そして今回は……裕太です。
名前
一人称 僕
年齢 8歳
誕生日 12月12日
血液型 A型
身長 127cm
好きな食べ物 チョコレート
嫌いな食べ物 レモン
怪人態 ビャッコインベス
小学三年生。絵里やことりと仲良くなるが謎の男から受け取ったヘルヘイムの果実を摂取し、インベスと化する。人間素体インベス故の行動でユウゴに重傷を負わし、絵里も説得を試みるが効果はなく、最後は鉱芽の変身した鎧武ジンバーチェリーアームズに倒される。
因みに今回の話では過去の話も入ってきますのでご注意を
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↑これが時系列が変わる線引きとなります。
それでは今回もどうぞ。
──アイツが……嫌いだった。
それが葛木鉱芽が抱いていた、長谷川亮子の第一印象であった。
鉱芽と亮子について語るには彼らの出会いよりも更に前、鉱芽が5年ぶりに東京に戻ってきた時の事から語らねばなるまい。
「……誰? アンタ」
鉱芽は不機嫌であった。今年から晴れて中学生、そしてようやく戻ってこられた我が家での一人暮らしが始まる、正にそう思っていた矢先のことであった。
自分の目の前──自分一人のみが暮らす家の中に、既に一人の女性がいたのだ。
「えっと、戦極……鉱芽君、だよね?」
「“葛木”鉱芽だ。じきにそっちに変える。それよりアンタ誰だよ。なんで俺の家にいる?」
年齢的には鉱芽より10歳以上歳上だろうか。未だ20代半ばから後半といった年齢の、非常に人当たりの良さそうな女性だった。彼女の全てを包み込むような柔らかい雰囲気に当てられ、毒が抜かれるような感覚に陥るが、未だ未熟で若かった鉱芽は負けじと反抗的な態度でこれに応える。
しかし女性の方はそんな鉱芽の冷たい態度にまるで意に介さず、優しく彼に返した。
「あれ? 聞いてないの? 君の保護者に雇われた、家政婦の
「はぁっ!? 家政婦だぁ!?」
「うん、そうよ。いくらなんでも中学生が一人暮らしなんて無茶だ、って言うからね」
「っ……あのジジババめ……っ」
何てことだ、と鉱芽は心の中では非常に焦っていた。そもそも鉱芽が一人暮らしを始めようと思ったのは、別に中学生特有の背伸びをしたいといった気持ちでも、自分の腕を試したいといった自信からでもない。
それは今も鉱芽の持つ鞄の中に眠っている、黒いバックルのような機器──戦極ドライバーと呼ばれる、行方知れずの父から送られた超兵器のためだ。
そして、このドライバーを父から託されたのと同時に送られた手紙、その中にあった「来たるべき時のために」という言葉。これこそが、鉱芽が誰とも関わらずにこれからの生活を営もうとした理由である。
鉱芽の父──戦極岳斗が鉱芽にこのドライバーを託したのは、彼の12歳の誕生日の時であった。その日の朝、彼が目を覚めた時、その枕元には行方不明と言われていた父からの手紙と、このドライバーが置かれていたのだ。
急にいなくなった父からの突然の手紙。最後に覚えていた良き父の記憶ゆえに、その贈り物によって彼の心がこの上なく高揚したのは言うまでもないだろう。
しかしそれも、その手紙を読むまでの話であった。
手紙に書かれていたのは、それは想像を絶する内容ばかりであった。ヘルヘイムの森、インベス、そして世界の改変など、お前はいつからSF作家になったのだと言わんばかりの絵空事のようなものばかりがそこに書かれていた。
しかし、鉱芽が戦極ドライバーを腰に当てた瞬間、その認識が全て変わることになる。手紙に支持された通りに彼がドライバーを腹部に当てた瞬間、フォールディングバンド(手紙に全呼称の説明あり)と呼ばれるバンドが自動的に腰巻かれる(実はこの時、彼がロックシードを手にしていたのなら、バックル左側の無地のプレート──ライダーインジケータに戦士の横顔が認証されるのだが、ロックシードが手元にない今はその時ではなかった)。その瞬間、ドライバーを通じて彼の脳内に父が施したイメージが次々と流れ込んできた。
ヘルヘイム……インベス……果実の秘密……世界を超える外来種……侵略……そして、それらに対抗できるアーマードライダーシステム。
あまりに多すぎる情報量が一気に脳に押し寄せてきたために立ちくらみを起こしてしまうものの、鉱芽は父からの手紙が嘘でないことを確信できた。
そして同時に自覚する。近い将来、この人間の世界にあの植物や怪物たちが浸食してくることを。そしてそれに対抗するために、自分は鍛えなくてはならない。あの森に対抗できるのは、どこかにいる父を除けば自分しかいない。ならば自分のすべきことは一つ。「来たるべき時」のために己の肉体・精神を鍛え上げることなのだと。
きっとそこには若さゆえの青い正義感も混ざっていたのだろうが、それも今となっては可愛いものであった。
そのため、未知の脅威に対して備えなければいけない今の彼にとって、彼女の存在は邪魔で仕方なかった。
「こらっ、自分の親戚をそんな風に言っちゃダメでしょっ?」
「なんでアンタが口出すんだよ」
しかしこの家政婦──伊織は、生まれながらのお人好しであった。それこそ鉱芽が今まで出会ったことのないくらいの、そして何百回馬鹿を見てもお人好しでいられる程の真っ直ぐな人間であった。
幸か不幸か、鉱芽が出会ったのはそういう人間だった。
「何度でも口を出すわよ。なんたって今日からは、私が鉱芽君の保護者だから。君が高校を出るまで、泊まり込みでね」
「は……?」
──今、この女は何と言ったのか? 高校を出るまで? 泊まり込み? ……ここに!?
鉱芽は、伊織が言った言葉をもう一度自分の中で反芻させる。何故ならその意味を理解したくなかったからだ。しかしどう聞いても、彼女が自分の家で住む──この家で二人暮らしになるという風にしか聞こえなかった。やがてその言葉の意味を理解してしまう鉱芽。そして──
「ぁ、じゃあ鉱芽君じゃなくて、コウちゃんって呼ぼうか。うん、そうしよう」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
春先の住宅街で、一人の少年の叫び声が響き渡った。
そして訂正しよう。
先程、鉱芽が彼女に出会ったのは「幸か不幸か」と述べた。
しかし、鉱芽が彼女と出会えたのは……間違いなく幸であった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西木野総合病院のとある一室。その部屋の前に並べられたプレートの中の一つ──「草薙 伊織」の名前を確認するまでもなく、俺は何度も訪れたその病室に入る。いくつものベッドが並ぶ病室の一番奥、窓際の場所でその人は静かに寝息を立てていた。俺はその人──彼女を起こさないよう、ゆっくりと近くまで歩いていく。
「いお
丸椅子へとゆっくり腰をおろし、どこか縋るように彼女の名を呼んでしまう。別に彼女に助けてもらいたかった訳ではない。
そもそも、別に誰にも助けてもらうつもりはない。
これは俺の問題。俺の罪だから……。
──絵里には……本当に酷い事をしたと思ってる……。
──昨日だけで何度彼女と、そして裕太君に懺悔したか分からない。
だけど俺は、今更インベスに情けをかけることなんて出来ない。そういうように脳が成り立ってしまっている。身体がそう動いてしまう。
そして、自分ですらそれを変えることができなかった。
俺自身……もう自分で歯止めが効かなくなっていた……っ。
あの子を殺しておきながら……散々他の命を奪っておきながら……今更特別な存在を作ることなんてできなかったから……。他にどうすればいいかなんて……全然見いだせなかったから……。
「ぃぉ……ねぇ……」
だけど俺はインベスを倒し続けることに言い訳などしない。
そしてその気持ちを分かってもらうつもりなんてなかった。
誰にも理解されないなら、誰にも助けてもらわなくてもいい。
そう思っていた。
覚悟もしていた。
でも……
「……たす……け……っ」
俺の思いとは裏腹に、強すぎる想いは口に出てしまっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『コウちゃん、また授業サボったの?』
『……他にやる事あんだよ。文句あっか』
伊織が戦極宅──改め葛木宅に来てから二ヶ月が経った。その間にも二人の間では何度もトラブルがあったが(主に鉱芽が一方的に文句を言うだけなのだが)、それでも時間というものは人を繋ぐようで、当初の関係が嘘のように二人の仲は良くなっていった。
『ねぇ何してたのぉ? お姉ちゃんに教えてごらん?』
『……気が向いたら……な』
『本当っ? やったぁっ』
『ったく……』
いや、ただかけた時間だけの問題では無い。伊織の人間性──誰とでも分け隔てなく接することのできるコミュニケーション能力、そして些細な問題でも迷うことなく解決しようと突っ込んでいく、鉱芽に「バカ」とも揶揄されるほどのお人好しな性格。
それこそ鉱芽がまるで出会ったことのないタイプの人間で、だからこそ、その性格が彼の心を溶かしていくのにはそれ程時間を費やさなかった。
『ねぇ? どうどう? 今日の肉じゃが。昨日のより美味しいでしょ?』
『なんで二日連続で同じの出すんだよ!? 美味しいとかそれ以前の問題だろ!』
『美味しく……ないの?』
『……美味しかった……ょ』
『っ、よかったぁ』
『っ……』
時間をかければかける程、そうした彼女の性格は鉱芽に大きな影響を及ぼしてくる。
『おぉ、すごいじゃないコウちゃん! 中間テスト学年トップだって!』
『そんな騒ぐことじゃないだろ』
『ううん、騒ぐよっ。いっぱい騒いじゃう! コウちゃん!』
『だぁぁぁぁっ!? 分かった、分かった騒いでいいからっ、抱き付くなぁぁ!!』
鉱芽が伊織を家族と認めるのには、そう時間は掛からなかった。
『どうしたのコウちゃん? 最近やけに勉強頑張るけど……』
『……別になんでも』
『あ、もしかして私と同じように学校の先生になりたいとか?』
『…………』
『ぇ? もしかして本当に?』
『……悪いかよ……』
『きゃぁぁーっ、嬉しいぃ!!』
『だぁぁぁもぉぉぉ! だから抱き付くなよっ、いお
「理由のない悪意」という未知の存在にずっと警戒していた鉱芽の心は、伊織との触れ合いの中で次第に溶け出していた。
二人の関係が同居人から姉弟へと移ろうとしていた、そんな時だった。
「え? 乗馬クラブ?」
「うん、昔の教え子が今そこに通ってるんだって、それで一度見にきてください、って言われて」
休日にふと、伊織は乗馬クラブを見にいくと言い出した。もちろん鉱芽にはそれを止める理由も権利もないため、折角の休日を彼女一人に過ごさせる気でいた。しかし──
「じゃあ、いお姉一人で行きなよ。俺は留守番して──」
「ううん、コウちゃんも一緒に。ねっ、いいでしょ? 一緒にお馬さん見に行こうよっ、ねぇ!」
伊織はあくまでも鉱芽と共に外出を──休日を過ごしたいと思っていた。二か月という短い時間の中でそれなりに仲が深まったが、それでも鉱芽を本当の弟のように可愛がっていた伊織からすれば、その触れ合いもまだまだ少ないように感じていたのだ。
そして彼女と生活を共にしてきた鉱芽も、次第に彼女の考えが分かるようになってきていた。
「……本当は着いてきてほしいだけなんでしょ?」
「うんっ。だから……お願い!」
「……はぁ……分かったよ」
「本当っ! 嬉し──」
「抱き付くなよっ!?」
「──っ、はぁ~い……」
かくして鉱芽は、伊織と共に「立花ホースライディングクラブ」へと向かうことになった。
そしてこれこそ、鉱芽にとってもう一つの出会いの場所であった。
──────────────────────
「すっごいねぇ……いっぱいお馬さんいるよコウちゃん」
「そうだな……」
伊織の運転する車に連れられ、鉱芽は乗馬クラブ「立花ホースライディングクラブ」へと足を踏み入れていた。そして車から降りた二人が最初に目にしたのは、広い馬場の中で区分けして放牧されている数頭の馬だった。
相変わらずの高いテンションで馬に関心を示す伊織に対して、鉱芽の反応は薄かった。
「あれ? コウちゃん、あまり興味なさげ……?」
「いいだろ別に」
「……?」
とは言うものの伊織への返答とは裏腹に、鉱芽の馬を見る瞳はとても輝いており、伊織には彼の姿が好奇心旺盛な子どもに見えた事だろう。そもそも鉱芽は馬という動物をまともに見た事がなかった。図鑑やテレビで何度もその姿を見ていても、実際にその眼で馬を見たのはこれが初めてであった。
そのため鉱芽の目が輝くのも無理は無いことで、それこそ本当に子どものような純真さを見せていたといっても過言ではなかった。
「…………」
「ふふ……」
馬の行う挙動に一々注意深く視線を向ける鉱芽。そんな鉱芽が可愛らしく思う伊織が温かい目を向けるも、馬に夢中な鉱芽はそれに気付かなかった。
「(これならコウちゃん一人の方がいいかもね……)」
そんな馬に夢中になっている鉱芽をそのままにしておいて、伊織はそっとその場から立ち去った。本当なら鉱芽と共に時間を過ごしたかった伊織だが、今まで滅多に見れなかった好奇心旺盛な鉱芽の姿を見た事もあり、少々残念に思いながらもそんな鉱芽を一人にさせるべきだろうと考えたのだ。これもきっと彼の成長のためになると信じて。
もちろん馬に注目していた鉱芽がそれに気付くことはなかったが……。
そして彼女が去ってから約五分が過ぎた頃──
「……あれ? ……いお姉?」
ようやく伊織が傍にいないことに気付き、馬を見るのを中断して彼女を探すために歩き出した鉱芽。因みにこの間に伊織はクラブの経営者と話を済ませていたため、鉱芽が自由に馬房の近くをうろついても何も言われなかったのである。しかしこの事が逆に、鉱芽が伊織を見つけるのを困難にさせたのだが。
「(……って、俺は何をしてるんだ)」
そしてしばらく歩いたところで、鉱芽は気付いた。
いつの間にか彼女の姿を探している自分がいることに。
自分でも気付かないうちに彼女を求めてしまっていることに。
それ程までに自分は伊織を意識していたのか、彼女が自分の傍に居なければならない存在だと認識していたのか、と鉱芽は自分が彼女によって変わっていることを自覚し、内心驚愕していた。
自分は知らないうちに彼女の傍に居ることが自然だと感じてしまっている。彼女を自分の家族だと思ってしまっている。
そもそも最初から自分たちは互いに雇う雇われの身だったはずだ。
自分には「力を付ける」という目的があるため、彼女とは深くは関われない。
関わりたくなかった。
だから必要最低限以上に触れ合うのはやめておこう。
鉱芽はずっとそのように考えて彼女と共に生活を営んできた。そのはずだった。
しかしそんな建前とは裏腹に、伊織と家族として触れ合えることを兎角嬉しく思っている自分がいた。そしてそんな自分に気付いてしまったために、まだ若かった鉱芽は今の自分という状況に深く考え込んでいた。
「(いお姉は……)」
きっとこんな悩みを彼女に話せば、彼女は真摯になって向き合ってくれるだろう。そういう人なのだ、草薙伊織という女性は。だからこそ、この問題は自分で取り組むべきだと鉱芽は考えた。
このまま伊織と……家族のように接していくか。必要最小限の触れ合いで済ますか……。
「……ん?」
しかし鉱芽が伊織について考えていた時、ふと視界の端で何かが動いたのが見えた。その方角へと目を向けると、馬房の中から一頭の綺麗な栗毛の馬が鉱芽をじっと見つめていた。
「お前……」
馬と言えど性格はある。人に懐きやすい馬もいれば、問答無用で噛み付いてくる馬もいる。クラブの人間がいない場所で無暗に馬に近づくという行為は、些か危険が伴ってくるのである。しかしそんなことなど知らない鉱芽は、ただ好奇心から目の前の馬に対して無警戒で近づいていった。
鉱芽は馬房から顔を出す馬の頬に手を差し伸べ、そして……。
「……」
ゆっくりとその顔をさすりだした。幸いにもこの馬の性格はそこまで荒くはなかったようだ。馬の顔や首をさすりながら、鉱芽はこの馬をよく観察していた。全身が綺麗な栗毛に包まれており、頭の中心には綺麗に白い線が走っている。鬣も綺麗に手入れされており、右側に揃って垂れていた。
「……ふふっ」
鉱芽に成すがままに触られ続ける栗毛の馬。そんな様子が愛らしく思えて、つい笑みが零れてしまう鉱芽。もしかすると、こんなに優しく笑ったのは久しぶりかもしれない。そう自分でも思えるほど、鉱芽にとってこの馬との触れ合いは特別な時間であった。
しかし、そんな様子は背後から近寄る人物にはっきりと見られていたのである。
「いい子でしょ? その子」
「っ!?」
背後からかかる声に驚き、軽く飛び跳ねてしまう鉱芽。同時に栗毛の馬も、鉱芽の驚愕に共感するかのように頭を振り上げて馬房の奥へと下がってしまう。そして鉱芽が振り返ると、そこに立っていたのは自分と殆ど歳の変わらない少年の姿であった。
「レオンロジックって言うんです」
栗毛の馬の名前を教えてくれた少年は、ゆっくりと鉱芽に──いや、馬──レオンロジックに近づき、彼を落ち着けるかのように首元を撫で始めた。
「お父さんがレオンハルトで、お母さんがホープロジック。その名前をとって、だから『レオンロジック』。いい名前でしょ?」
「……アンタは?」
「あ、ごめんなさい。僕は
「ぇ、ぁ、ああ、よろしく。立花」
とても人馴れした少年の話し方に、彼に対して少し警戒を抱いていた鉱芽はつい毒気を抜かれて挨拶を返してしまう。
「ミッチ」
「え?」
「『ミッチ』って呼んでください。みんなそう読んでいますし、僕もそちらの方が好きです。だから」
「えっと……」
しかし返されるあだ名呼びの提案に軽く狼狽してしまう鉱芽。そんな彼の馴れ馴れしい態度にまたもや狼狽してしまう。
「(っつわれても、人の事あだ名で読んだこと無いしなぁ……)」
後頭部を掻き毟りながら、どうしたものかと少し悩んでしまう。
そもそも葛木鉱芽の小学生時代は、孤独ではなかったが順風満帆とも言えなかった。
かつて忽然として失踪と遂げた両親によって生まれた心の溝は、彼を引きとった親戚に埋められるようなものではなかった。幼いころから人一倍身体の弱かった鉱芽。そんな自分をずっと守ってきた両親の蒸発は、幼いとはいえ物心がしっかりしていた彼の心を荒ませるには十分な理由であった。とは言え、自分を引きとってくれた親戚に迷惑をかけるわけにはいかないため、体裁上は転校先のクラスメートと仲良くしようと心掛けていたのだ。しかしそんなものは結局偽りの関係だ。自分が心を開いていないのだから。
つまり彼の人生の中で真に友達と呼べるものはこの方存在しなかったのである。クラスメートには恵まれていた彼だが、そういう意味では彼の人生は孤独であったのかもしれない。
そんな中での伊織の出現が、鉱芽にとって非常にショックなものであったのは言うまでもない。ここまで自分に心を開いてくれたのも、そして自分が心を開いた人物も親以外にいなかったからだ。
「んん……」
そして伊織という人物がいたから……。
「……ミ……」
彼女が鉱芽に人間らしさを思い出させたから……。
「ミッチ…………これで……いいんだろ……っ」
「はいっ」
今日この日、鉱芽は自身にとってかけがえのない、無二の親友と呼べる存在と出会えたのである。
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「……レオン」
今まさに太陽が傾き始めようとする時間になった頃、僕──立花道行は馬に昼の飼(飼料)をやる作業に取り掛かっていた。夏場だけにやはり熱気が身体中に襲い掛かり、ともすれば倒れてしまうかもしれない。しかしそれは馬たちも同じだ。こうして扇風機を付けたり、水を入れ替えたりしないと馬まで暑さでやられちゃうからね。そうなったら馬にもお客さんにも申し訳が立たなくなる。だから飼いつけの合間にもこうして馬の様子を見るのは当たり前のことなのだ。尤も、今の僕は夏季休講中だから平日でもここにいられるんだけど……。
そしてレオン──レオンロジックの前に来た時、ふとあの時の光景を……鉱芽さんと出会った時の事を思い出してしまう。
あの人と出会った後も、それはもう何度も彼と会って話をしたり勉強を見てもらったり、一緒に乗馬のレッスンもしたっけ。一緒に踊ったり、一緒に食べに行ったり……とにかく、僕自身も今までにないほど多くの時間を彼という一人の人間と共に過ごした気がする。
彼が知らないことを僕が教えてあげたり、逆に僕が知らないことを彼から教えてもらったり。そんな充実した日々を彼と過ごしていたことは記憶している。
『どうよミッチ! 今の俺の華麗なステップ!』
「はい、やっぱりスゴイです鉱芽さんは! ……あ、でも最後に少し揺れてましたよ』
『あちゃ〜バレちったか。あっははっ』
『っはは──』
“お爺様”との鍛錬でも、みんなとダンスを踊り始めた時でも、あの人の進歩と集中力は凄まじかった。僕が成長するたびに鉱芽さんは一歩も二歩も先に進んでいく。そんな彼が純粋に羨ましく思ったし、同時に尊敬もしていた。みんなの輪の中で輝いていく、そんな鉱芽さんが僕には眩しく見えた。
『鉱芽さん!』
『よぉミッチ! 今日はさぁ──』
「……鉱芽さん」
だからこそ彼と……鉱芽さんと親友として共にいられたことが嬉しかったし、誇りにもしていた。
なのに……どうして彼は……僕を避けるようになったのだろう……。
どうしてあの時のように……笑いかけなくなってしまったのだろう……。
「……レオンも寂しいかい? 鉱芽さんが来なくて……」
悲しげに語る僕に共感するように、レオンも小さく鼻息を漏らして僕に頭を寄せてくる。そんなレオンがとても愛らしく思えてくるけど、それでも鉱芽さんがここにいないことの寂しさがそれを上回ってしまう。
「鉱芽さん……どうして僕を避けるんですか……」
かつてのように、僕に笑いかけてくれた鉱芽さんはもういない。
未だ何も教えてくれない彼への寂しい思いが、馬小屋の中を風と共に抜けていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鉱芽がミッチと出会ってから更に二か月が過ぎた。既に彼の中学校は夏休みに突入しており、本来なら部活に入っていない鉱芽にとっては退屈な日々となるはずだった。しかし今の鉱芽には一つの目的かつ楽しみが出来ていた。
それは他でもない、つい最近出来た初めての親友──ミッチと共に、彼の祖父の元で身体を鍛えることだった。
ミッチの祖父──立花
そんな人物が近くにいて何も行動しないほど鉱芽は悠長ではない。日頃「強くなれ」が口癖だった父の影響か、はたまた彼の手紙のせいかは分からないが、今はとにかく自分を鍛えるのに必死だった鉱芽はこの老師に弟子入りを志願したのである。
そして何とか弟子入りを許可された鉱芽は、元から彼の元で鍛えていたミッチと共に彼の元で修行に明け暮れることとなったのだ。
だからこの二か月間でミッチと仲が深まったのは、貴兵衛による鍛錬を共に受けてきたところによる影響も大きかった。同じ苦楽を共にした仲とでも言うのだろうか、そう言う仲間意識が芽生えていたからかもしれない。
兎にも角にも、鉱芽はこの短期間で伊織、そしてミッチと、二人の人間に対して心を開くようになった。そして、じきに二人だけではなくなる。彼らのおかげで鉱芽も幾分か心に余裕ができたのか、最近では実に穏やかな表情を多く浮かべるようになっていたのだ。鉱芽が彼ら二人以外にも心を開ける友人がこれからも増えていくと、ミッチと穏やかな表情で語り合う鉱芽を見て伊織は確信していた。
しかし、そんなある日の出来事である。
「……は? ……今、なんて言った? いお姉……」
「ごめん、コウちゃん。どうしても私が引き取らないといけなくて……」
鉱芽は先程話した伊織の言葉が信じられなかった。受け入れられなかった。
伊織の話によると、彼女には父親と二人暮らしをしている姪が一人いるのだが、その父が海外へ赴任するというのだ。しかし、娘まで海外に連れていくことはないとその父親は考えていたため、彼は亡き妻の妹である伊織に娘を預けようと考えたのだ。聞く分には全くもって自然な話だし、その父親の判断も間違ってはいないのかもしれない。
しかしそれでも、鉱芽にとって許せない部分があった。
その娘を引き受けた伊織は、そのままその娘と共に暮らすことになるというのである。
それはつまり、その娘の世話のために、夜から朝にかけて伊織がこの家からいなくなるということである。
伊織が、一時的なものとは言え鉱芽の元から離れていってしまうのである。
「だから、今日から夜はコウちゃん一人になっちゃうの……本当にごめんね……」
「……っ」
申し訳なく頭を下げてくる伊織の気持ちは痛いほど分かるものの、そんな彼女に対して、鉱芽は行き所のない思いを抑えることができなかった。
彼女がいないことによる食事を心配しているのではない。
彼女のいない夜が怖いわけでもない。
ただ、自分の傍から彼女が離れていってしまう事が、とにかくショックだった。そこに論理的な理由など無い。今まで寄り添っていた彼女が自分の元から離れる、そんな単純な理由だけで鉱芽は言い知れぬ喪失感に見舞われたのだ。
「……それで、その娘ってのは──」
しかし喪失感の後すぐ訪れたのは、これまた見当違いな怒りの感情だった。
伊織が引き取るという娘のせいで、自分は彼女と引き裂かれてしまうのか。
そいつのせいで自分はこんな寂しい思いをするはめになるのか。
つまり自分はそいつに伊織を奪われた形になるのか。
そんな醜い嫉妬の感情が彼の中で渦巻いていた。
そして鉱芽が自分から伊織を奪った娘についての話を、伊織から聞き出そうとしていた時だった。
玄関先で家のドアホンが鳴る音が響いた。それはつまり──
『ごめんくださーい!』
「あ、ちょうど来たみたい。はーいっ!」
──自分から伊織を奪った畜生が現れたということだ。
早速その顔を拝んでやろうと、鉱芽は玄関へと向かう伊織の後をついていく。
そして彼女が玄関の扉を開け、そこにいたのは……。
「あっ、叔母さん! お久しぶりですっ!」
「うんっ、久しぶりね。亮子ちゃん」
鉱芽とさほど歳の変わらない、長く下した黒髪が綺麗に映える可愛らしい少女だった。若干たれ目ではあるがパッチリと開いたその瞳が印象的でとても綺麗に見えたはずだが、嫉妬に囚われている鉱芽にとってそんなものはどうでもよかった。
「アンタが……」
明らかな敵意を込めた視線と共に少女に問いかけるが、少女はそんな鉱芽の威圧に対してまるで意に介することなく、眩しい笑みを浮かべて言葉を返してきた。
「えっと……初めましてっ。
──アイツが……嫌いだった。
──俺からいお姉を奪ったアイツが気に食わなかった。
鉱芽にとって、亮子との出会いは最悪だった。
しかし彼女もまた、鉱芽にとってかけがえのない存在へと変わっていく事になるのであった。
過去の話ということで初めてラブライブ!のキャラが出てこない話になりました。
また、今回からしばらく過去の話に入りますが、別にこれが「過去編」というわけではありません。
第二部が終了した後に「過去編」と題して別枠で設け、そこで更なるお話を展開させていく予定です。ですので、今回のように細かいところは敢えて短く描写していくので、ご容赦ください。
それでは次回もご期待ください。
感想、評価お待ちしております。