アーマードライダーバロンへと変身した鉱芽の父――戦極岳斗との束の間の共闘の末、彼は後日再び森へ来るように鉱芽へ伝える。ヘルヘイムの謎、そして母の消息を知るべく、鉱芽は迷いの果てに戦極岳斗の指示に従うことを決断した。
夏真っ盛りの猛暑日が続く午後の葛木宅。戦極岳斗との邂逅から一夜明けた本日は、『ラブライブ!』本戦の前日だ。俺は集まってもらったμ'sの皆にこれからの自分の予定を伝えていたところであったが……。
「ちょ、ちょっと待って鉱芽。いろいろありすぎて、まだ整理できていないんだけど……」
案の定、皆を混乱させる羽目になってしまった。だがそれも仕方のないことだろう。何せ情報が多すぎる。急に行方不明中の父親に会ったというのだから。その昨日の今日は母親に会うというのだから。そのうえヘルヘイムの真実とやらを明かしてもらうのだから。
そして明日、もしかすると自分が『ラブライブ!』本戦でのμ'sのステージを見れない可能性があるのだから。
「もう一度簡単に言うとだ、この後ヘルヘイムに行く。最悪の場合、帰ってこれない可能性もあるってことだ」
「何ですか最悪の場合って!?」
今まで大人しく話を聞いていただけのことりも、この発言で我慢できなくなったのか声を荒げる。眉を八の字に曲げて涙目になっており、もう一押しで泣き出してしまいそうな雰囲気である。ここまで荒げさせると大げさに言いすぎたかもしれないと少し後悔してしまう。常に最悪の状況も考えている普段の自分の癖が悪い方向に出てしまったようだ。
「ああ~……最悪の、ってのはそれが罠だった場合だ。ま、十中八九大丈夫だよ。アレは嘘をついている感じじゃなかったし」
ことりたちを安心させるように取り繕うように言葉を並べる。戦極岳斗の言葉を信用させるように言うのは気が引けるが、この際仕方がない。だが実際のところ、個人的な感情を考慮しても信用は五分五分なのだ。そんな自分の言葉が彼女たちを不安にさせるのも無理はないだろう。
「で、でも鉱芽。その……お母様と会うのよね……?」
「(お母様って……)まあな。それが?」
「え? いや、だって、ずっと会いたかったんでしょ? だったら……」
最後は口ごもってしまったが、絵里の言いたいことは分かる。実に十数年ぶりの親子水入らず、その大事な時間を自分たちのために使ってもいいのかと。彼女は罠とか関係無く、俺がμ'sのステージを見られない理由が別にあるのではと考えていた。特にその件に関して鋭敏な希やニコからの目線もどこか痛々し気であった。
「母さんは……大事だ。会いたいし話したいこともある。でもμ'sだって同じくらい大事だ。正直、今すぐには選べない」
「鉱芽……」
「ははっ、だーいじょうぶだって。適当に会って、適当に話して、また会う約束して……お前らのステージ見に行くから。心配すんなって」
その日のためにここまで努力してきた彼女たちをどうして無下にできようか。重苦しい空気を振り払うかのようにいつもの調子に戻ってみせるものの、一度憑りついた不安はなかなか払拭はできないようだ。皆それぞれ不安そうな表情が崩れていないままだ。いや、不安というより複雑な気持ちといった方がいいのだろうか。
「はぁ……何か言いたいことがあるなら聞くけど? 絵里」
「……私もだけど、みんなどうしたらいいか分からないのよ。鉱芽には『ラブライブ!』の会場で私たちのステージを見てほしい。でも、鉱芽が会いたい人がいる。その人と会ってほしい。けれどっ、それを自分たちのわがままで無下にしてしまうのはすごく嫌なの。でも、それでもっ、μ'sには鉱芽がいてほしいって、それで──」
「俺がいないと……満足に踊れもしないのか? 少しガッカリだ」
「──っ、別にそうは言ってないわ! 鉱芽に見てもらわなくても私たちは踊れる。ただ、自分たちのせいで鉱芽を縛ってしまってるかもって……」
「本当にそうか? 仮に俺が『ラブライブ!』でμ'sの出番の時に音沙汰もなかったら、それに気を取られずにやれるか?」
「っ」
俺がそう問えば絵里は言葉が詰まってしまう。彼女の言葉のようにμ'sが俺を縛っているのではなく、μ'sが俺に縛られていると言ったほうが正しいのだろう。それではこちらも溜まったものではない。故に俺としても少し厳しい言葉をかけるしかなった。
「μ'sの本来の目的は音ノ木坂の廃校阻止。それは大方達成できたよな。でも、『ラブライブ!』に出場することだって目標だったはずだろ? なあ、穂乃果?」
「うん」
「本命を達成したからって、そこで止まるようなことは俺は許さない。どんな理由があってもだ。俺はそんなつもりで指導したつもりは毛頭ない」
きっとこの中にそんな奴はいないだろう。やる気を無くしたものなど誰一人いないはずだ。しかし反論の余地を与える気はない。一度言葉で言って確認し合わなければならないのだ。
「そんなに俺に見てほしいって思ってくれるのはすごく嬉しいよ。でも、もうそんなレベルじゃないだろ。全国にμ'sが好きな人たちがいる。応援してくれている人たちがいる。俺一人のために踊るだ踊らないだの、お前たちのステージを楽しみにしている人たちに対してあまりにも失礼だ」
そんなことはここにいる誰もが解っている。故に反論はなく俺の言葉だけが流れていく。因みに皆が静かに頷いてくれる中、ニコだけは人一倍大きく頷いていた。
「だから難しいことだと思うけど、ステージの時は俺のことはあまり考えないようにしてくれ」
「いやです」
「即答っ!? マジかよことりさん……」
割と真剣に言ったはずなのだがあまりの迷いのなさに、そして意外な発言者によってズッコケそうになった。その隙に今度は真姫が言葉を畳みかけてきた。
「μ'sがここまで来れたのも鉱芽がいたからなんだから。ここには、μ'sにはみんなの思い出が詰まっている。あなたを考えずに、なんてのは無理よ」
「そうよ鉱芽。確かにあなた一人を贔屓して考えるなんてことはしないけど、いつだってあなたと共にやってきたことを忘れることはできないわ。だから、観念して想われなさい、ってね」
「真姫……絵里……」
二人にそう言われ、自分が無理難題どころか不可能なことを言っていることに気づいた。どうしてここまで自分たちを鍛えてくれた人のことを頭から消し去れるだろうか。俺だって、戦っているときに彼女たちの消息が不明なら考えずにはいられないのというのに。自分にだけ都合のいいことを彼女たちに要求していたことを猛省していた。
「うん、それもそうだ。ごめん、俺の言ってることの方がおかしかった。でもこれだけは分かってほしいんだ。俺が母さんに会いに行くのも、その後にμ'sのステージを見に行くのも、そもそも俺は自分のやりたいようにやってるってことを」
「……うん」
「俺はμ'sを縛ってるつもりも、μ'sに縛れているつもりもない。自由だ。だからみんなも自由に、やりたいだけやってればいいんだよ」
これだけ言葉を並べていると、万が一彼女たちのステージに行けなくなった時のための言い訳にしか聞こえないかもしれないが、それでもこれが俺の本心だ。母さんには会いたい。誰に邪魔をされようとも、どんな手を使ってでも、せめて一目だけでも会いたいと願っている。そのために彼女たちのステージを自分の中で二の次にしてしまっているのも否定はしない。
ならば、せめて……。
「……約束する」
「え?」
「お前たちのステージ、絶対に観に行くって」
「ど、どうしたのよ今度は急に改まったりして」
「いや本当、なんでだろうな。でも、言っとかないとって思ったから」
そうでもしておかないと、万が一自分に何かが起きた時、そこへ辿り着ける自信が持てなかったからだ。ならば約束するしかない。それならば、きっと俺は死に物狂いでも彼女たちのもとへ向かえるだろうから。
「うん、分かった。鉱芽さんが言うなら、私は信じます。約束ですよっ」
「ことり……」
そう言うことりは俺の手を自分へ引き寄せ、無理矢理小指同士を絡ませ、指切りの型を作りだした。
「私たち、待ってますから……」
そんなことりの眼を、いや、同じように願いを込める九人の眼を見ても、俺はうすら笑みを浮かべて頷くだけであった。
──────────────────
「結局、言えず仕舞いでしたね」
戦極岳斗の指定した時間が近づく夕暮れの中、俺とミッチは二人して街の景色を眺めながらぶらぶらと歩いていた。ミッチは手荷物は持ち合わせておらず、俺は母さんの私物をこれでもかと詰め込んだトランクを携えているが、互いに踏み出す足取りは重々しい。
「まあいいさ。『ラブライブ!』が終わった後にでも言えれば」
「仕方ないか」と言わんばかりの顔をするミッチへ、俺も「仕方ないさ」と苦笑いしながら答える。彼が「言えず仕舞い」と言ったように、俺には先の会話で彼女たちに伝え損ねたことがある。その内容が、「これを最後にしてμ'sの指導を終了する」ということだった。
指導を始める前、最初に穂乃果たちに伝えた通り、元々ジャンルの違うダンスばかりだったのだ。なのにここまで続けられた事自体に俺自身驚いてるくらいだ。ぶっちゃけもう役に立つ自信がない。下手すりゃこのジャンルでは追い抜かれそうだ
ダンスのみやバックダンサーとしてならばまだまだ指導の余地はあるが、彼女たちは歌って踊るアイドルだ。歌うことを前提にしたダンスは、実際のところ彼女たちと同等の知識しかない。いや、実際にそれを実行している彼女たちと比べれば、俺は彼女たちに劣っているだろう。
更に付け加えるなら、過去に俺はA-RISEと共に一曲作り上げているが、もはや昔の話だ。そもそも当時からレベルアップし続けている彼女たちと、そこからずっと停滞していた俺ではアイドルのステージに対する知識も理解も技量もまるで違う。俺の中にあったアイドルが躍るようなダンスや曲に関するノウハウとは、去年までのA-RISEと変わりない。そしてそれは今のμ'sよりも下であろう。
「正直、もう教えられることなんてほとんどないしな」
「そろそろ僕たちが教えられそうですね」
「ははっ、それ」
口元を緩めてミッチへ指を指す。特になんてない仕草だが、後々考えてみると無意識にショックを隠していたのかもしれない。何せ後ろから追い抜かれる経験なんて数えるほどしかなかったのだから。
「ともかく鉱芽さん。今度はきっちり伝えるためにも、必ず大会には来てくださいね」
「もちろん」
あの場で言えることができればよかったのだが、しかしあんなに必死なことりたちを目の当たりにしてこの話を切り出せるほど冷徹にはなれなかった。俺はこの判断が間違ってなかったと信じているが、果たして吉と出るか凶と出るか……。
──ギュゥイィィィィィィィィン
その時、現実の空間にゆっくりと音を立てて亀裂が走った。
「……まさか迎えに来てくれるなんてな。いつ以来だ?」
クラックの向こう側から現れた男──戦極岳斗に対して、俺は口を尖らせる。以前見たコウガネのように、ロックビークルも使用せずに平然とクラックを開いたことに興味を抱かないでもないが、生憎今の自分にとっては些細な事のように感じる。
「この人が鉱芽さんの……」
「流石に話は聞いているようだな、立花道行。それと別に好きでわざわざ迎えに来たわけじゃない。今のうちにそいつにも渡しておこうと思ったまでだ」
「何を……ってそれは」
俺の疑問の言葉も待たぬまま、戦極岳斗は懐から取り出した“それ”をミッチへ向けて投げ渡した。危なげなく両手で受け止めた“それ”を見て、俺とミッチの顔は一瞬の驚愕に染まる。
「戦極ドライバー……?」
「万が一のためだ。ゲネシスの予備とでも思えばいい」
戦極岳斗が渡したのは、まだ変身者の情報がインストールされていない新品の戦極ドライバーだった。そして戦極岳斗はこれを万が一のための予備と言った。それに関しては分からないでもない。彼も彼なりで最悪の事態を想定しての準備なのだろう。ただしそれならば俺に対しての予備も用意してくれてもいいのでは、という文句が少し出てくるが寸前で何とか飲み込んだ。
「ふん。お前にはそれだけだ。行くぞ、鉱芽」
「ちょい待った。ミッチへのロックシードはなしかよ」
ただドライバーだけをミッチに渡しただけで再びクラックへと戻ろうとする戦極岳斗に待ったをかける。ミッチが持つロックシードはローズアタッカーを除けばメロンエナジーだけだ。それでは戦極ドライバーで変身することはできない。
自前で用意しろと言うことなのだろうか、それとも俺のを使えと──
「……お前の分から渡してやれ。随分と使ってないのが一つあるだろう」
「……」
「お前の変身に関するデータは常にこっちのサーバーで管理しているからな」
──プライバシーもへったくれもないなオイ! などと強気な言葉は口に出せなかった。その気力が起きなかった。というよりデータ云々の話があまり頭に入ってこなかった。
戦極岳斗の言葉に心当たりがあったから。それはほとんど無意識だった。戦極岳斗の言う、全く使っていないロックシード……“あの日”を境に心のどこかで避けて来たものがあったからだ。
「これ……か」
戦極岳斗の言葉に流されるように俺はそれを出してしまう。紫色の果実がいくつも集まり房となった果物。誰もが知るメジャーなフルーツが象られたそのロックシードは……。
「鉱芽さん、そのロックシードは……ブドウ?」
「……俺はこれで、亮ちゃんを」
「……わかりました。もういいです」
──察しのいい友で助かる。
と俺が内心感謝した途端、ミッチは俺の手からブドウロックシードを取り上げたのだ。
「はっ? ミッチ何して──」
「鉱芽さんに使う気がないなら僕が持っています」
「っ、何言って……お前はそれ使えるのかよ?」
「はい」
「──」
言い切った。何の迷いもなく、真っ直ぐ透き通った瞳で俺の眼を見つめ返すミッチに、俺のはそれ以上言葉を返すことができなかった。
互いが相手の眼を睨み、どこか気まずい空気が流れ始めた。しかしそれは長続きせず、すぐに互いに堪忍したように息を漏らし、俺は口を動かした。
「……分かった。続きは帰ってからだ」
「はい。僕もそのつもりで待ってます。絶対に帰ってきてくださいよ」
「約束する。ミッチも忘れんなよ」
互いに言わなければいけない言葉があるはずだが、今その事でゴタゴタを起こす時ではないと俺もミッチも理解していた。故にこんなにもあっさりと引き下がる事ができたが、しかしまあミッチの眼力の何と強いことか。これでは帰れなかったら向こうからやって来る勢いだ。そうなると困るので是が非でもこちらへ帰らなければなるまい。
と、そう考えると途端に背筋が伸びていくのを感じる。
「ふん、行くぞ」
「ああ。じゃあなミッチ。また明日」
「はい、お気をつけて」
気合いが入ったところで俺は戦極岳斗に続きクラックの中へ──ヘルヘイムの森へと足を踏み入れていく。ミッチへはまるでなんて無い、明日も当然のように出会う約束を付けて。瞬間、クラックの閉じる音が聞こえ、振り向けば最後にこちらへ僅かに微笑むミッチの顔を見る事ができた。
これでまた一つ、戻らなければいけない理由ができてしまった。
しかし遠ざかっていく戦極岳斗の足音で現実に引き戻され、俺はこの複雑怪奇な森の中を歩いていくのだった。
──────────────────
クラックが静かに閉じていく。やがて空間上から完全に消え去った時、僕は右手でそれを力強く握りしめていることに気付いた。
「(これで、リョウは……)」
別に鉱芽さんに対しても、ましてやこのロックシードに対してもドス黒い感情が湧くことはない。強いて言うなら少し濁った灰色だろうか。ともかくだ──今僕の手の中にあるものが、この世界で唯一、彼女の存在を証明し得るものだという思いが僕の頭の中を支配していた。
もうこの世界には彼女の存在を確かにしてくれる“モノ”など何一つ無い。彼女の私物も、彼女に関する書類も、カタチとして遺っているものは無い。あるのは僕たちの記憶の中にだけだ。それはきっと凄く贅沢なことなんだと僕は思うけれど、こうして鉱芽さんがこのロックシードを見せてくれた時、鉱芽さんがこれを持て余していると知った時、咄嗟に手が出てしまった。
……うん、自分でもヤバイやつだなって自覚している。でもどうしても欲しくなってしまったんだ。たとえそれがリョウを殺したものだとしても、それが彼女に関わるものなら僕は手にしたかった。
「(なんて鉱芽さんに言ったら、どう思われるかな。ハハハ……)」
でも、もし鉱芽さんも同じ気持ちだったら、僕はこう言い返すつもりだ。『自分だって“その”戦極ドライバーがあるじゃないか』って。彼の持つ戦極ドライバーは、ある意味ではこのブドウロックシードと同じ共犯者のようなものだ。なら彼女に纏わるものを自分だけ二つも持っててズルい、僕も一つ持つべきだ……なんて言ったら鉱芽さん、納得してくれるだろうか……。
「(僕も相当アレだなぁ……ツバサちゃんのこと言えたもんじゃないや)」
以前ツバサちゃんにキツく当たったことを思い出し、途端に罪悪感に悩まされる。今ならあの時の彼女の気持ちが分かるかもしれない。正直、自分にもこんな風に嫉妬するっていう感情があるとは思わなかった。うん、今度彼女に会ったら謝ろう。
「はぁ〜……(早く帰ってきてください鉱芽さん)」
僕は今にでも彼と話をして、この気持ちを整理したくて堪らなかった。しかしそれが叶うことはなく、空が闇に覆われていく中、僕は深くため息をついた。
プロットは随分前に完成してるので、今回ミッチにブドウが行き渡ったのが予定調和か偶然か忘れていたり(笑)
そして次回……必見です。