全く……薬飲んで寝てるってのに数日間全然治らないものですから……。
それでは今回もどうぞ。
テストが終わってもはや消化試合と化した授業も終わり、ましてや今日の生徒会の活動も終わったというのに、生徒会室の中は今までにない緊迫感に包まれていた。
「お願いします!」
「……」
今私の眼の前では、音ノ木坂学院のスクールアイドルのリーダーを務めている高坂さんが、私に頭を下げていた。なんでも彼女たちは、私にダンスの指導をしてほしいというのだ。正直に言うと、とても驚いていた。彼女たちが私にそんな提案を持ちかけてくることに。あんなに目の敵にしていた私から、ダンスを教わろうと考えていた事に。だけどそんな様子は微塵にも出さずに、私は静かに高坂さんに言葉を返す。
「……それは葛木さんとは縁を切るという事?」
我ながら意地悪な質問だと思う。私は以前も葛木さんから離れるように言っている。だから今の言葉も見方を変えれば、「葛木さんと手を切れば認めてあげる」と捉えることもできる。
「いいえ」
しかし高坂さんは臆することなく、はっきりとそう答える。そうよね、彼を信頼している彼女たちがそんな事するはずないか。
とりあえず葛木さんの件は後でいいとして、次に私は南さんと向き合った。彼女と最後に会ったのは先週の金曜日。その時に彼女の怒りを買ってしまっていた事から、恐らく彼女が私に一番不満を持っているかもしれないと思っていたのだけど……。
「アナタはどうなの? 南さん」
「……私も……お願いしたいと思っています」
特に表情を変えること無くそう答える南さん。そこから何も読み取る事はできないけど、少なくとも恨みを抱いている感じはしない。それを知れただけでも、少し安心してしまう。
「教えていただけないでしょうか? 私たち、今よりももっと上手くなりたいんです!」
更に追い立てるように高坂さんは頼み込んでくる。そしてそんな彼女の目に宿る、確かな情熱が私の目に映ってしまう。
「……」
そんな目を見てしまったかたらだろうか。そうして湧き上がってくるのは、ここ最近言われ続けてきた、私の周りの言葉だった。
『貴女に私たちの事、そんな風に言われたくありません!』
自分たちの頑張りを素人レベルだと言われた園田さんが、声を荒げて私に言い放った言葉。
『これがお姉ちゃんのやりたいこと?』
自分を押し込めてまで学校を守ろうとする私を見兼ねて、妹の亜里沙が問いただしてきた言葉。
『そろそろ自分のやりたいことに目を向けてもいいんじゃないの?』
亜里沙と同じく、私が本当にやりたいことを勧めてくれた葛木さんの言葉。
それらの言葉が今、私の心の扉を強く打ち鳴らしていた。
今私がすべきことは何なのか。やりたいことは何なのか。
「(でも私は)……っ」
やりたいこと、情熱、夢……確かに昔の私も持っていた。だけどそれではどうにもならなかった。やりたいことだけで何とかなる人生ではなかった。
でも、だからといって彼女たちまで否定していいものなのか……。
「……分かったわ」
そんな風に承諾してしまったのは、果たして彼女たちに諦めを付けさせたかったからだろうか。それとも、彼女たちに変な希望を抱いてしまったからだろうか……。
はぁ……これも全部葛木さんのせいだわ。
ともかく私は葛木さんと同じく、このスクールアイドルたちの指導係になってしまったわけだ。
日が地平線に近づいていき、次第に空がピンク色に染まり出した頃、私は一人自宅への帰路を進んでいた。そして周りの歩行者に気付かれないよう小さく言葉を漏らす。
「本当にどこにいったのかしら、希」
別にいつも一緒に帰っているわけではないけど、ふとここ二時間ほど見なかった彼女の姿を思い浮かべる。希は先ほど、私があの子たちの指導を始めようという時に「用事があるから」と言って、私たちを残して学校から帰ってしまった。てっきりあの子たちと親しい希の事だから、側に居てくれるものだと思っていたけど……。だから希がいなくなったのは私にとっても誤算だった。全く、今更私にも内緒にするような事があるのかしら?
まあいいわ。何はともあれ、私はあれからしばらく彼女たちの練習を見ていたわけだ。だけど、彼女たちは予想以上に私の伝えた練習内容に食らいついてきた。多少のムラはあれど、ある程度安定した動きが出来ているのはやはり葛木さんの指導の賜物かしら。
とは言え、それで全くいいと言うわけではない。何人かはバランスが安定していなかったし、力の弱い子だっていた。彼女たちの全体のバランスが如何なものかは知らないけど、個人の実力でいえばまだまだと言ったところだ。
しかしそれは言い換えれば、まだまだ伸びしろは充分にあるということになる。
「(って、何考えてるのよ私は)」
彼女たちはまだ上に行ける。そう心の底で彼女たちに期待している自分に気づき、困惑してしまう。そんな、違うわっ。そもそも、私はただの親切であの子たちの指導をしていたわけじゃない。自分たちがいかに無力か、それを思い知らせる意志の元で動いていたはず。
「(でも……)」
なのに心の奥の自分はそれを善しとしていなかった。何なのかしら、この気持ちは。どうして私は、今更彼女たちの事が気になってしまったのだろうか……。
そんな時だった。
「エリチ?」
「希? それに……葛木さんまで」
「よっ、絵里」
希が、葛木さんと共に歩いているところに丁度出くわしたのは。
────────────―
「アナタの提案なの?」
「ん? 何のこと?」
「とぼけないで。アナタなんでしょ? あの子たちが、私に指導してもらうように仕向けたのは」
希と共にとある用事を済ませた後、絵里とバッタリ出会い、結局三人で帰ることになった俺たち。しばらく歩き続ける中、絵里は俺に問いただしてくる。
「半分正解、半分ハズレってとこかな? 俺はあくまでも後押ししただけ」
いや、実際のところだろうな。確かに最初に考えたのは海未ちゃんだけど、どっちかというと俺が主犯格かも知れない。まあいいや。俺も知りたいことがあるから質問させてもらおう。
「で、どうだった? アイツら。へばってた?」
「殊の外ついてきていたわ。個々の実力はまだまだってところだけど」
「ほぉほぉ……」
それはご苦労な事で、なんて冗談はさて置き、その様子を見るに絵里はきちんと最後まで練習を見てくれたようだ。彼女の評価を頭の隅に残しておき、とりあえずは慰労の言葉を投げかける。
「ありがとうな、ちゃんと見てくれて」
「……」
「エリチ、何か言わないと」
「……どう、いたしまして……」
だんまりを決め込むつもりの絵里だったのだろうが、希に促されるがまま、結局ぎこちないながらも言葉を返してくれた。そっぽを向いてあくまでもこちらに顔を見せないつもりだろうが、その耳が薄く赤く染まっているのを俺は見逃さなかった。全く、少しくらい素直に……いや、言葉にしてくれるだけで十分だよな。
「楽しかったか?」
「えっ……?」
そんないきなりの俺の投げかけに、絵里は一瞬呆気にとられたような表情を浮かべる。
「楽しかったって、どうして私がそんな……」
「いやだってさ、今の絵里、どこか柔らかい感じがするから」
「や、柔らかいっ?」
俺の言う表現に目を泳がせて戸惑う様子を見せる絵里。そう、今の絵里は一昨日までとは少し違う、柔和な雰囲気を感じられた。以前まで感じたピリピリとした感じは伝わってこない。
確かに彼女の今の顔は何かに悩んでいるようにも見えるが、同時にその悩みを解決する答えに手が届きかけている。絵里自身もそんな明るい雰囲気に包まれている。
それはきっと、今までの絵里からは想像も出来なかったことだろう。今までならそれを感じたとしても、見ないふりをしていたかもしれない。この短期間で絵里は本当に変わったと思う。
しかし、だからこそ、その残りのピースが──絵里の想いを抑え込んでいる最後の壁を壊す鍵が、必要だ。
勝手に失礼だと思いながらも、俺はそれを知りたいと思っていた。きっと絵里はその理由が何なのか分かっている。だからμ'sを認められないと言いつつも、ついその活躍を追ってしまっている。
後押しするだけでいいんだ。俺か、μ'sがひと押しする、または絵里自身が前に出るだけで全てが変わる。
そう確信していた。そうなる期待を抱いていた。
だが──
「っ……ごめん、絵里、希。先帰っててくれ」
急に襲われる嫌な予感に、つい思考を切り替えてしまう。
端末から何かが聞こえてきたわけでもない。かと言って誰かの視線を感じたわけでもない。
だけど俺は立ち止まってしまう。
以前、ことりと初めて会った時──クラックの活動が再開した時に感じたものと同じそれに。
──久しぶりに感じたよ。この嫌な予感。
「どうしたん?」
「いや、別に対した事じゃないよ。じゃ、またな。バイバイ」
そう言って俺は二人を先行させて帰らせる。俺に促され、最後まで怪訝な表情を崩さず俺の事を振り返りながら帰る絵里と希。しかし俺は立ち止まったまま手を振り、そんな二人を笑顔で見送る。
そして角を曲がり、二人の姿が見えなくなったその時だ。
ギュィィィィィィン
俺のすぐ後ろでクラックが開く音が聞こえた。
「はぁ……なんで最近、絵里の周りでよく起きるかな……」
俺はゆっくりと振り返りながら、懐からドライバーとロックシードを取り出す。そして俺の目の前には静かに、不気味にクラックが浮いていた。
以前から思っていた事だが、最近の、というより、活動が再開して以降のクラックの開き方は少々異常に感じる。
確かにμ'sメンバーの中にある因子はクラックの活性化を促しているが、このように都合よく俺が関わってる人間の周りに集中して発生するのはどう考えてもおかしい。どれもこれも俺がギリギリ間に合うタイミングで、だ。
それに、最近はどうも絵里の周囲に集中しすぎている。
もはや因子持ちとかそう言う次元ではない。いや、そもそもμ'sが因子持ちになってしまったことにさえ、何か人為的な作用が働いているのでは……。
「グィャァァァァオ」
しかし一々そんな事を考えていたらキリがない。すぐに思考を切り替え、クラックから現れるインベスを正面に捉える。今の俺にできることは、ただの害獣処理だ。
大丈夫。この距離ならあの二人にも聞こえないはずだ。
そして俺は、いつものようにその言葉を唱えた。
「変身」
────────────―
「葛木さんと何をしていたの?」
突然別れた葛木さんを不審に思いながらも、とりあえず横を歩いている希に質問する。すると希は楽しそうな顔で、というより、からかうような表情を浮かべて突っかかってきた。
「ん~? エリチ、もしかして嫉妬?」
「なっ……は、はぁっ!? そっ、そんな訳ないでしょ!」
「急に焦るところが怪しいよぉ?」
もう、希ったら本当に変な事に口出してくるんだからっ。でも、私がいくら否定しても希の口は減りそうにはない。はぁ、希って結構こういうところがあるのよね。普段は割と落ち着いているけど、ちょっとした言動から野次を飛ばしてくるってことが何度もある。まあ、それはそれで年相応の可愛い行動なんだけど、今の私にとってはとても参るものだった。
「も、もうっ、いい加減にして!」
「仕方ないなぁ」
もう何度目かになる拒否の後、ようやく希は私を解放してくれた。
「……で、どうなん? 答えは出た?」
「……何のよ?」
そして再び、希は唐突に私に問いかけてきた。答え? 一体何の? その意味がよく分からず、私は希に聞き返してしまう。
「今のエリチに必要なもの」
「……」
そして希は、先ほどまでのからかうような目つきとは違う、慈愛に満ちた表情を向けてくる。そんな彼女の顔と、そして質問の内容に、私は今一度閉口してしまう。
今の私に必要なもの……。それは……っ。
しかし、私が答えを渋るのを見兼ねた希は次にこう言ってきた。
「じゃあ、言い直すな」
「え?」
「エリチがやりたいことって何なん?」
『これがお姉ちゃんのやりたいこと?』
その瞬間、昨夜の亜里沙の台詞が唐突に思い出される。
でも、それだけではない。
『聞かせてくれないか? 今、自分のしたいことを』
同時に、以前葛木さんに問われたことが記憶の底から蘇ってきた。
「っ! (葛木さん……)」
そうだ、思い出した。私は前にも同じ質問を彼から受けていた。だけどあの時の私は色々と混乱して、結局逃げだしてしまい、その質問に答えることが出来なかった。でも例え逃げださなかったとして、私は答えられたのかしら。いいえ、無理よ。だってそんなもの全然見ようとしなかったもの。
じゃあ今は? 私のやりたいこと。その質問に答えられる?
……ええ、そうよ。そもそも答えなんて知っている。私がやりたいことを。私に必要なものを。
だけど……。
「……希」
「何?」
「ごめん、その答えだけど……もう少し待ってくれるかしら」
「……ええよ」
「ありがと……」
それでも今の私には答えられそうにはなかった。
そんな私にも希は時に追求することなく、優しい顔して一緒に歩いてくれる。
ごめん、希。それと葛木さんも。
でも、やはり私にはどうしてもあと一歩が踏み出せないの。
自分のやりたいことが意味の無いものだと思うのが嫌なの。
また無駄になるんじゃないかと思うと怖いの。
「(弱いな……私は……)」
今の私に、もう一度夢に足を踏み入れる勇気は無かった。
それでは次回もご期待ください。
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