それでは今回もどうぞ。
再びクラックが開き始めてから早十日。俺が想定していたよりもクラックの開く頻度は少なく、インベスも最初のヤツを含めてまだ4体しか現れていない。実は俺の知らないところで──とかそんな事は起こってほしくないのだが今のところそれはないだろう。昔も今も、クラックが出現するのはこの町だけだ。それが一番の不幸中の幸いというやつだろうか。もし世界中でクラックなんて開いたら手に余るとかそんなレベルじゃない。はっきり言って絶望だ。だからこそ、不謹慎とはいえ俺の手が届くこの町の中でクラックが開くことに、少なからず安堵はしている。
実は今先ほどもインベスを一体倒してきたところだ。今回は果実を取り込んだ上級インベスが相手だったが、今更あの程度に
なんて軽くフラグっぽいこと考えながら歩いていると、赤くなり始めた空を背景に見知った赤毛の少女の後ろ姿が見えた。あれはもしかして……。
「おーい! 真姫ぃー!」
「う"ぇっ!?」
俺が彼女の名を呼ぶと、彼女は奇妙な叫び声をあげて跳ね上がった。驚きで肩が上がった姿勢のまま、彼女の体は時が止まったかのように動かなくなっていた。
うーん……どうにか振り向いてくれないものかねぇ?
「まーきちゃん」
「き、聞こえてるわよぉ! だからもう叫ばないでっ! 恥ずかしいでしょ!?」
そうして彼女──
「いや、悪いな。けど会うのは久しぶりだな。元気してたか?」
「絶対悪いって思ってないでしょ。まあ……久しぶり。この通り、一応健康よ」
相も変わらずツンケンした態度で接してくる真姫。冷たい態度に見えるが、実は人と接するのが苦手なだけの女の子だ。俺としてはこの人慣れしていない姿がどこか愛らしく感じているんだよな。
「そっか、そりゃなにより。学校帰りか?」
「そうよ。見て分からないの?」
「いーや、確認取っただけ」
「全く……で、何よ。何か用でもあるんじゃないの?」
久しぶりに会ったにも関わらずこの冷たい反応──いや、寧ろ久しぶりならこれが普通なのか?
「べっつにー。久しぶりに真姫ちゃん見かけたから声掛けただけだもーん」
「何それ。っていうか気持ち悪いわよ、その話し方」
うん、自覚している。
「まあまあ。折角だから家まで送り届けようか?」
ってこれじゃあただのナンパじゃねぇか。少し言葉を選べばよかった。世話になった院長に顔出しがてら──とか頭に付け加えればよかったかな?
「……じゃあ……お願いするわ……」
What's? 今なんと?
「わぁお、驚いた。あの真姫ちゃんが素直にそんな事聞き入れるなんて……」
「失礼ね。これでも一応……その……あ、ある程度は親しく思ってるわよっ……鉱芽の事」
またもや顔を赤くしながら、くるくると横髪をいじくりながらそう返す真姫。ありがとうな。でも真姫が俺の事を親しく思ってくれてるのはちゃんと知ってたよ。ただ、あの真姫が男の俺にそういう事を言ってくれるとは思いもしなかった。基本的に素直になれないのが彼女の短所であり魅力(俺談)ではあるが、そんな娘がこうも素直に来ると少しドキッとしてしまう。
ことりの件といい、俺って意外とチョロイのかな? ちょっと凹むわ。
「ありがと。じゃ、行くか。真姫」
「はいはい」
そして俺は真姫の隣を歩きだす。その際、真姫に道路の脇の方を歩かせるよう意識しておく。これ、男なら最低限実行すべきマナーだぞ。覚えとけ。
「……」
「……」
歩き始めてから既に5分。これといって会話はなかった。互いに景色を見ながら静かに歩いているだけだ。
俺としては問題はないんだけどな。話そうと思えばいつでも話せるもん、俺は。
「ねえ」
しかし、先にその沈黙を破ったのは真姫の方だった。
「ん?」
「……何も聞かないの?」
「んー?」
「っ。だからっ、『何か話したいことでもあるのか?』とか聞かないの? さっきからそういう空気出してたでしょ。気付かないのっ?」
「ごめん、知ってた」
「はあっ!?」
「いや、真姫なら自分から聞いてくるんじゃないないかなぁ……ってね。ごめんごめん。そんな目で見ないでよ」
実は先程から真姫が話したそうな雰囲気を醸し出しているのは分かっていた。けどあえて真姫が自分から切り出すのを待っていたのだ。理由は、真姫のコミュ障改善……ごめんなさい嘘です。本当は真姫の困る表情が見たかったからです、ハイ。だって可愛いもの。
そういう事考えてるあたり、Sの属性あるかもな俺。
もちろん、男はこんな事しちゃあいけませんよ。
「もうっ……バカッ」
「本当にごめんって。で、俺に聞いてほしい事あるんでしょ?」
「……なんか釈然としないけど、いいわ。じゃあ聞かせてあげるわ」
なんで上から目線なんだよ、とは心の中でツッコんでおく。そうして真姫は今自分が置かれている現状を話してくれた。
それで、真姫の話をまとめるとこうだ。
曰く、通っている高校が廃校になるとの事。いきなりハードなんですが……。
その廃校を止めるべく、新たにスクールアイドルを発足した人がいたらしい。すげえな、そいつの行動力。
しかし人に見てもらうには、最低限オリジナル曲で踊る必要がある。でも作曲できる人なんて周りにはいない、と。
すると偶然、音楽室で楽曲を弾き語りしていた真姫に遭遇。ああ……。
そして、真姫に作曲の依頼をした。だろうな。
真姫が悩む。というわけだ。
なるほどなるほど、うん、なんだろ……予定調和すぎてむしろ笑いさえ出てくる。
「って、笑う事じゃないでしょ。こっちは真剣なのよ」
「いやあ、ごめんごめん」
なんか今日の俺謝ってばっかだなぁ。けどせっかく真姫が話してくれたんだからな。なにかしらアドバイスでもしなくちゃあな。
「なあ真姫。今、そのスクールアイドルのために作曲するかどうか悩んでんだろ?」
「悩むっていうか、そうね……私も目指すべきところがあるていうか、私の音楽はもう終わってるっていうか、その、だから……曲を提供するってのが……なんか……ゴニョゴニョ……」
気だるそうに語る言葉がだんだんと尻すぼみになっていく真姫。それはそれで愛らしいが、なるほど、これはアレか。素直になれない彼女の性格の面倒くさい部分が邪魔しちゃってる感じだよな。
「ってことは、少なからず曲を提供したい──協力したいって思ってるってことじゃん」
「っ。そんな、私は別に──」
「真姫」
きっと彼女の本心は協力したいのだろう。それでも渋る彼女に対して俺は一旦立ち止まり、真剣な表情で彼女に迫る。
「お前は、お前のやりたいことをやればいい。真姫には分かってるはずだろ? 自分の気持ちが」
「……」
「だったら自分に嘘ついちゃだめだ。勉強も大事だろうよ。でも真姫はそれだけじゃないだろ? 今の真姫なら、自分のしたいことをいっぱいできるんだ。真姫が本当にしたいことを」
「私が本当にしたいこと……」
「そう。俺は……できなかったからな。その分、真姫には後悔してほしくない。協力したいんだろ? そいつ等に」
きっと真姫の本心はそこにある。しかし真姫の表情は一向に明るくならない。寧ろ何かを思い出して更に暗い表情を浮かべていた。
……そっか。
きっと“あの日の事”が未だに頭から離れないんだろう。俺自身もトラウマになっているあの時の……。
「……そう……だけど……でもっ、私はっ!
──瞬間、真姫の脳裏に浮かぶのは一人の女性の面影。そして泣き叫び悶え苦しむ男の姿──
「真姫!」
「っ!」
案の定、真姫から発せられるのは何かに追われるように焦りを感じている痛切な声だった。真姫が何を思ってそんなに声をあげたのかは分かる。けどそれは、もう真姫には関係ない。今の真姫はあの時の悲劇で──俺が未熟だったせいで心の余裕を失っているだけだ。
「何焦ってんだよ。もうお前が“森”の事で悩む必要なんてない。だから、もっと心に余裕を持て!」
「でも鉱芽……」
「頼むから、もう俺の目の前で自分の気持ちを裏切らないでくれ……頼むから……っ」
心底情けないことに、今は泣き落としという手に頼るしかなかった。何せ俺自身完全に乗り超えたとは言えないのだ。あの日のことは。言葉で今の真姫を説得するのは難しい。
「……悪かったわ」
「分かればよろしい」
「ええ、ありがと…………あの、作曲の件、やってみようと思う」
「おお、そうか。そりゃよかった」
よかった。これでまた一匹、迷える子羊を導いたわけだ俺は(泣き落としの癖に何言ってんだと)。なんて無理やり先ほどのシリアスをぶち壊すように馬鹿な事を考えてるうちに、周りの家々と比べて一段と目立った大きな豪邸──西木野邸にたどり着いた。
「じゃあな真姫。お前はもう俺の戦いの
「は、華ってアンタねぇ……」
「はは、いいじゃんか。自分の人生に俯くなよ、顔を上げろ。どこまでも曲げることなく、自分の信じた道を行け」
「もちろん。頑張ってみるわ……ねえ、今の言葉って何かの詩?」
「ああ~バレたか。最後にかっこよく決めたかったんだけどなぁ」
「……カッコいいわよ。アナタの生き方は十分に」
「……そっか……ありがと……じゃあな、また! バイバイ!」
「さよなら。また会いましょ」
俺は真姫と別れるとそのまま走り出した。
照れ臭かった。
嬉しかった。
俺の生き方を褒めてくれて。
俺を認めてくれて。
それだけで明日からも戦えそうだった。
だからゴメン、真姫。俺、お前に嘘ついた。森の浸食がまた始まった──というより再開した。なのに俺はお前に日常に戻るように言ってしまった。いや、これでいいんだ。
もし怪我したら今度は別の病院にでも行けばいいか。どうせ忘れるんだし……。
──────────―
私は走っていく彼の背中を見えなくなるまでずっと眺めていた。鉱芽は最後までこちらを振り返ることなく、わき目も振らず真っ直ぐ走っていった。
「……バカ」
ねえ鉱芽。私達ってそんなに長い事一緒にいたわけじゃないけど、それでも鉱芽のちょっとした挙動くらい分かるわよ。
「なんでいつも独りで突き進むのよ……少しは頼りなさいよ」
本当になんとなくだけど、鉱芽がまた何か厄介な事になっているとは感じた。多分隠し通すつもりだったんだろうけど、最後の最後でボロを出したわね鉱芽。
それでも鉱芽の言うとおりに作曲を──自分のしたい事をしようと思ったのは、鉱芽のあの顔の所為だ。ホント卑怯よ、あそこで泣き落としなんて。でも分かっていても結局逆らえずに負けてしまうのは──
「──惚れた弱みってやつかしらね……」
ああ、本っ当、意味分かんない。
ラブライバーは鎧武の「時の華」を
鎧武ファンはμ'sの「だってだって噫無情」を
それぞれ聞き比べてみてはどうでしょうか?
新しい発見があるかもしれませんよ?
あと、過去話はいつかちゃんと描く予定ですのでご安心を。