ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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お待たせしました。それではどうぞ。

深く考えるな。感じろ。

挿入歌:時の華


第66話 白武者乱舞

 僕の中にあったのは焦燥でも恐れでもなく、静かな落ち着きだった。身体の底から力が溢れてくる、そんな気持ちにさせてくれる。その源の正体は、僕の丹田に固定されたドライバーだった。いや、むしろこのドライバーが今の僕の丹田と化していた。尤も、霊薬たる内丹ではなく、身に纏う鎧を作り出す丹田であったが。

 それからは一瞬の事だった。僕の頭上でクラックが開くと、中からさっき見たのと同じメロン型の球体がゆっくりと姿を現す。そして僕はロックシードをドライバーへと押し込み、施錠してすぐさまレバーを押し込んだ。

 

『メロンエナジーアームズ』

 

 僕の身体に勇ましき豪傑の白衣が装着され、上半身を緑色の強固な鎧が展開して身体を包み込む。手に取った紅き弓はまるで己が血を具現化させてかのような気高き紅を輝かせる。これがツバサちゃんが変身していた武者……。いや、今は僕が白武者だ。

 

 そう、僕は斬月……。

 

 明媚たる白き月光──アーマードライダー斬月・真!

 

 戦士は再び、この地に復活した。

 

 

「っ!?」

 

 

 しかし変身と遂げた直後、僕は不意に脳みそを直接揺さぶられるような奇妙な感覚に襲われた。揺れる視界の中であらゆる景色が何重にも重なり、その中の自分という存在すらあやふやになる。目の前の敵は愚か、周りの景色さえまともに認識できないまま、僕はただこの眩暈が収まるのを待つしかなかった。

 

 

「っ……治まった……?」

 

 

 だが眩暈は思っていたよりも早く収まった。僕を狙おうとしていた二体の敵も未だ行動を起こしてはおらず、自分の体感していたほど、実際に時間は経っていなかったと感じざるを得ない。もしかして初めて変身する時は、誰しもこんなことが起こるのだろうか?

 その憶測が正しいのかどうか分からないが、ただ一つ分かる事があった。

 変身した前後で僕の中の"何か"が変わったということだ。何が変わったのかは分からない。ただ、僕の中の大事な何かが、今までと違っているということだけは確かだった。

 

 

「グルゥォォォォオオア!!」

 

「っ! ハァ!!」

 

 

 その正体を掴む前に、インベスは僕に向かって跳躍し、その爪を振りかざしてきた。それに対して僕は思考を一旦取り消し、意識を目の前の敵に集中させる。振り下ろされた爪を僅かに身体をずらすことで寸でのところで躱し、得物である紅い弓──ソニックアローの刃を横に一閃する。

 

 

「グォァァアア!?」

 

 

 身体に大きく斬撃を受けたインベスは悲鳴を上げ、黒い血しぶきを吹き出しながら地に倒れていく。しかしその瞬間にイナゴの怪人も加勢とばかりに僕に接近して、その爪を突き出してくる。

 

 

「ギュルルルルウルゥゥゥ」

 

「ふっ! やぁ!!」

 

「ギュルリュァア!?」

 

 

 付きだされる爪に対して今度は跳躍してイナゴ怪人の頭上を跳び超えながら、その身体を矢で射抜かんと矢を放つ。そして放たれる光の矢はヤツの身体を貫き、膝を付かせることに成功する。

 

 ──いけるっ。

 

 それは決して驕りや楽観的な希望ではなく、自らの実力を兼ねて計算された客観的な期待だった。見よう見真似の初めて変身ではあったが、この力の使い方はベルトを通して僕の頭の中へと流れてくる。故に手に余すことなくこのドライバーの力を僕は使うことができる。

 しかもこのスーツは、僕の持ち前の運動能力、反射神経をより更に研ぎ澄まされたものにしてくれる。元より武術に覚えのある僕が力を行使しているんだ。他の人が纏うよりも確かな力を引き出すことができる。

 

 

「ギュルルル……」

 

「グルウルルルゥ……」

 

「……」

 

 

 立ち上がった二体の異形は唸り声を上げて威嚇を始める。ようやく今の白武者がさっきのとは違うということに気付いたみたいだ。つまりここからは油断はしてくれないということだろう。少なくともあのイナゴの方は……。

 

 

「(なら……)ハァッ!」

 

「「ッ!!」」

 

 

 僕は天に向けて矢を放った。そして美しくアーチを描いた矢の線は異形たちの真上で爆発し、拡散して彼らに襲い掛かった。頭上から降り注ぐ無数の矢の前に異形たちは成す術なく晒され、着弾と同時に辺りは土煙に包まれる。辺り一面に爆発音が轟き、埃で敵の姿が確認できないが、これほど浴びればもう立ちあがれない……はずだ。

 

 

「ブゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥ」

 

「っ?」

 

 

 注意深く爆発地点を観察していたその時、僕の耳は不快感を煽る無数の羽根の音を捕らえた。刹那、僕の捉える五感とは別に、僕を構成する全身が逃げろ叫んでいるような感覚に襲われる。僕の中の本能が、何度も僕に呼びかけていたのだ。今すぐここから動け、と。

 

 

「(何かくる……っ)ハァ!!」

 

 

 そして僕は自身の叫ぶ本能に従い、その場から飛び退いた。その瞬間、先程まで僕が経っていた場所に黒い何かが通り過ぎた。目標に逃げられた黒い何かはそのまま上昇していき、僕はようやくその全貌を知る事ができた。

 絶え間なく蠢き続ける巨大な黒色。何も見えないなら『生きた闇』とでも呼んだだろう。しかし僕の眼、というよりアーマードライダーの眼には、その正体が見えていた。闇を構成するのは無数の黒。闇の正体は蟲……無数の蝗が集まって闇を作りだしていたのだ。

 

 

「ブゥゥゥゥゥゥゥゥウゥ」

 

「っ、くっ……」

 

 

 上空から狙いを定めて再び接近してくる闇。僕はあの群れに対してこれ以上ないほどの警戒心を抱いていた。あれに巻き込まれるのはマズい。何が起こるのかは分からないため何がどうマズいのかは検討もつかないが、少なくとも食らわないに越したことはないだろう。

 そして一度は闇を避けた。すかさず闇に向かって矢を放つが、まるで効いている気がしない。群れを構成する蝗一匹一匹が綺麗に矢を避けていたのだ。そのまま再び迫ってくる蝗の群れ。今度はすれ違いざまに斬撃をお見舞いする。しかしこれもまたダメージを与えるには適わない。

 

 

「くぅ……(速すぎるんだ……)」

 

 

 アーマードライダーの成せる動きの速度は常人のそれを遥かに上回る。同サイズのインベス相手ならば、先のライオンインベスのように問題なく対処できる。しかしあの蟲のようにそれぞれの対象が小さいと、その小ぶりを利用して軽く避けられてしまう。普通の虫なら容易なことだが、常識を超えた存在であるあの蟲たちを捕らえるのはアーマードライダーとて至難の業であった。

 

 

「(せめて、やつと同じスピードで動ければ……)」

 

 

 僕とあの蟲の速度差はほんの僅かだ。何か一つでも僕に速さが加われば……バイクでも何でもいい。ただ今よりも速い速度の中にいる状態を維持できることができれば……ヤツと同じ土俵に立てれば、それだけで奴らを捉えることができるはずだ。

 

 ドライバーから僕の脳内に送られてくる情報より、斬月・真は100mを6.1秒で走れると分かる。異形と戦うには十分な速度だが、目の前の闇と対峙するにはあと少し何かが欲しい。ヤツと同じ土俵に立てるもの……何か……僕の足になるものが……。

 

 しかし、状況を打破できずに蝗の群れに手を焼いていたその時だった。

 

 

 ──ブルルルッ

 

 

「え?」

 

 

 大地を踏みしめる力強い足音。勇ましさすら感じるその息遣いに振り向くと、なんと僕の背後から再びレオンが駆け抜けてきた。彼は蠢く闇を避けて僕の傍までやってくると、まるで乗れと言わんばかりに首を下げてきた。

 

 

「乗れって言うの?」

 

 

 彼は何も答えてくれない。いや、その無言が答えだった。

 

 

「戦って……くれるんだね」

 

 

 彼がここにいる事こそが答えだった。

 

 今のレオンには鞍も(はみ)も手綱もない。彼を妨げる柵だってない。逃げようものなら簡単に逃げられたはずだ。だけど、それでもレオンはここに来てくれた。だから僕にはそれ以外の答えが見つからなかった。

 

 

「(よし……)」

 

 

 本来なら異形との戦いに彼を巻き込むべきではないのだろう。何せ目の前の相手は、普通の動物が決して勝てる相手じゃないからだ。だけど僕には感じたんだ。彼の中に眠る不思議な力を。そして強い意志を。

 僕たちを助けようとインベスを跳ね飛ばした時に感じた強い力。それが動物が本来持つ神秘の力なのか、また別の何かなのか分からない。だけど少なくとも彼らに一蹴されるような弱さではないのは確かだ。きっとレオンは僕の力になってくれる。それは確信できた。

 それに例え力が無かったとしても、彼が僕を助けてくれたという事実には変わりないし、今もこうして僕の助けになろうとしてくれている。レオンは危険を顧みず僕を助けようとしてくれた。それはレオンが僕を信じてくれているからだ。

 

 ──だから僕も、レオンを信じよう。

 

 僕は意を決して地を蹴り、レオンの背に跨った。

 

 

「行くよ。レオンッ!」

 

 ──ブルルルッ

 

 

 そしてレオンの鬣を掴み、彼の腹を蹴って駆け出した!

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 左手で鬣を、右手に弓を構えたまま僕らは闇に向かっていく。だけどそのまま正面から迎え撃つことはなく、僕はレオンに指示して跳躍し、闇を跳び超えた。

 

 

「後ろにつけ!」

 

 

 すぐさま方向転換し、蝗の群れを追いかける形で再び走り出す。

 

 ──速いっ。

 

 僅かながらもレオンの走る速度は今の僕を上回っている。ほんの僅か……でもそのほんの僅かな速度が今の僕には必要だった。やがて蝗の群れに追いつき、僕らは並走を始めた。僕一人では叶わなかった状況だ。

 

 ──でもこれでやっと……っ。

 

 

「ハァァアアッ!!」

 

「ギュィアアアアア!!」

 

 

 僕は刃を振るい、群れの中に確認できる蝗を斬り裂いた。今度は避けられなかったのか、数十体の蝗を一度に無に返すことに成功する。そしてまさかのダメージに驚愕し、そして傷ついたイナゴは再び一つの形へと集結した。

 その瞬間をみすみす逃す僕じゃない。すぐさま鬣から手を放し、馬上で弓を構えて矢の先を怪人へと向ける。そしてほんの一瞬の照準を終え、僕は矢を放った!

 

 

「ふっ!!」

 

「ギガァァァ! ガァァッ!?」

 

 

 光の矢はイナゴ怪人の右半身を貫き、その個所から血しぶきと共に爆発が起こる。しかしそれでもまだイナゴは倒れない。それどころか、今まで聞かなかったほどの恐ろしい雄叫びを上げてこちらへと迫ってきた。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアア!!」

 

「(……でも)ハァ!」

 

 

 僕は冷静にレオンを操って駆け出す。いくらヤツの力が凄くても、攻撃の当たらないさっきの状態に比べればよほど相手にしやすい。僕はそのまま向かってくるイナゴ怪人に真っ直ぐレオンを走らせた。

 

 

「グァォッ!!」

 

「っ!? ハイヤァ!!」

 

 

 しかし瞬間、ヤツが口を開けたと思えば、そこから光弾が発射された。僕らを目がけて飛んでくる数発の光弾。突然のことにレオンは一瞬怯みかけ、操作もおぼつかなくなるが、冷静に状況を判断できた僕は全力でレオンをその場から飛び退かせた。

 

 

「ハァァアッ!!」

 

 

 それでも僅かに光弾は躱せない。その分の光弾を、僕自身が刃で斬り裂いて消滅させた。だけどその後もしつこく光弾を放ってくるイナゴ怪人。レオンが駆けてその攻撃を躱し続けるが、このままでは僕も決定打を与えられないままだ。

 

 ──ならば打つ手は……っ。

 

 

「(よし……)行けっ、レオン!」

 

「グガア!? グリュァァア!!」

 

 

 僕は光弾から逃げるのを止めると、レオンにイナゴ目がけて再び突っ込ませた。突然の行動に驚きを見せたイナゴ怪人だったが、すぐさま僕たち目がけて光弾を発射してくる。それも何発も、だ。

 

 ここまでは狙い通り。あとは……。

 

 

「レオン、僕を信じてくれ」

 

 ──ブルルルンッ

 

 

 あとは、レオンがこのまま真っ直ぐ走り続けてくれるかどうかだった。だけどその心配も杞憂ようだ。レオンは僕を信じてくれている。この行動に何の疑問も抱いていない。馬だというのが信じられないくらい勇敢な子だ。

 

 ──ならば僕も応えよう。

 

 

「はぁぁあっ!!」

 

 

 そして僕は脚でレオンの身体を挟み、膝だけで立ちあがると、力一杯引き絞った弓を目の前の光弾向けて解き放った。眩しく輝きを放つ光の矢は、一直線に光弾の群れへと向かっていく。そして僕の矢が光弾を貫いた瞬間、けたたましい爆音と共に辺り一帯が煙に包まれた。

 

 

「ギュゥゥ……グァ?」

 

 

 煙の中、敵の位置を見失ったイナゴ怪人。視界を覆い尽くす煙と、聴覚を支配する爆音の所為で五感が混乱しているようだ。

 

 しかし僕は見失わない。

 

 この瞬間を逃しはしない!

 

 

『ソーダ』

 

『メロンエナジースカッシュ!』

 

 

「ギュォ──」

 

「ハァァァアアアアアアアアアーーーッ!!」

 

「──ガァアアアアアアアアア!!」

 

 

 煙を引き裂いて僕たちが現れたとヤツが認識した時にはもう遅かった。僕たちがイナゴ怪人とすれ違う瞬間、緑色に輝く刃がヤツの身体を斬り裂いた。駆け抜けていくレオンに向かって手を伸ばすも、もうヤツにそれだけの力は残されていなかった。

 僕の背後に届いたのは、もだえ苦しむ悲鳴と共に、イナゴ怪人の最期を示す爆発音だった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 煙が晴れるとそこには何も残っていなかった。どうにか倒せたようだ。その事実に安堵して一息つく。しかしレオンの助けが無かったらどうなっていたことか。

 

 

「ありがとう、レオン」

 

 

 そうして彼の首元をぽんぽんと叩いて愛撫し、感謝の意を伝える。だけどその直後──

 

 

「グググ……オオオオオ……」

 

「っ」

 

 

 弱弱しくも獰猛そうな唸り声を上げつつ、こちらへと近づいてくるインベスの姿が目に映った。さっきの集中砲火の中でも死にはしなかったようだけど、それでも既に虫の息で、こちらへ向かう脚も引きずっている。

 

 

「……ミカン……」

 

「ググゴォォォ……」

 

 

 レオンから降り、僕もインベスの元へと歩いて近づいていく。そんなインベスに対して、僕は無意識にその名を呟いていた。そう、この異形は間違いなく僕たちの家族の一員、ミカンだった。

 これがさっきまで僕の家族だったなんて今でも信じられないし、信じたくはなかった。見た目も中身もすっかり変わり果ててしまった目の前の存在は確かにミカンじゃない……そのはずなのに、僕の中ではこいつがミカンだという思いを完全に消し去ることはできなかった。彼女が生まれてきた時からの思い出が、頭から焼き付いて離れなかった。

 

 

「ググガ……ォォ……」

 

「……」

 

 

 だからこそやりきれない思いが頭の中を駆け巡る。目の前の敵はインベスだ。ミカンじゃない……もうミカンじゃない。そう心に言い聞かせても、やはりそのインベスがかつて僕の家族であった事実には変わりない。だからこそ悲しいんだ——

 

 ──僕がこの子を殺さないといけないことが。

 

『ロックオン』

 

 ドライバーからロックシードを解錠し、血のように紅く染まった弓──ソニックアローへと装填する。躊躇うつもりなんて毛頭ない。何故なら僕には覚悟は出来ているから。目の前の敵を始末する覚悟が──

 

 ──家族だった存在を殺す覚悟が……っ。

 

 

「……」

 

 

 家畜に囲まれて暮らしていると、嫌でも命について考えさせられる時が何度も訪れる。幼い頃から、使い物にならなくなった動物を処分したり、食用となる動物を殺す場面を、僕は何度となく目にしてきた。それは関わりの無かった動物だけでない。ずっと僕たちと共に暮らしてきた動物が死ぬのも、何度目にしてきた事か。

 僕は馬が好きだ。彼らに餌を与えたり、手入れをしたり、乗って一緒に走ったり、彼らと共に過ごすことがとても好きだ。それでも、もうどうにも使い道のない馬を処分する決断を迫られる時もある。その度に僕は涙を呑んできた。

 少し話がズレてしまったけど、僕は目の前の存在を殺さなければいけないなら、きっと躊躇なく殺せる。今までだってそれを見てきたし、そう考えてきた。これからだって出来るはずだ。

 

 

「(誰かに殺されるくらいなら……僕が……っ)」

 

 

 命の扱いは誰よりも分かっているつもりだった。目の前の害獣と化した家族に対して、僕が何をすべきかなんて明白だった。

 

 それに……どうせ殺されるなら、自分の手で殺したい。他の誰かの手じゃない。自分の手で、ミカンを始末しないといけない……っ。

 

 

「(だから……)ミカン……」

 

「グググ……」

 

 

 殺すことが出来る、なんて結局ただの建前だ。本音は、僕自身が決着をつけたかっただけ……。矢をゆっくり引くと、弦に、矢先に、光が走る。死刑執行のカウントダウンとも思える電子音が辺り一面に不気味に鳴り響く。そしてエネルギーは既に十分に矢に集まり、輝きは最高潮に達した。

 

 そして──

 

 

「ごめん……ッ!」

 

『メロンエナジー!』

 

 

 ──僕は矢を放った。

 

 

「グギュオッ……ァガアアアアアアアァッ!!」

 

 

 矢はいとも簡単に標的の身体を貫き、インベスはけたたましい咆哮と共に爆炎の中へと姿を消した。

 

 

「……」

 

 

 パチパチと燃える炎を静かに見つめる。熱気が陽炎を作りだし、まるで幻影を作りだそうとしているかのようだ。ミカンの幻影でも作りだしてくれるのだろうか、などと期待してしまうのも、彼女を葬らざるを得なかった僕自身に対する救いのつもりなのかもしれない。だけどもう終わった。イナゴも、ミカンも、今ある危機は全部取り除いた。僕はこれ以上、何も考える必要はない。

 

 

「ミッチ……」

 

「っ、ツバサちゃんっ」

 

 

 声につられて振り返れば、ふらつきながらもゆっくりとこちらに近づいてくるツバサちゃんの姿があった。弱々しくも僕へ辿り着こうとする彼女に気が付くと、すぐに変身を解除して彼女の元へ走り寄った。

 

 

「大丈夫、ツバサちゃん?」

 

「ええ、私は平気……。でもミッチ……あなた、ミカンちゃんを……」

 

「……うん。ごめん」

 

 

 ミカンはツバサちゃんにとっても大切な友達だった。そんな彼女を始末せざるを得なかったことに、謝罪以外の言葉は見つからなかった。

 

 

「どうして謝るのよ……あなたも……コウガも……っ」

 

「ツバサちゃん……」

 

「あなただって辛いはずなのに……」

 

 

 確かに僕は覚悟を持ってミカンを葬った。それでも辛くないと言ったら嘘になる。家族を失って、何とも思わない人間がいるなんて考えたくもない。少なくとも僕はそんな人間になったつもりはない。僕とツバサちゃんの違いは、ただミカンを始末できるか出来なかったかだけの差だ。そこに抱く悲しみに何ら差はない。

 

 

「どうしてこんな……っ」

 

 

 あまりにも惨たらしい現実を前に、ツバサちゃんは憤る思いを押さえられずにはいられなかった。悲劇は何もミカンだけじゃない。死人を出してしまった。僕も知り合ってからそれなりに日の経つ人だったのに……。そしてその人の存在も、ツバサちゃんの話が本当なら、人々の記憶から消えてなくなる。なんて残酷な世界なのだろうか。

 疲労からか地に膝を付けたツバサちゃんだったが、彼女は土ごと拳を握りしめ、その手はわなわなと震えていた。どこからそんな力が出るのか、歯を食いしばる音すら聞こえてくる。きっと彼女は現実に対してだけじゃなく、何も出来ない自分に対しても苛立ちを感じていたのだろう。今の彼女を見るとそうとしか思う事ができなかった。

 

 今はツバサちゃんにとっても辛い時間なんだろう。

 

 だけど僕には彼女に訊ねなければいけないことがあった。

 

 どうしても今、彼女に聞かねばならないことが……。

 

 

「ねぇツバサちゃん。ひとつ聞いていい?」

 

 

 そう、やっと気付いたんだ。さっき変身した時に感じた僕の中の"変化"。その正体を。

 

 

「……何……?」

 

 

 ようやく気付いた……いいや、思い出したんだ——

 

 

「あのさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リョウは……どうしたの?」

 

 

 ──一年近く行方不明だった、僕の恋人の存在を……。




全てを思い出したミッチ。
真実を知った彼は何を思うのか。

実はレオンにもまだ謎があるのですが、それはまたいつかのお話です。

次回もご期待ください。
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