「鉱芽さん……」
私は鉱芽さんが何故急に店を出たのか薄々気付いていた。いや、気付いてしまったといった方がいいんだろうな。あの時一瞬見せた真剣な顔。きっと鉱芽さん、今まさに戦おうとしているんだ。けど私は彼を止める事なんて出来ない。そんな事しているうちに他の誰かが傷ついてしまう。そんなの、ことりも鉱芽さんも許せないもの。そんな彼に対してことりにできる事なんて何一つない。
「──ことり?」
本当に嫌になる。誰かが大変な時に自分が何もせずにじっとしているだなんて。もしかすると知らない方が楽なのかも知れないのかな……ううん、そんなの嫌! 忘れたくない。鉱芽さんが頑張っている、みんなが忘れてしまうそれを、私は覚えていられる。彼の頑張りを私は覚えていられる。それで彼が少しでも救われるなら、私はこの記憶を絶対に失いたくない。
「ことり!」
「はいっ!?」
「どうしたのです? そんなに暗い顔して」
急に聞こえてきた呼びかけに驚き、肩を強張らせる。どうやら思い詰めているうちに、海未ちゃんに話しかけられていたのに気が付かなかったみたい。どうしよう、心配させちゃったかな。
「ごめんね海未ちゃん。少し考え事してて?」
「そうですか……?」
「っていうより、やっぱ鉱芽さんが居なくなったのが寂しいんじゃないの? ことりちゃん」
「そっ、そんなっ!? べ、別にそういうのじゃっ──」
また穂乃果ちゃんに鉱芽さんとの事でからかわれる。確かに鉱芽さんの事を考えていたけど、寂しいとかそういうのじゃないから! というよりなんか穂乃果ちゃん、さっきから妙にそういう感じの話題をかけてくる。私をどうしたいのぉ~?
けれどここで本当の事を話していいのか、ことりには判断し兼ねなかった。確かに穂乃果ちゃん達に話しても明日には忘れるけど……それまでに鉱芽さんに迷惑が掛からないとも限らない。だから、ちょっと心が痛むけど嘘を付くしかなかった。
「きょ、今日のライブの事を振り返ってただけだよぉ……」
「……ホントに~?」
「ほ、本当だよ……」
「穂乃果、もういいでしょう。少ししつこいですよ?」
「あっはは~、そうだよね。ごめん、ことりちゃん」
「ううん、ことりもごめんね。ちゃんとしてなくて」
取り合えずは収まったみたい。よかった。
「それにね、ことりもまだ鉱芽さんのことよく分かってないの」
「えっ、そうなの?」
そう、これは本当の事。私が聞いたのは、彼がかつて怪物たちと戦いつづけてきたこと。その為に大学を中退した事。そしてこの間──ことりが助けられた日に再び戦いが始まったこと。
後は好きな店とか食べ物、テレビとかのお話で……あれ? もしかして私、結構いろんなこと知ってる?
いや、別にそういう事を言いたいんじゃないの。私が本当に知りたいのは彼の背景や交友関係といった本質的な事。どんな過去を歩んできたのか、誰とどう生きてきたのか。何で一人暮らしをしているのか。そんな事までは鉱芽さんの口から聞いたことは無い。
それを知らない限り、ことりは鉱芽さんの事を“知っている”とは言えない。
「むしろ、ことりも知りたいことだらけだよ」
「へぇ~」
「なるほど。謎が多い殿方なのですね」
海未ちゃんが最後にそうまとめる。うん、確かに謎が多い人かもね。
いい感じで会話が切れようとしていたその時──
「お前達、鉱芽の知り合いか?」
店のエプロンを巻いた男の人──恐らくこの店の人でしょう──が私達に話しかけてきた。
「えっ? いや、あの……私達は葛木さんとはさっき会ったばかりで……知り合っているのは彼女だけです」
そう言って海未ちゃんは男性店員にことりを紹介する。男性はことりを見ると、温かい目をこちらへ向けてくれた。
「ほう、そうか。ああ、いやいや。アイツってそんなに知り合いを店に呼んだりする奴じゃないからな。少し珍しくって。鉱芽が世話になってるなぁ」
「い、いえ。私もそれ程鉱芽さんを知っているわけでは……」
「なんだ、そうなのか? まあ、せっかく鉱芽の知り合いが来店したんだ。珍しいし良い事だ。教えてやろうか? アイツの赤裸々な過去とか」
「ええ!? いいんですか? あ、あの……お願いします!」
鉱芽さんの知り合いと思われるその男性の言葉に私は一瞬で食いついた。その横で穂乃果ちゃんと海未ちゃんが驚いていたけど気にしない。だけど、鉱芽さんはそれほど多くの人と知り合っているわけじゃないのかな?私達の来店でも珍しいって。それとも、鉱芽さんは知り合いとかを好き好んで店に招待する人じゃないのかな?
「食いつきがいいな。よし、いいだろう。アイツには内緒だぞ?」
「はい。ありがとうございます! ……あの、それで貴方は一体どちら様でしょうか……?」
「ああそっか、今日初めて来た客か。俺は板東又三郎。ここのパーラーのマスターだ。よろしく」
「「「へっ?」」」
私達三人の間抜けな声が見事にシンクロした。店員どころか店長でしたこの人。ああ、確かに言われてみればこの店に入った時から鉱芽さんと板東さんの他に店員さんが見当たらなかった。そっか、もともと少人数で経営していたんだぁ、この喫茶店は。
「わ、私、南ことりです」
「私は高坂穂乃果です」
「園田海未です。えっと、他に店員はいないのですか?」
私も抱いていた疑問を海未ちゃんが板東さんに尋ねる。
「ああ、そうだな。あとは鉱芽の他に二人だな。今日はいないけど。もともとそんなに大きい店でもないし、少人数でも何とかやっていけるしな。それに──」
「?」
「──そいつらも鉱芽も結構訳ありでな。どうもここに置いていたくなったんだよ」
「訳あり……ですか?」
「そう、訳あり」
海未ちゃんの疑問に意味深に答える板東さん。訳ありって、もしかして板東さんも知っているのかな?鉱芽さんが変身して戦うこと。そんな私の疑念を他所に、板東さんは鉱芽さんとの思い出話を始めた。
「鉱芽はな……えっと、ことりちゃん……だっけ? アイツが大学辞めてるの知ってるか?」
「……はい」
「えっ、そうなの?」
と、穂乃果ちゃん。でも、多分これから真剣な話に入るんだろう。それがわかったのか、穂乃果ちゃんと海未ちゃんは顔を真剣なものに変えていく。
「そうだな。まあ、いろいろ理由はあるんだがそれを俺の口から聞くのは野暮だろう……ま、実を言うと俺も何でかよく分かってないんだけどな。あっはは──」
「……」
そう笑いとばす板東さんにことりは半ば確信する。ああ、この人は記憶を保持できないんだ、と。鉱芽さんの努力を忘れてしまう人。鉱芽さんがどうしていなくなるか、苦しんでいるかを真の意味で理解できていない人。
鉱芽さんを助けられない人。
ことりは初対面である板東さんに対して、そんな失礼な印象を抱いてしまった。
「まあそれも関係してんのかねぇ。ある日のことな、店も終わってちょっくら散歩がてらに買い物にでも行こうとしたらよぉ、ふと道に何かが転がってるのが見えたんだ。何だと思って確認してみるとな、そう、アイツだったんだよ。鉱芽が地面に倒れてたんだ。いやぁ、あの時はホント驚いたわ」
「えっ!? 倒れてたっ?」
その言葉にことりは思わず驚いてしまう。少なくともことりが以前見た鉱芽さんは、『余裕』『強者』という言葉が似合うような印象を持ち合わせていた。そんな人が倒れてしまう程の事が起きるなんて……。
「急いでアイツを店まで運んだよ。それからしばらくアイツの面倒を見る事になったんだ」
「……」
「でな、目が覚めた後のアイツ……本当にボロボロだったんだよ。ほんの少しつついてしまうだけで壊れそうな程、危ない状況だった」
「……それで、どうなったんですか?」
知らなかった。鉱芽さんにも折れそうになるなんて事あったんだ。なまじ最初の屈強な彼の印象が強かった私にとって、その情報は軽くショックなものだった。
「いやあ、どうも? 強いて言えば俺はただアイツに職をやっただけだ。あとはアイツが自分で立ち直った」
「? どういうことですか?」
私も海未ちゃんの質問に同意する。結局立ち直れたことくらい、今の鉱芽さんを見てれば分かる。でも、その間には一体何が? 一体鉱芽さんにどんな心境の変化があったんだろう? 今はただそれが気になって仕方がなかった。
「……ん~、どうだろうな。そこから先は本人に聞くのが一番だと思うな。気持ちなんて受け取り手次第でどうとでも変わってしまう。俺が何か言ったところで真実はアイツにしか分からない」
真実は鉱芽さんにしか分からない。確かにそうだ。それが彼を苦しめる基なのだから──
「──けどな──」
「?」
「──心が分からなくても接してやることはできる」
「? ……どうやってですか?」
「ただ相手を信じ、受け入れるんだ」
「信じて、受け入れる……」
穂乃果ちゃんが板東さんの言葉を復唱する。きっと穂乃果ちゃんにも、私同様、思う事があったみたい。
板東さんはそんな私達にその言葉の意味を教えてくれた。
私の人生にとって大きな意味を成すことになるその言葉を。
「そ。きっとアイツにも話したくないことの一つや二つ……もしくは百くらいあるかもしれない。
けどな、そんなもん聞く必要なんかないんだ。
話したいなら話せるようになるまで待てばいい。
話したくないなら、ただソイツを信じて、何も聞かないでいるだけでいい。
ただソイツの近くに居るだけでいい。
受け入れる、ってのはそこにある事実を知って決めつけるもんじゃない。
例え事実を知っていなかったとしても──
──信じて待つ。真の意味で人を受け入れるって、そういう事だと思うな俺は」
「……ぁ……」
言葉が出なかった。きっと今の私の顔は豆鉄砲を食らった鳩のように間抜けに見えることだろう。けど、そんな顔になってしまう程、板東さんの話は私にとって衝撃だった。
そこにある事実だけが相手を受け入れる要素じゃない。事実を知らないでいても相手を信じ切る。それが受け入れるって事……それはきっと、今も昔も鉱芽さんにとってとっても必要だったもの。そして、ふと胸の奥にツンとした痛みを感じた。
私は数分前の自分の頬を叩きたくなった。誰が鉱芽さんを理解しない、よ。誰が鉱芽さんを救えない、よ。結局、一番彼を理解し、助けになっているのは板東さんだった。
「板東さん、あの……私、どうして鉱芽さんが立ち直ったのか分かった気がします」
「ほぉう、そっか」
「うん、穂乃果も板東さんの言葉に感動しました」
「そうですね。私も一つの考えとして自分の中に残せるものだと思いました」
「おう。そりゃあ、おじさんも嬉しいねぇ」
きっと今の会話の本当の意味に辿り付けているのはことりだけ。でも、板東さんの言葉は私の幼馴染達にも深く響いたみたい。そりゃそうよ。
板東又三郎さん……スゴイ人。人並みならぬ心構えを持ち、かつての鉱芽さんを救った人。
ねえ、鉱芽さん。貴方が強いのはきっと、こういった人達に支えてもらっていたからなのね。
貴方は以前、人が好きだから戦う、て言った。
それって、その人達が貴方を変えたからなのかな?
なら、私も貴方を支えたい。
貴方の秘密を“知っている”からじゃない。
貴方を受け入れるのに“知っている”必要なんてない。私は──ことりはただ鉱芽さんを“信じて待ちます”。
だから鉱芽さん──早く帰ってきてくださいね……。
今日、私こと南ことりは──憧れの人の恩人に会いました。
────────────―
「ここからは、俺のステージだ!」
俺はサクラハリケーンで疾走しながら、公園内にいるインベス目がけて体当たりをかます。
「ギャォィ!」
サクラハリケーンの猛烈なアタックを食らった初級インベスは15m程吹っ飛び、地面で悶えていた。
そして俺はというと、サクラハリケーンから降車し、辺りの様子を確認する。
「……マジか」
公園内にはクラックが二つ確認できた。そしてインベスの数は三体。ここにきていきなりのクラックのペースアップだ。正直、洒落にならない。
ギュイィィィィィィィィィイン
よかった、うち一つのクラックは今閉じたところだ。後は残りのクラックが閉じるまでに粘るだけだ。
そう思っていたところだ。
「ギュュゥヮァ?」
なんと残りのクラックから更にもう一体インベスが、それも上級のカミキリインベスが姿を現す。
現時点で俺の周囲にはインベスが四体。内一体が上級……はぁ、面倒くさい。こんなに一斉にくるなんて、いやはや、モテるってツライねぇ~……はぁ、今日は厄日かねぇ? 全く。
なんて愚痴ってても仕方ない。ここはさっさと片付けますか。そして、先程の会話を思い出す。
「さてと──」
『穂乃果はイチゴが一番好きだよ』
「──んじゃあこいつで行くか!」
俺は懐からイチゴの浮彫が掘られたロックシード──『イチゴロックシード』を取り出す。
『イチゴ!』
俺の頭上でクラックが開き、イチゴの果実が現れる。オレンジロックシードを戦極ドライバーから取り外すと、俺の橙の鎧が淡く輝き、光の粒子となって消えていった。そしてイチゴロックシードをドライバーに入れ替えてセットし、カッティングブレードを下した。
『ロックオン! ソイヤ!』
『イチゴアームズ! シュシュッと・スパーク!』
イチゴが俺の頭部から展開していき、俺の身体は真っ赤な装甲に包まれる。
両手に握られるは苦無。赤き鎧を纏いしその姿はまるで忍。その立ち振る舞いから、その身の俊敏さが見て取れるようだ。
これが鎧武の持つ姿の一つ。
仮面ライダー鎧武 イチゴアームズ
「んじゃ、シュシュッと行くぜ!」
俺はインベスに向かって走り出す。四体のインベスが一斉に襲い掛かってくるが俺には関係ない。
「フッ……ハァッ!」
初級の攻撃を軽く躱しながら、手元に現れる苺状の苦無──イチゴクナイを周囲のインベスへと投げつける。俺が投げた数発の苦無はインベスの身体へ突き刺さり、小さな爆発を起こす。
「ギョゥォォァア!」
インベスは苦しむような声を挙げるが容赦はしない。すぐに次の苦無を生成し、次々とインベスへ投げつける。しかし上級ともなれば少々やるようで、この苦無の嵐の中をダメージ覚悟で突っ込んでくる。接近戦に持ち込めば有利になるとでも思っているのだろうが甘い。上級は俺の背後からその爪で切り裂こうとするが、俺は左腰に備え付けられた刀──無双セイバーに手を掛け、振り抜いて背後の上級を一閃する。
「ゥラアッ!」
「グォアアハァ!」
上級が怯んだ隙に他のインベスにも無双セイバーの刃で着実にダメージを与えていく。
一体一体斬るごとに嫌な感覚が湧き上がるが、無理やり抑えつける。
「ハアッ!」
そして動きの鈍くなった奴から上級目がけて蹴りを入れる。
俺の蹴りを食らったインベスは勢いよく吹っ飛ばされ、上級の上へとのしかかる。
「はい次ぃ! ……はいもう一丁!」
残る二体の初級も蹴りつけ、インベスを一か所に集中させる。
さあ、そろそろ仕舞だ。
『ロックオフ』
俺はドライバーにセットされていたイチゴロックシードを解錠し、今度は無双セイバーへとセット、施錠する。
『ロックオン!』
すると無双セイバーの刃へ真紅のエネルギーが集まる。
無双セイバーの峰──エナジーチャンバーが赤く発光する。
『イチ! ジュウ! ヒャク! イチゴチャージ!』
「……御免」
赤き果実の高密度エネルギー纏う刃を、俺は目の前の敵に向けて切り上げた。
「セイハァァァァァーー!!」
刃からは巨大な苺型のエネルギーが生成される。そこから無数のエネルギー状の苦無が射出され、インベスへと襲い掛かった。
「「「「ギィュァァァァァァア!!」」」」
──クナイバースト──無数の苦無の襲撃に耐え切れず、四体のインベスたちは呆気なく爆散した。
ギュイィイィィィィィィィン
「……ふう」
インベスが倒されるのとほぼ同時にクラックも閉じ、今回の件は幕を閉じた。
「さぁ~て、帰るか」
そして変身を解除し、サクラハリケーンにまたがった俺は来た道をもう一度走り出した。今度は行きと違い余裕のある運転で。
ことり達、もう帰ってるかな?もう陽が殆ど地平線につきかけている頃、そんな事を考えながら俺はドルーパーズへの帰路を疾走していった。
「ハ、ハラショー……あ、あれがジャパニーズサムライ……」
その時、公園の木の陰で中学生くらいの女の子がこちらを見ていたのに気付く。しかしその程度、俺にとって特に気にする事はなかったのだが……。
イチゴアームズ初登場。
しかし鉱芽は災難ですね。自分の知らないところで勝手に過去を話されるんですから。
……まあ彼はその程度なら特に気にしませんがね。
一瞬ミッチ化すると思われたことり、なんとか回避です。
そして最後に現れた彼女は、物語にどんな影響をもたらすか……。
それでは次回をお楽しみに。