ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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中間なので今回は短め


危機感

 久々の一人旅である。

 馬運車から特製の家畜用コンテナに押し込まれ、飛行機に乗せられた。いや、積み込まれた。

 予定通りの移動であるので、今回は日本貨物航空(NCA)。いわゆるチャーター便だ。

 

 一般的に欧州圏からアジア結ぶ貨物便はエールフランスかキャセイ・パシフィック航空である。

 あとはアメリカのUPSや韓国の大韓航空、台湾のチャイナエアラインなどがあるが、やはり日本の貨物機だと嬉しい。

 

 ちょっとマニアックな話はこれくらいとして。

 文字通りの箱詰めであり、窓の一つもない。ドリンクサービスと機内食は万全であるが、水と飼葉が目の前のバケツにぶち込まれているだけであり、旅情もへったくれもない。

 シートピッチは3列分ぶち抜いたようなファーストクラス級だが、座席幅はエコノミークラスである。

 アテンダントの巡回もないし、たまにコウヘイが顔を出すぐらいである。

 寝よう寝よう。

 

 

 暑い夏がようやく終わりに近づく9月、日本競馬でもローカル開催が終わり、秋冬の中央シーズンが始まる。

 しかしJRAは今年はどうにも宣伝材料が足りないことに頭を悩ませていた。

 

 牡牝ともに3冠に立直(リーチ)をかけた馬はおらず、ダービー馬のアンベストネヴァーも海外に行ったきり帰ってこない。

 皐月賞馬のジェルディサヴォアは逃げ脚質で豪快な追い込みの映像はなく、逃げるにしても狂気の大逃げをかますタイプでもなく、さらにヤネ(騎手)もネームバリューはない。

 

 ならばと古馬に目を向けてみても、今年は春から群雄割拠。

 ドバイターフを勝ったメイビーナッシュは香港のクイーンエリザベスⅡCで4着に敗れて以降休養中であり、ドバイシーマクラシックを勝ったエンドスプリングは宝塚記念で惨敗して凱旋門賞プランは白紙、天皇賞・秋から香港カップへと中距離路線への転向を宣言。

 

 大阪杯を勝ったアズサコーラルは牝馬のため、秋はエリザベス女王杯を目標にしている。

 エンドスプリングとアズサコーラルを宝塚記念で破ったルブルムフリーシアは8番人気の微妙な一発屋で、一応秋の天皇賞への出走を表明してはいるがどうもパッとしない馬であった。

 春の天皇賞を勝ったモーリッシュは東の榊原調教師が管理する谷地オーナーの持ち馬で、ジェルディサヴォアの叔父にあたる血統だが、JRAとしては長距離馬など初めから構想外である。

 

 見事に春のGⅠ勝ち馬がバラけている上、ライバル関係として推していくような馬もいないので宣伝の主役を定めづらくなってしまっているのだ。

 とりあえず宣伝として薄いスプリンターズSや秋華賞は置いておき、秋競馬最初のPRは()()菊花賞特集となった。

 

 もちろん菊の戴冠の最右翼はジェルディサヴォアなのだが、名を上げているとはいえ主流血統馬が少ない逆張り型の個人馬主、それも関東所属の弱小厩舎となれば競馬会としては面白くない。

 先述したモーリッシュも、父馬は地方交流含むダートGⅢで2勝を挙げただけのシュヴァルグラン血統であり、モーリッシュの次年度にあたる3世代目の種付を終えた時点で種牡馬は引退し、谷地の牧場で観光者向けの乗馬となっていた。

 

 皐月賞馬が2冠へ挑戦、と見出しを打とうとしても、中間で海外GⅠを2つ勝っているというこれもまた何となくむず痒い状況である。

 セントレジャーを勝ってきたのならまだマシだったのだが、東京優駿で負けたのに同距離のGⅠで圧勝、しかもパリ大賞典は東京優駿や帝室御賞典(天皇賞)どころか、日本初の常設競馬場である横浜(根岸)競馬場の開業と同い年にあたるという、日本競馬では到底太刀打ちできない非常に歴史の深いレース*1である。

 賞金こそ低いが流石にそんなレースを菊花賞の踏み台にはできない。

 加えて予定されているローテーションが、菊花賞直行か、前哨戦を使うとしても王道の神戸新聞杯ではなく中山2200mのセントライト記念というのもまた面白いものではなかった。

 

 さて、そんなJRAと競馬会の思惑はさておき、ジェルディサヴォアは日本に帰ってきて検疫を受け、隔離期間中は調教はできるものの、他馬との接触を避けるため併走はできなかった。

 しかしそこは普段から厳しい調教を課さない井野調教師である。

 入国検疫を行った山元トレセンで少しずつ調整を重ねたが、なかなか時計が戻ってこなかった。

 

「ちょっとヤバいか?これは」

 井野がストップウォッチで記録したタイムを見ながらコウヘイに聞いた。

「反応はいいんスけど、踏み込みが無駄に深いっすね。もう少しのびのび走りたいっス」

 ジェルはもともとピッチ走法タイプなのだが、欧州の深い芝で遊び過ぎたのかかなり強く地面を叩くようになっていた。

 

「だめだ、一回使おう。セントライト記念に出す」

 検疫の間は併走ができないので、隣の馬とリズムを合わせて走る調教ができない。

 それならば初めから併せ調教も兼ねてレースに出走させ、多頭数に揉まれさせたほうがいいと考えた。

 使い詰めが非常に気になるところではあるが、どのみちこのままでは菊花賞でも勝負にならないと判断したのである。

 

 セントライト記念の2週間前の追い切りでようやく日本競馬仕様のタイムに追いつくまではできるようになった。

 検疫の隔離期間も明け、ギリギリに美浦トレセンに移送されたが、万が一常磐道が通行止めになって美浦到着が遅れたら、出走前在厩期間のルール上セントライト記念を回避しなければならなかった可能性もあるほどタイトなスケジュールであった。

 

「うん、これならいいだろう」

 井野調教師が俺の周りを一回りして、クリップボードに何やら書き込んだ。

 その横ではいつもの寺尾記者がしっかりカメラを構えて立っていた。

「よし、コウヘイ、B行ってこい。コーナーからの加速を意識してな。あんまりにもズブかったらムチ使っていい」

 寺尾がカメラから目を離した。

「え、井野センセイ。またBコース(ダート)なんですか?」

「BよB。芝でも悪くはねえが、やっぱり無駄な負担かかるしな。ウッドで負荷かけるのはもってのほかだし、なにせ外はコーナーが緩すぎるのよ」

 

 まあここは一叩きで菊花賞に間に合えばいいわけで、本番の淀の坂などアスコットの坂に比べたら大したことはない。

 ついでに言えば中山の直線の急坂や京都の淀の坂は、東京の直線にある坂とは性質が違う。

 中山や阪神の坂は区間が短く角度が急だが、東京は高低差はあっても区間が長いのでそこまで角度がない。

 東京優駿やジャパンカップ、天皇賞・秋など東京競馬場のレースを目標とするなら坂路調教をしておけば脚の使い方を養うことができるのだ。

 

 セントライト記念が帰国後最初のレースなので、まずは日本のペースについていけるかどうかの試験になる。

 ダートで急なコーナーを回った後、一気に砂を蹴り上げる。

 今日はまだ夏の日差しが残る良馬場で、乾いたダートに深く脚が沈み込む。

 蹴りだす感覚は流石に違うが、芝コースよりも反発が少ないのはありがたい。

 タイムもBコースにしては上々といえるもので、

「お前本当はダート馬なんじゃねえの?」

とコウヘイが馬上で呟いていた。

 

 そういえば、秋は菊花賞から有馬記念直行が本線だが、来年はドバイ遠征プランも考えているらしい。

 ドバイゴールドカップが鉄板だが、走れるのならドバイワールドカップもあるぞ、と谷地オーナーが楽しそうに言っていた。

 俺としては阪神大賞典や大阪杯をサボれるならドバイだろうがイギリスだろうが走って見せるつもりだ。

 

 追い切りから帰って洗い場で洗ってもらった後、厩舎の前ではやはりカメラを構える寺尾記者がいた。

 調教前、調教後の写真を撮って新聞にあげることもあるから、そのための写真である。

 

「どうよ、寺尾さん」

 カメラを向ける寺尾記者の横で、井野調教師が得意げに話しかけた。

「タイムもしっかり戻ってきたし、菊花賞は本命視してもらえるかな?」

「長距離でジェルを切る理由なんて初めからありませんよ。まあ単勝1倍台は堅いので私としちゃつまらんですが」

「寺尾さん皐月からこっちだいぶ儲かってるんでしょ。叩きの大勝負はやめときなよ。帰国初戦ってのはなかなか上手くいかんもんでな。ドバイとか香港なら馬場の差がないからそこまで割引くことはないだろうけど欧州帰りだとなぁ」

 ここでコケるようだとこの先もヤベぇんだわ、と井野は遠い目をしながら苦笑いを浮かべた。

 

 

【全スポ】

~セントライト記念展望~

 

11リヴェッティ牡3先行△▲▲▲夏越えて

22クイックジャッキー牡3差し――――権利狙う

3テクニカルシフト牡3差し△△○△実績残す

34リッチセレクション牡3追込○◎◎◎末脚確か

5マックフルロンド牡3逃げ――――逃げるか

46ワンダーゴラッソ牡3差し――――距離限界

7リズムクラッシュ牡3差し△――△本番見て

58スイーパージャック牡3先行――――小回りで

9ジェルディサヴォア牡3逃げ◎○―△調整不足

610アリゼオグルーヴ牡3先行―△△○成長確か

11エミリアートガイ牡3先行――――勝負だが

712ロックピア牡3差し――――踏込強く

13ジェリーホーネット牡3追込―△△―負られぬ

814ミタノブロッケン牡3先行▲―△―中山強い

15ローズインフェクト牡3差し――――上がり馬

 

 

~トラックマンの耳より情報~

 

 ジェルディサヴォアの帰国初戦になるが、検疫期間もあり山元トレセンで直前まで単走調教、美浦トレセンに帰厩してからも1週前追い切りはせず。最終追い切りもダートコースで軽く単走のみと調整不足感は否めず。

 本命に推したいのはリッチセレクション。中山の短い直線でも十分対応できるほど加速はスムーズ。最終追い切りでは3頭併せの真ん中から鋭く伸び、勝負気配がうかがえる。

 菊花賞以降のGⅠを目指すためにもここでの賞金加算は必須であり、菊花賞本番は度外視でかなり万全の仕上げを施されたと見る。

 アリゼオグルーヴは栗東坂路で力強い伸びを見せた。

 1週前追い切りではCウッドで併入までと、コーナーでの折り合いにはまだ苦労しそうだが、前目につければ直線一気に突き放す可能性も高い。

 

~記者・寺尾~

 

 

*1
キングジョージⅥ&クイーンエリザベスSは比較的新しく、1900年代半ばに作られた




3歳時代を終わってしまうとストックが切れるので、そろそろペースが落ちます。
息入れます。

PS.誤字報告ありがとうございます
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