ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

21 / 70
キングジョージⅥ&クイーンエリザベスS(3歳以上 GⅠ)

馬番馬名アルファベット負担重量ゲート番
1インディアナセックメイクINDIANA SEC MAKEせん461kg3
2ジェリスターワJELLISTAWA561kg2
3ロンドンゴールLONDON GOALせん761kg5
4オーナメンツレガシーORNAMENTS LEGACY561kg6
5プロヴォケーションPRO VOCATION461kg2
6テルセイラーバカンスTERCEIRA VACANCES561kg9
7ワイルドシークエンスWILD SEQUENCE661kg8
8スピナコーズウェルSPINA CAUSWELL460kg4
9ジェルディサヴォアGEL DES AVOIRS356kg7



全てを狂わせたペースメーカー

 今日の天気も晴れている。

 アスコット競馬場はロンシャンより水はけがよくないので、同じような天気でもロンシャンと比べて少し重い。

 これぐらいがちょうどいいかなあ、と馬場を踏みながら考えた。パリ大賞典の時は少し固さが残っていた気がする。

 ただこんな環境に慣れたらそら日本の馬場じゃ痛くて走れないわな。

 

 アキさんはパドックで跨る前から腹をくくったような顔をしているが、結局独り言のひとつも漏らさなかったので作戦が分からない。

 プランAとBの切り替えが可能なのはスタートして200m地点ぐらいまでだろう。

 勝負服はばらけているが、同じ勝負服が1ペアだけいる。

 馬の目では色の判別が難しく、赤とピンクの区別はつかない。勝負服やヘルメットの色で見分けるのは困難であり、柄で判別するしかない。

 おそらくゼッケン6番のやつがラビットでお仲間は2番のやつだ。

 

 今日は俺は9番ゼッケン7番ゲート。

 ここまで来てダラダラするわけにもいかないので、ゲート入りもいつも通り率先して入る。

 皐月賞の反省から、輪乗り中に5回ぐらい確認したからここが7番ゲートで間違いないはずだ。

 真っ先にゲートに入って威圧するのは楽しいね。今日は4頭ぐらいゲート入りを渋っているし、隣6番ゲートのオーナメンツレガシーが暴れだした。

 アキさんがおれの首筋を撫でて驚かないように宥めてくれているが、宥められると逆に静まってしまうからもうちょっと遊ばせてほしい。

 

 6番ゲートのオーナメンツレガシーが一旦ゲートから出されたり、3番ゲートのインディアナセックメイクがゲート内で座り込んだりと、いろいろあったがゲート入りが終わったのはあれから6分後であった。

 スタート方法は少し改良して、ゲートの隙間がピッタリと重なるように焦点を調整した。

 一本の線が分裂したら一歩目を踏み出す。

――やっぱり擦った。これも失敗。

 顔とゲートが近すぎて立体視がうまくできなかったし、前回の方法のほうがよかったかもしれない。

 

 さて、絶好のスタートを切れたが、ちょっとアキさんの様子をうかがう。

 特に重心が後ろにある感じでもなく、ハミは少し詰められている。

 これは先行か逃げか。

 大外からラビットのテルセイラーバカンスが一気に端を奪ってくるのでとりあえず放っておく。

 

 まずは最初の直線下り坂、ここで勢いづいてしまうといけない。

 ラビットに釣られないように3番手の馬から3馬身ほど前をキープして走る。ラビットは俺のさらに2馬身先にいる。

 ラビットの方は少しスピードが上がってしまったようで俺から徐々に離れてゆき、後続はまだ3馬身圏内だ。

 

 ある程度呼吸とペースが落ち着いたので、パリの時と同じように妄想の世界に落ちる。

 

 スウィンリーボトム(最初のコーナー)を曲がってオールドマイル・コースに合流し上り坂が始まると、あのラビットが下手すぎて勝手に距離が縮まってきた。

 1馬身後ろに近づいてプレッシャーをかければラビットは失速するかさらにペースを上げるかのどちらかだ。

 俺が近づいたことによってペースが落ちていると騎手が判断したらさらに加速するし、何もしなかったらプレッシャーに負けて先頭を譲るだろう。

 どちらでも作戦の範囲内だが、上策は馬の方がビビッて根負けする方だ。

 

 俺を振り払うように横に振られた尻尾は間違いないく動揺している。

 当たりの方を引けたのでもう一度意識を飛ばし、ラビットの1馬身後方につけておく。

 敢えてラビットに追突するようなコースで寄っていったので、衝突回避のためにアキさんが手綱を引いてくれた。

 アキさんが意図した訳ではなかろうが、これはひとつのカモフラージュである。

 後続勢は俺の方がかかっていると判断したようで5馬身後方から距離を詰めてこない。

 

 直線中ほど、残り5ハロンの標識を通過したところでラビットに並び、端を奪う。

 そのままラチに押し付けるように馬体を寄せていけば勝手に失速するだろう。

 先頭が変わるとラビットは俺の後ろに控える形となった。最内の経済コースを譲ってくれたので後ろ足で土をかけながらさらにリードをとる。

 俺が速いのではなく、ラビットが勝手にビビッてペースを落としたのだ。

 そのさらに後ろにある馬群はラビットからさらに距離を取って走っている。

 

 ここで俺は息を入れる余裕ができる。

 ラビットの奴はビビッて近づけず、後方集団はラビットが壁になって俺の様子がよく見えない。

 ペースはさらに遅くなった。

 上り坂が続くアスコットではここでペースを上げられないのは致命的だ。

 コーナーに入りながら加速するのは余計に体力を消耗する。いくら欧州の広い競馬場といえども、鋭角コーナーなのだから。

 後続がラビットと距離を取ってくれたおかげで、俺は息を入れつつ2つ目のコーナーをゆっくりと回っていった。

 お誂え向きに最終コーナー手前で上り坂が終わるので、これだけのリードがあれば稜線に隠れて後続馬から俺の姿が消えるはずだ。

 

 コーナーの半ば、残り3ハロンの標識を過ぎたあたりで早くもラビットが後続に飲み込まれた。クソ、もう少し頑張れよ、使えねえ。

 ラビットの騎手が追い始めるのは馬が限界を迎えたという陣営へのサイン。

 ここでようやく後続勢はラビットのスタミナ切れに気づいたようだが、残り3ハロンを切ってしまったらもうペースアップのタイミングを逸している。

 あとは後ろの方で直線ヨーイドンになるしかないのだが、先頭の俺はさらにその先、10馬身ほど前にいる。

 俺もレースに集中する。ボーッと走っていたので、ひと眠りしたような感覚だ。

 息もばっちり、手前はもうどっちでもいい。

 

 先頭の俺だけが最終コーナーを抜けると、アキさんがようやくハミを詰めた。

 少しペースを上げ、後続の足音で距離を測る。馬の耳はこういうときに便利だ。

 標識を一つ通過。残り2ハロン。アキさんはまだ追わない。腰を浮かせたまま。

 

――少しずつ後続勢の足音が聞こえてきた。

 

 今日はヨレないように手前をちょくちょく替えながら走っているのだが、これをするとまっすぐ走れてしまう分後ろの様子が分からないというデメリットがあった。

 

 残り1ハロンの標識。またハミが詰まった。

 どうやらまだハミに余裕があったらしい。がっちりと歯を食いしばれるようになり力を入れやすくなった。

 追い出すにしてもハミをしっかり詰めていないと反応が鈍くなる。で、まだ追わないの?

 それから少し進んで、ようやくアキさんの腰が落ち、少しずつ手綱が動き出した。

 

――後続の足音が大きくなってきた。

 

 残り100mを切って、アキさんの手綱が大きく動いた。限界のひと絞り、というほど消耗していないが、最後の左手前に替えてアキさんを引っ張る。

 後続勢の足音はさらに大きくなってきたが、息遣いはいまだ聞こえないままゴール板を通過。

 

――いやガッツポーズしないんかい!

 

 先頭でゴール板を駆け抜けた最初の心境はそれであった。

 パリ大賞典の時はあんなに見事なゴールシーンを演出してくれたじゃないか!なんで今日はそんな神妙なんだよ!カッコいいんだぞ馬上で立ち上がって拳を挙げながらゴール板を駆け抜ける写真!馬になってやりたいことベスト5には入ってるんだぞ!

 このヒヨっこ騎手め!カーテンコールでチキりやがった!

 どうすんだよ、皐月賞やパリ大賞典より、絶対キングジョージのゴールシーンの方が使われるんだぞ、ポスターに、競馬誌の表紙に……。

 

 ガッカリしながら後ろに目をやると、追い上げてきた馬が1馬身ほど後ろにいた。

 ゴール後減速したことを考慮したら最終着差は2馬身から3馬身ぐらいか。直線入り口では10馬身ぐらいついていたはずだが、やはり500mの直線は難しい。

 欧州の競馬場はオーロラビジョンがないので、逃げ馬として先頭を走っていると最後の直線で後方の状況を確認できないのが辛いところだが、これは俺がアキさんをまだ信頼しきれていないのも問題だ。自分で目視しないと安心できない。

 次走は日本に帰ってセントライト記念だろうし、そろそろ完全にアキさんの指示に従ってやろう。

 

 ウイナーズサークルに戻ると谷地オーナーがアキさんと握手をして、俺の鼻面を撫でてくれた。泣きそうになっている。

 キングジョージⅥ&クイーンエリザベスS制覇は谷地オーナーのロマンの果てであった。もしこれが凱旋門賞だったら、これほど喜んだ姿は見せなかっただろう。

 

 

<イギリスのアスコット競馬場から、GⅠキングジョージⅥ&クイーンエリザベスSの模様をお伝えいたします。芝の12ハロン2400m戦、今年は9頭でのレースとなりました。

日本からは先週の月曜日にパリ大賞典を勝ったジェルディサヴォアが連闘での出走。中11日でのレースとなりましたが、今日は現地オッズ4番人気に支持されています。

 

カメラが捉えているのは1番人気1番のインディアナセックメイク。4歳の騙馬。前哨戦のサンクルー大賞典を勝ちましたがその前は、ドバイシーマクラシックで日本のエンドスプリングの3着に敗れています。

 

2番人気は昨年このキングジョージで2着となった7番ワイルドシークエンス。今年6歳になりましたがサンクルー大賞典ではインディアナセックメイクのあと2着。

そして昨年凱旋門賞2着の5歳牡馬、2番ジェリスターワが3番人気。

 

――さてどうやら枠入りが始まったようです。最初にゲートに誘導されたのは日本のジェルディサヴォア。9番ゼッケン7番ゲート、すんなりとゲートの中。

インディアナセックメイクも誘導を受けまして、6番のテルセイラーバカンスが入ります。

ちょっとゲート入りを嫌がっているのが4番オーナメンツレガシー。ジェルディサヴォアの隣6番ゲート。勢いをつけて、入りますが――ちょっとゲート内トラブルがあったようです。

係員が3番ゲート、インディアナセックメイクのほうに集まっておりますが、どうやらゲート内で座り込んでしまったようです。馬体検査になるかもわかりません。

一度全馬ゲートから出されます。発送時刻に遅れが生じそうです。

 

ではこの時間を利用して、出走各馬の情報をお伝えいたしますと、

1番は只今馬体検査を受けておりますインディアナセックメイク、1番人気。アイルランドの調教馬で4歳騙馬、前哨戦サンクルー大賞典では4馬身差の快勝でした。

 

2番は昨年凱旋門賞2着のジェリスターワ。イギリスの調教馬で5歳の牡馬、3番人気。

 

3番はロンドンゴール、7歳の騙馬でイギリス生まれですがUAEからの出走。昨年の香港ヴァーズでは3着。

 

4番オーナメンツレガシー、こちらはイギリスの調教馬で5歳の牡馬。アイルランドのダービーを勝っています。

 

5番プロヴォケーションは4歳牡馬アイルランドの調教馬、前走はプリンスオブウェールズSで2着。

 

6番はテルセイラーバカンス。アイルランドの馬で5歳の牡馬です。

 

7番は昨年このレース2着のワイルドシークエンス。イギリス調教馬でこれが2番人気に支持されています。

 

8番スピナコーズウェルは唯一の牝馬。フランスの調教馬で昨年フランスオークスとヴェルメイユ賞を勝った2冠牝馬。今年最初のレースとなります。

 

そして最後9番は我らが日本からジェルディサヴォア。前走はパリ大賞典で見事な逃げ切り勝ちを収めましたが、連闘での出走となっています。

 

 

改めての枠入りが始まって、今度も最初にゲートに向かうのはジェルディサヴォア。7番ゲート。枠入りはスムーズに進みそうです。

5番ゲートに3番ロンドンゴールが収まって、馬体検査を終えたインディアナセックメイクもゲートに誘導を受けます。

ゲートがちょっと揺れましたが、今度は6番ゲートの4番オーナメンツレガシーが一旦ゲートから出されます。

その間にジェリスターワとワイルドシークエンスがゲートに先に収まりまして、改めてオーナメンツレガシーがゲートに誘導を受けます。

 

最後の枠入りになった6番テルセイラーバカンスが9番ゲートに誘導を受けまして、お待たせいたしました、キングジョージⅥ&クイーンエリザベスS、今スタートが切られました。

さあやはり好スタート9番のジェルディサヴォアですが、それを外から6番のテルセイラーバカンスが交わして先頭に立っていきました。ジェルディサヴォアは1馬身から2馬身離れての2番手。

 

その後ろはさらに3馬身、後方集団はひと塊です。各馬譲り合っている感じで、プロヴォケーションが押し出されて3番手、その外には牝馬のスピナコーズウェル。

内で控えてジェリスターワ、凱旋門賞2着馬。それをマークするような感じで1番のインディアナセックメイクが続きます。

その後ろはさらに1馬身開いてワイルドシークエンスとオーナメンツレガシーが並んで行っています。最後方3番ロンドンゴール。

 

レースは最初のコーナーに差し掛かるところ、端を切ってテルセイラーバカンス、3馬身後方ジェルディサヴォア変わらず、後方の隊列もほとんど動きはありません。

この辺りから上り坂にかかってくるアスコット競馬場、ここからまた長い直線になります。

 

テルセイラーバカンスが逃げておりますが、ジェルディサヴォアがじわりと前を伺って1馬身後方につけました。

その後ろは5馬身ぐらいになってプロヴォケーション。1馬身差があってスピナコーズウェルと、ジェリスターワが並んで行っています。インディアナセックメイクはまだ動きません。

1馬身後方ワイルドシークエンス、オーナメンツレガシーはさらにその後方で、2馬身離れましたロンドンゴールいまだ最後方です。

 

ここで先頭に並びかけていったジェルディサヴォア、一気に先頭に替わってテルセイラーバカンスが2馬身差で2番手に控える格好。

その後ろはまだ4馬身開いていてスピナコーズウェルが3番手、内にプロヴォケーション。

ジェリスターワとインディアナセックメイク、手綱が動いてワイルドシークエンス。

 

最後のコーナーに差し掛かります。先頭ジェルディサヴォアがリードを広げて2馬身から3馬身、後方ちょっと苦しくなったかスピナコーズウェル、大きく手綱が動いているのはプロヴォケーションで600を通過。

上がっていこうとするインディアナセックメイクに外からオーナメンツレガシーが並びかけて、テルセイラーバカンスは失速。ワイルドシークエンスがその外から追い上げにかかります。

 

さあジェルディサヴォア、リードを大きくとって単独先頭最終コーナーから長い直線へ、外からワイルドシークエンス鞭が入って2番手に上がってくる。

後続勢も直線に入りました。馬群の真ん中を突いてインディアナセックメイク、プロヴォケーションは頑張った。

 

まだ持ったままリードが十分あるぞジェルディサヴォア、ジョッキーの手は動かない。

インディアナセックメイクとオーナメンツレガシーが並んで追い上げてくる200を通過、これは逃げ切れるかどうかジェルディサヴォア、まだリードは4馬身、インディアナセックメイクやや脚が鈍ってオーナメンツレガシー単独2番手。

さあ上田が追いだして、まだ単独先頭だ。ジェルディサヴォア、2連勝今ゴールイン!

 

2着はオーナメンツレガシー、3着争いはインディアナセックメイク最後脚が鈍ったところ、内からジェリスターワが脚を伸ばして、どうでしょうわずかにインディアナセックメイクが残したか。

しかしそれを尻目に、長い直線悠々と逃げ切った日本のジェルディサヴォア、これで海外GⅠ2連勝です。鞍上は勿論上田秋信騎手、父セスナも届かなかったこのレース、ついにハーツクライの血がキングジョージを制しました。

勝ち時計は2分29秒3と揚がっております。以上、キングジョージⅥ&クイーンエリザベスS、実況でお伝えいたしました>

 

 

「アキさん、ありがとうございました」

 表彰式の直前、谷地オーナーが上田騎手に頭を下げた。

 よく逃げの手を打ってくれたと。そして、無事完走させてくれたと。

 逃げが圧倒的に不利な馬場、そして連闘のダメージという逆境を2つも乗り越えて夢のキングジョージⅥ&クイーンエリザベスSの勝利を掴んでくれた事実。

 

 上田への騎乗依頼も増えてきていることは谷地もよく知っている。

 皐月賞の後、京都競馬場の平場レースに出走する馬のテン乗りを依頼したが新潟競馬場で3鞍乗る予約が入っているので京都には行けない、と断られたのである。

 ましてや欧州GⅠを2つ勝った実績はバカにできず、この後日本に帰ってからは夏競馬の重賞でも騎乗依頼が入っているとのことだった。

 

「日本に帰って菊花、間に合えばメルボルン。使い詰めてますから菊の後全休もあるかもしれませんが、来年もアスコット来ますんでね。よろしくお願いしますよ」

「はい、ありがとうございます!」

 上田が深々と頭を下げると、海外放送のインタビュアーがマイクを持って上田のもとに駆け寄ってきた。

 一旦去ろうとした谷地オーナーが2歩ほど進んで、通訳の為に帰ってきた。

 

 いい絵だったのに、どうにも間が悪い男たちであった。

 

――まずはおめでとうございます。逃げ切りと言う形で強さを見せつけましたが、自信はあったのでしょうか?――

『連闘でしたし、アスコットのレースも初めてでしたので、この馬に一番走りやすい位置取りで行こうとしていました』

――残り5ハロン地点でラビットを追い抜いて先頭に立ちましたが、それも予定通りだったのでしょうか?――

『逃げと言うのはどうしても不利な競馬場ですので、どこかでリードを取る必要がありました。後続の仕掛けどころを待っていたら勝てませんから。馬の方がここで行きたいという反応を示したので、馬に任せて行かせました』

――早いとは思わなかったのですか?――

『正直、残り200mぐらいで捕まるだろうと思っていました。連闘でしたし、もし捕まっても追わないつもりでした。それで直線もギリギリまで動かなかったんですが、残り200mを切っても息が続いていたので勝ちに行こうと思いました。

残り600mでジェリスターワが動いてきたら負けていたかもしれませんが、ついてきたのがプロヴォケーションだけだったので直線に入っても余裕がありましたね』

――最後に一言を――

『パリ大賞典とキングジョージという伝統的なレースを連勝できたのは誇りに思います。胸を張って日本に帰ることができます。ありがとうございました』

 

 本来真っ先に祝福され、欧州の競馬関係者から囲まれるはずの谷地オーナー(欧州の競馬観では馬より馬主が主役)は騎手や調教師の通訳役に奔走し、表彰式を終える頃には口が上手く回らなくなってしまった。

 ようやく表彰式も終わり、谷地が今度は欧州の競馬関係者に囲まれている中、着替えを終えた上田が寺尾記者に捕まっていた。

 

「上田騎手、日本向けのインタビュー、よろしいですか?」

「さっきと同じようなことしか喋れないと思うけどいいの?」

 寺尾は首から下げたマイクのスイッチを入れると、ペンと手帳を取り出した。

「では改めて、おめでとうございます。まずはレース後の心境を」

「無事に帰ってこられたことが第一、それに加えて勝利までつかめたんだから言うことないよ」

 多少馴れ馴れしさはあるが、動画ではないのであとで寺尾が全スポに送るときに修正するから問題ない。

 

「アスコットは逃げには厳しい競馬場ですが、逃げるのは決めていたんですか?」

「勿論逃げ競馬は厳しい、あいや無理といっても過言じゃねえってこたァ知っていたよ。でも前はロンシャンで逃げ切っているからね。不慣れな控える競馬をするより前に行った方がジェルに余計なストレスを与えないかなと。

あと、さすがに連闘の怖さもあったんで。馬群の中にいたら何かあった時にすぐ馬を止められない心配もあったんよ。馬群から外れて走るには前か後ろかしかないからね」

「結局ほとんど持ったままで2400mを走り切りましたね」

「斤量の恩恵もあったかな。5kg差で3馬身差の逃げ切りってこたぁ、同じ斤量背負ってたら負けてただろうし。

ただ、いい意味でも悪い意味でも、日本で走っている時より走りやすそうだったんよ。次からは日本に帰るし、菊花でちゃんと走れるかは心配なところだな。

あ、このことは一旦センセイに記事にしていいか聞いてくれ。ちょっと言い過ぎたかもしれん」

 

 寺尾は一気にメモを書き上げると、猫背のまま顔をあげて上田の目を見た。

 パリ大賞典の時とは目の色が変わっている。これなら大丈夫だな、と寺尾はすぐ目線を落とした。

 

「最後の質問になりますが、乗ってみてジェルディサヴォアに成長した面とか感じていたら教えていただけませんか」

 上田は少し考えて、これも言っていいのかわからんけど、と前置きした。

「ダービーあたりからかな、ちょっと遊び癖があるっつうか、ソラを使ってるわけじゃないんだけど、こっちの指示を聞かなくなってきていてな。いい意味で捉えると競馬を覚えてきたっつうのかな。古馬になってからどうなるかだな」

 

 テレビなら最後に「日本のファンに一言」といった質問が差し込まれるが、新聞なら必要なことさえ聞ければそれでいい。寺尾は急いで記事をまとめると、全スポ本社にメールを送ったのだった。

 




パリ大賞典から、レースの実況をレースシーンの後に纏めて書くようにしています。
これは作者のこだわりということで御了承ください。
ポエム実況はできませんが、ある程度タイムを測りながら文字数を調整したテキストになっておりますので、
ぜひ声に出して読んでいただき(タイムのズレはあるでしょうが)レース中継を観ているような臨場感を感じて頂ければと思います。
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