ラブライブ! ー果実の鎧武者ー   作:春巻(生)

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~前回までのあらすじ~
コウガネが変身した黒いアーマードライダー――邪武に、鎧武は手も足も出なかった。しかしコウガネが鉱芽を挑発し、鉱芽が怒りと憎しみに飲み込まれた時、その身体に異変が起こる。そして黒く闇に染まった鎧武は、絵里たちに刃を向けたのだった。

それでは今回もどうぞ。

後書きにてお知らせがございます。ご一読ください。


第81話 闇の鎧武

「え……?」

 

 

 今見ているものが幻だと絵里は思った。聞き間違いだと思った。どうして鉱芽が……自分の信じた人が、こうして自分に刃を突き付けているのか。どうして自分たちに向けて「邪魔」なんて心の籠っていない言葉を吐き捨てるのか。現実を有りのままに受け止めきれず、頭の中が真っ白になっていく。

 

 

「こ、鉱芽……何を、言ってるの?」

 

「あ゙あ゙? 恐怖で耳がイかれたか? お前らが邪魔だって言ったんだよ」

 

「ちょ、ちょっと……こんな時に何言ってるのよ……」

 

「ふふふ、まあ落ち着け葛木鉱芽よ。まずはこちらへ寄れ」

 

「……チッ」

 

「え……ちょっと待ってよ……どうしてそっちに行くのよ……」

 

 

 絵里と真姫は目の前の光景が信じられなかった。鎧武はコウガネの言葉に従い、傍まで歩み寄ったのだ。鎧武に敵意は感じられず、コウガネもまた鎧武に危害を加える気はなかった。先ほどまで敵対していたはずの二者が一瞬にして仲間となったのだ。二人にしてみれば裏切られたも同然の光景であった。

 

 

「傷を癒してやろう」

 

「ふんっ」

 

「……う、嘘……」

 

「腕が……」

 

 

 コウガネが鎧武の折れた左腕へと手を添えると、そこから黄金に似た淡い光がその腕を包み込む。光が収まるや否や、鎧武はそれを確認するかのように拳を何度も握っては開き、そして腕を振り回す。コウガネはこの一瞬にして、人間の折れた骨を修復してしまったのだ。あまりの規格外の力に、絵里と真姫は恐怖を追い越して神秘性すら感じてしまった。

 

 

「さてと、募る話もあるだろう。存分に語り合うのも面白かろうて」

 

「ぅ、鉱芽……」

 

「絵里、真姫。お前ら、こんな俺に何か言いたそうだな」

 

『ロックオフ』

 

 

 鎧武はロックシードを畳み込み、ドライバーから外して変身を解除する。黒い鎧の中から出でた鉱芽の姿は、一見今までと変わりのない葛木鉱芽そのものであった。それが纏う空気もまたほとんど鉱芽本人のものだと二人は感じていた。しかしその内に巣食う僅かな"何か"が、目の前の存在が今までの彼とは違うと直感で伝えていた。一歩一歩と近づいてくるそれだけの挙動が、二人にはまるで遠い別人を見ているような感覚に陥らせた。

 

 

「ア、アナタは本当に鉱芽なの?」

 

「ああ、どっからどう見ても葛木鉱芽だ。お前らに在らぬ幻想を抱かれ、ヒーローにならざるを得なかった哀れな男さ」

 

「こ……鉱芽……っ、鉱芽に何をしたの!?」

 

 

 絵里はコウガネに叫んだ。確かに絵里から鉱芽の境遇を見た時、それは哀れにしか思えないものであった。しかし少なくとも葛木鉱芽という人物は、自分の立場を他人のせいにする人ではなかったのだ。故に絵里は、鉱芽がそんな言葉を吐くとは到底信じがたかった。鉱芽の意志で生まれた言葉だと認めたくなかった。

 

 

「言ったであろう、彼の心の闇を花開かせたとな。洗脳などしとらんよ。私に危害を加えない以外はな」

 

「でも鉱芽は……鉱芽はこんな……」

 

「そちらの女は気付いているようだが? そいつの言葉が紛れもない本心であると」

 

「っ」

 

 

 真姫は絵里とは反対に、それが間違いなく鉱芽だと感じていた。今彼の口から語られたことこそが、鉱芽の心に眠る闇、即ち自身の弱さだと知っていたからだ。鉱芽の抱える闇を、弱さを、ずっと近くで見てきた真姫にはそれが理解出来た。鉱芽の眼差しの奥で燻っていた熾火(おきび)は、今まさに業火へと変貌しようとしていたのだ。

 

 

「分かってるっ。でもっ、鉱芽はそれでも私たちを守ってくれたっ。どんなに辛い目に遭っても、それを他人に見せないように頑張って……それが私の好きな鉱芽だって──」

 

「お前の好きが俺の好きと同じなわけないだろ」

 

「──っ、鉱芽……」

 

 

 それでも、と真姫は鉱芽へ語りかけることを止めない。しかし愛した人に軽蔑するかのような目で見つめられ、真姫は言葉を失ってしまった。

 確かに彼の言う言葉は本心かもしれない。それでも自分が愛した人は、己がどれほど傷ついてもそれを一人で抱え込んでしまう馬鹿な男であった。何度も直すように進言しても一向に治らない悪い癖は、死んでも治らないのだと真姫は思っていた。そんな人が、呆気なく自分の弱さを晒して、あまつさえ他人に当たり散らしたのだ。当人を知っている真姫にとっては、その変化が何よりも悲しかった。

 だから真姫はコウガネの言った「心の闇を花開かせた」という言葉の意味を理解できた。鉱芽の思考そのものは変わっていない。これは彼の心の内が表面化した結果なのだと、真姫はそう推測した。

 

 しかしもはやかつての優しかった鉱芽はいない。内から這い出てきた闇が鉱芽自身をも包み込み、その性格まで凶暴になってしまったのが今の鉱芽であった。

 

 

「俺だってうんざりなんだよ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよって。みんなして俺を頼りにしてるだの、信じてるだの、支えるだの……息苦しくて仕方ないんだよ、お前ら」

 

「お願い……お願いよ……鉱芽! 元の鉱芽に戻ってよ! 」

 

 

 鉱芽の両肩を掴んで必死に揺さぶる絵里にも、鉱芽は冷ややかな視線を送る。

 

 

「何が戻ってくれだ。俺は変わったんだよ。お前の望んだとおり、闇を恐れない俺に。もう俺は闇を恐れなくてもいいんだよ絵里。なんせ俺自身が闇だからな」

 

「そんな……そんな風に変わってなんて私……そんなの鉱芽じゃない……っ」

 

「"戻って"だ、"俺じゃない"だ……はんっ、俺がお前の思い通りに変わらなかったら間違ってるってか……ふざけんな!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 怒号を飛ばし、怯える絵里の服の襟元を乱暴につかみ、顔を近づけさせる鉱芽。絵里は怒りの形相で迫る鉱芽に恐怖し、目を閉じて顔を逸らしていた。完全に見違えた彼をもう見たくはなかったから。自分に暴力をふるう彼を感じたくなかったから。その眼から止まる事のない涙をこぼしながら、絵里は祈るように何度も懇願していた。

 

 

「やめて……やめて……鉱芽……お願い……」

 

「鉱芽っ、絵里を放しなさいよ!」

 

「……ふんっ……真姫……お前、俺のこと弱い人間だって思ってるんだろ?」

 

「絵里ッ! ……そうね、今の鉱芽を見て、強いとは言えないわね」

 

 

 鉱芽は真姫の言葉に素直に従い、絵里を突き放した。しかし身体から力が抜けていた絵里は、意識があるにもかかわらず水のたまったアスファルトの上へと倒れてしまう。ショックに打ちひしがれている絵里は、鉱芽を見捨てることは止まずとも立ち上がることはできなかった。そんな全身を濡らした絵里を抱えて起こし、真姫は鉱芽に食って掛かろうとする。

 

 

「俺は嫌いだった。こんな弱い自分が、誰も守れない自分が、誰かに縛られた自分が。でも、もう何も考えなくてもいい」

 

「えっ?」

 

「なあ真姫、俺、今最高の気分なんだ。今ある全てのしがらみから解放されたんだ。俺はもう人を守らなくてもいいんだ。守る人間がいなければこんなにも楽な気分なんだ!」

 

「ふ……ふざけないで! そんなのっ、アナタ自信が許すはずないでしょ! いい加減目を覚ましなさいよ! バカ鉱芽!!」

 

 

 だんだんと声のトーンが高くなる鉱芽を見て、真姫は自身の考えを改めなければならなかった。そもそも鉱芽は人を守ることを第一にしていたはずなのだ。何故なら彼は人が好きだから。人の住むこの街が好きだから。だから彼は孤独だとしても人々を守り続けていた。

 しかし目の前の鉱芽は、それを否定した。彼は守る事を捨てるような人間じゃない。にも関わらず、それを自ら否定した鉱芽に、真姫はそれが鉱芽の本心ではないと確信した。

 

 守ることを捨てた葛木鉱芽。それが今の彼の姿であった。

 

 だから真姫は信じ始めていた。鉱芽が目を覚ますことを。元の、人が大好きな鉱芽に戻ることを……。

 

 

「だから目を覚ますも何も、これが俺だって」

 

「違うッ! それはアナタの本心じゃない! 鉱芽の目が覚めるまで、絶対に諦めないわっ」

 

「鉱芽……お願い、元の鉱芽に……」

 

「……チッ」

 

 

 いつまでも彼女たちの知る葛木鉱芽が戻ってくることを諦めない姿勢に、後ろでじっと様子を見守っているコウガネは微笑のまま、鉱芽には苛立ちの表情が募っていた。

 

 

「うるせぇよ……所詮俺は、どうしようもない弱い人間なんだよ! いい加減しつこいんだよテメェらァ!」

 

「ゥあぁッ!」

 

「真姫っ!」

 

 

 鉱芽は真姫の首を掴むと、強引に地面に押し倒した。硬いアスファルトの衝撃が真姫の全身を走るが、それよりも首にかかる圧力で意識が飛びそうであった。鉱芽は片手で真姫の身体を地面に押し付け、その首を絞めあげていたのだ。

 

 

「この闇が心地いんだよ……それを消すってんなら、テメェらも敵だ」

 

「っ、こ、こうっ……がッ……ぁぁ……っ」

 

「真姫!! 鉱芽止めて!」

 

 

 ぎりぎりと片腕で真姫の首を絞め続ける鉱芽を目の当たりにし、絵里の痛切な悲鳴が辺りに轟く。しかしその声は鉱芽には届かない。彼に聞こえているのは、ただ己の目前で苦しみながら、必死に自分の名を呼ぼうとする真姫の呻き声だけであった。

 

 

「好きだった男に殺されるって、どんな気分だ真姫ィ……」

 

「こう、が……ぅぁッ……ぐ……」

 

 

 もはや真姫にはどうすることもできなかった。一女子高生の自分が大の男の筋力に勝てるはずもなく、成す術なく鉱芽に締め上げられるしかなかった。

 しかし、地面に押し付けられる痛みと、締め上げられて酸欠に陥る苦しみに意識が飛びそうになるも、真姫の精神は折れなかった。例えこのまま殺されても、どんな辱めを受けようとも、真姫は闇に閉ざされた本当の鉱芽が戻ってこない限りは心が折れる気がしなかった。

 

 

「(ちっ……)」

 

 

 しかしそれは鉱芽にとっても面白いことではなかった。彼は真姫の絶望する瞬間が見たかったのだ。信じていた人に罵られ、攻撃され、殺される。自分を慕っていた彼女に絶望を与えるのならこれ以上ない行為だと思っていた。しかし真姫は折れなかった。諦めることを知らない彼女の瞳が、鉱芽の内に苛立ちを募らせていく。

 ならばこのままいっそ手込めにして人としての尊厳を奪うか。彼がそう目論んだところで、打ちつける豪雨の音を打ち消しすかのような大きな爆音が辺り一面を覆い尽くした。

 

 

「何っ!?」

 

「ほほう……」

 

 

 真姫を解放した鉱芽はすぐさま立ち上がって振り返り、爆音の正体を確かめた。その発生源はスイカアームズであった。彼女たちを逃さまいと番兵の如く立ち塞がっていたはずの二機の無人機が、激しく炎上しながら吹き飛んでいたのだ。

 そして鉱芽たちは見た。その原因たる存在を。

 

 

「ミッチ……」

 

 

 雨の中でも眩いほどの、明媚な白光の如く輝ける武者──斬月・真であった。斬月・真……即ち鉱芽の親友、立花道行であった。

 

 スイカアームズを斬り裂いたであろうソニックアローを握りしめ、斬月・真は立ち上がる。

 

 

「鉱芽さん……」

 

 

 二人が視線を交えた瞬間、眩しい閃光とともに空を裂くような轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 海未さんから連絡をもらい、僕は土砂降りの中で鉱芽さんを探し続けていた。その時の僕の考えは、もし街中でインベス騒ぎがあるなら、辺り一面が喧騒に見舞われるからすぐに見つかる。というとても甘い算段だった。もしその時の僕が、μ'sに反応して出現する人払いの性質を持つクラックの存在を知っていたら、こんなに無理をして人混みを目印にして探すことなんてなかったのに……。故に、僕と同時に探しに出かけた彼女たちに大きく遅れてしまった。

 そして目の当たりにしたのは信じられない光景だった。鉱芽さんが、真姫ちゃんの首を掴んで地面に押し倒し、今まさに彼女を絞め殺さんとする瞬間であった。

 

 しかし鉱芽さんたちの元へ駆け出そうとした僕を遮るように、無人機のスイカアームズが僕の前に立ち塞がった。鉱芽さんが召喚しているはずのアレがどうして……? 状況は今一つ理解できていないが、とりあえずは僕に向けて刃を振りかざさスイカアームズを止めない限り、僕の命も危ないことだけは確かだった。

 

『変身!』

 

 斬月・真に変身した僕は、一瞬のうちに二機の無人スイカアームズを斬り裂き、爆炎の中へ消し去った。並みのインベスなら手も足も出ないスイカアームズも、ゲネシスドライバーで変身した僕にとっては敵ではなかった。そしてその爆音に気付いたのか、鉱芽さんは真姫ちゃんの手を放し、ゆっくりと立ち上がって僕の方を睨みつけた。

 

 

「鉱芽さん……」

 

「ミッチ……」

 

 

 ──違う。アレは鉱芽さんの眼じゃない。

 

 鉱芽さんを見て僕はすぐに確信した。彼の眼はまるで僕なんか興味が無いというように冷めていて、しかしそこには確かに怒りと憎しみ、そして嫉妬の感情が込められていた。正に悪魔のような眼。今まで多くの人の目を見てきたけど、あそこまで憎悪に塗れた眼は見たことがなかった。そしてそれを浮かべているのが鉱芽さんだというのが、僕には到底信じることができなかった。

 

 

「立花道行。お前に用はない」

 

「奇遇だね。僕も今は君に用はないよ」

 

 

 僕と鉱芽さんの交わる視線を遮る声。それが恐らくこの状況を引き起こした元凶であろう。男の表面に浮かび上がる感情はいまの鉱芽さんには遠く及ばないが、その内に秘めているであろう強大な力は本能的に感じられ、思わず震えてしまうところだった。恐らくあの男が、ラピスの言っていた『全ての元凶』という奴なんだ。

 しかし今僕が何とかしなくちゃいけないのは鉱芽さんの方だ。だから、僕は男の言葉に挑発するように返す。その時の男の難しそうな顔に内心スカッとするが、それにつられないようすぐに鉱芽さんへと視線を戻す。

 

 

「鉱芽さん、アナタ一体どうしてしまったんですか……真姫ちゃんを手にかけようとするなんて」

 

「どうしたも何も、見た通りだよミッチ。俺は、もう誰も守る必要なんてないんだよ。だから後腐れがないように今まで足枷だったものを消そうとしただけだって」

 

「僕の知っている鉱芽さんは絶対にそんなこと言わないっ。やはりその男が、アナタに何かしたんですね」

 

 

 僕は鉱芽さんの後ろで余裕の笑みを浮かべ続ける謎の男を指差す。話題に出された男は悪びれるそぶりも見せず、得意げな表情を浮かべて自らの所業について語り出した。

 

 

「何かした、と? ふふ、そうだね。あえて言うなら、今ある苦悩や(しがらみ)から彼を解放したまでだよ」

 

「解放?」

 

「彼は今ある者たちを守るために多くの苦しみを味わってきた。常に守るために必要のない傷を負い続け、または他人を守るために己の夢を諦め、或いは守りきれなかった故に心が壊れ、そう、彼の『守る』という枷は一つの弱さなのだ。だから私は、その弱さを消したのだ。彼の弱さを……『守る苦しみ』から解放してあげたまでの──」

 

「黙れっ!!」

 

「──辛抱の足りない奴め」

 

 

 我慢出来ないとは正にこのことを言うのだろう。鉱芽さんは……僕が尊敬して追いかけてきた鉱芽さんは、人が大好きで、誰かを守れることに満足感を覚え、人を守るのが自分のやりたいことだと正面切って言っていた人だ。それが僕の憧れた鉱芽さん……葛木鉱芽だと、僕も自信を持って言えた。なのに目の前のこの男は、鉱芽さんの『守る意志』を消したと吐き捨てた。鉱芽さんが鉱芽さんたらしめていたその特異点が、目の前の存在によって刈り取られたのだ。怒りが湧き上がらないわけがなかった。

 

 

「もう分かりました。つまりアナタをどうにかすれば鉱芽さんは元に戻るんですね」

 

「俺がそれをさせると思うか?」

 

「……やっぱりあの男の操り人形になってしまったみたいですね、鉱芽さん」

 

 

 男へ刃を向けると、それを遮るように鉱芽さんが間に入り込む。その両手には、真っ黒に染まりきったオレンジロックシードとレモンエナジーロックシードが握られていた。口が裂けるかのように口角をいっぱいに上げ、攻撃的な笑みを浮かべて僕を睨みつける鉱芽さん。どうやら僕は鉱芽さんを正気に戻すために、彼と戦わなければいけないらしい。

 

 

「真姫ちゃん、絢瀬さん。ちょっと荒っぽい手に出ますよ」

 

「ミッチ……」

 

「ちょ、ちょっと! 荒っぽい手って、アナタ鉱芽に何を──」

 

「少し眠っていてもらいます」

 

「いいぜェ。そうこなくちゃなぁ、ミッチィ……」

 

『ミックス! ジンバーレモン! ハハーッ!』

 

 

 変身を果たした鉱芽さん──鎧武の姿は、僕の知る明るい色彩ではなかった。レモンが重なる模様の陣羽織は闇のようにドス黒く染まり、彼の五体や眼もそれが溶け込んでしまうかのように真っ黒であった。しかし僕にはそれが単に全身が黒く染まっただけだとは到底思えなかった。ただ立っているだけなのに、その異様に静かで重々しい立ち振る舞いが僕たちに息苦しささえ運んでくる。黒い仮面の奥のから獣のように攻撃的な彼の目の光が、直接僕を貫くような肌寒さまで襲ってくる。そして、本能的に感じる今の鉱芽さんとの地力の違いというものが、彼の前に立つことから諦めろと僕の脳に叫ばせている。

 

 ──勝てない。

 

 理屈ではなく、本能がそう叫んでいた。今の僕に彼に勝てる実力はないと、僕を構成する身体が教えてくれた。しかし、僕は身体中の必死の訴えを黙らせた。今、僕が逃げてしまったら誰も助けられない。真姫ちゃんも絢瀬さんも、そしてそれを手にかけてしまう鉱芽さんも。今この場で鉱芽さんを止められるのは僕しかいない。鉱芽さんを元に戻せる可能性があるのは僕しかいないのなら、この場から逃げるわけにはいかないのだ。

 

 

「ハァァァアアアッ!!」

 

「ハッ! これで思う存分お前を痛ぶれるわけだっ。ゥラァ!」

 

「っ、鉱芽さん……絶対に元に戻しますから……やぁッ!」

 

 

 遂に交わってしまった二人の武者の刃。僕の振るうソニックアローの初手を、鎧武は無双セイバーで受け止める。そしてすかさず嚙み合った刃同士を軽く翻すと空いた拳を叩き込んできた。彼の攻撃に反応できた僕はその拳を掴み取り、鎧武の仮面の底に眠る鉱芽さんへと意志を伝えた。刃と拳で絡んだ両者。その動かなくなった一瞬を狙って僕は鎧武の腹部へと蹴りを入れ込んだ。

 

 

「んおァッ!? ハハッ、いいじゃん。叩き潰し甲斐があるなァ!!」

 

 

 僅かに数歩下がった程度で鎧武は立ち向かってくる。今度は向こうから無双セイバーを振りかぶってきたが、あまりの速さにその刃を防ぐので精一杯だった。全体重を乗せたかのような重い一撃に、僕はソニックアローを両手で構えてその斬撃を防ぐ。しかし──

 

 

「甘ぇっ」

 

「なっ!? ゥグアアアアアアアアッ!!?」

 

「立花さん!」

 

 

 鍔迫り合いの最中、鎧武は無双セイバーの引き金を引いた。すると無双セイバーの銃口からエネルギー弾が発射され、強烈な銃弾が僕に襲い掛かった。そう、彼の得物は既にセイバーモードからガンモードへ移行されていたのだ。至近距離でモロに銃弾を浴び、衝撃で地面に打ちつけられてしまう。しかも鎧武は銃撃を止めることなく、倒れたままの僕に向かって弾丸を撃ち続けたのだ。

 

 

「ガァアアアアアアアァァアッ!!」

 

「ハハハァ! どうしたミッチ! そんなもんかぁ!」

 

 

 硬いアスファルトを削りながら、無数の散弾が僕を襲う。ソニックアローを盾変わりにして凌ごうとするも、ほんの気休めにしかならなかった。結局、鎧武は弾丸が切れるまで打ち続けた。

 

 

「ぁがっ……っ、鉱、芽……さん……」

 

「オイオイ……まさかもう終わりなんて言うなよ? 俺はまだ全然足りてねぇんだからよォ」

 

「鉱芽……お願い……目を覚まして……」

 

「ああ~っ! うっせぇんだよ!! 今は俺たちの戦いなんだよ。邪魔するなら先に殺す」

 

「っ……ハァッ!」

 

 

 もう声を届かせるだけでは彼はどうにもならないのかもしれない。彼が絢瀬さんに気を向けた瞬間、不意打ち気味だが、僕は鉱芽さんに文字通り一矢報いるためにソニックアローの矢を射った。鎧武に飛んでいく光の矢は、しかしこっちを見ていない鎧武の振るう刃に呆気なく掻き消されてしまった。それでも諦めない。すぐさまドライバーのレバーを押し込んで、ソニックアローの矢により一層エネルギーを集中させた。

 

 

『メロンエナジースカッシュ!』

 

「(まだだ……っ)やぁッ!」

 

「っぐ!」

 

 

 ソニックボレーが、今度は鎧武を右肩を強襲し、鎧武は爆炎に包まれる。そこに目がけて僕は突っ走り、再度ドライバーのレバーを押し込んだ。

 

 

『メロンエナジースカッシュ!』

 

「ハァァァァアアアアアアーーッ!!」

 

 

 爆炎の中でも目標の位置は分かる。しかしそれは向こうも同じ事。だから僕は、鎧武より先に攻撃を成功させなければならなかった。幸いダメージを負い、爆音を間近にしている彼には僕の位置は分かり辛いだろう。これは彼に大きな一撃を加える絶好のチャンスであった。

 

 そして、煌びやかな緑色のエネルギーを纏ったソニックアローの刃が爆炎の中の鎧武に襲い掛かった。

 

 

「(よしっ)」

 

 

 刃が鎧武の身体に入った手ごたえが感じられた。首筋から反対の脇腹に入り込む一撃。だけど深くはない。それはギリギリ致命傷は避けられる程度の攻撃だった。それでもロックシードのエネルギーは鉱芽さんの体内にも伝わっているはずだ。これでダメージの限界を超えて変身が解除されてくれれば……そう祈っていたところで、僕は手に違和感を感じた。振り切るつもりの刃が、ある一点から下へ動かなかったのだ。

 

 

「なんだ今のはよォ……」

 

「なっ!?」

 

 

 そして僕は気付いた。ソニックアローの弦の部分を、片手で掴んでいる鎧武の姿に。僕の刃が、彼の鎧の僅かしか削れていなかったことに。彼がソニックアローを握りしめる力が大きすぎるが故に、僕がいくら力を込めても刃は動かない。そして恐らく彼は、斬られた後にこの刃を止めたのだろう。それと同時に、強い怒気を孕んだその声に恐怖を覚えてしまう。その仮面の内で怒りの炎が燃え上がるのが目に見えるようだった。

 

 

「やるなら……殺す気で来いよ!!」

 

『オレンジオーレ! ジンバーレモンオーレ!』

 

「こんな風にっ!! オラァアアアッ!!」

 

「があッ!? ぐああああああああああっ!!」

 

 

 無双セイバーは彼の怒りを体現したかのような禍々しい闇を纏い、まず一撃を僕の胸に突き、よろけてソニックアローを離してしまった直後、斬り上げるように強い一撃を繰り出した。まるで成す術なく彼の斬撃に身を斬り裂かれ、僕は変身を解除して吹き飛ばされてしまった。

 

 

「舐められたもんだな、俺も」

 

「ぁっ……ぐぁ……かはッ……ぐぐ……」

 

「ミッチ!!」

 

「立花さん!!」

 

「動くな、先に殺すぞ」

 

「鉱芽……もう止めて……」

 

「全く……人間とは無駄だと言うことが分からんのかね」

 

 

 こちらへ駆けようとした二人に無双セイバーを向けて脅す鉱芽さん。しかし、もはや僕や彼女たちの声は彼には届かない。無言で僕に近づいてくる彼の代わりに、男の声が降り注ぐ。

 

 

「今の彼は世界の全てを憎んでいると言っても過言ではない。自分をこのような境遇へと落とした父に。自分を慕い期待を寄せ、重圧を課す周囲の人間に。自身を絶望へと追い込んだ世界そのものに。そしてそれを耐え凌ぐことしかできなかった己自身に」

 

「っぐ……」

 

 

 ──アンタ如きが鉱芽さんを語るな……っ!

 

 鉱芽さんの憎しみなどというありもしない幻想を語る男に対して、激しい怒りが蘇る。腹の底から沸々と、脳が沸騰するのではというほど熱が上がっていく。しかしその熱を力に変換できるだけの余裕は残されていなかった。歯を食いしばる力も、拳を握りしめる力も沸いてはこなかった。僕にできるのは怒りに燃えた視線で相手を刺し、言葉を発するだけだった。

 

 

「お前は……何、なんだ……」

 

「おっと、君にはまだ自己紹介していなかったね。私の名はコウガネ。新たな世界の神となる者だ」

 

「神……だって……?」

 

 

 男──コウガネは自身を"神"と呼んだ。どうやらこの男は僕の思っていた以上に飛んだ考えの持ち主だったようだ。しかも鉱芽さんをこんな風に変えておいて、悪びれる様子もなしに自身を神などと偉ぶるなんて自惚れも甚だしい。そんな好き放題言って優雅に佇む姿が腹立たしくて仕方がなかった。しかしどうにも力が入らない。コウガネに向かって歩くだけの力も、このまま立ちあがるだけの力も僕には残されていなかった。

 

 

「だが君には必要ない知識だったようだ。そろそろ消えてもらおうか。そのベルトごとな」

 

 

 そして気付けば僕の眼前に鎧武が迫っていた。無双セイバーを握りしめ漆黒に染まった眼で僕を見下ろす鎧武に対し、僕は身体を支えるので精一杯だった。今から変身するだけの余力なんて残っているはずがなかった。

 

 

「そうだ、俺を慕うヤツなんて要らない。俺を好いてくれるヤツももう要らねぇ。そうだよ、最初からそうすれば楽になれたんだ。重圧の因果から消せばよかったんだ」

 

「ぅ……ぐっ……鉱芽、さん……」

 

「ミッチ、まずはお前からだ。お前も、俺が苦しんでいた一因なんだよ。それらが消えた時、俺が弱かった世界も消える。そして俺を縛っていた(しがらみ)が全部消えた時、俺は理想の世界を手に入れられるんだよ!」

 

「何、馬鹿なこと……言って、る……ですかっ」

 

 

 自分に酔っているかのように気持ちよさげに語る彼を、僕は細やかな抵抗として否定する。それは鉱芽さんではない。全てを捨てて自分だけが助かろうとするなどと、目の前の男が絶対にするはずがない。それだけは確かだ……確かなことなのに、僕は今の彼に何も言うことができなかった。蓄積された疲労とダメージが限界に近づき、もう声を上げることすら困難になっていた。

 

 

「じゃあな。ミッチ」

 

「……(鉱芽さん……)」

 

 

 鎧武が無双セイバーを振り上げた。

 

 

 これが振り下された時、僕の命は終わりを告げるのだろう。

 

 

 自らの命が尽きようとしているのに、まるで映画のワンシーンを見ているかのような不思議な時間を体験していた。

 

 

「──」

 

 

 しかしその瞬間、僕と彼の間に割って入る影が目に入った。

 

 

 あまりにも現実離れしたその光景に、初めは幻かと思ってしまった。

 

 

 でも、確かにそれは──彼女は、僕と鉱芽さんの間に立っていた。

 

 

 彼女は、腕を広げて鉱芽さんの前に立ち塞がっていた。

 

 

「鉱芽さんっ」

 

「よう……ことり」

 

 

 風や雷が収まった雨の中、二人は互いに動かず見つめ合っていた。




次回、「第82話 声」

二日連続投稿です! そして次回も……?
ご期待ください。


≪お知らせ≫
ハーメルンにてラブライブ! × 仮面ライダーの作者たちによるアンソロジーが企画されています。
私も参加しますが、詳しくは活動報告にて。
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