ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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朝日杯フューチュリティステークス(2歳牡/牝 GⅠ)


真逆なタイプ

 

 カジュアルデイズとシビアレコードの馬主である谷地は、いつもならばパドックに顔を出し調教師や騎手に挨拶をするのだが、今日は多頭出しということで、どちらかに肩入れをしているなどと勘繰られたくはないため、最初から馬主席に座っていた。

 

「谷地さん、景気ええですなあ」

 隣のブロックに座ったアンブルゾーンの馬主が身を乗り出すようにして声をかけてきた。

「今日はね。朝日杯でこんな割れることなんてないでしょ」

「いやぁおかげさまで、この前未勝利勝っただけのウチの子も無事出せましたわ、ハハハ。私もGⅠで馬主席に座れるとは思いまへんで、いやあ、棚ボタ棚ボタ」

――朝日杯に出走する馬たちが地下馬道を抜けて馬場に出てきたところであった。

「相変わらずよう仕上げとりますなあ。やっぱりカジュアルデイズが本命ですか?」

 お隣さんは双眼鏡をプラプラさせながら、谷地の競馬新聞を覗き込んだ。

 

「ほええ、まさかシビアレコードの方とは。なんぞええ(情報)でもありましたん?」

「来年以降も先があるのはデイズの方なんですけどねえ。レコードの方は兄弟で併せてだいぶ良くなったらしく」

「おええ、ジェルと併せはったんですか。そら贅沢な」

「ま、ジェルの方はだいぶ軽めの攻めだったんですけどね。レコードの方は強く追って、抜くか抜かないかまでだったとかで」

「いやいや、ジェルは軽めに言うても、もともと軽く走って菊花賞レコードの馬ですやん。ちょっと失礼しますで。レコードの馬券買わせてもらいますわ」

 アンブルゾーンの馬主は慌てて席を離れ、馬券を買い足しに行った。

 

 谷地は苦笑いをしながらお隣さんを見送ると、ターフビジョンで放映されている中山11R・ディセンバーSを見物しながら、同時に双眼鏡でカジュアルデイズとシビアレコードを探した。

(来年も高橋厩舎に3頭いれることは決まっている。だが、ここでレコードに負けるようなら、さすがに再来年は井野厩舎を厚めにせざるを得ないか)

 最近は有田騎手も一流ジョッキーの仲間入りをしてしまい、いくら主戦に据えたところで重賞クラスでもなければ捕まらないことも珍しくなくなっていた。

 

「どうです、谷地さん。レコードの単勝10万、買わせてもらいましたわ」

 お隣さんが楽しそうにヒラヒラと馬券を振って帰ってきた。

「なーにやってんですか本当に……さすがに責任はとれませんよ?」

「ハッハッハ。飛んだらビールの一杯でも奢ってもらいまひょか」

「富永さん、あんた、しばらくGⅠ出ない方がいいですよ。完全に場に酔ってるじゃないですか」

「おっ、言いますねえ私よりもふた回り下のくせに」

「馬主としての歴は私の方が長いんですけどね」

「そら私は竹屋はんに誘われて馬買っただけやし……あん人、なーにが『ええ牧場と伝手がありますんで』や。日高のそこそこの牧場の馬すら買えんかったすわ」

「それで重賞出走馬2頭持ってるんだからエラいもんじゃないですか」

 

 1勝馬すら一握りどころか一つまみしかいないこの世界で、重賞出走クラスを2頭ももっている富永オーナーは大馬主の一人と言っても過言ではないのだ。

 

「竹屋さんですか……あの人、ウチの牧場は出禁なのはご存じで?」

「あぁ、噂には聞ぃとります。約束破って谷地さん怒らせはったって」

「別に書面とかで交わした約束じゃないんですけどね。ま、とはいえ庭先で出すならあれぐらい守ってもらわねぇと、ってことでして」

「まあ商売人としちゃ信用っちゅうのがどれくらい大事かはよう分かっとりますが……何やらかしはったんで?」

 

 谷地は、フンと鼻を鳴らした。

「セールで買われた馬はどこに出そうが構わないんスけどね。関東の厩舎に預けっことを条件に庭先で売ったら、人付き合いだかなんだか知りませんが土壇場で関西に連れて行きまして」

「かぁー。そういう約束しはるんですか。いやあ、お話ついでに谷地さんの牧場で馬見せてもらおうと思ったんですが……私も関東の厩舎には知り合いおらんですからね」

 

 谷地は機嫌が悪そうな表情をフッと崩し、富永の方を向いた。

「富永さん、せっかくの縁です。明け2歳の仔は粗方決まってしまってるので()()()は残っていないかもしれませんが、今年の当歳馬、つまり再来年の2歳馬ですね。見に来ませんか。セールに出す前、来年の6月あたりに」

「ええんですか?関東の厩舎には伝手ありまへんで?」

「片っ端から持っていかれるのは流石にアレですけどね。1,2頭ぐらいなら富永さんの好きなところに出してもらえれば」

「どうせ買えたとしても1頭だけやろし……ほなお言葉に甘えまひょ。来年邪魔しますわ」

 そのとき、おっ、と言って富永は馬場の方に振り返った。

 いつの間にかファンファーレが鳴っていた。

 

 

(後ろから行ってもいいってのは気が楽だぜ)

 上田騎手はシビアレコードの首筋を撫でて落ち着かせながら発馬を待った。

 2歳馬となればゲートもまともに入らないような馬も多いが、朝日杯に向けた調教において、シビアレコードは世界の馬を文字通りチビらせたジェルディサヴォアのプレッシャーをまともに受けており、狭いゲートも、左右に馬がひしめく状況も、ある程度は慣れていたのである。

 

 果たして、スタートは抜群であった。

 完全に開ききっていないゲートに馬体を擦るような兄のスタートには及ばないが、このまま逃げを打つこともできそうな好スタートであった。

 無理に手綱を引かず緩めれば最初の直線の中間ぐらいで7番手の外に落ち着く。

 ハミはかなり余した状態でひたすら外々を回した。

 4コーナーに入ると後続が一気に押し上げてくる。

 このままペースを上げて先に抜け出してもいいのだが、長い右コーナーが影響したのか、コーナーを回り切る前に左手前に替わってしまった。

 必要以上に膨れないよう軽く左の肩ムチを入れ調整したものの、馬場の真ん中より外目で最終直線を向いた。

 

 シビアレコードの内を掬った一番人気アンテリゼストが先に直線を向いている。

 シビアレコードの外には誰もいない状態で、ハミを目いっぱいに詰め左ムチを入れると、鐙から感じる衝撃が軽くなったように感じた。

 兄のジェルは激しく地面を叩くような走りをするピッチタイプで、酷いときには衝撃で落鉄していることも何度かあった。

 一方、シビアレコードはふわっと飛ぶように脚が伸びる。

 アンテリゼストを抜き返し、カジュアルデイズを飲み込んだところで手前が右に替わる。

 慌てて右手に鞭を持ち替え、200のハロン棒を過ぎると、ヴォーランがほとんど馬場の反対側、1馬身程前で抜け出しきっていた。

 

 ヴォーランの鞍上エルンスト・ラフォン騎手は予定通りの競馬ができた。

 残り300mほどで先頭を交わし、そこからもまだ脚はあった。逃げ馬を交わしたときの勢いで、これは勝ったと確信していた。

 レース後、彼は「足音は聞こえなかった。何かヌルっとした気配がしたと思ったらはるか遠くに馬が一頭いた」と語っていたという。

 

 ムチでの進路修正は不要だった。

 大外から少しずつ内に寄りながらも、スペースは十分にある。

 ヴォーランの姿が見えなくなるのと、残り100mを通過するのはほぼ同時だった。

 しかしヴォーランも脚色は衰えず。上田が横に目をやると、まだクビほどは前に残られていた。

 シビアレコードの馬体が沈み、一完歩がさらに大きくなって、ゴール板を通過するまで15歩もかからなかっただろう。

 

 手綱を緩めると、シビアレコードは力が抜けたように絞っていた耳を立てた。

「やるねえ、お前さん。進藤のこと、頼んだよ」

 シビアレコードはきょとんとした目で首をかしげていた。

 

 

「井野センセイ、本当にこの馬、来年のクラシックいかないんですか?」

 シビアレコードの3万円分の単勝馬券を握りしめた寺尾記者が、不満げに井野に聞いた。

「ああ。ついでに言えば2月末まで全休だわな。まだ谷地さんとこの外厩もできてないから、しばらくは山元にお願いすることになるだろうけどな」

 

 井野としても勿体ないとは思っている。

 しかし谷地オーナーのヘソを曲げてしまうとそれはそれで面倒なことになる。

 谷地オーナーは面子を潰されるとあっさり転厩させたり、ひどい時には全盛期の馬だろうと電撃引退だってやりかねない馬主であった。

 高橋調教師も最近やけにピリピリしているが、転厩話でも出ているのかもしれない。

 

「これ、ウチの記事にしていいんスか?なんなら苦情の電話バンバン来ますよ?」

「ちょうどよく朝日杯を勝ったんだし、Nマ(NHKマイルC)と目標とでも書いといてや。そうすりゃ3月まで音沙汰無しでも誤魔化せるだろ?」

「そうしたら今度はウチが他の新聞社からせっつかれるんスけどねえ。分かりましたよ、上手いこと書いときます」

 シビアレコードが谷地オーナー特注の馬運車に乗り込むのを見送りながら、寺尾記者が大きくため息をついた。

 





方言が苦手で、すみません。
関西弁も正月に実家で顔を合わせる香川あたりの訛りしか聞いたことがないので、
大阪なのか京都なのか奈良なのか、香川なのか、ごちゃ混ぜになっていると思います。
ご容赦ください。

次の本編でストック切れます。
レースシーン書き始めたくてもオリジナル馬名18頭揃えるので4,5日かかるの何とかならんか……
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