「小春巻」という名で適当に近況や執筆状況などを呟いていこうと思うので、よろしくお願いします。
それでは今回もどうぞ。
鉱芽の言葉にかっとなった絵里が彼に手を出してから、しばらくの間重い沈黙が続く。絵里の気持ちが分からないわけではない。いや、むしろ私だって気持ち的には絵里と同じ位置に立ちたいと思っている。人間だったあの子を鉱芽に救ってほしいという気持ちは痛いほど理解出来る。
だけど、私は鉱芽を責める気にはなれなかった。まず一つに、彼の判断は残念ながら正しいと言わざるを得ない点がある。もしこのままあのインベスを放っておけば、確実に被害は広がる一方だ。さっきの光景を見る限り……確実にあの子の意志は死んでしまっているとみていいだろう。
そして何よりよ……今の彼を責めたって、それは今更過ぎる。今まで一体どれだけのインベスの命を奪ってきたと思ってるの……。今まで……どれだけ自分の心を殺し続けてきたか知ってるの? そんな鉱芽の心の闇を知っている私だからこそ、今の鉱芽の行動を非難することなんて出来なかった。
「……っ、そうだ、ユウゴ……っ!」
そんな中、ふと誰かの名前を呟く鉱芽。ユウゴ……どこかで聞いたことがあるような名だったけど、どこだったかしら……? でも恐らく、インベスになってしまったあの子の身内の人間なんだろう。鉱芽の焦り様から少なくともそれは判断できた。
そして鉱芽は私たちに何も言わず、自分が乗ってきたバイクに再び跨り、颯爽とこの場から去っていってしまう。
「っ、待って鉱芽!」
「絵里、私たちもっ」
「え、ええっ」
きっとあの子の──裕太君の行先を彼は掴んだんだ。そして確かあの子の家は……っ! そうだ思い出したわ。
「『ゆうゆう』よっ」
「っ? それって、裕太君の家のお店……? それが何よ」
「あのイン……裕太君は、きっとそのお店に向かってるのよっ。だから鉱芽もそこに向かってるはず」
「っ……ねぇ、真姫。あなた……どこまで知ってるの?」
思い出した……ユウゴ──それはあの子のお兄さんの名前だ。急いで彼の兄が経営している店“フラワーショップゆうゆう”に向かって走りながらも、そんな疑問を私に問いかけてくる絵里。「どこまで」……つまり、ヘルヘイムの森についてどこまで知っているか、を聞いているんだろう。
「……大体……鉱芽の次くらいには……」
「なら教えて! 裕太君はどうなっちゃったの!? いや、そもそもインベスって何!? ヘルヘイムって何なのっ!?」
「……教えるわ」
絵里の真に迫る声色と表情の前に、私は知っている限りの事を話さざるを得なかった。
ヘルヘイムの森とは絵里も聞いての通り、私たちのいる地球とは全く異なる別次元の世界の、そこに蔓延る森のことよ。別次元の世界とは言うけど、あの植物以外、大気濃度や温湿度、水や岩石の化学組成は地球とさほど変わりはないから、「別世界の地球」として見てもいいって鉱芽は言ってたわ(とは言え、土壌等はヘルヘイムに汚染されていて人が住めるものじゃなくなってるけど)。
そして私たちの見ているヘルヘイムの森は、ヘルヘイムの植物の浸食によって滅んでしまった世界……というわけだ。異常な速度で成長と浸食を繰り返すヘルヘイムの植物の前に、あの世界は成す術なく朽ちていったのでしょうね。
文明という在来種を滅ぼすべく撒かれた、世界を超える外来種。それがヘルヘイムという存在の本質。ただ自らの繁栄の為に行われる正に自然の摂理と呼べる現象……「理由の無い悪意」なのよ。
でも、ここまでは絵里やμ'sのみんなも知っていること。
本当に残酷な事は……鉱芽は話していなかったのよね。
森の浸食についてもう一つ重要な存在がいる。それがインベスよ。ヘルヘイムの森が浸食されるたびにその活動範囲を広げていくインベス。その特性から「森の住人」なんて表現がよく似合うわ。
だけど、インベスは最初から
インベスとは即ち──ヘルヘイムの果実を食べた、人間や動物のなれの果ての事なのよ!
ヘルヘイムの森にいるインベスだって、元はその世界の人間あるいは動物だった。しかしヘルヘイムの植物の浸食により食料が失われ、飢えた人や動物がその果実に手を伸ばした瞬間……彼らの体構造は劇的な変化を遂げ、たちまちその姿はインベスへと変わり果ててしまった。
──元は何の罪も無い人間や動物。これがインベスの正体だった。
「っ!?」
私の説明によって自身の持つロックシードの恐ろしさに気付いたのか、彼女は急に立ち止まって手にしていたロックシードを、まるで汚いものを触ったかのように放り投げた。
「こっ、こんなっ……こんな酷い事を私……っ!」
「絵里……」
両手で口元を塞ぎながら、酷くショックを受けたような表情を浮かべる絵里。絵里の言う「酷い事」とは恐らく、元々人間だったかも知れない存在を手足のように操って、敵と戦わせていた事を指しているのだろう。そう、私が以前鉱芽からロックシードを託された時に一度断ったのは、この事実を知っていたからだった。
──人が人を戦わせる。殺し合いをさせる。
そんな倫理的に狂ったことを、誰が自分から望んでやるもんですか。だけど私は結局、自分たちの身を守るためにこうして彼からロックシードを受け取ったんだけど……。
絵里の投げたロックシードを拾い上げ、ポケットの中にしまい込む。どうせ今の絵里じゃロックシードを受け取ることなんてしないでしょうから、このまま私が持っていた方が得策だろう。
「……鉱芽は……それを知ってて……?」
「ええ」
「そんな……っ」
インベスはただの侵略者ではない。彼らも私たちのように森に浸食された被害者。その事実を知った上で絵里は、今まで鉱芽がインベスを倒し続けてきたことを思い返し、やりきれない思いに包まれていた。
でも今の彼らにはもう、自分がインベスになる前の記憶や意識なんて残ってない。あるのはただ一つ、森の侵食のために異世界の存在に牙を向けようとする攻撃性。それが彼らに残された数少ない本能、そして習性だった。
だけど……それだけじゃない。ヘルヘイムの果実を摂取した人間素体のインベスには、僅かの期間だけどもう一つ衝動的な習性が残されている。
もう一つ、非常に危険で残酷な習性が……。
「人間がインベスになった時──」
「?」
「人間だった時に一番強く記憶していた場所に向かう習性があるの」
「っ、それじゃあ裕太君は家に? じゃあ──」
「そこに思考なんてないわっ。ただ本能に突き動かされて、人間時に関わりの深かった相手を襲おうとするのよ!」
人間がインベスへと変貌した瞬間、その人間の意識は完全に失われ、人として完全な死を迎えてしまう。しかしインベスと化しても、その記憶はほんの少しの間だけ維持される。だけど、人として死に、もはやインベスとなってしまった存在が遂行するのは、記憶にある場所に向かい、記憶に残る人を……抹殺するだけなのよ。
私の語った人間素体インベスの習性に息を飲む絵里。しかしまだ納得がいってないのか、頭の片隅に残る微かな希望を伝手にして、彼女は裕太君を諦めないという意思を私に伝える。だけど──
「そんな!? だって、今あの子はお兄さんの所に向かってるんでしょっ? それなら裕太君はまだ──」
「そんな甘いものじゃないのよ! あの森は!!」
「っ!?」
未だ裕太君を諦めきれない絵里に対して、つい声を荒げてしまう。
──そうよ、こんなもんじゃないわ……あの森の恐ろしさは……そんな生温いものじゃないのよ!
そんな時でも頭の中で連想してしまうのは、やはり……鉱芽やツバサの頭の中でずっと踊り続けている、優しい“彼女”の面影だった。
「真姫……アナタは、何を見てきて──っ!?」
「っ!? ……やっぱり、こうなってしまうの……っ」
絵里が私の過去に何かを察したのか、聞き出そうとする。しかしその前に私たちの向かう先から何やら喧騒が聞こえてきた。駆ける足を更に急がせて、その喧噪の場へと向かう私たち。そこには……。
「……嘘……これ、あの子が……?」
私たちの目に映ったのは、無残に倒壊した一件の建築物。
しかしもはや瓦礫の山と呼んだ方がいいレベルまで、それは破壊しつくされていた。
辺りに散らばる瓦礫やガラスの破片。
それに大量の花が無残にも、ボロボロになって瓦礫の下敷きとなっていた。
そしてその中でも僅かに残った看板、そこには──
『フラワーショップゆうゆう』
裕太君とその兄が暮らしている、花屋の名前が書かれていた。
──────────────────―
ドルーパーズで食べ終わった後、穂乃果ちゃん達と別れた私は、特にする事もないため真っ直ぐ家に帰ろうとしていたの。その時だったかな、私の耳にけたたましい喧噪が聞こえてきたのは。人の声や交通の音が雑音となって私の元に届く。そこに何があるのか気になった私は、つい興味本位でそっちに向かったの。
するとそこには、正に悲惨と呼べる程までに倒壊したお花屋さん“だったもの”があった。原型をまるで留めていないくらいにまで崩れ、ガラスやお花も滅茶苦茶に散らばっている。もしここに人がいればまず助からないだろうというのは明白だった。そんな悲惨な現場を目撃してしまい、つい眩暈を起こしそうになってしまう。
だけどそのすぐ後に、別の道から真姫ちゃんと絵里ちゃんが現れたのに気付き、何とか倒れるのを持ち答える。すぐに彼女たちの元に寄ろうとしたけど、どういう訳か二人の様子がどこかおかしかった。今まで見た事のないほど鬼気迫る表情で、絵里ちゃんなんか今にも泣きそうなほど辛い表情を浮かべていた。
──一体何があったの?
そう思って、私は二人に声をかけたの。
「真姫ちゃん、絵里ちゃん」
「ことり」
「二人共、どうしたの? すごく怖い顔してるよ?」
私としては本当に心配して尋ねていたんだけど、どうやらその落ち着いた態度が気に入らなかったのかな? 絵里ちゃんは急に声を荒げると、私の両肩を掴んで怒鳴り始めた。
「どうしたの……って、アレを見てよ! 酷い有り様じゃない! あの店ね……裕太君の家なのよ!」
「ぇ……?」
絵里ちゃんに無理矢理あの惨状を見せられて、その事実を告げられる。そして、いつの日か絵里ちゃんと裕太君と三人でキャッチボールをした日のことを思い出し、すぐに事の重大さに気付く私。
え、嘘? あの店が裕太君の家? じゃ、じゃあもしかして裕太君と彼のお兄さんは……っ。
でも、現状は私が想像していたよりも遥かに残酷で過酷だった。
「だ、誰がこんな……もしかして──」
「インベスよ」
「──っ、やっぱりそうなん──」
「インベスになった裕太君がやったのよ!」
「…………え…………?」
……今、私の耳が聞き間違いでも起こしたのかな?
えっ、今絵里ちゃんは何て言ったの?
インベスになった……裕太君?
「ぇ……ねぇ絵里ちゃん……? もう一度言って……何を言ってるのか、ことり……分からない……よ……」
真実を聞き出そうとする私の声にも震えが生じる。聞き間違いであってほしい。人間が……それもあの裕太君が……あんな恐ろしい怪物に変わるなんて……そんなの嘘であってほしかった。
「本当の事よ、ことり。裕太君は……ヘルヘイムの果実を食べてインベスに……っ」
「……嘘……そんな事……」
だけど、真姫ちゃんのどこか落ち着きながらも辛そうに語る姿を見て、その言葉が嘘ではないことを受け入れざるを得なかった。
「でも、何で……人がインベスになるなんて、そんな……っ」
「ことり、聞いて」
そして真姫ちゃんは私にヘルヘイムの真実、そしてインベスの真実を語った。
ヘルヘイムに関しての情報は大体鉱芽さんから聞いたはずだった。だけどただ一つ、インベスという存在の正体だけは聞かされていなかった。ヘルヘイムの果実についても「食べたら死ぬ」以上のことは説明されなかったから、そこで終わりなんだと思っていた。
でもまさか……まさかインベスが人や動物だったなんて……。
しかもそれを知っていながら、彼は私たちにロックシードを託したり、それに今までインベスを倒し続けて……っ
「そんな……鉱芽さんは……」
「それだけじゃないわ」
「絵里っ」
「え?」
鉱芽さんのしていることに疑問を抱きかけたその時、駄目だしするように絵里ちゃんは言葉を重ねてきた。
「鉱芽は……インベスになった人間を人として見てないわっ。現に今……裕太君を殺そうとしてるのよ!」
「…………ぇ?」
裕太君がインベスになったと聞いた時と同じように……ううん、それ以上の衝撃が襲い掛かってきて、頭の中が真っ白になりそうになった。殺そうとしている……? 鉱芽さんが……裕太君を? 嘘……嘘だよねっ!?
「……嘘……だよね? ね? 真姫ちゃん……?」
「……鉱芽は本気よ。こんな被害を出した存在を、アイツは絶対に許さないわ」
「……へ…………」
真姫ちゃんの言葉によって力なくその場にへたり込んでしまう私。そんな……でも、信じられないよ……。鉱芽さんが……インベスになったかと言って裕太君を殺すなんて……。鉱芽さんがそんな……っ。
「とにかく鉱芽を追いかけないと。絵里、ことり。次に裕太君が向かいそうな場所って何かないのっ?」
「つ、次の場所って……」
「……」
真姫ちゃんは次に裕太君が向かいそうな場所──彼が人間だった時に一番記憶に残っている場所を聞き出してくるけど、今の私に答えるような余裕はない。今は、鉱芽さんの行動について考えるだけで精一杯だったから……。そこまで思考が働くことができなかった。
だけどそんな中、絵里ちゃんは心当たりがあるのか、ほぼ確信めいた声色で真姫ちゃんにその場所を伝えた。
「学校よ」
「学校?」
「ええ、家以外であの子がよく過ごすのは学校以外に考えれないわ。友達や先生だっているもの。きっとそこよ!」
確かに絵里ちゃんの考えは一理ある。いや、一理どころか正解の可能性が高い。そんな彼女の意見に真姫ちゃんも賛同し、二人は裕太君が通ってる学校へ急ぐことにした。
「ことりはどうするの?」
「わ……私は……」
真姫ちゃんにどうするかを聞かれてもすぐに応えられなかった。今だって鉱芽さんのやろうとしていたことのショックが大きすぎて足に力が入らなかったからだ。
「(でも……)」
それでも、私は鉱芽さんの真意を聞く必要がある。彼が本当に裕太君を倒そうとしているのか。それが彼の本心なのか。そして、二人の言葉が真実なのか。それをこの目で確かめるまでは、まだへたり込むわけにはいかないっ。
今起こっている現状をしっかりとこの目に収めない限りは……っ。
「……私も……行くっ」
そう告げると私はゆっくりと腰を上げて、二人と共に裕太君の通う学校へと向かって走り出した。
──────────────────―
「……っ! 鉱芽っ!!」
ことりと合流してからしばらく走っているうちに、私たちの耳に何かを斬り裂くような音と、劈くような悲鳴が届く。すぐ近くに二人がいると確信した私たちは、急いで彼らの元へとその足を速める。すると前方に大きな学校の校舎が見え、その前の広いグラウンドの中央では、弓を携えた鎧武者と緑色に染まった異形が相まみえていた。
いや、相まみえているというよりは、もはや鉱芽の一方的なリンチだ。弓に備え付けられている刃を無情に振るい、裕太君を斬り裂いていく。裕太君にまるで反撃の隙を与えず、相手が無様に転がっていくところに容赦なく追撃をかけていく鎧武者。
きっと彼は私たちがここに居るのに気付いているのだろう。なのに彼はお構いなしに目の前の敵を叩きのめすことに集中している。そんな彼が、やはりとても恐ろしいものに感じてしまう。
「鉱芽っ! その子は人間なのよ! 誰が何と言おうと人間なの! だからお願いっ! 攻撃をやめて!!」
「あ、あれが……裕太君……なの? 嘘よね……そして……それを倒そうとしているのは……」
「ぅらぁッ!」
「グギュリュァッ!?」
「私の友達を殺さないで!!」
「……あれが……鉱芽さん……?」
私の必死の叫びも虚しく、彼はその弓でひたすら敵を斬り付けていく。隣でそんな彼の姿に驚愕し、ショックを受けることりだけど今はそんな事に気を回している余裕なんてない。今はただ、鉱芽を止めるので精一杯だった。
早くしないと、取り返しの付かないことになってしまう。
鉱芽が……私を守ってくれたあの弓で、あの子を殺そうとしている!
あの優しかった鉱芽が……あんなに必死になって私を変えてくれた鉱芽が……人殺しになってしまう……っ!
「(そんなの……絶対に嫌よ!)……っ、鉱芽ぁっ!!」
「っ……ちぃッ」
「グギュァ!?」
「っ!? (鉱芽……っ)」
今……私の声に反応してくれた……? 攻撃の手を一瞬だけ緩めてこちらへ振り向く鉱芽を見て、私は一抹の希望を感じ取った気がした。今なら、私の言葉を聞き届けてくれるかもしれない!
──ええ、そうよ。やるなら今しかない!
そして私は、全身全霊を込めて彼に伝えた。
「お願い! 私にもう一度チャンスをちょうだい!! あの子と……裕太君と……もう一度話をさせて!!」
「絵里ちゃん!?」
「絵里っ!? アナタ何を──」
「鉱芽お願いっ! 私にあの子を説得させて! これ以上……アナタにそんな事してほしくないのっ!!」
「……」
私の懇願に彼は何の反応も見せず、ただその場に沈黙が流れる。いや、実際は敵がいるからそんなに長い時間はかかっていないのでしょうね。でも、私には彼が次に反応するまでの時間が異様に長く感じてしまった。
そして……。
「……いいだろう」
「……鉱芽……っ」
よかったっ。鉱芽はちゃんと私の願いを聞き届けてくれたっ。
「鉱芽!? アンタまで何考えてんのよっ!?」
「……最後のチャンスだ。無駄だとは思うけど、絵里は諦めきれてないからな」
「っ、鉱芽……」
真姫はあくまでも、私がインベスになってしまったあの子と接触するのには反対みたいだ。そんな彼女の言い分は分かるけど、それでも私は裕太君を諦めることが出来なかった。私たちと一緒に話したりキャッチボールをしたりして、笑顔を振りまいていたあの子を忘れることが出来なかった。
鉱芽は諦めの悪い私に最後のチャンスを与えたのだけど、それでも無駄だと考えている。
ううん、無駄なもんですか……絶対に……絶対に裕太君を元に戻してみせる!
みんなでもう一度……笑い合えるようにしてみせる!
「裕太君!」
「ギュギャッ?」
鉱芽があの子から引くと同時に彼の前に出て、私は彼に呼びかけ始めた。
「ねぇ、裕太君。私が分かる? 絵里よ?」
「ググルルァ……」
「ほら、前にキャッチボールしたじゃない……覚えてる? 私と……ことりと……裕太君の3人で」
「グォォ……」
「ふふっ……楽しかったなぁ……」
本当は醜い姿になった彼の前に出るだけでも恐ろしいけど、それでもこの存在が裕太君だと自分に言い聞かせているからこそ、今の私はこうして彼の前で話せるし、笑顔を見せる事もできる。
そう、彼は裕太君よ。まだ幼くて……沢山の未来が残されている人間よ。そんな考えを絶対に捨てることなく、私は目の前の異形に語り続けた。
「裕太君……アナタは裕太君よ。鹿角裕太君……小学二年生で……ほら、いつもこの学校に通ってるのよ」
「ングォォ」
「お願い目を覚まして! ……アナタは本当はそんな子じゃないでしょ? 優しくて明るくて、お兄さん思いで……私の事も助けてくれたじゃない」
「グググルゥ……」
「だからもうこんな事はやめて! 私たちと一緒に帰りましょ……ねぇ?」
「……」
──お願い! 戻ってきて……裕太君!
裕太君に手を伸ばしながら、必死の思いを彼にぶつける。今の私に出来ることはこれしかない。それでも、怪物の姿に変貌した彼の心だけでも元に戻したかった。人としてまだ死んでいないことを証明したかった。
「裕太君……さぁ……」
「ググゴ……」
先程からあれだけ裕太君に語り掛けているにも関わらず、彼は未だ私に対して攻撃を仕掛けてこない。ただ呻き声を上げつつ、私を観察しているようだ。そんな彼に私の声にも期待がこもる。
──いけるかもしれない。
──私の手は届くかもしれないっ。
──裕太君を…………助けられるかもしれない──っ!
まるで私という人間が分かってるような、そんな素振りに期待がかかる。
私に声をかけようとしているのだろうか?
私に助けを求めているのだろうか?
「ググ……」
そして私と同じように、こちらへと手を差し伸べた裕太君。
その姿はまるで、何かを求めているような子どもの姿にも思えた。
そんな彼に向かって、私も一歩一歩彼へと近づいていく。
もちろん、私に助けを求める裕太君の手を掴むために……。
そしてもう一度……みんなで一緒に笑い合うために……。
そして──
「ウグァアッ!!」
「っ、ゆ──」
彼は私に伸ばした腕を、容赦なくこちらへと振り下してきた。
右手から生える鋭い爪の動きがまるでスローモーションのように見えて、私の目から離れなかった。
──ああ、ダメだ……こんな近くで引き裂かれたらまず助からない。
彼に殺されるというショックよりも先に、その事実が頭をよぎる。
──裕太君っ……。
そしてすぐに、彼がインベスとして私に牙を向いてきた事に気付き、その事実に目に涙を浮かべてしまう。必死に呼びかけたはずなのに、それが彼に伝わらなかったことを痛感し、途方もない哀絶に見舞われる。そんな非情な現実に絶望してしまいそうになる。そして、今の現実から目を背けたくなる。
しかし無情にも、彼の爪は私の命を刈り取ろうとしていた。
その時だった──
『ミックス! ジンバーチェリー! ハハーッ!』
そんな電子音と共に私の目の前に赤い閃光が見え、次の瞬間には鉱芽が赤い弓を携えて、裕太君の爪を食い止めて現れていた。
「こう……が……っ」
「こういうもんだ……
「グギィャァ!?」
私をその爪から守ってくれた鉱芽は、そのまま刃を翻して敵に連撃を浴びせ始めた。気のせいかも知れないけど、私が説得を始める前よりもその斬撃は容赦が無いように思えた。
「やめ……て……」
「らぁっ!」
「ギィャァ!」
「やめてぇぇっ! 鉱芽ぁっ!!」
それでも、私は彼に静止を呼びかけることを止められなかった。殺されかけながらも、最後まで私は裕太君を諦めることは出来なかった。もうチャンスはくれないのかもしれない。私のしていることは無駄なのかもしれない。
でも……それでも私はっ……あの子をこのまま殺されるのを我慢することが出来なかった。目の前で人の命が消えるのが……酷く恐ろしかった……っ。
「ギギィァ……ッ」
「お願い……殺さないで……鉱芽っ」
「……ふっ」
私の願いもむなしく、鉱芽の攻撃で地を転がっていく裕太君。流石に自らの命の危機を感じてか、彼はそのまま無様に地を這いずって逃走を図ろうとするも、鉱芽が二度もそれを許すはずがなかった。
私の願いを吐き捨てるかのように無視し、閃光と共に忽然と姿を消す鉱芽。
そして次に彼が姿を現した時、鉱芽はうつ伏せになっている裕太君を背中から踏みつけ、彼を身動きの取れない状態で拘束していた。
「もう、動くな……」
「ググガ……」
「こう……が……お願いよ……」
もうこちらの要求なんてまるで聞く耳を持たない鉱芽。そして──―
『ロックオン』
鉱芽は足を裕太君から放さずしっかり拘束したまま、ドライバーからチェリーのロックシードを外して弓に装填した。弓から発する電子音が彼の死刑執行の合図にすら聞こえ、その場の空気が凍るような悍ましさに包まれる。
そして足元の裕太君目がけて矢先を向け、ゆっくりと矢を引いていく。
彼が矢を引く度に、矢先や弦に眩い赤色の光が集っていく。
不気味に唸るような待機音が不協和音のように鳴り響き、頭が締め付けるような感覚に陥る。
鉱芽は目の前の敵に対して、最後までその手と足を一切緩めることはなかった。
「や……やめ……」
「……」
「グガァァァ……」
そして彼は──
「……御免」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
鉱芽は……その矢を放った。
「ギギュィエアァァァァァァァァァア!!」
「……っひぁ……」
放たれた矢は、地に伏した裕太君を撃ち抜いた。
そして轟く、耳を塞ぎたくなるような、生への欲求に満たされたような壮絶な断末魔。
そんな裕太君の叫びとともに……二人は爆炎に包まれた。
「っ……ぁ……ぁぁ……」
その壮絶な光景の前に力なく崩れ落ちる私。
抱いていた希望や幻想を全て打ち砕かれる様な、確実な絶望と虚無に身が包まれる。
辺りは煙に包まれ、鉱芽がどうなったのかすら分からない。けど、今はそれどころではない。
「(ゆ……裕太……君は……)」
先程の光景を悪い夢、幻だと決めつけ、もう一度裕太君の姿を探そうとする。
しかし次第に煙が晴れていくと、その場に立っているの一人の鎧武者だけだった。
私の……私が助けたかった友達の姿は……どこにも見当たらなかった。
「っ……ぅぁ……ぁ……」
私の心が折れるには……それで十分だった。
私の心を絶望で満たすのに、それ以外は何もいらなかった。
「……どう……して……」
「…………」
「どうし……て……ねぇ……」
「…………」
私の言葉に対して変身を解くこともせず、ただ黙り込むだけの鉱芽。顔は僅かながらこちらを向いているも、仮面のせいでまるで心が読めない。だから彼の……鉱芽の気持ちが全然理解できなかった。
「何か……言って……よ」
「…………」
しかし彼は一向に無言を貫き、そしてそのまま私に踵を返して立ち去ろうとする。
「ぁ……待っ……て……こぅ……が……」
立ち去る鉱芽を必死に追いかけようとするも、ショックでまるで身体に力が入らなかった。
それどころか視界がだんだんと暗くなってくる。
身体から次第に力が抜けていくような感覚に包まれる。
「こ……(鉱芽……)」
立ち去る彼の背を見たのを最後に、私の意識は深い闇の底へと落ちていった。
無情なる一撃――っ。
そして次回、絵里たちは鉱芽の闇の一片を知ることに……?
(っつか、南條さんの誕生日になんつー話を投稿してんだ私は……)
それではまた次回。ご期待ください。