ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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~前回までのあらすじ~
ついに学園祭の日が訪れた。しかし鉱芽との連絡が取れず、絵里と真姫は雨の中捜索へと駆け出した。一方鉱芽は、過去の因縁を模した幻との戦いに苦戦を強いられていた。戦いの果てにこれを退けることに成功した鉱芽は、同時に絵里と真姫と合流する。しかし、そんな彼らに真の闇が迫っていた。

それでは今回もどうぞ。

凛ちゃん、誕生日おめでとう!


第80話 邪武

 男が謎のロックシードを解錠すると、例の如くその頭上でクラックが開き、中から真っ黒な林檎の形をしたアームズが降下してくる。

 

 

「この世界の文字というのは興味深い」

 

「え?」

 

 

 解錠されたロックシードを片手に持ったまま、男は語り始める。その異様に落ち着いた佇まいが逆にこちら側の警戒心を高める。しかしヤツが言葉を発した瞬間、俺は背筋に得体の知れないものが走る感覚に襲われた。

 

 

「例えば漢字というものは、一つの文字にいくつもの読み方がある」

 

「だから何を──」

 

「ならばそれに(てら)い、私は『黄金』から、そうだな……『コウガネ』と名乗らせてもらおうか」

 

『ロックオン!』

 

 

 自らを「コウガネ」と名乗った男は、ロックシードをドライバーにセットし、施錠する。ただそれだけの行動なのに、息切れを起こしそうになる程の緊張感に包まれる。

 

 

「今までは名づけられてばかりだったのでね、たまには自分から名乗らせてもらおうとね」

 

 

 実に満足そうに語るコウガネに、俺は無意識ながらにロックシードを握りしめていた。意識してかは分からないが、そこに自分の名が含まれていることに僅かながら嫌悪を抱いてしまっていた。

 

 

「お前は……なんだっ……」

 

 

 きっと雨が降っていなければ、俺は自分の額や首筋を流れる大量の汗を誤魔化しきれなかっただろう。それほどまでに、このコウガネから放たれるプレッシャーは凄まじいものであった。ただ喋るだけなのに、それだけで俺の体力を、精神を根こそぎ奪っていってしまうほどの威圧感が、この空間を支配していた。

 

 

「何とは、ふむ……何も聞かされておらぬのか……まあよい……」

 

 

 如何にも残念そうといった顔を隠そうともせず、コウガネはまるで俺を見下すかのように見据える。一人で何を勝手に察しているのか、馬鹿にしているのかが分からず、だんだんと怒りが込み上げてくる。ヤツの頭上にアームズがあるということを一瞬忘れてしまいそうになるほどだ。

 

 

「変身」

 

『ダークネスアームズ! 黄金の果実!』

 

 

 しかしコウガネは戦極ドライバーのカッティングブレードを操作し、ロックシードを切り開いた。コウガネに降下した黒い林檎はヤツの身体に白いライドウェアを纏わせ、自身も展開してその纏い主を守護する鎧へと変化する。そうして現れた漆黒の鎧は攻撃的で刺々しく感じられるが、何よりも異様だったのがその仮面だった。蠢く炎のように禍々しく、この世の全てを蝕みかねない邪悪な意匠が見られた。

 

 そして俺はこいつを一度見たことがある。

 

 

「変身っ!!」

 

『ミックス! ジンバーレモン! ハハーッ!』

 

 

 謎の黒いアーマードライダー。それはμ'sの合宿の時に一瞬だけクラックの向こう側に見えた、あの闇だった。今までμ'sを付け狙い、その命を奪おうとしたクソ野郎だ!

 

 

「ブッ倒す!」

 

「ふはは……来い」

 

 

 対峙する二人の鎧武者。雨が更に強さを増していることなど、俺には気付くこともなかった。

 

 

 

 ──────────────────────―

 

 

 

「鉱芽さん……」

 

 

 窓の外の降りしきる雨を見つめながら、何度目かになるか分からない溜息を零す。絵里ちゃんたちが鉱芽さんを探し始めた時から学園祭は既に始まっており、廊下では多くの楽しそうな声があちこちで響いている。だけど私にはそんな喧噪よりも、雨が窓を打ちつける音しか耳に入ってこなかった。ずっと窓の外で、鉱芽さんたちが来るのを今か今かと待っていたから。でも、鉱芽さんは来ない。

 

 

「ことりちゃん」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

 

 不安に駆られ、泣きそうになっている私に声をかけてくれる穂乃果ちゃん。てっきり慰めてくれるものかと思っていたんだけど……。

 

 

「鉱芽さん、探してきていいよ」

 

「……えっ?」

 

 

 穂乃果ちゃんの言葉が一瞬信じられず、言葉が出なくなってしまう。

 

 

「だってことりちゃん、今すごく不安そうだもん。そんなんじゃ、ステージに立ってもちゃんと踊れないよ?」

 

「で、でも穂乃果ちゃんっ。みんなにも迷惑が」

 

「今日ぐらいかけてもいいですよ、ことり」

 

「っ、海未ちゃん……」

 

 

 穂乃果ちゃんだけでなく、海未ちゃんまで私の背中を押してくれた。

 

 

「ただし、見つかる見つからないに関わらず、本番には間に合うように戻ってきてください。ですから行ってきてください。私たちはことりがどれだけ鉱芽さんをお慕いしているかを知っています。今だって不安で押し潰れそうなのでしょう? ならば貴女は行くべきです。そして、なんとしても鉱芽さんを連れてきてくださいね」

 

「ああっ、海未ちゃん私の言いたいこと全部言ったぁ~!」

 

「本当ですか穂乃果?」

 

「ふふふっ」

 

 

 とか言っちゃって、海未ちゃんも最初と最後で言ってる言葉が変わってるよ。結果がどうでも戻ってきてって最初に言ってたのに、最後は何としても連れてきてだなんて……。やっぱり海未ちゃんも鉱芽さんが心配なんだなぁ。

 

 

「ありがとうっ。穂乃果ちゃんっ、海未ちゃんっ。私、行ってくるねっ」

 

「頑張ってねことりちゃん。みんなにはちゃんと言っておくからっ」

 

「見つけたら文句の一つでも言ってやってください」

 

「うんっ」

 

 

 そうして私は傘を差して、土砂降りの中を走り出した。滝のように地面や傘を打ちつける雨も何のその、私の大好きな人を見つけるまで諦める気がしなかった。

 

 

「(鉱芽さん……無事でいて……っ)」

 

 

 

 ──────────────────────―

 

 

 

「ぐぅああぁっ!!」

 

「鉱芽ぁぁっ!!」

 

「ふん、その程度か?」

 

 

 水が溜まった道路の上を無様に何度も転がる鎧武。彼は今しがた蹴られた腹部を押さえながらも、なお立ちあがる。

 

 

「ハァ、ハァ……ッ、はあああああっ!!」

 

 

 数回の息継ぎを終えてすぐさまソニックアローで斬りかかる鎧武であったが、その刃はこれまで繰り返した何十、何百のように、コウガネには届かなかった。コウガネ──否、アーマードライダー邪武(じゃむ)の手によって掴まれ、赤子の手をひねるように防がれ、そして返されてしまうのだった。

 

 

『オレンジオーレ! ジンバーレモンオーレ!』

 

「うらぁあ!!」

 

「無駄だというのに。はっ」

 

「なっ、ぅがはっ!」

 

 

 オーレの攻撃すら素手で止めてしまう邪武は、すぐさま反対の手に握られている紫の大橙丸──ダーク大橙丸で鎧武を斬り裂いた。斬り飛ばされ、何度目かになるか分からない濡れたアスファルトの感触を味わいながら、鉱芽はこれまでに行ってきた攻撃を思い返していた。

 

 現段階で最も総合力の高いジンバーレモンの攻撃は全てダーク大橙丸、或いは素手で受け止められ、笑いたくなるほどに簡単に斬り返される。ただいたずらに斬り込むだけじゃ倒せない敵だというのは鉱芽も初撃で理解出来た。ならば射撃はどうだ、と矢での攻撃に転向してみたが、打った矢は尽くその刃で消し飛ばされた。その後すぐに上空から無数の矢を雨のように打ち込む散弾は邪武の身体を捕らえたが、その鎧に傷一つ付けることはかなわなかった。この時点でもはや矢でのダメージは期待できなくなってしまった。ジンバーピーチもこの戦闘では意味を成さないだろう。

 

 ならば速度を上げるまで、と鉱芽はジンバーチェリーに変身した。刃が届かないなら、その上をいく速度で斬り込むしかない。そう期待を込めて彼は走り出した。そしてソニックアローの刃は一度邪武の身体に届いたのだ。しかし──

 

『っ、なっ、え……?』

 

 刃が邪武の身体に暮れた途端に、自分が乗せていた全てのエネルギーが止まってしまったのだ。刃に込めたパワーも、そして斬り込むために使った運動エネルギーも。つまり、邪武の身体に刃を当てたまま、静止した鎧武がそこにいた。

 

 鉱芽には何が起こったのか一瞬理解ができなかった。しかし彼は似たような現象を知っていた……知ってしまっていたために、戦慄が走った。人間界の兵器が、ヘルヘイムのインベスに効かないのと同じ現象が、今自分の身体に起こったのである。果実の力を持たない人間界の存在がどんな兵器を用いようが、インベスにダメージを与えることができない。それを覆せるのが、同じ果実の力を用いて戦うアーマードライダーのはずであった。だというのに、目の前の存在はそもそもアーマードライダーの攻撃さえ無に還したのだ。

 本当にそれと同じ現象が起きているのかは分からない。ただ単に力の差がそう感じさせているだけかもしれないが、今の力で邪武にダメージを与えられないのは確かだった。

 

 そして未だこの戦闘では使っていないジンバーメロンは、そもそもジンバーレモンでダメージを与えられない敵に対して使う術ではない。ただ自爆するだけである。

 

 

「ぐ、ァア……」

 

「鉱芽っ! 鉱芽ぁっ!!」

 

「やめてっ! もうやめて!! 鉱芽が死んでしまうわ!!」

 

「では逃げるがよい葛木鉱芽。その代わり、女たちは死ぬことになるがな」

 

「っぐ……ふ、ざけん、な……っ」

 

 

 鉱芽には今の邪武に対して打つ手が思い浮かばなかった。しかしそれでも彼は諦めることを知らない。故に無駄だと感じていても、彼は挑むことをやめなかった。ここで諦めれば、きっと邪武は後ろの彼女たちを殺す。それだけは絶対に許せなかったからだ。

 

 

「全く……もう止めておけ。辛いだけだろうに」

 

「ぐ……とか言って……ハァ……どうせ……っ、助ける気もないくせに……っ」

 

「助ける気がない? ふふふ、いやいや、私はむしろ君を救いにきたのだよ。葛木鉱芽」

 

「救いに……っ……きた……?」

 

 

 突如として自身の目的を語り始めた邪武──コウガネ。しかし鉱芽にはその言っている事の意味が全然理解できないでいた。一体何をどうすれば救うという話になってくるのか、皆目見当がつかなかった。

 

 

「辛いだろう。大事な人の命を奪い、その罪に苛まれるのは」

 

「……ハァ……だから……なんだ……っ、今更、助けなんて間に合ってらぁ……ハァ……」

 

「そうか……しかし残念だな」

 

「あ?」

 

「私が救えるのは、君か、彼女たちか。どちらかということがだよ」

 

「何、を……?」

 

 

 全身を激痛に見舞われながらも、鉱芽はコウガネに話を促した。それで憎き目の前の敵の目的が聞けるのなら、と。今の内に体力の回復と、そして次の手を考えられるのなら、と。彼にはこの絶望的状況を変えるために、藁にでも縋りたい気持ちであったために、コウガネの言葉に話し半分で耳を傾けていた。

 

 

「単刀直入に言うとだね、私は君が邪魔なのだよ。私の救済を妨げる可能性の内の一人だからね」

 

「……」

 

「君か、あの九人か。どちらかが居なくなってくれれば、私はそれ以上何もしない」

 

「え?」

 

「君がここで死んでくれれば、私は彼女たちを手にかけなくて済むと言ってるのだよ。逆もあるがね」

 

 

 一瞬、コウガネの出した条件が魅力的だと思ってしまった。しかしすぐさまその考えを頭から消し去る。そして鉱芽は自分を恥じた。どうしてそんなことを一瞬でも飲もうと思ってしまったのか、と。片方が助かるために片方が死ぬ……そんなこと、自分も彼女たちも許さないだろう。誰かが悲しむ結末など、鉱芽は選ぶことはできなかった。

 

 

「ふざけんな……」

 

「……」

 

「なんで俺たちが邪魔なんだよ……お前は……お前は何なんだよ!!」

 

 

 理不尽な選択を迫るコウガネへの怒り、そして無力な自分への怒りが、鉱芽の全身を震えさせていた。彼に恐れなどない。あるのは、ただ身を包むような燃えあがる怒りの炎だった。

 

 

「ふふふ……いい怒りの感情だ……」

 

「答えろ!! やっぱり、お前は人間じゃないのか!?」

 

「……人間などと……ふんっ、愚かな」

 

 

 鉱芽が「人間」という言葉を口にした瞬間、初めてコウガネの口調に怒りが込められた。

 

 

「自らの人為的な進化を成したフェムシンムならいざ知らず、低俗で低能なレベルの低い猿と同等に扱われるなど、屈辱の極み!」

 

「な、何を怒ってるの……?」

 

「それよりフェムシンムって何?」

 

 

 コウガネの口から出てくる名称に絵里と真姫には心当たりがなかった。しかしその疑問は鉱芽も同じことであった。

 

 

「フェムシンム……って何だ?」

 

「……は?」

 

 

 その間抜けな声を挙げたのは他の誰でもない、コウガネであった。首をギチギチと小刻みに震わせ、恐る恐る鉱芽の顔を見据える。仮面越しではあるが、その中では目を見開いているであろうことは容易に想像できよう。そしてコウガネの身体を包む震えも、次第に大きくなっていった。

 

 

「まさかお前……フェムシンムを知らぬと? "グランジョムの子"が、フェムシンムを知らぬと言うか!? ……ックク……アッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 

 突然、身体を沿って大きく笑い出したコウガネに、鉱芽も絵里も真姫も訳が分からず動きが止まってしまう。一方のコウガネだが、何かがツボに入ってしまったのか、高笑いが収まることなく土砂降りの中ずっと一人で笑い続けていた。

 

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハッハ──」

 

「ま、待てよっ、何なんだよフェムシンムって! グランジョムって何のことなんだよ!!」

 

 

 もちろん鉱芽も、コウガネが自分の言動のために笑っているだろうことは想像がつく。しかし理由も分からず一方的に笑われていい気がしなかった。そして自分の知らない何かを、いや、自分が知らなければいけないことを、目の前の存在は知っている。その焦りが鉱芽を蝕んでいた。

 

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハッハ──」

 

「答えろ……答えろよォッ! おいッ!!」

 

 

 聞かなければならない。知らなければならない。それを知らないと、自分は自分でなくなってしまう。そんな今までに感じたことのない危機感が鉱芽を襲っていた。

 

 

「──ハハハハハハハハッ!! はぁ……これは愉快。しかし本当に何も知らぬようだな、葛木鉱芽」

 

「お前は何を知ってる……っ」

 

「さぁ……だが、自分が何者か知らぬまま死ぬのもまた一興だろうな……」

 

「お前…………っ?」

 

「ぬ?」

 

 

 コウガネ──邪武が刃を構え、再び一触即発という状況になった時、そこにいる者たちの耳に空気を裂くような高い音が鳴り響いていた。

 

 そして……。

 

 

 ──ダダダダダダダダッ!!

 

 

「うおっ!?」

 

 

 耳を塞ぎたくなるような爆音とともに、邪武の周りの地面が踊るように跳ね上がる。地面に溜まった水も跳ね上げ、何も知らなければ噴水ショーに見えた事だろう。

 

 

「やっと来たか……スイカさん」

 

「……なるほど、それを呼んだか」

 

 

 爆音はガトリングガンの発射音だった。邪武を襲った弾丸を放った張本人──無人スイカアームズは、依然空中でその銃口を邪武に向けている。鉱芽の上空に浮かび上がる巨大な二機の無人スイカアームズを見て、コウガネは仮面の下でほくそ笑む。

 

 

「絵里、真姫、今のうちに逃げろ」

 

「こ、鉱芽っ。でも──」

 

「大事なステージなんだろ? 後で行くから、なっ?」

 

「……っ」

 

 

 できるだけの虚勢を張って穏やかな声を作り、鉱芽は彼女たちを逃がすべく邪武の前に立ちはだかる。これだけの戦力がいれば、倒すことはかなわくとも、彼女たちを逃がすことはできる。その後でなら、自分も離脱することができる。

 

 

「簡単に行かせるわけがなかろう」

 

 

 しかし鉱芽の目論見はあまりにも甘すぎた。邪武がその手を無人スイカアームズへと向けた瞬間、浮いていたはずのそれらの挙動に変化が現れた。巨大な図体がガタガタと音を立てて揺れ始め、次第に絵里と真姫の方へと後退を始めたのだ。

 

 

「な、なんだ……っ?」

 

「少し使わせてもらおうか」

 

 

 邪武の言葉と共に、無人スイカアームズは滞空形態のジャイロモードから歩兵形態のヨロイモードへと変化した。そして絵里と真姫の逃げ道を塞ぐように、出現した巨大なスイカ双刃刀を彼女たちに突き付けた。あまりに突然ことで、そして凶器を突き付けられた恐怖で、二人は動けなくなってしまう。鉱芽も一瞬、何が起こったのか分からず我が目を疑ってしまった。

 それと同時に鉱芽は思い出した。ここ数日続いたスイカアームズの不調を。合宿の日に、突如として停止したスイカアームズを。そして察した。全てはこの目の前の男によるものだと。スイカアームズも、もはやこの男の手駒になってしまったのだと。

 

 

「お前……っ!」

 

「逃げようとせん限りは襲わんよ。だがこれで逃げられないな。さて、どちらが命を差し出す?」

 

「ふざけんなァ!!」

 

『オレンジオーレ! ジンバーレモンオーレ!』

 

 

 自らの術を逆に利用され、二人を人質にとり、あまつさえ尚もどちらを犠牲にするかと問う存在に対し、鉱芽の抱いた怒りは計り知れないものだった。頭に血が上り、もはや半ば本能的に襲い掛かる鎧武。しかし邪武は、その攻撃を全く防ごうとはしなかった。ソニックアローの刃を受け入れ、自らの身体を差し出す邪武。しかし檸檬色の高密度のエネルギーを纏ったはずの刃はその身体を斬り裂くことはなく、音もなく首筋で止まってしまった。鉱芽の怒りはまたしてもその身体を傷つけるのには届かなかったのである。

 

 

「っ、うるぁあッ!」

 

「野蛮な……ふんっ」

 

「ぅがぁ!?」

 

 

 再度斬りつける鎧武に対し、ほとほと呆れ返ったと言わんばかりの声色で邪武は鎧武の足を払い、簡単に地面に押し倒した。地を這う鎧武の背を踏みつける邪武。辺りにはギリギリと鎧武の背を踏みつける音と、雨が地を叩く音、そして鉱芽の呻き声と彼を慕う二人の叫びが轟いていた。しかしコウガネにとっての呻きや叫びは、小鳥の囀りでしかなかった。それを心地よいとすら感じる邪武は、もっと聞かんと、その脚を大きく振り上げ……。

 

 

「ァ……っぐ……アァ……」

 

「諦めの悪い奴だ…………フンッ!」

 

「ッ!? ッがあ゙あ゙ア゙ア゙ア゙ァァァァッ!!!」

 

 

 その踏み込んだ足は鎧武の腕を折った。左腕を襲う焼けるような痛みに悶え叫ぶ鎧武に対して邪武は更に蹴りを入れ、鎧武は絵里と真姫のいる場所まで吹き飛ばさる。ダメージが遂に限界を迎え、変身が解除される鉱芽。使い物にならなくなった左腕を庇い、雨に濡れた地で悶える鉱芽に居ても立ってもいられず、絵里と真姫は駆け付ける。二人ともこれ以上は死んでしまうかもしれないという恐怖から涙を流していたが、脳を支配する激痛に視界が揺れ、そして痛々しく打ちつける雨のせいで、鉱芽は彼女たちの眼から流れる涙を見ることができなかった。

 

 

「ィ、アァ……がぁ……く、そ……あ゙あ゙ァッ!!」

 

「鉱芽!! 鉱芽ぁッ!!」

 

「もうやめて……もう、逃げて……逃げて鉱芽!! アナタだけでも逃げて!!」

 

「ほほう」

 

 

 絵里と真姫は息も絶え絶えになる鉱芽を抱き寄せ、必死に訴えた。これ以上戦ったら死んでしまう。自分たちのせいで鉱芽が死んでしまう。そんな絶望から鉱芽に逃げるよう求める彼女たちに、邪武は感心したように声を漏らした。しかしそこに驚きはなく、それもまた可能性の一つに考慮していたのだ。しかし鉱芽はそれを善しとはしない。自分が逃げれば死ぬのは彼女たちなのだ。だから彼には彼女たちを置いて逃げるという選択肢はなかった。

 葛木鉱芽にはもはやどうすることもできない。それを悟ったコウガネは自身の変身を解除した。雨に打たれ固まり寄せ合う三人を、まるで慈しむかのように、そして憐れむかのように彼は見つめていた。

 

 

「言葉に甘えてみるのもいいと思うのだがね」

 

「ぐぐ……ァ、ふ、っざけんな……」

 

「他人の厚意には甘えておくものだ。そう言えば、あの少年もそうだったな」

 

「っ……少、年っ……」

 

 

 ふと懐かしむように、鉱芽に語り掛けるコウガネ。しかし鉱芽はコウガネの言う『少年』というワードに悪い予感を抱いた。故に痛みで意識が飛びそうになりながらも、コウガネの言葉を聞き逃すまいと視線を向けていた。

 

 

「確か……何と言ったかな……ほら、君が殺した少年の名だ」

 

「……っ、裕太、君……」

 

「そうそうそれだ。裕太と言う名だったな。私がお礼と言って果実を渡した少年の名は」

 

「なっ!?」

 

「あ、アナタが……」

 

 

 コウガネは悪びれもせず、息をするように事実を告げた。しかしその事実は鉱芽たちからしてみれば突然舞い込んできた知らせであり、驚愕から鉱芽は息と同時に口の中の血まで飲み込みそうになった。そして驚愕が去り、次に彼の心に訪れたのは怒りであった。

 

 

「ちょっと荷物を落としてしまってね。それを拾ってくれたお礼にと、厚意で上げたつもりなのだが……まあ知っての通り、怪物になってしまったがね」

 

「……ッく……んっぐ……~ッ!!」

 

 

 快活で兄思いで礼儀正しく、明るい未来が多く残されていたあの少年がどうして死ななければならないのかと、鉱芽は彼を手にかけた日からずっと悩まされていた。しかしその元凶が自ら真実を明かし、少年の死が事故ではなく意図的なものだと気付かされたのだ。あの少年を、人から怪物へと変えたのは、目の前の存在だと知ったのだ。

 

 

「て、めぇ……ッ、く……ゥッ」

 

 

 痛みなどもはや頭から消え去っていた。痛みよりも、それを遥かに上回る憎しみに身体を支配されていた。今は目の前の敵を潰したい。目の前から消し去ってやりたい。今すぐ飛び掛かって斬り刻んでやりたい。鉱芽は自身が黒い感情に支配されていくのを感じていた。

 だが鉱芽の中に僅かに残った理性がそれを必死に抑え込んでいた。ここで頭に血が上っては間違いなくやられると確信していたからだ。そうなれば、誰も絵里と真姫を守れなくなるからだ。鉱芽を支えていた理性は、誰かを守るという精神の支柱で成り立っていた。

 

 

「そうだ、もし君が逃げたら、彼女たちにも果実を食べてもらうというのはどうだろうか」

 

「……」

 

 

 しかし苦悶の表情で歯を食いしばる鉱芽の理性は、もはや風前の灯だった。そしてコウガネの言葉により彼の理性を繋ぎとめていた最後の線が、プツリと音を立てて切れてしまった。

 

 

「女どもが怪物になればお前を──」

 

「ッ……殺、すッ!」

 

『ミックス! ジンバーレモン! ハハーッ!』

 

「鉱芽!!」

 

 

 それ以上言葉を口にすることなく、鉱芽は間髪入れず変身し、コウガネへと襲い掛かった。目の前の存在が誰であっても構わない。八つ裂きにしてくれる。鉱芽の頭にはもはやそれしか残されていなかった。彼は今、守る事よりも殺す事を選んでしまった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

「いい怒りだ。それを待っていた」

 

 

 しかしコウガネの笑みは崩れない。

 

 鉱芽が怒りに支配され、自分に襲い掛かる事も全て想定内であった。

 

 いや、むしろそうなることが彼にとって最も都合のいい事態であったのだ。

 

 

「ッ!? ッグッ、ガァァァァッ!?」

 

「鉱芽っ!?」

 

「どうしたのよっ!?」

 

 

 鎧武がコウガネに辿り着くよりも先に、その身体は突如として崩れた。突然倒れ、胸を押さえ苦しみだす鎧武に絵里と真姫は駆け寄る。呻き声を上げる鎧武を支えるためにその身体を起こすも、鎧武は二人が分からないとでもいうように暴れまわる。泥水で黒く汚れた仮面と鎧が、真姫には泣いているようにも見えた。

 

 

「あ……ッァ……が、ああぁ……ッ」

 

「ふふふふふ……」

 

「鉱芽っ! しっかりして! 鉱芽ァ!!」

 

「鉱芽にっ、鉱芽に何をしたの!?」

 

「ふふふ、いや、何……彼の心の闇を今ここで花開かせたまでさ」

 

「心の闇って……」

 

「ッが……っ…………」

 

「っ……鉱芽?」

 

 

 もし彼女たちが注意深く彼の身体を観察したならば、その背中に黒い蝗が止まっているのが見えただろう。しかし鉱芽の異常に混乱していた彼女たちは蝗の存在に気付くことはなく、そして蝗もまた鎧武の背中から溶けるように体内へと侵入していき、その姿を消してしまった。

 やがて鎧武から上がっていた呻き声が消え、身体を抑える手の動きも消え、不自然なほどの沈黙が生まれた。

 

 

「こ、鉱、芽……?」

 

「……」

 

「ねぇ、起きてっ。起きてよ! 鉱芽ぁッ!!」

 

「……」

 

 

 絵里の声に鎧武は応えない。声は帰ってこず、ただ雨が彼らを打ち付ける音のみが響き渡る。真姫は叫ぶことなく、ただ自身の手で動かなくなった鎧武の右手を握り締め、動き出すのを信じていた。

 

 

 ──ピクッ

 

「っ!? 鉱芽!」

 

 

 真姫が握っていた右手に力が籠り、二人は鉱芽が意識を取り戻したことを確信した。そしてゆっくりと立ちあがり、その全身を絵里と真姫に曝した。その時、ようやく二人は鎧武の変化に気付いた。

 

 仮面や鎧やが泥にまみれて汚れているのかと思ったが、それは違っていた。

 

 鎧武の陣羽織を彩る檸檬色は、紛れもない黒色に染まっていた。仮面も、鎧も、陣羽織も、ロックシードも、全てが黒で染まり切っていた。底が知れない深い闇の如く、見るものを闇に誘わんとするその風貌に、二人は思わず恐怖を覚えてしまう。

 

 彼女たちは思っていた。これは鉱芽だ。自分の想い人だ。彼に恐怖なんて抱くはずがない。なのに、この胸を襲う不安は何なのだろう、と。

 

 

「鉱芽、なのよね?」

 

「……ああ」

 

 

 鎧武は絵里の問いに答え、彼女もほっと安堵してしまう。

 

 だがそれは鎧武であって鎧武ではなかった。

 

 鎧武を守る戦士だとすれば、この黒い鎧武は正反対の倒す戦士。

 

 

「……」

 

「え、こ、鉱芽……? 何してるの? ど、どうしてこっちに武器を……」

 

 

 それはもはや、かつて彼女たちが慕っていたヒーローの姿ではなかった。

 

 もし仮にこの場に鉱芽の父──戦極岳斗がいれば、今の鎧武をこう名付けただろう。

 

 

 ──アーマードライダー鎧武・闇 ブラックジンバーアームズ

 

 

「やっぱり邪魔だよ。お前ら」

 

 

 雨は未だ弱まる事を知らない。




次回、「第81話 闇の鎧武」

次回はいつもより早めに更新されますのでご期待ください。
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