鉱芽と会う決意を固め、更なる戦いへと身を投じていく道行。それとほぼ同時刻、ツバサはサガラと遭遇。サガラの意味深な言葉は、ツバサの胸に不安と焦燥を残していった。その裏で、鉱芽と距離を置こうとすることり。そして己の過去をにこ、凛、花陽に話す事を決意する鉱芽。各人の思惑が混在する中、物語は止めどなく続いていく……。
お待たせしました、約二ヶ月ぶりの更新です。えらく難産でした(笑)
それではどうぞ。
賑やかな声があちこちから飛び交う空間の一角で、私たちは洒落た可愛らしいテーブルで静かに向かい合っていた。しかし私の正面には朝から変わらずしょぼくれた顔で俯いていることりが、その隣には心配そうに彼女を宥めている希の姿があった。賑やかな場にはまるで不相応な、淀んだ空気が私たちの周りを漂っていた。
「(全くツバサったら、ことりに一体何を言ったのかしら……)」
朝からことりの様子がおかしいのは鉱芽も含めてみんな気付いていた。つい昨日までは学園祭を成功させるぞと、柄にもなく誰よりも気合いを入れている彼女の姿を見ていただけに、その態度の変わり具合に誰もが戸惑いを隠せずにいた。しかし結局彼女が自分から話してくれることはなかった。それどころか練習が終われば誰とも関わりたくないと言わんばかりに一人そそくさと学校を後にすることり。流石にここまで来れば放っておくわけにはいかなかった。彼女の纏う暗い雰囲気の理由が、一人で無茶をしたことによって責任を感じた故、というにはあまりにも度が過ぎている。きっと他に何か理由があるに違いないわ。本来ならことりと一番仲のいい穂乃果や海未に任せるべき場面なのかもしれないけど、今回はどうもそういうわけにはいきそうになかった。
穂乃果と海未、そして鉱芽の話を聞くところによると、どうやら昨日も彼女たちはインベスの脅威に晒されていたらしい。夜中に一人無茶して出歩いていたが為の出来事だった。そして海未とことりの方に現れたインベスは、白いアーマードライダーによって倒された、ということも。白いアーマードライダー……多分ツバサのことね。先日会った時にツバサが妙に自分の身体を庇っていたのも、多分それが理由なんでしょう。そして海未の言葉を信じるなら、彼女たちは逃げる途中で別れたということになる。ことりと再会した時、既に落ち込んでいる様子だと海未は言っていた。ならば、その間にことりはツバサと何かしらの会話をしていたという事になる。多分それが原因。我ながら名推理だと自画自賛しながらも、そう言っていられる状況ではないだけに少し歯痒い気持ちにもなる。
ともかく話にツバサが絡んでくると睨んだ私は、絵里に穂乃果と海未を押し付けて、ついでに事情も分かっている希を連れて、強引にことりと帰路を共にした。鉱芽の抱える事情や、ツバサとの関係も知っている私たちになら、ことりは口を割ってくれるんじゃないかと期待して……。
そしてその結果、ことりは昨晩ツバサと会ったことを話してくれた。鉱芽や海未の話からは得られていない情報だけど、予想通りの展開だった。しかし彼女に何を言われたのかと訊ねるとどうしても口が開かなくなってしまうことり。自分の中の苦しい何かに苛まれて、そのことを思い返しているであろうことりの表情がみるみる曇っていった。
中途半端が嫌いなツバサの事だ。きっと何かキツイ言葉でも浴びせたんじゃないか。そう思いたった時だった。
『ハッ、あっらぁ~! ことりちゃんじゃなぁい!? どうしたのそんな暗い顔して……何か困ったことでもあったのか・し・ら?』
丁度ドルーパーズが見えたところで、派手で麓美な衣装(だけど女装ではない)に身を包んだ筋骨隆々の男が、きっと地の声より幾段か高くした声で、女のような口調で喋りながら近づいてきた。語尾を可愛らしくしたところで私としては正直そこまでマシになっているとは思えない。精々蛾が蝶になったレベルだ。だけど残念ながらこの人とは私たちは既に会っている。ことりがバイトしているメイドカフェのオーナーの凰仙さんだ。
その後は成り行きで、彼の経営するメイドカフェにまたもや行く事になってしまった。そこそこ真剣な話をしているつもりだけど、今ここはメイドカフェ内の一角なのだ。もう! どうしてこうなってるのよぉ~!
「(でも、ことり的にはドルーパーズよりよっぽどいいのよね……)」
最初こそ無意識ながらドルーパーズに足を運んでいたことりだけど、今の彼女は鉱芽に会うのを拒んでいる。いや、合わせる顔が無いと言った方がいいのかしら。何だかんだでここに来た事で、おおよその話が見えてきていた。
私はここに来るまでの彼女たちの会話を思い出す。
『ははぁん、ね。残念だけど、あの坊やはドルーパーズにはいないわ。いや、今のアナタならそっちの方が都合がよくなくて?』
『えっ……』
『ふふっ、図星ね』
あまりにも顔に出ていたのか、ことりの悩みの理由を大体察した凰仙さん。ことりの震えようから、私も今の彼女が鉱芽に会いたがっていないことを確信した。
ここに来た事で少し落ち着いたのか、ことりも少しずつ事情を説明し始めてくれた。そこで分かったのは、彼女はツバサに何かを指摘されたという事。具体的に何を言われたのかは教えてくれなかったけど、その所為でことりは自信を失くしているのだと言う。
──鉱芽の隣にいていい、という自信を……。
そんな風に腐っていくことりをどうにかしようと希と二人で何とかしているのだけど、未だ糸口が見つかっていない。絵里に穂乃果たちを頼んだ手前、情けないったらありゃしない。
「……ん?」
そんな中、ことりの隣でずっと声をかけていた希が私の方に怪しげな視線を向けていることに気付いた。
「どうしたのよ希」
「ん~、何やろなぁ? ことりちゃん、ウチよりも真姫ちゃんの言葉の方が聞いてくれるんと違うかな~って」
「はぁ? どういうことよ?」
希に全部を投げ出していたわけじゃないけど、私の方が効果ありと言われると訳が分からなくなる。一瞬だけ反抗めいた返事をしてしまうけど、私は希の言葉を待つことにした。
「だって、真姫ちゃんも鉱芽君のこと好きなんやろ?」
結果、返ってきたのはこの場に置いて冷静に聞くことのできない言葉であった。
「っ!? は、はあ!? ちょっ、てかっ、こ、こここんなに人がいるところでななな何言ってんのよぉ!!」
「や~ん真姫ちゃんかわいい~」
「希ぃ!」
全く何考えてんのよ希は! こんな人目の付くところでそんな話を堂々とする普通!? 一応深刻な問題を抱えてるのよこっちは。そんなふざけている場合じゃないのに……。
「同じ鉱芽君を好きな真姫ちゃんやからこそ、分かる想いとかがあるんやろ?」
「……そう……なのかしら?」
「うん。ウチにはまだよう分からんから…………多分」
「なら、そうなのね……(ん?)」
希の言い分には一理ある。よく考えれば、事情を知っていると言ってもそこに抱く感情には私と希で大きく違っている。だけど私とことりは、鉱芽が好きだという同じ想いを抱いている。だから私の方がより親身になってことりに接することが出来ると希は考えたのね。
希が最後に何か呟いたような気がしたけど、気の所為かしら?
「まあ、いいわ。それだったら──」
正直なところ、上手くことりを立ち直らせることが出来る自信はない。しかし流れのままに請け負ってしまったとはいえ、ことりをこのままにしておけないのは本心だった。ことりの目を見て、少しキツイことを言ってでも目を覚まさせよう。そう意気込んでいたところで、横から声が割り込んできた。
残念なことに、私に訪れる厄介事はことりだけではなかった。
「あらぁ~? あらあらあらあらぁ~? もしかしなくてもアナタ、ことりちゃんの恋のライバルね? そうでしょ!」
随分とノリノリで楽しそうな声色と共に凰仙さんまで会話に入り込んできた。「変なのに絡まれた!」とは言えず、私は無言で頭を抱えるしかなかった。ことりを除いてμ'sの誰よりも会っているけど、どうしても苦手意識を拭い去ることができないのよこの人には……。
「
私の頭を抱える仕草がこの人には赤らめた顔を両手で隠しているように見えたのだろう、一人トリップして喧しく盛り上がっている凰仙さん。もうやめて……これ以上私のことで盛り上がらないでよぉ……。
「大変だね、アンタも」
「……? えっと……?」
不意に横からかけられる声に顔を上げると、そこには見覚えのあるような無いような、眼鏡をかけた綺麗なメイドさんが私の顔をを気だるそうに見つめていた。
「ああ、アンタと話すのは初めてか。ここの店長の内城よ。よろしく」
「あ、よ、よろしく……」
そう言えば、とここに始めてきた時にことりを呼んでいた人だったことを思い出す。記憶の中よりもずっとサバサバした言動のために少し戸惑ってしまう。凰仙さんのテンションに振り舞わされている私に同情しているのだろうか。ともかく、どうやら凰仙さんよりも話やすそうな人だと思い、少し安心してしまう。
「しかし葛木君か~アレは大変そうだね。うん、心中お察しするよ」
「……」
……訂正。この人も苦手な人だったわ。
っていうか何なのよこの店はー! オーナーも店長も揃って癖が強いってどんな場所よー! ずっとここで働いていたことりには心から尊敬するわホント……。
「でもね、ことりちゃん。一つよろしくて?」
「?」
しかしいつの間にやら興奮が冷めたのか、凰仙さんは先程までには聞かなかった真剣な声でことりに語り掛けていた。いや、その声は真剣と言うよりも、嫌いなものを見るかのように冷えていた。
「他人の言葉で揺らぐほど、アナタの恋ってチンケなものだったの?
「っ! そっ、そんなこと──!」
凰仙さんの容赦ない言葉にことりはばっと立ちあがり、今日一番大きな声を上げた。ことりにあまりキツイ言葉をかけるのを避けていた私たちからすれば、彼の言葉はまさに劇薬のように思えた。まさかそんな言葉をかけるなんて、と。
一応凰仙さんはことりが再び自信を失くしているということだけは聞いていた。それがここにきて、その理由がことりの淡い想い所以だと言う事に気付いたのだろう。ことりを刺激しないようにしていた私たちでは到底かけられない言葉。それが出てきたのは、これもまた彼が私たちよりも遠い位置にいたからかもしれない。
「まあワテクシは事情を全部聞いたわけじゃないから偉そうに言えないんだけどねぇ。でもね、今のアナタのそんな柔な心構えでいるんだったら、例え付き合ったとしてもあの坊やが可哀想だわっ」
「ちょっと待って。いくら何でも──」
「お黙り。今はワテクシとことりちゃんの話よ。ことりちゃん、少なくともワテクシは、"相手を好きでいていいか迷ってる"女は好きになれないわ。ワテクシに言わせれば、自分に自信の無い人間ほど魅力の無い人間はいないわね。まあそんな女なら告白する前に他の女に盗られるのがオチでしょうけど。ともかく、今のアナタが彼に相応しくないのは確かね」
「っ……」
はっきりと付きつけるその言葉に私は怒りを覚えてしまう。
──どうしてそこまでキツい言葉が言えるよの……っ。
しかし言い方がキツイだけで、ことりに対して凰仙さんと同じ思いを抱いていないのかと聞かれれば私は首を縦に振る事はできないだろう。だから私の口から出かかった言葉はそのまま飲み込む他なかった。曲がりなりにも彼の言葉は間違っているとは言えなかったから。
それでもことりを傷つけかねない言動をとった彼に対しての怒りはまだ収まったわけではない。一体何故そこまでしてこの人はことりの恋路に分かったような口を言えるのかしら。まさか恋愛でもしてるわけじゃあるまいし……。
そんな私の胸中を察してか知らずか、内城さんは私たち全員に聞こえるようにボソッと零した。
「一応凰仙さん、今結婚秒読みで同棲してる女性いるからね」
「え?」
一瞬の沈黙、そして……。
「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?」」」
私たちの驚愕に満ちた絶叫が店内に響き渡った。
「
「ご、ごめんなさい……」
あまりの衝撃に怒りも忘れてしまう。希も珍しくポカンと間抜けな表情を浮かべて凰仙さんの顔を見上げている。ことりも今まで抱いていた感情を全て忘れて、目の前の衝撃に心を奪われていた。え? 今同棲って言ったのよねこの人? 女性? このオネエな人と……? なんて私が混乱している合間に、ことりは遠慮しながらも訊ねていた。
「え? じょ、女性……の恋人、ですか? 男性じゃなくて……?」
「別にオネエ言葉の全員がゲイってわけじゃないでしょ。まあ凰仙さんも、そういう偏見や差別とずっと戦ってきてるからね」
「あっ……」
そんな彼女に対して、横から内城さんが何気なく零した言葉にことりは息をつく。私たち皆が、今の説明で凰仙さんの言葉に込められた想いの一端を感じることができた。
「こーら。余計なこと言わないの。ほら、アンタはさっさと仕事に戻る」
「へーへーすいません」
「あ、あの、凰仙さんは……」
店長の癖に気だるそうに仕事に戻っていく内城さんを尻目に、ことりは何かを問いたそうに恐る恐る凰仙さんに声をかける。
「自信を持ちなさい」
「え?」
ことりの方を見ず、しかし確かなものを見据えながら、彼は語り出した。
「他人にどう思われたって構いやしないの。誰にも悪いなんて言わせないわ。これがワテクシですもの」
きっと彼は自分の歩んできた道を思い返しているのだろう。文字通り性の差別と戦ってきた自分の過去を。
「ワテクシはワテクシの正義を貫きましてよ。どこまでもまっすぐ、自分の信じた道を、ね」
いつか鉱芽が言っていた事と似たようなことを言い通す凰仙さん。
「ことりちゃん。アナタが信じるものは何かしら?」
「私は……」
現実に戻ってきた凰仙さんはことりを見つめる。彼の視線に迫られたことりは自分の視線を知らし、一瞬戸惑いの表情を見せる。しかししばらく瞳を閉じた後、ことりは目を開き、真っ直ぐ彼に向き直った。その時見えたことりの目は、今日見た中で一番力強かった。そのビー玉のような綺麗な瞳の奥に、僅かにだけど光を灯していた。
「……私は、今までと変わりません。大事な人を、これからも受け入れ続けますっ」
「ふふっ。やっぱり幸せ者ね、あの坊や」
「え?」
それは以前も耳にした、ことりなりの鉱芽と共に歩む決意の言葉だった。ことりの言葉の真意を凰仙さんは知る由も無いはずなのに、彼の顔はどこか満足したようにほほ笑んでいた。まるで自分の娘が一歩成長した事を喜ぶ父親のようにも見えたかもしれない。
「まあアナタも坊やもワテクシから見ればまだまだ"子ども"。自信を失くすことも多いわよね。きっとこの先、何度も迷うことがあるでしょうね。でも、だったら精一杯悩めばいいわ」
「ええっ? でもさっき私──」
さっきまで悩んでいたことりを叱咤した人の台詞とは思えないけど、多分これを言うための先の言葉だったのだろう。
「子どもはね、大人よりも悩むのを許されてる存在なのよ。だ・か・ら、立ち止まってもいいから、答えを出すまで悩めばいいの。あっ、でも恋愛の悩みは早めに解決するのよっ。恋の勝負は早い者勝ちだから」
そんな彼の言葉で、ことりの瞳で小さく揺れていた灯は、大きな輝きになった気がした。
────────────────────────────
「……」
ひとしきり話し終えた俺は、彼女たちの反応を待つ。しかし案の定、事の重さについていけていないのか、またこの現実を受け止めたくないのか、三人共しばらく声を発することなく、何とも言えない表情で静かに地に視線を向けていた。仕方ないだろう、何せ人間がインベスになるのだと言うのだから。俺がそのインベスと戦い続けてきたというのだから。そして、亮ちゃんや裕太君と言った元人間のインベスも、俺は殺し続けてきたのだから。目の前にいるのが指導者やヒーローなんかじゃなく、ただの人殺しだと知った彼女たちの心中は量るに難くない。
それに当事者の俺が自分で語っているのだ。真姫がことりたちに教えた時よりも、当時の地獄絵図や俺の抱いた絶望がより明確に伝わっただろう。
「(馬鹿か俺は……っ)」
しかし話し終えた後で俺は自身に悪態をついてしまう。何をやっているんだ俺は。生々しい部分はいつものようにぼかして説明すればよかったのに、見た事感じた事をありのままに彼女たちに教えるなんて。俺の身に起きた事を話している間、彼女たちから、特に花ちゃんから、何度も息を飲む音が聞こえてきた。彼女たちの目を見るのが怖くて、説明中は目を合わせようとしなかったけど、もしかすると俺を見る目も少し怯えていたかもしれない。しかしそれが普通だ。この残酷な真実を受け入れてくれたことりたちの方が異常なのだ。
「ごめん……やっぱり言うべきじゃなかったよな。こんな残酷な事……」
俺の犯してきた罪。この中で関わりがあるのは凛ちゃんだろうか。彼女は少なくとも裕太君のいた花屋に寄ったことがあるし、ユウゴとも会話を交えている。ユウゴが弟の事を忘れ、入院していると聞いた時にも凛ちゃんは心配そうにしてくれていた。彼女も既に無関係ではいられなかった。
だから俺は再度言葉を紡いでいく。凛ちゃんだけでなく、ここにいる全員に向けて。
「俺はあの花屋の子を死なせてしまった」
自分の口で己の心に刃を突き立てる。
「初恋の人を……親友の恋人を死なせてしまった」
言葉で己の心を抉っていく。
「いろんな人を裏切ってしまった」
その度に傷口から本音という弱みが血のように流れ出てくる。
「怖かったんだよ。俺はお前たちが大事だ。でも、そんなお前たちまで裏切ってしまうと思うと、怖くて仕方なかったんだよ……」
つい先日まで、俺はμ'sに対して対等な立場にいるとは言えなかった。共に励みながらも、どこか遠慮する気持ちを抱いていたことに俺自身気付くことができなかった。それはきっと、踏み込んでしまった結果、俺が彼女たちを傷つけるのを──裏切るのを恐れていたからだ。
──守りたいと思った人を守れなかった。
──裏切りたくない人を裏切ってしまった。
だからこれ以上そんな人を作りたくなかったのに、そこに彼女たちが──μ'sが現れてしまった。彼女たちは俺の心を知ってか知らずか、俺と対等な立場になりたいと願った。そして俺もそれを受け入れた。
「お前たちまで守れなかったら、今度こそ俺はどうにかなってしまうかもしれない……っ」
花ちゃんには以前「守れなければ自分を許せなくなる」と話したことがあったが、もはや自分を許せないなんて程度じゃ収まらない。もし彼女たちが死ぬようなことがあれば、俺は今度こそ壊れてしまうかもしれない。それほどまでに、彼女たちの存在は俺の中で大きくなり過ぎていた。
「話したくなかった理由は、さっきも言った通りこんな残酷な事を知ってほしくなかったってのが一つ。もう一つは……情けないけど俺、こんな事を話して、そしたらお前たちが離れていってしまうかもってずっと考えてた……。ほんと言うと今もちょっと怖いかな」
だから話したくなかった。話せば皆、俺の前から離れていってしまうと思ったから。俺は誰かとの繋がりが失われることに酷く臆病だった。幼き頃に両親が消えた時からずっとだ。親友と事実上繋がりを絶たれて、余計に臆病になってしまったのかもしれない。
「(でも何だかんだ言って人が好きだから、結局戦うことを止められないんだよなぁ……)」
辛いなら、怖いなら、戦うことを止めればいい。しかしそれで大切な人が奪われるのが嫌だから、やはり戦うしかない。力を、ドライバーを手にしたあの日から、俺は戦いを降りることはできなくなってしまった。
「まあ、そんなところかな。俺の話は」
ケロッと、辛気臭い雰囲気を紛らすように笑みを浮かべてみるも、傍から見ればそれは自嘲の笑みにしか見えなかったことだろう。先ほどもニコたちに勘付かれたように、俺はポーカーフェイスが苦手なのかもしれない。
しかし誰も声を出さないものだから完全な自分語りになってしまっている。自分の不幸をつらつらと述べていく様を見て、普通は不快な気持ちになるだろう。
「葛木」
久しく聞いていなかったニコの声。俺の名を呼ぶその短い声の中に、どんな感情が潜んでいるのか、今の感傷的になった俺では到底量ることはできなかった。いや、量りたくなかった。どうしても恐れが憑いてまわってしまうのだ。絵里の一件が相当響いているのだろうか、彼女たちから発せられる拒絶の言葉に酷く怯えている自分がいた。
しかし目を背けることはできない。例えそれがどんな言葉であっても。
そして、ニコの顔を見んとゆっくりと視線を上げたその瞬間──
「ふんっ」
「っ、いってっ!? ……っ? ……?……!?」
突如として額に襲い掛かってきた軽い衝撃に驚いてしまい、対してダメージを食らっていないにも関わらず大げさに反応してしまった。一瞬何をされたのか分からなかったが、額を押さえながらニコを見ると、俺に向かって指を伸ばしているのが見えた。
──デコピン……されたのか俺は?
「……バカね」
呆気にとられている俺を、ため息をつきながら呆れた眼で見つめるニコ。
「バカよアンタは」
もう一度、ダメ出しするように俺を乏しめるニコ。しかしその言葉に棘は全く感じられなかった。
「そんな話聞かされたって……今更嫌いになれるわけないじゃない」
今度は静かに、しかしやるせない感情を隠そうともせずにニコは言葉を絞り出す。
「アンタね、中途半端なのよ。私たちを必要以上に巻き込みたくないとか言っておきながら、私たちが離れていくのが怖いだなんて。どっちつかずの子どもみたいな事ばっか言ってるじゃない」
「子どもみたいって……別に我が儘を言ってるわけじゃないだろ。いざとなればどっちを取るかなんて明白なわけだし……」
好き勝手言われるのが嫌でつい反論してしまうが、それでも心の奥底に残るしこりは取れそうにはない。彼女たちが平和に暮らせるなら、彼女たちに嫌われたって問題ない……なんていうのは綺麗事だ。心の部屋の隅に置かれたオブジェの如くの綺麗事。いつも掲げているけど、実際には何の役にも立たない実用性皆無の置物。人はそれを虚勢と言うらしい。
「何よ強がっちゃって」
「強がりに見える?」
「……じゃあ聞くけどアンタ……"なんでそんなに怯えた眼してんのよ"」
「っ……」
しかし彼女の前ではそんな虚勢は無いに等しいものだった。彼女の言葉は呆気なく虚勢を破壊し、俺の心を曝け出す。
「ふんっ、前のお返しよ」
してやったり顔で、しかし誇ったような声色は出さずにニコは話す。そして思い出す。俺とニコが初めて会った日、俺はそれと同じ言葉を彼女に投げかけていた事を。まさかこの場で意趣返しされるとは思いもしなかったが。
「葛木。この際だからはっきり言っておくわ。私たちはね、もうアンタを無視できないのよ。私たちと一緒にラブライブ!を目指すって約束したんなら最後まで付き合ってもらわないと、収まりが悪くなるじゃない。アンタが嫌だって言っても、こっちから迫いかけて行ってやるんだから」
「え、えぇぇ……」
彼女のそのあまりにもエゴに満ちた論理にまたもや呆気にとられてしまう。人に子どもっぽいと言っておきながら、自分だって十分自分勝手な理論を振り回してるじゃないか。それでもいつも通り自信満々に話すニコに、無意識ながらも助けられているのも事実だった。
「お……お前も結構我が儘じゃん」
「アンタにはそのくらいしないとダメってことがよく分かったからよ。でもこれだけ覚えておきなさい葛木……私はアンタを見限らないから」
「っ」
今までの勝気だか気だるげだか分からない態度から一転、真っ直ぐ見据えた瞳と、その芯の通った言葉に思わず息を飲んでしまう。
「私だけじゃなくて、きっとみんな同じ事を言うわ。はぁ……アンタって本当に好かれてるわね」
今度は呆れたように溜息をつきながら出るニコの言葉に、凛ちゃんと花ちゃんも同意するかのように笑って頷く。
「要するによ、アンタが心配する事なんて何もないってこと。それでも、私たちの中でアンタを信用できないって奴がいたら、私がはっ倒してやるわ」
「……」
コイツの辞書には腰が引けるという言葉はないのだろうか。元々意識の高い奴だとは思っていたがここまでとは……。しかし自信に満ち溢れた彼女の姿はとにかく輝いていて、そして気高くも思えた。一歩違えば傲慢にも取られかねないその勝気な姿勢が今は嬉しかったし、それに……少し憧れてしまった。
だから──
「ふふっ……」
「?」
「あっははははははっ! お前良い奴だなぁ~!」
「ちょ!? ちょぉぉおおおっ!? なっ、何してんのよぉぉぉぉ~!?」
身体を背けて油断しているニコに急速に迫り、がばっと背中から抱きかかえてがしがしと頭を撫でまわした。叫びながら嫌よ嫌よ身体を揺するが、一向に俺の束縛から逃げだせる気配のないニコ。しかし当の俺はそこまで力を入れておらず、彼女は逃げだそうと思えば簡単に逃げだせるはずだった。なのにそれをしないってことは……。
「じゃあこの腕取っ払って逃げりゃいいじゃん」
「今の話の流れで私にそれをやれって!? どんな試し方よ!?」
別に試したわけではないのだが、まあちょっと意地悪な事をしてしまったかもしれない。と言っても、実のところ嬉しさのあまり思わずやってしまったというのが本音だ。それでも俺を拒まなかった彼女には嬉しさが増すばかりだ。
ともあれこのままだとまた花ちゃんにどやされるかもしれない。俺は未だ腕の中でぶつぶつ呟くニコを解放した。そして花ちゃんだが、凛ちゃん共々突然の事に目を見開いたまま固まってしまっていた。解放されたニコの顔も、今まで見た事無いくらいまでに赤く染まっていた。
「あ、アンタね……」
「ごめんごめん。でもさ、本当に嬉しかったから」
「分かってるわよ。でも、だったら尚更私たちから遠ざかるようなことはしないでよね」
「そ、そうだよ。凛もね、もうコーガさんのいないμ'sは考えられないにゃ」
「私たちは鉱芽さんの前からいなくなるつもりはありません。でも鉱芽さんが辞めるなんて言いだしたら、花陽は止めちゃうかもしれません。ちょっと我が儘ですけど」
「だからさ……にこ達が怖いとか、そんな悲しい事言わないでよ……」
事情を全て話すことに消極的だったさっきまでの自分が恥ずかしくなるくらい、彼女たちは俺を受け入れてくれた。しかし話していくうちに言葉がどんどん小さくなっていくニコ。ずっと強気だった彼女に、ようやく弱さが見えた瞬間だった。拒絶されるのが怖いと言いながら、その実、拒絶しているのは当の本人である俺だったのだ。そのことでニコを傷つけてしまったのかもしれない。
「ごめんな」
そう言ってまたニコの頭にポンと掌を乗せた。
「アンタほんとによく謝るわね。それに人の頭を撫でるの趣味なの?」
「いや、ちょうどいい高さのところに頭があるからさ」
「あぁ、そう」
さっきの衝撃より幾段か劣るのか、もはや動じないニコ。今度はまるで抵抗せず頭を撫でられるがままであった。しかしニコにも言及される当たり、どうも俺は謝ることの多い人間らしい。もう少し気を付けるか……いや、多分治らないだろうなこれは。
「まあ、なんだ。少しだけど……自信持てたよ。みんな、ありがとう」
少し照れくさく、たどたどしい物言いになったが、三人共何も言うことなく頷いてくれる。何の自信かなんて言わなくとも気付いていた。
──みんなと共にいてもいいという自信。
ことり達は成り行きとは言え、全てを知ってもらっているから安心していられる。だがニコを初めてとした他のメンバーが"葛木鉱芽"を知った時、果たして今まで通りでいられるのか。そんな不安を拭えずにいたが、今のニコたちを見て安堵したのだ。自分は彼女たちと共にいられると。俺を知ってもらっても大丈夫だと。
「で、これからどうするの?」
「そうだな……穂乃果と海未ちゃんにも明かしてみるかな」
「逆に言えば他の四人は知っていたのね……」
となればやることは明白だ。恐れることなかれ。彼女達にも伝えよう。そしてきっと受け入れてくれるだろう。何故かは分からないが、そんな確信が持てた。そしてニコだが、敗北感か疎外感かは分からないが少しがっかりしたような表情を浮かべていた。
「よしっ! じゃあちょっと参拝でもしてくるか」
少しだれた空気を取り払うために、手を叩き、勢いよく立ちあがってみんなを誘いたてる。
「な、何よいきなり」
「別に。まあ言うなれば、ちょいとした願掛けかな?」
そしてまるで悪だくみする子どものように挑発的に笑ってみせる。もはや心配ないと安心してくれたのか、ニコ達の顔からも笑みが零れてくる。ようやく笑わせることができたと、今日初めて彼女たちに勝てたような気がした。
「よかったわ……」
「え?」
「っ、別に何でもないわ。ほらっ、さっさと行くわよ」
「はいはい……くすっ」
彼女が素直じゃないのは分かっている。だから必要以上に入り込むようなことはしない。ニコの照れと安堵の混ざった貴重なボイスは俺の記憶の中に留めておこう。顔つきの柔らかくなったニコに逆に急かされながらも、ようやく元の関係に戻ってこれたような気がして嬉しかった。いや、きっと前よりもみんなとの距離は近づけたと信じている。
「ん?」
しかし、本殿に向かうために広い石畳の上を辿ろうとした時だった。
「あれ? あの人って……」
花ちゃんもこちらに近づいてくる人影に気付いたようだ。夏真っ盛りだというのに全身スーツの男性が、境内へと足を踏み込み、悠々と闊歩していた。それだけなら花ちゃんが気にすることなど無かったのだが、よく見れば彼女の顔に僅かな衝撃が走っていたのだ。そしてそれはニコも同じだった。何故なら彼は、彼女たちがよく知っている存在だったのだから。
そして彼を知っているのは俺も同じだった。普段見ているサイクルジャージのような軽い服装ではなく、ダークなスーツに身を包んでいるが、そのトレードマークのバンダナとグラスは健在している。間違いなく俺が知っているあの男だった。
「よぅ、元気してるか?」
「あ……あなたは……っ!?」
俺たちの前で立ち止まったその男は、嫌に清々しく軽い態度で挨拶をしてきた。その顔を何度も見ているであろうニコと花ちゃんは、驚きと感動からか身体が震え出している。まあ、そうだよな。もはやここまで来れば彼の人気は並のスクールアイドルのそれを優に上回る程のものだろうし、いつもネットで彼の姿を見ている二人からすれば芸能人に会ったにも等しい衝撃に包まれているのだから。
「「DJサガラ!」」
「……誰にゃ?」
知らんのかい! とは凛ちゃんに向けたツッコミだ。あれ? μ'sの動画が終わったら大体サガラの解説が始まるものだが、もしかして凛ちゃんそこまで見てない……のか? そんな凛ちゃんに別段反応することなく、サガラは自分のペースを乱さず喋り立てる。
「まさかとは思っていたが本当にここでμ'sに会えるとはなぁ」
「あ、あの……どうしてここでって……?」
「そりゃアンタ、視聴者方からのメールでよく神田明神で見かけるって情報が来るからに決まってるじゃないか」
あくまで人目の付く場所だからか、彼の口調はネットでみるいつものような軽い様子ではなく、それよりも幾分落ち着いたものだった。しかし彼の口ぶりからすると、ここまでμ'sに会いに来たということなのか? とすれば俺がいるのも少し問題な気がする。アイドルの彼女たちの中に一人男がいるという状況は、全国のファン様方には宜しくない案件だろうから。
「おおっと、別にアンタの事も"よく知ってる"が問題はないぜ。別に俺はアンタを排除しようって人間じゃない。スクールアイドルが誰と関わろうがわざわざ取り立てたりはしないさ。俺はただ……見守るだけだ」
「そう、か……?」
「ああ」
俺の考えている事もお見通しなのか、わざわざ心配いらないと声をかけてくれるサガラ。一見説得力のないその場しのぎの言葉にも聞こえるだろうが、どうしてだろうか、俺は彼の言葉一つ一つに、得体の知れない絶対的な何かを感じた気がした。その言葉を信じる信じない以前に、彼という存在に逆らうこと自体が無駄だと思える何かがそこにあった。だが少なくとも今は、サガラの、俺がスクールアイドルと関わってようが問題はないという言葉を信じる他なかった。
「誰が何と言おうと葛木は私たちの仲間よ。今更追い出す気なんてさらさら無いわ」
「ニコ……」
しかし俺がこんなザマだと言うのに、ニコはまるで臆することなく、さっきまで憧れの目を向けていたサガラに対しても言いきった。そんな彼女を見てると嬉しくて、また頭でも撫でたくなるくらいだ。
「おぅほほっ、これは強いことを言う。流石──」
あくまでも想定内の反応だったのか、満足気に笑うサガラ。彼は言葉の途中で一息をいれ、そして──
「──女神の一人というところか」
『──始まりの候補の一人というところか』
「っ? (え? 今なんて……?)」
その瞬間、俺にはサガラの声がダブって聞こえた。彼の口の動きからは得られるはずのない別の言葉が、副音声のように俺の耳に届いたような気がしたのだ。一人の人間から二つの声が聞こえるなんてありえないことだ。しかしニコ達の様子を見る限り、どうやら彼女たちには聞こえていないようだ。やはり俺の勘違いだったのだろうか……?
「冷やかしみたいな感じになって悪いが……まあ、頑張ってくれ。俺はいつでも見守っているからな」
どうやら参拝などではなく本当にμ'sに会いにきただけのようで、サガラは彼女たちに踵を返していく。背中越しに右手を上げてかっこよく立ち去ろうとするサガラ。
しかし彼が俺の隣まで歩いてきた時だった。
「お前がどんな選択をするか、楽しみにしてるぜ」
「!!」
すれ違いざまに、ポンッ、と、ただそれだけ。
サガラが俺の肩に僅かに手をかけた瞬間、俺の身体を得体の知れない何かが走り抜けたような感覚に包まれた。今まで感じたことのない何か。インベスと対峙した時よりもずっと強烈な圧力が俺の身体を押しつぶさんとしているようだった。
「っは……っぁ!?」
「葛木!?」「鉱芽さん!?」「コーガさん!?」
全身の筋肉が、脳が、心臓が、肺が押しつぶされそうな感覚。息が詰まりそうになり、思わずその場に膝を付けてしまう。いきなりのことに皆慌てて俺の元へと駆け寄ってくるも、俺はすぐさま後ろを振り向いてサガラの姿を探した。
「え? (いない……?)」
しかし彼の姿は境内のどこにもなかった。突如として姿を消したサガラに気を取られていた俺だが、周りの三人はそれどころではなく、腫れ物を触るように丁寧にペタペタと額やら首元やらを触っていく。
「鉱芽さん! だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、ごめん。ちょっと立ちくらみで……はは」
「でも汗だくじゃない!」
ニコと花ちゃんがハンカチを出して拭いてくれたことで、ようやく全身に汗をかいていたことを知った。彼女たちが傍にいることに安心したのか、俺はようやく自身の息の乱れや全身の震えなどを知覚することができた。逆に言えばそれまでは、あまりの圧力にそれらの感覚が麻痺していたということなのだが……。
「(サガラ……あいつは一体……?)」
ツバサが以前「不安」だと言ったことが少し分かったかも知れない。アイツは多分、普通じゃない。次に会った時は少し警戒すべきだろう。
「落ち着きましたか? 鉱芽さん」
「う、うん。ありがとう花ちゃん」
「むー、凛もタオルで拭いたのにーっ!」
「あっはは、凛ちゃんもありがと」
何はともあれ、ここに彼女たちがいてくれて助かった。このまま彼女たちに介護されたまま穏便に一日が終わってくれたらいいのだが……。
しかしこの世界は甘くない。特に俺に対しては……。
『──ピピッ──ピピッ──』
「っ」
俺の端末から鳴り響く電子音。悲しいかな、恒例の変身タイムだ。既に説明しているから彼女たちもこの音がクラック出現のものだと理解している。その為か、彼女たちの目の色も変わるのが分かった。
「んっしょっと。じゃあちょっと行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今の今で行かせられるわけないでしょ!?」
「そうだよ! それに、コーガさんの言った通りだったら、もう一人変身できる人がいるんでしょ? その人に任せればいいんじゃ……」
立ちくらみ、と説明したばかりでニコと凛ちゃんから出動反対の声があがる。花ちゃんも口には出さないが、その目は行ってほしくなさそうな空気を醸し出している。立ちあがった俺を再度座り込ませようと肩に手を置こうとするも、俺はそれを享受することはできなかった。救いの手から逃げるように彼女たちから距離を取る。その時のニコの傷ついた顔がまた一つ俺の心に突き刺さる。でも──
「悪い。でも行かなきゃだめなんだ。誰かが、とかじゃなくて、俺がやりたいんだ。義務や使命とかじゃなくて、それが今の俺のやりたいことなんだ。だから……ごめん、行かせてくれ」
その言葉に嘘はないと証明するように、俺は彼女たちの目を真っ直ぐ見つめた。目を細めてこちらを睨みつけるニコだったが、やがて目を瞑ると軽く溜息をついた。
「……分かったわ。早く行きなさいよ」
腕を組み、そっぽを向きながらもニコは許してくれた。頬が少し膨れているのは可愛らしいが、本心ではやはり行ってほしくないのかもしれない。それでも三人とも引き留めようとしないのは、俺の気持ちを酌んでくれた結果なのだろう。
「その代わり、無事に帰ってきなさいよね。ふんっ」
「頑張ってくださいね、鉱芽さん」
「また明日にゃー!」
それに彼女たちは俺を信じてくれている。また無事に会える事を、また共に練習出来る事を。だから彼女たちの目には悲しみなんてない。その希望に満ちた眼は、俺にも元気をを与えてくれる。さっきまで感じていた疲労感なぞとうに消え去っていた。
「おうっ!」
彼女たちの想いを背に浮け、俺は走り出した。
全力で駆け出し、上ってきた階段の手前で踏み込み、空へ向かって勢いよく飛び出す。
そして──
「変身!」
天より顕現した鎧武者は、同時に召喚された桜色の鉄塊と共にビルのジャングルの間を疾走していった。
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葛木が走り去り、完全に姿が見えなくなった境内では、どこか寂しい風が吹いているような気がした。後ろの二人はアイツを笑顔で見送れたけど、私は相も変わらずふくれっ面のままだった。戦いに行くことに反対した手前、素直に笑顔になれるほど私は軽い人間じゃないわ……なんてただの言い訳ね。私も素直になれればどれほど楽だったか……。全く、私も真姫のこと言えないわね。
「かよちん、にこちゃん」
葛木が消えた方角を向いて一人憂いていたその時、私の耳に凛の声が届いた。
「凛ね、多分だけど、本当のコーガさんって甘えたがりな人だと思うんだ」
「え? どうして凛ちゃん?」
「前にコーガさんと穂乃果ちゃんと真姫ちゃんと一緒に、コーガさん
「ちょっと待った! 家政婦って何!? アイツの家もそんな感じなの!?」
真姫の家の別荘の時も料理人で驚いたけど、葛木も葛木で家政婦なんて……! って、あぁ……そうね……大スター葛木舞衣の家なら納得だわ……。
「にこちゃん、話が進まないよぉ……」
「んぐぅ、悪かったわね……で?」
「あ、それでね、コーガさん、その人と話してる間、何て言うか、すっごく子どもっぽくて……今まで見た事ないくらい甘えてたような、そんな感じがしたの。目がキラキラしてて、声も生き生きしてて……だからコーガさんって、元々甘えたがりな人なのかなぁ……って凛思って」
「まあ……そんな気がしたわ」
今日のことでよく分かったのは、葛木は心の底では人と触れ合いたがっているということ。究極を言ってしまえば、凛の言う通り甘えたがりな人とも言えるわね。そうでなきゃあんな大胆に頭を撫でようなんて思わないわ。もうっ、さっきの思い出して顔が赤くなりそうじゃない……っ。
「甘えたがり。にこちゃんと同じだね」
「は、はぁっ!? だ、誰が甘えたがりよ!」
「あぁ~赤くなってるにゃ~」
「うるさい!」
花陽の発言に即座に噛み付くも、折角抑えた顔の熱が再発してしまい、凛に余計に煽られる始末だ。年上の威厳なんてあったもんじゃない。でもそれは今日の葛木も同じ事だった。人とのつながりに臆病なアイツは、年上の男性と言うよりも、孤独に怯える子どものように感じられた。
「……アイツ、甘えられる人がみんないなくなっちゃったのよね」
葛木がかつて身を寄せていた相手は、入院したり、身を引いたり、そして自身で手にかけて、今はほとんどいない。甘えられる人がいないっていうのは辛いことなのよね。私も家庭の事情でだけど、今までママにしか甘えられなかったからよく分かる。他の人に頼ることもできないから、全部自分で抱え込む。葛木も似たようなものなんだと思う。でも今の私は……なんて、これ以上言う必要はないわよね。葛木も、今のμ'sが同じように心の拠り所になればいいのに……。
もしくは、既に誰かが葛木の救いになりかけてるのかしら? ことりとか絵里とか……?
「……ん?」
葛木に対しシンパシーを感じ、愛情にも似た思いを抱いていた時だった。再度私たちの元へと近づいてくる影が視界の端に映った。
『……』
「な、何よ……?」
私たちに近づいてきた影──中学生くらいの歳の男の子は、すぐさま声を発することもなく、その場で立ち尽くしたままだった。まるで私たちを値踏みするかのように観察しているようでいい感情はしないわね。
『ここにいないで。君たちは、見守るべきだよ』
「え? 何、を?」
『お願い。鉱芽の元へ行って』
「っ!?」
口を動かして声を出しているというのに、その声は耳からではなく脳から直接聞こえているような感覚だった。だからこそ、この少年の『葛木の元へ行ってほしい』という願いを素直に受け入れるべきだという気持ちすら浮かんできた。いや、正確には『戦っている鉱芽を見守ってほしい』という願いでしょうね。何故だか分からないけど、彼の言葉の裏にある真意すら私たちは感じることが出来た。だけどそんなの、アイツが望んでいる事じゃないわ。
「そんなの、アイツがいいって言うはずないじゃない!」
『それでも、君たちには彼の戦いを見届けてほしいんだ』
「葛木の邪魔になるつもりはないわ!」
「にこちゃんっ。ねえ君、名前は何て言うの?」
『……ラピス』
花陽に抑えられながら、私は少年──ラピスの言葉に落ち着いて耳を傾けることにした。
「ラピス君、どうして鉱芽さんが戦ってるって知っているの? それと、私たちが行かないといけない理由って何なの?」
『……僕は君たちよりも昔から彼を知っている。そして君たちは、もう彼を取り巻く舞台の一部になってしまっている』
「え? 舞台の一部って何?」
『それは──』
ラピスが次の言葉を発しようとした瞬間、彼を形作る線が二重や三重にぶれたような気がした。それと同時に苦虫を噛んだような表情を浮かべるラピス。何事かと思っていると、次第に彼の姿が薄くなりつつあるのが分かった。
『ごめん、今話せるのはここまで。お願い。鉱芽の元へ行って』
「あ、ちょっと──」
それだけを残して、彼は空気と一体化するようにして完全に姿が消えてしまった。
「どうするの? にこちゃん……」
ラピスがいなくなり、これ以上の情報を探る事ができなくなってしまった私たち。となれば後はこちらの決断に委ねられるということだろう。そして花陽は恐らく、葛木の元へ行くか行かないかを尋ねているんでしょうね。
「……アンタたちはどうなのよ?」
「え?」
「行きたいの? 行きたくないの?」
なんて、我ながらズルいことを聞いてしまう。せっかく葛木に迷惑をかけたくないからと自制していたのに、こんな事を聞かれたら答えは一つでしょうに。
「私は……行きたい」
「凛も」
「はぁ……ほんっと、バカね……」
案の定、二人とも葛木が心配で行きたいと言い出す。バカよ。ほんとバカ。でもバカなのは彼女たちだけじゃなく、私もだ。私も本当は行きたい。
あの強がりで寂しがり屋のバカの所へ。
「見送ったばかりでちょっとカッコ悪いけど……」
それでも行きたい気持ちは抑えきれなかった。アイツが自分のやりたいことを通してるんなら、私たちだってそうさせてもらうわ。
「(でも、アイツの邪魔にだけは……)」
そうならないことを願いながら、私たちは葛木が去っていった階段目がけて駆け出した。
武者達の邂逅は近い……。
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