そして皆さんにも少しお知らせしたいことがありますので、お手数ですが活動報告の方をご確認ください。
それでは今回もどうぞ。
──長谷川亮子。
──いお姉を奪ったアイツが……俺は嫌いだった。
「えっと、葛木……君?」
「……チッ」
「ぁ、あははぁ……何だかご機嫌ななめ?」
「うっせーよ」
亮子が鉱芽たちの前に現れたのは、彼が伊織と出会って4カ月が過ぎてからのことだった。そしてその間に育まれてきた鉱芽の伊織に対する信頼もまた、出会った当初からは想像も付かないほど強固なものとなっていた。周りの環境にどこか壁を作っていた鉱芽。そんな彼の壁を壊し、そして人間としての感情を取り戻させていく伊織の姿は、鉱芽に尊敬の念を抱かせるには難くなかった。短い期間ながらも、ここまで自分と向き合ってくれる伊織に、鉱芽はもう一人の家族を得たような気持ちを抱いていた。いや、鉱芽の中では伊織は既に彼の家族であった。
そんな中での亮子の登場である。
鉱芽が伊織を家族だと認めて、これからも彼女と共に暮らしていく事に一種の楽しみを抱いていた矢先に、自分から伊織を奪い去っていく存在が現れたのだ。自分が大きく信頼を寄せていた人間を、(鉱芽から見れば)ポッと出の女に盗られてしまうのだ。気が気ではなかったことだろう。
そんな亮子に鉱芽が抱いた感情は、嫉妬。人間なら誰しもが持つ醜く、そして人間らしい感情だ。今の彼は正しく、親が後から生まれた子どもに付きっきりになって、そんな親に対してやきもちを焼く兄の感情に似ているだろう。ただ鉱芽の場合は、家庭の環境のためか生まれてこの方嫉妬という感情を抱いたことはなかった。そのため、その身勝手な感情の掃き所は真っ直ぐ亮子に向かうことになったのである。
「ねぇ、鉱芽君。今日はさ──」
「名前で呼ぶな。馴れ馴れしい。あと、鬱陶しい」
「──むぅ……まーたそんな事言う」
亮子とて好きで伊織を奪ったわけではない。彼女は鉱芽より一つ下の小学6年生(ミッチと同じ年齢)。親の仕事の都合上、偶々親族である伊織に預けられなければいけなくなっただけであり、言わば彼女は何も悪くない。しかしそんな事は鉱芽も分かっている。自分の身勝手な感情で彼女が責められるのがお門違いなことは、鉱芽とて十分承知している。
「もぅ、年上なんだからそんな汚い言葉使っちゃダメだよ? 鉱芽」
「余計なお世話だ──ってか、なんで呼び捨てになってんだよっ!?」
「何で避けるのっ? 理由くらい言ってくれないと分からないよぉ!」
「っ……(理由ったってよぉ……)」
亮子の事情は承知はしている……分かってはいるが、この初めて抱いた「嫉妬」という感情の扱いが分からず、鉱芽はこうして亮子に対して冷たい言動を投げかけてしまう。小学生時代は飲み込む事が出来た「わがまま」と違い、扱い方の分からない「感情」を、溜めてしまうことなく吐き出してしまっていた。
彼女は何一つ悪いことをしていない。悪いのは自分なのだが、どうしても自分のこの減らず口を止めることは出来なかった。
「いい加減にしろよっ。俺はお前とは話したくないんだよっ!」
「私は鉱芽と話したいの! 鉱芽がちゃんと私と話してくれるまで絶対に諦めないから!」
しかし亮子は決して鉱芽に愛想を尽かせることなかった。どれだけ邪険に扱われようと、避けられようと、彼女は鉱芽と触れ合うことを諦めるようとはしなかった。その姿は正しく、以前この家に来た時の伊織の姿と同じであった。伊織の姪である亮子もまた、自分から人に関わっていく事に恐れを感じない快活な人物だった。そして同時に、人に“理由のない悪意”を向けることを善しとしない真っ直ぐな人間だった。
鉱芽より一つ年下であるはずの彼女が、伊織とまるでそっくりな人間性を持っている。その事実がまた鉱芽を苛立たせたことを、彼女は知る由も無い。そんな彼ら二人が簡単に分かり合えるはずもなく、鉱芽が亮子を避ける形で時間だけが過ぎていった。
そして亮子が伊織に引き取られてから約一週間が過ぎた頃だった。
「オイ、長谷川亮子。ちょっと来い」
「っ? えっ、何々? もしかして遂にお話してくれるようになったとか?」
「バカ言え。紹介したい奴がいるだけだ」
彼女が通う予定の小学校は現在夏休み中のため、彼女が頼れる人間は伊織や鉱芽を除いて誰もいない。もちろん鉱芽は彼女の助けになるのは真っ平御免という心情だった。とは言え、流石に他に話せる友達がいないのは可哀想だと感じた鉱芽は、不本意ではあるが……非常に不本意ではあるが彼女の自宅を訪れ、亮子の関係が一向に良くならないままではあるが、彼女にミッチを紹介することにした。自分の唯一の親友と呼べる存在を、自分が最も嫌う存在に紹介するのだ。その時の彼の心情は量るに難くないだろう。
「初めまして、長谷川亮子です。よろしくねっ」
「立花道行です。ミッチって呼んでください。なんだ、思ってたよりもいい人じゃないですか。ねぇ鉱芽さん」
「ふふっ、ありがとうミッチ。ねぇ、鉱芽も来てよっ」
「……ふんっ」
鉱芽の予想通り、ミッチと亮子は難なく打ち解け合えた。元々誰に対しても丁寧に接する優等生なミッチと、伊織に似てお節介で世話焼きな亮子の事だ。簡単に馬が合っても不思議ではなかった。
「鉱芽さん。そろそろ亮子さんにも絡んであげましょうよ。まさかずっとこのままですか?」
「……さぁな」
「はぁ……でも、待ってますからね。僕も、亮子さんも」
「……そうかい」
鉱芽が、自分が嫌っている亮子の面倒をわざわざ見ることはなかった。代わりにミッチが相手をしていたのだが、鉱芽の与り知らぬところで二人の仲は深まっていった。ミッチを紹介した手前、それはそれでいい事のはずなのに、やはり長谷川亮子という人物が鉱芽の周囲に関わってくることに、彼自身戸惑いを感じざるを得なかった。
「鉱芽ー!」
「……」
「鉱芽ぁ! ちょっと来てよー!」
「……っ、何だよ! うっせーな!」
「あっ、来てくれた!」
「ちっ……いいから用件言えよ」
しかし嫌悪を抱いていると言えど、それは子どもらしい嫉妬心には違いない。伊織に心を許した鉱芽が、彼女に似た亮子に対して心の変化が起こるのは、そう長くないことだった。そもそも彼女の言動を無視することができないまでには、鉱芽は長谷川亮子という人物に意識を向けていたのだから。
「あっ、ねぇ鉱芽。ここの問題なんだけどさぁ、分かる?」
「何だよそんな事も……っ……そこはなぁ——」
「──ふふっ、ありがとう鉱芽」
亮子が伊織ばりに諦めず鉱芽と接してきた結果だろうか。鉱芽が亮子に対してようやくまともに会話が出来るようになった頃であった。
「ダンスだぁ?」
夏休みが終わろうとしていたある日、鉱芽とミッチは亮子に呼びだされ、とある広場に呼びだされていた。広場と言っても、周りには空き家のレンガ造りの建物が一つあるだけで、元々そこの駐車場として使われていたスペースのことなのだが。
そして呼びだされて突然言われた言葉が「ダンスをやろう」という言葉だった。その言葉に一瞬首を傾げ、互いの顔を見やる鉱芽とミッチ。亮子という人間を理解していない鉱芽はともかく、普段から亮子と仲の良いミッチすら、彼女の思惑が掴めていなかった。
「私さっ、ここのガレージでやってるダンスクラブに所属してるのっ」
「ダンスクラブ? こんな薄汚れた建物でやってんのか?」
「中身は割と綺麗なガレージなんだよ。それにコーチやメンバーの実力だって馬鹿にならないんだからっ。みんなとっても上手いよ」
亮子が話しだしたのは、自分がダンスクラブに所属しているという事。そして、鉱芽とミッチにも一緒にそこで踊ってほしいというものだった。
「ダンスかぁ……確かに面白そうですけど。ねぇ、鉱芽さん」
「つか、何で俺らも入らねぇといけないんだよ。知り合いが欲しいだけだろ?」
「う~ん。それもあるけどさぁ……私たち、絶対いいチームになると思うんだよねぇ」
「あ? どういう意味だ?」
知り合いが欲しい以上に、いいチーム? 亮子の言葉にいまいち納得していない二人に、亮子は自分の抱いている思いを打ち明けた。
「私さぁ、ダンサーになりたいんだよっ。世界中の人を魅了できるような、すっごいダンサーに」
そう語る亮子の目は、今まで見た事のないほど輝かしいものであった。自分の夢を語る亮子の姿は、それはもう幸せそうで、そして何事にも屈しないであろう熱さを秘めていた。夢を語る時の人間というのはここまで眩しくなるのか、と鉱芽は亮子に対して初めて感心の念を抱いていた。
「でも、今の私一人じゃ何の力も無い。精々ちょっとダンスの上手い小娘程度かな? だからチームが欲しいの。みんなで踊って、みんなで目立って、みんなが輝ける。そんな人たちと一緒にチームを組んで踊ってみたいのっ!」
「それならそのダンスクラブとやらの人間でいいだろ? チームなんて。なんで俺らなんだ?」
鉱芽の発言は尤もだ。そもそも鉱芽たちはダンスを習ったこともない素人。そんな二人を誘うよりは、元からクラブに所属している人間を誘った方がチームのレベルも高くなるはずだ。それはミッチも同じ考えであった。
しかし亮子は目を瞑ってゆっくり首を振って、否定の意志を伝える。
「さっきも言ったじゃん。私たち、いいチームになるって……」
「どこが? 現に俺とお前の馬が合ってねぇだろ。無理に──」
「それでもっ! 」
「──っ?」
「それでも、私は鉱芽たちと一緒に踊りたいのっ。鉱芽とミッチと、それと私で。他にもピッタリな人がいるかも知れないけど、今はこの3人が一番輝けると思ったのっ」
亮子の「この3人」という強い拘りに呆気に取られる鉱芽とミッチ。この3人が連んでいた期間は決して長くない。それなのに亮子の望んだ人間はこの3人だった。それが不思議でならないのが他でもない鉱芽だった。そもそも鉱芽に至っては望まれる理由がない。今までずっと彼女を邪険に扱ってきたのだから、共に踊ることなど考えられないはずだった。彼女に好かれているとは思えなかったからだ。
「なんで俺を……」
「だって鉱芽、絶対いい人だもん。分かるよ」
「っ……」
そんな亮子のまさかの返答に、鉱芽は声が出なかった。あれだけ関わるのを避けていた亮子本人から、「いい人」なんて言われるとは夢にも思わなかったからだ。今までの彼の行動を思い返してみても、目立つのは拒絶の言葉や罵声ばかりだった。そこに好かれる要素などなかったはずだ。
しかし亮子は理解していた。鉱芽は自身を疎ましく思いながらも決して自分の意識の中に置いていた事を。無視してもよかったのに、鉱芽は自分の声に必ず反応を返してくれた。そして何より、他に話し合い手のいない自分にミッチを紹介してくれた。彼は嫌いな相手であっても、それが真人間である限りは不憫な思いをさせたくないと感じる優しい人間であった。
そして亮子は、そういった鉱芽の根の部分をしっかりと捉えていたのだ。
「ツンデレさんなんだから、鉱芽は。ね、ミッチ」
「ははっ、そうですね」
「っ、るっせぇ」
そんな二人の反応に若干顔を赤らめながらそっぽを向く鉱芽。亮子の発言をとっさに否定できなかったのは、実際のそうであったからか、または面倒くさかったからか、それは本人にも分からない。しかし、亮子にそう思われていたことに関しては、悪い気はしていなかった。
むしろ、未だに亮子が自分を見限っていないことを嬉しく感じていた。
「ねぇ、鉱芽、ミッチ」
「ぁあ?」
「どうしたの?」
「今から踊るから……私のダンス……ちゃんと見ててね」
そして亮子は自らの舞を二人に見せる事にした。この二人には見てほしかったのだ。自分の本気を。自分が目指している場所を。そして、二人に知ってほしい世界を。亮子が二人をこの広い場所に呼びだしたのも、自分のダンスを見せるためであった。
「あ、ちょっと待ってて。今用意するから」
そう言って軽く準備運動を施し始める亮子。服装はこの場所に来た時点から既に踊るための軽装をしていたため、特に着替えることはしない。踊るのに邪魔な長髪を可愛らしくくくり、腕にもリストバンドを巻いており、今から踊りますよと言わんばかりの格好だった。
「じゃあ……踊るね、私」
亮子が身体を解し終えると、彼女は自分の端末をスピーカーに接続し、再生ボタンを押して曲を再生させる。そして、スピーカーから流れるミュージックと共に、彼女の身体は……
躍動を開始した。
「見ててねっ、二人共」
『TEPPEN STAR』
スピーカーからアップテンポなリズムが流れ出し、彼女の身体を躍動させる。
刻むビートが彼女の身体を勝手に動かす。熱く震える鼓動が彼女の血液をたぎらせる。
流れるテンポに合わせて、跳び、振り、回り、踏み、自身の存在をその場に刻み付ける。
それこそ正しく、自身の証明。
正真正銘、彼女だけのステージ。
そして、そんな彼女の舞に思わず目を惹かれた男がここに一人。
「(……すごい……)」
鉱芽は亮子の踊りから目を離すことができなかった。
彼女の身体の動き一つ一つがどれも新鮮で、魅力的で、そして輝かしく見えたのだ。
自分はこれを知らない。こんなにも楽しく、熱くなれるものを今まで見たことがなかった。
ダンスを舞っている時の彼女の顔も本当に楽しそうで、先程の自分の夢を語っていた時以上の煌めきがそこにある。
亮子の本気の思いを直にこの身に受けた故に、鉱芽は彼女の舞から目を離すことができなかった。
「(綺麗だ……)」
ステップを踏むたびにはじけ飛ぶ汗、揺れる髪。
疲れが見えているにも関わらず、絶えることのない楽しげな笑顔。
そんな舞を見せる亮子自身にも、鉱芽は同様に魅了されていた。
鉱芽が彼女に対して感じたのは、揺るぎのない「強さ」だ。
亮子は、自分が最も尊敬できると思っていた母──葛木舞衣を彷彿とさせる、「誰かを励まし勇気を与える力」すら備えていたのである。
いや、それだけではないだろう。彼女は母でなければ伊織でもない。長谷川亮子という一人の少女だ。
亮子の舞う姿の中に、鉱芽は他の誰にも見出したことのない“何か”を見出した。温かくもあり、優しくもあり、時に切なくなるような何かを。
それが何であるかは今の彼には判断できなかったが……。
しかしそんな彼女のダンスも終わりを迎えてしまう。
「っ! ……はぁ~……」
最後の一踏みを決めて、ピタッとその躍動を停止させる亮子。最初から最後までその踊りに圧倒されていた鉱芽は、まるで言葉が出なかった。隣ではミッチも鉱芽と同じく感動で息が詰まっていたが、自身も同じく感動していた鉱芽は気付かなかった。
そして踊りを終えた亮子は一息つくと、未だ呆然と立ち尽くす二人の前まで歩いていく。
そして──
「ねぇ、ダンスやろうよ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
表に階段のかかった、懐かしいレンガ造りの建造物を前にして、私──綺羅ツバサは物思いに耽るようにして溜息をつく。
「コウガ……」
昨日、真姫ちゃんから事の顛末を聞いた後、私はコウガに連絡を入れた。だけどやはりと言うか、その声からは全く覇気が感じられず、泣きそうになっているのが端末越しでも伝わる程だった。またあの時のように……いや、あの日々のように、人だった存在を倒すことになってしまったコウガ。しかも今回は知り合いになった子どもだと聞いている。優しい彼のことだ。それを倒してしまったコウガの心境なんて考えるまでもない。
今日は真姫ちゃん達が彼の家に訪れる様だから取り敢えず彼女に任せることにしたけど、やはり心配になって彼の携帯に電話をかけてしまった。しかし電波は繋がるけど、彼は電話に出ることはなかった。
真姫ちゃん達と話をしているのだろうか? それとも、一人でどこかを訪れているのか……。
そう思ってふと足を運んでしまったのが、この広間だった。
「変わってないなぁ……ここは」
元々ケーキ屋として使われていたレンガ造りの建物と、その駐車場として使われていた広場。だけどその建物の表にかけられた階段の先に、広いガレージがあるのを私は知っている。そう、ここはかつて私が通っていたダンスクラブがある場所だ。今は人が見えないけど、未だに経営は続けていると聞いてはいる。
そしてそのダンスクラブ以外にもう一つ。
私たちにとっても大きな意味のある名前がそこにあった。
「懐かしいな……」
それはかつて、私とコウガ、そしてミッチと亮子ちゃんが所属していたダンスチームの名。
今もこの街でストリートダンスを披露する集団「ビートライダーズ」、その最初のチームとなった名。
亮子ちゃんがコウガ達と本当にやりたかったこと。それを象徴する名が……。
「……チーム鎧武」
私の埃を被ったレコードのようなぎこちない呟きは、風と共に空へと去っていった。
久しぶりに登場です。次回はツバサのお話と、そして……?
お楽しみください。