それでは今回もどうぞ。
チーム鎧武。それはコウガとミッチ……そして亮子ちゃんが中心となって誕生した、ここのダンスクラブ発のダンスチームの名だ。そして私──綺羅ツバサも、元チーム鎧武の一員だった。ま、私は後から加入した外様なんだけどね。
そもそも私がチーム鎧武に加入する前……このダンスクラブに入ったのは小学6年生の頃だった。
そして、あの頃の私は少し嫌な人間だった。
私は昔から何でもそつなく熟せる、所謂天才と呼ばれていた人間だった。運動も勉強も、歌も人とのコミュニケーションも、全部が人より優れていた。自分よりできた人間をこの方見てきた事がなかった。そしていつしか、自分が人よりも優れた人間だと思い上がるようになってしまっていた。私はすごい、普通の人間じゃない、他の人間にはない才能に溢れている、凡人とはわけが違う。そんな風に他人の事を下に見る癖まで付いていてしまっていた。
ダンスクラブに入ったのだって、単に自分の才能、そして魅力を更に上げるために、親に勧められるままに入ったにすぎない。
どうせ何でもできてしまうのだ。そんなに時間が経たないうちに、ダンスの分野でも上位にいけるだろう。
そんな風に鷹を括ってダンスクラブの門を叩いた初日の事だった。
彼──葛木鉱芽に出会ったのは。
「綺羅ツバサです。ダンスは初心者ですけど、これからみなさんに追いつけるよう努力していきます。よろしくお願いします」
クラブのみんなの前で挨拶する私。こんな事を言ってるけど、実際心の中では「そんな事当たり前だ」「余裕で追い越せるだろう」という独見を抱いていた。今までだってそうだったからだ。天才肌で何でもこなせた私は、始めた習い事全てにおいて、自分より先に始めた人達をいとも簡単に追い抜いていった。みんな簡単に勝ててしまった。年上や男だって関係ない。みんな私からすればただの凡人だったから……。
──だからきっとここでも同じだろう。私よりできる人間なんて、そうそういるもんじゃない。
何せ今まで負けたことがなかったのだ。驕り高ぶっても仕方ないだろう。
「よろしくね、ツバサちゃん。長谷川亮子よ、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
このクラブでコーチ以外で初めて話をしたのが亮子ちゃんだった。だけどもちろん、この時の私はあまり彼女を眼中に入れてなかった。いずれ追い抜く身だ。そしてダンスをある程度極めたらこのクラブもすぐに去るだろう。そんな浅はかな臆見をこの時の私は抱いていたから。
でも、そんな中だった。
「なーんか、含みのありそうな奴だな」
腕を組みながら、どこかにやけ顔でこちらへ歩み寄ってくる少年。取り敢えず自分より年上なのは確実なので取り繕った態度を取ろうと考えたけど、そんな深慮もその少年の一言で打ち消された。
「ふふ……周りをバカにしてるって顔だろ? 分かるよ」
「っ!?」
周りのクラブの人間には聞こえないよう、小さく私に呟く少年。そのあまりにも的確な指摘に、私は優等生な自分を演じるのを忘れてつい動揺してしまう。
「な……なんで……?」
「なんでだと思う?」
「……」
驚愕で声が震えるけど抑えることができないまま、私は彼に訊ねる。しかし彼は逆に聞き返してきた。なんでって、そんなの……。
──私と同じ……だから?
「なぁ? 俺と何か勝負しねぇか?」
「え?」
私が彼に対する一つの答えに導いたと思った時、彼からそんな提案を持ちかけられる。勝負? 一体何の?
「何でもいいよ。カラオケでも勉強でも、男女や年齢の差が出にくいものなら何でも」
「むっ……」
そんな彼の挑戦的な言葉に、先程までの動揺も忘れて私も挑戦的な態度に出てしまう。性別や年齢なんて関係ない。今までだってそんな人間相手にも負けてこなかったもの。どれだけ違ってようが、結局は才能のある方が勝つ。ずっとそう思って生きてきたからだ。
だから、そんなあからさまなハンデを出してくる彼に対して少なからず怒りが込み上げていた。
「いいじゃない。だったら受けて立つわ」
「おう、元気でよろしい」
そしてダンスクラブに入った初日だというのに、私はこの少年とダンスとは全く関係の無い勝負を行うことになってしまったのだ。
「っと、悪い忘れてた……葛木鉱芽だ。よろしくな、ツバサ」
そしてこれが……私──綺羅ツバサと葛木鉱芽の、最初の出会いだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当、バカだったなぁ……私」
昔の事を思い出して恥ずかしげに呟く。自分以外の人間は凡人ばかり。そんな才能を持つが故の傲慢な考えを、その時までずっと持ちつづけていたのだ。そう、彼と出会うまで。
『ハイ俺の勝ちー』
『っ、うそ……』
最初の彼との勝負、結果だけ言えば私の負けだった。性別の差が出にくく、尚且つ互いが経験している馬術で勝負を仕掛けたけど、結局あっけなく負けてしまった。
障害馬術では互いにバーを落とさなかったけど、そのタイムで割と余裕を持って負かされてしまった。彼はそのルートの取り方もさることながら、馬の呼吸に合わせた緩急の付け方が私の比じゃないくらいに卓越していた。自分が有利にならなように、あまり関わったことのない馬に乗ったにも関わらずだ。しかも何が驚きって、まだ馬術を始めて1年も経っていないという点だ。
要は、自分より経験の日の浅い人物に負けてしまったのだ。完敗だった。
それは正しく、私が味わった初めての敗北。初めての屈辱。
『むぅ……』
その時、私の中に小さな火が灯るのを感じた。それは久しく感じていなかった敗北の悔しさ。そして負けたくないという勝利への執着だった。
そしてそこから、私の彼に対する挑戦は始まった。
『勝負を挑むわ』
『え、また? 因みに何するの?』
『何でも。私が勝つまでよ』
文字通りなんでもした。学力テストでもスポーツでも、カラオケでもゲームでも、とにかく何でも。自分が人より優ってることなんて有り余っているから、何でも彼に対して挑戦を仕掛けられた。だけど……。
『はいまた俺の勝ち―』
『っ、また……』
何度勝負を挑んでも私は彼に勝てなかった。私の調子が悪いわけではない。私のベストのその更に上を、彼が超えてしまうのだ。何度やっても彼の上に立つことが出来なかった。
彼は正しく、私以上の才能を兼ね備えた天才だった。
『これで俺の15戦15勝ね。で、どうする?』
『つ、次よっ!』
でも今思い返せば、あの頃の自分はとても生き生きとしていたかもしれない。だって、そうよね? あんなに一生懸命になったことなんて随分久しぶりで、身体が、脳が、心が、私に動くことを求めていたもの。
初めて誰かに負けたくないと思った。
初めて努力しようと思えた。
初めて誰か一人に興味を持つようになった。
そう、今思えばこそ、あの時から私は彼に惹かれていたのかもしれない。何をしても人より優ってしまう自分。そんな自分をあっさり負かしてしまうそれ以上の才能の塊のような存在が現れた。自分より上の人間はいると認識できた。自分にも努力が必要だと知る事ができた。そして何より、自分に人間らしい真っ当な感情が生まれた。
これも全部、彼のおかげなんだと思う。
学校やクラブの合間に何度も何度も勝負を重ねていくうちに、私は彼を──コウガを尊敬するようになっていた。いや、もう既に好きになっていたのかもしれない。こんな私の挑戦を断ることなく真摯に受け続け、尚且つ私が楽しんでいるのを知っている。何度目かの挑戦でやっと気付いたそんな彼の優しさにも、私は惹かれていったのかもしれない。
だけど、そんな彼の心の中心にあったのは私ではなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さぁ行くよぉ! G・A・I・M! チーム鎧武!」
亮子ちゃんの掛け声と共に、ミュージックのリズムに合わせて華麗な踊りを見せる彼ら。このクラブ発の独立したダンスユニット「ビートライダーズ」の先駆けとなった、チーム鎧武だ。
そしてそのメンバーの中にはコウガもいた。
ヒップホップのリズムで軽快なステップを踏んでいくコウガたち。そんな彼の姿が私にはとても楽しそうで、魅力的に見えた。一つ一つ強く、時に弱く、絶妙に緩急を付けながらステップを踏んでいく彼に目を惹きつけられてしまう。これでまだダンス歴9ヶ月っていうから本当に恐ろしいほどの才能の塊だ。
でも、その時の一番は彼ではなかった。
コウガとミッチ──立花道行の間に挟まれ、センターでいかんなく存在感を発している存在……それが亮子ちゃんだった。
彼女こそ彼ら二人をこのクラブに誘った張本人であり、このチーム鎧武の発起人でもある。そして夢は世界一のダンサーということもあり、その実力は折り紙付きだった。あの才能の塊であるコウガに決して負けていないどころか、その更に上をいくような煌びやかな舞を見せているのだ。その圧倒的なダンスに私は目を瞠るばかりであった。
同時に、コウガ以外にもすごい才能を持つ人間はすぐ近くにいるものだという事にも気付かされた。今まで私が気付いてこなかっただけで、才能を持つ人間なんてどこにでもいるんだ。私だけが特別なんじゃなくて、みんなが特別なんだ。私は本当に今まで狭い世界に生きていたんだと思う。いつまでも楽しそうに踊る亮子ちゃんを見て、自然とそう思う事ができた。
そして、そんな亮子ちゃんだからこそ……
そんな亮子ちゃんにだからこそ……
コウガの視線はずっと彼女を追いかけていたのよね……。
──チクッ
ふと胸に何かが刺さるような痛みを感じた。ズキズキと長期的に続くわけじゃないけど、チクっとした小さな痛みが何度も連続で突き刺さるような、そんな苦しい思いをこの時初めて抱いた。
これが私の抱いた初めての「恋」という感情。コウガを想って、嬉しくなり、熱くなり、悩み、そして傷ついてしまう。そんな幸せだけど切ない気持ち。今はその気持ちの正体にまだ気付かなかったけど、自覚するのにはそう時間はかからなかった。
「──っ! ふぅ~! おしまい!」
最後に3人綺麗に揃って飛んで、地を踏み、同時にミュージックが鳴りやむ。私を含め、彼らのダンスを見学していたみんなは彼らに称賛と拍手を送る。
しかし本当にきれいだった。最後の揃い踏みもそうだけど、彼らのシンクロ具合にはほとほと感心させられる。あれは確実に互いが互いを信用している証だ。でなければあそこまで完璧に動きを揃えられるはずがないもの。
「よかったよ二人共! すごく揃ってたよねっ!? 今の私たちっ」
「はいっ、僕もそう思います」
「なんせ、俺達だからな。りょ~うちゃん」
にやけ顔で亮ちゃんとミッチの肩に腕を回しながら、コウガは楽しそうに呟く。そんな二人に馴れ馴れしい態度を取るコウガを見て、また胸にチクリとした痛みが走る。
「もうっ! 亮ちゃん言わないでよっ」
「あれ? もしかしてまだ不服? だったら
「さあ? でもまあ、今更ですけどね。好きに呼んでいいんじゃないですか?」
「もぅ、ミッチまでそう言う。いいよ、もう亮ちゃんでっ」
「そうかっ。じゃ、亮ちゃんで。っはは──」
「もう……クスッ、あっははっ──」
「ははっ──」
本当に仲良さそうに肩を組んで和気藹々とするチーム鎧武のメンバー。みんなを魅了する程の素晴らしいダンスを見せた人たちとは思えないほど、子どものように楽しく笑い合う三人。そんなに楽しそうで、幸せそうな彼らを見ていると、ふと「羨ましい」という思いに駆られてしまう。
私もあんな風に彼らと笑い合いたい。達成感を得てみたい。彼らと一緒に踊ってみたい。
──私も……チーム鎧武に入りたい。
そんな切な思いを胸に抱いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
ガレージに続く表の階段を登り、少しさび付いた手すりをもの惜しげに触れながら昔に思いを馳せる。
結果から言ってしまえば、思っていたよりもすぐにチーム鎧武に加入することができた。自惚れてはいたが、それでも元から才能も魅力もあったのも事実。彼らと共に踊る事を目標として、本気で努力してダンスに打ち込んでいれば、自然と周囲からの称賛される声も増えてきた。そしてそんな私に、遂に亮子ちゃんは声をかけてくれた。
──私たちと一緒踊ろう、って。
その言葉を聞いた瞬間、今までに感じたことのない喜びをこの胸に抱いたのを覚えている。自分でも信じられないほど感極まり、亮子ちゃんに跳びかかって抱き付いてしまったことも。
『はいっ! こちらこそお願いします!』
『これからよろしくな、ツバサ』
『コウガ……うんっ!』
それだけではない。何よりも嬉しかったのは、私をチーム鎧武に入る事を進言してくれたのがコウガだということだった。
チーム鎧武のダンスを見て以来、コウガに勝負を挑むことは無くなった私。代わりにずっとダンスの鍛錬を続けていたのだけど、コウガはそんな私をずっと見てくれていた。天才気取りで横暴だった私が変わって、みんなと楽しくダンスに励むようになった姿を傍で見ていてくれた。私の努力を、彼は見ていてくれていたのだ。それが嬉しくて嬉しくて、後で知った時は思わず泣き出しそうになった。
彼を好きでいてよかったと思えた。
……だけど、コウガの心は私の方へ向いてはいなかった。
『っ? あっ、コウガ──』
『っだろう? それだとさ──』
『──っはは、そうだね。鉱芽はさ──』
『──っ、……』
私がコウガを意識するよりも前から、いや、出会うよりも前から、彼の心は……亮子ちゃんのものだった。
そんな事は分かっていた。気付いていた。だけど、どうしても自分の気持ちを切り捨てることが出来なかった。初めて抱いた人を好きになるという気持ちを、諦めたくなかった。
その気持ちはどれだけ時間が経とうとも、変わることはなかった。私も……コウガも……。
『合格おめでとう、ツバサ』
『ありがとうコウガ……ねぇ、鉱芽。私……』
『ん?』
『……何でもないわ』
私がチーム鎧武に加入してからも、チームはゆっくりと人数を増やしていき、その規模を大きくしていった。そんな中で皆それぞれ成長していき、コウガが高校三年、私がUTX学院に入学した頃でも、その気持ちは変わる事はなかった。
私の気持ちは変わらない。例え振り向いてくれなくても、私はコウガを……葛木鉱芽を愛していた。
だけど、彼らチーム鎧武の初期メンバーの関係は、非常に不安定な時期に突入していた。
そもそも、亮子ちゃんに仄かな想いを抱いていたのはコウガだけではない。
ミッチも同じだったのだ。
二人共、ずっと昔から……私と出会うよりも前から、同じ少女を好きになってしまっていたの。
そして亮子ちゃんもまた、そんな二人の間で揺れ動くことになっていた。
もし彼ら三人の間のバランスが崩れた時、このチームはどうなってしまうのか。3人共それがずっと気がかりで、今までアクションを起こさずにいたのだ。だけど年を重ねるにつれて……大人になっていくにつれて、みんなそういう感情から目を背けることができなくなってしまった。均衡を保つという体裁以上に、自分の気持ちを抑えることが苦しくなっていった。
誰もが、自分の抱く感情に悩んでいた。
私も、コウガも、ミッチも、そして亮ちゃんも。
だけど……
だけど亮子ちゃんは……
ミッチと付き合うことになった。
亮子ちゃんがミッチと付き合い始めた後、殆ど成り行き上……というか、自然な流れで私とコウガは付き合うことになった。もとより、街中で見かけるカップル程度には仲は良かったのだ私たちは。ただそれ以上にコウガと亮子ちゃんの間の繋がりが深かっただけで……。
コウガは亮子ちゃんがミッチを選んだことに少なからずショックは抱いたようだけど、彼はそれを割り切ることが出来た。何せ相手があの二人なのよ。彼らの関係を考えてみれば、そこに遺恨なんて残るはずがなかった。コウガは自分の想いをすっぱり諦めて、彼ら二人を祝福したのだった。
彼は最後まで、自分の気持ちを亮子ちゃんに伝えることはなかった。
そこに付け込んで……というのは聞こえが悪いけど、そんな彼の心の隙間を埋めるように交際を始めた、と言われても否定はできないかな。それでも構わなかった。一番じゃなくても、コウガが私を見てくれるならそれでよかった。例えこんな形でも、彼の恋人になれたという事が、当時は嬉しくて仕方なかったのだから……。
「……でも」
だけど、今になってどこか納得できない自分がそこにあった。そもそも亮子ちゃんだって迷っていたのだ。自分はコウガとミッチのどちらを選べばいいのかを。
そして結局ミッチを選ぶことになったのは……。
なったのは……。
「……私がそうさせたようなものなんだけどね……」
誰に言ったわけでもないその呟きは、今の私の気持ちを現すように寂しく消えるように流れ去った。
そんな時であった。
「……?」
ふと私の真上を、黒い塊が飛び去っていくのが見えた。
いや、塊じゃない。それに耳を澄ませば、ブーンと羽根を鳴らす嫌な音が聞こえてくる。
よく目を凝らすと、細かい黒い点が無数に集まって、一つの大きな群れを形成しているのが確認できた。
「……虫?」
黒い虫の大群……正体は分からないけど、多分
蝗(?)の群れは、そんな私のことなどまるで目もくれず、大きくうねる様にして街の空へと飛び去っていった。
──こんな都会に蝗? しかもあんな大群で……。
そのあまりにも妙な光景に疑問を抱いた私は、ダンスクラブの建物を後にして、その謎の虫の大群の後を追い始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして……。
鉱芽がツバサと付き合い始めて五ヶ月。
鉱芽が大学に入学してから三カ月。
ツバサがA-RISEのセンターとして活動を始めた頃。
「変身!」
彼の戦いは幕を開けるのであった。
更新が難しくなってるわりにはすぐ投稿できましたね(笑)
Twitterの方でも作品ついて色々呟いているので、そちらの方も覗いてくれると嬉しいです。
それでは次回もご期待ください。
「穂乃果の背後霊になっちゃった!?」の方もよろしくお願いします(露骨な宣伝)。