接的に見るような猛獣の眼光とは全然違った。狙われる身になって初めて分かる恐怖が、今の私を包み込んでいく。怖い。本当に怖いっ。内から湧いてくる得体の知れない怖気が身体を支配し出す。身体全体が目の前の狂気に対し拒否反応を起こす。だから私はこの脅威から逃れようと、本能と、そして僅かに残った勇気を振り絞って後ずさりを始めようとした。だけど思っていた以上に恐怖が私の身体を支配していたみたいで、足が震えてそれ以上動くことが出来なかった。
そうしているうちにも目の前の生き物──いや、怪物が私の眼前に迫っている。
気付けば、もう、すぐそこまで……いや、ダメっ……来ないで……っ!
「ぇ……ぁ……っ」
「キシュゥアァァァァ!」
「っ、いやああああああ!!」
怪物が手を振り上げ、私に襲い掛かろうとした。私にできることなんて、ただ腕で顔を覆って迫りくる恐怖を見ないようにするだけ。嫌だ!見たくない見たくない!ってね。だから、もうダメ。本当にそう思ってしまった。
「イギュゥワォォォォァ!?」
「……?」
でも私が目を閉じた一瞬、何かが弾ける音が辺り一面に轟いた。同時に聞こえてくる怪物の悲鳴。何が起こったんだろう?私は恐る恐る、腕を下げて目を開けた。
「……な、なにこれ……?」
私の目の前にソレは浮かんでいた。それはとても巨大な……スイカの模様をしたよく分からない何かだった。でも本当になんだろう? パッと見ヒト型にも見えなくないけど、翼みたいなのが付いてたりズングリしてるし……うん、分からないから「スイカさん」でいいや。今の状況がどうなってるのか分からないけど、それでも一つ分かるのは、このスイカさんが私を助けてくれたという事だ。得体の知れないスイカさんだけど、こんな状況の中じゃとても心強い存在だった。
「キィィィィィ」
スイカさんにやられて倒れていた怪物が再び起き上がる。スイカさんもそれに反応して迎え撃とうとするけど、どこかおかしい。虚空を見つめてずっと静止しているの。まるで目の前の敵を見てないような、そんな感じだった。そしてその疑問もすぐに晴れることとなる。
「キュィィィィィィィイ」
「ギュイァァァァァア」
「っ、また出たよ!?」
なんとさっき怪物が出てきた窓から新たな怪物が飛び出してきた。それも二匹も! 一匹は羽が生えててまるで蝙蝠のような風貌、もう一匹は長い触角が特徴な虫みたいな……えっと、カミキリムシかな? そんな風貌をしていた。つまり、今私の眼前には異形の怪物が三匹もいるという事にる。もう何が何だか分からないよぉ!
でも、本当に大変な事が起きるのはその後だった。
「キュィィィィィィィイ」
なんと蝙蝠の怪物が空へと飛んで逃げていってしまった。このままだとあの怪物が町に出て大変な事になってしまう。そう考えるだけでも汗をかかずにはいられなかったのに、なんとスイカさんがその蝙蝠の怪物を追いかけて飛んでいってしまった!
「えっ!? ち、ちょっと待ってよ!」
そうなれば残る私は、目の前の二匹の猛獣の前に野ざらしという状況になってしまう。怪物たちはまるでさっきまでの状況を意に介していない様子で、さも当然といった感じに私に狙いを定めてくる。
「グュルルゥゥゥゥゥ……」
「……ぅ……っ」
もう私を助けてくれる存在はいない。逃げたとしてもこんな震えた足じゃどうせ追いつかれてしまう。
「……ぅぅ」
もう今度こそ本当にダメかも知れない。さっきみたいなラッキーは二度も続かないだろう。
じわじわとこちらへの距離を縮めてくる二匹の異形。
でも、そんな時でも考えてしまうのは家族と、そして大切な親友達の顔だった。
「……こ……(ことりちゃん!海未ちゃん!)」
助けを呼ぼうにも恐怖で声が枯れて何も発せない。それでも私は大切な二人の幼馴染の名前を叫びたかった。でもおかしいよね、二人を呼んだってきっと何にもできないどころか余計危ない目に合わせちゃうっていうのに……。でもきっと、私は最期まであの2人を想っていたいと感じたんだ。ううん、二人だけじゃない。それはμ'sみんなに言えることだよ。それに──
「……み(みんな……鉱芽さん)……」
──思い描くのはμ'sのみんなだけじゃない。そう、鉱芽さんも。こんな私を励ましてくれた人。今あるμ'sの影の立役者。そして……私達の大切な仲間。
そんな大切な仲間たちともう会えないのかと思うと、悲しくて仕方なかった。
「「ギギュ?」」
「?」
だけど突然、怪物たちの足並みが止まる。何なのかと思ったけど、よく見れば二匹とも同じ方角を──バイクの近づいてくる音がする方を見ていた。私は一杯一杯だったから気付かなかったけど、確かにこの場に向かって一台のバイクが近づいてきていた。
──えっ、ここ!? 危ないよ、危険だよ!
でも運転手はそんな事知るはずもなくて、一向に進路を変える気配はなかった。
しかしバイクはこちらに接近してくるや否や、私と怪物を遮るようにその間に停止した。シートには運転手の他にもう一人がその後ろに跨っていた。後ろに乗っていた人はヘルメットを外しながらこっちへ…………えっ!!?
「穂乃果ちゃん!!」
「ぅうぇっ!? こ、こことりりりゃん!?」
なんとバイクの後ろに跨っていたのはことりちゃんだった。余りの衝撃で逆に声が出てしまうけど、ちゃんと言葉になってない。ことりちゃんは急いで私の元へ駆け付けると、まるで割れ物を扱うかのように私の身体を触り始めた。
「大丈夫? 怪我ない? 怖くなかった?」
「だ、だだ大丈夫だよことりちゃん。で、でもどうして……?」
心配してくれるのは嬉しいけど、私には分からない事だらけだった。どうしてことりちゃんがここに来たのか。そしてあのバイクの運転手は誰なのか。なんて考えていると、未だバイクに跨ったままの運転手はヘルメットを外し、こちらに振り向いた。
「よかった……無事みたいだな」
「こ、鉱芽さん!?」
なんと、ことりちゃんを乗せてここまで運転してきたのは鉱芽さんだった──って違う違う! 今はそれどころじゃないよ!
「あ、危ないよ鉱芽さん!怪物が……っ!」
「知ってる」
「えっ?」
「ことり。穂乃果を頼むぞ」
「はいっ」
「え、ちょ、えっ? ことりちゃん?」
鉱芽さんに怪物の事を伝えようとしたら、凄く冷静にそう返されて訳が分からなくなってしまった。それどころかことりちゃんまで……。一体私の周りで何が起こっているのだろうか?
そして鉱芽さんはバイクから降りると悠然と怪物たちに向かって歩きだした。そこには緊張も恐怖も一切ない。私の目に映ったのは、ただ平然と構え、悍ましい異形を前にしてもまるで意に介すことのない勇姿。私に安心感を与えてくれる力強い後ろ姿だった。そんな彼の普段見ないたくましい姿勢に、少しドキッとしてしまう。
「穂乃果ちゃん、見ててね」
「え? 何を……?」
「鉱芽さんの……生き方を」
ふと、ことりちゃんからそんな言葉がかかる。鉱芽さんの生き方……それって何だろう。でもそれは多分、今から起こる何か、っていうことなんだろう。ことりちゃんのいつにない真剣な表情と声色。そこにきっと嘘なんてない。だからきっと、今から起こる何かは鉱芽さんにとってとても大事なことなんだろう。
うん、わかったよ。私、見ているからね、鉱芽さん。
だから、絶対に……無事に帰ってきて──
──私──
──待ってるから!
──────────────────―
「俺の生き方、ねぇ……」
相変わらずのこの聴力のお蔭で後ろのことりたちの会話も筒抜けだ。しかし生き方だなんて言われると少し緊張するなぁ。そんな大げさな……いや、大げさだな。今からする「変身」ってのは。
「「ギシュァァァァァ」」
「……」ガシャ
俺は目の前の害獣を一望すると、特に何かいう訳でもなく無言で戦極ドライバーとオレンジロックシードを取り出す。そしていつものようにドライバーを腰回りに巻き付けて、準備は万端だ。
──さあ、やるぞ!
「変身!」カシャ
『オレンジ!』ギュィィィィィィィン
「え、ええっ!? 何アレ? ねぇ、なにあれ!?」
ロックシードを解錠し、クラックが開いてヘルヘイムの森からオレンジの果実を召喚する。後ろの穂乃果がやけに五月蠅いが、気にせずに俺はロックシードをドライバーの中心のドライブベイにセットし、もう一度施錠する。最後に、流れる法螺貝のリズムをバックにカッティングブレードでロックシードを切り開いた。
『ロックオン! ソイヤ!』
『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』
オレンジの果実が俺に降下していき、やがて四方に展開する。そうして完成する橙色の甲冑。これで俺の変身は完了した。
「……ほえぇ……」
穂乃果から漏れてくる溜息は一体何であろうか。感動、憧憬、呆れ、はたまた無心か……。
なんにせよ今は、この姿あってこその俺だ。その眼にどんな風に映っても構わないが、今はただ見ていてほしい。
俺の変身を。俺の生き様を。俺の
「ここからは俺のステージだ」
果たして、その言葉は何処へ向けたものであったか……。
正直な話、1期6話の話がまさかこんなに長くなるとは思っていませんでした。
それと今後は、むやみやたらに次の内容を煽らないようにもします。
それでは、また。次回も見てくれると嬉しいです。