ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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朝日杯直前。短め。


シンプルにやれ

 

「遠慮はいらん。勝ちに行け」

 

 井野は上田にそう伝えた。

 朝日杯に2頭出しとなる谷地の馬のなかで、格下とされているのがシビアレコードである。

 もう一頭のカジュアルデイズは高橋厩舎、有田騎手という谷地オーナーのファーストチョイス陣営になっている辺り、本気度が伺えるというものだ。

 

 シビアレコードには先がない。

 というのも、来年3月以降は井野厩舎からデビューする進藤騎手(現・候補生)への乗り変わりが確定している馬なのだ。

 これはオーナーの意向なのだからなかなか覆せるものではない。

 

 もっと経緯を詳しく説明すると、来年井野厩舎に預けられる予定になっている馬が非常にデキがいいのだそうだ。

 その馬は進藤にデビューから任せると約束しており、谷地オーナーは進藤のGⅠ初勝利という「記録」に自分の馬の名が載るという名誉を欲していたのである。

 なお有田琉希、上田秋信の2騎手のデータベースにはGⅠ初勝利の欄に谷地の馬の名前が併記されている。

 だが、GⅠレースに騎乗するには31勝という条件があり、そのための「稼ぎ役」として利用される予定なのがシビアレコードであった。

 

 冒頭で井野が上田に「遠慮するな」と言っていたのは2つの意味がある。

 一つはオーナー本命のカジュアルデイズを下してもいい、というもの。

 そしてもう一つ、運よくここでGⅠを勝ってしまうと、以後平場が使えず、進藤を乗せても減量恩恵が無くなり、それどころか余計に負担重量が重くなるという問題だった。

 

 GⅠクラスとなれば定量戦だが、重賞クラスではハンデ、別定は珍しくなく、LクラスともなればGⅠを一つ勝っているだけで斤量59kgを超えてしまう。

 それを井野が谷地オーナーに聞いたところ、「勝てるなら勝ってほしい」という返答をもらったのであった。

 

 シビアレコードは上田が「絶好」と零していた6枠12番、カジュアルデイズは2枠3番に決まった。

「アキ、お前には苦手な距離と戦法だ。いいか、絶対に外に出せ。なんならずっと外を回しても構わん。内に入ったら……ま、言うまでもないな」

 シビアレコードは最後方からの追込をするタイプでもない。典型的な差し馬で、正直、マイルでは距離が足りない。

 

「ようアキ、後ろからだってな。邪魔すんじゃねえぞ」

 調整ルームでもほかの騎手からは面倒くさそうな声をかけられた。

 上田も別にどうしようもなくヘタクソというわけでもないのだが、もともと大した質の馬を持っていない弊害もあって、前目につけさせたら勝手に沈むのでまず問題ないのだが、後ろから行くと経済コースを進みながら直線で狭いところを強引にこじ開けるような競馬しかできず、戒告も何度か受けている状態であった。

 

 今回のシビアレコードも7番人気とはいえ、上位4頭ぐらいが混戦状態の中での7番人気であるから血統を評価されてオッズは安めなものの力関係では格下である。

 こういう時の上田は多少強引な動きで周りに迷惑をかけたうえで沈んでいくという、面倒な騎乗をするきらいがある。

 ジェルディサヴォアの今年の仕事は終わっており、金杯など年明けの重賞に乗る予定がないとなれば騎乗停止すらも恐れない可能性もあり、ほかの騎手からしたら余計な理由が増えてしまったといいたいところである。

 

 しかも谷地オーナーのお気に入り騎手であるから、現状大手クラブの主戦の座を狙うような姿勢がなく、ヌーヴェルグループやセントラルレーシングの馬の邪魔をしないように進路を譲ってくれる理由もないのだ。

 

「わぁーってますよ。外走りゃいいんでしょ」

 

 ベテラン騎手からの文句を聞き流し、ちょうど最終追い切りの映像が流れているテレビモニターを見上げる。

 本命のアンテリゼストは3頭併せの内から軽い手ごたえで伸びている。時計も乗り手のフォームの割には速い。

 アンテリゼストは1枠2番で、後ろから行くのか前残りを狙うのか判断が難しいところである。鞍上は短期免許外国人なので多少強引にでも捌いてくるかもしれない。

 

 谷地のもう一頭の出走馬カジュアルデイズは坂路でまずまずのタイム。

 のびのびと走っているような雰囲気で、ウッドチップを軽快に蹴り上げている。

 

 人気は低いが全兄がジェルディサヴォアということで話題性はあるシビアレコードの追い切りも放映された。

 ジェルは先に様似に帰ってしまったため、単走でウッドコースを周回している。

 タイム自体は目立つものではないが、首は低く追いだされたらすぐ反応しているように見えた。

 実際、最終追い切りに乗ったコウヘイこと宮国助手からは、スムーズな足さばきで、手前替えも問題ない、と報告を受けている。

 特に仕事がないレースの追い切り映像をボーっと眺め、上田はサウナに向かって行った。

 

 12月も後半に差し掛かったが、最高気温がまだ10℃を超えることも珍しくない阪神競馬場。しかし当然、朝方は寒い。

 関東を拠点としている上田は栗東の馬の朝調教に付き合う必要はないので、阪神競馬場の調整ルームから直行である。

 栗東トレセンで朝調教をしている関西の若手騎手よりははるかに寝坊ができるのはありがたかった。

 

 上田の騎乗予定は3鞍。1R、3R、11Rである。

 もとより関東所属でトップジョッキーでもない上田に、関西の調教師が依頼をすることなどまずない。

 他方、今日は中山でも開催があるのだから、上田に多少馬を回してくれる関東の調教師は中山に出走させるのが当たり前だ。

 

 今日の乗鞍もメインやその前後の特別競走に出走する関東馬の帯同も兼ねて連れてきた馬の条件戦である。

 当然、勝ち負けになるレベルですらない。8着、12着でレースを終え、3時間ぐらいの間が空く。

 朝の2レースはどちらも斤量55kgでの出走だったが、11Rの朝日杯は56kg。

 もちろん暴飲暴食はご法度だが、1kg増えてもいいとなればそこそこの昼食を摂れた。

 検量を無事パスし馬房に向かうと、気合の入った感じでシビアレコードが待機している。

 兄のジェルディサヴォアはレース前はいつもナーバス気味の緊張をしているのだが、弟の方は「やってやるぜ」というようなピリピリ感を出していた。

 

 パドックに出ると1番人気のアンテリゼストがややイレ込んでいるものの、毛艶はひときわ光っているようだ。

 2番人気のヴォーランも2人引きながら神経質なところは見せていない。白いシャドーロールが印象的な栗毛馬だが、日の当たり具合によるものか、前走・東スポ杯の時ほど光っているようには見えない。

 カジュアルデイズは3番人気で、高橋厩舎、有田騎手ともに今年はGⅠを勝てていないのもあり、いかにもメイチの仕上げと言ったところである。

 

「アキ、今日は具体的な指示はない。とにかく最後は外から追え、それだけだ」

「ぅす。1ターンなんでずっと外ブン回しってのも考えてたんスけど、どうすか?」

「やっていいぞ。そっちの方が走りやすそうなら」

 

 乱暴な作戦だが、井野調教師としてはそちらの方が勝てる見込みがあるとは思っていた。

 井野から見ても上田はヘタクソなので、阪神マイルの王道の位置取りである、中団後方あたりの内から2頭目につけ、3,4コーナーで外に出すという乗り方なんてまず出来ないだろう。

 外に出すのが遅れて已むなくイン突きで伸びきらない、という結末になるのがオチだ。

 

 とはいえ、それをはっきりと伝えるのは上田のプライドを考えると言い辛かったので、上田側からそれを提案してくれたのは僥倖であった。

 





関係ないけど、谷地お抱えの騎手、有田と上田だとくりぃ◯しちゅーだな……。
これ、全く意図したものではないんです。
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