ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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~前回までのあらすじ~
海未にヘルヘイムやインベスの秘密を全てを話した道行。二人は鉱芽の話を通じて次第に絆を深めていく。一方、鉱芽にも事の始終を話し終えたツバサ。彼女の傷に気付けなかった鉱芽は彼女の肌に触れて深く謝った。しかしその現場を絵里が目撃してしまい……。

それではどうぞ。


第68話 今度は私が

 耳を劈くような爆音が響き渡る。視界を覆う程の土煙が舞う。状況が見渡せないそんな泥臭い空間の中で、確かにぶつかり合う二つの影があった。

 

 

「ハァアッ!!」

 

「くっ……っ!」

 

 

 互いに血のように染めた真紅の弓を携え、備え付けられた刃で斬り合う武者が二人。一人は青き生地に檸檬色の陣羽織を纏った鎧武者。一人は白き生地に左右非対称の緑色の鎧を纏った白武者。互いに人の目では追えぬほどの速度でぶつかりあい、刃を交わしていた。

 

 

「ふんッ! ハァッ!!」

 

「ぅ、くっ……ぅぐっ……!」

 

 

 しかしその戦況は白武者──斬月の方が有利に動いていた。いや、元より鎧武者──鎧武が力を出せる戦いではなかった。本来なら互いの力は拮抗するはずだった。しかしそこに大きな差ができてしまったのは、それぞれが抱く想いの強さが違いすぎたためだった。

 

 片や己の身を守るため。

 

 そして片や、己の復讐を果たすため……。

 

 

「やめろ……ミッチ……っ」

 

「ハァァア!!」

 

「ッあああああ!!?」

 

 

 復讐の炎を生み出しては無限に力へと変え続ける斬月に、生半可な覚悟で立ち向かえるほど甘くはなかった。戦闘が始まってからずっと防戦一方だった鎧武であったが、その執拗な猛攻の前についぞ刃を弾かれ、斬月の斬撃をその身に受けることになってしまった。

 

 

「がはぁっ! ッあ……がっ……ぁぁっ」

 

「……」

 

 

 大きく吹き飛ばされた鎧武は変身が解かれ、その姿は葛木鉱芽のものへと戻る。彼を変化させていた戦極ドライバーは彼方へ飛んでいき、もはや彼の身を守るものはどこにもなかった。斬月はそんな鉱芽に対してゆっくりと刃を向け、握る拳を震わせ、足元に転がる邪魔な石ころを踏み潰しながら一歩一歩力強く歩み寄る。

 

 

「葛木鉱芽……」

 

「ぅぐあっ!? ……ぅ……くぁ……ミ、ミッチ……」

 

「アンタがいなければ……」

 

 

 斬月は鉱芽をその足で踏みつける。全身を裂くような激痛が走り、意識が飛びそうになるがそれを斬月は許さない。彼の復讐の炎は燃え尽きることを知らないのだ。そして鉱芽に向けて、恨みつらみの言葉を吐き続ける斬月。そこに憎しみ以外の感情は全く感じられず、ただ殺意のみが彼を突き動かしていると言っても過言ではなかった。

 

 

「アンタのせいで……アンタが……リョウを……っ」

 

「……俺の……せいで……」

 

 

 そして鉱芽も彼の恨み言を飲み込んで、声が震えだす。無様に倒れたまま、立ちあがる事もできず、斬月から目を逸らそうとするその姿には、かつてのヒーローの面影がまるで感じられなかった。今の彼は、ただの過去に怯える臆病者であった。

 

 

「そうだよ……アンタのせいだ……だから死んでよ……鉱芽さん」

 

「っ……」

 

「アンタもその方が楽だろ……」

 

 

 しかしどうしてであろうか、鉱芽にはその言葉が救いの手にも思えていた。親友に殺される絶望と恐怖はあれど、ようやく報復が訪れるのかという安堵が彼の心の中に生まれていた。

 

 このまま死という救済を待つのが、現世という無限の苦しみから解放されるのが、自分にとって一番幸福な道なのか。

 

 そうとすら彼は考え始めていた。

 

 

「……頼む……ミッチ……」

 

「殺してほしいの? うん分かったよ……親友(・・)の頼みだもんね……」

 

「っ……」

 

 

 彼の「親友」という言葉が重く胸に突き刺さる。自分のしてきた行為を思い返した時、どうして自分たちが親友でいられようか。彼が皮肉を込めて投げた言葉が、鉱芽にとってこの上なく辛いものであった。

 

 しかしこれでようやく解放される。もう苦しい思いをせずに済む。

 

 そう悟って流れに身を任せ、斬月の仮面を見上げようとした時だった……。

 

 

 

 

 

 

「だから……」

 

 

 

 

 

 

 斬月の尖った仮面を構成する線が静かに揺れだす。

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 揺れる線は仮面の形を変え、そして新たな形を……人の頭部を作りだした。

 

 

 

 

 

 

 

「だから早くこっちに来てよ……こ・う・が」

 

 

 

 

 

 

 自身が殺した少女──亮子の顔をしたそれは、不気味なほどの笑みを浮かべ、彼の名を呼んだ。

 

 

「ひっ……」

 

 

 そして斬月は……亮子は刃を大きく振り上げ、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っはぁッ!? ……ハァ……ハァ……っ」

 

 

 気が付けば、俺は仰向けになったまま自室の天井を見つめていた。どうやら今までの光景は全て夢だったようだ。しかし現実にも似た重苦しい胸の痛みは確かに今も残っていた。呼吸は荒く、身体の震えも止まらない。額から汗が噴き出す。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 息も絶え絶えになりながらも、未だ生きていることを実感した俺は、つかの間の安堵を得た。あんな怖い思いはもう二度としたくないと思いながらも、夢で見たあれが自分の本心なのかと思うと悲しい気持ちになってしまう。どうして死にたいなどと思ってしまったのだろう、と。

 

 

「鉱芽っ!」

 

「!? え、絵里……?」

 

 

 久しぶりに聞いたような、ミッチでも亮ちゃんでもない俺を呼ぶ声。その声が届いて、俺はようやく傍に絵里がいることに気付いた。

 

 

「大丈夫っ? 鉱芽、私が分かるっ?」

 

 

 一体どれだけうなされれば、絵里にこんな不安そうな顔をさせてしまうのだろうか。彼女の泣きそうになっている顔を見ると、申し訳なさと共にやっと現実に戻ってこれたのだという実感が持てて、ようやく真に安心することができた。

 

 

「ああ、分かるっての。絵里……ありがと」

 

「よかった……本当に苦しそうだったから、すごく心配だったのよ」

 

「そう、か……」

 

 

 親友に完膚なきまでに叩きのめされ、自身が命を奪った想い人に殺される。正しく悪夢だった……今の俺にとってはこれ以上ないほどの。思い出しただけでも恐怖が息を吹き返してくる。今すぐにでも心の拠り所を欲してしまう。だから俺は……。

 

 

「ごめん、絵里……っ」

 

「っ? ……鉱芽?」

 

 

 俺は何をしてるのだろうか。いつの間にやら俺は、傍まで身体を近づけていた絵里に抱き付いてしまっていた。両腕をしっかり背中まで回して逃がさないよう強く抱きしめる俺。怖い夢を見たから、等と言えば子どもみたいだと笑われるかも知れないが、それでも今は彼女の温もりを感じていたかった。ちゃんと生きているという実感を彼女から得たかった。

 

 

「……ええ。いいわよ、鉱芽」

 

「絵里……」

 

「鉱芽が必要なら、ずっとこうしてあげるわ」

 

 

 そんな子どもみたいに怯える俺を、絵里は拒絶することはなかった。子どもを慰めるみたいに俺の頭をその手で包み、優しく撫で始める絵里。

 

 

「約束したものね。あなたを変えるって」

 

 

 それはあの日、絵里が俺に見せてくれた決意。俺が闇に怯えないように俺を変えてくれると、彼女はそう言った。そしてその言葉に嘘はないのだろう。その為だったら、絵里は何でもしてくれるのだろう。暖かな彼女の体温と共にそう感じずにはいられなかった。

 

 

「ありがとう」

 

 

 絵里には初めて見せる俺の弱さ。絵里も知ってはいても、こんな俺を実際に見ることは今までなかっただろう。それでも彼女は分かっていると言わんばかりに、俺の気が済むまで包んでくれた。

 

 

「いい匂いだ……」

 

「ふふっ」

 

 

 近くまで抱き寄せているため、彼女の顔は見えない。しかし彼女の温もり、匂い、肌の感触が、とても強く感じられた。彼女の存在が、これまでにないほど近くに感じられた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどれだけ時間が経っただろうか。半時間か一時間か、それとももっとか……いずれにせよ随分と長い時間彼女を感じていたように思える。

 

 

「なんか、思いっきり甘えちまったな……あはは」

 

「本当ね。ふふっ」

 

 

 全く嫌な顔をすることなく俺に付き添ってくれる彼女を見てると、如何に自分が幸せ者か実感できる。そうだよな、こんなにも想われてるってのに、いつまで過去のことをずるずると引きずっているんだ俺は。ようやくミッチだって全部思い出したんだ。俺もそろそろ向き合わないとな……。

 

 

「あ、そう言えば絵里、どうして俺の部屋に?」

 

「え? そ、それは……」

 

 

 今まで気になっていたが、言い出せずにいた事をようやく口にすることが出来た。絵里は少しばかり口を開くのを躊躇い、口ごもってしまう。何か言い出し辛いことでもあるのだろうか……ま、ある程度予測はできるがな。

 

 

「こ、鉱芽が朝練の時間になっても来ないから、だから心配して私が……」

 

「え? あっ、そ、それは……参加できなくてごめん……って、そうじゃなくて、どうして絵里が俺の家の鍵を持ってるのか聞いてんの」

 

「それは……」

 

 

 そう言えばと絵里に言われ、寝過ごして今日の朝の練習に出れなかったことをようやく知った俺はとっさに謝ってしまう。やっとみんなとの練習に復帰できたというのに再び現れなくなったのだから、余計に心配をかけてしまったかもしれない。指導者としてあるまじき失態だ。後でみんなにも謝罪しておかなければ。

 

 ただ、それによってこちらの質問を有耶無耶にされるのは勘弁なので、悪いが率直に話題を戻させてもらう。そしてまたしても口ごもってしまう絵里だったが。

 

 

「彼女から……ツバサさんから借りたのよ」

 

「ツバサ?」

 

「ええ」

 

 

 案の定、彼女の鍵はツバサから受け取ったものらしい。確かにツバサには俺が予め合鍵を渡していたが、それを今は絵里が持っているという。

 

 しかし、絵里は昨日起こったであろう出来事については話してはくれなかったが……。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 自分の想い人が女の人に抱き付いているという衝撃的な光景を目の当たりにしてしまい、気が動転して逃げだしてしまった私。わき目もふらず、何の音も聞かず、ただ一心に走り続けた。さっきの鉱芽の姿を必死に忘れ去ろうとして……。

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 

 彼ら二人の間に何があったのだろうか。なんて考えたくもなかったのに、脳裏に焼きついて離れない光景が、その思考を止めさせてはくれなかった。

 

 ──だって、あんな下着まで見えて……それも抱きついて……っ。

 

 思い出すだけでも赤面してしまう。つい逃げだしてしまったけど、明日からどんな顔して鉱芽に会えばいいのか。乱れた息を整えながら、明日からの彼との関係に不安を隠せないでいた。

 

 

「ねぇ」

 

「え?」

 

 

 その時、ようやく立ち止まった私にかけられる若い女性の声。それもつい最近聞き覚えのある声だった。振り返るとそこにいたのは、ついさっきまで鉱芽に抱き付かれていた綺羅ツバサその人だった。

 

 

「あなたは……」

 

「ふふっ、昨日以来ね。絢瀬絵里さん」

 

「あの、えっと……」

 

「ちょっとお話しない?」

 

 

 そう言う彼女の誘いを断り切れず、私たちはすぐ近くの喫茶店に入って話し合うことになった。既に空は赤く染まり始めていて、時間的にもお客さんが増え始める頃だった。だけど店内にはまだ人は少なく、おかげで私たちはすんなりと奥の席に座ることが出来た。

 

 

「絢瀬さん。何か頼まないの?」

 

「……」

 

「ふふ、じゃあ勝手に頼んでおくわね」

 

 

 向かい合うツバサさんが飲み物の希望を訊ねてくるけど、生憎今の私はそういう気分になれず、また彼女に声をかける気にもなれず、顔を伏してだんまりしたまま喫茶店独特の御洒落な椅子に座り込んでいた。そんな私にもツバサさんは嫌な顔せず、今も目の前で私の分のコーヒーまで注文してくれている。

 そんな彼女の、どこか余裕のある態度が少し悔しかった。遠まわしに勝ち誇っているような気がして、苛立ちすらあった。まるで、鉱芽に対して苛立ちを覚えていた過去の自分が蘇ったようだった。

 

 

「……鉱芽とは……」

 

 

 心を絞り出してようやく口から出たのが、彼とツバサさんについての事だった。というよりも、むしろそれ以外の事は全く頭になかった。なにせツバサさんは鉱芽の元恋人で、しかも彼女は鉱芽とよりを戻そうとしている。それに加えてさっきの鉱芽の、ツバサさんを見る慈しんだ顔よ……。彼がツバサさんに靡いているんじゃないかと思うと気が気でなかった。彼の隣にいる人は、既に決まっているのかと思うと悲しくて仕方がなかった。

 

 

「別にアナタが思ってるようなことはないわ」

 

「嘘」

 

「嘘じゃないわ」

 

「じゃあ、さっきまで二人は何をしてたの?」

 

 

 だからツバサさんの言葉が信用できず、拗ねた態度を取って尖った言葉を投げかけてしまう。そんな自分が実に情けなく感じてしまう。鉱芽の時と同じじゃない……嫉妬なんて……。いや、同じじゃないわね。あの時鉱芽に対して抱いていた気持ちなんて、今考えれば可愛いものだった。子どもじみた可愛らしい嫉妬だった。

 でも今の私の"これ"はまるで違う。

 

 ──恋の嫉妬って……こんなにも醜かったのね……。

 

 自分の身から零れていく黒い感情が、肌に触れるように実感できて悲しくなってしまった。

 

 

「コウガは……私を気遣ってくれただけよ」

 

 

 そんな彼女の言葉がまた一つ、私の心のページに黒いしみを落とす。私に遠慮してそんな言葉を選んでいるようにしか感じられなかった。彼に一番近いが故の傲慢に思えてしまった。もし私がもっと気性の激しい人間だったら、すでに声を荒げて彼女に突っかかっていったかもしれない。そう思わざるを得ないくらいに、私はツバサさんに対して苛立ちを感じていた。

 

 

「じゃあなんであんな──」

 

 

 ──あんなことを鉱芽はしていたの?

 

 傍から見れば情事を重ねているようにも見えかねないことを、どうしてあの場でしていたのか。想い人をあんな形で奪い去られたなんてそんなの絶対に許せなかった。二人して一体何をしていたのか。そんな私の言葉にも随分と熱が上がってきていた。

 

 だけど私の感情が爆発する寸前というところでツバサさんは……。

 

 

「それは……ほら」

 

「っ!? ツバサさんっ、その傷……」

 

 

 彼女は自信の服をまくり、肩から胸にかけてその肌を私にさらした。そこに見えたのは鈍い紫色。真っ白な彼女の肌を、重く太く鈍い紫色をした痣が痛々しく走っていた。その痛ましさに思わず口元を両手で塞いでしまう。もはや彼女を苛立たしく思う気持ちは消え去っていた。

 

 

「コウガが昨日怪我したその前の日に、私もこんな目にあってたの」

 

「そんな……どうして……」

 

「いろいろあって、私が変身しないといけない事態になったのよ」

 

「変身って、一体何が……」

 

 

 そして彼女は言い聞かせてくれた。鉱芽の持つドライバーとは違う、もう一つのアーマードライダーへと変身するドライバーの存在を。そして、それを彼の親友──立花道行さんに託すために、ツバサさんはその人の元へ訪れたことを。それも全て、鉱芽が次のステージへ進むための……彼が過去と向き合えるようにするための行動だった。

 その中で彼女は敵の攻撃を受け、こんな怪我を負ってしまった。医者が言うには痕は残らないみたいだけど、それでもこんな傷じゃ多少なりとも支障は出てしまうはずよ。ラブライブ!だってもうすぐだと言うのに、こんな状態で本当に結果が残せるのか……一応はライバルという立場にありながらも、彼女のパフォーマンスが心配でならなかった。

 それでも彼女は、己に痛々しい傷跡を作ってまでその関係を修復させたかったんだ。それも全部、鉱芽のため……そして彼の親友のために……。

 

 

「コウガはね、ずっと謝ってくれたわ。気付かなくてごめんって」

 

「そう……なの」

 

「流石に私も驚いたけどね。急に脱がしてくるもの」

 

「……」

 

「……絢瀬さん?」

 

 

 もはや鉱芽が彼女の服を脱がしただの、抱き付いただのという話題はどうでもよくなっていた。私が今この場で強く感じたのは、ツバサさんの鉱芽を想う気持ちだった。

 

 

「いえ……ツバサさんはすごいなぁって、そう思って……」

 

「そう?」

 

「ええ。自分がそんなになってまで、鉱芽のことを想って行動ができるもの。本当に強い人だなぁって思うわ」

 

 

 ツバサさんと会う以前からも鉱芽の元恋人の話は聞いたことがあった。その時からも彼女は強い人なんだという印象を持っていたけど、実際に会ってみると実にその通りとしか言えなかった。彼女は強い。私よりも遥かに強い人間だ。そして思ってしまう。本当に私なんかが鉱芽のためになるのか、と。私の周りには強い人がいっぱいいた。私たちよりもずっと前から鉱芽に寄り添ってきた真姫に、どんな彼をも受け入れるって言いきったことり。彼女たちと比べると、自分を卑下したくなってしまう。彼と出会う以前の弱い自分を思い出しそうになってしまう。

 

 

「ねぇ、絢瀬さん。アナタ、何て言ったっけ?」

 

「え?」

 

「だから昨日の話よ。アナタ、コウガに何て宣言したっけ?」

 

 

 そんな中、ツバサさんから質されたこと。昨日……それは私が鉱芽と仲直りした日。鉱芽の背負う過去と闇を知り、なおも彼と共に歩もうと決心した日。そして……

 

 

「鉱芽を……変える」

 

 

 私が鉱芽を変えると誓った日。

 

 

「ふふっ、アナタだって十分強いじゃない」

 

「ぇ……?」

 

 

 ──私が強い……?

 

 面と向かって笑顔でそう言ってくれるツバサさん。そんな彼女に一瞬呆気にとられてしまう。そんな私が可笑しかったのか、くすくすと可愛らしく笑ってツバサさんは話してくれた。

 

 

「この流れで言うのもアレだけど……コウガはそこまで強い人じゃないの。あの人は周りを心配させまいと、虚勢で必死に自分を強く見せている。それはアナタも分かったでしょ?」

 

「……ええ」

 

「それでも、あんなコウガを変えようなんて、なかなか言えることじゃないわ」

 

 

 そう語るツバサさんの顔は薄ら笑顔を保ったままで、それが本心なのか皮肉なのか判断し辛く、苦笑してしまう。

 彼女の語る通り、鉱芽は今も過去に怯え、闇を背負っている悲しい人間だった。今までずっと彼を強い人だと信じていたけど、彼の負の一面を知った私は、軽々しく彼を強いだなんて言えなくなっていた。

 いいえ、強いことには強い人には違いない。あれだけの絶望を味わって、それでも彼は人を守るために戦い続けてきた。他人に心配をかけまいと、その為にずっと虚勢を張り続ける精神も、なかなか真似できるものじゃない。常人よりははるかに強い、鋼の精神を持っていることには間違いなかった。

 しかし彼の心の底にあるのは、恐怖だった。過去に怯える、そういう意味では誰よりも弱い人だった。

 

 だから私は決めたの。いつも不安で押しつぶされそうな、そんな彼を見てしまったから……。

 

 

「もう鉱芽が怯えるのを見たくない。彼が押し潰されそうになるのはもう嫌よっ。だから私が変えるの。鉱芽が私を変えてくれたみたいに……っ」

 

 

 ようやく私は、初めてツバサさんの目を真っ直ぐ捉えて言葉を発することができた。私の決心、私だけの想い。これだけは誰にも譲れないと。

 

 

「ふふっ……コウガを想ってくれるのが、アナタみたいな人でよかったわ」

 

「え……?」

 

「私、アナタのスタンス好きよ」

 

 

 私のスタンス……鉱芽を変える、というのが彼女にとっていいものだったということなのかしら? 彼女の言葉を飲み込めないまま呆けていると、不意に彼女は何かを取り出すとそれを机の上に置いた。よく見ればそれは鍵だった。

 

 

「あのっ、これって……」

 

「コウガの家の鍵よ。アナタに貸すわ」

 

「え、ええっ!?」

 

 

 ショックのあまり大声で叫んでしまい、店の他のお客さんの視線を集めてしまう。恥ずかしくなって縮こまりつつも、「どうして?」と小声でツバサさんに訊ねる。彼女が鉱芽の家の鍵を持っているというのも驚きだけど、それを私に託すなんていうのも度し難かったからだ。

 

 

「私の方もしばらく忙しくなるし、ロックシードもミッチに渡しちゃったからコウガと無理にでも会うことはもうないわ。それならアナタなら渡しておいたほうがいいかなって」

 

「でもこれって……合鍵ってことは──」

 

「言っておくけど、貸しておくだけだから。私だってまだコウガを諦めたわけじゃないんだから」

 

「そ、そうなのね……」

 

 

 合鍵を渡しているということは、鉱芽は相当ツバサさんの事を信用していたということなんだ。もしかすると付き合っていたころの名残なのかもしれないし、そうでないかもしれない。だけどそんな大事なものを私に託してくれるということは、彼女は私を信用してくれているのだろう。心なしか、ツバサさんの頬がさっきよりも赤く染まっているような気がした。

 

 

「でも、もしコウガに何かあったら……」

 

「ええ、分かったわ。約束したものね……鉱芽を……」

 

 

 私は掌で鈍く光る鍵を見つめ、決意を固める。そこから先は何も言わなくてもきっと通じただろう。彼女の笑みを見てそう感じた。

 

 ──私は鉱芽を……

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「鉱芽……」

 

 

 私の腰に手を回して甘えてくる鉱芽に寄り添いながら、私は優しく呼びかける。

 

 

「もう怖がらないで……」

 

 

 ──私があなたを変えてみせるから!

 

 

 だから今は、精一杯彼を癒してあげよう。

 

 彼がまた立ち上がれるように。

 

 彼が次のステージへ立ち向かえるように。




プロローグで出てきた合鍵の話、ようやく出せた気がします(笑)

次回、ようやくアニメ11話――学園祭に向けた話が展開していきます。
これからもご期待ください。感想もお待ちしております。
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