ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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通算80000UA達成記念。
今回はことりの働いているメイド喫茶の店長、内城さんのプロフィールです。

名前 内城(うちしろ) 美保(みほ)
一人称 私
年齢 26歳
誕生日 8月31日
血液型 O型
身長 165cm
好きな食べ物 カステラ
嫌いな食べ物 ドリアン

ことりがアルバイトをしているメイド喫茶の店長。眼鏡をかけていて知的な大人の印象を与えるが、どちらかというと可愛い系。また、どこかサバサバした性格でもある。おとめ座という事もあって凰仙に気に入られてスカウトされ、そのまま店長を務めるまでに至った。

――――――――――――――――

※注意
今回の更新から今作品に警告タグ(R-15、残酷な描写)を追加しました。
また今回の話では過激な描写が入りますので、苦手な方はこの話の半分以降の閲覧を控えることをお勧めします。

それでは今回もどうぞ。


第59話 拡散する惨劇

「ルォオァァァアアアア!!」

 

 

 この世のものとは思えないほどの、まるで大地を震わせるがごとく猛々しい咆哮を轟かせる異形。常人ならその異形のあま異質さ、そして悍ましさに士気など根こそぎ奪われ、怯えて動けなくなるのが当然であろう。

 

 しかしこの異形──ヘキジャインベスを前にした鉱芽が動けないでいたのは、そんな理由ではない。異質の存在を幾度となく目にしてきたはずの彼であるが、今は眼前の衝撃に対して茫然自失してしまっていた。

 

 

「う、嘘だ……」

 

 

 彼は見てしまったのだ。自分の目の前で、大切な人が異形へと変貌してしまうその瞬間を。

 

 自分が一番守りたかったはずの人間が、自分が倒すべき相手になり変わってしまったのである。その衝撃と絶望は計り知れず、鉱芽は目の前の光景を否定することで精一杯であった。

 

 ──嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!

 

 ──亮ちゃんがインベスなはずがない!

 

 ──アレが亮ちゃんのはずがない!

 

 ──アレはインベスだ!

 

 ──俺の……敵だっ!

 

 今にも心が壊れそうになる自分に必死にそう言い聞かせ、抜け殻の状態から立ちあがった彼は懐から戦極ドライバーを取り出す。

 

 しかし……

 

 

『こーうがっ。ふふっ』

 

 

「く……っ」

 

 

 ……できない。

 

 どう自分に言い聞かせても、一度見てしまったものを捻じ曲げることは出来なかった。

 

 彼の頭では理解出来ていなくても、心では感じてしまっていたのだ。

 

 あのインベスは亮子なのだと……。

 

 

「ングルァァ」

 

「ぐ……んぐっ……」

 

 

 鉱芽が何の行動もとれないのをいい事に、じわじわとその歩を彼に向けて進めていくインベス。鋭利で長大な爪を備えた右手を、これでもかと言わんばかりに見せつけるように振り上げて鉱芽へと近づいていく様は、宛ら得物を狩ろうとする猛獣のようにも見えた事だろう。

 その光景がまた、亮子が亮子でなくなったという事実を有りのままに打ち付けられているようで、鉱芽の抱く絶望はより深いものへと変わっていく。

 

 しかしそれでも、鉱芽はインベスを前にして変身することが出来なかった。変身してインベスを──亮子を傷つけることが出来なかったのだ。

 これほどまでに絶望的な光景を見せつけられてなお、鉱芽は目の前の異形をインベスとしてでなく、長谷川亮子という人間として認識していた。

 

 

「っ……(俺には……亮ちゃんを傷つけることなんて……)」

 

「鉱芽っ! 何してんのよ!?」

 

「っ!? 真姫っ!?」

 

「ングルルゥ」

 

 

 鉱芽がドライバーを片手にしたままの状態で動けずにいたその時、インベスを挟んで反対の方向から真姫が走ってきた。その右手には鉱芽が託したロックシードが握られており、いつでもインベスを呼びだして戦わせることが出来る状態であった。

 そしてインベスも駆け付けた真姫の方へと振り返り、真姫もそれに対してロックシードを構えてインベスを召喚しようとする。しかし……。

 

 

「待てっ、真姫! ソイツに攻撃しないでくれ!」

 

「は、はぁ!?」

 

 

 鉱芽は悲痛な声で叫び、真姫に懇願する。もちろん真姫としては何が何だかさっぱりであり、困惑とそして若干の怒りの感情が入り混じった表情で鉱芽に迫った。

 

 

「意味分かんないわよ! どうしてそういう事になるのよ!?」

 

「真姫っ、信じられないかもしれないけど……ソイツは……くっ」

 

「何っ!? 何なのよ鉱芽!」

 

 

 目の前にはインベスがいるという非常事態であるにもかかわらず、まるで思い切りの見えない鉱芽に対して苛立ちを露わにしてしまう真姫。そして鉱芽も、この現状をどう真姫に信じてもらえればいいのかと酷く苦悩していた。

 

 しかし早く言わねば、真姫がインベスを召喚してあのインベスを……亮子を傷つけてしまう。ならば四の五の言ってられない。亮子が傷つくことを嫌がる鉱芽は、前置きを置いといて事実だけを真姫に伝えようと、胸の奥底に抱く悲しみ、絶望、苦しみを全て吐きだすかのように、真姫に真実を伝えようとした。

 

 

「ソイツは……そのインベスは……りょ──」

 

 

 しかしその前に目の前のインベスは……

 

 

「ッ……ググゥ……」

 

 

 膝を付き、一瞬大人しくなったかと思えば……

 

 

「ググアァ……ァァぁぁ……ぁぁ……」

 

「っ!? 亮ちゃん!!」

 

「……ぇ……嘘……何よ、これ……」

 

 

 先程までの人間の姿──長谷川亮子の姿に戻ったのである。

 

 突如として亮子へと姿を変えたインベスにまるで理解が追いつかない真姫。目の前で起こった現実が受け入れられず、先程までの鉱芽と同様に呆然と立ち尽くしてしまう。

 しかし残念ながら真姫とて愚かではなく、今の状況から、残酷な事実をほぼ完璧に推測してしまった。

 

 鉱芽が攻撃しないでくれと懇願したことからも確信が持てた。

 鉱芽が言いたかったこと。それはつまり……亮子がインベスへと変わってしまった、ということだった。

 

 しかしその割り出した事実とは裏腹に、必死になって自問自答している自分がそこにいた。

 

 目の前の存在は一体何なのか?

 そもそも人がインベスになるなんてそんな事があるのか?

 いや、それよりも亮子はどうなってしまったのか?

 自分が一瞬でも憧れた、あの笑顔を振りまいていた少女はどこにいってしまったのか?

 アレは……人なのか……?

 

 真姫は、自分の推測が間違っていることを必死に祈りながら、身体や口を震わせながらも、鉱芽に今の現状を問いただすことにした。

 

 

「鉱芽……これって──」

 

「亮ちゃん!」

 

「──っ、鉱芽っ!?」

 

 

 しかしそんな真姫を気にしていられる鉱芽ではなかった。元の面影を取り戻し亮子に、我も忘れて駆け出す鉱芽。服の合間から見える肌には緑色の脈が、右腕には先程と同様に長い爪が残されていたが、そんなものは鉱芽の眼中にはなかった。ただ、亮子が無事かもしれない。まだ人間のままでいるのかもしれない。そんな淡い希望を抱かずにはいられなかった鉱芽にとって、先程まで彼女が怪物であった事実などすっかり忘れ去ってしまっていた。

 

 

 今なら走って彼女に触れられる。

 

 人である彼女を助け出せることができる。

 

 未だ密かに心の奥底で想っていた彼女を、この腕で抱きしめることが出来る!

 

 

 そんな無いにも等しい希望を、哀れにも半確信的に鉱芽は抱いていた。

 

 

「ぅぅぅ……ゥゴァァァァアアッ!!」

 

「っ!? ……り……亮……ちゃん……」

 

 

 しかし、鉱芽が彼女の元にたどり着く前に、彼女の姿は再びヘキジャインベスのものへと変わってしまう。

 それがまた一つ、鉱芽の心底に絶望の波を拡散させる。

 

 

「ググルルゥ……」

 

「りょ……亮子……っ」

 

 

 姿を戻したインベスが最初に目にしたのは真姫だった。そしてまるで何かに憑りつかれたかのように、爪を生やした右腕を振り上げながら、一歩一歩とゆっくり真姫の方へと歩を進めていくインベス。

 

 だがそんなインベスに対して真姫は行動することが出来なかった。

 もう誰の答えを聞く必要もない。分かってしまったのだ……はっきりと理解してしまったのだ……目の前の異形が、自分と仲良くしていた長谷川亮子その人なのだと。だからこそ真姫は、右手に掲げたロックシードを使うことが出来なかった。

 今こちらに近づいてくるインベスは間違いなく亮子だ。でも、それを自分は傷つけることが出来るのか? インベスになってしまったから、それはもう人間じゃないと考えるのが普通なのだろうか?

 

 ──インベスになったから、人間じゃないの?

 

 ──人間じゃない、だから倒してもいい?

 

 ──亮子を……殺す……?

 

 ──そんなこと……できるわけないじゃない!

 

 しかし今行動を起こさなければ、きっと目の前のインベスはその長い爪で自分を斬り裂くだろう。もはやそこに亮子の意志は感じられない。だがその存在が亮子だからと認知していたからこそ、真姫は歯を食いしばりながら、涙を浮かべそうになりながら、倒す倒さないの葛藤を繰り返していた。

 

 

「真姫……亮ちゃん……」

 

 

 そして鉱芽も、未だ戦極ドライバーを使うことが出来なかった。今ここで変身してしまえば、きっと亮子を傷つけてしまう。最悪手元が狂えば、彼女を殺してしまうかもしれない。彼女を失うという途方もない恐怖から、鉱芽は変身することが出来なかった。

 

 しかし、そう葛藤する間にもインベスは真姫との距離を詰めていく。

 

 そもそも、今なんとかしなければ死んでしまうのは真姫の方だ。

 

 ならば自分のできることは……。

 

 

「亮ちゃん!!」

 

「!? ググァ!?」

 

 

 そして鉱芽は……

 

 

「っ!? 鉱芽っ、何してんのよ!?」

 

 

 変身もしない生身の状態のまま、インベスを背後から抱きしめるように取り押さえたのだ。

 

 

「目を覚ましてくれっ! お願いだからっ!!」

 

「グゴゴガァァ!」

 

 

 無我夢中に亮子へと言葉を投げかけ続ける鉱芽。彼は未だに信じているのだ、「まだ彼女には人間の感情が残されているかもしれない」と。鉱芽は本来、そんな不確実性の高い可能性にかけるような人間ではない。しかし、こればかりは流石に割り切ることが出来なかった。もし今、彼女に語り掛けるのを諦めてしまえば……それは亮子の命を諦めるのと同じだったから。亮子を愛してしまった鉱芽には、それだけは絶対に出来なかった。

 しかしそれに対してインベスは、まるで辺りを飛び回るハエを振り払うかのように、頭を、腕を、身体を振り回して鉱芽を振りほどこうと暴れまわる。

 

 

「ググ……グガァァ!」

 

「んぅぉ!?」

 

 

 だがいくら鉱芽とは言えど、相手はインベス。変身すらしていない人間の力で何とかできる存在ではない。しばらくの間続いた鉱芽の抵抗も虚しく、インベスは爪の伸びていない左腕で鉱芽の首元を掴み取った。

 

 

「鉱芽っ!」

 

「ウルォァァァ!」

 

「んぐっ……りょ……ちゃん……」

 

 

 鉱芽の首を掴みながらゆっくりと持ちあげ、それを忌々しそうに見つめるインベスの眼光。鉱芽はインベスの腕を振り払おうと、身体を揺らし足をバタつかせながら逃れようとするも、インベスの力の前では赤子同然の扱いであった。鉱芽の抵抗をまるで意に介さないインベスは、遂に咆哮と共にその腕を振るい、鉱芽を投げ飛ばした。

 

 

「グォァァアッ!!」

 

「がはッ!!」

 

「鉱芽ぁぁっ!!」

 

 

 壁に打ち付けられ、血反吐を吐きながら力なく地に臥す鉱芽。すぐさま真姫が駆け寄ってくるも、意識が朦朧として上手く立ちあがる事ができない。いや、それどころか立ちあがるだけの力すら湧いてこなかった。心身共に耐えがたい苦痛を与えられた彼には、もはや立ちあがる程の気力は残されていなかった。

 

 

「っぐ……ぁ……りょ……う…………ちゃん……」

 

 

 インベスはそんな鉱芽を一瞥すると、まるで何事もなかったかのようにその場を後にしようとする。鉱芽は今にも闇に沈んでしまいそうな意識を保ちながら、インベスに……亮子に手を伸ばそうとする。頭からは赤い血が流れ、内臓を傷つけたのか口からもだらりと血が垂れ落ちる。それでも彼は手を伸ばそうとした。

 亮子を諦めてなるものか。まだ助けられるかもしれないのに。今自分が行かないと……と。

 

 しかしその手が届くはずもなく、インベスはどんどんと遠ざかっていってしまう。

 

 

「待っ……っぁ……」

 

 

 そして限界を迎えた彼の腕は、力なく落ちた。

 

 

「!? 鉱芽っ! 起きてよっ! ねぇ! 鉱芽っ! 鉱芽ぁぁっ!!」

 

 

 他に人影のいない広場の中で、真姫の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉱芽が目を覚ましたのは、それから20分後のことであった。

 

 

「……っ……ぅぁ……っ」

 

「っ、鉱芽!? 大丈夫!?」

 

 

 鉱芽が目を開けるとそこはいつもの見慣れたクルッと巻かれた赤色の髪。だけどいつものつり目がには力無く、涙を滲ませていた真姫の顔がそこにあった。

 

 彼が横になっていた場所は先程の場所から殆ど離れていないベンチの上で、頭には止血のための布地が巻かれていた。少し血に濡れた布地に触れてから、鉱芽はすぐに真姫の服が破れている事に気付く。恐らく今自分の頭に巻かれているのは──

 

 

「これって……」

 

「他に無かったのよ。ごめん、こんなので」

 

「いや……ありがとう、真姫」

 

 

 他に手持ちのない真姫は、鉱芽のために自分の服を千切ってまで応急処置を施したのである。相当無理に引き千切ったのか、腰やらヘソやらが大きく露わになっている姿は、普段なら魅力的で官能的に見えただろう。しかし今はそういうわけにもいかない。

 ここまで自分に献身的になってくれる彼女に感謝しながらも、鉱芽は今起きている惨状を思い出し、立ち上がろうとする。

 

 

「……っ、亮ちゃん……行かなきゃ……っ」

 

「無理よそんな身体で!」

 

「今行かなきゃ……俺が行かなきゃ……ダメなんだよ……ぐっ」

 

 

 節々から悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、無理矢理立ち上がろうとする鉱芽。そんな彼を止めたいと思う真姫であったが、鉱芽の気持ちを考えたところで結局は無意味なのだとすぐに悟り、逆に彼に肩を貸してその身体を支えることにした。

 

 

「真姫……ありがとう……」

 

「分かったから、早く……後を……」

 

 

 真姫に肩を借りながら、先程インベスが歩いて行った方へと歩いていく鉱芽。

 

 インベスがあの場を去った後、鉱芽の応急処置を済ませた真姫は、真っ先にヘルヘイムの事情について知っているツバサに連絡をとろうとした。しかし彼女を含めたA-RISEの面々は現在イベントがあるようで、そのため遠出をしていることを思い出し、真姫は彼女に連絡をとることを諦めた。第一、今ツバサに連絡を寄こしたところで彼女に何かができるわけではない。ただいたずらに彼女の心に負担をかけるだけだ。

 そもそも真姫以外では唯一の協力者であるツバサがいないこのタイミングで、こんな事態に陥ったことが不幸としか言いようがない。真姫は携帯を握りしめながら、自分たちの身の周りに起こった現状に憤らせていた。

 

 また、真姫は鉱芽が倒れたことに対して救急車を呼ぶことはしなかった。先程までこそ鉱芽が無理して動くことを渋っていた真姫だが、同時にこの状況で動くことができるのもまた鉱芽しかいない事を分かっていた。救急車で搬送されれば鉱芽は身の自由が効かなくなる。この状況ではそれを避けるべきだろうと、真姫としては断腸の思いで下した判断だった。

 

 

「……アレって……」

 

「っ」

 

「あっ、鉱芽っ」

 

 

 やがて、しばらく歩き続けた二人の前方から、大きな喧噪やサイレンの音が聞こえてきた。恐らく先程のインベスが被害を生みだしてしまったのだろうと感じた鉱芽は、真姫から離れると一人で、その歩幅を広げながらその現場へと向かっていった。

 

 

「……っ(なんだこの臭い……?)」

 

 

 その時、生まれつき五感が優れている鉱芽の嗅覚は、今まで感じたことのないような、鼻がひん曲がりそうな程の異臭を感じ取った。喧噪の元となる現場に近づいていく彼の鼻には、異様なまでに強い鉄の臭いが漂ってきている。

 

 あまりにも嗅ぎ慣れていないその異臭に、鉱芽はだらりと流れる汗を気にも止めずその足を早める。

 

 近づくにつれ、どんどんと強くなっていく悪臭。

 

 バイクを取り扱った時でも感じたことのないほどの強い鉄の臭いに、鉱芽は自身の体温が下がっていくような気がした。

 

 

 そして現場へと続く角を曲がった彼が見たものは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──視界を覆い尽くすほどに真っ赤に染まった景色だった。

 

 

「っ!?」

 

「鉱芽っ、何を──」

 

「見るな真姫ぃ!!」

 

「ぅえっ!?」

 

 

 彼に続いて通りに出た真姫の顔を、すかさず抱き寄せる鉱芽。そのまま身体を翻して、真姫に現場の惨状を見せまいとした。

 

 

「ちょ……何すんのよ──」

 

「……っ……ぁ」

 

「──こ……鉱芽……? どうしたの……?」

 

 

 鉱芽の胸の中に顔を押し付けられている真姫には何が何だかさっぱりであったが、それでも鉱芽の挙動がおかしくなっていることだけは伝わった。

 

 真姫の頭を抱く手が震えている。

 

 足が震えている。

 

 身体全身が、軽く痙攣を起こしたかのように小刻みに震えている。

 

 

「ねぇ……鉱芽……?」

 

「……」

 

 

 ──言えるわけがない。

 

 ──見せられるわけがない。

 

 

 

 しかし鉱芽は自身の目の前の惨状を、しかとその目に焼き付けていた。

 

 

 

 辺りの建造物に飛び散った目覚ましいほどの赤色。

 

 ただのペンキならどれだけよかっただろうか。

 

 どれもがべったりと壁にこべりついていて、鉄臭い臭いが堪らなく吐き気を誘う。

 

 

 

 建物に突っ込んで前面が完全に拉げている大型トラック。

 

 運転席に人が入るスペースなんて残っていないにも関わらず、窓から飛び出している人の腕。

 

 フロントガラスがべったり赤色に染まっている。

 

 

 

 辺りに散在している、赤色に塗れた何か。

 

 赤いペンキに染まったマネキンならどれだけよかっただろうか。

 

 しかしマネキンの断面はあんなに赤くないし、腹部からホースのような長い管だって飛び出したりはしない。

 

 

 

 最初はスイカが潰れているのかと思った。

 

 しかしスイカの中にはあんな気持ちの悪いひき肉のような物体は入っていないし、髪の毛だって生えていない。

 

 眼球だって飛び出さない。

 

 

 

 死屍累々。阿鼻叫喚。地獄絵図。

 

 

 正にこの現状を呼ぶにふさわしい言葉であった。

 

 

「っ……ぅぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 あまりにも壮絶な現場を目の当たりにした鉱芽の、その精神的苦痛は計り知れないだろう。しかし鉱芽にとってこの現場を目の当たりにしたことよりも、この惨状を生み出したのが他ならぬ亮子だと言う事に、強烈な吐き気を催されていた。

 

 

「……っ……こっちに……」

 

「ぇ、ちょっ、鉱芽──」

 

 

 逆流しそうになる胃液の波を必死に抑え、鉱芽は真姫の顔をしっかりと胸に押さえつけたまま、その場を後にした。

 

 

「鉱芽……一体何があったの?」

 

「……地獄だ」

 

「え?」

 

「地獄だった……」

 

 

 目を覆いたくなるような惨劇の現場から離れた事で幾分か落ち着きを取り戻した鉱芽は、真姫に先程の惨状をそう称した。それ以外に言葉が見つからなかった。

 あそこまで人の身体が無残に散らばっているのを見た事がなかった。あそこまでバラバラに壊されているのを見た事がなかった。あそこまで簡単に潰れてしまうものなのかと、自分の目を疑ってしまった。

 

 

「しかもあれを……亮ちゃんが……っ」

 

「鉱芽……?」

 

「俺のせいだ……俺の……」

 

 

 しかもだ。この惨劇を引き起こしたのはほぼ間違いなく亮子なのだ。自分がむざむざ逃してしまったインベスによるものなのだ。アレを亮子が起こしたという事実、そしてその存在を自分が逃したという罪悪感によって、鉱芽は完全に押し潰されそうになっていた。

 

 

「あれじゃあ……あれじゃ全部俺のせいじゃ……っ」

 

「鉱芽っ!」

 

「っ……真姫……」

 

 

 絶望に支配され、周りが見えなくなっていた鉱芽を真姫は叱咤する。

 

 

「今はそれよりも亮子でしょ! まだ彼女はどこかにいるのよっ。早く何とかしないともっと被害が出る。こんな事、本当は言いたくなんてないけど……鉱芽が何とかしないと……鉱芽にしかできないんでしょ!?」

 

「……そう……だな……ありがとう……真姫」

 

「ううん……私もごめん……こんな事しか言えなくて……」

 

「真姫……」

 

「ごめん……本当にごめんなさい……っ」

 

 

 真姫の言葉を受けてほんの僅かに気力が蘇った鉱芽は、苦々しい作り笑顔を浮かべて真姫に笑いかける。しかし真姫はそんな鉱芽の顔を見ていられなかった。本当は真姫だって鉱芽には動いてほしくはないと思っている。心身共に疲弊して、今にも倒れそうだというのに、この現状を何とかできるのも彼しかいない。想いが叶わないまでも鉱芽を好きになってしまった身としては、そんな彼がこれ以上傷ついていく様を見るのが酷く苦痛に感じられた。

 

 

「行こう、真姫……」

 

 

 だがとりあえずはインベスの後を追わなければならない。鉱芽は先程の惨劇が起こった通りを避けるようにして、おおよその感覚でインベスの後を追い始めた。おおよそとはいうものの、地面に人の血が一筋の道のように垂れ落ちており、それが彼にインベスの行先を教えてくれていた。

 そして追っているうちに気付いた事がある。先程のような地獄絵図が描かれているのはあの場所のみで、他では特に被害は起きていないと言う事だ。

 

 偶々運が悪かったのだろうか?

 それとも、他に何か目的でもあるのだろうか?

 今さっき目的を見つけたのだろうか?

 

 

「っ(これって……)」

 

 

 だが、インベスの通ったであろう人の血の跡を歩くうちに、鉱芽は一つの既視感を感じた。そう、まるで自分がこの道を知っているような……インベスの行先を知っているような、そんな感覚を。

 

 

 そして鉱芽は、ある一つの答えに気付いた。

 

 

 

 

「……っ! いお姉……っ!」

 

「鉱芽!?」

 

 

 隣を走る真姫を振り払うようにして、急に速度を上げて駆けていく鉱芽。そう、この道は亮子が住んでいる家に向かって伸びている道。即ち、今現在伊織が生活を営んでいる住まいに、インベスは向かっているのだ。

 

 

「はぁっ、はぁ、はぁ……っはっ、はっ……はぁ……!」

 

 

 走るしかない。

 

 

 力の続く限り走るしかない。

 

 

 そうすることでしか……

 

 

 そうしなければ……

 

 

 己の大事な人を失ってしまうから……っ!

 

 

 

 

 ──いお姉っ

 

『鉱芽君じゃなくて、コウちゃんって呼ぼうか』

 

 ──いお姉!

 

『美味しい? よかったぁ』

 

 ──いお姉っ!

 

『いっぱい騒いじゃう! コウちゃん!』

 

 ──いお姉……っ!

 

 

 

 

『コーウちゃんっ』

 

「いお姉っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、はぁっ、はぁ……っ、こう……が……?」

 

 

 鉱芽に置いていかれた後、しばらくして真姫がたどり着いた場所。

 

 

 そこにはもちろん鉱芽の姿もあった。

 

 

 呆然と立ち尽くす鉱芽と……鉱芽が目指していたはずの、亮子と伊織の住まう家…………だったものがそこにあった。

 

 

「……」

 

「こ、鉱芽……これ、って……」

 

 

 無残に倒壊した家屋。

 

 

 立ち込める黒い煙。

 

 

 艶光りするようなかつての眩しい家の姿はどこにもない。

 

 

 そこにあるのは、ただの瓦礫。

 

 

 そして──

 

 

 

 

「ねぇ、こう──っ!?」

 

 

 そしてその瓦礫の下から覗かせる、その汚い景色にはあまりにも不似合いな、力なく横たわっている白い腕。

 

 

「……う……そ……」

 

 

 それ以外に言葉の出ない真姫。

 

 

「……」

 

 

 そして膝を付き、うつろな目でその光景を空見する鉱芽。

 

 

「……」

 

 

 もはや一言すら発することはなかった。




次回、「第60話 Point Of No Return」

ご期待ください。
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