ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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~前回までのあらすじ~
鉱芽の隣にいる自信がないと落ち込んでいたことりは、凰仙の言葉を受け、再び鉱芽を支える決意を固める。一方にこ達に自分の過去を打ち明けた鉱芽もまた、にこ達の言葉を受けて自信と勇気を抱く。そこへサガラ、そしてラピスが現れ、鉱芽たちに謎のメッセージを残して消えていった。

それではどうぞ。


第74話 表舞台の白武者

 夏の日差しを避けるように木々の影で身を涼めながら、私の視線は同じ公園内で遊ぶ子どもたちに向けられていた。私たちにとっては早すぎる新学期だったけど、あの子たちはまだ楽しい夏休みの途中なのよね、と少し羨んでしまう。笑顔ではしゃぐ彼らを見ていると私まで笑顔になってしまいそうだ。

 しかし、隣で座る穂乃果と海未は、固い表情のまま私を見つめていた。表情と言っても二人の出す感情はそれぞれ違っている。穂乃果からは驚愕、海未からは哀情の気持ちが伝わってきた。

 

 まず、私は鉱芽に謝らなくてはならない。

 

 私は彼の許可なく勝手に伝えてしまった。

 

 鉱芽の過去を……鉱芽が苦しんだ経験を、彼女たちにも教えてしまったのだから。

 

 もしかすると鉱芽に失望されるかもしれない、嫌われるかもしれない。それはすごく怖い事だけど、それでも私たちは彼の事情を知らなければいけないのよ。

 私は、鉱芽の臆病な人柄を知ってしまった。親友に怯えている事を知ってしまった。また誰かが離れていく事への恐怖を知ってしまった。子どものように震えて抱き付かれたことを昨日のように覚えている。怖がりで、甘えん坊で、悲しくて……そして愛しい彼の姿。

 鉱芽は今後もその恐怖に囚われたままなのかしら……いえ、きっと変えられるはずよ。だって、鉱芽は弱くなんかないものっ。私を変えてくれた彼は、きっと変われる……過去に怯えない自分に変われるって信じているから。

 

 だから私は鉱芽を変えるって決めたの。

 

 そのために先ず彼に、自分を受け入れられる人間が他にもいると知ってほしかった。鉱芽の闇を知ってもなお彼と共に歩もうとする人は私たちだけじゃない。きっとμ'sのみんなも同じ気持ちでいてくれるって、そう確信していた。だから先ずは穂乃果と海未に、あの日真姫から聞いた全てを伝えたの。

 

 

「私は見てしまったの。鉱芽の壊れかかった心も、彼の怯えてる姿も。私、ずっと近くに居たのに、鉱芽が泣きたいのを我慢していたのにも気付けなかった……っ。だから私はもう彼の傍を離れたくないの。鉱芽が怯えるからじゃなくて、彼が変われるようにっ」

 

「絵里ちゃん……」

 

「それで……あなた達はどうなの? 鉱芽は、その……多分これからもインベスを倒すと思う。それが元々人間であっても。それでも、二人は鉱芽から離れずにいられる……?」

 

「絵里……」

 

 

 たかが聞くだけなのに声が震える。私を案じている穂乃果たちの声すら、憐れみの声にすら聞こえかねないほど私は緊張していた。二人なら大丈夫と確信していた当初の自信は既になかった。

 

 

「それでも鉱芽と共にいられる? これからも鉱芽と一緒に練習しようって思える?」

 

「え、絵里、少し落ち着いて──」

 

「鉱芽を嫌いになったりしない? 鉱芽が怖くなったりしないっ?」

 

「え、絵里ちゃん!」

 

 

 落ち着きは消え、焦燥だけが身体中を走っていく。焦りが強過ぎて言葉と共に海未の肩を掴んでしまう。だけど、言葉を紡ぐ度に不安が大きくなって、もう耐え切れそうになかった。

 

 

「お願い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉱芽を……見放さないで……っ」

 

 

 最後に絞るように出た涙混じりの声は、いつしか問いかけから懇願へと変わっていた。

 

 

「絵里……」

 

「……」

 

 

 鉱芽の孤立を心配していた私までが彼女たちの返答に怯え、無様に肩まで震えていた。本当は私も怖かった。

 私は一度、鉱芽を拒絶してしまった。そのことが彼の心を痛め付けたことも知ってしまった。でもだからこそ、これ以上彼に同じ思いをさせたくはなかった。彼を変える以上に、彼に同じ事でこれ以上傷ついてほしくなかった。

 

 鉱芽が報われてほしかった……。

 

 だって、私は……。

 

 

「絵里。貴女、鉱芽さんのことが好きなのですね」

 

……ええ

 

 

 海未の確信めいた言葉、そして子を宥める親のような優しい声色に、私はようやく落ち着きを取り戻し、静かに答えた。でも、もう「好き」なんて言葉で片づけられるものじゃないわ。

 

 

「愛してるわ。心の底から」

 

「絵里ちゃん……」

 

「ふふ、ごめんね穂乃果。スクールアイドルがこんな事言うの、はしたなかったかしら?」

 

「そ、そんなことないよ! それだったらことりちゃんだって──」

 

「穂乃果っ!」

 

「──あっ……」

 

 

 正直に心の思うままに話したことでいくらか安心できたのか、笑いかける余裕も生まれてきた。うっかりことりも鉱芽の事が好きだと口を滑らせてしまった穂乃果と、それを咎める海未が面白可笑しくて思わず笑みが零れてしまう。

 

 

「くすっ……でも、それなら知ってるわ。ことりの事は」

 

「え? そうなの?」

 

「ええ。だから、今日ことりが鉱芽と関わろうとしなかったことが心配だったのよ。あれだけ鉱芽の事で怒れる子がどうしてって……」

 

 

 まだ私がμ'sに入る前に、鉱芽の事を適当に吐き捨ててことりを怒らせたことを思い出す。今考えても、ことりがあそこまで怒るってよっぽどの事だったのよね。好きな人を侮辱されて怒らない人なんていないわ。と、当時を思い出し、愚かだった自分に苦笑してしまう。

 でも、そんなことりがまさか鉱芽と距離を取るだなんて……。ことりだって鉱芽の闇を知っているはずよ。そして彼女は鉱芽を受け入れると本人に誓った。そこに含まれていた決意は相当のものだったはずだ。だからこそ、今日の彼女の異変が心配で仕方なかった。彼女が鉱芽を見放すとは考えられない。でも形としてもそうなってしまえば、鉱芽はまた傷ついてしまうかもしれない。そうなれば私はことりと、そしてそれを防げなかった自分を許せなくなる。

 

 だけど今はことりの事より、目の前の二人の問題が大事よね。

 

 

「ごめん、少し話がズレたわ。それで、二人は……」

 

「大丈夫だよ絵里ちゃん」

 

「え?」

 

 

 話題を鉱芽の話に戻そうとしたところで、穂乃果の太陽のような笑顔が私を包み込んだ。それと同時に再び襲ってきた不安も途端に吹き飛んでしまった。

 

 

「大丈夫って、鉱芽の?」

 

「うん! そりゃあ確かに話を聞いてちょっとショックを受けたりもしたけど、でもっ、鉱芽さんが優しいのはこれだけ一緒にいれば十分わかるし、苦しんでいるんだったら私だって助けてあげたいよ」

 

「穂乃果……」

 

「それに、やっぱり鉱芽さんがいなくなるの嫌だもん……これからもずっと練習を見ていてほしいもん!」

 

 

 そう笑顔で言う穂乃果の言葉は、いとも簡単に私の抱く疑心を消し飛ばしてくれた。難しい事なんて考えず、ただ鉱芽がいる事を望んでいた。そう、分かってたはずなのに、この子なら大丈夫って信じてたはずなのに、それにも関わらず少しでも疑ってしまった自分を恥ずかしく思ってしまった。

 

 

「ええ、そうね……そうよねっ。ありがとう穂乃果」

 

「うんっ」

 

「あの二人共、私を忘れてませんか? 絵里、私も同じです。私も、鉱芽さんを見放すなんてことはありません」

 

「海未……」

 

 

 優しいけどしっかりと芯の通った彼女の言葉が胸に響く。だけど、穂乃果と違ってあまりにも落ち着きすぎている。言われるまでもなく、既に心が決まっていると言わんばかりの、まるで知っていたかのような海未の佇まいが。

 

 

「ですが、一つ謝らせてください」

 

「?」

 

「私は、その……鉱芽さんの話を既に聞いていました」

 

「……そうだったのね。誰から聞いたの? また希から?」

 

 

 懸念通り、私が告げるまでもなく海未はこの事を知っていた。横で穂乃果が驚いたような顔をしているから、多分よく一緒にいることりからではないと思うけど……。

 

 

「それは……」

 

 

 言い出しにくいことなのか、口を開こうとするたびに躊躇いの表情が出てくる海未。しかし少しの思案の後に何か決心をしたのか、少し小さい声で「ごめんなさい」と呟くのが聞こえた。

 

 そして再び口を開こうとした、その時だった。

 

 

 ギュィィィィィィィィィン

 

 

 私たちの座る場所から少し離れた、公園のど真ん中でクラックが開いた。

 

 

「グオウオオオオオ!!」

 

「っ!」

 

 

 そこから飛び出してきたのは、悪魔のような捻じれた角を持った赤いヤギインベス。もちろん突如として現れた怪物に、園内の人たちはパニックになり散り散りになって逃げだしていく。インベスは一瞬世界を超えた事に気付いておらず、周りをキョロキョロ見回している。おかげでみんなが逃げる時間ができたけど、いつまでもこうはしていられない。

 私にも出来ることがある……いや、あったはずだった。私にできることは……と考えて懐に手をやった時に思い出してしまったのだ。

 

 ロックシードを持っていない事に。

 

 真姫から聞かされたインベスの真実、ロックシードの本質を知って以来、私はロックシードを手放し、依然そのままだった。受け取るのを忘れていたからじゃない。鉱芽のしていることに賛成できないと言った手前、軽々しくインベスを使役しようすることができなかったからだ。でも、命の危機となってみればそんな意地に拘っていたことに後悔してしまう。もし持っていれば、以前のように鉱芽が来るまでの時間稼ぎが出来たというのに……。

 更に悪いことに、他の人と違い未だ逃げていなかった私たちが目に付いたのか、インベスはこちらに向けて歩み出してきた。

 

 

「絵里!」

 

「っ、逃げるわよ!」

 

「グオオオア!」

 

 

 戦う力が無いのなら、逃げるしかない。弱肉強食という理念に当てはめるなら、今の私たちはどうみても弱者の立ち位置だ。立ち向かうことすら出来ないというのがとても歯がゆかった。

 

 

「グゥンッ!」

 

「伏せて!」

 

「きゃ!?」

 

 

 ヤギインベスの見覚えのあるモーションに全神経が反応する。両脇の穂乃果と海未の背中に手を当てて、自分共々地面に押し倒す。その瞬間、私たちのすぐ上の空間にヤギインベスの伸びた角が風と共に突き刺さる。以前はよけきれずに肩を掠めた角だけど、今回は躱しきれた。穂乃果も海未もあの角で怪我を負った様子はない。

 

 

「あ、ありがとうございます絵里」

 

「すぐ立って! 走って!」

 

「グルルアア!」

 

 

 角の伸びにも限界があるのか、インベスは私たちが走り去ると再び角を収めて駆け出す。つまりあの角の射程距離にさえ入らなければ大丈夫というわけね。

 

 だけど、そう楽観視するのも早すぎた。

 

 

「ブオォォン!」

 

「っ!?」

 

「っ、穂乃果!!」

 

 

 インベスが自分の角の届くギリギリの場所として、ビルの壁を狙ってきた。そして貫かれ抉られた大小様々な大きさのコンクリートの破片が、穂乃果へと襲い掛かる。あんなのに当たったら、例え命が無事だとしても大怪我は免れない! でも私たちにはどうすることもできない。穂乃果を庇うことも、突き飛ばすことも、コンクリートを弾くこともできない。

 

 

「ぁ……」

 

 

 そう、私たちには何もできない。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 瞬間、目の前を眩い閃光が走った。空中で小さい爆発が起こったと思えば、固い暴力の山は跡形もなく消えてしまっていた。

 

 

「こう──」

 

 

 待ち望んだ存在が来てくれたのかと、いつもの青いスーツと三日月形の兜飾を期待し、光の発生源を探して首を動かしたけど……。

 

 

「──え……?」

 

 

 そこに居たのは私の期待していた青色ではなく、鎧武のそれとはまた違った、美しく気高い白色だった。武器こそ同じ赤い弓だけど、黄緑色の鎧や赤いドライバーなど、明らかに鎧武とは違う特徴を持つアーマードライダーだった。

 

 

「白いアーマードライダー……。じゃあ、あれが鉱芽の……」

 

「立花さん!」

 

「え、海未? え、ええっ!?」

 

「海未ちゃん知り合い?」

 

 

 海未が彼の名を、私が伝えてないはずの白いアーマードライダーの正体、立花道行の名を呼んだことへの衝撃は、私に思わず言葉を忘れさせるほどだった。どうして海未が立花さんを知っているのか。何故あのアーマードライダーを知っているのか。そんな疑問ばかりで頭がどうにかなってしまいそうだ。だけど、衝撃で頭がパンクしそうな私なぞ気にも留めず、白武者──斬月・真は高く跳躍し、私たちとインベスの間へと躍り出し、その得物であるソニックアローでインベスを斬り伏せた。

 

 

「ハアッ!」

 

「イギュアァァァ!?」

 

「あ、あのっ、立花さん──」

 

「下がって!」

 

 

 私たちは戦う斬月の指示に従いその場から後退を始める。そこでようやく心に余裕を取り戻した私は海未に問いかけることができた。

 

 

「ねぇ、海未。アナタ、いつ彼と知り合ったの?」

 

「それは……ほんの三日ほど前で……あの、絵里は彼とは?」

 

「いえ、名前だけで会ったことはないわ」

 

「そうですか」

 

 

 そのほんの僅かなやり取りの間にも斬月は容赦なくインベスへの猛攻を止めず、数度にわたる斬撃の末、私たちが気付いた時にはインベスは既に虫の息だった。

 

 

「ググルルルゥゥ……」

 

「……」

 

 

 膝を付き、尚も立ち向かわんとするインベスを眼前に入れつつも、斬月はまるで意に介することなくドライバーのレバーを押し込んだ。その機械的にも見える程の冷酷さが、最後に見た鉱芽の戦いと重なって少し恐怖を覚えてしまう。そうだった……私はあの日、鉱芽が裕太君を倒した日から、アーマードライダ-がインベスと戦う姿を見ていなかった。久々とは言えないけど、一度落ち着いてから改めてみる命のやり取りは、私にあの時の恐怖、悲しみを思い出させるには十分な要素だった。鉱芽が今なお同じ事を続けていると思うと、どうしても悲しくなってしまう。

 でも、だからといって怖がっていたら私は二度と鉱芽の傍に立つことなんてできない。そうよ、私は鉱芽を変えるって誓ったもの。だから私はもう逃げない。インベスにも、そしてそれを倒さなければいけないという非情な現実からも。

 

 

『メロンエナジースカッシュ!』

 

 

 ソニックアローに眩いほどの光が集まる。あとはその腕を敵に向ければ全てが終わる。そして今まさに振りかかろうとした、その時だった──!

 

 

 ギュゥィィィイィィィィィン

 

 

「ブウォォォォォォ……」

 

「なっ!?」

 

「な、何……あれ?」

 

 

 私たちの背後に新たにクラックが出現したと思ったら、そこから黒くて小さい何かが大量に飛び出してきた。一見大きな塊にも見えたけど、その塊から聞こえる耳障りな羽根の音が、それを蟲なのだと気付かせてくれた。そして一直線にこちらに向かってきた蟲は、私の眼前で一つとなり、一体の虫型の怪人へと姿を変えた。

 

 

「イギュアァァ!!」

 

「ひっ!」

 

「絵里っ!」

 

「くっ……ハァッ!!」

 

 

 目の前に突如現れた絶望に、私はどうしようもなく動けなくなってしまう。しかし怪人の鋭い爪が私に届くか否やと言うところで、目の前に緑色の閃光が立ち塞がった。それはさっきまでヤギインベスの相手をしていた斬月の斬撃だった。斬撃をまともに食らったはずの怪人だけど、それは少し吹っ飛ばされただけで未だ顕在していた。狙いが浅かったのか、目立ったような外傷は見当たらない。

 斬月はすぐさま臨戦態勢をとるも、ヤギインベスと虫型の怪人の両方から私たちを守るため、私たちに近づかざるを得なかった。その最中だった……。

 

 

「大丈夫──」

 

「え、ええ。ありがとう──」

 

「──リョウ?」

 

「っ……」

 

 

 斬月が……立花道行が私を見て何を勘違いしたのかは分かる。分かってしまう。何故なら鉱芽も同じだったから。鉱芽も真姫も、立花さんも皆、私を見て思い出してしまう。

 

 ──長谷川亮子の顔を……。

 

 それは仕方のないことかもしれない。でも私と彼女は違う。血のつながりもない彼女のために、私の顔を見るたびに勝手に過去を思い出されるのはもうこりごりだった。私は亮子さんじゃない。私は音ノ木坂高校の三年で、生徒会長で、μ'sのメンバーの絢瀬絵里よ! また嘗ての鉱芽みたいに弱音を吐かれても困るもの。もし私の事を彼女だと思いこむのなら、キツく言ってやらなければいけないわね。

 

 

「……」

 

 

 斬月は、私の顔を見て一瞬動きを止めてしまったけど、何かに気付いたのか、顔を背け、しばらく俯きで黙り込み、そしてこう言った。

 

 

「……ごめん、人違いだった」

 

 

 その結論を出すまでどれだけの思考があったのかは分からない。しかし、彼はこの一瞬の間で私と彼女が違うとはっきり認識した。どうやら私の心配は杞憂だったようだ。

 彼は強かった。一年近く会うことができず、死んだと聞かされたの人の顔にようやく会えた。それを別人だと認定するのは、一体どれだけの苦悩を伴うのか、私には分からない。でも彼はそれを乗り越えた。それは偏に、彼の精神の強さ、そして亮子さんを想う気持ちの強さだったのかもしれない。

 

 

「ギシュウウゥゥ……」

 

「コイツ……前に鉱芽さんを襲ったやつだ」

 

「え?」

 

「ギュアア……」

 

「っ、逃げてくよ!」

 

 

 穂乃果の言う通り、ヤギインベスがその脚をもたつかせながらもこの場から立ち去ろうとしているのが目に入った。もちろん斬月はそれを止めようとソニックアローを向けるも、今度は虫型の怪人が再び身体を無数の蟲へと変化させ、斬月へと迫っていった。

 

 

「ブゥォォォォォ」

 

「なっ!? うわあああアアアアッ!?」

 

「立花さんっ!!」

 

 

 蠢く闇のような蟲が斬月を飲み込んだ。斬月を捕まえた蟲はそのまま彼を連れて上空へと舞い上がっていく。そして身体の自由の利かない斬月を無情にもビルの壁へと打ちつけていく。斬月とビルがぶつかるたびにコンクリートが砕けて落下し、轟音を立てながら地面に衝突して砕けていく。見ているだけで痛々しい光景に目を背けたくなるも、敵の猛攻は止まるところを知らない。そして斬月を何度も痛めつけた蟲は、今度は急下降して彼を地面へと叩き付けたのだ。

 

 

「ぅぐあッ! かはァ……っ、ハァァアッ!」

 

「ギイッ!?」

 

 

 しかし叩き付けられても彼は動くことを止めなかった。斬月は次に来る攻撃が分かっていたのか、自分の真上で再びヒト型へと変化した怪人に向けて刃を振りかざした。まさかの強襲に斬り飛ばされ転がっていく怪人。しかしまだまだ体力に余裕があるのか、即座に立ちあがり、牙や爪を見せて斬月を威嚇していた。

 

 

 ギュッィィィィィィィン

 

 

「ブゥゥウウゥゥウ……」

 

「くっ、また逃げて……」

 

 

 しかし虫の怪人はそのまま戦闘を続ける事なく、虫の群れへと姿を変えると、再度現れたクラックの中へとその姿を消した。蟲がクラックに入るや否やそれは消滅し、それ以上の追跡は不可能となった。

 

 

「いてて……やっぱり捕まるとこうなるの……かぁ……」

 

「立花さん! 大丈夫ですか!?」

 

「なんとかね。ごめんね海未さん、心配かけて。だけど、さっきのやつがまだいるからさ」

 

 

 先ほどのダメージが相当のものだったのか、斬月はその場に膝を付いていた。それでもまだやる事が残っているためか、彼は変身を解くことなかった。海未の心配も他所に再び立ち上がる斬月。その真面目で無茶をしてしまう部分に鉱芽を空見してしまう。

 

 

「で、ですがっ」

 

「ごめん海未さん、また今度ねっ」

 

 

 そう言い残し、颯爽と走り去っていく斬月。最後にちらりとこちらを見た気がしたけど、気のせいではないでしょうね。そして斬月の去っていった方角をじっと見つめる海未は……。

 

 

「私も行ってきます」

 

「あっ、海未!?」

 

「海未ちゃん!? もうっ、私たちも行こう、絵里ちゃん!」

 

「えっ? え、ええ」

 

 

 海未まで行くなんて、予想だにしないことだった。まさか海未が自ら危険を冒すような真似をするなんて……。しかし放っておくわけにはいかず、穂乃果に急かされる形で私たちも海未を追いかけることにした。

 

 ──お願い……大事にはならないで……っ。

 

 今はそう祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 ──────────────────────―

 

 

 

 怪物出現の騒ぎから人気の居なくなった公園。そこへ足を引きづりながら再び赤い異形が姿を現した。斬月から逃れることのできたヤギインベスは自身の通ってきたクラックを見つけると、ドシドシと重い足音を立てながら近づいていった。

 

 しかしインベスの目的はクラックではない。

 

 正確にはクラックから伸びている植物、その先に生えている極彩色の果実にあった。

 

 地に膝を付け、無様に果実に手を伸ばしたインベスは、その実を一つとは言わず、二個三個と大量に摂取していく。くちゃりぐしゃりと無心に食い漁るインベス。やがてその身体に変化が訪れた。

 

 

「ン゙グ……ググ……グァガアァァァ……」

 

 

 身体中の筋肉が犇めき、蠢き、膨張を始める。自慢の角も大きく波打ち、その形を変えていった。

 

 

「グルォァァァアアアアアアアアアア!!」

 

 

 やがて咆哮と共に現れた生物は、もはやただのヤギインベスと呼べるものではなかった。

 

 

「な、何よあのインベスは……」

 

「グルルッ」

 

 

 己に向けて発せられた声に導かれ、インベスは振り返る。そこに居たのは、あまりに異常な変貌を遂げたインベスに慄く真姫たちの姿があった。店を後にした彼女たちは怪物騒ぎを聞きつけ、この公園までたどり着いたのだが、そこに居たのは見た事もない姿のヤギインベスだった。

 

 頭の角は四本に増え、肩からは歪な形の細い角が何本も、胸に悪魔の顔の如く凶悪な牙が生えそろっている。手の先には元々なかった鋭い爪が生えており、蹄だった足は先が分かれ、五本の爪を備える脚に変化していた。体表は元は黒かった箇所までもが血のように紅く染まっており、その背中から生えている蝙蝠のような翼がローブのように身体に纏わり付いている。

 

 ここまで変化すれば、もはや山羊とは言えない。正しく悪魔という言葉を具現化したようなインベスがそこにいた。

 

 

「グググ……」

 

「……」

 

 

 真姫達に狙いを定めたインベスはゆっくりとその脚先を向け、真姫とことりは持ち前のロックシードを掲げる。

 

 まさに一触即発の状況。

 

 そこへ──

 

 

「らぁっ!」

 

 

 空からオレンジ色(鎧武者)が舞い降りた。




前に鉱芽と戦い、今回再び現れたイナゴ怪人は、以前ミッチが対峙したものよりも強いです。
そしてまさかのインベスの突然変異……。

次回は少し短いかも?

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