一人夜中に無理をして練習を続けていたことり。彼女を追いかけてきた海未だったが、そんな彼女たちにインベスの魔の手が迫る。そこへ斬月・真に変身した道行が駆け付け、これと相まみえる。そんな道行を追いかけ始めた海未は? そしてツバサと対面したことりは……?
それでは今回もどうぞ。
光を置いていくかのように暗闇を走り抜ける影が二つ。前方を走るのは屈強な筋肉と、そして稲妻の如き二本の歪な角を拵えた異世界の異形。後方からそれを追うのは、光が優しく撫でるような美しき白衣に身を包んだ鎧武者。彼らの間に生じていたのは、世界のどこでも起こりうる命の奪い合い。しかし本来なら人間を狩る側であったはずの異形は、今や人間によって狩られようとしていた。この武者は、世の弱肉強食をひっくり返すことのできる数少ない存在であったからだ。
そして誰にも知る事なく始まったこの追跡劇も、やがて誰にも知られることなく終わりを迎えようとしていた。
「ハアッ!」
武者の放った一矢は異形の脚を貫き、異形──シカインベスは苦痛の悲鳴を上げて地に沈んだ。しかし未だ息はある。故に武者は最後のとどめの一撃となる手を打った。
『メロンエナジースカッシュ!』
彼が腹部の赤いベルト──ゲネシスドライバーのレバーを一度押し込むと、取り付けられたロックシードのエネルギーがパイプラインを伝い、下部のエネルギーポッドに果汁の如き眩しい光が再度流れ込んでいく。
それと同時にドライバーから発せられる電子音声と共に、自身の持つ紅の弓──ソニックアローの刃にも光が集まり出した。その輝きが最高潮に達した時、武者──斬月・真は、刃をインベス向けて振り払った。
「ハアァァァァァァァァァァ!!」
「グォアアアアアアァァァァ!!」
光の刃がインベスを斬り裂くと同時に、けたたましい悲鳴を上げてインベスは爆散し、熱気と爆風の中へと姿を消した。
セカイを破壊しようとした異形は、そのセカイを守ろうとする存在によって今日も打ち滅ぼされることになったのである。
──────────────────―
「ふぅ……」
「立花さん!」
「っ、海未さん」
脅威が去ったことを確認した僕は一息つくと、ロックシードを閉じて変身を解除する。それとほぼ同時に海未さんが僕を見つけたみたいで、僕も彼女の声に笑顔で振り向いた。
「はぁ、はぁ……あの、大丈夫でしたか?」
「もちろん。この通り何ともないよ」
両腕をわざとらしく開いて自身の安否を彼女に伝える。すると少し険しい表情をしていた海未さんの顔も、ようやく安らぎを取り戻したかのように柔らかくなっていった。
「そうですか……よかったです」
「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫だよ。もう慣れたし」
「慣れたってそんな……まだ戦い始めてから日も経ってないのに」
確かに今日で僕が変身して戦いを始めてから五日目だ。戦士としてはまだまだ日は浅く、決して慣れたと言えるような日数ではない。正直なところ今の言葉だって半分虚勢だ。だけど……それでも、普通の人よりの何倍もの命のやり取りをしているというのには違いない。
「あの、海未さん」
「はい?」
「ちょっと僕の話、聞いてくれるかな?」
あの日──僕がミカンを葬った日から、僕の戦いは始まった。一応学生という身だから常に戦えるわけじゃないけど、夏季休講と言う事もあり、僕は時間があれば毎日クラックの元へと駆け付けていた。たとえ休みじゃなくても、昼間なら鉱芽さんが対処してくれるだろうしね。だけど、本来なら鉱芽さんが対処してもいい時間や場所にクラックが開いたとしても、時間があれば僕が先に向かってインベスと戦っていた。
「どうしてそんな……」
「鉱芽さんがどんな気持ちだったのか、ちょっとでも知りたいと思ったから」
「鉱芽さんの気持ちを?」
「うん」
無理をしているのは承知だ。鉱芽さんだって戦い始めた頃は何度もバテたって聞いている。でも今の僕はゲネシスドライバーで変身しているから、鉱芽さんの変身するアーマードライダーよりもスペックは高いし、それに昔の鉱芽さん程多忙じゃないから、身体だってもっている。
そして一つ分かった事がある。これよりも何倍も激しく揺れる毎日を鉱芽さんは戦い抜いてきたんだと言うことだ。今は本位的じゃないけど手分けしてクラックの対処に当たっている。それでもツバサちゃんによると一年前よりもペースが段違いで遅いらしい。そんな中で鉱芽さんはただ一人戦い抜いてきた。その中で絶望を味わいながらも……。
ともかく、鉱芽さんの強さを改めて知る事ができた。それが収穫の一つだ。
「一つ? もう一つは?」
「……海未さんと出会った後のことなんだけど──」
そしてもう一つ分かった事。それは当初の目的だった鉱芽さんの気持ちだ。
海未さんと出会ったあの日の夜も、再びクラックが開いた。距離的に僕の方が近いから、僕が現場に向かったんだ。相変わらず鉱芽さんは端末で僕がいることを分かっていたから来てはくれなかったけど(これもある意味での信用と捉えられるなら嬉しいのだけど)。そしてインベスを倒し、襲われていた人を救うこともできた。
だけどその人の顔を見て驚いた。なんとウチの乗馬クラブのお客さんだったんだ。次の日も予定を入れているからまたすぐに会うことになる。その時は変身を解除しなかったけど、その人にすごく感謝されたのを昨日の事のように覚えている。もちろん、次の日にその人と笑顔で出会えたことも。
「嬉しかったんだ。誰かを守る事ができたって言うことが。鉱芽さんの気持ちを少し理解することが出来たって思えたしね」
鉱芽さんが言っていた『人が好きだから守る』という言葉の意味が少し分かりそうな気がしていた。自分の手で悲劇を変えることができる。理由のない悪意が誰かの運命を弄ぼうとするのを、この手で止めることが出来る。ようやくその事を、この身で実感できると。
そう思い始めていた……。
「だけど……」
「?」
「全部……忘れられていた」
説明されていたから分かっていたはずだった。ヘルヘイムの事に関する記憶は、特別な事例を除いて全て別のものに変えられてしまうと。ミカンや従業員さん……リョウの件で痛く理解したはずだったのに……。
次の日あの人と会った時、彼はまるで何ともなかったかのように、いつものように馬に乗り始めてしまった。誰かに助けられたという記憶さえ、その人の中には残っていなかった。僕が誰かを助けたなんて事実はどこにもなかった。あの時彼に感謝されたという時間が、僕たちの間で共有できなくなっていた。それが僕の心の中に小さな虚無感を生み出した。
誰からも理解されない、と言う事を初めて痛感してしまったんだ。
「助けたっていうことすら覚えてもらえなくて、なんだか自分のやってることに……」
「実感がないのですね?」
「うん……」
きっとこれが鉱芽さんが真に感じていた……孤独。あるいは恐怖。戦っては忘れ去られ、しかしまた戦いに臨まなければならない、そんな途方もない毎日に、彼は少なからず恐怖を抱いていたはずだ。僕だって怖い。戦っていた記憶が忘れ去られ、いつか自分自身が忘れ去られるんじゃないか……そんな恐怖を抱いてしまった。
だから、自分の活躍が全て無視されるという事にとてもショックを受けてしまった。鉱芽さんが戦いの中抱いていた一番辛い気持ちを、僕も味わうことになってしまった。
「立花さん……貴方は──」
「?」
「──誰かの称賛なしには戦えないのですか?」
「っ!?」
だけど、そんな海未さんの言葉に息を飲んでしまう。一瞬見当違いの言葉だと思ったのにも関わらずだ。
──称賛? 違う! 僕はそんなもののために戦ってきたつもりはない。
すぐさまそう自分に言い聞かせるけど、それを心のどこかで望んでいる自分がいることにも、この時気付かざるを得なかった。そう、僕は気付いてほしかったのかもしれない。影ながら頑張っていることを。人知れず戦っていることを。
そう、真に怖かったのは忘却そのものではない。僕は……。
「きつい言葉に聞こえたのならすみません。ですが、私には立花さんが、守った人に覚えてもらいたい……守ったという確かな結果がほしい。そう考えてるように思えたんです」
「守った……結果」
「はい。例えば今回なら、その助けた方が貴方の頑張りを覚えているという結果。立花さんは、その結果に不満を持ったんじゃないかと……」
「……」
何も言い返せなかった。言い返す必要がなかったからだ。人を守っている自分が、こんなにも自分本位な思いを抱いていたことに嫌悪してしまった。また、こんな年下の子に自分の情けない心を見抜かれたという羞恥にも見舞われた。
努力の後には、それが大なり小なりと必ず結果が付いて回る。僕はずっとそう考えて生きてきた。しかし、こんな風に肩透かしを食らったことは一度もなかった。結果が全くないかと言えばそうではない。現に僕が戦った結果、救われた命がある。よく考えれば偉大な結果だ。その結果に満足できればよかったのに……僕はそれ以上のものを望んでしまった。だから実感を得られなかったんだ。僕の努力が誰にも伝わらなかったから……。
「僕も……弱いなぁ」
辛うじて言えたのがその言葉だ。今ようやく分かったんだ。僕の弱さが。誰にも覚えてもらえない事じゃない。行動した結果を感じられないということに恐怖を覚える事。それが僕の抱く弱さだった。
「立花さん」
だけどそんな僕を海未さんは、今までに見た事のないくらい優しく、それで強い眼差しを持って見つめていた。
「もし誰からも覚えてもらえず、称賛されなかったとしても……」
水晶のように透き通った彼女の目に、夜だと言うのに僕の姿がくっきりと見えた。
そんな強い目を持った彼女に、つい引き込まれて──
「私が覚えていますから」
彼女の言葉がすっと胸の中に溶け込んできて──
「私が貴方に感謝しますから」
眩しいほどの彼女の笑顔に当てられて──
「立花さん。助けていただいてありがとうございました」
少し、目頭が熱くなった。
「……」
「立花さん?」
深く頭を下げる海未さんに、僕はすぐ応えることができなかった。突然の事で唖然としてしまったのも理由だけど、今まで欲しかった言葉を貰えた事に対する感動、それによる抱えていた苦悩からの開放、そして彼女への感謝の気持ち。いろんな感情が一斉に胸の奥底から押し寄せてきて、声を出すことが出来なかった。
「えっ、えへへ、ぇっと……ああ……うん……」
「……」
「ど、どう……いたしまして……」
ようやく出せた声も、照れで着地点の見当たらないふわふわしたものになってしまった。しかし辺りが暗闇で助かった。少し顔を背けるだけで、この薄紅に染まった頬を見られずに済むのだから。
「あの、海未さん」
「はい」
「こちらこそ、ありがとう……なんだか少し、救われた気がしたかな」
「……はい……」
彼女はそれ以上何も言わなかった。だから何を考えてるかなんて分からなかったけど、少なくとも僕を拒絶していないことは分かった。優しい声が僕を認めてくれていることは分かった。彼女の感謝の言葉がとても優しく、温かくて、心が湧き立った。
だから僕は、もっと彼女のことを信用したくなった。
「それと海未さん、この前頼んだことなんだけど──」
「大丈夫ですよ。言ってませんから」
「──そっか。ありがとう……鉱芽さんに黙っててくれて」
以前海未さんと会った時に彼女に頼んだこと。それが『僕と会ったことを鉱芽さんに言わない事』だった。特に難しい理由なんてない。ただ単に、僕とμ'sの接触を鉱芽さんに知らせたくなかっただけだった。しかしもし彼が知れば、僕たちは嫌が応にも互いに会うことを意識しなければならなかっただろう。
今の鉱芽さんは多分未だ僕と会うことを恐れている。鉱芽さんの業を考えれば仕方のないことだ。だけどそれは僕だって同じだった。あの日海未さんと会った日だって、僕はまだ何も分かっていなかった。鉱芽さんがどんな思いで戦っていたのか。何を感じて生きてきたのか。もし全く日を置かずに、鉱芽さんを理解することなく彼と対面していたら、もしかすると激情に駆られて彼に襲い掛かっていたかもしれない。自分本位の考えのまま、リョウの復讐に手を染めている可能性だってあった。実際にはそうなっていないのだからどうなっていたのかは分からないけど、その可能性があったから僕は避ける道を選んだ。最悪の未来だけは絶対に避けたかった。これ以上、僕の親友が消えるのは嫌だったから……。
だから僕は鉱芽さんに会いたい気持ちを抑えて、今の今まで接触できる可能性を自ら絶ってきた。皮肉にも向こうも同じ考えだったから会うことはなかったけどね。だから海未さんにも、僕が彼女と会ったことを僕たちだけの秘密にしておきたかった。僕の心が迷っている間に、鉱芽さんと接触しないために。
「ですが、いいのですか? このままでも」
「いいわけないよ。だから、そろそろ逃げるのはやめる」
「え?」
「僕は、鉱芽さんと会う」
だけど今なら大丈夫。僕は理解することができたから。鉱芽さんの背負ってきた辛さ。感じてきた痛み。抱いてきた恐怖。そして、それでもなお戦い続けた強さ。僕も感じることが出来たからこそ、僕は今、鉱芽さんに会いたくて仕方がなかった。彼と、この想いを共有したかったから。
「さ、戻ろうか。君の友達を待たせちゃってるんだよね」
海未さんと出会い、今度こそ心に確かな光が灯った。ならばもう恐れることはない。彼女を呼んで、僕たちは幾らか目が慣れて明るくなった暗闇の中を歩きだした。
──────────────────―
「え、えっと……」
海未ちゃんがあの白い武者を追いかけていってしまった後、私は後から現れたツバサさんに話しかけられたんだけど、どうしてか彼女の私を見る目は少し鋭いように感じられたの。
「南さん、どうしてこんな時間に外を出歩いていたの?」
「ふぇ? そ、それは──」
有無を言わせない彼女の眼に当てられて、私は正直に話すしかなかった。もうすぐ私たちにとってとても大事な学園祭が始まること。それは、私たちの学校が存続されるか、μ'sがラブライブ!に出場できるか、どちらにとっても絶対に失敗できない大事な舞台だということ。鉱芽さんに私たちからも何かを贈れるという気持ちを伝えるための大切なライブでもあるということ。そして、それを成功させるために私は一人で夜な夜な練習していたということを、ツバサさんに話した。
「それで今日インベスに襲われた、と」
「はい……」
自分で答えておいて情けなくなり、ゆっくり顔を伏せる。私を探すために穂乃果ちゃんや海未ちゃんを心配かけさせちゃって、あまつさえ二人を危険に晒してしまった。本当に馬鹿なことをしちゃったと思ってる。
「ええ、本当にバカなことしてるわ」
「……」
「アナタは何がしたいわけ?」
「っえ?」
気持ちが萎縮していたところに、声色がさっきよりも鋭くなったツバサさんの声が飛んできたのだから、少し怖い気持ちになってしまう。
「こんな無茶をして、それでコウガの助けになるとでも? ちょっと思い上がりが過ぎるんじゃないかしら」
「うぅ……」
言い返せない……。こんなことをして逆に鉱芽さんの負担になることをもっと考えるべきだった。もしインベスに襲われなかったとしても、無茶をして私が倒れたりしたら、鉱芽さんはきっと自分を責める。あの人はそういう人だもの……。
「アナタ自信はコウガに何ができるの?」
「え?」
そして私が自己嫌悪に陥っていることをいい事に、ツバサさんは更に言葉を捲し立ててくる。
「みんなでコウガに何かを与えたいっていうの、とてもいい事だと思うわ。でもアナタ自身は? μ's全体じゃなくて、アナタにしか出来ない事……アナタがコウガにしてあげられることってないの?」
「それは……有りのままのコウガさんを……受け入れること」
「それってマスターの……板東さんの受け売りよね?」
「っ、そんな! っ……そんな、ことないです」
「……」
私が鉱芽さんにできることと聞かれ、私はあの日鉱芽さんに約束した決意をもう一度口にした。だけど目の前の彼女は、そんな私の覚悟が気にいらないのか、斬って捨てるように言葉を投げかける。ツバサさんに否定するように一瞬だけ声を荒げた私だけど、ふと自信を失くして声が小さくなってしまう。確かに板東さんが以前話してくれた「相手を信じ、受け入れる」という言葉は私にとっても大きな意味を成す言葉だった。だけどその言葉が大きくなりすぎて、自分の決意が絶対に受け売りじゃないと言い切れる自信がなかった。
私を見るツバサさんの目が細くなった気がした。どこか悲しそうに私を睨む彼女に、なんだか心臓がえぐり取られそうな気持ちになった。
「受け入れる、ね。結局は受け身じゃない。どうして自分からどうにかしようと思わないの?」
「自分からって……確かに受け身かもしれませんけど、私は──」
「私だって有りのままのコウガを受け入れたわ! 真姫ちゃんも!」
「──っ」
ついに耐え切れなくなったのか声が大きくなるツバサさんに、私は言葉が詰まってしまう。ツバサさんはすぐに冷静になって軽く息をつき、また悲しそうな顔を見せる。
「でも結局……コウガはこれ以上何も変わらなかった。何を言いたいのか分かる?」
「……」
「コウガは立ち上がることは出来た。でも根本的な事は解決しなかったの。依然、過去に怯え続けてるわ」
「……」
「受け入れるだけじゃもう何も解決しないの! もっと自分から、彼に働きかけるべきなのよ。私たちは……」
受け入れる、なんてことはとうの昔からみんなやっていた。私の覚悟なんていうものは、みんなに比べたら到底小さなものだった。それを正面から付きつけてくるツバサさんに、私は目を合わせることが出来なかった。
「私は……」
私は思い上がっていたのかもしれない。自分なら鉱芽さんの助けになると。でもやっぱり私には、真姫ちゃんや絵里ちゃんのように強くはっきりとした行動はできないのかもしれない。私個人には、鉱芽さんの力になれるほどの強さはないのかもしれない。
「もしアナタの考えが今のままだと言うのなら、アナタにコウガは任せられないわ」
吐き捨てるように放つ言葉に、私は何も言い返すことはできず、ただ立ち尽くしたまま闇の外へ消えていく彼女の背中を見つめる事しかできなかった。
「私は……弱いんだ……」
私だけの暗闇の中、誰に聞かせるわけでもなく呟いた痛々しい言の葉は、私の心に深々と刺さり込んでいった。
一人暗闇に取り残されることり。彼女はどうなるのか?
次回もお楽しみください。