ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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そろそろ執筆を始めてから半年です。早いものですね。
それでは今回もどうぞ。恐らく今までで一番長いです。

挿入歌:時の華 TV ver.


第35話 乱舞! 陣羽織の射手(ジンバーレモン)

「見ておけよ。俺の変身」

 

「ええ」

 

 

 インベスがクラックから姿を現し、今にも襲い掛かってくるかも知れないのに、葛木さんは落ち着いたまま私に向かい合い、その眼でじっとこちらを見つめてくる。それこそ、自分を見逃さないでくれと頼んでいるようにだ。そんな彼の真剣な表情に自然と安心と信頼感が湧き上がり、私は彼に頷いて笑顔を返す。

 彼もこちらに笑顔を見せると、懐から出した二つのロックシードをそれぞれ両手に持ち、顔の横で構える。一つは私が初めて彼に助けられた時と同じ、オレンジ。彼の好きなフルーツだ。そしてもう一つのロックシードは今まで見たのとは少し違い、フレームが水色のクリアパーツでできている。更にその表面に施されているのは「レモン」の浮彫だ。レモンか……ふと彼が私に作ってくれたパフェのことを思いだしてしまう。あの時に乗っていたのも確かレモンの輪切りだったっけ……。

 

 そして彼は、まるで私に語りかけるように静かにその言葉を唱えた。

 

 

「変身」

 

『オレンジ!』

 

『レモンエナジー』

 

 

 葛木さんが二つのロックシードを解錠した瞬間、彼の上空にクラックが二つ開き、そこからオレンジとレモンの果実を模した球体が降下してくる。その二種類のロックシードを彼はベルトにはめ込んだ。オレンジのロックシードをいつもと同じ真ん中のくぼみに。レモンのロックシードを先程付けた拡張ユニットに。そしてそのまま親指でそれらのロックシードを施錠する。

 

 そして辺りに響き渡る法螺貝の音色とロックのリズム。相反する二つのメロディのはずなのに、そのミックスがどこか心になじんで心地よい。

 

 そして最後に、ベルトにとり付けられている小さな刀でロックシードを切り開いた。

 

 

『ソイヤ!』

 

『ミックス!』

 

 

 上空でオレンジとレモンの二つの球体が重なった瞬間、果実を模したそれらは、全く別の黒い何かへと変化する。そこに果物の要素なんて無く、本当に鎧のようなフォルムだった。その鎧の球体が葛木さん目がけて降下していく。球体が頭部まで降りたその時、彼の身体に青いスーツが装着され、黒い球体は展開を始める。

 

 

『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

 

『ジンバーレモン! ハハーッ!』

 

 

 そして姿を現した新たな鎧。その姿は今までの果物をイメージしたものとは違い、更に武将らしい意匠を残したものだった。その証拠に今現在彼の纏っているそれは、時代劇などよく見る戦国武将が着る羽織り──陣羽織だったっけ? ──とにかく、それらしきものを身に纏っていた。

 

 

「……あっ」

 

 

 だけど、一つだけ以前のような果物っぽいところを発見した。その陣羽織に描かれている模様だ。そこにはレモンの輪切りがいくつも重なったような模様がデザインされていた。一見しただけでは気付かないかもしれないけど、私はその武将デザインの中の可愛らしさを見つけることができた。どうしてかしら……? もしかして、今まで彼がくれたレモンの所為……かしら?

 

 

「絵里。そこでじっとしてろよ」

 

「ええ……頑張って」

 

「おうっ。ここからは……俺のステージだ」

 

 

 そうして彼は踵を返し、インベスへと視線を向ける。

 

 そして、いつの間にやら右手に握られている「赤い弓」を肩にかけてゆっくり腰を下した瞬間──彼は走りだした!

 

 

「ッツァア!」

 

「「グリュゥゥアァァ!?」」

 

 

 一瞬何が起こったのか全然分からなかった。でも少し遅れた次の瞬間に、インベスが悲鳴を上げながら吹っ飛んでいる一瞬に私は何が起こったか悟る。彼は目にも止まらぬ速さでインベスに迫り、その「弓」で()()()()()んだ。弓で斬り裂くなんて意味の分からないことかもしれないけど、実際彼の弓には水色の刃が備え付けられていた。そう、あの弓はただの弓ではなく、剣にもなる武器なんだ。

 

 

「っはあぁ!」

 

「グルルルゥァ!」

 

 

 彼はふとこちらへ振る変えると、元から備え付けられている(弓と一体化している)矢を引き、こちらに──正確には私の背後へと向けて矢を射った。赤い弓から放たれたレモン色に光り輝く矢が、私の眼にはとても綺麗に映った。そして彼の放った矢は私の背後にいたインベスを的確に射抜き、インベスはほんの少し吹き飛ばされた後に呆気なく爆散してしまった。やはりあの弓は近距離から中距離、遠距離まであらゆる敵に対処できるみたいだ。

 

 

『ソイヤ! オレンジオーレ! ジンバーレモンオーレ!』

 

「ぅらあぁッ!」

 

「「イギュゥァアァァ!!」」

 

 

 そして再び振り向きベルトの小刀を操作すると、ベルトから電子音が鳴り響き、弓の刃部分が眩しくレモン色に輝いたかと思うと、そのまま目の前のインベス向けて刃を横に一閃する。それだけで二体のインベスは悲鳴を上げて爆散してしまう。早い、もう三体もやっつけちゃった。

 だけどそれで終わりではない。

 

 

「「「ギシュゥゥゥアァァ!!」」」

 

 

 クラックを通って更なるインベスが姿を現す。今度はコウモリみたいな見た目をしていたり、翼の生えたライオンだったりと、空を飛びそうな敵まで現れる。

 

 普通なら恐怖で腰を抜かしてしまう光景かも知れない。でも今の私は今までにない安心感に包まれている。それはきっと、今も私の眼の前で、必死で私を守ろうとしてくれている彼の存在があるから……彼がここにいるから私は……。

 

 

「絵里!」

 

「っ?」

 

 

 インベスへと矢を放ちながら大きく跳躍し、軽く宙返りしながら私の上空を通り越していく鉱芽さん。その間にも彼は空中から矢を何度も放ち、インベスを無に帰していく。そんな中だった。彼が私に語りかけてきたのは。

 

 

「俺にも夢があった」

 

「アナタの夢……?」

 

 

 戦闘中にも関わらず、彼は口を動かしてこちらへと語り掛けてくる。きっと大事な事なんだろう。だから私は彼の話を聞き逃さないように必死に彼を目で追い、そして耳を凝らした。

 

 

「そうっ! 実は俺さ、教師になりたかったんだ。先生にっ!」

 

 

 そして彼が口にするかつての夢。きっとそれが彼が諦めたという夢の事なんだ。そして諦めた原因っていうのもやっぱり……。

 

 

「だけど今さっ! こんなんっ……じゃん! だからっ……ゥラァ! ……色々諦めざるを得なかったわけ!」

 

 

 一体一体確実に斬り伏せながらも私に話してくれる彼の辛い記憶。そうよね。こんなに毎日が大変なんじゃ、教師になる勉強なんて出来やしないわよ。だから彼は人を守るという使命のために、自分の夢を諦めた……。

 

 

「でもっ!」

 

「っ?」

 

「今はこの力で、誰かの夢を守れる! 今なら、俺の目の前でっ、誰かが夢を諦めずに済むんだ!」

 

「葛木さん……」

 

「それが、すっごく……嬉しいっ!」

 

 

 それが一度夢を諦めた彼が、今やりたいと思っている事。そうか、彼は自分のすべきことを使命だと思っていなかったんだ。むしろ、その力を振るって誰かを守る事が、今の彼の「やりたいこと」なんだっ。

 

 もしかして、彼の言った新しい自分への変身、ってこういう事なのかな? 私にも新しいやりたいことを見つけて、そして、新しいステージへと飛び立てって……。

 

 

「グルォォオォォオオオ!!」

 

「!?」

 

 

 彼がクラックから現れるインベスを次々斬り倒し、または撃ち抜いていく中、クラックからまた新たなインベスが姿を現す。しかし今度はその大きさが異常だ。全長15mはあるだろうかという巨大な龍がそこで浮遊していた。そのあまりの大きさに私はつい息を飲んでしまう。

 

 

「っ……絵里」

 

「……葛木さん……」

 

 

 だけどそんな恐れも、目の前に降り立った葛木さんの背中を見た途端に吹き飛んでしまう。

 

 彼が私を救ってくれる。

 

 すごいなぁ……近くにいるだけでこんなに安心できるなんて……。

 

 こんなにも……心が温かくなるなんて……。

 

 

「踊れ、絵里」

 

「えっ……」

 

 

 そんな中、ふと葛木さんはそんな事を言いだした。踊れって……私が……?

 

 

「お前はまだ踊れる。笑顔になれる。そして誰かを笑顔にできるんだ」

 

「私が……まだ踊れる?」

 

 

 ああ、どうして彼はこんな事を言ってくれるんだろう……。

 

 

「だからさ、見せてくれよっ。変身して、踊って笑顔を見せてくれるお前をさっ」

 

「どうして、そんな……っ」

 

 

 どうして彼はこんなにも、私の欲しい言葉をくれるのだろう……。

 

 

「今はただっ、絵里の笑顔が見たいだけだ!」

 

『ソイヤ! オレンジスカッシュ!』

 

『レモンエナジー!』

 

 

 その時の彼の表情は仮面に隠れて見えなかったけど、どうしてか私にはその顔が笑っているように見えた。きっと彼はいつだって人を守るため、笑顔を守るためにこうして戦っている。そこに彼の笑顔なんてないはずだ。笑う事なんてできないはずだ。だけど、それでも彼が私に笑いかけてくれたのは……私にも笑ってほしかったから……なのよね。あの時、バレエを心から楽しんでいた時のように……。

 

 そしていつの間にかレモンのロックシードを弓に装填していた彼は、その弓矢を目の前の龍へ向けると、その切っ先に溜めに溜めこんだ膨大なエネルギーを解き放った。彼と龍の間にはレモンとオレンジの輪切りを模した層が交互に何層にも連なって出現し、さながら龍へと伝わる道筋のようだった。

 

 

「ぁ……レモン……」

 

 

 その光景を見て思い出されるのは、またもやあの時のパフェや彼から貰ったレモン菓子だった。その時の情景が記憶の底から湧き上がり、思わず呟いてしまう。今となっては、あれも忘れがたい大事な記憶だった。

 

 ──ああ、私って気付かないうちに……こんなにも彼に入れ込んでいたんだ……。

 

 そして放たれた一筋の矢は次々とオレンジとレモンの層を貫いていくと、最後には吸い込まれるようにして龍の身体を貫いていき、龍は堪らず爆散してしまった。

 

 

 ギュィィィィィィィィン

 

 

 それと同時に開かれた二つのクラックの内の一つが閉じられる。これであと一つだ。

 

 

「グルルルォォォォ!」

 

 

 眼前を見れば敵は残り一体だった。それはいつか私が傷を負わされたヤギのインベスだ。だけど、もう私は恐れることはない。だってここには彼がいるから。私を守ろうとする、最強の武者がいるから。

 

 そして、きっと次の攻撃で肩が付くから……。

 

 

『ソイヤ! オレンジスカッシュ! ジンバーレモンスカッシュ!』

 

 

 彼はレモンのロックシードを弓矢からベルトに戻して施錠すると、直ぐにベルトに備えられている小刀を操作して必殺技を発動させる。そして──

 

 

「ライダーキック」

 

 

 私の隣でそう小さく呟く葛木さん。その言葉の意味は分からないけど。きっと彼にとって大きな意味を持つ言葉なんだと自然と感じられた。

 

 

「はぁッ!」

 

「グギュア!?」

 

 

 そして大きく跳躍したと思えば、彼はインベス向けて矢を放った。しかしそれは攻撃のための一矢ではない。その矢が通り過ぎた後には、オレンジとレモンの輪切りの層が何層にも連なって出現する。先程の龍を倒したそれと同じく、敵へと向かう一筋の道のように。

 その光景に一瞬たじろぐインベスだけど、もう全てが遅かった。私の目に映るのは、右足を付きだしてオレンジとレモンの層を突き破りながら、一直線にインベスへと迫りゆく鎧武者の勇姿だった。

 

 

「セイハアアアアァァァァァア!!」

 

「グリュゥゥアァァァァァ!!」

 

 

 彼の跳び蹴りがインベスの身体を大きく吹き飛ばした瞬間、インベスは悲鳴と共に爆炎の中へと姿を消した。

 

 

 ギュィィィィィィン

 

 

 それと同時にもう一つのクラックも閉じる。

 

 終わったんだ……。

 

 葛木さんはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくると、私の目の前で変身を解いた。

 

 

「ふぅ……で、どうよ。カッコよかったか?」

 

 

 腰に両手を当て、少し得意気に聞いてくる葛木さん。そんな彼が眩しく、そして愛おしく感じてしまった。

 

 

「ええ……可愛いレモンね」

 

「ありゃ……?」

 

 

 なんて私が返すと、彼は腕を組み始めてぶつぶつと何かを考え始めた。ところどころ「これも可愛いかぁ」なんて呟き聞こえてくるけど、今となってはそんな彼の挙動の一つ一つがとても愛おしく感じる。

 

 

 ああ、やっぱり私は……

 

 彼の事が……

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 インベスも全て片づけ、絵里とこうして話していたわけだが……う~ん……やっぱジンバーでも可愛いかぁ……どうしよう、もうカッコいいのなんて()ぇぞ。以前穂乃果に「可愛い」って言われて以来考えていたけど、ジンバー以上に武将っぽいアームズとか無いもんな…………いや、()()ならもしかして……っていやいやいやいやっ、()()は使わないでおこう。ってか使いたくない。()()()の力なんてどうなるか分かったもんじゃないしな。

 

 

「……葛木さん」

 

 

 そんな風に俺が一人思案に入り込んでいる中、絵里から声がかかるが……そうだな……以前は拒否されたけど今なら大丈夫かな?

 

 

「ノンノン。『鉱芽』」

 

「え?」

 

「だから『鉱芽』。そろそろ名前で呼んでくれよ。なっ?」

 

「ぅえっ!? ……ぇ……ぇぇ……」

 

 

 俺がそう提案するや否や、絵里の顔はみるみると赤く染まっていく。それはもう面白いくらいに。両手で口を覆って、いかにもといった感じに不自然にオロオロとしだす絵里。多分、今は自分の空間の中に浸っているのではないだろうか……。その挙動が可愛らしくてもう少し見ていたくなるが、流石に話が進まないので彼女には現実に戻ってきてもらおう。

 

 

「絵里……エリーッ?」

 

「っ、ご、ごめん……その……こ……」

 

「ん?」

 

「…………こっ……こう、が……っ」

 

 

 所々視線を外しながら、しどろもどろになりながらも、絵里は俺の名を呼んでくれた。恥ずかしさで顔が赤く染まりながらも、最後には俺の目を見てくれた。そんな彼女の健気な姿に、俺もつい笑みを浮かべてしまう。

 

 

「おうっ、絵里」

 

「っ! …………鉱芽!」

 

 

 俺の反応にあからさまにパァッと明るくなった絵里は、嬉しさからか先ほどよりも声を高らかに俺の名を呼ぶ。そんな彼女の振る舞いにこちらまで嬉しくなってしまう。

 

 

「……ははっ──」

 

「うっふふふ──」

 

 

 本当、何やってんだろうか俺たちは。こんな恋人みたいに名前を呼び合ってよ。でもそれが可笑しく感じてしまい、俺も絵里も耐えきれずつい笑い出してしまう。

 

 ……あっ、今の絵里、今までで一番の笑顔だったかも。

 

 ま、本人は笑うのに夢中だし、触れずに放っておくか。

 

 

「あ、そうだ。鉱芽、これ……」

 

「ん……あぁ、ありがとう」

 

 

 笑いが治った絵里は思い出したように、両手に握られていたそれを俺に渡す。先ほど俺が変身する前に彼女に預けたフェイスプレートだ。

 実を言うと俺も半分忘れかけていた。いやぁ危ねぇ、これがなかったらオレンジに変身できないもんな。

 

 

「ん?」

 

 

 その時、俺の異常な聴覚は遠くから近づいてくる複数の声を聞き取った。これは……。

 

 

「……絵里」

 

「何かしら?」

 

「見つけられそうか? 自分のやりたいこと」

 

 

 せっかく腹を割って語ったんだ。絵里にもそろそろ答えを出してほしい。そう思って尋ねると、絵里は口元を緩ませながらもどこか申し訳なさそうな表情を浮かび上がらせた。

 

 

「ええ、あるにはあるわ。私のやりたいこと。でも──」

 

「受け入れられる訳ないってか?」

 

「……ええ」

 

 

 何を、とは聞かない。誰に、とも聞かない。そんなこと分かりきってる。きっと今も絵里が考えているのは、自分が思わず憧れてしまったアイツ等の姿だ。

 

 でもな、絵里……。

 

 

「そんなこと無いと思うぜ? ほら」

 

「えっ……!?」

 

 

 俺が絵里の後方を指差すと、絵里もそれにつられて振り返る。するとそこにある光景に絵里は目を見開き、口を半開きにしたまま固まってしまう。無理もない。何せ絵里が見たものは──彼女に向かって走ってきている者たちは……。

 

 

 

 

 

 

「鉱芽さん! 生徒会長!」

 

「あ、アナタたち……」

 

 

 赤く染まり出した空を背景に、穂乃果たちμ'sが手を振りながらこちらへと駆けてきていた。それによく見れば後ろには希もいる。なるほどな、そういう訳か、希。

 

 そして絵里の眼前に集うμ'sのメンバー。呆気に取られる絵里を前にして最初に言葉を発したのは、やはり穂乃果だった。

 

 

「生徒会長……いえ、絵里先輩」

 

「っ、何……?」

 

 

 何を言われるのか分かっていないであろう絵里は、目の前の少女から発せられる言葉に半ば警戒するように心を固める。だけど、そんな必要はない。だって穂乃果が言おうとしているのは、拒絶の言葉なんかじゃないから。変わろうとする人を受け入れてくれる言葉だから。

 

 穂乃果はこれ以上ないというような眩しい笑顔を浮かべ、絵里に言い放った。

 

 

「μ'sに入ってください!」

 

「ぇ……」

 

 

 やはり予想外の言葉だったのか、絵里は一瞬言葉を失ってしまう。そして穂乃果は笑顔を保ったまま、絵里にその手を差し伸べる。

 

 

「一緒にμ'sで歌って……踊ってほしいです。スクールアイドルとしてっ!」

 

「……ぁ……」

 

 

 まさか、今まで散々彼女達を邪魔してきた自分に、こんな風に手を差し伸べられると思っていなかったのだろう。絵里の顔からは信じられないという気持ちと、それを素直に受け取っていいのかと困惑している気持ちが簡単に見て取れた。

 

 

「……なんで、アナタたち……だって私は……」

 

「さっき希先輩から聞きました」

 

「えっ……」

 

「やりたいなら素直に言いなさいよぉ」

 

 

 今までの自分を振り返って未だ渋る絵里に、海未ちゃんとニコは畳みかけるように誘いをかける。ああ、やっぱ希が全部話したんだな。さっきの話も含めて、絵里の夢、そしてやりたいことを。だから彼女達はこんなところまで駆け付けて……。

 

 

「……アナタたちはいいの……それで……?」

 

「やってみればいいやん?」

 

「っ……」

 

「エリチにはもう自分のやりたいこと、わかってるんやろ?」

 

 

 希の問いかけに対して、絵里は何も言えなくなる。そのまま希が話すと思いきや、それに続けて穂乃果が言葉をつなげた。

 

 

「絵里先輩。私思うんです。本当にやりたいことって、特に理由なんかなくても始められるものだって」

 

「理由……」

 

「はいっ。やりたいことをするのに遅すぎることなんてないです。だからっ、今からでも! 私たちと一緒に……ステージに立ってほしいです! 絵里先輩!」

 

「……っ……」

 

 

 そんな穂乃果の心からの笑顔に心動かされたのか、絵里の瞳が輝き、揺れ動く。そうだよ、絵里。遅すぎることなんかない。お前は今からでも……自分がやりたいことに手を伸ばせるはずだ。

 

 

「絵里」

 

 

 俺は優しく絵里の肩に手を乗せる。彼女は軽く振り向いて俺の方を一瞥すると、直ぐに穂乃果へと視線を戻す。彼女の目の前には差し伸べられている穂乃果の右手。あれを掴めば、お前は飛び立てる。昨日までの自分じゃない、新しい自分に変われるんだ。

 

 だから……絵里っ。

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 

 

 

「……わ……」

 

 

 

 

 

 

「私も……一緒、に……っ」

 

 

 そして絵里は……その手を掴んだ。

 

 

「(絵里……)」

 

 

 彼女の真っ白に透き通った綺麗な手は、今この瞬間、μ'sと手を繋いだのだ。

 

 

「絵里先輩……っ」

 

 

 絵里を見つめる穂乃果の目はキラキラと眩しく輝く。穂乃果の嬉しそうな声が、その感情を明確にこちらに伝えてくる。それ程までに嬉しいのだろう。絵里がμ'sに入ったことが。彼女が自分に素直になれたことが。

 

 そして穂乃果と同様に絵里の瞳もまた、光が灯ったように煌めいていた。

 

 

「これで8人……っ」

 

 

 ことりが嬉しそうにμ'sのメンバーが増えた事を喜んでいるが、ここで少し訂正を加えさせてもらおう。

 

 

「いいや。9人だ」

 

「「「えぇっ?」」」

 

 

 案の定、俺を除くほぼ全員が目を見開いてこちらに視線を向けてくる。ま、いきなりそう言われたらビックリするよなぁ。だけどこれを言うなら今しかない。今こそ、言うべきことだから……。

 

 そして俺は少し歩を進めて、彼女の──希の前までたどり着く。

 

 

「──希も入れてな」

 

「「「ええぇっ!?」」」

 

 

 またもや、今度は先程よりも音量が大きくなった驚愕の声が響き渡る。そうだよな、この時のために今まで黙っていたんだからな。

 

 という訳で、ネタバラシといってみようか。

 

 

「そもそもμ'sって名前自体、希が付けたもんだしな。なっ、希」

 

「うっふふ、そうやね」

 

「ええっ!? 希先輩がっ……」

 

「うん。占いで出てたんや。このグループは9人になった時、未来が開けるって」

 

「だからつけたそうだ。『9人の歌の女神』=『μ's(ミューズ)』ってな」

 

 

 なんか最後だけいいところ取っちゃった気がするけど、まあいいか。そんな衝撃の新事実にμ's一同は騒然として異様な盛り上がりを見せる。仕舞いには希すら巻き込んでてんやわんやし、なんだかよく分からん感じになってしまってる。しかし当の希はというと相変わらず持ち前のペースを崩さないままだ。はぁ……相変わらず余裕だなぁ、希は。

 

 

「呆れた……いつから知ってたの? 鉱芽は」

 

「わーりと初めっから」

 

 

 そんな騒ぎ立てるμ'sを尻目に絵里からの質問に答えるも、絵里もそれだけ聞くと「困った人ね」と言いたげな表情で溜息をつく。なんか悪いな、お前の知らないところでひそひそと話を進めててさ。ま、実はそれだけじゃないんだけどねぇ……。

 

 そんな中、希と話していた穂乃果が急に声を荒げてこちらに詰め寄ってきた。

 

 

「あっ、でも鉱芽さん! オープンキャンパスまでもう二週間無いよっ! ダンスを教えてくれた絵里先輩はともかく、希先輩は今からだと大変なんじゃ……」

 

 

 あぁ~、やっぱりそのことね。ってか何気に酷いな、穂乃果。だけど、確かに普通なら難しい話だろう。二週間でみんなと同じレベルまで上げて同じダンスを踊るなんて。

 でもそれは「今から始めたら」の話だ。

 

 

「そんな事ないよ、穂乃果ちゃん」

 

「えっ?」

 

「実はな、ここ数日希も密かにダンスレッスンしてたんだよ。俺の指導の元な」

 

「「えぇぇぇっ」」

 

 

 ここ最近希がすぐに下校を始めたのも、全部俺との個別レッスンのためだ。そのために昨日は練習帰りに絵里と鉢合わせしたんだがな。更に言うなら、その前の土日だって彼女はダンスの練習をしていた。それもこれも全部、絵里がμ'sに入る事を見越しての事だ。全く、希の占いにはほとほと驚かされるよ。それに、希のダンスのポテンシャルがあそこまで高かったのも意外だった。アレがなければもう少し練習が難航していたかもしれないし。

 

 そして辺りではもう何度目かになるか分からない驚きの声が響き渡る。あぁ……これは俺も面倒に巻き込まれる感じかな……?

 

 

「ちょっと鉱芽、個別指導ってどういう事っ?」

 

「そうですよっ。それと鉱芽さん! 全部知っていたのに黙ってたなんてひどいです!」

 

「あーあーあー! 分かった! 悪かったから! ごめんって!」

 

 

 はぁ、やっぱりこうなるのね。真姫とことりから異様に責め立てられ、殆ど投げやりな感じで謝りだす。なーんか年上の威厳ねぇなチクショー……。

 

 

「っふっ、あっはははっ」

 

「──ふぅ……(よかったな……絵里)」

 

 

 だけど、そんなやかましい空気の中でも目に入った絵里の笑顔。それは今までのような荷を詰めて無理矢理作った顔ではなく、心からの笑顔。それが見られただけでも、今日のところは万々歳としておきますか。

 

 

「よぉーっし! じゃあ、9人になって完成したμ's、心を一つにして頑張るぞぉー!」

 

「「「おぉー!!」」」

 

 

 今日、μ'sは晴れて9人となった。

 

 ファーストライブから約2カ月と、遅いのか早いのか分からないが、それでも希が信じた全員が今ここに揃った。

 

 今、俺の目の前には、自分のやりたいことに全力で取り組める少女たちがいる。

 

 絵里が──いや、俺が見たいと思ったものを見せてくれるかもしれない女神たちがいる。

 

 俺にできるのは彼女たちの指導。それと、彼女たちが夢を諦めることのないよう支えていく事だ。

 

 彼女たちに振りかかる火の子は、俺がこれからも全力で振り払ってやるっ。

 

 

「(俺も、頑張らねぇとな……)」

 

 

 描いていた理想と希望が出会った彼女たちを、俺は守り抜く。

 

 それを今日、この場で改めて誓った。




遂に絵里と希が加入し、μ'sが9人揃いました。いやぁ~長かった……。
実は今回のお話(乱舞しながら絵里に語る鎧武ジンバーレモン)は、連載当初からやりたかったシーンの内の一つなので、今回無事に投稿できて本当によかったです。

それでは次回もご期待ください。

評価、感想もお待ちしております。
っていうか、これで感想来なかったら泣くっ。
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