「ねぇ、穂乃果ちゃん。生徒会長、今日も来てくれるかな?」
屋上でいつものようにストレッチを続けながら、ことりちゃんは疑問を投げ駆けてくる。確かにもう練習が始まる時間だというのに、生徒会長は姿を現さない。そしてことりちゃんの顔にはどこか懐疑的な色を浮かんでいるけど、もしかしてことりちゃんはまだ生徒会長を完全に信用していないのかな? まだ鉱芽さんの件、引きづっているのかな? でも私は……。
「来てくれるよ、きっと。信じよう!」
「……うんっ」
私は信じるって決めた。私たちの面倒を見てくれるって言った時の、あの人の目を信じてみたいと思った。だから私は自信を持ってことりちゃんに言葉を返す。ことりちゃんもそんな私につられてか、自然に顔を綻ばせて頷いてくれた。
丁度その時だった。屋上に続く扉から、見覚えのある金髪が、誰かに押されながら姿を現したのは。
「にゃんにゃにゃんにゃにゃ~ん」
「ちょ、ちょっと!?」
「全く……」
何故か上機嫌になって生徒会長を押してきたのは凛ちゃんだった。その後ろからは「やれやれ」といった感じで、真姫ちゃんが相変わらずの気だるそうな雰囲気を纏わり付かせながら歩いてきた。
ほらっ、やっぱり来てくれた!
「おはようございます!」
「まずは柔軟ですよねっ」
みんなも集まったことだし、早速私とことりちゃんは生徒会長に練習を始めるよう促しをかける。だけどそんな生徒会長は静かに私たちを見渡すと、ふと語り掛けるように尋ねてきた。
「辛くないの?」
「えっ?」
そして生徒会長は言葉を続ける。
昨日と全く同じ辛い練習をやるというのに、嫌にならないのか。その結果として、必ずしも上手くなるとは限らないというのに。そして──
「努力が無駄になるかも知れないのに、どうして続けられるの?」
最後に小さくそんな事を零した生徒会長。その時の顔は冷徹そのものだったけど、でも私にはそれがどこか自分に言い聞かせているように思えてしまった。その表情の意味は分からないし、多分考えても答えは出ないと思う。
だけど、生徒会長の今の質問には自信を持って答えることができる。そうだよね。この時のために聞いたんだよね、鉱芽さん。
「やりたいからです!」
「っ」
でもそれは多分、あの時鉱芽さんに聞かれなくても自然に言えた言葉だと思う。第一、口下手な私には海未ちゃんみたいに大それた言葉なんて出せない。だけど、私は自分が思った通りの言葉を素直に伝えられることができる。自分の気持ちを素直に届けることが出来る。鉱芽さんが言ってくれた通り、それは私の長所なんだと思う。
だから伝えたい。生徒会長に、私たちの想いを!
「確かに練習はすごくキツイです。身体中痛いです。でもっ、廃校を何とか阻止したいという思う気持ちは、生徒会長にも負けません!」
「……」
「私は、努力が無駄になることなんて考えてません。私たちは今やりたいことを、この一瞬一瞬を必死に楽しんでいます。好きな事を精一杯、最後までやりきりたいと思っています!」
「……っ」
「だから今日も、よろしくお願いします!」
そして私はもう一度、昨日のように生徒会長に頭を下げる。それに続いてみんなも生徒会長に頭を下げる。うん、言いきった。少し言葉が足りないかも知れないけど、これが今の私が伝えられる全部だ。これが私のやりたいことだ。だからこそ、自信を持って生徒会長に伝えることができた。
生徒会長にみんなの熱い想いが集中する中、彼女は一人思案するように顔を伏せる。
「……」
そして、生徒会長が出した答えは……。
────────────
時間的にはもう夕方だというのに、空は未だ青い。これも夏の所為かしらね。そんな中、私は一人学校から帰ろうと校門を抜けようとしたところだった。
「エ~リチっ」
「っ、希……」
待ち伏せでもしていたのか、校門の脇から希がひょいと飛び出してきた。全く、昨日に引き続いて今日もいなくなったと思えばこれだ。はぁ……聞かなくても分かるけど、多分一緒に帰ろうという算段なんでしょうね。珍しいこともあるものだと思いながらも、結局今日は希と共に帰路につくことにした。
「で、今日はどうやったん?」
「……最後まで面倒を見たわ」
歩きながらも、希は自然な流れで私に質問を投げ駆けてくる。私も少し間が開いてしまうが、一息ついてから静かに答えた。そう、結局あの後、私は彼女たちを最後まで指導した。指導を終えた後、直ぐに帰る支度をしてここにいるから、彼女たちはまだ学校の中だろう。まあ、昨日より少しキツめにやったから少しへばってるかも知れないけど。
でも、私が今日もあの子たちの面倒を見ようと思ってしまったのは……。
「眩しかったわ」
「えっ……?」
ふと零れるように漏らしてしまう言葉。もちろん希は聞き逃すことなく反応し、そしてその言葉に若干の驚愕が入っているように感じた。
「あの子たちがね、言ってたの。そもそも『努力が無駄になる事なんて考えてない』って。おかしいよね? 私、あの子たちにアレだけ言ったのに、まだ後先考えずに今を楽しんでいるもの……」
「エリチ……」
「だから多分、私もそれに付き合いたくなったのかもね……」
今でも思い出してしまう、あの子たちの笑顔。苦しい指導の中でも決して弱音を吐くこと無く、今やりたいことにひた向きになって頑張れるあの子たちを。
「私だって分かってたわ。理事長がどうして私の行動だけ認めなかったかって事くらい」
「……本当に?」
「ごめん、正確には最近気付いたってところかしら。私の行動はただの義務感からの行動。あの子たちはただの学園生活の一環。多分それだけの差。でもそれだけの差が理事長的にアウトだったのかもね。残り少ない学園生活をただ楽しんで欲しかっただけなのよね」
「……」
「……でも私は、あの子たちのようになれない。なれるなんて思えなかった……」
ああ、もうっ。あの子たちの事を思い出すだけでいろんな想いが溢れてきてしまう。
「希。私ね、実は一度夢を諦めたの」
「……え?」
それと同時に、今まで心の底に閉じ込めていた想いさえ口から出てきてしまう。でも関係ないわ。むしろ希には聞いてほしい。私の過去を。私の心を。
「私、バレエやってたでしょう? もちろんそれは自分が好きなことだったし、私もずっとバレエをやっていたいって思ってた。自分で言うのもアレだけど、周囲の人はみんな私を褒めてくれたし、自分もこのままバレエだけをやっていけるって思ってた」
「……」
「それでね、いろんなバレエのコンクールとか何度も受けたんだけど……結局全部落ちたの。上には上がいるって話よ」
「……それでエリチは……」
「ええ。『自分のやりたいこと』だけではどうにもならない、って事を思い知ったわ。だからバレエも諦めた。『好きな事だけをする』っていう事を諦めたの」
話はまだ途中だけど、ここで一旦息を付く。もちろんこれで終わりではない。私にとっては辛い思い出だけど、今はこの想いを吐きだしたくてたまらない気持ちだった。
「だからこそ、あの子たちがとても眩しく見えたの。自分のやりたいことを、それぞれが好きな事を頑張れるあの子たちが、どうしても羨ましく思えたの」
「それがエリチの本音?」
「ええ」
「じゃあ、やっぱりエリチがやりたいことって……」
「──でも勇気が無いの」
「えっ?」
「今更、あの子たちのように変わる勇気が無いの……」
そこまで言葉を続けて、ようやく私の口は動きを止まる。我ながらよく言葉が続いたなと思うも、そこから先はどうしても言葉が出てこない。いや、言いたくない。変わろうとする自分を見たくない。
自分の思いを吐露できたところで、結局私は変われないまま──弱いままだ。
そう、私は再び夢に触れるのが怖かっただけ。
もう一度やりたいことに目を向けるのが怖かっただけ。
あの子たちを認めたくなかったのは、今までの自分を否定してしまうから。
夢から逃げた自分が惨めに思えてしまうから。それだけの情けない話。
私という人間は、そんなどうしようもない臆病者だった。
「……っ……」
でも、もしそんな私を助けてくれる存在がいるのなら……。
こんな私を変えてくれる人がいるのなら……。
それはきっと……っ。
「……やって? ……鉱芽君」
「えっ……?」
急に彼の名を呼びながら振り返る希。それにつられて思わず私も振り返ると、なんと道の脇から葛木さんが姿を現した。彼の思わぬ登場に心臓が一瞬跳ね上がるような感覚に襲われる。もうそのくらい驚いてしまった。
そして葛木さんはというと、少し申し訳そうな表情を浮かべながらも、その眼はどこか温かかった。まるでこんな私をも包み込んでくれるような穏やかな眼差しだった。
「……よっ」
「葛木……さん……?」
……えっ、もしかして今の会話……全部聞かれてしまった……?
────────────
「……」
「……」
互いに横に並んで歩きながらも無言を通す俺と絵里。仕方ないとはいえ、この若干気まずい雰囲気はなんとかしなければならないな。
因みに希はというと、絵里を俺に託して一人音ノ木坂へと戻って行ってしまった。居てくれても良かったのにとは思ったものの、彼女は俺の事を信頼して絵里を任せてくれたのだ。それは嬉しく感じたし、ならばそれに応えられるように努力しようと思っていた。
「……それで、どう思ったの?」
そんな中、俺たちの間を流れる静寂を初めに破ったのは絵里だった。どう思ったか……先ほどの話を聞いてのことだろうな。
「うぅ〜ん、そうだな……スッキリしたかな」
「スッキリ……」
「絵里がどうしてμ'sを認められないか。その根端を知れたからな」
「そう……」
しかし絵里の反応は思った以上に薄い。ま、恐らく期待していた答えじゃなかったんだろうな。絵里の顔には若干の落胆の色が見てとれた。
でも俺が感じたのはそれだけではない。
「それとさ……似てるんだよな」
「似て、る……?」
「そ、俺にそっくり」
「私が? 葛木さんに?」
その言葉には絵里も軽く目を開く。そうだ。絵里は俺と似た部分を多く持ってる。義務感に縛られていた過去。そして夢を失ったこと。それに悩んでいるところが、昔の俺にそっくりだった。
逆にあの子とは──亮ちゃんとはまるで似てない。顔はそっくりでも、内側まで同じとはいかないようだ。
「俺もさ、その……諦めたもんとかあるしさ。分からないでもないんだ」
「諦めたこと……」
俺のその言葉に、絵里は神妙な顔つきになってこちらを見つめてくる。そう、俺にもあったさ。やりたいことくらい。でも今は……。
「でも、俺はそれで終わったわけじゃない」
「?」
「今は別にやりたいことがあるしな」
「別の?」
「そ。俺さ──っ!?」
言葉を続けようとしたその瞬間、とてつもない違和感と悪寒に襲われてしまう。
なんだこの違和感は?
何かがおかしい……。
「……葛木さん?」
「絵里、俺から離れるな」
声のトーンを落としてそう告げると、絵里は一瞬戸惑いを見せるも、俺の真剣な表情を見て何かを察し、俺の傍を歩こうとする。
「……どうしたの?」
「人がいない」
「ぁ……」
今現在は放課後だ。そしてその時間帯ならこの道に他に通行人が当たり前にいるはずだ。なのに今この通りには、俺と絵里以外に誰もいない。気配すら感じない。こんな不気味なこともそうあるまい。
そしてこれは、この数カ月ではっきりした因子に寄せられるクラックの性質と同じだ。
そもそも絵里やμ'sの中にあるヘルヘイムの因子は、俺やツバサの持つ因子とは根本的に違うらしい。
μ'sの中にあるヘルヘイムの因子。それはインベスやクラックを惹きつけるだけじゃない。そこに現れるクラックの周囲に他の要因を寄せ付けない効果も持っている。所謂「人払い」的な効果を持っているらしい。
だが、この性質事態は初めてことりと出会って以降すぐに気付いたし、その後も特に意識はしてこなかった。むしろ他の人が巻き込まれない分ありがたいとも思っていた。
しかし、いざこうしてその現場に立ち会ってみるとその異常さが際立つ。ここまで嫌な予感に襲われたことも無い。
このようにはっきりと前兆を感じ取れるというのも、以前にも増して自分の勘が鋭くなっていることの表れだろうか。
「……っ」
絵里の顔にはやはりというか不安の色が表れている。とにかく今は、絵里に危険が及ばないようしっかり守る事だけを考えなくてはならない。懐から戦極ドライバーを出して腰に巻き、いつでも変身できる準備だけはしておいた。とりあえず、これでいつ来ても大丈夫だ。
そんな風に気を引き締めて半ば早足で歩いていた時だった。
「っ、待って!」
急に声を荒げて俺を引き留める絵里に驚き、俺は立ち止まってしまう。見ると絵里の顔は先程とは違う、どこか思い詰めたような表情を浮かべていた。
「葛木さん、また戦うんでしょ?」
「うん、多分な」
「私のせい?」
「……」
その質問に対して否定も肯定もできず、俺は軽く沈黙してしまう。確かに今から発生するであろうクラックは絵里に惹かれたものなのだろうが……生憎俺はこんな時に嘘を付ける人間ではない。そして絵里もその反応から肯定の意志と判断したのか、少しだけ眉を顰めて哀愁漂う表情を見せる。
「私ってそんなに守られる価値のある人なの?」
「当たり前だろ」
一体何を思ってその発想に至ったのかは想像に度し難くないが、とりあえずその質問には即答させてもらう。今目の前にいるこの人間は、絶対に守る価値のある人だ。断言してもいい。だが、それでも絵里はなお声を荒げて反論してくる。
「こんなにどうしようもない臆病者なのに!?」
「関係ない」
「こんなに卑屈で、頑固でっ……何にも出来ないのにっ!?」
「そんな事はない。絶対に」
「無理よ……だって、私は……今更なりたいように変わるなんて出来ないのにっ!」
一度吹きだした感情は収まる事を知らず、どんどんと溢れ出してくる。絵里の叫びはだんだんと大きくなり、そして最後に一番の本音を曝け出した。
そんな絵里に対して俺は──
「諦めるなっ」
「えぇ?」
「人は変わる事ができる。ソイツに変わろうという意志があれば、絶対に」
「でもっ……」
しかしそれでも渋る絵里。そんな彼女に俺が伝えられる最高の言葉は……。
「『変身』だよっ、絵里」
『変身』──その言葉を聞いた瞬間、絵里の目が軽く見開かれる。何故ならその言葉は、俺が常日頃使っている言葉だからだ。
「変身? ……アナタみたいに……?」
「ああ、変身さ。今の自分を許せないのなら。新しい自分に変わればいい」
「今の自分を……許せないなら……」
「変わる事を恐れんなっ。俺にだって新しい『やりたいこと』を見つけられたんだ。絵里にも出来る。変身してさっ」
「変身……」
小さく、それでいてはっきりとその言葉を口にする絵里。胸に手を当て、さながらその言葉を胸に染み込ませているようにも感じる。今まで色々と誰かに影響を受けてきた俺だが、これに限っては誰からの受け売りではなく、紛れもない俺自身の言葉だ。これで少しは何かを感じてくれただろうか。
しかし、もう少し語ってやりたかったところだけど、今はそんな余裕はないようだ。
ギュィィィィ……
「っ!?」
ついに開かれるクラック。それも俺と絵里を挟み込むように二つもだ。まだ完全に開き切っていないが、これは下手すると長丁場になるかもしれない。クラックの向こうから聞こえてくる声が凄いんだもの。
だったら……。
「絵里、これ持っててくれ」
「え?」
そして俺は、戦極ドライバーの左側──丁度カッティングブレードの対に位置するところに存在する、鎧武の横顔が描かれた面に手を置き、その部分をドライバーから外しとる。「ライダーインジケータ」と呼ばれるこのフェイスプレートは、アーマードライダーへの変身を認証した事を示す表示板だ。このプレートを通すことで戦極ドライバーは生体認識を行い、俺を変身者と見なして鎧武に変化させる。
そして俺は、そのフェイスプレートを絵里に手渡した。
「お守り。終わるまで大事に持ってな」
「……ええっ」
それは暗に「帰ってくる」と「守りきる」の両方を示した言葉。絵里もそれが分かっているのか、小さく笑みを作って俺に返してくれた。それが俺に更なる力と勇気を引き出してくれる。
そして俺は懐から更なる機器を取り出す。それは戦極ドライバーの真ん中にとり付けられているドライブベイに近似している黒い機器。ロックシードを施錠するためのパーツが取り付けられた新たなユニット。
──ゲネシスコア。
そう呼称される拡張ユニットを、先ほどライダーインジケータを外した個所に取り付ける。しっかりと接続できた事を確認すると、俺は依然絵里に向き合ったまま、悠然と立ち構える。
そして──
ギュィィィィィィン
「「「ギシュゥァァァァア」」」
遂に完全に開き切ったクラックから、インベスが現れる。それも三体。そしてこれからどんどん増えていくだろう。だが、関係ない。そんなもの、誰かを守ろうとする者の前では無力だ。
「絵里、まずは見ておけよ。俺の変身」
そして俺は、
「ええ」
俺を信じようとする彼女の笑顔の前では、どんな数の敵も意味を成さない。
それをこの獣たちは知る事になるだろう。
次回! ラブライブ! ―果実の鎧武者―
鉱芽の取り出した新たなロックシードは……
『レモンエナジー』
……レモン!?
「俺にも夢があった」
戦いの中、絵里に語りかける鉱芽。
「今はこの力で、誰かの夢を守れる!」
そして姿を現す、新しい鎧武!
「変身!」
陣羽織をその身に纏い、赤き弓を携え、闇風さえ斬り裂く気高き射手。
『ジンバーレモン! ハハーッ!』
~第35話 乱舞!
「踊れ、絵里」
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ふとやりたくなった次回予告。次回は気合入れて書きますよぉ。
そんな次回、第35話をどうぞご期待ください。
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