いやぁ、怖いですね(笑)
それでは今回もどうぞ。
「セイハァァァァーーーッ!!」
「ギギュィァァァ!!」
手にした刀が眼前の異形を斬り裂き、異形は耳に残るような悍ましい悲鳴と共に爆散する。横一文字に斬り払った刀をゆっくりと下げながら、その持ち主であるオレンジ色の鎧を纏った武者は息を落ち着かせる。
「ふぅ……」
そして腰部のバックルに手を伸ばして開かれた錠前──ロックシードを閉じ、鎧武者の装甲は色取り取りの光の粒子と共に消滅し、中から一人の青年の姿が現れる。その顔からは大量の汗がにじみ出ており、明らかな疲れの色が浮かんでいた。
葛木鉱芽。現在大学1年生……いや、大学生だったと言った方が正しいだろう。何故なら彼はつい先日、自身の通う大学を退学したのだから。今の彼の身は大学生ではなく、ただの無職ということになる。
しかしこうでもしなくては、彼は自分の世界を──人間を守る事ができなかった。鉱芽が鎧武となって戦うこととなったのは、彼が大学に入学してから三ヶ月経った日だった。兼ねてより父──戦極岳斗から警告されていた通り、彼の街にクラックが出現、ついに地球とヘルヘイムが繋がってしまったのである。
だが彼はこの日のためにずっと身体を鍛えてきた。亮子らとダンス活動に打ち込む傍ら、彼は今は亡きミッチの祖父──立花貴兵衛による指導の元、己の精進のために努めてきたのである。来る日も来る日も……すべては愛する者達を守るために……自分が好きになったこの街を守るために。
そして今がその時。鍛え上げたこの身体と父が託した戦極ドライバーを持ってして、彼は世界を蝕む悪意──ヘルヘイムとの戦いに身を投じたのである。
「……っ、はぁ……はぁ……」
しかし現状は彼の意気込み通りにはいかなかった。初めて対峙する、明確な殺意を持った存在との邂逅。初めて経験する命の奪い合いと命の危険。そして初めて味わう、この手で命を葬るという生々しい感触。過酷な修行に耐えてきたからと言って、いきなりそんな残酷な経験を求められるのは一介の大学生には厳しいものがあったはずだ。
それに何とか慣れるようになったとしても、クラックの開くペースが早いため、彼には羽を休む暇がなかった。クラックが開くのはこの街付近の話だが、それがほぼ毎日……1日に3回開くこともザラにある。大学へ通いながらそんなクラックの……クラックから現れるインベスの処理なぞできる筈がなかった。
そして鉱芽は、教師になるという自信の夢を諦め、アーマードライダー鎧武としてヘルヘイムと戦う決意を固めたのである。
インベスを倒して息をついたのもつかの間。すぐに疲れがぶり返して、膝を付き再び息を荒げる鉱芽。顔の横からは夕日が忌々しく彼の顔を、先程の鎧武者の兜の如くオレンジに照らし出す。それが彼にはまるで「お前はまだ仮面を被って戦っているのだ。お前に休む暇は無いのだ」と付きつけられているようで、いい気はしなかった。
戦いにこそ慣れてきたものの、これで今日5回目の戦闘なのだ。朝からずっと、休まることのない心を無理に打ち付けながら、今まで必死に戦ってきた故の疲労であった。
「コウガ!」
しかし彼は独りではなかった。彼には仲間がいる。自分が鎧武である事、一人戦っていること、世界の改変の所為で誰も助けてくれないこと、それらを理解してくれる存在がいた。
「大丈夫!?」
「ああ、スマンなツバサ。それと……真姫も」
「別に……でも、どうしてそこまでしてアナタは……」
「決まってるだろ……人が好きだからだよ。他に何かいるか?」
「全く……バカよあなたは……」
「ははっ、かもな」
綺羅ツバサ、そして西木野真姫。彼女達は鉱芽の連日の戦線の中で、ヘルヘイムの因子をその身に宿してしまった者達──いわば被害者とも言える立場の人間だった。しかし、因子があるからこそ彼女達は世界の改変の影響を受けることはなく、鉱芽の活躍を覚えていられる。彼が独り戦い続けている事を知り、彼の傍にいられることができる。そんな彼女達は、鉱芽にとってある種の救いとなる存在であった。
しかし、因子を宿さないもの……特に亮子とミッチは、彼が戦い続けていることなど知る由も無かった。
「鉱芽さん。最近随分疲れているみたいですけど、どうかしたんですか?」
「ん? ああ、いやちょっとね」
「やっぱり大学の勉強、大変だったりします?」
「ま、まあ、そんなところかな……あはは……」
「鉱芽さん……?」
それでも、彼らを戦いに巻き込むわけにはいかない。どんな嘘を付いてでも、彼らだけは……自分の一番大切な仲間である彼らだけは、ヘルヘイムの脅威に巻き込むのは避けたかった。
「ほら、そんな顔すんなって。さ、踊るぞ。受験勉強ばっかじゃお前もしんどいだろ?」
「……ふふっ。はい、それもそうですね」
「分かればよろしい。今日は練習も無いし亮ちゃん来れないみたいだから、久しぶりに二人だけで踊るか」
「はいっ……あの、鉱芽さん」
「ん? どうした?」
「もし何かあれば言ってくださいね。僕たち、絶対に力になりますから」
「……ありがとな、ミッチ」
ミッチも亮子も、鉱芽が何かを隠していることには気付いていた。かれこれ6年の付き合いになるのだ。そのくらい気付いてもおかしくはない。そして鉱芽が隠し事をしているのを知っていながらも、彼らは鉱芽が自分から話してくれることを信じて待っていてくれたのだ。
二人共、依然変わりなく鉱芽を大事に想っていた。彼ら二人が交際を始めたからと言って、決して彼らの仲が割れることはない。それほどまでに彼ら3人の絆とは強いものであった。
しかし自らの付いた嘘がばれるのは時間の問題であった。
「ねぇ鉱芽。大学辞めたって本当?」
「……」
顔を鉱芽に近づけ、心配するような表情を見せる亮子。ヘルヘイムの脅威に備えるために大学を退学したことを、ついに亮子に知られることになってしまったのである。
「鉱芽、教師になりたいんじゃなかったの? ねぇどうして」
「今は……言えない、かな」
「鉱芽……」
──今は勉強をしてる余裕はない。
──人間を守らなければいけない。
そんな簡単な事なのに、鉱芽は伝えることができなかった。真実を話せばきっと亮子は鉱芽を心配し、協力もしてくれるだろう。そして鉱芽自身もまた彼女に助けてほしいと切に願っていた。
しかしそれでは彼女を──自分の大切な親友を危険に晒すことになってしまう。彼女をヘルヘイムとの戦いに巻き込めば、彼女は自分のために多くの危険を冒すかもしれない。今年は受験が控えていたとしても、それを放りだしても彼を……人間を守るために動こうとするだろう。そういう人間なのだ、この長谷川亮子という少女は。どこまでも真っ直ぐで、お人好しな人間なのだ。
──だから言えない。
自分の所為で、自分がまき込んだ所為で、彼女の人生が壊れるのが恐ろしかった。だから鉱芽は、自分の気持ちを抑え込んででも、彼女に真実を伝えることはしなかった。
「じゃあね、亮ちゃん。また……な」
「……うん……また、ね。鉱芽」
ほんの短い言葉だけを亮子に残し、鉱芽はその場を立ち去ってしまう。これ以上いればきっと自分は亮子に頼ってしまう。彼女に助けを求めてしまう。彼女を巻き込む事を善しとしない鉱芽はそれを避けるためにも、反発する自身の心に鞭を打って、その場から逃げるように早足で、寂しげに揺れる彼女の瞳を見ることなく去ってしまった。
「鉱芽……どうしちゃったのよ……」
鉱芽が去って間もなく、亮子は頑なに何も言おうとしない鉱芽を憂いていた。
しかしその時だった。
「……」
「……鉱芽?」
先程自分の前から立ち去ったはずの鉱芽が、異様に静かな雰囲気を纏いながらこちらに歩いてきたのだ。そんな彼に少なからず不審を抱く亮子だが、鉱芽が戻ってきたことの嬉しさが不審を上回ったために、気にする事無く捨て置いてしまう。
この選択が彼女の分かれ道だった。
「どうしたの? 」
「……ああ、いや。今は何も言えないけど、お詫びにこれをと思って」
「これ?」
そう言う鉱芽から受け渡されたのは、大きな極彩色の果皮を纏った、不可思議な果実だった。∩型の萼を備えており、彼女にはそれが宛ら南京錠のようにも見えた。クラゲのようにひらひらと、血の色のようにも見えるその姿が、どこか妖艶であると同時に恐ろしくも感じられた。
「……変な実ね。ねぇ鉱芽、これって何の──」
今までの見たことも聞いたこともないこの奇怪な果実に違和感を覚えながらも、亮子は果実の出所を知るべく、鉱芽に訪ねようとした
しかし……。
「……あれ? 鉱芽……?」
果実から顔を上げると、そこに鉱芽の姿はなかった。果実に意識を向けている間にどこかに行ってしまったのだろうか?
いや、しかし何かがおかしい。
確かにあの顔は鉱芽だった。それでも、彼が何の説明もなしにこんな得体の知れないものを託すとは到底思えなかった。それは長年、共に彼の傍にいた亮子だからこそ抱いた疑問であろう。
──アレは……本当に鉱芽だったの……?
確認としても、念の為にもう一度鉱芽と話をすべく、携帯に手を伸ばして彼に連絡を取ろうとした。だが……。
「あれ? 携帯がない? 確かに持ってきてたはずなのに……」
何故か見つからない自分の端末。これでは連絡の取りようがない。
携帯が失くなったのは確かに問題なのだが、今はそれよりも鉱芽に連絡を入れる方が最優先に考えていた。
今から走れば彼に追いつける……そう思ったところで、彼女はふと、彼から託された果実に目をやった。
目をやってしまった。
その時だった。
「……ぁ……」
手に握られた極彩色の果皮を纏った未知の果実だが、どういうわけかその姿を見た途端、今までに感じた事のないような言い知れぬ欲望が、自分の内から湧き出るような気分に襲われる。
それは正しく、食欲。人なら誰しもが持ち得る、決して消す事の出来ない酷く辛い願い。
「……おい、しそう」
果実を視界に入れてからというものの、止めどない欲望が身体の奥底から湧き上がり、じわじわと彼女の脳内を蝕んでいく。
「いい、よね……別に」
一枚一枚、恐る恐る慎重に皮を剥いていく。
そして中から覗かせるゼリー状の薄桃色の果肉。
そのあまりにも妖艶で神秘的な雰囲気を纏う果肉に、つい溜息が漏れてしまう。
悪魔に魅入られた人間のように、彼女は完全にこの果実の虜になってしまっていた。
「ぁぁ……」
──耐えられない。
──今すぐにこれを口に含んでみたい。
彼女の頭の中はもはやそれしか考える事ができなくなってしまっていた。
しかしこの果実こそが、鉱芽が戦い続けているものの一端。
半強制的に生物的な本能に働きかける魅惑の果実。
その名は、ヘルヘイムの果実。
禁断の果実、冥界の果実、
そして彼女は今まさに、ヘルヘイムの果実の魔力にとり込まれてしまっていた。
「……ゴクリ」
自分の手の中で怪しく妖艶に輝く果肉を、恍惚とした表情で見つめ続ける亮子。
次第に大きくなっていく欲望は、もはや自分では止めることができなかった。
そして彼女は……
「ムシャ……」
……その果実を口にしてしまった。
「っ!? ふぅっ!? ぁあ゙っ!?」
突如として激痛が全身を走り、悶え苦しむが如くの奇声を発し始める亮子。
彼女は急に起きた身体中の痛みに、まるで理解が追いつけないでいた。
それもそのはず。今彼女の体内では、摂取した果実によって身体中の遺伝子や細胞が無理矢理、それも急速な変化を遂げているのだから。ヘルヘイムの存在すら知らない彼女には、そんなこと知る由はない。
そして、そんな彼女に襲い掛かる痛みもまた、言葉では説明のしようがない。
助けを求めようにもあまりの苦痛にまともな言葉すら出せない。
もはや立っていられなくなり、地面を転がりながら激痛に身を襲われ、叫び続ける亮子。
狂ったように地面の上で奇声を上げながら悶える様は、もはや人には見えないことであろう。
「ぃ゙ぁ゙……ぁぁ……ぅあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ァ゙ッ!?」
いや、そもそも彼女はもう人ではない。
ヘルヘイムの果実を食べた人間の末路は決まっている。
それは彼女とて例外ではない。
「っ! 亮ちゃ──」
地の上で悶える亮子を見つけ、駆け付けようとする鉱芽。
だが、それはあまりにも遅すぎた。
「ぃぁ、ぁ゙ぁ゙……ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァッ、ウガァァァァァァ!!」
彼女が最期に上げたけたたましい叫びとともに、彼女の身体は無数の蔦に包まれる。
そして蔦が晴れた次の瞬間、そこに現れたのは人間の影ではなかった。
「…………ぇ?」
それこそ、今まで鉱芽が散々戦い、命を奪ってきたものと全く同じ存在。
言うなれば異世界からの侵略者。
自分たちの世界を覆い尽くさんとする、理由の無い悪意の尖兵。
──ヘキジャインベスだった。
「ふふ……」
その頃、彼らの与り知らぬところで、鉱芽と同じ顔をした何者かが、彼らを嘲るがごとく不敵な笑みを浮かべていた。
その彼の手に握られているのは、先程亮子が失くしたと思っていた携帯電話。
自身が盗んだその携帯の画面を見ながら、彼は不気味にほくそ笑んでいた。
彼が見る携帯の画面──メールの画面には……
『──宛先:鉱芽
忘れてたけど、見せたいものがあるから戻ってきて。
今すぐにね。 』
鉱芽が亮子の元へと急ぐように誘導されたメールの文章が映されていた。
「ふんっ」
彼が右手に力を込めると、亮子の携帯は呆気なく砕け散ってしまった。
それどころか、残った破片も粉々にしてしまう鉱芽に似た謎の男。
そんな無残な姿になった携帯には目もくれず、彼は何処へとなく視線を向けて一人言葉を告げる。
「貴様は……どうする? 葛木鉱芽……っく、あっはは──」
どこまでも人を馬鹿にするような笑い声を上げながら、その影はゆっくりと雑踏の中へと消えていった。
「ウォァァァアアアアアア!!」
「り……亮……ちゃ……ん……?」
獣の咆哮と共に流れたのは、小鳥の囀りにすらかき消されそうな、か細い鉱芽の呼びかけだった。
キリがいいので今回はここまで。
次回、鉱芽の起こす行動は……?
続く。
感想、評価のほどお待ちしております。