鉱芽と道行は久々の稽古をつけ、共に充実した時間を過ごす。もはや何にも囚われることのない鉱芽。そんな彼にことりはお菓子をプレゼントし、幸せなひと時を過ごしていた。しかしその帰り道、道行はラピスと名乗る少年と出会い、鉱芽とμ'sに訪れる危機を知る。そして彼の忠告通り、闇は静かに動き始めていた。
それでは今回もどうぞ。
「雨、か……」
真っ黒で地味な傘を傾け、水の滴る音を背後に、鈍色に淀んだ空を見上げる。俺の傘にも負けないほど暗く重い景色が上空一面を覆い尽くし、今もなおしとしとと雨を降り募らせている。今日はμ'sにとって大事な日だというのに、ほとほと神様とは意地悪なものである。
しかし彼女たちは雨であっても自分たちのパフォーマンスを
「(しかし女子校の学園祭か……ああダメだ、ツバサの時の思い出した……泣きそ……)」
ふと二年ほど前の思い出が脳をよぎり、目頭を押さえてしまう。UTXで何があったかは聞かないでくれ。そして今後も語る事はないだろう。
今日はオープンキャンパスの時とは少し違い、予め招待券を貰っている。前のように許可証がいるかと思ったが、少し勝手が違ったようだ。だから今回は亜里沙ちゃんのお兄ちゃんになる必要はない……ということを先日亜里沙ちゃんに伝えたらあからさまにがっかりとした顔をされた。少し罪悪感に襲われたがこればかりは仕方ないだろう。
ともかく、今回俺は時間になれば招待券を見せて音ノ木坂に入れるというわけだ。ミッチも海未ちゃんに貰っていたから、もしかすると来るかもしれない。男一人だけよりは、まあ行動しやすいというものだ。うん、ミッチとなら……。
「(……また思い出した……うう……)」
UTXで何があったかは聞かないでくれ。俺とミッチのためにも……。
「まだ大分時間はあるけど……」
μ'sのステージは昼前からだと聞いている。だが、もしかすると天気の関係で時間が前後するかもしれない。そこで早く着いて校内を見学しておこうと思ったのだが、少し早すぎたかもしれない。まだ開始の時間まで二時間もある。しかし、こんなにせっかちになってしまうのも、μ'sのステージが楽しみすぎる故なんだろうな。なにせ俺のためにもう一曲内緒で作ってくれたのだ。期待するなという方が無理な話だ。
そう、今日は彼女たちにとって大事な日。
そして俺にとっても、とても楽しみにしていた日。
今日は楽しい日。
忘れられない一日。
そうなると思っていたのに……。
「……え……?」
俺の前方から誰かが歩いてきた。
最初は見間違いかと思った。
見間違いだと思いたかった。
何故ならそれはもう存在するはずがないから。
しかし、"それら"は確かにそこにいた。
「亮、ちゃん……? 裕太君……?」
「……」
そこに表情がなければ、生気も感じられない。しかしそこにいたのは、確かに俺の記憶の中にいる二人の姿だった。
俺が殺した、二人だった。
「……だ、誰だ……っ」
しかし俺はあれを本物だとはこれっぽっちも思っていない。十中八九、偽物か何かだろう。そして俺の警戒する声に反応した二人は、立ち止まるとその姿を変化させた。
亮ちゃんの姿をしたソレはヘキジャインベスに。裕太君の姿をしたソレはビャッコインベスに。これまた俺が倒したインベスの姿まで模していた。
「……ッ」
「っ、変身ッ!!」
二体のインベスは叫ぶこともなく、静かに俺に向かって駆け出した。俺は奴らを倒すべく……殺すべく、傘を投げ捨てていつもより殺気を込めて叫んだ。
────────────────────―
「おかしいわ。全然電話に出ない……」
絵里ちゃんが携帯を片手に不安そうな声をあげる。だけどその不安は、私たちみんなに伝染してしまっていた。絵里ちゃんも真姫ちゃんも、そして私やここにいるμ'sのみんなも、鉱芽さんに連絡が取れないことを心配していた。
μ'sのライブまであと二時間。既にみんな学校に着いて、今日のライブのおさらい等を進めていた。確かに今日は雨だけど、そんな事で私たちのステージが中止になることなんてありえない……っていうのは穂乃果ちゃんの言葉なんだけど、でもそれは私たちも同じことだった。だって今日の学園祭でステージに立って、そしてみんなに見てもらって、音ノ木坂の入学希望者を増やすんだって、最初にそう決めたもん。それに、私たちだって鉱芽さんに何かを与えられる、そんな自信を持って作り上げた曲を彼に披露するんだ。だから今日が晴れだったり雨だったりは関係ない。みんなに、そして鉱芽さんに今日のステージを見てほしかった。
でも、その肝心の鉱芽さんからの連絡がない。
絵里ちゃんやみんなが何度も連絡をとっても、一向に鉱芽さんに繋がる気配はない。何かトラブルにでも巻き込まれたんじゃないか、まさかインベスと戦っているんじゃないか、ってみんなが心配を始めていた。
「で、でも、インベスと戦ってるんだったら、もう終わるんじゃないかな? ほ、ほら、だって鉱芽さん、そんなに時間かけた事ないし……」
「アイツがニ十分も時間かけることなんて最近はなかった。裕太君の件を除けばね」
「っ」
この中で一番鉱芽さんの戦いを見ている真姫ちゃんが言うと説得力が生まれてしまうのがズルい。もう間違いなく何かあったと考える他ないもの。腕を組んで携帯をかける絵里ちゃんを見つめてる真姫ちゃんの指がせわしなく動いているのも、その焦り故なんだ。
「ことり、今立花さんに連絡が取れました。彼も鉱芽さんを探してくれるそうです」
「そうなんだ。ありがとう海未ちゃん」
それなら安心できる、立花さんだったら大丈夫だ。鉱芽さんの親友でドライバーを持ってる彼なら、きっと鉱芽さんを連れてきてくれる。と、出会ったばかりの彼に縋ってしまうのも、みんな彼を信頼しているからだ。
少し心配だけど、でもこれで何とかなる……そう思いかけていたところで、絵里ちゃんが……。
「っ、だめ。やっぱり出ない……探してくるわ」
「はぁっ!? ちょっと絵里っ、アナタ何考えてるのっ!?」
「そ、そうだよ絵里ちゃん。危ないし、鉱芽さんの邪魔になっちゃったら……」
「放してっ! 心配なのよっ! 居ても立ってもいられないくらいに!」
立花さんが探してくれると言った傍で、絵里ちゃんは部室から出ていこうとした。もちろん私たちが総出で取り押さえるけど、それでも絵里ちゃんの意志は揺るがない。珍しく我を忘れたかのように叫び、私たちの手を振りほどこうとする。
「絵里っ、今日が何の日か分かってるの!? 葛木が心配なのはわかるけど、でもアンタが倒れたり居なくなったりしたらどうすんのよ!? 他のお客さんまで迷惑かける気ぃ!?」
「そんなの分かってる! でもっ、不安で仕方ないのよっ! お願いよにこっ、行かせて!」
「こんの分からず屋──」
「私も行くわ、にこちゃん」
「──っ、はぁっ!? 真姫、アンタまで何言ってんのよ!?」
このまま絵里ちゃんとにこちゃんの口喧嘩が続くのかと思ったら、今度は真姫ちゃんが出ていくという始末。にこちゃんも、そして私たちも驚いてしまう。そしてその隙に、一瞬みんなの手が緩んでしまう。
「絵里と一緒に行く。時間になったら、私が絵里を連れ戻すから」
「でもその過程で何かあったりしたら……」
「最悪……七人で踊って。行くわよ絵里っ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
にこちゃんが止めるのも聞かず、真姫ちゃんは絵里ちゃんの手を掴んで走り去っていってしまった。突然のことで私たちも対応できずに逃がしてしまった。でもみんな気持ちは痛いほど分かってる。だから誰も二人を責められない。
「ホントは私だって行きたいわよ……っ」
そう呟いたにこちゃんの言葉が、きっとみんなの本音なんだ。
「……(鉱芽さん)」
雨が、痛めつけるように窓を叩き付けていた。
────────────────────―
「くっそ! (なんなんだコイツら……ッ)」
「……」
最初にインベスが迫ってきてから、俺はその爪を召喚された二刀で防いだ。しかしその後の攻防だが、二体のインベスは何故か積極的に攻撃をしてこようとはしなかった。インベスは能動的に攻撃はしているのだが、まるで殺気を感じないのだ。そしてインベス自身は俺の攻撃を防御するよりも、逃げに徹している。まるで俺を殺すことが目的じゃないみたいに……。
そして俺の攻撃もどういうわけか、いくら斬り付けてもダメージを負っている感じがしない。斬っても斬っても、身体から血が飛び散り、血が地面に滴り落ちても、一向に止まる気配がない。いくら斬っても倒れない、まるでゾンビのような生命力に、逆にこちらの体力が先に尽きてしまいそうだ。
「ハァ……ハァ……」
「……」
変身してどれだけの時間が経っただろうか。そして何度斬り付けただろうか。インベスを斬る度にいつもの嫌な感覚が襲ってくる。いや、いつものそれではない。亮ちゃんや裕太君を斬った時の、心まで引き裂かれるに似た感覚が再び襲ってくるかのような錯覚に見舞われる。
「ハァッ!!」
──鉱芽っ!
「くっ、ゥラァァッ!」
──お兄ちゃん!
斬り裂くたびに彼らの幻聴が聞こえるのは本当に俺の気のせいなのだろうか……。あまりにも生々しく聞こえてくる彼らの悲鳴が、耳から離れなくて頭がどうにかなりそうだった。クソッ、これが俺の心の弱さだっていうのか……っ。
もし彼らに目的があるとすれば、それは俺を殺すことじゃなく、俺の精神を壊すこと。それも誰にも直せないほど完膚なきまでに。そして今までにない、こんな陰湿なことを仕組んでくる奴と言えば、武神を除けば恐らく……。
「ふざけんな……っ」
合宿の時と同じく未だ姿を現さないない敵に向けて俺は悪態をつく。何よりわざわざあの二人の顔まで再現して俺に仕向けたということが腹立たしい。腹の底から沸々と湧き上がる怒りを抑えるのが苦しいほどだ。
しかしこれ以上彼らを斬るのも、嫌だ……。
だから……。
「ふっ!」
「……」
──もう終わらせよう。
俺は大橙丸の刃をヘキジャインベスの右肩から首筋に突き付けた。これならもう逃げられないだろう。そして無双セイバーを掴んだ右手を戦極ドライバーのカッティングブレードに伸ばし──
「鉱芽……」
「っ!」
瞬間、インベスは亮ちゃんの姿へと変化した。それどころか、彼女の声まで話し出したのだ
「また、殺すの? 私、また鉱芽に殺されるの……?」
何故その声が出せる? 何故その空気を纏える? 何故それを知っている? 頭の中の疑問は潰えない。刃を肩に乗せられた亮ちゃんの形をしたソレの表情は、怯えているようにも泣いているようも見えた。
「お兄ちゃん、もう痛いのは嫌だよ」
その背後から聞こえる少年の──裕太君の声が届く。後ろのソレもまた、裕太君の姿と声をしているのだろう。目の前の彼女同様、その声は怯えている。まさか彼らは本当に生きているのか。そう感じずにはいられなかった。
しかし──
「鉱芽、またみんなで踊ろうよ、ね?」
「ユウゴ兄ちゃんにも、お姉ちゃんにもまた会いたいな」
「(いや……)」
一瞬、彼らが生きているならそれでもいいと思ってしまう。しかし俺はもう一度心の中に思い描いた。俺を支え続けた真姫を、俺を抱きしめてくれた絵里を、俺を受け入れてくれると言ってくれたことりを。俺を勇気づけてくれたμ'sを!
「「はぁっ、はぁっ……」」
怖がってもいい。責任を感じてもいい。だから──
「あの二人は死んだ。俺が殺したんだよ……」
「そうだね。鉱芽が殺したんだよ?」
「でも今度は斬らないよね? お兄ちゃん」
「だから……」
「「鉱芽ぁっ!!」」
──真実から逃げるなッ!
「下手な小細工とかするんじゃねぇ」
『オレンジスカッシュ!』
「こう──」
「ッ!!」
オレンジ色に輝いた刃が目の前の少女を両断し、すぐさま背後の少年の影も斬り裂いた。
「ひどいよ──」
少年の姿をしたインベスは、最後にそう言い残して消滅した。彼らの後に残された灰も雨がすぐ流し去ってくれる。ただ、雨が俺の身体を叩く音が煩かった。
「鉱芽っ!」
「大丈夫なのっ!?」
時間がかかってしまったが、とりあえずは終わった。そして俺は雨の中、傘も持たずに走ってきた絵里と真姫に変身を解いて振り返る。俺が思っていたよりも近くまで来ていたようだ。もしかするとさっきのも見られていたかもしれない。しかし彼女たちの顔を見て安心してしまった。もちろん、さっきの彼女たちの声も……。
「ああ、大丈夫」
「本当に? だって今のって──」
「だーい丈夫だってだから。ありがとな」
──お前たちのおかげでな。
そうとは口にはしないが、とりあえず彼女たちの頭にぽんっと手を乗せる。ってうわっ、びしょ濡れじゃんかこいつ等……。今日が大事な日だってのにこんなになってまで走ってきたのか……。
「(俺のために……ばかっ)待ってろ、ちょっと傘取ってくるから」
そう言って彼女たちを屋根のある場所で待たせ、先程投げ捨てた傘を取りに行こうとした。
「なんだ。やはり倒したのか」
「っ!?」
その時、急に俺の目の前に一人の男が現れた。
いつ出てきたのか分からない。最初からそこにいたのか、それとも今しがた建物の脇から出てきたのか、それともその場に急に出現したのか、まるで見当がつかない。そこにいるのが自然だと言わんばかりに悠然と構えているその姿が、神聖にも不気味にも思えた。
「存外、冷酷な奴だな」
雨の中傘すら差さずに、それも夏の蒸し暑い季節だというのに、全身を黄金の装飾が乗った黒い衣装で身を包み、それでいてまるで苦に感じた素振りを見せない姿勢が、一瞬綺麗だと思ってしまった。しかしその整った服や髪が雨に打たれているにも関わらず、まるで濡れていないのが不気味だった。雨を弾いているわけでも、何か膜を張っているわけでもないが、まるで自身が"そうあるべき"だと言わんばかりに男の全身は雨の中でも崩れる事なく保たれていた。まるで概念のようだ。
「では次は、こちらから行こうかな」
「っ、それは!」
男が両手に出したそれらを見て、俺たちは全員息を飲む。男の左手には俺と同じ戦極ドライバーが。そして右手には、俺の見た事のない黒いリンゴの浮彫が施されたロックシードが握られていた。
そして男はドライバーを腹部に押し付け、装着を完了させる。そして──
『ダークネス!』
雨が、一層強くなった。
遂に姿を現した闇。その力は……っ!
次回もご期待ください。