ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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それでは今回もどうぞ。


第62話 決意と涙と

『メロンエナジー!』

 

「ギュルゥルッ!?」

 

「!?」

 

 

 突如として迫ってきた緑色に輝くの矢は、俺の身体を押さえつけいるイナゴ怪人に命中し、爆発を引き起こした。その身体を貫くことはなかったが、その一矢の前にイナゴ怪人は吹き飛ばされ、俺の身体がようやく解放される。謎の乱入によってついに地に伏せることとなった異形。そしてこの好機を逃す俺ではない。

 

 

『ソイヤ! オレンジオーレ! ジンバーレモンオーレ!』

 

 

 すぐさま転がっているソニックアローを拾い上げ、ドライバーのカッティングブレードを斬り下す。ソニックアローの刃が眩しく黄色に発光を始め、俺はその刃を勢いよくイナゴ怪人へと斬り付けた。

 

 

「セイッ、ハァーーーッ!!」

 

「ギュリリュァァァッ!!」

 

 

 敵が完全に立ち上がる前に、鋭い斬撃を二太刀浴びせる。オーレの二撃をまともに食らい、爆風に巻き込まれるイナゴ怪人。完全に入った。ソニックアローから伝わる、敵を斬り裂く感触からも手ごたえも感じ、半ば安堵していた。しかし……。

 

 

「ギュ……ギュルルルルゥ……」

 

「っ!? まさか……っ」

 

 

 なんとイナゴ怪人は未だ顕在していた。先程の矢で生まれた風穴や、俺の斬撃でできた生々しい切り傷も残り、いかにも虫の息と言わんばかりに疲弊していたが、それでもヤツは死んでいなかった。ソニックボレーとオーレを食らったにも関わらず、未だ倒れないイナゴ怪人。その異常な生命力に更なる戦慄を覚えてしまう。

 

 

「くっ……」

 

 

 俺は即座にソニックアローを構えて臨戦態勢を整える。しかし先程のヤツの攻撃で身体は限界に近づいており、動かすたびに身体のあちこちが悲鳴を上げていた。これ以上の戦闘の長期化は非常に不味い。先程の矢のことなどすっかり頭から消え、焦燥を感じていた。

 

 

 ギュィィィィィィィィィン

 

 

「ギュ、ギュルルル──ブゥゥゥウウゥゥゥウン」

 

「なっ!? オイッ!」

 

 

 しかしヤツが再び蝗の群れに分離したと思えば、背後に現れたクラックの中へと飛んでいってしまい、クラックも同時に消滅してしまった。

 

 

「……(今、クラックを……)」

 

 

 ヤツを逃がした事以上に、ヤツの背後に都合よくクラックが出現し、そして消滅した事に意識を奪われてしまう。今の状況から考えるに、あの蝗はクラックを自在に操る力を持っていると考えた方がいいのだろうか? それとも、ヤツの背後にいる"何か"が、再びクラックを操っているのだろうか? あの合宿の時のように……。

 しかしいくら考えたところで、逃がしてしまっては後の追いようがない。ここは逃げられたことよりも、今を生き延びられたことを喜ぼう。

 

 

「コウガ!」

 

「ツバサ……ふぅ…………っぁ……」

 

「っ!? コウガッ!!」

 

 

 ツバサの声が聞こえたので、振り返って彼女の心配そうな顔を確認しながら、俺は変身を解除した。しかしその瞬間、急に身体から力が抜けるような感覚に襲われ、どっとその場に座り込んでしまう。先の戦闘でのダメージが変身を解いたことで一気にぶりかえってきたのだろうか。それとも生きてツバサの顔を見れたことに安堵してしまったからなのだろうか。あるいは両方か。ともかく、力なく道路の中央で無様に倒れかける程の事態に陥ったのは確かな事である。

 必死になって俺に駆け寄ってくるツバサ。そして彼女の顔をよく見ると、目に少し涙を溜めていた。

 

 

「コウガ! 大丈夫っ!? ねぇっ!?」

 

「あ、あんまり大声で叫ぶなって……一応生きてるからさ」

 

「っ……よかった……本当によかった……コウガ……っ」

 

 

 俺の胸に顔を埋めながら、涙ぐんだ声で俺の名を呼び続けるツバサ。震える腕や声が彼女の必死さを表しているようで、申し訳なく思ってしまう。ここまでツバサに心配されたのはいつ以来だろうか。少なくともクラックの活動が再開して以来、このような痛手を負ったこともなかったのだから。

 

 

「ツバサ……」

 

「死なないで……よかった……コウガ……っ」

 

「……ごめんな」

 

「謝らないでよ…………その謝り過ぎる癖も、いい加減直しなさいよ……」

 

「ごめん」

 

「もぅ……バカ……コウガ……」

 

 

 そう呟きながら、ツバサは俺を抱きしめる腕を更に強めた。たまに聞こえてくる嗚咽が俺の心に重く響く。そこまで彼女に心配をさせてしまっていたのかと、反省すると同時に少し嬉しくなってしまう。だから、ずっと震えの止まらないツバサを安心させるように、俺もツバサに抱き返した。

 

 

「っ……コウガ」

 

「ありがとう、ツバサ」

 

 

 俺の声に僅かに反応したツバサは、しばらくするとすっかり震えが止まっていた。俺も今度は謝罪ではなく、感謝の意をツバサに伝えることができた。

 ツバサの息が、匂い、鼓動が近くに感じられた。ツバサの命が一身に感じられた。きっとこれが「生きている」という感覚なんだろう。いつもは強い彼女の弱弱しい一面に振れながら、俺は今を生きているありがたさを噛みしめていた。

 

 それに今俺がツバサと言葉を交えられるのも、無事に生きてるのも先程の矢のおかげだ。

 

 そしてその矢を放ってくれたのは、恐らく──

 

 

「なあ、ツバサ……(って……あれ?)」

 

 

 俺は彼女に助けられた……あの矢を放ってくれたツバサに礼をしよう……そう思って彼女の方を向いたのだが、よく見れば彼女の腰回りにはゲネシスドライバーは巻かれていなかったのだ。それに気付いて若干の違和感を覚えるも、俺はその違和感を無理矢理喉の奥に飲み込んだ。

 

 

「どうしたの? コウガ」

 

「い、いや……さっきは、ありがとうな。本当に助かった」

 

「……う、うん……」

 

 

 きっと変身を解いた後すぐに外して、懐や鞄にでも閉まっているのだろう。そう思った俺は特に疑問も持たずに、彼女に先程の礼を述べる。しかし彼女から返ってくる返事は妙に歯切れの悪いものだった。いつもならそこに疑問を持つはずなのだろうが、幸か不幸か今の俺はダメージが蓄積しているためか、そんな小さな疑問に念を入れる程の余裕は持っていなかった。

 そしてツバサに肩を借りて、近くの壁に背を預けて腰を下ろす俺。壁に持たれかけながら、俺はツバサとこれからの事を話し合うことにした。

 

 

「コウガ、どう? このまま立てる?」

 

「一応、な。肩貸してくれれば」

 

「それくらいなら余裕で貸すわ」

 

 

 先に入っておくと、俺の身体が負ったのは壁や地面に叩きつけられたことによる全身打撲。正直なところ、ほんの少し動かすだけでも滅茶苦茶痛い。今ツバサにこんな事を言っているのも、ちょっとした強がりだったりする。

 

 それに、本当はもっと楽に帰れる方法もあるんだしな。帰る"だけ"ならば……。

 

 

「それか、アレだな。ジンバーメロン。アレ使えば──」

 

「コウガ。あなたってマゾ体質だったかしら?」

 

「──言ってみただけだよ。分ぁかった、使わないからそんな怖い顔すんなって」

 

「……絶対に使わないでね。本当に死んでしまうかもしれないから」

 

 

 鎧武のジンバーアームズには現在4つの種類がある。ジンバーレモン、ピーチ、チェリー、そしてジンバーメロン。しかしその中でもジンバーメロンは、ツバサが最も嫌っているアームズだ。固有能力は後で説明するが、一つ言うとすれば「命を顧みない無茶」が嫌いなツバサのような人間には好かれない能力とだけ言っておこう。おかげで使用制限をかけられる始末だ。全く……お前は家計を握る女房かっての。

 

 

「まあいっか……じゃあツバサ、ちょっと肩貸してくれ」

 

「ええ。いつだって貸してあげるわ。ほら」

 

「ありがと」

 

 

 こうして何も億劫することなく肩を貸してくれるのも、ずっと共にいたからかもしれない。ずっと傍で共に苦楽を味わってきたからこそ、俺達はこうして近くにいられるのだ。

 

 

「ハハ……アイツらに何言われるかな……」

 

 

 ふらふらとツバサに支えられて歩きながら、力なく、そして自信なさげに心に抱いた不安を零す。「アイツら」が誰の事を指すのかツバサも分かっているのか、彼女は俺を一目見ると再び前を向き、何とでもないように口を開いた。

 

 

「きっと大丈夫よ。だって、アナタが繋いできた絆だもの。その子たちのことはよく知らないけど、そう簡単に切れたりしないわ」

 

「ツバサ……」

 

「もしダメでも、私がずっと傍に居るから……」

 

 

 最後にそう付け加えるツバサに心が温かくなるのを感じながら、俺は僅かに軽くなった足で帰路を踏みしめ出した。

 

 

 

 ──────────────────―

 

 

 

 真姫ちゃんが鉱芽さんの過去を語り終えてから約二時間が経った。私たちは鉱芽さんの帰宅を待ちながらも、未だ帰ってこない彼の心配をしていた。彼と最後に会ってから、もう三時間が経とうとしている。あの時は私も絵里ちゃんも、彼に対して拭いきれない疑惑や恐れを抱いていた。でも今は違う。彼の過去を知り、今度こそは彼を……鉱芽さんを信じきるって決めたから……っ。だから今は、この気持ちを早く彼に伝えたくて仕方がなかった。もう一度、鉱芽さんの顔を見て話がしたかった。

 

 そんな祈りがようやく通じたのだろうか。

 

 

 ガチャ

 

 

「っ!?」

 

「鉱芽!」

 

 

 玄関先から扉の開く音が届き、私たちは皆驚きで若干跳びあがってしまう。待ちわびた存在が来たとはいえ、それがあまりに急に来られると驚いてしまうのは無理もないと思う。しかも以前見た状況が状況だけに。

 しかし真姫ちゃんはいち早く行動し、彼を迎えるべく玄関に向かって早足で歩いていった。

 

 でも、これでまた鉱芽さんと話ができる。彼に自分の想いを伝えられる。そんな嬉しい気持ちに包まれそうになっていた時、先に玄関に向かっていた真姫ちゃんの声が私たちの耳に響いた。

 

 

「っ! 鉱芽っ! 大丈夫なの!? その傷……っ」

 

「っ!?」

 

「鉱芽っ!?」

 

 

 真姫ちゃんの必死の叫びに、私たちの間に戦慄が走った。みんな、その声を聞くと共に彼の元へと駆け出していった。

 

 だけどそこで予想外の光景を目にしてしまう。

 

 

「鉱芽さ……ん……っ」

 

「あ、アナタは……?」

 

「綺羅ツバサよ。あなた達と同じ、スクールアイドルのね」

 

 

 私たちの目に入ってきたのは、表情ではケロッとしているけど、服の間から覗かせる痛々しい打撲の跡が目立ち、今にも倒れそうなほどふらふらした鉱芽さん。そしてそんな彼を隣で支えている、どこかで見た事のあるツリ目の可愛らしい少女だった。

 そして彼女の言葉を信じるなら、この人は綺羅ツバサ。スクールアイドルの頂点とも言われる、あのA-RISEのセンターを務めている少女。そしてさっきの真姫ちゃんの話を思い出す限り、多分この人が鉱芽さんの……元……っ。

 

 

「それより早くコウガをっ」

 

「っ、鉱芽、こっちは私が支えるわ」

 

「あぁ、ありがとう、真姫」

 

 

 ツバサさんにの声にまたすぐに反応した真姫ちゃんが、鉱芽さんの支えられていない方の肩へ潜り込むと、そのまま二人して彼を支えながらリビングへと連れていった。

 そして真姫ちゃんとツバサさんに支えられながら、鉱芽さんはようやくソファーへと腰を下し、彼は安堵するかのように大きく息を付いた。

 

 

「はぁ……えらい目に遭った。ありがと、二人とも」

 

「ねぇ、一体何があったん? 鉱芽君がそんなにボロボロになるなんて……」

 

「……見た事もないヤツに襲われて……な。それでこの通り、ボッコボコにされたわけだ……」

 

「もぉっ……心配させないでよ……バカっ」

 

「ごめん、真姫」

 

 

 膝を付いて彼に顔を埋める真姫ちゃん。鉱芽さんがいなくなってしまうかもしれない、その恐怖があるから故のこの態度なのかもしれない。そしてそれは、ただ単に彼が死んでしまう故の恐怖ではない。

 

 何故なら彼の敗北には、死以上の恐ろしい現実が待っているから。

 

 インベスになってしまった人間が、世界の改変の影響下で人々の記憶から消えることはさっきの真姫ちゃんの説明でも、裕太君の件でも痛いほど理解した。

 だけどもう一つ、記憶に関する重大なルールが存在していた。インベスの被害者たちのことだ。

 インベスが起こした被害で、"間接的に"死んでしまった人たちは、改変の影響で事故死などの適当な理由が当てはめられる。インベスの被害で死ななかった伊織さんや裕吾さんもこれに当てはまる。

 だけど、インベスの攻撃で"直接"死んでしまった人たちは……人々の記憶から消えてしまうみたいなの。インベスに直接引き裂かれた人間、インベスに焼き殺された人間、それら全てが日を跨ぐと同時に植物のように枯れ果て、人々の記憶と共に消滅してしまう。真姫ちゃんはそう教えてくれた。真姫ちゃんが語ってくれた、亮子ちゃんが変化したインベスの被害者も同じ。何人死んだかは分からないけど、明らかに後日のニュースでの死者数が合ってないし、何より現場の血痕も完璧に消えていたらしい。それつまり、その人が居た事実——死んだ事実が無かったことになってしまったという事。

 

 インベスに殺された人間は、皆その存在を忘れ去られる。これがヘルヘイムの改変で最も残酷な真実だった。

 

 

「鉱芽……っ」

 

「おいおい、ちょっと甘えすぎじゃないか? ぇえ?」

 

「んっ……」

 

「はぁ……まいっか」

 

 

 未だ、鉱芽さんにより縋って彼を感じている真姫ちゃん。鉱芽さんが死ななかったこと、消えてしまわなかったことに酷く安堵し、鉱芽さんに甘え続ける真姫ちゃん。彼女の気持ちはとても分かるし、私だって本当はそうしていたい。

 

 でも、今はそれよりもやらなければいけないことがあった。

 

 

「……っ。鉱芽さんっ」

 

「ことり……」

 

 

 私の強い呼びかけにゆっくりとこちらに目を向ける鉱芽さん。身体はボロボロなのに、今までと変わりない余裕を感じさせる声色で向かいいれてくれた。だけど私には、その鉱芽さんの目がどこか怯えているように見えたの。

 

 今にも私から目を逸らしたい。私とは目を合わせたくない。目を見るのが怖い。

 

 微かに揺れる彼の瞳から、そんな考えが浮かんでしまう。もしかすると私の思い過ごしかもしれない。でも分かるの。鉱芽さんはきっと、私たちに拒絶されたくないって思っている。インベスになった裕太君を倒した時でも平然とした態度を取っていたけど、アレはきっと虚勢だ。きっと真実は……今でも浮かべている彼の臆病な子どものような目にある。

 

 

「真姫ちゃんから全部聞きました。スケッチブックの事も、鉱芽さんの過去も、全部……」

 

「……そっか。で、どう? 幻滅した?」

 

 

 渇いた笑いを吐きながら、自嘲気味に私に問いかけてくる鉱芽さん。やはり彼は自分の事を卑下していた。そして、私たちからの評価を気にしている。

 

 

「確かに……ちょっとだけ鉱芽さんについての考えが変わったと思います」

 

 

 私のこの言葉もまた事実。さっきの真姫ちゃんの話を聞いても、まだ鉱芽さんについて今まで通りの想いを持つだなんて、そんなのできるわけがない。何も感じないわけがないものっ。

 

 

「……そうか……」

 

 

 私の言葉を受けて、少し諦めが付いたかのような表情を浮かべて悲しそうに笑う鉱芽さん。この時、彼は嫌われることを恐れているという私の予想は確信に変わった。彼の痛々しい笑みを目の当たりにしてこちらまで胸が痛んでしまう。

 

 でも……違うのっ。私は……アナタにそんな顔をさせたいんじゃないのっ。

 

 

「……まぁ、仕方な──」

 

「でもっ!」

 

「──っ!?」

 

「私はっ、鉱芽さんを否定したりしません!」

 

「っ……ことり……」

 

 

 だから私は叫んだ。鉱芽さんの闇を知って、それでもなお抱いたこの気持ちを。

 

 

「鉱芽さんがどれだけ辛い思いをしたのかも、どれだけの絶望を味わったのかも、私には分かってあげられません。それはすごく辛いです。でもっ……」

 

「……」

 

「鉱芽さんが抱く闇も絶望も、私は全部受け入れますっ。鉱芽さんがいつか、自分を認められるようになるまで、ううん、それからもずっと、私は鉱芽さんの抱えるもの全部を受け止めます!」

 

「ことり……」

 

 

 鉱芽さんの見開かれた目が私を捕らえる。わなわなと震える彼の口に反応するように、私の口も同じように震えだしていた。そして私は、最後に自分の覚悟を伝えた。その目尻に涙が浮かんでいたことなんかにまるで気付かずに……。

 

 

「私っ、は……鉱芽さんを裏切ったりはしませんっ! 鉱芽さんが……っ、どんな風になってしまっても、私は……私はっ、鉱芽さんを隣で支えたい、です……っ」

 

 

 案の定感情が昂り、最後には涙ぐんだ声になってしまう。そして耐えきれず、目から涙が溢れてしまった。でも、言いたいことは言えた。かっこよく言えた手前みっともない姿を見せちゃったけど、それだけでも満足できた。ほとんど告白に近い事を喋ってしまったけど、そうでもしなきゃ今の鉱芽さんには伝わりそうにもなかったと思う。

 

 

「ぅ、うぅ……鉱芽さぁん゙……」

 

「ははっ、泣くなって。ほら、こっち来い」

 

「はい……っぅ゙ぅ……」

 

 

 彼の優しい言葉に誘われるがまま私は彼の膝元まで近寄り、その膝へと頭を乗せる。涙がこれ以上落ちないようにぎゅっと目を瞑り、そのまま顔を埋める私に、鉱芽さんは優しくその手を私の頭に乗せてくれた。

 

 

「ありがとう……ことり」

 

「……はい(温かい手……)」

 

 

 私が鉱芽さんを支えないといけないのに、今や完全に彼から慰められる形になってしまっている。でも全然悪い気はしなかった。彼の確かな愛情の籠った温かい手が、私に触れている。そう感じるだけでも、私は強い幸福感に包まれてしまう。彼の温もりに安心してしまう。

 

 

「鉱芽……さん……また、ことり達と一緒にいてくれますか? 私たちのダンスを……見てくれますか……?」

 

「……」

 

 

 そして私は必死の想いを彼に向かって吐きだす。だけど、鉱芽さんはそれにはすぐに返事をしてくれなかった。そんな彼の態度に私が不安を抱いていると、鉱芽さんは私を自身から遠ざけて、そしてゆっくりと絵里ちゃんの方へと向かい合った。

 

 

「それは……絵里の言葉も聞いてから、かな?」

 

「鉱芽……」

 

 

 鉱芽さんは、今度は絵里ちゃんの言葉を待っていた。そしてようやく鉱芽さんと向かい合うことになった絵里ちゃんは、先程の鉱芽さん以上に目に見えて明らかな怯えの表情を浮かべていた。覚悟を決めて彼に会いに来て、そしてここに来て抱いた決意を彼に伝える意志も固めた。だけどいざ彼に、あの時絶縁するに近い態度で突き放した鉱芽さんに再び話しかけるのは、多分とても怖いものだったと思う。

 

 

「ほら、エリチ」

 

「希……ありがとう……」

 

 

 だけど、そんな絵里ちゃんの背中を希ちゃんは押してくれた。しっかり勇気を持って、自分の気持ちを伝えなきゃ。言葉には出さなくとも、そんな彼女の気持ちが私にも伝わってきた。

 

 

「鉱芽……私もアナタに言う事があるわ」

 

「ああ」

 

 

 その時の彼女の眼は怯えたものではなく、確かな意志を宿した強い眼差しだった。

 

 

「私は……鉱芽のやっていることにやっぱり賛成はできない。いくらインベスだからって……元々人間だった存在を倒す鉱芽を、簡単には認められないわ……」

 

「……」

 

「アナタの過去を考えたら仕方のないことだと思う。いいえ、むしろ今もこうして人と関わりを持てるだけでもすごいと思ってる。鉱芽は強いんだなって思える。でも……」

 

「俺のやってることが正しいとは思えない、か」

 

「ええ……」

 

 

 そこで一旦絵里ちゃんは息を整える。絵里ちゃんは鉱芽さんのズレてしまった部分を妥協することはできないと言いきった。言われることは覚悟はしていたと思うけど、いざ否定されてしまい鉱芽さんは少しだけ首を垂れる。絵里ちゃんの言ったこと、それは鉱芽さん自身にとってもどうすることもできない深い闇だった。絵里ちゃんのように、彼のズれた行動理念に疑問を抱くのはむしろ普通の事だと思う。

 でも彼女が本当に言いたいのはそんな事じゃないことを私たちは知ってる。そして鉱芽さんが口を開く前に、絵里ちゃんは大声で叫んだ。

 

 

「でもっ!」

 

「っ?」

 

「私は……それでもまだ鉱芽を信じてるっ! きっと、アナタが過去に怯えないように変わってくれるって信じてる!」

 

「絵里……」

 

 

 目の前で裕太君を消し去り、そして恐らくこれからも同じ行動を続けるであろう鉱芽さんを、絵里ちゃんはもう突き放すことはなかった。まだ鉱芽さんを信じているという絵里ちゃん。彼女は自分ができたのと同じく、鉱芽さんも変わることができると信じていた。

 

 

「鉱芽……まだ苦しんでるのよね……辛いのよね……足掻いてるのよね?」

 

「……ああ」

 

「この先鉱芽が迷っても挫けても、私が背中を押すから……今度は……私が鉱芽を変えてあげるから……っ」

 

 

 それはかつて鉱芽さんのおかげで変わる事ができた、絵里ちゃんの純真な気持ち。私のように乱れることなく、通った声で真っ直ぐ鉱芽さんに伝える絵里ちゃん。そんな彼女の姿が、私にはすごくかっこよく見えた。

 

 

「鉱芽も、きっと変われる……変身できるから!」

 

「絵里……」

 

 

 それが絵里ちゃんの覚悟。亮子さんを殺してしまったことで歪んでしまった彼を変える、または変わろうとする彼を後押しする。絵里ちゃんはそう決意した。

 一度は鉱芽さんを信じていいか分からなくなってしまった絵里ちゃん。だけどその分、今の彼女の鉱芽さんを信じようとする気持ちは、誰にも負けないくらい強いものだった。だからこそ、その時の彼女の声はとても力強い響きを孕んでいた。

 

 だけどそこまで言い終えた時、強く意志を伝えようとした絵里ちゃんの声色に、僅かに震えが入っていた。

 

 

「っ……ごめん……でも、私まだ、鉱芽の前で踊ってたいの……鉱芽とまた……一緒にって……っ」

 

「……」

 

「鉱芽……私、また鉱芽と一緒に……いてもいいかな? 鉱芽は……また、みんなと一緒にいてくれるのかなぁ……」

 

 

 今まで耐えていた涙が目尻からにじみ出し、声も次第に涙ぐんでいく。それでも絵里ちゃんは、鉱芽さんを見るのを止めなかった。

 

 もう二度と、彼から逃げようとはしなかった。

 

 

「……クスッ……当たり前だって。俺の方こそ頼むよ。また、お前らと一緒に歩ませてくれって」

 

「鉱芽っ……よかった……っぐ……よ、よかった……っ……ぅぐぅっ」

 

 

 鉱芽さんと再び話せるようになったこと、もう一度一緒に練習できることに酷く安心したのか、ついに耐え切れなくなってダムが崩壊するかのように目から涙が溢れ出す絵里ちゃん。さっきまでの威勢が嘘のように弱弱しく縮こまり、いつしか彼女は鉱芽さんに泣きついていた。

 

 

「よかった……鉱芽っ……鉱芽ぁっ……っ」

 

「もう……なんだよ。お前まで泣き虫かっての……ははっ」

 

「ぅぐ……っぇっぐ……っひっぐ……」

 

「……ありがとな、絵里」

 

 

 鉱芽さんはさっきの私にしたのと同じように、優しく絵里ちゃんの頭に手を乗せて彼女を慰めていた。それでも未だ鉱芽さんに甘えるように顔を埋め続ける絵里ちゃんに、鉱芽さんは薄ら苦笑いを浮かべていた。

 

 

「そうだ。希はどうなんだ? まだ聞いてなかったし」

 

「ウチ? 別に変わりないよ。今までと同じ。どんな過去を持っていても鉱芽君は鉱芽君や。今更避けることなんてないよ。だって鉱芽君は、ウチの大切な友達やから」

 

「あっははっ、流石だな希は。ありがとう」

 

 

 絵里ちゃんを膝の上であやしながら希ちゃんの意志にも確認を取る鉱芽さん。そして鉱芽さんの言う通り、流石というか、希ちゃんの答えは既に決まっていた。彼女も私たち同様、鉱芽さんを拒絶することはなかった。

 

 

「ね? やっぱり大丈夫だったでしょ?」

 

「そうだな……」

 

 

 安心したような顔持ちでツバサさんに返し、鉱芽さんは深く息を吐いた。心なしか彼の肩の力が抜けたように見えた。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 ツバサさんは依然として鉱芽さんを優しく見守り、真姫ちゃんは彼の肩に手を置いて微笑みかけ、絵里ちゃんは彼の膝に埋もりながら彼を抱きしめている。そんなみんなを鉱芽さんは拒絶することはなかった。

 

 

「これからも……よろしくな。みんな……」

 

 

 少し振り絞るようにして出た彼の言葉。嬉しさを隠そうともしない笑顔を見せる中、私は彼の目尻が一瞬光ったように見えた。

 

 

「はいっ!」

 

 

 私は新たに抱いた決意を胸に、彼に応えた。

 

 

「これからも……よろしくお願いします!」

 

 

 崩れ去ろうとしていた絆は、今再び輝きを取り戻した。

 

 

 

 ──────────────────―

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 鉱芽がイナゴの怪人を撃退し、ツバサと共に家に帰ろうとした時のことだった。

 

 

「……」

 

 

 高いビルの屋上から、静かに彼らの姿を見つめる影がいた。

 

 それの全身は白かった。純白の仮面とスーツで覆われた、謎の戦士。

 

 メロンのような模様が彫られた緑色の兜と鎧を身に纏った姿は、宛ら戦国時代の武者にも見えた事だろう。

 

 右手に携えるは、先の戦闘で鎧武が使っていたのと同じ、真紅の弓矢──ソニックアロー。

 

 そして白武者の腰に巻かれた赤いベルト──ゲネシスドライバー。

 

 それは間違いなく、以前鉱芽がツバサに託したものと同一のものであった。

 

 そしてその武者こそ、鉱芽の起死回生となる一矢を放った存在であった。

 

 

『ロックオフ』

 

 

 白武者は自身のドライバーにセットされたロックシード──メロンエナジーロックシードを閉じ、ゲネシスドライバーから外した。

 

 そうすることでその者が纏う鎧は一瞬にして光の粒子となって消え去り、装着者の正体が日の元にさらされる。

 

 

 そこに立っていたのは……。

 

 

 

 

 

 

「鉱芽さん……」

 

 

 

 

 

 

 先程まで白武者が立っていた場所に、その少年はいた。

 

 

 彼の名は、立花道行。

 

 

 またの名をミッチ。

 

 

 鉱芽の……かつての親友の姿であった。

 

 

「……」

 

 

 その場から立ち去ろうとする鉱芽を見つめる彼の目は、美しいほどに憂いに満ちていた。




今回でヒロイン3人のスタンスが固まる事になりました。
ことりは、鉱芽の抱く闇を否定せず、全てを受け入れる。
真姫は以前述べた通り、鉱芽の抱く闇を吹き飛ばす。
そして絵里が、鉱芽が闇に怯えないよう、彼を変える。
今回決意を新たにした彼女達と鉱芽の行きつく未来とは……?

そして、最後に姿を見せたミッチは……?

これからもご期待ください。
感想、評価お待ちしております。
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