ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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菊花賞直前最終追い切り


成功の予兆

 

 アンベストネヴァーが凱旋門賞を勝ったらしい。

 あいつの能力からすれば普通に走れば勝てると思うのだが、どうもだいぶ強引な競馬をしたらしく物議を醸しているそうだ。

 ダービーでワザと妨害した俺が言える立場ではないが、何をやっているのやら。

 

 右に左に馬体をぶつけまくったようで、ネット上では「ロンシャン通り魔事件」だの「ジェル直伝喧嘩走法」だのと言われているらしい。

 なお当の本人はケロッとして、次走は予定通りアメリカでひとっ走りしてくるようだ。

 アメリカで走るとなればその後日本に帰ってきても年明け2月末からしか出走できないので、当分再戦はなさそうである。

 

 

「こうなってくるとジェルの年度代表馬は難しくなったな」

 厩舎の事務室で井野調教師と寺尾記者が話している。

 

「ジェルは皐月、パリ、キングジョージ。菊花と有馬を獲ったとしてもダービー、インターナショナルS、凱旋門賞、プラスしてBCターフではさすがに格が違いますね」

「特別賞……もないか。中山競馬と京都競馬じゃ印象が悪いか」

「ジャパンカップ獲れたらもしかしたら、って気もしますけどね。行かないんでしょ?」

「中山の鬼だって寺尾さんが書いてたんでしょ。年末の有馬記念はあるかもしんないけど、ジャパンCはねえわ」

 左回りがダメなのかねえ……と井野がつぶやいた。

 

「京都はどうなんスか?」

「アスコットでも勝ってるんだから心配ねえよ。叩いて硬さも取れたから、ここはグリグリだ」

 井野が珍しくポジティブ全開である。

 3000mなんぞ楽に走り切れる心肺機能はあるのだから、他の馬がヒーヒー言いながら限界まで絞り切るのに対してジェルは余裕を残して走れる。

 

 一方で前走は叩きとはいえ、同じ差し競馬でもスプリングSのような追い脚はなかった。

 出足はまずまずだったのだが、欧州で完勝しすぎて競り合いを忘れてしまっている恐れもある。

(久々に強めに追うか)

 井野はジェルディサヴォアの調教鞍をつけているコウヘイを呼び止め、調教の指示を出した。

 

 

 ウッドコースで一杯だとよ。

 Dコースはつまらん……内に行かせてくれ。

 外のコースで2周するよりBコースで3周する方が楽しいし。どうせならAコースでもいいぞ。竹柵飛んでみたい。

 

 そんな不満がテキ(調教師)に通用するわけもなく。

 

 背中の上でコウヘイが鞭のしなりを確かめるビュンビュンという音が何度か聞こえた。

 一応俺はGⅠ3勝馬なのに、なんでいつもコースが閉まる直前に馬場に駆り出されるのだろうか。

 北関東はまだまだ暑い。

 比較的カラッとした地域なのが救いであるが、この時間に半地下の坂路は絶対行きたくない。

 寺尾記者もこの時間に俺が馬場に出てくれるのは生活リズムにはありがたい反面、ほとんどの記者が担当厩舎の取材を済ませ、昼飯前にスタンドから馬場を眺めていると俺が出てくるので、せっかくの記事が売れないとも嘆いていた。

 

 ウォーミングアップの周回を終え、いよいよ調教時間終了が目前となった頃、コウヘイがハミを詰めた。

 そのまま押すのかと思ったが直線の入り口まで動かず、入り際ですぐ鞭を入れられた。

 追い始めると思ったコーナー途中で加速して慌てて急減速をしてしまい、追われてからの加速はイマイチであった。

 タイムペースは悪くはないだろうが、感触としては大失敗である。

 背中の上でコウヘイも首をかしげていた。

 

「鈍いなあ……」

 コウヘイがため息をついた。

「こりゃセンセイの機嫌は悪そうだぞ、おい。最終はアキさんに乗ってもらうから、坂路になるんじゃねえの?」

 セントライト記念からこっち、ずっとこんな調子だ。単走での調整を繰り返しているが、もともと単騎の逃げを打つ俺にはわざわざ併走させる意味はないし、そもそも井野厩舎では馬なりで先行する俺を捕まえて併入できる所属馬がまだいなかった。

 

 

「アキ、これは攻め切らないとヤバそうだぞ」

 木曜の早朝、最終追切の支度をしている上田騎手に井野調教師が声をかけた。

「話には聞いてましたけど、そんな重かったんスか?この前はそんな反応悪い感じはしなかったんスけど」

「差し競馬させたのが悪い影響出てなきゃいいんだが。菊は逃げ想定だから、そのつもりで追い切ってくれや。アイツは坂路嫌いだけど、四の五の言ってる余裕なくなったわ」

 輸送に不安はない(実際はヒマすぎて結構ストレスになっているが、暴れないので外からは分かりづらい)ので、関西輸送があるとはいえゆったり仕上げる必要はないのだが、最終で坂路を使うのは初めてであった。

 

 

「アキ、坂路なん?珍しいやん」

「今日はな」

 厩舎群をまっすぐ坂路に向けて抜けていく馬上のアキさんに、他の厩舎からも冷やかしの声がかけられる。

 坂路へ続く地下馬道の手前にあるアップコースでウォーミングアップを済ますと、ようやく涼しさを感じられるようになった地下馬道を抜け、半地下のコースに出た。

 

 ラッシュアワーは過ぎているので坂路はそこそこ空いている。

 前の馬との距離を取って800mのハロン棒の少し手前からペースを上げる。アキさんの腕が今日は初めから強く動いていた。

 坂路で一杯に追う場合、大抵400mのハロン棒を過ぎてからトップスピードに乗るのだが、もとよりピッチ走法で反応がいいものだから600mのハロン棒を過ぎたあたりでトップスピードに乗ってしまった。

 調教を積んだ競走馬でもトップスピードで走れる距離は400m程度。

 つまりこのペースで行くと最後の1ハロンタイムがとんでもないことになる見込みなのだが、アキさんの手は止まらない。

 

 50mほど前に一頭強く追われている馬がいるので、そいつに追いつくことを目標にしてみる。

 まあ普通に考えて追いつけるわけがないが、とりあえずターゲットがいるのは助かった。

 コーナーを抜けて問題の残り200m。

 手前を右に戻してもうひと伸びを目指す。外ラチに向かってモタれそうになるところを、アキさんが右ムチで補助してくれた。

 前の馬に追突しないようにやや進路を調整しつつ、最後の計測ラインのさらに50m先を目標に駆け抜ける。

 

『叩いたぞゴラァ!!』

 ゴール後につい叫んでしまった。

 頭の中では日本語が浮かんでいたが、喉から出たのは「アァイィィオォゥゥ!!」と偉そうに嘶く音だった。そりゃそうだ。

 馬としてはあるまじきア行が漏れていたが、慌てて首を振って誤魔化した。

 美浦坂路一番時計。

 4ハロン51秒2は栗東でもスプリンター並みのタイムである。

 焼きを入れるには良かったが、明らかなオーバーワークであった。

 

 

【全スポ 10/16 20:30】

~ジェル二冠へ堂々一番時計 井野師「追いすぎかな」~

 

 クラシック2冠目、そしてGⅠ3連勝を狙うジェルディサヴォア(牡3)が美浦坂路で上田騎手を背に4ハロン一杯51秒2。51秒前半のハイラップも最後の200mは12秒4と脚は鈍らず。

 井野調教師は「1週前がだいぶズブかったんで一杯に追わせた。ちょっと追いすぎかもしれないが、気合は入った」と好感触。

 前哨戦を使った上で最終追い切り51秒台は異例だが、調教後の馬体重は500kgちょうどと仕上がり上々。

 上田騎手も「ズブいと聞いていたがそんなことはなかった。最初の200mぐらいで(トップスピードに)乗ってしまったが(残りの)600mを全力でも減速はなかった」と自信を見せる。

 ダービー、そして2歳時のアイビーSと東京競馬場では苦戦気味の同馬だが、京都ではどうか。3000mを苦にしないスタミナはあるが、高速馬場に対応できるかがカギ。

 

~美浦・寺尾~

 

 

【全報スポーツ】

~菊花賞展望~

 

11ネベルメナース牡3追込△▲――京都は庭

2ミタノブロッケン牡3先行――――溜めれば

23トウセイブロッサム

牡3逃げ――――ペース苦

4クイックジャッキー牡3差し――――仕上がる

35アリゼオグルーヴ牡3先行―△――折合えば

6リッチセレクション牡3追込―△△△鞍上信頼

47ロックピア牡3差し――――長いかも

8リズムクラッシュ牡3差し――――最近不振

59ジェルディサヴォア牡3逃げ◎◎◎◎文句なし

10ペルフェドミナント牡3先行――――地力は有

611スイーパージャック牡3先行――――坂で消費

12シャサトゥレーヴ牡3差し――――そこまで

713トルテモア牡3先行△――△惑星馬だ

14リヴェッティ牡3先行▲○○○陣営自信

815コンティルミエール牡3差し――△―母血魅力

16テクニカルシフト牡3差し○△△▲展開絶好

17ジェリーホーネット牡3追込△―▲△虎視眈々

 

 

 恐らくシーズン最後になるであろう台風が四国から本州を横断して信越から日本海に抜けていったため、前々日、金曜の午後には馬運車に揺られていた。

 同日に出走予定の関東馬達は、菊花賞に出走予定の馬と相乗りのような形で未明には出発している。

 俺はというと谷地オーナーが購入し、この夏ようやく納車された馬運車に1頭だけで乗せてもらった。

 

 新車は3台納車されたが、そのうち唯一この馬運車、というか()()は俺特製仕様なのである。

 一般的な馬運車は乗せられると馬の目線では外が見えない。

 小窓はあるが、外が見えないよう曇りガラスを閉められる。

 

 一方オーナー所有のこの馬運車はまず窓が大きい。

 残念ながら暴れて窓を壊さないよう、頑丈な金属の連子はつけられてしまったが、窓自体は観光バスの窓枠をそのまま使っているとしか思えない大きさである。

 さらには窓1枚ごとに5段階調整が可能な電子調光シェードが付けられており、前方の運転席や厩務員スペースにあるボタンで調節変更可能だ。

 既存の技術を谷地オーナーの会社が再開発して、海外のリージョナルジェットや大型バスを中心にシェアを奪い始めているらしい。

 入厩の為に育成牧場から函館競馬場に輸送された際、窓を開けたら落ち着いていたことを憶えていてくれたようで、一般的な馬にとっては不必要としか思えない特製バスを発注してくれたのだ。

 

 さて15時間の輸送を経て、京都競馬の馬房に居を移した。

 思えば関西への遠征は初めてである。フランスやイギリスには行ったのに。

 台風の影響で5時間ほど輸送時間が伸びてしまったが、急に雨が窓を覆ったり、風で大きく揺れる木を眺めながら新東名を走り抜けるのはやはり楽しかった。

 深夜も当然窓は透明なままにしてもらえて、すれ違う車の光にリラックスして眠ることができた。

 

 京都は台風一過。

 晴れてはいたが、大きな水たまりは残っており、金曜日の前日発売は取りやめていた。

 馬の聴力で遠い馬房から耳を澄ませて競馬ラジオ放送(場内実況)を聴いていると、馬場状態が不良から重に変わったというアナウンスが漏れ聞こえた。

 この調子なら明日の菊花賞は良が濃厚、良くて稍重である。

 しかも気温も上がるので、パンパンの良になってしまってもおかしくない。

 京都開催4週目であることからまだそこまで芝は傷んでいないだろうが、不良、重馬場でボコボコとディボット(蹄跡穴)をあけられたコースがそのままパンパンの良になるのはあまりよろしくない。

 

(ゴール前は外でいいかな)

 

 本番のコース取りのイメージトレーニングを終えたら、かすかに聞こえる場内実況を子守歌に昼寝をすることにした。

 

 





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