ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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~前回までのあらすじ~
親友の関係に戻り、今までの分を取り戻さんと道行に寄り添う鉱芽。ことりは彼らの関係に嫉妬を抱き始めるも、変わらず鉱芽を受け入れ続けると心の中で誓う。その後ツバサに会った道行は、過去に彼女と亮子との間に起きた件について語りだす。自分のエゴで動いていたツバサの所業に道行は辛く当たるのだった。

それでは今回もどうぞ。


第78話 sweat&sweet?

「ふんっ……だっ」

 

「っぁ、くっ……」

 

 

 ぶおんぶおんと空気を裂く鈍い音と、かつんかつんと木がぶつかり合う耳に心地いい音が道場に響き渡る。あるいは木の床を裸足できゅっきゅと滑る可愛い音、あるいはせめぎ合う青年の苦しそうな喘ぎ声までが、隅でじっと座っている私たちの耳に届く。みんな道場の真ん中で起きてることに目を奪われて、誰も声を発することができなかった。

 

 

「っ、ふんっ」

 

「ぅわッ……ふっ!」

 

 

 私たちの目の前では、鉱芽さんと立花さんが木刀を片手にぶつかり合っていた。飛び散る汗も何のその、真剣にぶつかり合う男の人の姿なんて、普段の生活の中じゃとても見られるものじゃない。無駄口を叩くこと無くただ一心に相手に打ち込もうとする二人の姿に、私たちはただ圧倒されるばかりだった。唯一の例外と言えば、普段からこの道場を使い慣れていて、いろんな武道を見てきた海未ちゃんくらいかな。

 

 そもそもなんでこんなことになっているのかというと、今日は学園祭前日ということもあって練習はいつもより少しだけ早く終わったの。一つだけ違うことがあるとすれば、今日は立花さんも少し付き合ってくれたということかな。彼も鉱芽さんと同じようにダンスに精通しているし、立花さん自身、鉱芽さんやμ'sのために何かできることがあれば手伝いたいという思いもあって、それで今日は来てもらったの。ただ今日は大事な日の前日という事もあり、特に突っ込んだ発言をすることもなく殆ど見てるだけだったんだけどね。

 そして練習も終わり、そのまま解散するものかと思っていたんだけど、ふと鉱芽さんが海未ちゃんにお願いしたの。

 

『海未ちゃんの家の道場さ、空いてる時でいいからちょっと使わせてくれないかな?』

 

 幸い今日はお昼前に道場の教室はなかったようで、鉱芽さんと立花さんは二人で稽古をすることになったの。もちろん私たちがそれに興味を湧かないわけがないよね。ということで、私たちも海未ちゃんの家にお邪魔することになったの。私と穂乃果ちゃんは何度も来てるけど、他の子たちは初めてだっけ。

 

 ……と思っていたらそこで衝撃の事実が発覚。なんと鉱芽さんと立花さんは前に何度かこの道場に来ていたらしいの。正確には、彼ら二人の"師匠"の連れとしてらしいけど。

 

『師匠って何のこと?』

 

 そう鉱芽さんに聞いてみたけど……

 

『あぁ……ま、まあ、すごい人……だったよ、あはは……』

 

 と彼は顔を少し青ざめさせ、目を逸らして呟いた。本当に何をされたんだろう鉱芽さん……。

 因みにその人の正体は立花さんの祖父だったみたい。既にお亡くなりになった人らしいけど、どうやら鉱芽さんは戦極ドライバーを手にした時から、その人の元で身体を鍛えていたようだ。ドライバーを手にした日から、いつかその時が来ることを確信し、彼は鍛えることに専念していた。その結果、今の私たちが生きていると思うと何だか感慨深いなぁ……。それに修行に専念していたとは言うものの、勉学もダンスもそつなく熟していたみたいだし、やっぱり鉱芽さんって本当になんでもできる人だったんだなぁ、と一人感心していた。

 

 ……因みに立花さんが鉱芽さんと一緒に鍛えていたのは、完全に鉱芽さんの道連れだったみたい。

 

 

「ハッ!」

 

「うわッ?」

 

 

 その時、鉱芽さんの蹴り上げた脚が立花さんの握っていた木刀の柄を打ち抜き、立花さんは刀こそ放さなかったけど大きく腕を上げられて全身を晒してしまう。その瞬間を鉱芽さんは逃がさず、木刀の切っ先を立花さんの喉仏に突き付けた。

 あまりにも無頼なその結末に私を含め何人かは唖然としてしまう。ずっと刀でやりあっていたのに、急に脚が出るのだから、私もズルくないかなと思ってしまう。

 

 

「え? 今のは反則、じゃないの……?」

 

「実戦に反則はないよ。元から僕も鉱芽さんも何でも有りのつもりだったから」

 

「ええ、剣道とは違うのですから」

 

 

 私たちの疑問を代表して言ってくれた絵里ちゃんに、立花さんと海未ちゃんが答えてくれた。そうか、あくまでも二人は変身した後の実戦をイメージして戦っていたんだ。そして、もちろんそこにルールなんてない。ただ生きるか死ぬかの世界。その世界で生き抜くための特訓をずっとしていたんだ。

 

 

「まあ、あの爺さんに比べりゃマシだよなっ」

 

「真剣持たされた時は本当にどうしようかと……」

 

 

 ──本当に何をしたんですか立花さんのおじいさん……。

 

 

「じゃあ次いくか」

 

「はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ、お疲れ様ですっ」

 

「お、サンキュことり」

 

「ありがとうございます」

 

 

 意外に長く続いた二人の稽古も一段落着き、道場の隅で座り込む鉱芽さんと立花さん。私から受け取った水を気持ちよさそうに飲み、生き返ったと言わんばかりに大きく息を吐きだす。こうして全力で「生きている」という表情を浮かべる鉱芽さんを見ているとやっぱり嬉しくなっちゃう。立花さんとの一件が起こる前では潜めていた顔もたくさん見られるようになって、本当に人間らしくなってきたと思う。もう鉱芽さんのことで何も心配することなんてない……よね?

 

 

「ごめん、ちょっとトイレに」

 

「場所は分かりますか?」

 

「う~ん、多分覚えている……はず」

 

「あっ、じゃあ私が案内します」

 

 

 ちょうどお手洗いに行こうとする鉱芽さんの道案内を口実に、私もそそくさと彼と共に道場を後にする。その時、片手に小包を持っていくのを忘れない。

 実はことり、今日鉱芽さんに渡したかったものがあるんですっ。前に凰仙さんと話をした時からやってみたいと思ったことが……。

 

 

「(鉱芽さん、喜んでくれるかな……)」

 

「……あれ? もしかして待っててくれた? ごめん」

 

「い、いえ。お構いなく」

 

 

 用を足した鉱芽さんを迎え入れ、またみんなのいる道場へと戻る私たち。

 

 ──もし渡すなら今しかないよね。

 

 道場から少し離れたところで今がその時だと感じた私は、鉱芽さんに声をかけた。

 

 

「あ、あのっ、鉱芽さん。これ……どうぞっ」

 

「ことり? って、これは……?」

 

「クッキーです。運動後だから今すぐに食べなくてもいいんですけど、あの、是非鉱芽さんに食べて……ほしくて……」

 

「いやいや食べるよ。今すぐ食べるって」

 

「えっ」

 

 

 嬉しそうな顔して封を開け、袋の中へ手を突っ込む鉱芽さん。そして取り出したその指先には、可愛らしい一口サイズのバタークッキーが挟まれていた。彼がそれをちょっと観察した後に口へと運んでいく光景を、私は心臓が飛び出す思いで見つめていた。

 

 

「(ドキドキ……)」

 

「んっ」

 

「っ、ど、どうですか……?」

 

 

 口へ入れ、噛みしめ、それを飲み込んで一息入れるまでの時間がどんよりとスローモーションのように感じてしまう。自信をもって作り上げたお菓子だけど、好きな人に食べてもらって感想を聞くとなるとどうしても緊張から逃れられない。たとえ自信があったとしても、鉱芽さんがクッキーが大丈夫だと知っていても、お口に合わなかったらどうしよう、って思いがついてまわってしまう。

 

 

「(穂乃果ちゃんや海未ちゃんにあげる時だってこんなに緊張なんてしなかったのに……)」

 

 

 更に言ってしまえば、鉱芽さんの誕生日の時に渡したラスクも緊張はしたけど、あの時はみんなの想いこもった『μ'sとしてのプレゼント』だから緊張もみんなで分かち合うことができた。どっちかというとそれより前に渡したパーカー同様『南ことりとしてのプレゼント』だから一人で背負う緊張も膨れ上がってしまう。そしてあのパーカーの時以上に緊張が大きいのも、彼への想いが強くなったからなんだろうなぁ……。

 

 そんな風に心臓バクバクで待つ鉱芽さんのコメントは……。

 

 

「……フフッ」

 

「えっ」

 

「美味い……うん、あ、ヤベ。俺好きだわこれ」

 

 

 自然に笑みが零れたと思ったら、何てことなく軽い調子で欲しかった評価を鉱芽さんはくれた。

 

 

「えっ? あの、本当にですか? お世辞とかじゃなくて、ですか?」

 

「なんで疑うんだよ。今更ことりにお世辞なんか言う必要ないって。本当に美味いって思ってるからさっ……あっ、マジでクセになりそ……」

 

 

 私が真剣に悩んでいたのが可笑しくなってしまうくらいに鉱芽さんは喜んでくれた。バターの甘みが口全体に溶けるように広がっているからなのか、柔らかく、そしてだらしなくなっている鉱芽さんのその表情が、さっきの言葉が嘘ではないと物語っているようだった。

 次々と袋の中に手を伸ばしてクッキーを取り出し食べていく鉱芽さん。それが嬉しくて嬉しくて、彼が美味しそうにクッキーを食べるのを見るだけで幸せに包まれそうだった。

 

 

「あ、もちろんことりは食べたんだよな?」

 

「え? はい、一応味見はしましたよ」

 

「はい」

 

「……え?」

 

 

 ふと鉱芽さんからクッキーを一枚渡されて、何が何だか分からず困惑してしまう。食べたって言ったはずなのに……。

 

 

「あ、いや、美味しいものはさ、一人で食べるよりも一緒に食べる人がいるともっと美味しく感じるからさ。だからことりも、ほら」

 

 

 なんて言って、いいものを見つけて拾ってきた子どものようにキラキラした目を向けられて、断れるはずもないよね。だから快く受け取って、そのクッキーを口に運ぼうとしたの。

 

 

「えへへ、はいっ…………あっ、そうだ」

 

「?」

 

 

 ──だけどことり、もっといい事思いついちゃいましたっ。

 

 

「……えいっ…………はい、鉱芽さんっ」

 

 

 私は渡された小さなクッキーを両手で掴み、それをそのまま真っ二つに割った。一口サイズだったのが更に小さくなっちゃったけど、私はその半分を自分の手に、もう半分を鉱芽さんに出した。そしてそれを受け取った鉱芽さんは、何の疑問も口にすることなくクッキーを口にしてくれた。

 

 

「ま、こういうのもいっか。うん、美味い」

 

「はいっ(えへへぇ、鉱芽さんと半分こっ)」

 

 

 そうして私も口に含んだ半分は、味見した時よりもずっと甘かった。どんなスイーツを食べてる時よりも……大好物のチーズケーキを食べている時よりもずっと大きな幸せを感じていた。甘い時間と幸せな想いが全部口の中で混ざり合って、このまま溶けてしまいそうだった。

 もしこのまま溶けてなくなってしまったら、鉱芽さん泣いてくれるのかなぁ……なーんてねっ。

 

 

「ふぇへへぇ…………ぁっ、鉱芽さん、ありがとうございますっ」

 

「いや、こっちこそ。でも本当に美味いな、和菓子屋の穂乃果が餌付けされるの分かるわ」

 

「鉱芽さんがよければ、毎日でも作ってあげますよ?」

 

「あ、本格的に餌付けされるパターンだこれ。でも真面目に考えておくよ。ことりのお菓子これからも食べたいし」

 

「ふふっ」

 

 

 ここまで喜んでくれるのは予想外だったけど、これはチャンスかもしれない。鉱芽さんがまた食べたいと言ってくれるなら私にそれを断る理由なんてない。

 

 ──よーし、このままことりのお菓子で鉱芽さんの胃袋をゲットしちゃいますよぉ~!

 

 なんて、これからがまた楽しくなってきたお昼前のひと時だった。

 

 

 

 ──────────────────―

 

 

 

 海未さんの家からの帰り道、僕は一人にやける顔を抑えるのに苦労していた。照り付ける太陽は肌を焦がすけど、心の中は至って温かく、穏やかで、幸せを感じていた。また鉱芽さんと昔のように稽古ができたことが、それほどまでに僕の心を満たしていた。リョウの記憶を失っていた一時期は、鉱芽さんと元のような関係になるのはもう無理なのかもしれないと諦めかけていただけに、今の自分と鉱芽さんの仲が昔のように戻れたことが、夢かもしれないと思う程だ。鉱芽さんと親友に戻れたあの日だって、寝る前に夢なら覚めないでと神様に祈ったりもした。ヘルヘイムのこと等、いろいろと困難が先に広がっているが、僕たちの関係もこの先きっと続いていくのだと思うと、嬉しくなる気持ちを抑えきれない。

 

 しかし、こんなに幸せを感じていると、逆に後ろめたくなることもある。

 

 

「ちょっと……言いすぎたかな」

 

 

 昨日、僕はツバサちゃんに侮蔑にも近い言葉を投げかけてしまった。彼女がリョウを言葉で言い包めた結果で現在があるという事実に、自分らしくもなく頭に血が上ってしまったのかもしれない。言葉は抑えたつもりだけど感情のままに言いふらして、ツバサちゃんはきっと傷ついただろう。しかし怒りたくなったのは事実だし、あそこで怒れないほど僕はお人好しじゃない。

 ただ、リョウ自身はあのままだとどっちも選べないと語っていたし(僕にはそれが少し分からなかったけど)、ツバサちゃんも反省はしていたのだろう。それに僕だって、リョウと交際していた現状に満足していた。ツバサちゃん一人を責めるのは、少し違うのかな……?

 何が悪いのか、誰が悪いのかは僕にだって分からない。ただ彼女一人の罪にするには早計過ぎたのかも、と考えてしまう。

 

 あの時、ツバサちゃんが苦しんでいたことに僕も気付いていれば、また違う未来があったのかも……。

 

 

「……って何考えてるんだか」

 

 

 しかし過去は過去。今更過ぎた事を気にしてもどうにもならない。それに鉱芽さんにも言ったじゃないか。過去よりも未来が見たいって。あの時の言葉を僕自身が無下にしちゃダメなんだ。

 ツバサちゃんは大丈夫。あの子は過ちを犯しても、次に何をすべきかを考える子だ。僕はもう彼女にこれ以上とやかく言う必要はないだろう。

 

 

「……あれ?」

 

 

 その時、異様な空気を感じた僕は意識を外へと戻す。僕の視界に広がっていたのは銀色。先ほどまでの街並みなどではなく、辺り一面霧のかかった空間だった。深く考え事をしていたためか、周りの景色が変貌していることに気付かなかったようだ。

 

 

「なんだ、これ……?」

 

『……ミッチ』

 

「っ!?」

 

 

 これもヘルヘイムに関係のある現象なのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだその時、僕の背後から少年の声が聞こえてきた。普段から付き合いのある人間しか呼ばないはずの『ミッチ』という名前が、まるで聞き覚えのない声で再生されたことに驚き、僕は飛ぶように後ろを振り返る。

 

 

「き、君は……?」

 

『ミッチ、やっと話せた……っ』

 

 

 目の間には僕より少しばかり背の丈の低い少年だった。あどけない少年の顔付きがまだ抜けきっておらず、恐らく中学生くらいの男の子といった印象だろうか。しかし油断はできない。何故この子は僕の名を知っているのか。そして何故、『ミッチ』というあだ名で僕を呼んでいるのか。全てがわからないうちはこの正体不明の少年、及び僕を包んでいる現象に警戒しなければならなかった。

 

 

「近づかないでっ」

 

『っ……ごめん……』

 

「えっ? あ、ごめん、ね……?」

 

 

 少年は何故か馴れ馴れしく僕の名を呼び、そして嬉しそうな顔をして僕に近づいてきた。もちろん少年に対して全力で警戒していた僕は彼を拒絶してしまう。その瞬間、少年はあっさりと言うことを聞いて立ち止まった。しかしその時の、彼の少し悲しそうな表情が僕の目に焼き付いてしまった。更に彼の傷ついたような声色に、つい僕も謝ってしまう。

 彼は、本当に何者なんだ? 敵……じゃないのか?

 

 

「ねぇ、君は僕のことを知っているの?」

 

『……うん。君と、それと鉱芽をよく知ってる』

 

「……君の名前は?」

 

『……ぁ……っ……』

 

「?」

 

『……ラピス……そう呼んで』

 

 

 何かを飲み込むようにして、苦しそうに出したその名は、僕にも聞き覚えのない名前だった。でも、多分だけど、その『ラピス』って名前も真実じゃないんだと思う。本当の名前はきっと、今僕に隠そうとした名前だ。

 今も地面を向いてしょんぼりしている少年──ラピスに、何故かちょっとした同情を感じてしまう。関わりたくても関われない、かつての僕と鉱芽さんの関係を見ているようだ。しかし僕はラピスという少年の事を知らない……知らないが、何故か彼に親身になりたいと一瞬だけ思ってしまった。

 

 

「(なんだ、この気持ちは)そっか……それで、僕に何のようなのかな?」

 

『っ、そうだ、気を付けて。鉱芽が危ないっ』

 

「え、どういう──」

 

 

 その瞬間、ラピスの身体を構成する線が薄れていくのが見えた。ラピス自身もそれが自身の限界だと気付いたのか、顔に焦りの色が見え始めた。

 

 

『僕も父さんも岳斗もヤツを抑えてきたけど、もう限界だ。お願いミッチ、鉱芽から目を離さないでっ』

 

「ヤツ? ヤツって何っ!?」

 

『多分、全ての元凶。鉱芽だけじゃなくて、彼女たちも守って。アイツは彼女たちも──』

 

 

 しかしそれ以上言葉が続くことなく、ラピスは霧と共に消えていった。気が付くと先ほどまで僕がいた住宅街の景色が辺りに広がっている。もう彼の声が届くことはないだろう。最後にラピスが言った"彼女たち"……μ'sのことだろうか。鉱芽さんやツバサちゃんの言っていた、特別なヘルヘイムの因子、それに関係するのだろうか?

 それに彼が言っていた最も重要な言葉……。

 

 

「全ての、元凶……?」

 

 

 太陽が輝く空に、ぶ厚くどす黒い雲がかかろうとしていた……。

 

 

 

 ──────────────────―

 

 

 

 空に暗雲が立ち込め、日は閉ざし、悲鳴の如く雷が鳴り響いた黄昏時。

 

 誰がいるでもない闇の中で、"それ"は一人笑みを浮かべていた。

 

 

「ようやく、ご対面かな」

 

 

 男が右手を地面へと向けると、土とも泥とも似た闇が二つ、彼の前に柱のように立ちあがる。闇は騒ぎ、蠢き、さざめき、やがてそれぞれ整った形へと収束する。

 

 

「ロシュシェンムよ、シャムビシェよ、戦極岳斗よ。全ては無駄であったな」

 

 

 収束した闇が晴れ、否、闇自体が変色を遂げ、新たな形を作りだした。

 

 そこに現れたのは人だった。黒髪でたれ目が特徴の高校生くらいの少女と、小学生くらいの少年。

 

 

「彼は、私が救おう……」

 

 

 生まれた新たな人影を、それ知る者が見れば間違いなく驚愕するだろう。何故なら彼らは既にこの世にはいない存在なのだから。

 

 しかしほとんどの人間は彼らを認知できないであろう。何故なら彼らは存在そのものが、最初からこの世界にいないものなのだから。

 

 そう、この世のルールから外れ、人々の記憶から消え去ってしまった二人……。

 

 それは、とある一人の青年の心に、重く圧し掛かっている存在であった。

 

 やがて生み出された存在は再びその姿をゆがめていく。

 

 少年はビャッコインベスに。少女はヘキジャインベスに。

 

 

「ふふふ。楽しみだな、グランジョムの子よ……」

 

 

 闇は、動き出した。




次回はいよいよ学園祭当日。
しかし鉱芽の前に現れたのは……。

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