ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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~前回までのあらすじ~
道行や亮子への深い罪悪感は鉱芽を悪夢へと誘っていた。怯え、そして震える鉱芽を優しく包み込む絵里。子どものように甘える鉱芽をその肌で感じ、絵里は鉱芽を変えることを改めて心に誓った。

それではどうぞ。


第69話 女神からの贈り物

「ごめん! 連絡もなしに休んで!」

 

 

 しんと辺りが静まり返った夜に、端末の向こう側にいる九人に向けた謝罪の声が轟く。

 

 

『べ、別にそんなに謝るほどでは……だって、鉱芽さんも大変でしょうし』

 

『そ、そうですよぉ。むしろ今までこんなことが無かったのが不思議なくらいです』

 

 

 海未ちゃんやことりを筆頭に、端末の向こうからいくつもの戸惑いと慰めの声が届く。放課後の練習も終わり、今日のμ'sの活動は終わっている。しかしそのうちの大事な朝の練習を、指導者である俺が休んでしまったのだ。謝らざるをしてどうして人であろうか。

 

 

「だからって普通に寝過ごすなんてそんな情けないこと……」

 

 

 しかも情けないことに、一応として理由は寝坊だ。それも悪夢にうなされてだ。そしてそれを知っているのは今朝俺を心配して尋ねてきた絵里のみ。いっそ本当の事を話して責められようかと思ったが、既に絵里がメンバー全員に『昨日の疲れが溜まっていた』と言ってしまっている。あながち間違いでもないため訂正が難しく、仕方なくこうなってしまった自分を心の中で責め立てるしかなかった。甘えるのは今朝絵里に十分してもらったのだ。これ以上自分を甘やかす必要はない。

 

 

『でもやっぱり、今まで鉱芽に頼り切っていた私たちにも問題があると思うのよね。今日ぐらい休んでもらってよかったと思うわ』

 

『そうね。ま、いいんじゃない今日ぐらいは。明日からちゃんと来なさいよね、葛木』

 

『こ、鉱芽さんが休めたのなら、私もそれでいいと思います……』

 

『私なんてしょっちゅう寝坊してるし。はは……』

 

『貴方はたるみ過ぎですっ』

 

『ご、ごめぇん……』

 

 

 端末の向こうから相変わらずの楽し気な声が聞こえてくる。彼女たちの声を聞いていると本当に楽しくなるし心が軽くなる。女神達の声を聞くためだけでも、こうして端末に耳を当てる価値はあるというものだ。

 だが変に真面目なところのある俺の気持ちは、それだけではなかなか収まりそうにはなかった。

 

 

「ありがとな、でもやっぱ休んだことには変わりないから。本当にごめんな」

 

『鉱芽さん……』

 

「お前ら、もうすぐラブライブ!出場枠が決まるんだろ? しかも順位だってギリギリじゃん。だからこそ学園祭ライブも成功させなきゃいけないって時なのに……」

 

 

 何せ今彼女たちは大事な時期に入っているのだ。ラブライブ!出場枠が決まるまで残り二週間弱。現在μ'sは出場ギリギリの19位だ。これからの活動次第では再び圏外に弾き飛ばされることだって十分ありえる。念願のラブライブ!出場……その為にはまず学園祭ライブを成功させて確実にファンを増やす。その先にだってまだまだやることがある。彼女たちはこれから更に力を入れないといけない時期だというのに俺というやつは……。

 

 

「こんな時に俺が──」

 

『ああもう! いつまでもウジウジしない!』

 

「──っえ?」

 

 

 しかし、未だ責任感に囚われてる俺に厳しく言葉を突き立てたのは真姫だった。突然の叱咤に言葉も止まり、目が見開かれる。そんな俺に、真姫はらしくなく熱を持って語り始めた。

 

 

『言っておくけど、ここにいるみんな、あなたが大変な立場にある人だって分かってる。それなのに私たちの面倒を見てくれるっていうのよ。感謝してもしたりないくらいだわ』

 

「真姫……」

 

『でもだからこそ、あなたから恩恵を受けるだけで何もできないのが悔しいってみんな思ってる。私もそうよっ』

 

「何もできないってそんなこと──」

 

『"そんなことない"ってみんな貴方に思い知らせたいのよ』

 

「っ……」

 

 

 みんなの想いを熱く語る真姫に続いて、絵里の静かな意志を灯した言葉に息を飲む。

 

 

「私も希も。穂乃果にことりに海未に、真姫に凛に花陽ににこも、みんな貴方に何かできるんじゃないかってずっと考えていたの。与えられるだけじゃない。私たちも貴方に何かを与えられるって」

 

 

 絵里から伝わってくる想い。それは俺も初めて知る、μ'sみんなの想いだった。

 なんてことだ。もしかすると俺は知らず知らずのうちに思い上がっていたのかもしれない。俺は彼女たちを指導しながらも、互いに力を合わせてここまでやってきたつもりだった。同じ立場に立っていたつもりだった。しかし実際は俺がμ'sを指導して、ライブの手助けして、道を示して、時にはインベスから守って……やっていることは俺からのμ'sへの一方的な恩恵の供給でしかなかった。そのくせ、口だけは「μ'sはすごい」と彼女たちを持ちあげて……彼女たちはその現状が窮屈に感じていたのかもしれない。

 

 

「少し……都合よく考えすぎたのかな」

 

 

「μ'sはすごい」「アイツらは面白いやつだ」なんて口先ならいくらでも言える。そう言えば彼女たちが喜んでくれると思いこんでいる自分がいた。褒めて喜ばれたと思って自己完結し、あたかも自分が彼女たちからいろいろ教わった気になって……知った気になって、俺もそこで終わろうとしている。実際そうなってしまったのは、俺が彼女たちに対して未だ遠慮する気持ちを心のどこかで抱いていたからだろう。出会った時から既に、"あの悲劇"の再来を恐れていたのかもしれない。

 だから俺とμ'sは、まだ対等な立場になっていなかったのかもしれない。

 

 

「μ'sから俺に……か。ごめん俺、勝手に貰っている気になっていただけだった」

 

『別に誰もそんな勝手にだなんて思っていないわ。ただ、こっちも『与える』って強くは意識してこなかっただけよ』

 

「じゃあこれからは?」

 

『ええ。これからは私たちも、あなたのために何かできることがないか探していくつもりよ。それで、えっと……その……』

 

「?」

 

『ゴメン、鉱芽。こっちも一つ謝りたいことがあるわ』

 

 

 俺への贈り物を明確に示した絵里だったがその後、何故か口が止まってしまう。そんな彼女の言葉を引き継いだ真姫が、前もって俺に謝りを入れてくる。

 

 

『私たち、鉱芽に内緒でもう一曲作っていたの』

 

「え……?」

 

 

 μ'sの活動に関することで言えば、それはここ最近で一番の驚愕だった。俺の間抜けな声が電波を通して九人に筒抜けになる。しかし誰も笑おうとはせず、端末越しにでもみんなが真剣な表情を浮かべているのを感じてしまった。声の出なくなった俺に対して、真姫が話を続ける。

 

 

『今鉱芽が知ってる新曲も確かに元気の出る曲だけど、そんなんじゃなくて、もっと……辛い事悲しい事、重苦しいもの全部吹き飛ばすような、そんな曲がどうしても作りたかったの』

 

「真姫……」

 

『私も、そのような詞を作りたいという気持ちを抑えきれませんでした。真姫や、みんなの想いに答えらえるような詩が……』

 

「海未ちゃん……みんなまで……」

 

『本当はこんな私情を持ち込むべきじゃないのかも知れないけど、あなたの事を考えた時、どうしてもその曲を次に聞かせたかったの。次の学園祭のライブで』

 

「え? ってことはもう次のライブで歌うのか?」

 

 

 絵里の発言通りなら、俺に内緒で作ったとされる新曲は一週間後には披露されるということになる。今まで朝の練習では、俺の目の前で元々の学園祭用の新曲を練習していた。しかし、もし本当に俺の聞いたことのない曲というものがあるなら、それは放課後にしか関わる時間がない。まさか彼女たちはその間に仕上げたというのか。

 

 

『もっちろんにゃー!』

 

「いつ頃から……」

 

『合宿が終わってすぐやったかな? みんな学校に来て屋上でずっと練習してたんよ。鉱芽君には内緒にしとったけど』

 

「内緒つったって……時間あるのかよ。第一、ことりだって衣装──」

 

『もうできてますっ』

 

「早っ!?」

 

 

 彼女の仕事の早さに思わず舌を巻いてしまう。ことりとは、先の曲の衣装は既に完成しているとつい昨日話したばかりだった。だと言うのに、この謎の曲についても既に完成しているというのだ。ことりの才能にはほとほと驚かされるばかりだ。

 

 

「でもなんで……」

 

『言ったでしょ。ここにいるみんな、自分たちだけの力をアンタに知らしめたいのよ』

 

『にこちゃんの言い方だとちょっと……』

 

『何よ花陽。別に間違っていないじゃない。葛木にちゃんと見せたいんでしょ? 私たちは葛木のおかげでここまでできるようになったって』

 

『にゃぁ~最初からそう言えばいいのにぃ。にこちゃんも素直じゃないんだー』

 

『っ、うるさいわね!』

 

『ま、そういうわけやね』

 

 

 希に無理矢理まとめられてしまったが、大方はそういう事なのだろう。いや、言わなくてもきっと分かっていた事だ。彼女たちは俺に「与えたい」と言っていた。そしてこれはきっと、その中で形になったものの一つなのだろう。先ほど絵里が言った通りなら、その新曲は俺に聞かせたい曲。

 

 ──そう思うとやはり……とても……。

 

 

「……」

 

『……鉱芽?』

 

「いや……なんでもない」

 

『そう……?』

 

 

 過ぎた無言から察される思いが見透かされそうになり、すぐに平静を見繕ってしまう。今はまだ口にすべきことではない。

 

 しかし、そうなると今のμ'sには新曲と新しい衣装が二つずつあるということになる。未発表の楽曲が二曲。それはとても大きいアドバンテージだし、本来なら温存しておくのが賢い選択のはずだ。しかし恐らく彼女たちは……。

 

 

「当日は……両方踊るのか?」

 

『うん! やるなら全部! 今ある私たちを全力で輝かせたいの!』

 

 

 穂乃果の底なしに明るい声が気持ちいいほどすんなりと耳に溶け込んでくる。俺の予想した通り、彼女たちは決して妥協はしない。今持つ片方の楽曲をラブライブ!本戦まで温める事だってできたはずだ。しかし彼女たちにその選択肢は元よりない。自分たちの持つ全力をみんなに魅せたい。その強かな意志が、今までの彼女たちを形作ってきたのだから。だから、何の迷いもなしに新曲を二曲発表するという彼女たちの姿に、思わず安心してしまった。

 こんなにも気高い女神たちに付き添ってきてよかったと、心の底から思えた。

 

 

「……はぁ……勝手なことしてくれたな」

 

 

 そして俺は軽くため息をつくと、消え入りそうな声でそう口にした。

 

 

『っ……ごっ、ごめんなさい……』

 

『ちょっと待って! 何もそんな言い方はないでしょ!? 一応アナタから教えられた曲だって披露するんだし──』

 

「俺のためを思っての行動だから褒めてほしいって?」

 

『──っ、そ、それは……』

 

 

 熱が上がった真姫の言葉が次第に冷えて小さくなっていく。言い返すための言葉が見つからないのか、そのまま完全にフェードアウトしてしまう。しかしすぐさま彼女に代わって絵里の声がスピーカーを支配する。

 

 

『鉱芽、貴方に内緒にしていたことは本当に悪いって思っているわ。でも責めるなら私を責めて。私が内緒にしようってみんなに提案したから──』

 

『ちょっと絵里! 何勝手なこと言ってるの! それだったら曲を持ってきた私が責められるべきでしょ!?』

 

『待ってください。それなら私だって作詞しましたし、こういう時はみんなで責任を──』

 

『待ってよぉ! そもそも新曲やろうって言い出したのはことりなのに……』

 

 

 俺の言葉も待たずに端末から響く音がどんどん姦しくなっていく。前三人の騒ぎ立てる声でことりの声がかき消されそうだ。しかし内緒にしようと提案したのは絵里だとしても、二曲目を発案したのがことりだと言うのは少し意外だった。こういう事は穂乃果の専売特許だと思っていたのだが。さて……。

 

 

「はい分かったから少し黙って!」

 

『っ……』

 

「ふぅ、やっと静かになった……」

 

 

 これ以上好き勝手言われるのは俺個人としても困るし、彼女達にも申し訳ないので会話を止めさせてもらおう。すっかり静まり返り、虫の声の方が煩くなった夜の部屋で、俺はゆっくりと小さく口を動かした。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 小鳥の囀りにもかき消されそうな、か細い声が流れていく。

 

 

『え……?』

 

「っ……っ~! だーかーらー、ありがとうって言ってんの!!」

 

 

 しかし結局彼女たちに聞き返され、大きく口を開けて叫ぶことになってしまった。今の会話が通話で助かった。だって、きっと面向かっていたら、この桃色になってにやけた情けない顔を、蹲って隠している姿を見られたかもしれないからだ。

 

 

「その……めちゃくちゃ嬉しいって思ってる。本当に。だから……楽しみにしてる」

 

『鉱芽さん……』

 

「……っ、だからことり! 理事長に許可証くれるよう頼んどけよ! いいなっ!?」

 

『ふふっ。はい、了解ですっ』

 

「っ……じゃあ、また明日」

 

『ちょっ、こう──』

 

 

 それだけ言って俺は通話を切って端末をベッドの上に放り投げた。最後に俺を呼ぶ声がいくつか聞こえたがお構いなしだ。そして端末の後を追うように俺もベッドの上に仰向けに寝そべり、天井をじっと見つめる。汚れのない、真っ白な無地の天井。何ものでもないつまらない無印な天井。なのに……。

 

 

「……ははっ」

 

 

 自然と笑い声が出る。顔がにやけてしまう。見つめているのは無地の天井なのに、どうしても彼女たちの顔が目に浮かんでしまう。天井という広いスクリーンに、彼女たちの笑顔が映されているようだった。

 

 ──嬉しい。

 

 彼女たちに言ったその言葉に嘘はない。今の自分たちの力を見せようと曲を作ってくれた事。与えられるだけではない、俺にも与える側になりたいと言ってくれた事。そして、俺と平等な立場になろうとみんなで尽力してくれている事。あまりにも一度に嬉しい事ばかりが耳に入るものだから、顔が火照ってしまい、頬も緩んでしまった。つい照れ隠しなんて柄にもないことをしてしまった。それほどまでに俺の心は昂っていた。

 

 

「なんだか……すごく軽くなった」

 

 

 そして心の隅に未だ住み着いていた不安の残りカスも、いつしか消えてなくなっていた。

 

 夜空に向けて鳴り響く虫の声も、自分の一部であるかのように心地よく溶け込んできた。

 

 今夜はぐっすり眠れそうだった。




鉱芽がμ'sに対してあからさまな照れを見せたのは今回が初めてではないでしょうか。
しかしまだ問題は残っています。ミッチはこの先どうなるのか。
これからもご期待ください。
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