遂に対面した鉱芽と道行。互いに抱く想いをぶつけあい、ようやく彼らは友に戻る事ができた。そして息の揃った連携でイナゴ怪人を倒した鎧武と斬月・真。μ'sは鉱芽の親友たる道行を笑顔で迎え入れるのであった。
それでは今回もどうぞ。
──結局、何もできなかった。
先日の鉱芽さんの晴れやかな笑顔を見た時、私の心にあったのは喜びと、そして少しの悔しさだった。ことりにだって──こんな私にだってやれる事はある、鉱芽さんを助けられる……なんて張り切っていたけど、結局鉱芽さんの心を救ったのは私じゃなく、彼の親友の立花さんたった。そりゃあ彼こそが鉱芽さんの心に残る一番の悔恨だったんだから、それを取り除けるのは立花さん以外にいるはずがないのは当然だよね。二人がようやく友達に戻れた時の鉱芽さんは、今までに見たことのないほど嬉しそうで、そして涙を流していた。二人の間に流れる空気に、私が入り込める余地なんて無かったんだと思う。
それでもやっぱり悔しいなぁ、とは思ってしまう。私だって鉱芽さんが大好き、いや愛してるもん。そんな鉱芽さんを助けるのも、私だったらよかったなぁ……って、ちょっと嫉妬してしまう。
──ううん、ダメダメっ。せっかく鉱芽さんがもっと笑えるようになったんだもん。私がこんなんじゃ鉱芽さんまた悲しくなっちゃうよねっ。
と、大好きな彼を思い起こして自分を奮い立たせ、久々にも思えるドルーパーズの扉へと手を伸ばした。この扉の先にはきっと彼もいる。
「こんにちは鉱芽さんっ」
あれから二日経つけど、鉱芽さんの背中の傷はもう塞がってしまったみたいなの。あれだけの傷なら普通は全治二ヶ月以上はかかってもおかしくないはずなのに、彼はそれがほぼ一晩で治ってしまったという。でも、いくら治りが早いといってもこんなの異常すぎる。しかも真姫ちゃんが言うには、前よりも回復が早くなっているらしいの。これもロックシードで変身してる影響なのかとことりも少し心配になってしまうけど、例えどんなになっても鉱芽さんは鉱芽さんだもの。彼が変わり果てたとしても、私は彼を受け入れるって誓ったもの……っ。
「ほらっ見てみてミッチ。これ、俺が作ったスイーツ。どうよ。ささっ、食べて食べてっ」
「えっ、あぁ、は、はい。あ、あの鉱芽さん……?」
「それとさ、近くにいい店見つけたからさっ、今度一緒に行こうぜっ」
「そ、そうですね」
「……あれ?」
さっき心の中で改まったはずの自分の覚悟が少し……ほんの少しだけ揺らぎそうになった。目の前では何がどうなってしまったのか、目を輝かせて立花さんに絡みまくる鉱芽さんの姿が映っていた。立花さんも引き気味なのにまるで意に介さず、鉱芽さんは落ち着きなく立花さんに話しかけようとするばかり。今までとはまるでかけ離れた態度の鉱芽さんに私と、そして後ろについてきている穂乃果ちゃんと海未ちゃんは表情を硬くしてしまう。
「よっ、ことり! 穂乃果と海未ちゃんも! もうみんな来てるよ、ほらっ」
そんな彼の視線の先を見ると、既に私たちより先に到着していたμ'sのみんなが、これまた私たちと同じように今の鉱芽さんを物珍しそうに眺めていた。ああ、やっぱりみんなも今日の鉱芽さんの態度がはっちゃけ過ぎてるって思ってるんだなぁ……。同じく店内で働いている最中の板東さんと尾崎さんは完全に知らぬ顔を決めている。多分朝からずっとこんな調子なんだろうなぁ……。
だけどそんな折、私は彼に関する別の変化に気がついた。
「そう言えば髪切ったんですね、鉱芽さん」
鉱芽さんの行動で気にならなかったけど、確かに彼の髪の毛は最後に見た時よりも短くすっきりしていた。
「まあな、ちょっとスッキリしたくて。変か?」
「い、いえっ、とっても似合っていますっ」
「そうかっ、ははっ、ありがとな」
前のクールな感じのする髪型も好きだったけど、ボリュームが控えめになって少し活発になった今の髪形も、鉱芽さんの爽やかな笑みとマッチしていてとても素敵だった。なんて、好きになっちゃった相手ならどんな髪形でも同じ事言っちゃいそうだけど……えへへ。
ただ、憑き物が落ちたかのような今の鉱芽さんの心境ととても合っているというのは間違いなかった。
「っとと、それでなミッチ──」
だけど鉱芽さんは私との会話もそこそこにして、すぐにまた立花さんに絡み始める。私に向けた単に嬉々とした笑顔とはまた違う、キラキラに輝いた眩しい子どものような笑顔。あまりの扱いの違いにちょっとむっとしてしまうけどそこは堪えて、私は真姫ちゃんたちの元へと移動する。
「ねぇ、鉱芽さんってもしかしてずっと……?」
「ええ。失った時間を全力で取り戻しに来てるわね……」
鉱芽さんがしつこく話しかける姿を見て真姫ちゃんは呆れたように呟く。真姫ちゃん曰く、以前仲がよかった時でもここまでではなかったみたい。とするとやっぱり、今まで抑えてたものが全部弾けちゃってるんだ、鉱芽さん……。
「こっ……鉱芽さんっ!」
「っ、な、なんだミッチ? もしかして、鬱陶しかった……?」
だけど流石の立花さんも、諦めの悪いナンパのように話しかける鉱芽さんに愛想を尽かしてしまったのか、ついに声を荒立てた。そんな彼の態度の豹変に鉱芽さんも一転、怒られた子どものように怯え始める。多分鉱芽さん、せっかく仲直りしたのにまた仲違いするのは嫌だ、って思ってるんだろうなぁ。今日の鉱芽さんは全体的に子どもっぽくて、考えてることもすぐに分かってしまう……気がする。
「あの、ご、ごめんな?」
「はぁ……別に怒ってるわけじゃないですよ。ただ、鉱芽さんちょっと焦り過ぎなんじゃないかって思って」
「っ」
「(えっ?)」
だけど立花さんが言った「焦り過ぎ」という言葉に鉱芽さんは肩を僅かに震わせ、私は首を傾げてしまう。焦ってるってどういうことなの? 何も喋らなくなった鉱芽さんに、立花さんは優しく、自分の方が年下なのにまるでお兄さんのように喋り出した。
「鉱芽さん。話したいことがいっぱいあるのは分かります。嬉しくて話したくなるのも分かります。僕だって同じですから」
「……はい」
「だから鉱芽さんは、その……今までの事があって、多分僕たちがちょっと離れすぎたって思ってしまったんですよね? って、本当は僕も少しそう思っちゃってるんですけど……」
「……」
まるで鉱芽さんの心を見透かしているように、すらすらと彼の心を代弁する立花さん。鉱芽さんは決して反論しないどころか、目を逸らすように床を見つめながら顔を赤らめている。それが立花さんの言葉が真実だという何よりの証拠だった。
「でもね鉱芽さん。僕たち、時間ならたくさんあるんです。今までは一緒にいられなかったけど、これからはそういう時間はいくらでも作れます」
「ミッチ……」
「焦る必要なんてないですから、これからじっくり話し合っていきましょう。僕、鉱芽さんの話ならいつだって聞きますから」
その時の立花さんの笑顔が眩しくて、ついでに言うならその背中から
「ありがとよぉぉぉミッチィィィィ!! お前いい奴だぁぁぁっ!!」
立花さんのありがたい言葉に心打たれた鉱芽さんは、感激の声を上げて立花さんの肩に手を回し、共に肩を組んで騒いでいた。共に顔が綺麗に整っている美男子二人が絡み合っている状況に、店内の女性客がきゃーきゃーと小さく騒ぐ声が聞こえてくる。明日からまた売り上げが増えそうだなぁ……。
「なんだこの茶番……」
近くまで来た尾崎さんがトレイを片手にその様子を言葉一つで斬り捨てる。だけどその呆れたように聞こえる声とは裏腹に、彼の表情はどこか嬉しそうだった。尾崎さんは二人が一緒にいた時の事を知らない。二人を知った時は、既に鉱芽さんと立花さんは互いに敬遠していた頃だったそうな。だから、初めて見るこの光景に戸惑いながらも、彼は心から祝福してくれていた。
「全く、妬けるねぇ」
と冗談ぽく呟いて店の奥に戻っていく尾崎さんだけど、私としてはちょっと冗談じゃないかも。鉱芽さんが"そっちの人"じゃないというのは知ってるけど、でもこうして鉱芽さんが立花さんとずっとイチャイチャしてるのを見てると、黒い感情が立ってこないわけでもない。おかしな話だよね、男の人に嫉妬するなんて。でもこの内から湧き上がってくる、ちょっと悔しくて苦しくて唸りたくてモヤモヤする感情はきっと、嫉妬と呼ばれる想いなんだ……。
「ズーッ……ズズーッ!」
「え、絵里……」
ほら……絵里ちゃんなんか二人をじろりと睨みながらすごい勢いでジュースをストローで飲み干してるもん……怖いよぉ……。
「……鉱芽があんなに笑っているのはいいことなんだけど……ズズーッ」
「ま、まあね……何かしらねこの敗北感は……」
「あはは……」
絵里ちゃんと並んで真姫ちゃんまで嫉妬の感情を隠せていないようで、立花さんに向ける視線がどこか恨めしげだった。まあ、そういう私も人のことを言えないんだけどね……。
「それにしても鉱芽、本当に子どもみたいね」
「だからさっきも言ったでしょ。全力で時間を取り戻そうとしてるって」
「あっ」
その時、真姫ちゃんは最初に言った事をもう一度繰り返す。そこでようやく私はその言葉の意味を理解することができた。そうか、きっと真姫ちゃんは分かっていたんだ。鉱芽さんが焦っていたこと、必死になっていたことを。鉱芽さんの、今まで立花さんといられなかった時間を埋めたいという思いを、真姫ちゃんはちゃんと理解していたんだ。私はただ嬉しさを爆発させていただけなんだと思っていたのに……。
──私また……鉱芽さんのこと分かってやれなかった……。
「ミッチー」
「分かりましたっ、分かりましたから、ちょっと落ち着いて──」
真姫ちゃんは私よりもよっぽど鉱芽さんのことを分かっているし、立花さんは鉱芽さんの心を救って、あんなにも笑顔にしている。過去から解放された鉱芽さんの表情は、それはもう楽しそうだった。
でもやっぱり私が助けたかったなぁ、とさっき抑えたはずの気持ちが再び湧き上がってくる。ううん、そもそも鉱芽さんの抱く闇を振り払うのに、私たちは必要なかったのかもしれない。彼の苦悩の元だった立花さんが鉱芽さんに歩み寄ったことで、彼の心の闇は、恐らくは消え去った。そう、彼は立花さんに救われるべくして救われた。
──あれ? じゃあ私は……私たちは鉱芽さんを救う必要はなかったの? これから先、救う必要はないの?
──もう今更私が鉱芽さんを受け入れる意味って、あるの?
「うるせぇぞ鉱芽ぁ! 仕事の邪魔するなら帰れぇっ!!」
「ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」
目の前で板東さんに怒鳴られて全力で謝り倒している鉱芽さんの姿さえ、遠い国の映像をテレビで見ているような感覚にすら陥ってしまう。だって、そこに自分がいる気がしなかったから……鉱芽さんの傍に、私という人間がいるのがミスマッチに思えたから。
「(私って、何なんだろう。彼の助けになるって、思い上がりだったのかな)」
ふとそんな事を考えてしまっていた。一度付いたはずの自信が再び消えようと……また深い谷底へと足を滑らせようとしていた。
「ことりっ」
「っ……真姫ちゃん」
その時、小声で私を呼ぶ真姫ちゃんの声が届く。おかげで堕ちそうになった私は、すんでのところで引き戻された。
「どうせ、また鉱芽の事で落ち込んでたんでしょ」
「えっ? あっ、その……」
「今更鉱芽がどうなったって、やることは変わらないはずでしょ? アンタがまた前みたいに自信を失くしてるんなら、凰仙さんのところへ引っ張っていくわよ。私は行きたくないけど」
「……ふふっ」
面白いくらいに自信を失くした自分の心を見通す真姫ちゃんに、そして行きたくないのにメイド喫茶まで連れていこうとする健気な彼女に思わず笑いが零れてしまう。やっぱりすごいなぁ真姫ちゃんって……鉱芽さんのことも、こんな私のことも分かってくれてるなんて……。そしてそんな真姫ちゃんを見て、少しは気が楽になった自分がいたことにも気付いた。
「ごめんね真姫ちゃん。でももう大丈夫だから」
「はぁ……あんまり人に言えた事じゃないけど、何度も同じ事でくよくよしないでよね」
「はい、かしこまりましたっ」
「ふふっ、全く」
危ない危ない。また一昨日に逆戻りしちゃうところだった。そうだよね、もう同じ事で悩むのはやめやめ。鉱芽さんが過去から解放されても、闇が消え去っても、私は大好きな鉱芽さんにしてあげることに変わりはない。
私は今まで通りだ。鉱芽さんやオーナーに言った事が嘘になったら嫌だもん。だから私は、これからも鉱芽さんを……。
「あー死ぬかと思った…………あ、ミッチミッチ、今度またお前んとこの乗馬クラブ寄るからなー」
「……鉱芽さん、もしかしてあんまり反省してません?」
「しっ、おやっさんに聞こえるだろっ」
「あぁ……否定しないんですね……」
とりあえずは……この弾けに弾けた鉱芽さんに慣れる事かな……アハハ……。
──────────────────────―
夏真っ盛りの熱い日差しが照り付ける午後の繁華街。汗を拭きながら歩く周囲の人群れをかき分けて、私はぶらりと懐かしの場所へと足を進めていた。それは前にも訪れた私たちの居場所、コウガたちと一緒に踊っていたダンスクラブに使われているガレージだった。今も活動をしていると聞くけど、別に挨拶に来たわけではない。ただ、ふとその景色をもう一度拝めたくなっただけよ。ここに来ると、再び昔の記憶に思いを馳せることができる。楽しい思い出も悲しい思い出も、嬉しい思い出も苦い思い出も、全部がここにあった。
そんな物思いに耽っていた私の前に、珍しいお客さんが現れた。
「や、ツバサちゃん。ここにいると思ったよ」
「あら、どうかしたのかしらミッチ。ちょっと表情が固いわよ?」
「うん、ちょっと話したいことがあって」
「?」
私の目の前に現れたミッチの顔には汗なんてかいてなく、まるで最初から私がここに来るのが分かっていたような、そんな表情だった。しかしミッチはとてもしっかりした人間だ。どんな時でも約束は付けるし破ったりもしない。そんな彼が前もって連絡もなく私に会うなんて、と少し物珍しく思ってしまった。
「何の用かしら?」
彼とコウガの関係が元通りになったという話は既に聞いている。二人と直接会ってはいなかったけど、通話でそれぞれからとても嬉しそうな声色を聞いたのは鮮明に覚えている。あまりのはしゃぎ様に端末越しで鼓膜が破れるかと思ったわ……コウガのバカ……。
何はともあれ、コウガとミッチの件に関しては私はもう思い悩む必要はない。全部とはいかないけど、何もかもが懐かしいあの時に戻れた。ミッチのおかげよ。それでこそ彼にドライバーを託した意味があると思うわ。本当、彼を信じてよかったわ。
となれば後の問題はサガラの件……かしら。彼が私に相談することと言えば他に思い浮かぶことは──
「本題に入る前にちょっと聞きたい事があるんだけどさ、ツバサちゃん」
「何?」
「もし、鉱芽さんに他に好きな人が出来たら、ツバサちゃんはどうする?」
「…………っ!? え、えぇっ? ちょっ、ミッ、な何言って──」
「例え話だよ。そんなに焦らなくても」
……完全に油断していたわ。まさかそんな質問がくるとは思いもしなかった。
一応話してはいるからミッチも知っているのだけど、コウガはあの日以来、『人を愛する』という感情が欠落している。動物としての本能が死んだわけでなく身体の機能的には反応するけど("何が"とは聞かないで)、『心』の奥底の根本的な部分はそれとはまた別だ。コウガは自分を責めて、責めて、責め続けて、その結果人として大事な感情を壊してしまった……いえ、閉ざしてしまった。激しい後悔と自己嫌悪が生んだ檻が、これまでずっと誰かを愛することを拒み続けていた。
だからコウガが今後も誰かを愛することはない。それが私と真姫ちゃんが至った答え。でも、もしそれを覆せる人がいるのなら私は……。
「もしコウガが誰かを愛することができたなら、私は大人しく手を引くわ」
以前真姫ちゃんにも同じ事を言ったっけ。恋愛感情が欠けてしまったコウガが、もし今度誰かを好きになれたとしたなら、私はそれを祝福したい。失った感情を取り戻した彼と、取り戻させた相手に敬意を贈りたい。ま、本当は自分がそうなりたいんだけどね。真姫ちゃんか絢瀬さんか、それとも別の誰かか、鉱芽が選んだのなら私はとやかく言う必要はないわ。
「本当に……?」
だけどそれに対するミッチの声は、非常に懐疑的だった。まるで信用していないという感情を隠そうともしないその姿勢に、僅かに苛立ちが募る。
「何が言いたいの?」
「記憶が戻った時に……一緒に思い出したんだ、リョウが言ってたこと」
「亮子ちゃんが?」
ミッチは私に向けた固い表情を崩さず、亮子ちゃんが言ったであろう話を丁寧に語り始めた。
「ツバサちゃんにはどうしても言っておかないといけないと思ってたから」
そしてそれは、私にとっても未だ忘れることのできない、苦い思い出であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼女はズルい。私はそう思っていた。
「ねぇツバサちゃん。私、どうすればいいのかな……」
「亮子ちゃん……」
私の気持ちを知ってか知らずか、亮子ちゃんは私にだけその悩みを話してくれた。コウガとミッチ、二人の親友から強く好意を抱かれていることに、もちろん彼女は気付いている。そして亮子ちゃん自身も、二人に対して並々ならぬの愛情を抱いていた。それこそ、正に恋とも呼んで差し支えないほどの深い情愛を。
そう、亮子ちゃんは悩んでいた。どちらかと付き合っても、確実にどちらかを傷つけることになる。それどころかチームのまとまりが円満に運ばなくなる可能性が高い。それならどちらも選ばなければいい。現状維持を選べば、少なくとも考えているような問題には発展しないはずなのだから。でも、選ばないことでかえって二人が苦しむことも知っているから何とかしたい。そんなジレンマと彼女は戦っていたのだ。
だから私は彼女に助けを求められていたのだ。コウガとミッチ、二人がいて、自分はどうすればいいのか、どちらを選べばいいのか、という疑問を晴らしたくて……。
「(この人は……っ)」
しかし正直に言うと、私は「何を贅沢なことをっ」と叫んでしまいたい気分だった。自分がこんなにもコウガを愛しているのに、彼女は彼から愛されている。なのに自分は、コウガとミッチのどちらを選ぶべきなのかと迷っている。私の大好きな人を選択肢の内の一つに入れている。
それが恨めしく、腹立たしかった。
……許せなかった。
「ねぇ、亮子ちゃん」
そんな嫉妬に塗れた私に、ふと何かが憑いたような気がした。
「ズルいよ」
「え?」
言葉が欲しいなら言ってあげる。
言ってやろうじゃない。
私の素直な気持ちを。
包み隠さず。
正直にね。
その結果どうなっても知らないわよ。
「この際はっきり言うわ。私はね、コウガが好きなの。私に負けを教えてくれたコウガが好き。私より何でもできるコウガが好き。私に努力を教えてくれたコウガが好き。私の事を考えてくれるコウガが好き。私に恋を教えてくれたコウガが好き」
「ね、ねぇ──」
「コウガの笑顔もコウガの声もコウガの話す言葉もコウガの眼もコウガの努力する姿もコウガの踊る姿もコウガの走る姿もコウガの跳ぶ姿も私の手をとるコウガの手も私の感じたコウガの体温もコウガの匂いもコウガの髪も全部好き」
「つ、ツバサちゃん……」
「私は、誰よりもコウガを見てる! 誰よりもコウガのことを考えてる! 誰よりもコウガを好きだって言いきれる! 亮子ちゃんよりもっ!!」
次に何を言おうかなんて全く考えてない。ただ心に従う限り、心に思うことをそのまま口に出すだけだった。
「なのに……なのにコウガは亮子ちゃんを見てるのよ……それもミッチまで……ズルすぎるよ……っ」
「……」
「私は……コウガなのっ。他の誰かじゃない、コウガ一人なのっ……なのに……どうして亮子ちゃんが二人とも持っていっちゃうの!? それってズルすぎるよ!!」
今の自分を醜いだなんて思う余裕はなかった。ただ心の底で渦巻く黒い感情が苦しくて苦しくて、吐き出したくて堪らなかった。その吐き出した先にいたのが偶々亮子ちゃんだった、それだけよ。
「ねぇ亮子ちゃん。アナタ自分で思わない? 恵まれてるって。選べるのよ? 二人好きな人がいて、そのどちらかを選べるのよ? 私は選ぶこともできないのに……っ。だって、コウガはアナタのとこにいるから……」
「私、は……」
「私ね、苦しいの。コウガが好きで好きで、堪らなくて、でも彼はいつもアナタの事を見てるのっ。この苦しみが分かる!? 何年も亮子ちゃんを目で追いかけてるコウガを見てきた私の気持ちが解る!?」
「やめて……ツバサちゃん……」
「嫌よ、やめない。亮子ちゃんに私の気持ち伝えるの今しかないから。だからいっぱい知ってもらうの。私がどれだけコウガのこと、愛してるか」
言葉の暴力とでも言うのだろうか。それとも感情の暴力? 私の醜い嫉妬心からあふれ出るナイフは、決して彼女を逃がさない。
思い知らせてやりたかった。
私がどれだけコウガのことが好きなのか。
彼女がどれだけ恵まれた立場にいるのか。
私がどれだけ不憫な立場にいるのか。
「ごめん……ごめんねツバサちゃん……私ツバサちゃんまでそんなに苦しめてたなんて……」
「今は謝罪とかいらないわ。ただ知ってほしかっただけだから」
「……」
「……そうね」
「?」
その時、私の中に一つの考えが浮かんだ。
とてもいい考え。
誰も苦しまず、みんなが幸せになる方法が。
「そうだ、亮子ちゃん」
今だやれ、と悪魔の囁きが聞こえた。
「ねぇ……もし私がコウガと付き合えたら……全部上手くいくと思わない?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうして僕を選んだのか、少し疑問に思っていたんだ。僕が鉱芽さんに勝てるものなんてとても少ない。性格だって割と似てるし、そうなると純粋に勝ち目はないって心のどこかで思っていた。それでもリョウは僕を選んだんだ。だから気になって聞いちゃったんだ……リョウは包み隠さず、正直に話してくれたよ」
「……」
「リョウは怒ってなかったよ。それどころか、やっと決断できたことに感謝すらしていたよ。どっちつかずのまま僕たちを悩ませるよりはずっといい。鉱芽さんにはツバサちゃんが付いてくれる。全部丸く収めることができるって」
全部丸く収まる……とても合理的な判断だと思う。亮子ちゃんはミッチと、私はコウガと、それぞれが結ばれるならみんなが得をする、そうなれば全て上手くいく、と打算的になっていた自分がいたのは事実だった。
「僕は……そうは思えない。ねえツバサちゃん、鉱芽さんは……ツバサちゃんと付き合い始めてからも、まだリョウのことが好きだったんじゃないかな? いや、きっとそうだよね、僕の目は節穴じゃない。あれほど鉱芽さんと一緒に過ごしてきたんだ。それこそツバサちゃんよりもずっとね。だから、そんなのすぐわかるよ。きっとリョウだって気付いてたはずだよ」
「……」
「丸く収まるなんて理由を作っていたけど、結局は全部ツバサちゃんのエゴじゃないの?」
「っ……(違っ)」
何も言えない。言い返せない。私はただ、亮子ちゃんに知ってほしかっただけ……みんなが幸せになれるならそれでよかっただけ……っ。
「鉱芽さんは幸せだったのかな? ずっとリョウを想い続けて苦しんでいたんじゃないのかな?」
「やめて」
「リョウの時はツバサちゃんはやめた?」
「っ……」
コウガが私のことを見ていないなんて知っていた。知っていたけど気付かないフリをしていた。それでも私は嬉しかった。幸せだった。コウガと結ばれた、コウガとデートした、コウガとキスをした、コウガに抱かれた。たとえ恋人ごっこだとしても、その行為に至るだけで幸福感に包まれる、満ち足りていた…………と、そう自分に思い込ませていた。
そう、結局コウガの心は亮子ちゃんのもの。いいえ、それでもいいの。それでもいつか、いつかコウガは私のことを見てくれるって信じていたから。いつか亮子ちゃんのことも吹っ切れて、私だけを見てくれるって信じ込んでいたからっ。
でも、その前に亮子ちゃんは死んで、彼女は永遠にコウガの心を持っていってしまった。本当に彼女は最期までズルい……。
「結局、鉱芽さんだけが幸せになれなかったんだね」
「っ……っ!」
何か言いくて、だけど何も言えなくて、苦しさと悔しさで奥歯を噛み、顔を歪ませる。自分が一番分かってたことを、そして一番指摘されたくなかったことを言われてしまったのだから。
「鉱芽さんには言わないよ」
「え?」
「もし僕が同じ立場になったとしても、同じ事にならないとは限らないしね」
「……」
「でも」
「?」
「……こう言うと誤解を招きそうだけど、自分が女の子じゃなくてよかったと思うよ」
「え……?」
「ツバサちゃんの恋のライバルなんて、なりたくないから」
それだけ言って、彼は立ち去っていってしまった。どんどんと小さくなるミッチの背中。それを追いかける気力も、立ち止まらせる気力も起きなかった。無気力だけが私の身体を支配していた。
「そんな事……私はただ……どれだけコウガのことを好きか、知って、ほしかっただけ……っ」
俯き、誰にも届かない声を自分だけに言い聞かせる。それは懺悔なのか、くだらない言い訳なのか、もはや呟く自分にすら分からなかった。
「亮子ちゃん……」
自分だって後悔した。感情的になってあんなことを、しかも亮子ちゃんに言ってしまうなんて……。
謝ろう、明日謝ろう、今度謝ろう、と思い続けて、月日だけが過ぎていった。でも言い出せなかった。
せっかく作りだした今の現状が崩れるのが嫌だったから。心変わりでもしてコウガを盗られるのが怖かったから。
しかし結局、謝る事は永久に適わなくなってしまった。
「もし……」
そして最近よく考える事がある。
もし亮子ちゃんがコウガと付き合っていたら……。
もし亮子ちゃんがコウガの戦いを知れたら……。
もしコウガが亮子ちゃんに全部を説明出来ていたら……。
もし亮子ちゃんが果実を食べなかったら……。
彼女は死ななかった……?
「やっぱり私のせい……なの……」
私がコウガが戦っていることを知れたのは、彼と交際していた縁のため。もし私が余計な事を言わず、コウガと亮子ちゃんが付き合っていたら、彼女はあんなことにはならなかったのでは……?
「コウガを不幸にしたのは……私なの……?」
気休めでもいい。誰かに違うと言ってほしい。できるならコウガにそう言われたい。でもここには誰もいない。誰も答えてくれない。だからその考えを捨てることも、変えることもできない。
「……なんで……私は……っ」
過ぎたことは、もう変えることは出来ない。
私は今一度、自分の罪と向き合わなければいけなかった。
後悔に浸るためでも、懺悔を繰り返すためでもない。
自分が次に何をすべきかを導き出すために……。
因みに今回の話に出てきた過去は、ツバサが高校一年、亮子が二年の時です。
※ミッチとツバサの二人は、鉱芽が亮子の唇を奪った件を知りません。
次回もご期待ください。