ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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舞台は再び現代へ。

全てを知ったミッチに見えるものとは……?

それではどうぞ。


第67話 分かつ苦と想い

 静かに僕の話を聞いていたはずの園田さんの唇が震えだす。

 

 

「そんな……あの怪物たちが……」

 

 

 インベスの正体は、ヘルヘイムの果実を食べた既存の生き物である。その事実を知った彼女の顔は血の気が引いたように青ざめ、息遣いも少しばかり荒くなっていた。

 

 

「そう、果実を食べたものはみんな……人間だってそうなる」

 

「でもまさかそんな事が……」

 

「鉱芽さんにも聞いてみなよ。きっと同じ事を言うから」

 

「っ……」

 

 

 確かにこんなこと、普通なら恐ろしくて言えるはずがない。だから鉱芽さんが敢えて『食べたら死ぬ』としか話さなかったのも理解出来る。それでも、僕はやっぱり知っておくべきだと思うんだ。特に彼女たち──μ'sのみんなは。彼女たちはもう無関係ではいられない。ツバサちゃんの言葉を信じるなら……彼女たちが森の記憶を失わないのなら、彼女たちμ'sはヘルヘイムと向き合っていかなければならない。もう、ただ襲われて助けられるだけの時間は終わりだ。そろそろ現実と向き合ってもらわなければ。

 だから僕はこの恐ろしい事実を目の前の彼女に話した。きっと今の僕はとても酷な事をしているんだろうな。目の前で自分を落ち着かせるように何度も深呼吸をする園田さんを見てそう感じる。

 

 でも──

 

 

「(酷いのはアナタだって同じでしょ……鉱芽さん)」

 

 

 僕の与り知らぬところで、自らの親友を手にかけた青年に対して想いを馳せる。

 

 彼の身に起こった事、長谷川亮子──リョウの身に起こった事は、あの後のツバサちゃんから全部聞いた。

 リョウがヘルヘイムの果実を食べてインベスになったこと。鉱芽さんが戦うことを躊躇って、結果リョウは大勢の人間の命を奪った事。そして鉱芽さんはリョウを……殺したこと……。

 

 僕は嘘だと叫んだ。鉱芽さんがそんな事をするはずないと。リョウが死ぬはずないと。鉱芽さんがリョウを殺すなんてあるはずないと!

 

 だけどそうでもなければ今の現状に説明が付かないのも事実だった。鉱芽さんが僕を避けていた理由。僕が変身するまでリョウの記憶を失くしていたこと。全部辻褄が合う。合ってしまう。そのことが余計に僕を苦しめた。

 

 

「まさか鉱芽さん……人を……」

 

「……かも知れないね」

 

「そんな……っ」

 

「……」

 

 

 園田さんには、鉱芽さんがリョウや花屋の男の子を殺したことは伝えていない。教えればきっと鉱芽さんたちの関係が壊れることは必至だろうし、それに彼女にそれを教えたところで、もはや何も解決しないだろう。もし僕が彼女に伝えるとすれば、それは復讐以上の理由にはならないだろう。

 

 鉱芽さんを恨んでない……と言えば嘘になる。事実、僕はツバサちゃんから全てを聞かされた時、少なからず鉱芽さんを憎んでしまったのだから。

 

 どうしてリョウを助けられなかったの。

 

 どうして殺さなければならなかったの。

 

 どうしてあなたは生きていられるの。

 

 どうして僕に……何も教えてくれなかったの……。

 

 そんな途方もない疑問と怒りが絶え間なく心をかき乱し、一瞬とはいえ彼に殺意さえ抱いた。鉱芽さんがした事は正しいと頭では分かってる。そもそも僕もミカンには同じ事をしたから……。でも、相手がリョウだと……この世の誰よりも特別な存在となると、どうしても理論より感情が優先してしまう。僕は彼女を、真剣に愛していたから……。

 

 

「(だけど……)」

 

 

 それでも思う事はある。鉱芽さんとリョウの間に起こった悲劇を知ってからずっと考えてきたことだ。

 

 果たして僕と鉱芽さんの立場が逆だったとしたら、僕は同じ事ができただろうか……。

 

 異形と化した彼女を討てただろうか……。

 

 そして、彼と同じようにそれからも戦い続けられただろうか……と。

 

 だけど……確かな答えはまだ出そうにはない。今は──

 

 

「これが、責任なんだ」

 

「え?」

 

「力を手にした僕たちの……責務。僕たちが背負うべき罪なんだ」

 

 

 今はこれが僕の答え。僕の戦う理由だ。そして答え合わせをしてくれる人はいない。

 

 

「でもっ、そんなの──」

 

「悲しい、よね」

 

「──っ……」

 

「分かってるんだ、そんなことは。でも、今の僕にはこれ以外の答えが見えてこないんだ」

 

「……」

 

「最近よく言われるんだけどね、頭が固いって。ははは」

 

 

 誤魔化すようにとって付けた笑いも渇いている。力を手にしたはいいが、依然僕の心は霧の中を彷徨い続けていた。手にした答えが正しいのかどうかも分からず、ただ危機に導かれるままにインベスと戦って……今の僕はまさに、指針を見失った哀れな教信者と同じ心だった。そして、誰かの導きを求める自分がそこにいた。

 

 ──鉱芽さん教えてください。あなたは一体どうやって戦ってこれたんです。どうしてそんなに辛い目に遭ったのに、まだ戦えるんですっ。

 

 きっと彼はその答えを見つけている。だけど熟れていない、まだまだ青い果実の僕には分からなかった。

 

 

「あの、立花さん」

 

「何?」

 

「私は直接聞いたわけではありませんが、以前鉱芽さんはこんな事を言っていたそうなんです」

 

 

 その時、僕の話をずっと悲しそうな顔で聞いていた園田さんが、ようやく物静かな表情になったと思えば、いつしか諭すような声色になって話し出していた。そして彼女の言う、鉱芽さんの言葉というのが──

 

 

「『人を守る事が、今の自分のやりたいこと』」

 

「え……」

 

「それと『人が好きだから守っている』と」

 

「っ」

 

 

 脳髄を雷が走り抜けるような衝撃が襲う。そのまま言葉が出なくなった僕を他所に、園田さんは言葉を続ける。

 

 

「義務や使命じゃなくて、自分の心がそうしたいと叫んでいるから、彼は戦ってこれたんじゃないかって私は思うんです。彼が人を守りたいと願ったから、今までもずっと……」

 

「……」

 

「私も、穂乃果に言い包められて始めたスクールアイドルも、最初は乗り気じゃありませんでした。半分は穂乃果の友として彼女に付き添わなければ、という『友人としての責任感』が働いたのかも知れません。でも、今の私がスクールアイドルを続けているのは『私がやりたいから』なんです。確かに私たちの活動とあなたとでは、規模も覚悟も代償も違いすぎるかもしれません。でも、責任や使命だけでやっていたら続かない……いつか止まってしまう、それはどちらも同じだと思うんです。ですから、今の立花さんを見てると心配になってしまって……」

 

 

 鉱芽さんだけではなく園田さんも、いや多分μ'sのみんなが思っていることなんだろう。責任だけじゃ続かない、そこに自分の意志がなければ、と。自身の経験から学んだ彼女の言葉にはどこか説得力があり、僕は何も言い返せなかった。

 

 

「そうだね……確かにこのままだと、いつか壊れてしまうかも知れないね」

 

 

 それに知らなかった……鉱芽さんがそんな事を考えていたなんて。きっと鉱芽さんにも責任や使命を感じて戦っていた時はあったのかもしれない。それでもあの人が戦ってこれたのは、人が好きだ、守りたい、と言う切なる想いを内に秘めていたからだったんだ。

 

 

「すごいなぁ、鉱芽さんは……」

 

 

 一年近く戦い続けてきた彼の心をようやく理解できたためか、自然と笑顔と溜息が同時に出てしまう。消えていく息の中には、尊敬、嬉しさ、喜び、呆れ、そして少しの嫉妬、いろんな感情が含まれている。相変わらず僕の何歩も先を行く彼にはほとほと敵いそうにないや……。

 それに何もすごいのは鉱芽さんだけじゃない。

 

 

「それに、園田さんたちμ'sも」

 

「えっ、そ、そんな……別に貴方にそこまで褒められるようなことは……」

 

「ううん、そんなことあるよ。みんな何が一番大事かはっきり見えている。今の僕よりもずっと先にいるよ」

 

「そ、そうでしょうか……」

 

「うん。それに君のおかげで、僕もやっていけそうな気がした」

 

 

 きっと彼女の話を聞かなければ、僕は今後もずっと先の見えない霧を彷徨っていたかもしれない。今はまだ霧を抜け出せてはいない。けど彼女に出会えたおかげで、これからの進む道に光が差し込んできた。そして目指す光は、すぐそこにある。

 

 

「だから、本当にありがとう。園田さん」

 

「っ」

 

 

 それは僕の本心からの言葉。本当の笑顔。今まで碌に笑えてなかった分、今だけは表裏のない今日一番の笑顔を見せる事ができたと思う。

 

 

「……」

 

「……ってごめんね、なんだか僕の方が助けられちゃった感じになって。『鉱芽さんを助けて』って僕が頼まれたのに…………って園田さん?」

 

「……」

 

 

 全く反応がないため心配になって顔を上げると、園田さんは視線はこちらを向けているが、心ここに在らずといった感じで、どこか上の空になったような表情で惚けていた。ちゃんと話は聞いてくれたのだろうか……?

 

 

「園田さん? 大丈夫?」

 

「っ!? はっ、え、えっと……は、はいこちらこそっ、お願いします!」

 

「ん?」

 

「……え?」

 

 

 何を混乱してそのような事を口走ったのかは分からないが、意識が戻ってきた園田さんからはそんな突拍子もない返事が返ってきた。僕の知らないところで……というより彼女の中では会話の方向が可笑しくなっていたようである。そしてようやく自分の言葉が文脈と合致していないことを悟るや否や、彼女の顔はみるみる赤らんでいき、肩も徐々に震えだしてきた。

 

 

「っ……っ……」

 

「……っ、ふふっ──」

 

 

 恥ずかしさからか、顔を伏せて表情を隠そうとする園田さん。でもその身体は肩どころか全身が小刻みに震えており、顔の赤らみも耳まで達している。その姿は宛ら小動物のようだった。さっきまでの凛々しく静かだった彼女とは全く正反対の初心な一面。そんな彼女が可笑しく、そしてかわいくて、頬が緩むのを押さえることができなかった。

 

 

「──あっははははははははっ!!」

 

「ぅぅ……わ、笑わないでください!」

 

「あっはっはははっははは……っ、あはははは……ご、ごめんって……ふっ、はははっ──」

 

「っ……」

 

 

 人の事を笑うなんて失礼だし滅多にない事だけど、今回ばかりは勘弁してほしい。だって日舞の家元で厳格に育ったって言っていた子が、あんな間抜けた返事をしてポカンとしてるのだから、可笑しくならない方がどうかしてるよ。僕だってギャップには弱かったりするのだ。

 

 

「──はぁ……(やっと治まった……)ごめんね、園田さん」

 

「……」

 

 

 僕がお腹を抑えてずっと笑っている間、園田さんは何も言い返すことなくずっと俯いたまま黙り込んでいた。案の定、ようやく笑いの引いた僕を待っていたのは彼女の無言だった。

 

 

「……」

 

「ねぇ、本当にごめんって……」

 

「……初対面の方にこんなに笑われたのは生まれて初めてです」

 

「ぅ……えっと……ごめん……なさい」

 

「……」

 

 

 無言の間が痛々しい。いや、確かに悪いのは僕だし弁解のしようもないのだけれど、それでも少しは顔を上げて僕を見てほしい。どうしたものか……。

 だけど同時に、僕はこの状況に懐かしさをも感じていた。

 

 

「(そういえば前にも似たようなことがあったっけ……)」

 

 

 思い出すのは懐かしい記憶。リョウとまだそこまで親しくなっていなかった時の話だ。あの時もこんな風に、彼女の機嫌を損ねて無視を決められた事があった。リョウは確かにお人好しで優しい人だけど、彼女だって人間だ。機嫌が悪くなる時だってある。その時はまだ彼女の事を苗字でしか呼んでいなかったんだけど、彼女に振り向いてほしくて僕はこう呼びかけたんだ。

 

 ──ねぇ……亮子さん。

 

 

「ねぇ、海未さん」

 

「ぇ?」

 

「やっと顔上げてくれたね」

 

「っ」

 

 

 彼女の時と同じように、園田さんにも名前で呼びかけた。突然の事で驚いたのか、つい顔を上げてしまう園田──海未さん。先ほどまでの恥じらいは何処へやら、キョトンと面食らったまま固まっていた。

 

 

「あの、本当にごめんね。海未さん」

 

「っ、もういいですから……だからその……」

 

「せっかくだからさ、これからも『海未さん』って呼んでいいかな?」

 

「……はぁ……あなたも鉱芽さんと同じことを言うのですね」

 

 

 止めようとしたのかも知れないけど、僕が押し通すとあっさり受け入れてくれた。そして海未さんの話では、鉱芽さんも初めて会った日から名前で彼女を呼ぼうとしたそうだ。僕のように彼女の機嫌を損ねたというわけではなく、ただ名前で呼びたかっただけのようだけど。まあ、あの人は名前で呼びたがる人だから仕方ないか。

 

 

「ははっ、やっぱり鉱芽さんも同じだったんだ」

 

「はい。でも向こうは海未"ちゃん"ですが」

 

「鉱芽さんらしいや。なら今から呼び捨てに変えてもらう?」

 

「そ、それは少し……」

 

「冗談だよ」

 

「……全くあなたという人は」

 

 

 呆れたように溜息をつく海未さん。だけどその顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。どうやら恥じらいはどこかへと飛んでいってしまったようだ。うん、よかった。とりあえずは彼女に感謝も伝えられたし、名前で呼べるほどには近づけた。あとは彼女に『ミッチ』って呼んでもらえれば嬉しいんだけど、彼女にそれはとても難しそうだ。どう考えてもあだ名で呼べそうな人じゃないもんね、海未さんは。

 

 とすれば残る問題は……。

 

 

「あ、海未さん。少しお願いがあるんだけどいいかな?」

 

「? はい、なんでしょうか?」

 

「ちょっと言い辛いことなんだけど──」

 

 

 真面目で友達思いな彼女が、僕の頼みを受け入れてくれるかだ……。

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

「そうか、ミッチが……」

 

 

 ツバサから事の全貌を聞かされ、薄らと渇いた笑いと共に声が空へと消えていく。ついにミッチは知ってしまったのだ。俺の犯した罪を。俺が彼やリョウにやってしまった仕打ちを。ミッチは俺を恨んでいるのだろうか。それとも優しいあいつは、そんな憎しみを抑え込んで俺に歩み寄ろうとするのか。そんなこと俺には分からない。ただ、近いうちにミッチと相対せねばならない。それだけは確かだった。

 

 他にもミッチに対して色々と思う事はある。

 

 しかし、今はそれどころでは無かった。

 

 

「コウガ……っ、私……ぅぐ……っ」

 

「ツバサ……」

 

 

 俺の服をぐいと掴み、胸に顔を押し付け、声を殺して涙を流すツバサを放っておくわけにはいかなかった。

 

 

「ごめん……私……守れな、かった……ひっぐ……っ、ミカンちゃん、も……あの人も……っ」

 

 

 力を持っていたにも関わらず、あの時あの場所で二つの命が失われた。助けられたかも知れないのに何も出来なかった。その後悔が刃となってツバサの心を斬り刻み、今なお苦しめていた。生まれる息が、掴む手が、支える肩が震える。そんな彼女を俺はずっと腕の中で抱き続けていた。

 

 

「お前は……よくやったよ……ミッチを守ってくれた」

 

「っうぐ……くぅ……コウ、ガ……っ……」

 

「十分だよ……十分頑張ったって……ありがとう、ツバサ。ミッチを守ってくれて」

 

「っ……ぅ……っっ……」

 

 

 彼女を抱く力を強め、でも割れ物を扱うかのように優しく、壊れないように抱きしめる。掌をその頭に乗せ、子どもをあやすようにツバサの頭を撫でる。これでツバサの心が晴れるとは思っていない。それでも、少しでもツバサの涙のはけ口になるのなら、彼女がまた立ちあがれるのなら、俺はずっとこうしてやりたいと思っていた。俺のようにツバサの心を壊させたくない、その一心で俺は彼女を支えるだろう。

 

 ツバサは最後まで声を荒げることなく、声を押し殺して泣き続けていた。

 

 

「……っ、ごめんコウガ……ありがとう」

 

 

 涙は止まったようだが、まだ少し呼吸は乱れていた。それでもツバサは俺の胸から顔を上げると、俺の心配を取り除くかのように笑顔を作った。赤く滲んだ目が痛々しい。震える肩が悲しい。しかしそんなことを言っても彼女には通じないだろう。むしろ『鏡を見て言いなさい』と返されるのがオチだ。

 それに、彼女にはまだ確認しなければいけないことがある。

 

 

「あとツバサ、ちょっとこっちに」

 

「え──」

 

 

 座っていたベンチから立ちあがらせると、人の目に付かない場所へツバサを連れていく。何をされるのか分かっていないツバサだが、よろよろと俺に支えられつつもついてきてくれた。キョトンとしたまま立ち尽くすツバサの身体に、否、服に手をかける。

 

 そして──

 

 

「悪い」

 

「っ!?」

 

 

 彼女のシャツのボタンを外して開き、服をたくし上げてその肌を露わにさせた。

 

 

「ちょっとコウガ!? 何──」

 

「やっぱりこうなってたか……」

 

「──っ……」

 

 

 露わになったツバサの肌。しかしそこにあったのは、記憶の中にある綺麗な白い肌ではなかった。白い肌の上には歪んだ紫色が這う。いくつもの痛々しい痣が彼女の身体を浸食していたのだ。彼女がアーマードライダーとなって戦っていた時に受けた傷跡。最悪斬り傷まではスーツがガードして至らなかったようだが、それでも痛々しい傷であることには変わりはない。

 

 

「……大丈夫よ。痕は残らないって医者が、いっ!? ……っ」

 

「ばか……痛いんじゃねぇか……」

 

「……ごめん」

 

「ばかやろう……っ」

 

「ぇ、コウガ?」

 

「……」

 

 

 肌を強く押さえれば、苦悶の表情を浮かべて声をあげるツバサ。見た目通り、彼女の傷はまだ癒えてはいなかった。俺は膝を付くと、彼女の背に腕を回してはだけた肌に顔を埋めた。今までずっと痛みに耐えてきたであろう彼女の肌に優しく触れて……。

 

 

「アイドルなんだからよぉ……もっと自分を大事にしろって……こんなボロボロになって……」

 

「コウガ……ごめん」

 

「ばか……ツバサ……」

 

 

 ──こんなになってるのに、お前は俺を助けにきたのかよ……。

 

 イナゴ怪人に強襲された後の事を思い出し、俺は彼女の傷に気付かなかった己の愚かさを呪った。自分だって辛かったのに、ツバサは俺のために肩を貸してくれた。疲弊していたとはいえ俺が何にも気付けなかったのは、彼女が必死に痛みを隠したからだろう。それも全部、こんな俺のために……。

 

 

「本当に、ばかだよ……ツバサ……」

 

「……」

 

「ばかだ……」

 

「……」

 

「馬鹿でごめん……ツバサ……気付けなくて……ごめん」

 

「コウガ……」

 

 

 許してくれと言わんばかりに、彼女の柔らかい肌に顔を埋め続ける。彼女が痛がらないように優しく抱き寄せる。ツバサの荒い息遣いは聞こえなくなったが、今は俺の息が震えていた。ツバサがこんなになってしまったというのに、俺は気付いてあげられなかった……それがどうしようもなく悔しい。できることなら癒してあげたい。そう思わずにはいられなかった……。

 

 

「コウガ……そんなに気に病まないで。怪我したのだってそもそも私が未熟だったからだし」

 

「……」

 

「それに、そんな顔されたら私まで苦しいわ。ほら、ちゃんと息吸って」

 

「……すぅー……はぁー…………ああ……悪かった」

 

 

 しかしツバサの配慮のために、大きく深呼吸をしてようやく気持ちを落ち着かせる。それでも己の罪悪感を忘れないようにと、顔は依然彼女に埋めたままではあるが。しかし先程よりも随分と楽になったことに変わりはない。ツバサの声がいつも通りのトーンに戻ったこともその一因だろうか。

 

 

「全く、これじゃさっきと逆ね」

 

「……ははっ、そうだな」

 

「はぁ……ようやく笑ってくれたわね」

 

「っ……ありがとな、ツバサ」

 

「こっちこそ。ありがとう、コウガ」

 

 

 さっきは俺がツバサを、今じゃツバサが俺を。いつの間にか逆転していた状況につい頬が緩んでしまう。互いが互いに慰めあうという奇妙だが美しくも思える関係に自分たちがいると思うと、また一つ胸が軽くなるような気がした。

 また一つ、彼女に救われた気がした。

 

 

「分かったなら……えっと、そろそろ……離れてくれないかしら。コウガにこうしてもらえるのはすごく嬉しいんだけど、こんなところ誰かに見られたら……」

 

 

 それもそうだ、とようやくここが人目に付かない場所とはいえ、自分のしている事が他人に見せられるものではないことを思い出す。傍から見れば、上半身を大きくはだけさせている彼女に俺が抱き付いている図なのだ。彼女がスクールアイドルであるということを考慮しなくとも、十分に恥ずかしいシチュエーションだ。

 

 

「だから……あっ──」

 

「ん、どうし──」

 

 

 珍しく羞恥の感情を見せるツバサ。そんな彼女がかわいくて微笑ましく感じていた時、彼女から何かを見つけたような間の抜けた声が届く。その声につられてようやく顔を彼女の肌から引きはがし、ツバサの目のやる方へと俺も視線を向ける。

 

 そこには……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと……鉱……芽?」

 

「(ぁ……)」

 

 

 俺たちの様子をすぐ近くからじっと見つめている女の子が一人。

 

 俺の名を呼ぶ彼女の肩にかかっているのは綺麗な金髪で……。

 

 

「え、絵里……」

 

「……」

 

 

 綺麗な青眼を大きく見開いたまま、白い肌を赤く染めた絵里が、身体をわなわなと震えさせながらこちらを凝視していた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 沈黙が支配する中、一秒とも一時間とも思えるような息の詰まるような時間が過ぎていく。やがて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいぃぃっ!!」

 

 

 絵里はまるで劇場の役者のように大げさに叫ぶと、わき目もふらず一目散に逃げだしてしまった。

 

 理由は言わずとも分かるだろう。何せ、下着すら見えてる状態の女子の身体に抱き付いていたのだから、それは目も背けたくなるだろう。その人物が信頼している人間なら逃げたくもなるだろう。

 

 まあ、言い逃れ出来る状況ではないのは確かだが、とりあえずこれだけは言っておかなければならない……。

 

 

「ちょっと待てェェ!? 誤解じゃないけど誤解だぁ!!」

 

「どっちよ!?」

 

 

 いや確かに彼女に触れたくて触れたのだからそこは誤解じゃないのだが、決してやましい気持ちがあって触れたわけじゃないのだ。そこだけははっきりしておきたい……なんて必死に弁解しようとする自分がいてこれまた悲しい気持ちになってしまう。

 しかし俺の声など聞こえていない絵里は脱兎のごとく駆けていき、すでに姿が見えなくなってしまっていた。これでは話のしようがない。

 

 ──はぁ……明日絵里に何て言えばいいのか。

 

 などと重々しくなっていたところだったのに……。

 

 

「はぁ……行くね、私」

 

「は?」

 

「また今度ね、コウガ」

 

 

 今度はツバサが俺を一人残して駆け出していってしまった。

 

 

「……は?」

 

 

 もしかすると絵里を追いかけていったのかもしれないし、それならそれで誤解を解いてくれればありがたいのだが、今はそれよりも声を大にして言いたい事がある。

 

 

 ──え? この状況で俺一人残されるか普通?

 

 

 そんな簡単な疑問すら、答えてくれる人は誰もいなかった。




次回、鉱芽が見る悪夢、そしてそんな彼に寄り添うのは……。

これからのお話もご期待ください。感想もお待ちしております。
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