真姫の語る鉱芽の過去。それは想像を絶する程の残酷な記憶だった。親友であり初恋の少女――亮子がインベスへと変貌し、多くの人がその犠牲となった。そして苦汁の決断を下した鉱芽はこれを討ち果たす。彼女を手にかけ、絶望に打ちひしがれる鉱芽の悲痛な叫びが響き渡った……。
一周年記念を挟みましたが、今回から久々の現代パートです。
それではどうぞ。
「これが私の知ってる鉱芽の過去よ」
「……」
辺りが静寂に包まれる。私も、絵里ちゃんも希ちゃんも、誰一人として言葉を発することが出来なかった。それ程までに、真姫ちゃんの語った鉱芽さんの過去というものが壮絶すぎて、未だ事態を飲み込めていないと言った方がいいのかもしれないけど。
「そ、それでその後、鉱芽さんは……」
必死に口と喉とお腹に力を入れて、言葉を紡ぐ私。初恋の人を倒してしまい、絶望の底へと叩き落とされた鉱芽さんはその後どうなってしまったのか。それがどうしても気になってしまい、恐る恐る、勇気を持って彼女に訊ねる。
「あの後なのよ。ドルーパーズの板東さんに拾われたのは」
「あっ……」
「「板東さん?」」
その時、私の中で鉱芽さんと板東さんの発言が繋がった感覚を得られた。そっか……鉱芽さんが倒れてたのってそういうことだったんだ……。鉱芽さんは『長い戦いの中で疲弊して倒れた』なんて言ってたけど……そうだよね。こんな悲惨な事、会ったばかりの私に言えるわけないよね……。話は繋がったけど、未だ彼の信頼に値していなかった事実にショックを受けてしまう。
だけど絵里ちゃんと希ちゃんは何故そこで板東さんの名前が出てくるのか分かっていなくて、真姫ちゃんは説明を加えてくれた。
「鉱芽がボロボロになって路上に倒れている時に、板東さんが拾ってくれたのよ。ついでに言うなら、鉱芽が立ち治ったのも半分彼のお蔭かしら」
「半分?」
真姫ちゃんの言う「半分」という単語に私は反応せずにはいられなかった。何せ、彼らの会話の中から察するに、板東さんが鉱芽さんと立ち直らせたものとばかり思っていたから。
「ツバサよ。こういう事言いたくないけど……鉱芽の恋人の存在もいたから」
「鉱芽さんの……」
「"元"だけどね」
真姫ちゃんの告げる彼の恋人だった存在に、私たちは何とも言えない複雑な気持ちになってしまう。やっぱり、鉱芽さんにはそう言う人が必要だったんだ。鉱芽さんを支え、その心を救えるほどの強い人が。
真姫ちゃんが言うには鉱芽さんとは今も仲がいいらしく、私に言わせればどうして別れたさっぱり分からない。だけど真姫ちゃんはその答えに近い言葉を教えてくれた。
「今の鉱芽は……誰かを愛することはできないわ」
「えっ?」
「愛することが……できない?」
「真姫ちゃん、それって……」
真姫ちゃんの言葉に、再び辟易してしまう私たち。愛することができない? 人を好きだって言っていた鉱芽さんが、誰かを愛することができない? そんな矛盾したロジックを抱えた鉱芽さんに対して困惑している私たちに、真姫ちゃんは諭すように答えてくれた。
「鉱芽は、ずっと自分を責めていたわ。自分が亮子を好きになってしまったから、彼女を死に追いやったって」
「でも、それって──」
「彼女を愛してしまったから、彼女を倒せず、関係ない人まで死なせてしまった」
「──っ……」
「自分が彼女を愛さなければ、ツバサを傷つけることも、ミッチを裏切ることもなかった。自分が彼女を愛することがなければ、誰も犠牲になることなんてなかった。自分さえ──」
「やめてっ!!」
真姫ちゃんの口から流れてくる、彼の悔恨の情。直接彼の口から語られたわけでも無いそれは、尋常じゃないくらいに深く私たちの心を抉っていく。それに耐えられなくなってつい叫んでしまった。
それからしばらく、鉱芽さんの部屋の中で重い沈黙が続く。そしてようやく絵里ちゃんが口を開こうとするけど……。
「……鉱芽が裕太君を倒したのって、それも鉱芽がその人を──」
「鉱芽が倒した人間が亮子だけだと思うの?」
「えっ」
その言葉に全員が怖気を感じた。彼女の言葉、それはつまり、鉱芽さんが倒したのは亮子さんだけではない、ということ。
「あの後鉱芽は……何度も目にしてきた。果実を食べて、人間じゃなくなった者達を。そしてその度に鉱芽は……」
「そんなっ!」
「……事実よ。鉱芽は今までに何度も……インベスになった人間を倒している。亮子や裕太君の時のように」
「鉱芽が……」
「そんな……」
真姫ちゃんの告げた更なる衝撃の事実に、誰もが悲痛な表情を浮かべていた。こんな残酷な事が常日頃起こっていたなんて。しかも私たちの周りで……知らずの内に。鉱芽さんが戦ってきた時間は、私たちの想像を遥かに超えるほど悲惨なものだったのだと、私たちはようやく知る事になった。
「だから鉱芽は、インベスに対して今更特別な存在を作る事は出来なかった。亮子を殺してしまった彼には、もうインベスを特別に生かすなんて選択肢が消えてしまったの」
「だから……裕太君も……」
「ええ。これはもう鉱芽自身……歯止めが利かなくなってしまってるのよ」
「歯止め……」
続けざまに明かされる、どこか狂ってしまった鉱芽さんの精神。インベスを──亮子さんを手にかけた時から、鉱芽さんの脳はインベスを倒し続けるようにしか働かなくなってしまった。それが例え元人間であったとしても、鉱芽さんはそれを倒す以外のもう選択を取ることができない。そんな彼の姿が、とても哀れに思えてしまう。
「ことり、絵里……」
「っ、何?」
「真姫?」
ふと話を折って、私たちに呼びかける真姫ちゃん。その顔は、鉱芽さんの話をしている時のような哀愁漂うものではなく、一種の覚悟のようなものを決めた強い表情だった。
「先に言っておくわ。鉱芽はきっと、この先もインベスを倒し続ける。それが例え元人間でも」
「っ……」
「それでもあなた達は、鉱芽を愛し続けられる?」
私たちの目をじっと見つめ、真剣な表情でそう訊ねる真姫ちゃん。
「自分ではどうすることもできなくなった彼を……誰かを愛することのできなくなった鉱芽を、この先も愛することができる? 彼を支えていく事ができる?」
「……」
私たちの心に深く突き刺さる「愛する」という言葉。その言葉の前に、いや、既にその覚悟を決めているであろう真姫ちゃんを前に、私たちは一瞬圧倒されてしまう。
だけど……だけど私は……っ。
「私は……これからも鉱芽さんを好きでいる。この気持ちだけは絶対に失いたくない。鉱芽さんがどんな闇を背負っていても、彼の隣にいたいと思ってる」
私の答えはもう決まっている。そもそも彼の元から離れるなんて答えがまるで思いつかなかった。
私はこれからも鉱芽さんを好きでいる。そして彼がまた闇に囚われてしまわないように、ずっと彼の傍でいると決めた。
「私は鉱芽さんを裏切らない。たとえ彼に何度裏切られたとしても……っ」
「そう……」
意を決して話した私の覚悟に、真姫ちゃんは薄らと……だけど満足気にほほ笑む。多分真姫ちゃんも私と同じなんだよね。たとえ愛されなくても、鉱芽さんを愛し、彼を隣で支えていきたい。私よりもずっと前から……鉱芽さんの心がおかしくなってしまった時から、真姫ちゃんは心に決めていた事なんだ。そう思うと、真姫ちゃんがとても強い子のように感じられた。
「それで、絵里はどうなの?」
「わ、私は……」
だけど、絵里ちゃんは何も返す言葉が出てこなくて、ずっと下を向いたまま唇を噛みしめていた。
「鉱芽を信じたい。好きでいたい。でも……鉱芽が私にくれた言葉や笑顔がもしかして──」
「嘘だとでも?」
「──っ……そう思うと……すごく怖くて……っ」
「絵里ちゃん……」
絵里ちゃんは、鉱芽さんが今まで自分の闇の部分を隠してきた分、それまで見せてくれた笑顔や言葉を信じていいのか分からなくなっていた。好きな人を信じていいのか分からないって、多分すごく辛いことだと思う。今にも泣いてしまいそうな絵里ちゃんの顔を見えていると、彼女の抱える不安がいかに大きなものか容易に想像が付く。
「エリチ。ちょっといいかな?」
「希……」
鉱芽さんを愛することができるか、その答えが出せずに悩んでいた絵里ちゃん。そんな彼女に言葉を投げかけたのは、彼女の一番の親友の希ちゃんだった。自分の身体を絵里ちゃんの前まで寄せて、彼女と正面から向かい合う希ちゃん。そして笑顔を見せると、まるで我が子を包む母のように穏やかで、優しい雰囲気を醸し出して絵里ちゃんに語り掛けた。
「ウチ、前に鉱芽君と話したことがあってな。それでその時に鉱芽君、こう言ってたんよ。『μ'sと関わっている今が幸せ』やって」
「今が……幸せ……」
「うん、ウチらと一緒にいる時間が、鉱芽君にとっても幸せなんよ。だから戦いが辛い……そう考えてくれてたよ」
希ちゃんが教えてくれた鉱芽さんの心境。それは私も聞いたことがなかった彼の本心。その言葉を聞けてどこか嬉しく思った私も、もしかすると心のどこかで鉱芽さんの笑顔が嘘だと思っていたのかもしれない。
「だからきっと、鉱芽君が見せてくれた笑顔は嘘じゃないと思うんよ。エリチに投げかけてくれた言葉も、絶対に嘘じゃない」
「嘘じゃ……ない……」
「うん。ウチはそう信じてる」
優しく、だけど強くそう告げる希ちゃん。そんな彼女の言葉を受けた絵里ちゃんの目にも、僅かに光が灯ったような気がした。
「ありがとう、希」
そして絵里ちゃんは意を決すると、もう一度真姫ちゃんに向かい合った。そこには先程の迷いはなく、目の前の真姫ちゃんにも負けないほどの凛とした表情を保っていた。
そして……。
「真姫。私は──」
────────────────―
いお姉の前で椅子に座りながら過去を、そして裕太君の事を思い返し、俺は一人自己嫌悪に陥っていた。
人を守るなんて言いながら、結局インベスになった存在を人じゃないと自分に言い聞かせ、滅ぼしていく。インベスを一つの命だと捉えているくせに、人間界に現れたインベスを害獣と見なして冷酷に駆除する自分がいる。そんな矛盾を孕んだ自分自身という人間が、とかく醜く、恐ろしく、そして悲しくてたまらない。
ずっと苦しんできた。何度も心が壊れそうになった。だけどそれに慣れてしまえば、後に出来上がるのは冷酷な機械だ。それが今の俺。
俺は、自分自身を人と呼んでいいのかすら分からないほどまで、この手を汚し尽くしてしまった。
この手がある限り、俺は誰かを愛することはできない。
誰かを愛する資格なんて無い……っ。
「……コウちゃん」
そんな中、透き通るような細い声が病室の中を行きかいし、俺の耳に届く。俯いていた顔を上げれば、目を覚ましたいお姉が相変わらずの優しい目で俺を見つめていた。
「っ、いお姉……ごめん、起こしちゃったかな」
「ううん。せっかく来てくれたんだから、起こしてくれてもよかったのに」
喋るだけで窓の小鳥が寄ってきそうなほど綺麗な声に、俺の固い表情も次第に崩れていく。彼女の声を聞けたことによほど安心してしまったようだ。
俺の訪問に気付き、備え付けられたリモコンを操作してベッドごと上体を上げるいお姉。しかし、いお姉は俺の顔をじっと見つめると、ふとこう言い寄ってきた。
「……? ねぇ、コウちゃん……こっちきて」
「ぇ、うん…………ぁ……」
言われるがままにベッドに持たれるいお姉に近づいた瞬間、背中から優しくふわっとした感覚に包まれる。背中に感じる優しく温かい感触。それはいお姉の手。俺はいお姉に抱きしめられていた。そのまま俺をベッドの方に抱き寄せるいお姉。そして……。
「い、いお姉……?」
「何か……辛いことあったんだよね」
「っ……」
彼女に包まれた瞬間、目の奥がかあっと熱くなる。彼女に甘えたくて仕方ない、そんな本心に打ち勝てず、俺はそのまま彼女の胸の中に顔を埋めてしまう。多分彼女には、俺の情けなく鼻をぐずる音が聞こえていることだろう。久しぶりに肌身に感じたいお姉は、温かくて、気持ちよくて、そして少しいい匂いがした。
「辛い時は、泣いていいんだよ。コウちゃん」
「……うん…………ぅん……」
「もう……かわいいんだから……」
今まで何度も心の中で謝ってきた。ミッチにも、インベスになった人達にも、そしていお姉にも。でも、その想いが伝わる事はないし、届かせるつもりもない。記憶が消えるか、または巻き込まれるのだから結局何も伝えない方がいいのだ。だから全部一人で飲み込んできた。抱いた罪悪感を全て、周りに発散することなく自分の中だけに閉じ込めていた。こんな……こんな苦しいことはなかった……。
「ぃぉねぇ……」
「今日は一段と甘えん坊さんだね。いいよ、もう少しこのままでも」
「……ありがと……」
故に彼女の温もりを求めてしまった。いお姉に抱かれると安心する、苦しみが薄らいでいく、そしてまた戦える。何かあるごとにここに足を運び、彼女の温もりを得ているのは、実は真姫もツバサも知らない事だったりする。こんな情けない姿、いお姉以外に見せられるかっての。
──いお姉には適わねえよ。
結局この後一時間程、俺はいお姉の病室で彼女から温もりを受けていた。
────────────────―
病院からの帰り道、ある程度心の落ち着いた俺は、次に訪れるであろう絵里達との対話を考えていた。まだきっと彼女達は俺の家にいる。そして恐らく、真姫が俺の過去を話しているはずだ。
しかし絵里に冷たい態度を取った手前情けない話ではあるが、俺は絵里たちから敬遠されるのを恐れている部分もあった。嫌われる覚悟も、理解されない覚悟もしていると心では思っていても、ここまで絆を紡いできた彼女に拒まれると考えるだけでも、とかく恐ろしく感じてしまう。結局、俺は周りに強く見せる事しかできない、ただの弱虫なのだ。
帰ったら絵里に何と言われるのだろうか。絵里だけじゃない、ことり、それに一緒にいた希も……。返されるであろう己の行いの応酬を考えると、どうしてもいい方向に考える事ができない。彼女達から受ける非難を考えながら、半ば重い足取りで自宅への帰路についていた。
……その時であった。
「っ!?」
黒い何かが突如として上空から襲い掛かり、俺を包もうとしたのだ。先にそれに気付いてすぐさま横へと転がり込み、戦極ドライバーを懐から出して腰に装着した。そしてオレンジロックシードを構えながら先程の黒い物体の方へ目をやると、それが一つではなく、無数の細かい何かが集まった群れであることが分かった。
しかしその分析もすぐに無意味となる。
有象無象が蠢く不定形の影は、やがて一つの纏まった形へと集まっていき、なんとイナゴを模したかのような黒いヒト型の異形へと姿を変えたのだ。
「ギュルルルルルル」
「っ、変身!」
『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』
あからさまに俺を狙ってくる異形に対して、すぐさま鎧武へと変身した俺。無双セイバーを引き抜いて大橙丸との二刀流で斬りかかっていくが、なんとこのイナゴの異形は持ち前の腕だけで簡単にしのいだのだ。
「なっ!?」
「ギュルルル……ギュオッ!」
「ッぐぉあっ!?」
刃を止めたと思うや否や、イナゴはすぐさま身体を翻してその場で軽く跳躍すると、そのバネのように弾力のある両足で俺を蹴り飛ばした。二本の刀を受け止められて、完全に無防備な状態で蹴りを食らった俺は面白いほど無様に飛んでいき、跳ねながら地面を転がっていく。
「ぐっ(なんだコイツ! インベスじゃないけど)……強いっ」
アレほど長い事インベスたちと戦い続けてきたのだ。インベスとそうでないものの区別くらいはつく。そしてコイツは明らかに異常だ。蟲の集合体という、今までのインベスからは考えられない能力を持った存在。そして今の俺の攻撃をいとも簡単に防ぐレベルの強さ。親父のくれたインベス名鑑にも載っていないことからも、俺はすぐにコイツがインベスとはまた違った存在である事を理解した。
「(いつかのウツボカズラと同じか……)だったら……っ!」
『ミックス! ジンバーレモン! ハハーッ!』
「これでどうだ……ハァッ!」
すぐさまジンバーレモンへとアームズチェンジを行い、ソニックアローでイナゴ怪人を撃ち抜こうとする。
「ギュルルルゥゥ──ブゥゥウゥウゥゥウゥゥン」
「ッ何!?」
しかしイナゴ怪人は先程のような蝗の大群に分裂し、俺の一撃を躱したのだ。そして俺の周りを飛び回り始める蝗の大群。その群れに向かって、がむしゃらに矢を放ったり、刃を振るったりするが、まるで手ごたえが感じられない。自身の攻撃が当たらないという状況に焦りが見え始めてきた。
「ふんっ! ぅらあっ! ……クソッ!」
「ブォォォオォォオォォ──ギュルルォッ!」
「ぅがあぁッ!?」
斬撃を躱した群れは俺の背後で一つに集まり、イナゴ怪人はその鋭利な爪を持ってして俺の背中を切り裂いた。すぐに離れて追撃を逃れ、冷静に次に備えようとするが、内心ではこれ以上ないほどの焦燥感を覚えていた。ここまで一方的に攻撃を食らうどころか、相手に何もダメージを与えていないのだ。攻撃しては躱され、食らっては逃げられ。そんな馬鹿にされているような錯覚すら覚えるのも、この焦りと苛立ち故であろうか。
「はぁ、はぁ……」
「ギュルルル──ブゥゥウゥゥゥウゥゥン」
「またかっ!?」
注意深くヤツの動きを伺っていると、再び蝗の群れになり宙を飛び回り始めるイナゴ怪人。こうなってしまっては今の俺にダメージを与える術は殆どない。しかしそれは向こうも同じ。今までだって攻撃してくる時は一つになってヒト型になった時だけだったからだ。だから次にヤツが一つになった時に、俺は全力で一矢を放つ。そう画策していた。
しかし俺の見通しはあまりにも甘かった。
「ブォォォォォォン」
「っなっ、うおぉぉおぉぉぁぁっ!?」
なんと蝗の群れは俺の身体を包み込んだかと思えば、そのまま俺を空中に持ちあげだしたのだ。必死にソニックアローを振るうも、飛び回る無数の小さな蝗にはほとんど無意味で、俺は成す術なくビルを超えて上空へと持ちあげられる。
「ブゥゥウウゥゥゥゥウン」
「ぅっ、がぁっ!!」
蝗の群れは俺を持ちあげるだけではなく、俺ごとビルの屋上の看板を突き抜けると、そのまま向かいのビルの壁に俺の身体を叩き付けた。それだけでは終わらない。叩き付けた俺の身体を離すことなく、蝗の群れはまた更に市街の上空を飛び回り、何度も俺をビルの壁に叩き付け続けた。
「がアッ! ぅぬぁッ! ぐあっッ!」
休まることのない蠢きに対して俺の抵抗などほとんど無に等しく、されるがままの状況だ。俺が叩きつけられた後のビルでは破片が砕け、下の道路に落下していく。幸いにも怪我人はいないようだが、このままではまた関係の無い人が傷ついてしまう。その前にこの蝗を何とかしないといけないのに、このザマでは何もできない。それが悔しく、全身をめぐる激しい痛み以上に屈辱が俺の心を刺激していた。
──耐えろ。耐えればチャンスは必ず来る。
だから来るべき機会を信じて、俺はこの痛みに耐えていた。
「ブゥゥゥゥウウウン──ギュルルルルゥ」
「なっ、ぅぐおァッ!?」
しかし蝗が高度を下げたと思えば、そのまま俺を地面へと付き落とし、俺は着地もままならないまま背中から地面に激突してしまう。そして蝗の群れは一つに集まり、再びイナゴ怪人へと変化した。そして地面に激突した俺がそれにすぐさま対抗できるはずもなく、俺はイナゴ怪人に馬乗りされる形で拘束されてしまった。
「ギュルルルルルルルル」
「あ゙、ァァ……くっ、ぁ……(クソッ)」
武器を弾き飛ばされ、丸腰の状態でイナゴ怪人に首を絞められる。腕や脚に力を込めようとも、予想をはるかに超えるイナゴ怪人の怪力の前にどうすることもできず、俺はただ苦しみに悶えるしかできなかった。
「ぁ……カハッ……あ゙ぁ……」
めきめきと強くなる締め付ける腕の力を前に、だんだんと意識が朦朧としてくる。表情がまるで分からない蝗の顔が酷く冷酷で恐ろしく感じる。しばらく感じることのなかった強大な力を前に、俺の頭には「死」と言う単語が浮かんでしまった。
しかし、すぐさまその言葉を消し去る。
──ふざけんなっ。今ここで死んでたまるかっ。
──俺が死んだら、誰が人間を守るんだよ。
──誰が
その思いを糧に、俺は起死回生の一手となるべくドライバーのカッティングブレードへと手を伸ばした。
その時であった。
『メロンエナジー!』
聞き覚えのある電子音と共に、緑色の閃光が俺の眼前で炸裂した。
放たれた矢。その正体は一体……っ?
次回もご期待ください。