ジェルは人→馬→ウマ娘の記憶があるようで……。
TSタグは場合によっては付けますが、本編とはあまり関係ないのでどうしようか
あたしは別に引きこもりじゃなかった。
ウマ娘専門の幼稚園、小学校にだってちゃんと行っていたし、運動会にもちゃんと出場した。
徒競走ではいつも一番だったけど、運動会と、あと授業で競走させられた時しか友達と走った事がなかっただけだ。
だってつまらないんだ。ただ走るだけなんて。
それならお父さんと一緒にテレビやネットで野球中継やサッカーの中継を見ていたほうが楽しい。
ウマ娘はスポ少には入れないから野球もサッカーもできなかったけど、バッティングセンターに連れて行ってもらったり、地元のJリーグチームの応援に行ったり、同じ学校のスポ少チームが近くで試合をするときは見に行った。
土日は基本的にどこかのスポーツチームの観戦に行っていたから、友達とウマ娘専用のトラックで競走したことなんてなかった。
小学校を卒業する前、三者面談で中央トレセン学園の受験を勧められた。
取り敢えず進路が決まればそれでよかったので話半分に聞いていたのだが、どうやら徒競走のタイムを先生がしっかり記録していて、中央トレセン学園の入学基準タイムはクリアしていると告げられた。
その時のあたしはトゥインクル・シリーズには全く興味がなかった。
だってレースそのものはただ走っているだけだったのだから、メインは終わった後のウイニング・ライブだと思っていた。
そして別にアイドルとか歌番組とかも大して興味がなかったあたしは当然のことながらウイニング・ライブを見ようとはしなかった。
はっきり言ってそんなレースやらライブとかはいいから早くデーゲームの野球中継に戻ってくれとイライラしながらトイレやお風呂を済ましていたのだ。
中央トレセン学園への受験は結局のところあたしのやる気次第だ、と先生やお母さんも言ってくれたのだが、明らかに二人の目は「受験しろ」と言っていた。
勝算もあるならそれでよかったし、さっさと進路を固めたかったあたしはその場で「受ける」って言ってしまった。
合格通知が来たときは家族中が、いや親戚中がご祝儀だったり贈り物だったり、いろいろと担いできた。
まあどうにかなるかーと、豪華な夕飯を食べながらプロ野球のキャンプニュースが放送されているチャンネルを探した。
トレセン学園は想像していたよりずっと快適だった。
トレーニングセンターと聞いて、高校野球の強豪校みたいなきっちり管理され、気が狂いそうになるような生活を想像していたがそんなことはない。
寮の門限はあるが、それ以外は自由である。
良家出身の子の中にはもう所属チームが決まっている子もいるが、大抵の子は選抜レースに向けて自主練習に励む。
美浦寮長のヒシアマゾン先輩によると、ここでチームが決まらないウマ娘はトゥインクル・シリーズで勝つのが難しく、学園に在籍することはできるが収入はゼロだし、落ちこぼれとしていたたまれず学園を去ることになるだろうと言う。
それでもチームを組んでいるか否か、というのはトレーナーの評価に真っ先にかかわってくることなので、学園内、あるいは寮でもチーム勧誘のポスターが貼られていたり、ビラ配りも毎朝行われている。
当たり前だがこうやって精力的に勧誘を行っているチームは、どこも聞いたことがない無名のチームである。
そんな中でチーム・カノープスは有名どころの一つでありながら当たり前のようにポスターの貼り替えやビラ配りが毎日行われており、特にチーム加入テストの日付が書かれたポスターには毎日のように人だかりができている。
ビラ配りと言えば――。
毎朝寮の食堂の前と玄関口に立っている怪しげな一団がいるのだ。
マスクと帽子で顔を隠し、「革命」と書かれた赤いビラを配りまくっている。
明らかに怪しいのに、中心で椅子に登って声を張り上げているウマ娘の周りにはいつも十数人ほどの人だかりができているのだ。
『トレセン学園に革命を起こさなければなりません!長く美浦寮は栗東寮より冷遇されてきました。今や有名チームの所属ウマ娘は栗東寮生がほとんどを占めております。なぜか!それは学園が優秀とされる生徒を栗東寮に優先的に送り込んでいるからであります!
まず、学園は我々の入学試験の結果を把握しているはずです。もし!そのデータをもとに両寮平等に生徒を振り分けたとしたら!ここまで勝利数、GⅠ獲得数に差が出るはずがない!
今こそ!我々の手で、否、脚で!利権と癒着で凝り固まった学園と優遇チーム、そして栗東寮を見返してやらねばなりません!
――おっと、朝食のお時間のようです。皆様、朝早くから朝食を作ってくださる美浦寮の職員の方々に感謝してお食事を楽しまれますように。ご静聴ありがとうございました――』
大きな拍手とともに椅子の上から演説者が降りると、群衆はビラを片手に一斉に食堂に入って行く。
あたしも一枚ビラをもらったが、別にどこそこのチームの勧誘ではなく、主張とあたしたち美浦寮生を鼓舞する文言が並んでいるだけであった。
あれほど両親を期待させておいて、1レースにも出ずに帰るのはさすがに申し訳ない。
とりあえず比較的空いている狭いダートトラックに向かった。
1000m以上の楕円形のコースのさらに内側にある300m程度のダートコース。ここで練習するウマ娘はめったにいないのだが、今日は珍しく先客がいた。
「あ、ここ使いますか?」
狭いコースからピョンと柵を飛び越えてコースの外に出てきたそのウマ娘は、タオルでごしごしと顔を拭くと大きく背伸びをした。
「気にしなくていいよ。あたしは外のウッドコース使うから」
「そうですか、では遠慮なく」
そのウマ娘は1周300mのコースを右回り左回りとひたすらぐるぐる回り始めた。
あたしも外側のウッドコースに入ると、1周400m程度のコースをゆっくりと走った。
「この狭いところでずっと練習するの?」
数分後、何周かグルグル回った後、ペースを上げ並んだところであたしは隣の子に話しかけてみた。
「こうやって回るのが楽しいんですよね」
「あのさ、もう少し走ったら、外のコースでちょっとだけ走らない?併走でさ」
隣の子の耳がこちらに向いた。
「いいんですか?それはもう喜んで――じゃあ、コースの利用申請出していいですか?」
「お願いしていいかな?」
「はい。ところで……その、お名前を教えていただけません?」
コースは大手チームが独占していることが多いのだが、短時間、ほんの5分程度なら休憩やチーム入れ替えの合間に割込みで借りられるタイミングがある。
その申請をするにも全員分の名前を書く必要があったのだ。
「あたしはアイルシリアス。書いたほうがいい?」
「いえ、アイルシリアスさんですね――はい、登録しました。私はジェルディサヴォアと申します。よろしくお願いします」
なぜかビビッとした感覚が脳に流れたようだった。
なんとなくこいつの本性はぜったいこんな丁寧な奴じゃないと思うんだ。
「予約取れました。1時間後に芝のCコースです」
「1時間後ね、分かった」
「ところでアンさ……アイルさん、もしかしてアンベストネヴァーさんでは?」
その名前を聞いたとき、私の身体がびくっと跳ねた。そうだ、それが本当の名前だった気がする。でもなぜかそう名乗ってはいけないのだと、どこかでブレーキをかけられている。
「……あたしはアイルシリアス。――なんかわからないんだけどね、その名前じゃいけないって、そんな気がするんだよね」
「あ、あー……そうなんですか。なるほどね、そういうことなんだ……」
「ねえ、ジェルはどこに入るの」
しかし、ジェルの返事はない。ちらっと顔を上げて隣を見ると、ちょっと困ったように鼻を掻いていた。
「そもそもスカウトを受けられるかどうかもありますけどね。入りたいところはこれから探すつもりですが、リギルとかカノープスとかはちょっと」
まだいけるかどうかすらわかりませんけどね、とジェルが慌てたように付け足した。
「へえ、どこを目指すの?」
「チームがまだ結成されてない
あたしはジェルの横顔をじっと見た。何か隠しているような気がした。
「あたしはどうしよっかな。ね、一緒のチーム目指してもいい?」
ジェルが下唇を舐めた。
「一緒にセンセイを探すとして、もう一人、誘いたいんですがいいですか?」
もちろん!あたしはジェルの肩をたたいた。
「1周1800mだから……どうしよう、1周半する?」
「アイルさん2600mは長いんじゃないですか?」
「うーん……まあ最初だし1周でいっかー」
利用可能時間は10分だけ、もちろん入れ替え、片付けの時間も含めて、である。
特にタイム測定もしてないし、ゲートなどなくても構わない。
「いきますよー」
ジェルがピョンピョンと3回ほどその場で軽くジャンプしたあと、ダン!と地面を蹴って先行した。
あたしはそこから3バ身ほど後ろを進む。
最初のコーナーに入ると、ジェルとの距離が一気に開いた。
コーナーが上手いなあ。コーナーに入っても揺れないジェルの尻尾を見ながら、これは届かないな、と思って3コーナー手前でもうスパートをやめた。
先に直線に入ったジェルがこちらを振り返るとペースを落とし、あちらも走るのをやめた。
「やめましょうか」
ゴールラインを迎える前に脚を止めたジェルが、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
「やめる」
あたしも小さく頷くと、直線コース入り口からラチの外に出た。スタートした場所に一番近く、荷物がすくそこにあったからだ。
入れ替わりで入ってきたのは有名なチームの生徒たちであったが、ジェルはタオルで汗を拭くふりをしながら顔を合わせないように横をすり抜けていった。
アンベストネヴァーはゲーム未実装につき、リネームされています。